何が幸福もたらすか、心理学講義が米イエール大学で大人気 (3月29日 Reuters ロイター)
米コネチカット州にある名門イエール大学で、ローリー・サントス心理学教授の講義「心理学と幸せな人生」が人気を集めて
いる。週2回の講義が行われる広いホールには、1200人余りの学生が詰めかける。教授によると、春学期には全学部生の
4人に1人が履修を登録。これは、1701年の同校創立以来最大の規模だ。 教授は講義の魅力について、大学にかつてない
レベルで蔓延している憂鬱から逃れるため科学が助けになるとの希望だと分析。「学生たちの憂鬱と不安の報告は大学史上、
最も多くなっている」とし、社会科学は、何が幸福をもたらすのか、それをどうやって実現できるかについて多くの新しい知見
を生み出していると述べた。 サントス教授は、幸福は社会との関わり、運動、瞑想、十分な睡眠によってもたらされると指摘。
人生ゲームにおいてはおカネやモノがしばしば目標とみなされるが、幸福への道は違う方向を向いていると語る。
さらに「とても幸福な人たちは、他の人たちと時間を過ごしている。友人や家族と過ごす時間を優先し、バリスタと話をする
時間を作る人さえいる」と述べた。 同教授は、間違った目標に向かってしまう「ミスウォンティング」という心理学的現象に
ついて指摘し、「高い給料を稼いだり、大きな家を買ったりするために私たちは一生懸命に頑張るが、思っていたほど幸せ
にはなれない」と話した。講義の宿題には、もっと感謝の気持ちを表すこと、親切なことを行ったり、社会的つながりを深め
たりすることが含まれている。 あまりにも人気なため、このクラスは現在「Coursera.org」のサイトで無料公開されている。

世界幸福度ランキング、日本の順位さらに低下。人生選択の自由はある? (3月22日 THE PAGE ザ・ページ)
国連の関連機関がまとめる「世界幸福度ランキング」において、日本の順位がさらに低下しました。このような国際機関が発表
する各種ランキングに対しては、各国の実情や文化をよく理解していないといった批判の声が寄せられることがあります。
果たして、このランキングには、どの程度の客観性があるのでしょうか。3月14日に公表された2018年版のランキングによる
と、日本の幸福度は156カ国中54位となり、前回から3つ順位を下げました。こうしたランキングは豊かな小国が上位になる
傾向が強く、規模の大きい国は不利になります。それでも先進各国の順位を見ると、ドイツが15位、米国が18位、英国が19位、
フランスが23位ですから、日本のランクは著しく低い結果といってよいでしょう。ちなみに韓国は57位、ロシアは59位、中国は
86位です。このような国際比較については、一部から、外国と比較しても意味がない、客観性に欠けるという意見が寄せられる
ことがありますが、実際のところはどうなのでしょうか。当然のことですが、ランキングの結果を左右するのは、評価項目の
中身です。このランキングでは、主に、1人当たりGDP(国内総生産)、ソーシャル・サポート、健康寿命、人生の選択をする
自由、寛大さ、腐敗の度合い、などが評価の対象となっています。日本は1人あたりのGDPの順位を大きく落としていますから、
ここは不利な結果をもたらすでしょう。ソーシャル・サポートは、親戚や知人による助け合いですから日本に有利ですし、長寿国
でもありますから、健康寿命の項目も上位になります。一方、人生選択の自由や寛大さについては数値が小さくなっていますが、
これについては同意する人が多いのではないでしょうか。少なくとも日本社会が極めて寛大だと思っている人は少ないと思います。
このようにして見ると、評価項目とその結果については、それほどおかしな内容にはなっていないことが分かります。(後略)

国別の長時間労働者比率何が幸福であるかは人それぞれなので、
誰かといるから幸福だとか、何かを
持っているから幸福だと断言すること
はできません。幸福度ランキング一位
のフィンランドは単身世帯の割合が
約40%、幸福度ランキング三位の
デンマークでは、その割合が約45%。
ちなみに、日本では、単身世帯の割合
1人当たり名目GDP_国別ランキングは約27%です。独りだから人生を楽しめないなんて
ことはありません。人それぞれなのです。一方で、
病気や貧困、戦争といった不幸の要因は普遍的です。
日本において不幸を増幅している要因としては、
長時間労働があります。長時間労働は、単に、苦痛な
仕事の時間が長いというだけではありません。長時間
労働をすることで疲れきってしまい、自分が楽しいと
思っている活動ができなくなるのです。しかも、日本
の場合、長時間労働をしている人が多い割には、1人
当たりの生産性が高くありません。フィンランドや
デンマークの国民は、日本人のように長時間労働を
していないのに、1人当たりのGDPは日本よりも高い
のです。日本人が優秀でないから生産性が上がらない
ということではなく、生産性につながらないことに
時間をとられて過ぎていることに原因があります。
そのひとつが過当競争です。過当競争をすることで、
商品やサービスの価格を上げられなくなるのです。
競争に勝つことを目標にしている限り、企業も、そこ
で働く従業員も負け続けるでしょう。現在の日本のような成熟社会では、同じ土俵で競争
すればするほど、不幸が増幅されます。それなのに、日本人は同じ土俵で競争することに
慣れ過ぎています。その根本的な原因は、画一的な教育にあるのではないでしょうか。






2018_03_31


"全国民に月7万円"は日本を救う最善手だ 「AI失業」の危機に備えるために
財源をどうするか?                        (3月23日 PRESIDENT Online プレジデントオンライン)
ベーシックインカムの導入を、と言うと、真っ先に問題になるのが財源です。たとえば、1人月7万円の給付をした場合、全国民の給付総額は
100兆円ほどになりますが、そんなお金がどこにあるのかと。大丈夫です。財源はつくれます。拙著『人工知能と経済の未来』でも書きまし
たが、基礎年金の政府負担、児童手当、雇用保険、生活保護、所得控除などを撤廃して25%の所得税増税をすれば100兆円は捻出可能です。
25%の所得増税など現実味がない、と言うのであれば、こういう考え方もあります。相続税増税、資源税導入のあわせ技です。(後略)

「全国民に月7万円」は誰も幸せにしない まずは金のなる木を探そう (2月22日 PRESIDENT Online プレジデントオンライン)
(前略)。理念として共感できる部分もありますが、現実的には難しいと思います。最大の問題は、全国民全員に一律で、働かなくても生活
が維持できるだけのお金を配る、という点です。「全員に一律で配る(経済学でいうところのランプサムトランスファー)」という部分には
メリットはあると思います。いろいろな条件をつけ、資力調査などを行ったうえで給付する社会保障は莫大な行政コストがかるうえに、
働いて収入を得たらその分援助を減らされるといった「貧困のわな」にもつながり、生産性や幸福度の向上を阻害している場合もあります。
そういうものを整理してシンプルなやり方に変えよう、という考えは否定しませんが、問題は「生活が維持できるだけの」金額がいくらに
なるか、そして、果たして「維持できるだけ」でいいのか、という点です。
難易度は消費税の比ではない
日本の2018年度予算でいうと社会保障費は100兆円弱です。これを国民全員に平等に配ると6~7万円になります。フィンランド政府による
ベーシックインカムの実験でも毎月支払われる額は7万円程度です。たとえば東京のような都市で月6万円とか7万円でまともな暮らしができる
でしょうか。しかし、それを大きく超える額を出した場合、財政がさらに悪化します。社会保障費の総額を変えずにベーシックインカムに
移行する場合、もうひとつ問題があります。とくに低所得者や貧困層のあいだでいまより受取額が減る人が出てくる、という点です。
中長期的にはランプサムトランスファーにすることで制度の無駄や歪みは緩和されますが、給付額をフラット化すればするほど短期的には
もらえていたものがもらえなくなるという人が多く出てくるので、実現する際の政治的な難易度は消費税の比ではないと思います。
いま給付しているものはそのままで、それに上乗せして6~7万配りますというのなら誰も文句は言わないでしょうが、それだと単なるばら
撒きです。結局、どうやってお金を配るかという再分配の方法論だけでは、ベーシックインカムの財源問題は解決できません。つまり、
「ない袖は振れない」のです。中東の産油国であれば、原油輸出から得られた収入の一部を国民に還元することも考えられます。リターンが
湧き出てくるような資産があればその一部を国民の権利として平等にもらえるという理念を実現するメカニズムは導入しうるでしょう。
しかし、そういう資産がない場合はみんなで汗をかかないかぎりリターンは得られないわけです。

論点 ベーシックインカム (2017年8月18日 毎日新聞のニュース・情報サイト)
日本はじめ世界各国で社会保障費が膨らむ中、最低限の所得を国が国民に保障する仕組み「ベーシックインカム」(基本所得)が注目
されている。貧富の格差や貧困を減らし、豊かな福祉国家を目指す。一見、夢のような話で、「究極のばらまき策」との批判があるが、
欧米などでは導入実験も始まっている。どこまで現実味がある政策なのだろうか。
「怠惰な人が増える」は誤解 ルトガー・ブレグマン 歴史家、ジャーナリスト
私がベーシックインカムの論考を書き始めたのが2013年。翌14年、オランダで出版した本が英訳され、現在、日本を含む20カ国
以上で出版が決まった。想像を超す反響の広がりに私自身が驚いている。なぜ、注目されているのか。恐らく昨年のブレグジット=英国の
欧州連合(EU)離脱=決定やトランプ米政権の誕生、世界規模での難民・移民の増加という現実に不安を抱いた若者たちが従来の政治には
ない新しい制度を模索しているからだろう。その具体例として多くの人たちが耳を傾けてくれているのだと思う。私の唱える「ユニバーサル・
ベーシックインカム」の狙いは単純だ。基本的な生活を維持できるだけの最低限の収入を国が支給することで、すべての人が「貧困」から
抜け出し、人間的な生活を過ごせるようにする。発展途上国や貧しい人だけを対象としたものではなく、金持ちを含めたすべての人に無条件
に一定の「フリーマネー」を払うのが特徴だ。月額いくらかはそれぞれの国の経済力によるが、例えばオランダや米国のような国なら
1000ユーロ(約13万円)程度あれば住宅費や食費の多くに充てることができる。国民全員に受け取る権利があるため、現在の生活保護
のような救済や施しという後ろめたさを感じることもなく、人々は自由にお金を使うことができる。もちろん財源は税金などだが、現在、
福祉政策にかかっている予算を再編成することで実現は可能だ。こうした業務に当たっている職員の煩雑で時に過酷な労務も必要なくなる。
就労の有無にかかわらず一定の生活費が確保されているという安心感があれば「貧困」への恐怖心がなくなり、さまざまな精神的な苦痛から
も解放されるだろう。ベーシックインカムによって貧困をなくすという考えは新しいものではない。すでに1960年代に米国で考えられ、
フィンランドやカナダの一部では今年、実験が始まった。恐らく、多くの人が持つ漠然とした懸念は「フリーマネーを支給しても、怠惰で
浪費する人が増えるのでは」ということだろうが、そうではないことは実験によって証明されている。人類というのは本質的に常に何かを
生み出そうとする、真面目で創造的な生き物なのである。恐らく世界の国の中でそのことを最も実感しているのは日本人だろう。ベーシック
インカムと同時に「週15時間労働」の目標も掲げている。週5日間働くとすると1日3時間労働。それ以外の時間は本当に自分がやりたい
ことを楽しむ。趣味や家族との時間に充ててもいい。働きたければ追加の仕事をすればいい。ワークシェアをしながら複数の仕事を持っても
いい。 ともかく、現在のように長時間労働を強いられ、休日もテレビを見るくらいしかないほどに疲れ果て、生きがいさえ見いだせない
ような過労社会をなくすことこそ先決なのだ。そのために基本となる収入を国が保障する。実験的であっても、こうしたアイデアを取り
入れる政府が出てきてほしい。いつの日か、人類は本当のユートピアに到達できるかもしれないのだ。(後略)

