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9条があるから平和なのかor平和だから9条を変えずに済んだのか

category: 新しい記事7  

山口二郎氏_ハンギョレ新聞社[寄稿]自己中心主義という病 (2月21日 hankyoreh japan ハンギョレ)
日本では憲法改正論議が続いている。とりわけ、安倍首相は憲法9条を中心に、改憲を実現する
ことに強い意欲を示している。安倍首相や自民党の改憲派が憲法改正をしたがるのは、憲法自体
に不備があるからではない。首相は北朝鮮の核・ミサイル開発など、安全保障環境の悪化を理由
に、専守防衛という安全保障政策の土台を崩そうとしている。しかし、北の脅威は昨日、今日に
始まったものではなく、日本政府は既存の憲法の下で日米安保の運用の高度化や防衛力の整備を
図ってきた。憲法、特に9条は、日本の国の姿勢を表す象徴である。1930年代から40年代前半、
植民地主義と侵略戦争でアジアの人々に大きな苦しみを与えたことに対する反省と謹慎が9条の
根底にある精神である。第2次世界大戦後、日本は軍事大国にならない、国際社会で低姿勢を
取ることが、アジアの秩序の1つの基盤であった。戦後も70年以上経つと、そうした低姿勢に
飽き足らない人々が増えてきた。弱肉強食の国際社会で各国が自国の利益を追求する中で、なぜ
日本だけが低姿勢でいなければならないのか。人類史上戦争はあまたあるのに、なぜ日本だけが
侵略者といわれ続けなければならないのか。こうした不満が保守派にたまっている。北朝鮮による日本人拉致事件の発覚と
核・ミサイルの開発は、低姿勢を捨て去るための格好の正当化根拠を提供している。日本も高度な武器を備え、自らを守ら
なければならない。アメリカが核開発を止めるために北を攻撃するときには日本も協力しなければならない。こうした気分が
憲法9条の改正を求める議論の背後に存在する。日本の保守派にとって、悪役北朝鮮と話し合いによって平和を求めるなど
という軟弱な輩は不愉快であり、目障りである。日本が低姿勢を捨てるためには、北は常に悪役でなければならず、朝鮮半島
には常に緊張が存在しなければ困るのである。安倍首相が平昌オリンピックのために訪韓し、文大統領と会談した際、米韓
合同軍事演習を行うよう求めたのは、こうした発想の表れである。これは、非常識で傲慢な内政干渉である。しかし、そう
した傲慢が日本の政治指導者や外務官僚の中に瀰漫している。この種の自己中心主義がさらに広がることは、日本にとって
大きな不幸である。オリンピックのボブスレーに出場するジャマイカチームのために東京下町の町工場がそりを提供すると
いう「美談」が数年前から宣伝されてきた。しかし、日本製のそりは遅いうえに、車体検査に合格しないので、ジャマイカ
チームはラトビア製のそりを使いたいと言い出した。すると、日本の工場は契約破棄に伴う損害賠償を要求すると新聞は
報じた。性能が悪ければ使ってもらえないのは当然ではないか。中身のない美談を華々しく打ち上げ、肝心の仕事は低レベル
という話、これからの日本を暗示しているように思える。日本人がことさら卑屈になる必要はない。しかし、誤りを的確に
認識し、それを正すという能力を放棄しては、日本の衰弱は進むばかりである。