デンマークの黄金の三角形平成30年度_国の歳入と歳出
森友文書改竄問題に明け暮れた国会ですが、平成30年度予算がようやく、可決、成立しました。
税収は約59兆円を見込む一方で、社会保障費は約33兆円に膨らみました。今後、税収を増やして
いくのか、社会保障費を減らしていくのか。様々な意見があるところです。現行の福祉制度には、
人を受身にして貧困状態にとどめおく、という問題点があります。生活保護から抜けられないのは、
生活保護受給者にお金がないからです(貯金してはいけないのだから当然のこと)。生活保護が
打ち切りになると、医療費の負担がのしかかってきます。仕事をしたいと思っていても、生活保護を
受けているから仕事ができないという事態が生じるのです。そこで検討されているのが、ベーシック
インカムです。ベーシックインカムの場合、収入の有無は関係ありませんので、少しでも仕事をして
収入を増やそうという意欲が湧きます。一方で、仕事をしなくても最低限の収入が得られるため、
勤労意欲が減少するという側面も否定できません。仕事を無理にしなくてもいいということは、不満
を抱えながら仕事をする必要がなくなるので、 「働き方改革」は即座に実現します。一方で、企業に
もメリットがあります。従業員を自由に解雇できるように法改正されることが予想されるからです。
解雇されても、ベーシックインカムがあるので、次の仕事を急いで探す必要はありません。雇用する
側、雇用される側、どちらにも自由が生まれるのです。
では、現実にベーシックインカムの導入は可能なのでしょうか。最も重要なのは、当然ながら、財源。
ベーシックインカム推進論者が言うような、現在の福祉政策にかかっている予算を使えばいいという
のは無理があります。例えば、手術で100万円かかった場合、現状ならば、自己負担限度額を超えた
額が払い戻される「高額療養費制度」があります。しかし、多くの患者は、ベーシックインカムだけ
では、困窮した状況に追い込まれてしまいます。保険料をとるのなら、ベーシックインカムを減額
しているようなものですから、何をしているのか分からなくなってしまいます。やはり、ベーシック
インカム以外の福祉も必要なのです。
例えば、毎月7万円を1億2千万人の国民に配るには、年間100兆円もの財源が必要になります。
いくらなんでも、100兆円は無理。もし、本当にベーシックインカムを導入してみるというのなら、
20代(もしくは18~27歳)だけを対象に、実施してみればいいのではないでしょうか。
20代は約1200万人。これですと、年間10兆円・・・消費税5%分ですか・・・
少子化対策にもなるし、国内消費を喚起する効果もあるんですけどね・・・
ただし、企業は、20代の従業員を見習社員とし、正式採用しなくてもよいものとします。






2018_03_29


日本の貯蓄率は世界41か国中「34位」(下から8番目) なぜ日本の貯蓄率は低いのか? (3月25日 マネーの達人)
「経済協力開発機構」であるOECDでは、いろいろな統計を取っていますが、その中には世界各国の貯蓄率の比較というもの
もあります。この統計値はGDPに対するパーセンテージとして示されています。2011年から2014年の41か国で比較されて
いる統計を見ると、日本はほぼ34位、下から8番目という順位になっています。(中略)
貯蓄率0.9%が意味するものは
貯蓄率は可処分所得に対する預貯金増額分の割合で示されますが、簡単に言えば、得たお金の内、いくら余ったかを示すもの
と言えます。これは言い換えると、「家計のゆとり」を示す指標ともいえるのです。例えば、北欧のように10-20%の貯蓄率
があるということは、給与が急に10%カットになっても今まで通り暮らせますよということが言えます。もちろん、貯蓄率が
高いということは、貯蓄もそれなりにしやすく、いざという時にも備えられている証とも言えます。 逆に、日本のように0.9
%というような貯蓄率だと給与が1%下がろうものなら家計はすぐに赤字ですよと言っているようなものです。これは国の平均
なので、ご自身の家計では貯蓄率は20%以上余裕であるという方は大丈夫かもしれませんが、給与は年々上がっていく一方
だから大丈夫と考えているのであれば甘いです。社会保険料も年金もじりじりと基本負担は増え、それは収入と共にその負担率
は上がるようになっています。我が家の場合もそうですが、給与の額面は増えても手取りは減ってしまったという家計は少なく
ないのではないでしょうか? また、40歳を超えると介護保険料の負担もあり、加えて多くの企業では役職定年という言葉の
あるように、50~55歳で年収のピークを迎えるような給与システムはいまだにあります。つまり、社会保険料などの負担率は
上がり、給与は頭打ちになるその状況で、0.9%という国民貯蓄率は納得できるものですし、一家庭としても、危機感を持って
見つめるべき数値だと思えるのです。とはいっても、実はここ2年ほどは4%台の回復傾向にあるようですが、それでも、北欧
・欧州の半分程度となります。
北欧・欧州と日本の貯蓄率の違いは何からくるのか
貯蓄率の高い北欧・欧州と低迷する日本の貯蓄率の違いは何からくるのか考察してみましょう。 社会保険料や物価において
は北欧・欧州の方が高いくらいです。家賃だって高いと聞きます。けれど、子どもの教育費などはかからないか低費用の国が
多く、義務教育期間においては授業料だけではなく、教科書から鉛筆、ノート、給食代などの全ての費用が無償という国もあり
ます。加えて試験にパスして進学していく日本の教育制度と異なり、塾や習い事、お受験などに多額の費用をかけるような
教育体系でもありません。子どもの医療費もかからない国が多いのも特徴です。そして、生活が慎ましいのも特徴と言えます。
都会や観光地では土日に営業するお店も増えているようですが、日曜日はお店はお休みで、することも行くところもないから
家族で公園にピクニックにいくとか、DIYにいそしむとかそんなイメージが溢れます。それに対して日本では、お休みの日は
テーマパークに行くとか、外食をするとか、お金をかけて楽しむという印象があります。教育費の面においても、国からの
優遇は確かにものすごく差があるのですが、それ以上に、子どもにお金をかけることこそ愛情と言わんばかりに、習い事に
一段上の教育に、お金をかける国民性も見て取れる気がします。
かつては1997年以前は10%台の高い貯蓄率が続いていた
日本人がお金をかけて北欧・欧州の人々がお金をかけていないことを比較すると、教育費を含む子どもにかかるお金と休日
などの過ごし方に集約される気がします。もともと、日本人は質素・倹約の文化を持っていました。10年以上さかのぼり、
各国における家計純貯蓄率の推移1997年以前は10%台の高い貯蓄率が
続いていたのです。ちなみに今回は
北欧・欧州と書きましたが、実はお隣
の韓国も日本より高い貯蓄率を計上
しており、北欧だから、国の制度が
違うからとは一概には言えないことも
あるでしょう。けれど、イザという時に
困らない蓄えの習慣「貯蓄率」を意識
してみて生活してみることは、家計の
助けになるだけでなくリスク
マネジメントにも貢献すると思います。




自己破産者も急増「私はこうして奨学金を返せなくなった」 (3月25日 isMedia イズメディア)
(前略)経済的事情で大学進学を諦めたくなかったMさんは、日本学生支援機構(JASSO)から奨学金を借りることにした。
毎月5万4000円を無利子で4年間、総額259万2000円借りることを選んだ。大学進学への希望に満ちていたこの時には、
まさかこの奨学金がその後の人生に大きな影を落とすことになるとは、18歳のMさんには知る由もなかった。
「奨学金を借りる時の面接のことはいまでも覚えています。『なんで借りるの?』『本当に必要なの?』と質問を次々に投げ
かけられ、圧迫面接のようでした。なぜ月5万円のコースを選んだのかと問われ、母が決めました、と返すと『自分が借りる
んだよ。わかっている?』と。確かに、お金を借りることへの自覚が足りなかった、と言われればそうかもしれませんが……。
支援機構について思い出すのは、やはりその圧迫的な振る舞いです。その後、返済についての説明会が行われたのですが、
大学の講堂に集められ、『あなた方が返さないと、後輩が困るんですよ』と言われて……僕たちが、お金を返さないことを
前提としているようなものの言い方だったので、胸内で憤った記憶が強く残っています」(中略)
自分の選択を責めるMさんだが、しかしながらこうしたJASSOの奨学金制度が前提としているのは、「働き始めれば右肩上がり
に給与が増える」「会社が定年まで面倒を見てくれる」というもので、雇用環境が急変しているいまは、この前提がそもそも
崩れている。NPO法人POSSE代表で『ブラック奨学金』著者の今野晴貴氏によると、Mさんのように奨学金が払えなくなる人は
急増中で、自己破産に陥る人もいるという。
「現在の雇用の3割が非正規職で、年収300万円以下です。それに正社員といっても飲食、外食産業など3年以内の離職率が5割
に達するような企業に入社する人も多い。短期で使い潰され、収入が低いと、奨学金を借りていた人などはすぐに返済に行き
詰まる。驚くことに、JASSOに情報公開請求をしたところ、奨学金が払えずに、自己破産する元学生が年600人もいたのです」
悲劇的なことに、自己破産すればそれで奨学金の返済から逃れられる、というわけでもないのだ。奨学金を借りる際、保証人
と連帯保証人を用意せねばならないが、借りた本人が自己破産をすると、容赦なく保証人・連帯保証人に催促が及ぶ。奨学金
問題の相談も行っている、前出の今野氏が言う。
「うちに来る奨学金の相談の6割が、借りた本人ではなく保証人や連帯保証人になっている人からです。借りた本人が突然自己
破産をして、延滞金で膨れ上がった借金の返済を、連帯保証人となった両親や親族が突如求められるのです」
Mさんは自己破産をすることも考えたが、しかし父親や叔父が返済することになるのは忍びないと思い、自己破産はしていない。
返す当てもなく、自己破産もできないという状況に陥っている。奨学金の返済に悩む社会人は増える一方だ。『今こそ「奨学金」
家庭所得別の奨学金受給状況の本当の話をしよう』著者の本山
勝寛氏はこう指摘する。
「貸与型奨学金は大学進学が困難な
学生の将来を拓くという重要な役割を
担っているものの、現実として卒業後
に正社員になれなかったり、大病を
患ったり、なにかの事情で仕事を辞め
なければならなかったりした場合、
一気に『返済困難』となることが多く、
                                         非常に不安定な制度です。」(後略)

日本の貯蓄率が下がった大きな原因としては、貯蓄をとり崩して生活している高齢者の
影響が大きいように思います。高齢者の割合が高くなると、貯蓄率が低下するのは当然だ
ともいえますが、国の財政赤字が大きくなると将来の不安が増すため、貯蓄は増えそうな
ものです。そうなっていないのは、単に、家計にゆとりがなくなったからでしょう。
野党は、企業が内部留保を貯めこんでいることを批判していますが、企業が多額の現金
を保有しているから、国は海外調達なしで借金できているわけです。企業の内部留保が
なければ、ギリシャと同じ状況に陥ってしまいます。
かつて日本の貯蓄率が高かったのは、期待していたより給料が上がっていたからです。
消費パターンの変化は収入の変動よりも緩やかです。そして、今は、高度成長期に起きた
ことの真反対の出来事が起きています。つまり、収入が思ったように伸びていないのに、
生活水準を落とせない世帯が増加しているのです。今後は、自分の親の年収を越せない
人が続出するでしょう。子供のときに自分が経験した生活水準を、社会人になって維持
しようとすると、借金地獄に落ちてしまうかもしれません。とはいえ、親にそれなりの
資産があれば、助けてもらえます。社会人になっても、親から何かしらの援助を受けて
いる人は少なくありません。しかし、それは、親に経済的余裕がある人の場合です。
これからは、親に経済力がないために、社会人としてのスタート時点で、不利な状況に
陥ってしまう人が増えていくのではないでしょうか。若いうちに借金を背負うことに
なれば、その後の人生の大きな負担になります。借金、つまりは奨学金のこと。
貸与型の奨学金は借金であることを自覚しておかなければなりません。さらに、第二種
の場合は、利息もつきます。返済できないのであれば、延滞してしまいそうになる前に
減額返還や返還猶予を願い出たほうが賢明でしょう。奨学金を借りることができるのなら
利用すればいいのですが、奨学金が返せなくなったとき、親に頼ることができるか、
できないか。これは大きな違いです。
今や、「貧困の連鎖」は無視できない社会問題だといえます。





2018_03_27


お金が貯まりやすい家は「家計簿」ではなく「○○」が優れている (3月22日 ダイヤモンド・オンライン)
(前略)ご存知の方も多いと思いますが、企業の決算などでも、期間内のお金の出入りを記録した損益計算書(P/L)に加えて、
期末時点での資産・負債状況をまとめたバランスシートを必ず作成することになっていますよね。家計を見直す際には、家計簿
だけでなく、バランスシートが非常に有効です。私がマネープランのお手伝いをするときには、数ヵ月平均の月次収支と併せて、
バランスシートを作成します。ぜひみなさんも頭のなかで「わが家のバランスシート」をつくってみてください。バランス
シートとは何かについては、説明はごくあっさりにしましょう。バランスシートは左右2つのパートに分かれます。左側には
資産(=自分が所有しているもの)を、右側には負債(=自分が借りているもの)を書きます。資産がたんまりあっても、
負債もどっさりあれば、それは“ほんとうに持っている”ことにはなりません。持っている資産で借りている負債を全部返済した
資産形成エンジンのある家計とはときに手元に残るものを純資産といいます。純資産が多いほど、
「ほんとうに持っているもの」がたくさんあるということになり
ます。(中略)なぜ家計の見直しに、バランスシートの考え方
が必要なのでしょうか?ここには2つのメリットがあります。
メリット(1)家計の健全性がわかる
メリット(2)お金を生む力がわかる
(中略)大切なのが第2のメリット、つまり、(2)お金を生む力
の現状が判定できるということです。
次のCさん一家のバランスシートをご覧ください(左図)
預金の金額はBさん(図略)よりもかなり少なめで、ご夫婦とも
に終身保険に入っておらず、お子さんの学資保険もありません。
その代わり、運用資産の欄にある投資信託の額が積み上がっているようです。このとき、会計的に見れば、両家計にはさほど
の違いはありません。しかし、ファイナンシャル・プラニングの観点から言うと、Cさんの家計のほうがより優秀な可能性が
あります。なぜかと言えば、バランスシートの資産リストのなかに「お金を生む資産」が入っているからです。(後略)

なぜ「月1万円の節約」が損になるのか? 「勤勉」な日本人にお金が貯まらないワケ(3月23日 ダイヤモンド・オンライン)
(前略)アメリカでは、勤労所得と財産所得の比率は3:1ですから、100万円の勤労所得を得ているあいだに、資産が働いて
33.3万円の財産所得を生んでくれる計算になります。一方で、日本人の同比率は8:1です。がんばって働いて100万円を稼いで
も、資産が生んでくれる利益は12.5万円です。(中略)家計のエンジニアである私は、ムダなコストを削って家計を“軽量化”
するお手伝いもしますが、それだけでは決して十分ではありません。私たちのより重要で包括的な仕事は、クルマ(家計)の
「残り走行距離」を見据えながら、バランスシートの左側にある資産形成エンジンを、ハイブリッド型に“改造”することなのです。
自分の働きに頼りすぎる日本人の家計家計と聞くと、どうしても「家計簿」を想像しますが、最後まで走り切ること
ができる家計をつくるうえで、家計簿は絶対条件ではありません。お金の心配
をしないで済むようになりたいのであれば、資産形成エンジンを改造し、お金
が勝手に貯まってしまうシステムを家計のなかに埋め込むことのほうが、
ずっと大切なのです。いくら家計簿をつけていても、過去に目を向けている
だけならば、ほんとうにそのクルマが未来のゴールまで走り切れるかどうかの
保証にはなりません。多くの家計にとって、資産形成エンジンの改造は避けて
通れないものなのです。(中略)
ゼロ金利時代に「5%運用」はありえない?
「でも……年平均で3~5%の運用なんて無理でしょ?」
そうお思いですか?
しかし、以前の記事でご紹介させていただいたとおり、、2000年から2017年
までの16年半、「何もしない」まま、年平均6.0%で資産を増やしていた人は
たくさんいます。「100年に一度の経済危機」と呼ばれたあのリーマンショック
の時期を挟んでも、これだけの実績が維持できていたのです。だとすると、
低く見積もっても、年3%は決して非現実的な数字ではないと思いませんか。
                                (後略)
ピケティ簡単図解実はみんな読み切れない トマ・ピケティ『21世紀の資本』を簡単図解
恥をかかないために
 (2015年2月22日 isMedia イズメディア)
ポイント 1(略)
ポイント 2財産の成長率は、労働によって得られる賃金の成長率を上回る。
株や不動産、債券などに投資することで財産は増えていく。こうした財産の
成長率は、給与所得者の賃金が上がる率よりも、常に高くなる。これが
ピケティ教授の理論の核心である。では、財産の成長率が賃金の成長率を
上回ると何が問題なのか。主に資産運用によって財産を築いている富裕層は、
株や不動産を保有しているだけで、多大な利益を獲得できる。一方、平均的
労働者は働けども賃金はゆるやかにしか上がらない。賃金を貯蓄したところ
で大きく増えるわけでもない。こうして格差が広がってしまう。(後略)

ピケティに言われなくても、資本主義が格差を生み出す
ことくらい誰でも分かっています。
たとえ、R(資本収益率)>G(経済成長率)ではなく、
R=Gでも、R>0であれば、労働者にとってもRが重要
であることに変わりはありません。労働者が給料だけ
に頼っていれば、Rの恩恵を受けることができません。
日本人はこれまで、RよりもG(賃金の上昇)に頼って
きました。しかし、多くの労働者にとって、賃金の大幅な上昇は期待できなくなっています。
また、寿命が延びることによって、退職後の人生が長くなっています。国の財政は、既に
とても厳しい状態ですが、これからはさらに厳しさを増すことになります。最終的には、
年金を減らしつつ、消費税を上げ続けていくしかないでしょう。公的年金だけでは生活でき
ないと思っておかないと、病気になっても働き続けるか、清貧の生活に甘んじるかしか、
選択肢がなくなってしまいます。給料が少ない労働者に、Rは関係ないと思われるかもしれ
ませんが、実態は真逆で、高収入をずっと得られる自信があるのなら、Rに頼る必要はあり
ません。給料が少ないからこそ、Rに頼らなければならなくなるのです。貯金をし続けろと
ことでもありません。給与所得の分は資産形成に使う必要はなく、資産運用による利益を
次の運用にあてればいいだけ。貯金を趣味にする必要はないのです。
とはいえ、はじめの資金がないと資産運用をはじめようがありません。つまり、ある期間
は、我慢して、貯金に励んでおかないといけないということです!
若いうちに貯金をしておけば、その後の資産形成は容易になります。「金儲けの神様」と
呼ばれた邱永漢さんは、給料を少しずつでも貯金して、まずは100万円をつくりなさいと
言っていたと思います。はじめに100万円が貯金できないようなら、Rを得ることは期待
できません。そして、100万円を増やそうと思うのではなく、その100万円はないものと
思って、そこから得られる利回りを期待したほうが、Rを確実に得られます・・・続く