「リベラル」が保守勢力に負け続ける理由
左派の政治家は“人間味”が乏しい (1月24日 PRESIDENT Online プレジデントオンライン)
理性と直観のどちらが主か
理性と直観の関係について、相反する見方を示した2人の哲学者がいる。古代ギリシアの哲学者プラトンは、理性と直観
(感情)の関係を、御者と馬との関係にたとえて説明した。つまり、理性が主人となって、直観や感情をコントロールすべき
だということだ。それに対して、18世紀に活躍したスコットランドの哲学者デイヴィッド・ヒュームは、『人間本性論』の
なかで、「理性は情念の奴隷であり、そうあるべきだ」と述べている。古代ギリシアから始まった西洋哲学の歴史を振り返る
と、ヒュームのような考え方は少数派だった。そりゃそうだろう。衝動的な直観や感情に振り回されていたら、真理の探求
なんてできやしない。直観は真理を探求する目を曇らせる。さまざまな偏見やバイアスから抜け出すには理性を適切に使わ
なければならない──というのが、西洋哲学において支配的な考え方だった。
「理性は情熱の召使いにすぎない」
しかし、この連載でも繰り返し述べてきたように、近年、理性の旗色は悪くなっている。たとえば、アメリカの社会心理学者、
ジョナサン・ハイトは、著書『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(紀伊國屋書店)のなかで、西洋哲学の理性崇拝を「合理
主義者の妄想」と呼び、ヒュームに軍配を上げている。
<純粋なカルト信者は、現実離れした神聖なファンタジーを生むが、やがて外部から誰かがやってきて、偶像を台座から
叩き落とす。まさにそれが、「理性は情熱の召使いにすぎない」という、当時の哲学を冒瀆(ぼうとく)する叫びを高らかに
あげたヒュームのしたことだ>
ハイトは、ヒュームのモデルを継承して、理性と直観の関係を<象>と<乗り手>にたとえている。なぜ馬ではなく象なのか。
「象のほうが馬よりもはるかに大きく、かつ賢いから」だ。<乗り手>は、<象>を思いどおりに操ることなどできない。
むしろ逆に、人間は直観的な判断を後から理由づけるために、理性的な思考を使う。理性が直観を統御するのではなく、
直観を意味づけるために理性が用いられる。「そもそも<乗り手>は<象>に仕えるために配置されている」というわけだ。
共和党と民主党の違いとは
だが、理性に対する直観の優位を実証する研究は、現代であれば珍しくない。ハイトの『社会はなぜ左と右にわかれるのか』
が面白いのは、この直観モデルにもとづいて、アメリカの共和党と民主党の違いを説明するくだりだ。ハイトによれば、
私たちの道徳的判断も、理性ではなく直観が支配している。
<道徳的な判断は、危害、権利、正義などに対する関心の度合いを測定するなどといった、純粋に理性的な働きではない。
それは、動物が草原を移動し、さまざまな事象に引き寄せられたり、それらから遠ざかったりする際に下す判断に似た、
突発的で無意識的なプロセスである。つまり道徳的な判断のほとんどは、<象>が下すのだ>
政治家のスピーチや政党の訴えに対する判断にも同じことがいえる。簡単な話だ。ある政治家が、いくら精緻な論理で訴え
ようとも、学術論文を朗読するようなスピーチだったら、聴衆の共感を得ることは難しいだろう。それよりも、印象的な
フレーズをちりばめて、直観や感情に訴えかけるほうが、つまり<乗り手>ではなく<象>に語りかけるほうが、スピーチ
としては効果的だ。重要なのはここからだ。ハイトは、リベラルな民主党よりも保守主義的な共和党のほうが「直接、
<象>に訴えかける術を心得ている」という。なぜか。共和党のほうが、人間が持つすべての道徳スイッチに刺激を与え
ようとしているからだ。(中略)
分が悪いリベラルへの処方箋
ハイトが直接述べているわけではないが、リベラルが重きを置く3つの基盤(ケア・公正・自由)は、理性的な説明とも
結びつきやすい。とすると、相対的な比較としては、リベラルは<乗り手=理性>に訴えかけるのに対して、保守は
<象=直観>に訴えかけると捉えることもできるだろう。そして「理性は情熱の召使いにすぎない」のであれば、
リベラルはどうしても負け戦になってしまう。このハイトの議論には、かなりの説得力を感じるのではないだろうか。
同書がアメリカで刊行されたのは2012年だが、2016年に起きたイギリスのEU離脱やトランプ現象、さらに世界各地で
の右翼勢力の台頭などを見ると、左派・リベラルの退潮と右派・保守の勢力拡大は、さらに加速しているようにも思える。
以前、とあるヨーロッパ政治の研究者は、EUのゆくえを展望する講演のなかで、「右派の政治家は左派・リベラルの
政治家に比べて人間味が感じられる」とこぼしていた。ハイトの主張を裏付けるような発言だ。では、リベラルはどう
すればいいのだろうか。ハイトが提出するリベラルへの処方箋は、リベラルも保守と同様に、すべての道徳基盤に
対応すべき、というものである。煎じ詰めれば、理性ではなく直観に訴えかけよ、ということになるだろう。
<したがって、道徳や政治に関して、誰かの考えを変えたければ、まず<象>に語りかけるべきである。直観に反する
ことを信じさせようとしても、その人は全力でそれを回避しよう(あなたの論拠を疑う理由を見つけよう)とするだろう。
この回避の試みは、ほぼどんな場合でも成功する> (後略)

最初の記事は、日本のリベラルの代表ともいえる山口二郎氏が寄稿したものですが、
ここまで見識の低い文章を書かれると、評論も困難です。炎上狙いなのでしょうか。
自己中という病に罹っているのは保守派ではなく山口氏です。自分のイデオロギー
を正当化するために、自分に都合のよいデータだけを集めています。北朝鮮との
交渉において最も重要なのは、北朝鮮が核開発を放棄するかどうかです。北朝鮮
の核開発は北朝鮮指導者の意思によるものであり、日本の保守派がそれを促して
いるわけではありません。もし、そのような証拠があるのならそれを示していた
だきたい。核ミサイルが日本に向けられる事態を避けるために、多くの人が尽力
しているのです。他者の努力に敬意を払わない不遜な態度。軽い吐き気を覚えます。
下町ボブスレーの話に到っては、論旨の一貫性さえ欠如しています。ことさら卑屈に
なる必要はありませんが、誤りを的確に認識し、それを正すという能力を放棄しない
で欲しい。このようなかたが教授をしているようでは日本の衰弱は進むばかりです。
相関関係と因果関係個人批判になってしまいましたが、日本のリベラルは山口氏の
ような傾向を多かれ少なかれ持っています。保守派は伝統を
重んじますから、論理的整合性をリベラルほど重視しません。
また、保守派は「日本国民の生命を守る」といったように、誰
にでも理解できる説明をします。リベラルがそれを打ち破ろう
とするのなら、厳密な理詰めで説明しなければなりません。
特に注意したいのが因果関係です。リベラル派は「憲法9条が
あるから日本の平和が守られた」と主張するのですが、本当に
「憲法9条」が原因で、「日本の平和」が結果なのでしょうか?
「AはBに先行して発生し、
 BはAが起きないときは発生せず、
 BはAが起きたら必ず発生するとき、A→Bになります。」
平和が他国の侵略により失われるという事実を無視しなければ、答えは簡単です。




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書籍表紙

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「みなみ」 今月のメッセージ

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舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:47歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

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