2018_03_25


私立大医学部の入試難易度東大より難しい! 加熱する医学部受験ブームの異常さ (3月19日 文春オンライン)
そろそろ国公立大学医学部入試後期日程の合格発表がある頃です。医学部に合格した
みなさん、おめでとうございます。また、次年度の医学部を受験するみなさん、この1年間
怠らずに勉強して、悔いなく本番に挑めるよう頑張ってください。ただし、医学部をめざす
なら、自分が本当に医師になりたいのか、そもそも医師に向いているのか、よく自問自答
したり相談したりしてから決めてほしいのです。医学部にいけば、ほとんどの人が「医師」
になるよりほかありません。医学部や医療界の現実を知らないと、後悔するかもしれない
のです。
今の医学部偏差値の高騰ぶりは異常
この10年ほど、ずっと医学部受験ブームが続いており、とくに有名な受験エリート高で
医学部をめざす人が増えています。国公立大学医学部合格者数ランキング上位20校の
医学部合格者合計は、2007年から17年の11年間で3割も増えました(週刊朝日ムック
『医学部に入る』2008年版と2018年版に掲載のデータより)。エリート高での医学部
志向が強まったため、国公立大学医学部や有名私立大学医学部の多くが、東大に入る
より難しくなったと言われています(医学部医学科に進む東大理科Ⅲ類を除く)。
しかし、このことを私は「異常」だと思っています。なぜなら、医学部は基本的に医師
を育成する「職業訓練校」だからです。全国模試でトップを競うような英才たちが、
こぞってめざすべきところではないと思うのです。東大医学部だって、医師養成機関
であることに変わりありません。なのに、あらゆる大学、学部の中で東大理Ⅲが偏差値
トップである必要がどこにあるのでしょうか。
「頭のいいやつは医学部を狙う」という風潮
なぜ、こんなにも受験エリート高の生徒たちが医学部をめざすようになったのか。それは、
リーマンショック以降の日本経済の低迷とも無関係ではないと思います。多くの関係者に
聞くと「食いっぱぐれがない」という理由で、医学部をめざす人が増えているそうです。
また、エリート高の中では、「頭のいいやつは医学部を狙う」という空気もあると聞き
ます。確かに、現時点では医師は「食いっぱぐれがない」職業です。地方や勤務の厳しい診療科(外科、産婦人科、小児科、
救急など)では、いまだ医師不足は解消されていません。ですが、このままずっと引く手あまたで、高給が約束されるとは
限りません。(後略)

一流大学を出て一流企業に入れば勝ち。そんな洗脳が日本を滅ぼす (3月21日 まぐまぐニュース!)
(前略)先日、近所の家で開かれたパーティで、80年代に日本とビジネスをしていたというアメリカ人に「昔は日本企業が
輝いていたよね。最近はどうしちゃったの?」と質問されて、少し困ってしまいました。このテーマは、私がメルマガやブログ
で色々と書いてきたテーマではあるのですが、パーティの席で一言で説明するのは簡単ではないのです。とりあえずその場は、
「戦後の高度成長期の成功体験が逆にアダとなって、90年代後半から始まった情報革命に構造的についていけなくなった
からだ」と答えましたが、それぞれの言葉には、とっても深い意味があり、本当はそれぞれをちゃんと解説しないと説明に
ならないからです。まず「戦後の高度成長期の成功体験」の部分ですが、これは、単なる年功序列・終身雇用制だけではなく、
「幸せは一流大学に行って、一部上場企業に努めてこそ得られる」「頭のいい人は、田舎にいるよりは都会に出るべき」
「第一次産業よりは、第二次産業や第三次産業の会社でサラリーマンをすべき」などの日本人の価値観そのものに関わる大変革
だったために、それを今更変えることは簡単ではなくなっています。特に問題なのは、学校教育で、個性やクリエティビティ
よりも知識を重視した詰め込み教育が行われているため、ソフトウェア・エンジニアのような「一芸に秀でた」人材を排出し
にくくなっているのは、大きな問題です。中高では徹底的な詰め込み教育をし、その反動で大学に入ると遊び呆けてしまい、
大学三年になると就職活動を始めてしまうようでは、今の時代に必要な人材は育ちません。「中学生の頃からプログラミング
ばかりして過ごし、高校卒業前にはウェブサイトを立ち上げたり、スマートフォンアプリをリリースした」ような学生時代の
過ごし方を許すどころか奨励するような教育システムに作り変えなければならないのです。同時代に作られた日本人の価値観
・常識の中には、「市民活動とは左翼活動であり、一部上場企業のサラリーマンが関わるようなものではない」という政治的
なものもあれば、「霞が関や一部上場企業で、上司に逆らわずに出世すれば、引退した後に天下りのポジションが待っている」
のようなものもあります。特に後者は、日本の社会の隅々で寄生虫のように社会からエネルギーを吸い取る仕組みを作って
しまい、それが時代に合わせた変革を非常に難しくしているのです。日本企業が安い労働力と勤勉な労働者を活用して、欧米
の企業に「追いつけ追い越せ」とやっていた時はよかったのですが、80年代のバブルが崩壊し、90年代後半からコンピュータ、
インターネットによる情報革命が始まった時に、このシステムそのものが機能しなくなったのです。米国では、IBM、DEC、
Motorolaのような旧態依然とした会社は次々に淘汰され、それに変わる、Microsoft、Apple、Google、Facebook、Amazon
のような会社が生まれて次の時代になりました、日本では、相変わらず東芝、NEC、富士通のような企業が、政府の公共投資
や国策によりだらだらと延命されており、それが雇用規制と合わさって、人材の流動制を低くし、日本版Microsoft、Apple
などの誕生を阻んでいるのです。上の「90年代後半から始まった情報革命に構造的についていけなくなった」という部分は、
政府による大企業優遇政策、雇用規制、大企業が今でも持ち続けている終身雇用制と年功序列、霞が関や大企業が天下りとして
作ってしまった星の数ほどの特殊法人・子会社・関連会社が、人材の流通を阻むだけでなく、ベンチャー企業からビジネス
チャンスや資金を奪っており、それが結果として、世界に羽ばたくベンチャー企業を日本から生み出すことを難しくしていると
いう構造的な問題があるという意味なのです。つまり、もう少し分かりやすく言えば、高度成長期に作られた教育システムと
社会システムが、変化の早い情報時代になって時代遅れになっているにも関わらず、そのシステムの中で成功して来た人たちや
企業が抵抗勢力となり、Microsoft、Google、Apple、Facebook、Amazon のようなソフトウェアを武器にして社会全体を
飲み込んでしまうようなベンチャー企業の誕生を阻んでいるのです。そんな中でもソフトバンク、ファーストリテイリング
(ユニクロ)、リクルート、セブン&アイ(セブンイレブン)のような面白い企業も育って来ているので、全くダメなわけでは
ありませんが、残念なことにどれも「ソフトウェアで世界を変えていく」ポジションにあるわけではないのが懸念です。

昔から「頭のいいやつ」は地元の医学部に入って医者になっていましたが、今はその傾向
に拍車がかかっているのかもしれません。医者が「憧れ」の職業であることは昔も今も
変わりませんから、「頭のいいやつ」が医者を目指すのは当然のことでしょう。
「頭のいいやつ」が医者を目指さない場合、何を目指せばいいのでしょう。医者が魅力的
な仕事かどうかを問うよりも、東大(理Ⅲを除く)に入れたとして、将来、医師以上に
魅力的な仕事に就けるかと問うべきです。在学中に、なりたい職業がイメージできず、
途方くれる人が少なくないのではないでしょうか。医学部に行けば、少なくとも、この
ような悩みからは解放されます。ただし、甘い世界ではないので、医者の適性を欠いて
いると、他の選択肢がないだけに悲惨なことになってしまうかもしれません。日本の場合、
アメリカと違って、「起業」という選択肢がない(全くないというわけではないが)。
その原因には、成功しなかった場合に投資されたお金を返さなくてもいい制度が整って
いないことや、スタートアップ経験を持っていることが就職に有利にならないことなどが
挙げられます。日本では、商売をはじめるというと、お店を開くというイメージです。
それも「起業」ではありますが、ショップの店長の経験はあまり企業に役立ちません。
それよりも、BtoB事業を立ち上げて、企業とお付き合いしておくことが重要でしょう。
いずれにしても、日本で「頭のいいやつ」が「起業」を選択することは、「頭のいい」
行動ではなさそうです。となると、新卒で企業に入るか大学に残ることになりそうです。
個人的な感想ではありますが、会社員、公務員、大学に残って教員、いずれも大きな夢
があるようには思えません。なぜなら、どれも高い年収が期待できないからです。
大きな夢は捨てて、堅実な生活をおくるとするならば、大企業への就職が有利になる
東大に入学することは意味のあることでしょう。しかし、日本企業のどこでも入れると
しても、絶対にここに入りたい企業ってあります?「一流大学を出て一流企業に入れば
勝ち組」なんて、どう考えてもウソです。現状の試験で「頭のいいやつ」というのは、
時間内に、失敗なく物事を進められる人です。このような能力は、ミスが許されない
医者にはとても必要なものでしょう。一方で、「起業」の場合、失敗を恐れるならば、
何もできません。やはり、「頭のいいやつ」には医者が適職なのでしょうね。






2018_03_23


いじめ防止調査委員会委員長の松浦教授京都・舞鶴中2自殺未遂
いじめ原因 調査委「指導不十分」

(3月20日 毎日新聞のニュース・情報サイト)
京都府舞鶴市の市立中学校で昨年6月、2年の女子生徒が校舎から
転落して重傷を負う事故があり、市教委が設置した「いじめ防止調査
委員会」は19日、事故はいじめが原因の飛び降り自殺未遂だったと
する報告書を基に市教委がとりまとめた再発防止策を公表した。
報告書は、女子生徒がいじめられていることを把握しながら指導が
不十分だったと指摘。佐藤裕之教育長は「いじめを早期発見できず
申し訳ない」と陳謝した。 女子生徒は昨年6月19日午前、校舎3階
の教室の窓からグラウンドに飛び降り、顔や腰などを骨折した。窓際に上履きがそろえて置かれ、悩みを記したノートが残さ
れていた。現在は退院して自宅で療養している。報告書によると、女子生徒は1年時から▽掃除の時に自分の机だけが運ばれ
ない▽体育の授業で自由にペアになる際に最後までペアになれない▽授業の発表時に笑われる--などのいじめを受けた。
教員の指導はその場限りで、校長に報告されず、情報共有もされなかった。いじめ調査アンケートや面談で他の生徒が女子生徒
がいじめられていると指摘したが、本人に聞き取りしなかった。報告書は「いじめを許容する空気が醸成された」と指摘した。
女子生徒は調査委に「無視が一番つらかった。相談に乗ってくれる同性の友人がいたら、飛び降りなかったかもしれない」など
と説明したという。 調査委とともに19日に記者会見した市教委の佐藤教育長は、報告書を全校に配ることやアンケートの
活用、相談体制の充実などの対策を明らかにし、「いじめを軽視しないよう全教職員に徹底させる」と述べた。
調査委員長を務めた松浦善満・龍谷大教授は「調査委の報告書が再発防止のための資料になるのは異例」と話した。

中1男子自殺か、いじめ調査へ…大阪 (3月20日 YOMIURI ONLINE 読売新聞) 
大阪市の吉村洋文市長は19日、1月に市立中1年の男子生徒が自宅マンションから転落死し、自殺とみられることから、
いじめの有無を調査する第三者委員会を設置する方針を示した。吉村市長は「よほどのことがなければ、命を絶たない。
徹底的に検証したい」と述べた。市教委によると、男子生徒は1月下旬の深夜、自宅マンションのそばで倒れているのが
見つかった。9階の自宅ベランダから飛び降り、自殺したとみられる。昨年5月、学校が行ったアンケートに生徒は、
いじめられたことが「ある」と回答。教員が確認すると「小学校のときのことで、今は大丈夫」と説明した。2学期の
アンケートには、いじめられているとは回答しなかった。生徒が亡くなった後、校内で行ったアンケートや聞き取りでも、
いじめは確認されていないという。市議会教育こども委員会で、議員が男子生徒の転落死への対応を質問。吉村市長は
「簡単に『いじめは確認できていない』という学校や教委の態度は解せない。任せられない」と答え、弁護士らによる
第三者委を早急に設置するとした。

大井川和彦知事に徹底した調査を依頼する中島菜保子さんの両親取手中3自殺
「いじめ隠蔽」、市教委謝罪へ 保護者会で
 
(3月19日 毎日新聞のニュース・情報サイト)
茨城県取手市で2015年11月、市立中学3年の中島菜保子さん
(当時15歳)がいじめを苦にする書き込みを日記に残して自殺
した問題で、市教育委員会が24日、当時の同学年の生徒を対象に
2年ぶりの保護者会を開く。市教委側が当初、自殺を隠して調査し、
「いじめはなかった」とした対応を謝罪する予定だが、「プライバシー
保護」を理由に報道公開しない方針で、遺族は「何も期待できない」
と話している。保護者会は同日午後7時から、市役所藤代庁舎1階
で開く。同学年だった元生徒約140人も出席できる。市教委による
と、県設置の第三者調査委員会が元生徒らへの聞き取りを行うことから、
これまでの経緯を改めて説明し、謝罪するという。矢作進教育長のほか、
当時の校長や教頭も出席予定。報道公開しない方針について、市教委の小林幸典教育参事は「生徒のプライバシー保護のほか、
質疑応答でさまざまな意見が出ることが予想され、(公開して報道されれば)一方的な印象を与えてしまう」と説明した。
保護者会の後、報道陣に対応するかは不明。毎日新聞が情報公開請求で入手した市教委の資料や菜保子さんの両親によると、
市教委と学校は自殺直後、「受験を控えた生徒たちへの配慮」を理由に、自殺の事実を隠して「突然死」と生徒らに説明。
保護者会は16年3月、卒業の2日前に開かれ、学校側は「いじめはなかった」と説明し、紛糾した。 再度の保護者会開催を
求めてきた菜保子さんの父考宜さん(46)は、出席の意向を示したうえで「これまでの経緯もあるので公開すべきだとは思う
が、今更何も期待できないとも感じる」と諦めの声を漏らした。

不正や不祥事はどんな組織でも起き得ることですが、問題はそれを認識した後の組織の
対応です。学校の不祥事で最大のものといえば、いじめの放置でしょう。学校でのいじめ
をなくせと言うつもりはありませんし、いじめによる自殺者をゼロにすることもできない
でしょう。事実を隠さずに公表してくれさえすればいいのです。ところが、教育委員会は
いじめを隠蔽する組織になっています。教育行政の自主性を確保するため、教育委員会は
知事や市町村長から独立した組織になっていますが、多くの教育委員会は、部外者を排除
し、地元の教育関係者で占められています。教育委員会に限らず、外部の監視の目が届か
ない組織は、自浄作用が働かないため、腐ってしまいます。
「事実を歪めてはならない」・・・これを教えるのが教育というものでしょう。
舞鶴市の例のように、事実を明らかにし、再発防止策まで報告する例は極めてまれです。
多くの教育委員会がいじめ隠蔽組織に成り下がってしまいます。「教育は不当な支配に
屈することなく、公正に行われなければならない」ことばかり強調する前事務次官は、
「教育は組織防衛のために個人を抹殺することなく、公正に行われなければならない」と
いう思いには至らないようです。前事務次官が語らなければならないのは、官邸の介入
ではなく、天下りの実態です。天下りこそ、民間に対する公権力の不当な介入だ!
サヨクは、権力が教育に介入すると「戦前の軍国主義教育の復活だ」と声高に主張します。
不当な介入が皆無だとは言いませんが、それよりも、いじめを隠蔽する教育委員会のほう
が余程「軍部」に近いものがあります。銃で人間を殺すこともできますが、態度や言葉
で人を死に追いやることだってできるのです。戦争で死にたくはありませんが、それと
全く同様に、いじめられて死にたい人もいないのです。
「事実を曲げない」・・・みんながそう考えれば、財務省も、防衛省も、教育委員会も、
不祥事を起こした企業も、少しはマシな組織になるんですけどねえ。






2018_03_21


国税庁長官を辞任した佐川宣寿氏_時事通信"汚い仕事"をやらされた人に伝えたいこと 事実は発覚する、死んではいけない
(3月16日 PRESIDENT Online プレジデントオンライン)
(前略)3つの要因(ブランド力、競争、恐怖)は財務省の官僚にも当てはまる。
財務省は、ブランド力のある組織というだけでなく、隔離された集団でもある。
また、出世のための競争も、懲罰に近いような形の異動への恐怖も、医師の比で
はないだろう。財務省のように3つの要因がそろっている組織ほど、「汚い仕事」
を押しつける上司がいるものだ。もっとも、必ずしも3つの要因がそろって
いなくても、「汚い仕事」を押しつけられそうになることはある。
例えば、スーパーの鮮魚売り場で働いていた男性は、売れ残った魚の消費期限を
もっと先に書き直して販売するように店長から指示されて、悩んだらしい。
また、診療所で医療事務の仕事をしていた女性も、自己負担ゼロの生活保護の
患者が、実際には来院していないのに、診察を受けたように見せかけて再診料を
請求するように院長から指示されて、困ったという。この2人の勤務先は、それほど
ブランド力があるわけでもないし、そんなに競争が激しいわけでもない。それでも、やはり現在の職場にいられなくなったら
どうしようという恐怖ゆえに、葛藤にさいなまれる。とくに次の仕事が簡単に見つかりそうにない場合、恐怖は一層強くなる
はずだ。こういうことは、誰にでも起こりうる。「汚い仕事」を押しつけられそうになったら、どうすればいいのだろうか。
「汚い仕事」を押しつけられた時の正しい対処
最初に申し上げておきたいのは、「汚い仕事」は遅かれ早かれ必ず発覚するということだ。佐川氏は、財務省理財局長を務めて
いた頃、国会で学園側との事前の価格交渉を否定し、「交渉記録はない」「記録が残っていない」などと答弁したが、その後
佐川氏の答弁と矛盾する文書や録音などが次々と出てきた。また、食品偽装が発覚して廃業に追い込まれた企業もあるし、
診療報酬の不正請求が発覚して閉院に追い込まれた医療機関もある。もう1つ忘れてはならないのは、発覚した場合、上の人間
が守ってくれるわけではないということだ。たとえ上司から指示されたことであっても、もし発覚したら、ほとんどの上司は
「やったのは自分ではない。部下が勝手にやった」としらを切り、責任転嫁する可能性が高い。いざというとき部下に責任
転嫁できるように、自分が指示した痕跡を残さないようにする巧妙な上司もいるだろう。まして、上司からの明確な指示が
ないのに、こちらが忖度して「汚い仕事」に手を染めた場合、上司が守ってくれるわけがない。中には、決して明確に指示
せず、アメとムチを使い分けながら、部下が忖度するように誘導する上司もいるので、要注意である。この2つを肝に銘ずる
なら、「汚い仕事」を押しつけられそうになったときの選択肢は1つしかない。そう、断るしかないのだ。断ったら、現在の
職場にいられなくなるのではないかという危惧があるだろうが、それでも断るしかない。ちなみに、先ほど紹介したスーパー
の鮮魚売り場で働いていた男性も、診療所で医療事務の仕事をしていた女性も、「汚い仕事」を受け入れられず、その後退職
している。(中略)最後に申し上げたいのは、忖度などもってのほかということである。間違っても忖度などしてはいけない。

 百田尚樹 逃げることは、戦うことと同じくらい積極的な行動だ!
 (3月8日 Web Voice PHPオンライン衆知)
 「逃げる」というと、皆さんは、どんなイメージをお持ちでしょうか。会社から逃げる、人間関係から
 逃げる、目の前のピンチから逃げる……など、いろいろありますが、これらは「よくないこと」という
 気がしているのではないでしょうか。人間というものはできるだけ忍耐強く我慢して、自分の責任を
 果たさなければいけない。逃げたことが他人に知られたら、恥ずかしい。逃げることは、消極的で、
 後ろ向きなこと――そんなふうに考えていませんか。でも、その考えは間違っています。
 「逃げる」ことは消極的な態度ではなく、戦うことと同じくらい積極的な行動なのです。人はそれぞれ、
 自分の人生で、大事にしなければならないものを持っています。私の場合は、まず自分の命。そして、
 家族です。この、自分にとって大切なものを守るために、人生にはしばしば「戦うか」、あるいは
「逃げるか」という選択を迫られるときがあります。そのとき、戦っても勝ち目がない、または戦っても
状況は変わらない、あるいは戦っても得るものがない、と判断したら、さっさと逃げるべきです。これはまったく恥ずかしい
ことでも、いけないことでもありません。魏晋南北朝時代に編まれた有名な兵法書『兵法三十六計』の最後にあるのが、
「走為上(走るを上と為す)」というものです。これは「逃げるのが最善の策」という意味で、「三十六計、逃げるにしかず」
という語源となった言葉です。この本の編者はこう語っています。「勝ち目がないと判断したときは、全力をあげて撤退する。
損害を最小限に抑えて戦いを回避できるのは、指揮官が判断力を失っていないからである」
「これ以上戦えないというときは、『降伏』か『停戦』か『撤退』かのいずれかであるが、降伏は完全な敗北であり、不利な
条件での停戦も敗北に近い。しかし戦力を温存したままでの撤退は、いつでも形勢挽回が可能である」
私たち日本人の価値観では、「逃走する」というのは、恥ずかしい行為であると見られがちです。「逃げるくらいなら、潔く
死ぬ」のが美徳という空気があります。大東亜戦争のときも、捕虜となるのを拒否して、しばしば玉砕戦法が取られました。
しかし中国や欧米では、「玉砕の美学」などはありません。恥は一時的なもので、最終的に逆襲に転じて勝利をすればいい
という考え方があるようです。つまり、「逃げる」ということは、実は「戦う」ことでもあるのです。退却は「捲土重来
(けんどちょうらい)を期して」のものなのです。「捲土重来」とは、一度戦いに負けた者が、勢いを盛り返して、ふたたび
攻め上がることです。逃げることが積極的な行為であることは、次のことからもいえます。「戦うとき」は脳内にアドレナリン
が放出されることはご存知だと思います。アドレナリンは動物が敵から身を守るときに、副腎髄質(ふくじんずいしつ)より
分泌されるホルモンで、運動器官への血液供給増大や、心筋収縮力の上昇などを引き起こします。実はこのアドレナリンは
「戦うとき」だけではなく、「逃げるとき」にも分泌されるのです。つまり生命にとって、「戦うこと」と「逃げること」は
同じなのです。両方とも、命を守るための行動を起こすときに分泌されるものなのです。英語でアドレナリンのことは、
「fight-or-flight」(闘争か逃走か)ホルモンと呼ばれるのはそのためです。つまり、逃げたほうがいいのに逃げられないで
いるということは、アドレナリンが分泌されにくい状態になっているともいえます。これは危険なことです。もしこの本を
手にお取りになっている皆さんの中に、今、理不尽な環境の中に置かれている方がいらっしゃるなら、逃げるという選択肢
を考えてみることは大事なことだと思います。それは人生で最終的に勝利を得るための「積極的逃走」なのです。

「汚い仕事」に手を染めて、それが事件として発覚した場合、上司に命令されたから
やったという言い訳はできません。これは、被害者の立場から考えてみれば、よく
分かります。「尊師からの命令なんだ。断るとやばいと感じた」という死刑囚の話
を聞いて、犯人を許そうと思うでしょうか。自分がやったことの責任は自分でとら
なければならないのです。反社会的な仕事は断るしかありません!きっぱりと!
その結果、どうなるかというと・・・干されます!
この状況で最も大切なのは、「仕事を辞めたあと」のことをよく考えておくこと。
自分の気持ちさえしっかりしていれば、「辞める」という逃げ道がなくなることは
ありません。これを常に意識していないと、ある日、衝動的に・・・屋上から・・・
ということもあり得ます。問題を解決するのは「あなた」ではなく、「時間」です。
「なるようになる」という意識を常に持っておくこと。正義感を強く持ちすぎる
のも良くありません。世のなかの「悪」を正す必要はありません。自分が「悪」に
手を染めないことが大切です。仕事はいつでも辞められます。そして、干されて
何もできない状況になっても、給料はもらえます!いつでも辞められるのですから、
自分から辞めることもありません(そもそも辞めたいのなら、即決すればいい)。
干されている間は、「給料泥棒」になればいいのです。自発的な給料泥棒ではなく、
強制される給料泥棒なのですから、何ら恥じることはありません。ただし、周囲が、
自発的な給料泥棒と強制される給料泥棒を区別してくれないことも理解しておく必要
があるでしょう。多くの場合、ドラマのような急展開はなく、持久戦になります。

春望_杜甫淡々と過ごす毎日。状況は異なりますが、
「国破れて山河あり」の気分です。鳥の
さえずりが心に刺さります。このような
立場に追い込まれた人間は、自分だけ
ではなかったのです。多くの人が悩み、
もがいてきたのでしょう。「深呼吸」。
時間的余裕はあるでしょうから、疲れたのなら、ゆっくりと休めばいいのです。
「状況はいつかよくなる」という希望を捨てる必要はありませんが、「状況はいつ
になっても上向かない」という覚悟も必要です。時間があるなら、勉強しましょう。
仕事は最低限のことだけをちゃんとすればいい。多くの場合、仕事を頑張っても
状況は変わりません。今日一日、自分のできることをしましょう。
最後には「逃げればいい」のですから・・・





2018_03_19


 94歳が断言"読書が役立つのは30代まで" 外山滋比古さん「知的生活」の方法 
 (3月10日 PRESIDENT Online プレジデントオンライン)
 (前略)――先生は長年、勉強や知的生活術に関する著作を執筆されていますが、なかでも
  『思考の整理学』は東大生、京大生が最も読んでいる本です。

 これは20代の学生向けですから中年の人には向いていません。だいたい、勉強といえば本を読むこと
 だと思っていること自体が大間違い。知的な活動の根本は記憶によって得られる知識ではありません。
 習得した知識が役立つのはせいぜい30代まで。40代ともなれば知識だけではダメです。
 知性を働かせなくては。学ぶというのは、言われた通りにできる、モノマネがうまいということです。
 要するに創造性を殺さないとできない。それなのに試験の成績がいいことを才能だと、日本人は考え
 違いをしている。いくら人の模倣がうまくなっても、教育は自分が誰か、何者かは教えてくれません。
 他の人が知らないことを知っていたりすると、優越感を持ったりするでしょう。本好きな人は知識が
外山滋比古氏あることで人間的にどんどんダメになっていく。40歳を過ぎたら本に頼らず、自分で考える。
生き方のヒントを本から得て、他人のマネをしてみても、それは他人の人生の亜流にすぎません。
つまり、人生の後半戦の勉強は、若いときとはまったく違うのです。
――本好きには耳が痛い話です。
昔は本が貴重品だったから、床の上に本を置くと頭が悪くなるぞと脅されました。これは本の
少ないときのモラルです。よい本ももちろんありますが、基本は新聞と同じように読んだら捨てる。さっき言ったように、
本が役に立つのは30代まで。そこから先は害があって益はなし。それよりボーッとして、空を眺めていたほうがずっといい。
――つまり、定年後こそ創造的なことが求められると?
知識と思考力は反比例します。知識が多い人ほど考えない。知識を自分のもののように使っていると、物マネ癖がついて
しまいます。若いときは知識を蓄えることも大事ですが、知識は10年も経てば必ず古くなる。にもかかわらず、ほとんどの
人が惰性で生きているでしょう? ことに高学歴で名の通った企業や役所に勤めるほど、エスカレーター人間になってしまい
ますから。エスカレーターを降りる直前になってどうしようと慌てるわけです。(中略)そもそもサラリーマンという仕事が
おかしいのです。毎月の収入はある程度確保されている。でも税金をいくら払っているかは会社まかせだからよく知らない。
こういう呑気な生き方というのは普通じゃないです。要するに、資本に使われている下働きですよ。会社員なんて自由もない
し、たいした喜びもない。にもかかわらず、みんながそうだから、大丈夫だと思っている。
――では、40代、50代はどう学べばいいのでしょう?
中高年になると世界が狭くなってくるから、新しい知的な刺激を与え合うような仲間が必要ですね。これは本を買ってくる
ようには簡単にできません。なぜできないのか。まず、年を取ると身近なところで群れて、離れた人に関心がなくなるから。
そして自分に人を惹き付ける力がない。職場の同僚だとか昔の学校の友達じゃダメですよ。自分がエスカレーターに乗って
いることを自覚するためにも、エスカレーターに乗っていない人で挫折をした経験のある人。そういう人と触れて、自分を
知る。ときどき食事をしたりして、いろんな問題を話し合い、違う意見や発想に触れることから学ぶことは多いんじゃない
かな。生き方を見つけるために、禅寺に行って座禅を組む人もいるけれど、結局は、触れ合う人間によるわけです。思った
ことが言えて、話し合える友達が数人いたらすばらしい。
――知識を詰め込むような学習は知的生活ではない?
現在の教育は、小学校から大学まで、とにかく記憶です。ところが記憶力では、人間はコンピュータには敵わない。勝てる
分野が独創性や創造性だとすると、それを発揮するためには、頭の負担を軽くしなくてはいけない。つまり、忘却です。ただ、
忘れようと思っても、なかなか忘れられない。うまく忘れることができれば、頭の状態はよくなります。覚えたら忘れ、覚え
たら忘れてと、どんどん新陳代謝をして、本当に必要なことだけ覚えているというのがよい頭で、なんでも全部覚えている
というのは、よくない頭です。(後略)

「失敗によって成長する」は、今の部下育成には当てはまらない
できる上司はいい結果が得られる行動を教える (3月15日 ダイヤモンド・オンライン)
失敗を糧にできない人のほうが多数派
部下を育てるにあたり、「失敗体験を通して成長を促す」という手法をとりたがる上司がいまだにいます。こういう上司は、
部下が小さなことをやり遂げたときに褒めることはまずありません。それどころか、部下が失敗につながる行動をしていても、
アドバイスを与えません。あえて失敗させるわけです。しかし、そんな権利が上司にあるのでしょうか。部下を育成すること
が上司の義務なのです。間違ったことをやっているのを知りながらアドバイスしないというのは、法律用語で言うところの
「未必の故意」に近いのではないかとすら思います。そういう上司たちは、「人間は失敗を経験してこそ大きな成功をつかむ
ことができる」という精神論を展開します。しかし、実際には彼ら自身、失敗を糧になどできていないことがほとんどです。
失敗から多くの学びを得て成功につなげることができるのは、ハイパフォーマーの中でも一部の限られた人だけ。たいていは、
失敗すれば自信をなくし「次にもまた失敗するに違いない」とマイナス感情を抱くようになります。脳は考えたことを実現
していきますから、本当にまた失敗してしまい、すっかり萎縮するという悪循環に陥ります。だから、本当に仕事ができる
上司は、部下にできるだけ失敗させないようにします。人がいい行動を繰り返すのは、それによっていい結果が得られると
わかっているからです。できる上司は、いい結果が得られる行動を教え、部下がそれによって成功体験を積んで、いい行動
を繰り返せるようにしているのです。
「行動した先に失敗があった」という状況をあえてつくり出せば、部下の行動は止まってしまいます。(後略)

「こうすれば成功する」という本を読んで成功できるのなら、世のなかは成功者で溢れて
いそうなものですが、現実はそうなっていません。また、「こうすれば成功する」という
本に書いてある知識を求めている人は、成功体験を持たない人たちです。社会的成功という
体験を持ったことのない人は、自分で何かを考えたとしても成功しないように思います。
自分が成功しないことの言い訳をしても仕方ないのですが、運命的なものもあるでしょう。
初めての体験で成功するか、失敗するかは大きな違いになります。失敗体験がトラウマに
なり、その後の人生に支障をきたしている人は少なくありません。何事も「はじめ」が肝心。
今まで経験したことのない事象は、強いインパクトをもって海馬に刻み込まれ、潜在意識
から除去することができません。似たような場面に遭遇する度に、鮮明によみがえります。
成功者は、はじめて何かうまくいったことを成功体験として強烈に覚えていて、それを再現
しようとする意欲が高まり、苦しいときでも努力を続け、さらなる成功につなげているので
しょう。たった一度の成功体験でも、成功の味を知っている人はこれを反復しようとする
ことで、次の成功を引き寄せることが可能なのです。もちろん、誰でも失敗はします。
ですが、成功者たちは、意識的に、人によっては無意識的に成功の喜びを再現させること
で、モチベーションを高めることができるのです。
「われわれがじかに接している外界、物理的世界」を「第一次的現実」とするならば、
「知的活動によって作られた、頭の中のもうひとつの現実世界」は「第二次的現実」です。
「第二次的現実」に成功が埋めこまれていないと、「第一次的現実」で成功を引き寄せる
ことができません。かくして、何をやっても、何を考えても無駄に終わってしまうのです。
結局のところ、知識があろうがなかろうが、自分の人生を自分で切り開くことはできず、
与えられた人生を惰性で生きていくしかない。そのような人が大多数であり、自分もそう
だと思って、ほぼ間違いないでしょう。





2018_03_17


政治家におびえる…民主党政権に始まった「政治主導」の負の遺産が今も 佐藤優氏 (3月12日 産経ニュース)
今回の問題は前代未聞で3つの異常なことが起きた。1つは官僚は公文書を改竄しないという前提が崩れたこと。2つ目は国会
で「事実を明らかにしろ」といわれたのにしなかったこと。3つ目はそれを知りながら嘘をついたことだ。大阪地検特捜部が
今回、しっかり捜査しているのは、押収した証拠のフロッピーディスクのデータを検事が改竄する事件があったからだろう。
証拠物の改竄が組織存亡の危機につながると分かっているのだ。検察も「これでは守れない。自分たちに火の粉が降ってくる」
と思ったのだろう。「なあなあ」で済むと思った財務省の思惑は外れた。財務省の官僚には慢心よりも官邸への恐怖があった
のだと思う。安倍政権になって内閣官房に内閣人事局ができ、経済産業省の力が強くなる一方、政策決定の予算をつかさどり、
「官庁の中の官庁」といわれた財務省の時代は終わった。政治家におびえ、その場しのぎの場当たり的な発想になっている。
背景にあるのは、民主党(現民進党)政権時代に始まった政治主導だ。その負の遺産が今も拡大し続けている。麻生太郎財務相
ほどのベテラン政治家が、こういう事態を想定できなかったくらい財務官僚が弱体化している。そのことが一番の問題だ。
野党は今回の問題を政争の具に使うべきではない。国政調査権で超党派の第三者委員会をつくり、真相究明を先行させること
が重要だ。政権が変わっても官僚の体質は変わらない。仮に北朝鮮におもねる政権になって、外務省などが政権におびえ、
北朝鮮におもねったらどうなるのか。今一度、政官の関係をチェックしなければいけない。

森友問題・佐川氏辞任で財務省は官邸と経産省に「反撃」を始める (3月13日 ダイヤモンド・オンライン)
(前略)さて、今回の佐川氏の辞任によって「財務省は森友問題で窮地に立たされた」といった見方があるようだ。
しかし、筆者からすれば、何度も国会への招致を求められるもこれを拒否していた佐川国税庁長官を、“自らの辞任”という形で
財務省から切り離し、ある意味で逃がして、財務省は身軽になったように見える。では、その身軽になった財務省、これから
何をすることが想定されるかといえば、一言でいえば反転攻勢であり、その矛先は野党ではなく、官邸であろう。森友問題、
安倍総理や昭恵夫人と、森友学園理事長の籠池氏との関係や、「総理の御意向」を忖度した国有財産の大幅値引きといったこと
が当初問題の核心とされてきた。しかし国会質疑での答弁者が国有財産管理を所管する財務省理財局長になると、野党からの
追及の集中砲火は必然的に理財局長に集まるようになり、いつの間にか森友問題は“財務省の虚偽答弁疑惑問題”にすり替え
られてしまった。その答弁を中心的に担当したのが佐川氏であり、定期的かつ通常の人事異動であるにもかかわらず、理財局長
から国税庁長官への昇任は安倍官邸を守った“ご褒美人事”とされてしまった(佐川氏を含め、直近の国税庁長官は4代続けて
理財局長からの昇任であり、過去にも理財局長からという例は見られ、そうしたことからすれば特例的な人事でもなんでもない
と言える)。かくして財務省は野党のみならず“世論の批判”の標的にまでなってしまったわけであるが、この状態が続けば、
森友問題は財務省の現場、つまり近畿財務局の担当職員による不正であると結論付けることができ、そうした担当職員や関係
幹部職員に責任を取らせれば問題を収束させることが可能となる。しかし、そうなれば財務省にとっては組織を揺るがす一大事
であり、地位の低下、影響力の低下は避けられない。しかも、それを望むのは他でもない官邸であり、その背後にいる経済産業
省であろう。これまでも財務省と経済産業省は消費税増税をはじめとするさまざまな政策で対立してきた。無駄な歳出の削減や
税制の適正化を志向する財務省に対し、経済産業省はあの手この手で対抗、政務秘書官をはじめとする官邸の主要ポストや、
安倍政権の重要政策を担当する内閣官房や内閣府のポストに経済産業省からの出向者等を次々と送り込んできた。重要ポスト
を奪われたのは財務省に限られない。また、安倍昭恵夫人付という不思議なポストにも経産省は出向者を送り込み、森友学園
等との中継ぎ役を担っていた疑惑が持たれたことは記憶に新しい。安倍政権の重要政策の中身を書いているのも経済産業省
出身者である。要するに経済産業省は官邸を使って自分たちの政策を実現、というより各府省に押し付けてきたわけであるが、
それは経済産業省と官邸、安倍政権が一蓮托生であることを意味する。従って、現官邸に矛先が向かうように仕向けられれば、
経済産業省をその地位から引きずり降ろすことができる。森友問題をめぐる反転攻勢はその絶好の機会というわけである。
                                                     (後略)
森友文書改ざん問題、粛正吹き荒れ「財務省存亡の危機」へ (3月13日 ダイヤモンド・オンライン)
次官候補たちが相次いで失脚の可能性 “大蔵スキャンダル”並みの大ダメージ
3月12日、学校法人「森友学園」をめぐる決裁文書の書き換えを財務省が認め、与党幹部、与野党議員に調査結果を報告する
事態となった。国会議員に開示した14の決裁文書に添付されていた「調書」の書き換えは、2017年2~4月までの間、財務省
本省の指示で行われたという。書き換え前の文書には、鴻池祥肇・元防災担当相、平沼赳夫・元経済産業相ら複数の政治家
の名前のみならず、首相夫人である安倍昭恵氏の名前も記載され、「本件事案の特殊性」などの記述があったことを認めた。
事件が組織ぐるみで行われた以上、現場で直接書き換えに関与した理財局職員や、近畿理財局の担当者のみならず、本省幹部
などの処分も近く行われるという。この週末、調査報告書づくりに追われながらも動揺が隠せなかったと、関係官僚は言った。
「処分者が、どのくらいの規模になるのか見当もつきません。当時、国会対応をしていた大臣官房長、主計局長、理財局長、
総括審議官などは、軒並み処分されることになるはず。財務省の権威は再び地に墜ち、今の次官候補者は軒並み傷つくこと
になる。90年代後半の“大蔵スキャンダル”になぞらえる上司もいました」
財務省で大粛清か 森友問題は「第二幕」へ
当時の官房長で、次期次官の呼び声も高かった岡本薫明主計局長、前総括審議官で太田充理財局長の処分は必至。官房長官
秘書官として国会対策に関与していた、矢野康治官房長の名前も取り沙汰されている。一部メディアでは、「福田淳一次官と、
前主計局次長の可部哲生総括審議官は何も知らなかった」という内容が報じられている。これを受けて、ある財務官僚は、
「大蔵スキャンダルでは、一時、主計局畑が主流から完全に外され、主税畑から登用が相次ぐなど、省内人事が大幅に狂った。
矢野官房長の責任問題にも発展すれば、主税の線は消える。福田次官と可部審議官を守ることで、主計局ラインを残すという
“伏線”を既に張ったともいえます」と淡々と解説する。代わりに、この官僚は「近畿財務局では、担当者を含め、相当な処分者
が出る」と見ている。一方、官邸関係者は突き放したように言う。
「いずれにしても、国会は再び空転状態となる。予算が通過しない状況を避けるためにも、財務省としては、大々的な“粛正”
を行わなければならないはずです」
つまり、森友問題は「第二幕」を迎えたのだ。(後略)

財務省組織図

経産省組織図

財務省と経産省の組織図を見ると、財務省のほうが強大な権限を持っていることは
明らかです。日本という国が存在する限り、税を徴収し、予算を配分するという
仕事がなくなることはありません。特に、予算編成権は、省庁が持っている権限
のなかで最大のものでしょう。他の省庁には、国が絶対にそれをしなければなら
ないのかと疑問に感じるものも少なくありません。経産省の場合、国が打ち出す
産業政策は本当に必要なのだろうか、と疑問に思う人もいるでしょう。一方で、
財務省が行う税制の立案は、国としてすべき重要な仕事です。
第2次安倍政権になって、内閣官房に内閣人事局が作られたことで、官邸への権力
一極集中が起きたとされますが、官邸だけでは政策をつくることはできません。
そこで名乗りをあげたのが経産省です。官邸は経産省とタイアップすることで、
官邸主導の政策運営をうまく機能させています。官邸と一体となった経産省は、
省庁のなかで一人勝ちの状況。しかし、なぜ経産省なのでしょう?
これには伏線があります。前政権、つまり民主党の野田内閣は、「社会保障と税の
一体改革」を打ち出し、財務省の主張に沿って、少子高齢化社会に対応した財政
健全化方針を明確にしました。しかし、景気がどうなろうと消費税を上げ続けなけ
ればならないのであれば、国民から見て、日本は「お先真っ暗」なのです。
その後誕生した安倍政権は、オバマさんを否定するトランプさんのように、財務省
の意に沿わない政策を連発します。安倍政権では、成長戦略により日本のGDPを
押し上げ、税収増を目指す方向に政策転換しました。その結果、経産省が官邸を
支える最有力官庁として前に出て、財務省は後ろに置かれてしまったのです。
しかし、異次元緩和以降、日銀による財政ファイナンスにより潜在的な危機は拡大
しています。予期せぬ出来事で日本の財政が破綻することはない、と断言できる
状況にはありません。財務省の役割はやはり大切。経産省の「絵に描いた餅」だけ
で、日本の政策がうまくいくとも思えません。財務省は、官邸に媚びるのではなく、
国民に安心と希望を届ける政策集団として再起してほしいものです。






2018_03_15


社説:大震災7年 復興加速へ的確な対処が要る (3月11日 YOMIURI ONLINE 読売新聞)
◆避難した住民の帰還促す工夫を◆
東日本大震災から7年を迎えた。震災関連死も含めた死者・行方不明者は、2万2000人を超える。犠牲になった人たちの
冥福めいふくを改めて祈りたい。政府は、震災から10年が経過する2021年3月を復興事業の一つの区切りと位置付ける。
今は後半の「復興・創生期間」に当たる。3年後に向け、残された課題に的確に対処せねばならない。
◆利用予定なしが60%
岩手、宮城、福島3県の沿岸部をのみ込んだ津波の被害からの回復は、表面上は進んでいる。高台移転のための宅地造成
と復興住宅の建設は、いずれも計画の90%以上が完了している。仮設住宅も解消されつつある。被害が甚大かつ広範囲
だったため、復興が遅れていた自治体でも、事業は大きく進展している。岩手県陸前高田市では、浸水した地盤をかさ上げ
して造成した中心地で、大型商業施設が昨年4月に先行オープンした。かさ上げ面積は計125ヘクタールに上り、商業
施設や公共施設に加えて、宅地が配置される。市は20年度の事業完了を目指す。難題は、造成が進んでも将来の街の姿が
見通せないことだ。地権者を対象に、市が実施した調査では、宅地用のかさ上げ地の60%で、当面は利用予定のない実態
が判明した。既に別の場所で住宅再建を果たしている、といった理由が多いという。同様の問題は他の自治体でも顕在化し
ている。巨額の国費を投入した復興事業が、結果として空き地を生みかねない。被災地以外の住民や企業にも積極的に活用
を呼びかけ、にぎわいの復活につなげることが大切だ。震災後、各自治体が大規模な事業を一斉に手がけた結果、資材や
人手の不足が生じた。工事に長い時間を要し、その間に多くの被災者が別の場所に移った。南海トラフ巨大地震などの発生
も想定される中で、復興事業のあり方を改めて議論する時期に来ているのではないか。街の再生が進まないという点では、
東京電力福島第一原子力発電所の周辺地域はより深刻だ。原発事故で、11市町村に避難指示が出された。9市町村では
既に、放射線量が高い帰還困難区域を除いて、指示が解除されている。しかし、必ずしも住民の帰還にはつながっていない。
富岡町や浪江町に戻った住民は、昨春の解除から1年近くを経た現在でも、3%程度にとどまっている。中心部こそ銀行や
複合商業施設が営業しているものの、それ以外の地区では商店が閉鎖されたままといった光景が広がる。(中略)
ロボットテストフィールド◆再生には地域一体で
被災地域を再生するのに、市町村ごとの取り組みで
は限界がある。傷んだインフラ改修などの業務が
加わり、自治体職員の負担も震災前より格段に
増している。市町村の枠を超え、第一原発周辺が
一体となって復興を進める。この発想で地域全体を
底上げしたい。市町村に分散する医療機関や福祉
施設などを集約して充実させることも必要だろう。
政府や福島県は、調整役を果たすべきだ。新たな
産業振興も重要である。政府は、再生可能エネルギ
ーやロボットなど、幅広い分野の産業集積を図る
「福島イノベーション・コースト構想」を掲げる。
雇用を創出し、魅力ある地域へと生まれ変わって
もらいたい。

産学官連携プロジェクト 中小企業支援で7商品開発実現 (3月7日 福島民報ニュースサイト)
産学官連携で県内の中小企業の商品開発を支援する「ふくいろキラリプロジェクト」で、2017(平成29)年度は
7商品の開発が実現した。プロジェクトチームの堀切川一男東北大大学院工学研究科教授らは6日に県庁を訪れ、
内堀雅雄知事に商品をPRした。7商品はティエフオー(矢吹町)の「風の恵」、東工業(白河市)の「3Dカップイン
コースター」と「パンプリンター」、山川印刷所(福島市)の「PATAN(パタン)」、笠原工業(須賀川市)の
「ウルトラジョッキ」、日本オートマチックマシン(南相馬市)の「ミニバイス」と「JAMカード」。成果報告では、
開発企業の経営者らが商品の特長や使い方を説明した。内堀知事は「実に実用的で、デザイン性も優れている。ぜひ
購入したい。知財そのものだ」と高く評価した。堀切川教授は「たくさんの企業に頑張っていただき、多くの成果を
得られた」と語った。山川印刷所の立花志明社長、笠原工業の笠原賢二社長、東工業の岸治郎社長、ティエフオー
福島工場の秋本美枝技術ブロック主任が同席した。プロジェクトは堀切川教授と山川印刷所、県などで組織する。
県内の中小企業を「御用聞き」として訪問し、技術提案や知的財産の活用、販路開拓などの相談に応じた。内閣府の
産学官連携功労者表彰で科学技術政策担当大臣賞(地方創生賞)を受けている。山川印刷所は第3回ふくしま経済・
産業・ものづくり賞(ふくしま産業賞)で銀賞を受けている。

ハイテクではなくローテク起業家が日々のパンを生むロボットが何もかもしてくれる
社会が来るという話は、誰でも
一度は聞いたことがあるでしょ
う。しかし現実は、ロボットに
何もしてもらったことのない人
が多いのではないでしょうか。
産業用ロボットの普及は進みま
したが、それ以外で、ロボット
がわたしたちに何をしてくれる
というのでしょうか?現場の
ニーズを見ずにロボットを開発
し、つくったロボットを見ながら需要はこれから探します、と言っているようでは
事業になりません。癒し効果しかないのなら、ペットやぬいぐるみのほうがいい
ように思います。ロボット社会というのはまだ遠い未来のような気がしてきます。
研究開発して事業化に失敗してしまえば、将来、事業化するライバルにチャンスを
与えているようなもの。ロボットの研究をする前に、ビジネスモデルの研究をした
ほうが良さそうです。基本的にハイテクで「飯を食う」ことは簡単ではないのです。
では、何をすべきなのか???東北には、中小企業の支援では誰にも負けない、
堀切川という先生がいます。先生の講演を一度、聞いたことがあるのですが、
堀切川先生曰く・・・「ハイテクよりもローテク、いやノーテクがいい」
ポイントは、新商品につながる具体的なアイデアを持っておくことです。基礎研究
をして、研究成果を何に生かそうかと検討できるのは、資金に余裕のある超大手の
企業か、もしくはイチかバチかのベンチャー企業だけ。既存の中小企業の場合、
商品開発に高度な技術が必要ならば、事業化の可能性は低くなります。
福島がロボット関連産業集積地になればいいなとは思いますが、現状の政策では
先行きが心配です。ユーザーに「これは便利」と言ってもらえないようでは事業に
なりません。事業にならなければ、良質な雇用を生みだすこともできないのです。





2018_03_13


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書籍の紹介

龍女「みなみ」からあなたへの
不思議なメッセージ集
新感覚のファンタジー!!

書籍表紙

不思議の国の「みなみ」
 宇宙へつながる秘密基地

「みなみ」 今月のメッセージ

正確に言えば、月読神が
本来、虚数である時間に
実数を用い、時間が流れる
という概念を創った。

プロフィール

舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:47歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

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