国民は科学者を信頼し過ぎている・・・問題の続き


STAP問題、小保方氏が懲戒解雇相当のワケ
理化学研究所・懲戒委員会が判断 (2月10日 東洋経済ONLINE)
細胞のすり替えという大胆で単純な不正
STAPはなかった。昨年1月の論文発表から1年あまり、科学界を揺るがした不正論文事件は、
細胞のすり替えという、あまりにも大胆で単純、だからこそ科学者の世界ではあり得ないと
考えられていた不正によるものだった。それを行ったとみられるのは「未熟な科学者」などではない。
「科学者とはいえない人」だったのである。
それを見抜けずに後押しまでした有能な科学者たちを責める声もある。しかし、相互の信用をベース
に成り立っている科学の世界で、共同研究者をどこまで疑うのか、あるいは信じるのか。とくに
さまざまな分野のエキスパートが共同で実験し1本の論文を書き上げる生命科学の分野では、疑い
始めればきりがなくなってしまう。相互信頼のベースとなる博士号の存在意義すら揺るがしかねない。
度重なる見逃しと信用の連鎖、異例の事件
もしほんとうに責任を追及するのであれば、不正な研究を見逃した理研や博士号を授与してしまった
早稲田大学(現在は1年内に再提出という猶予付きの取り消し)ばかりでなく、国費の浪費という観点
からは、博士課程1年目の時点で3年間の学術振興費を与えた日本学術振興会の選定担当者にまで
遡って責任追及すべきだろう。今回の信用の連鎖はその時点から始まったと見ることもできるからだ。
博士号取得後定職に就けない人が多い、いわゆるポスドク問題という背景もあり、科学研究の不正は
少なくないという。しかし、今回のように不正見逃しの連鎖が続いた事例はある意味で特殊であり、
今後も同じようなケースが続出するとは考えにくい。CDBで小保方氏と同時期に研究室主宰者に
取り立てられた優秀な若手もいる。システムが間違っていたという論も単純に過ぎるだろう。
CDBが、センター長が、理研トップが、と誰かに責任を被せてしまうのはたやすいが、
それでは真の解決は難しい。国費である研究費の出資者である国民に対する義務として、
科学者ひとりひとりが襟を正し、自覚を持つことしか、解決の道はない。

捏造の科学者 STAP細胞事件捏造の科学者 STAP細胞事件
(2015/01/07)
須田 桃子

商品詳細を見る


一連のSTAP問題では様々な人が様々な意見を主張されていますが、わたしが感じることは、
国民が科学者を信頼しすぎているということです。
福島の原発事故でも同じような意見を持っていたのですが、STAP問題ではさらにそのように感じます。
小保方さんが何を考えていたのかは知りませんが、これまでもずっと「嘘」をつき続けて
問題なくやってこれたので、その延長線上でSTAP細胞ができたと発表したのではないでしょうか?
虚偽の論文を書いても、多くの場合、問題は発覚しません。
STAP論文とは違って多くの論文は注目されることなく終わりますから、「嘘」はバレません。
再現ができない論文などそれこそ山のようにありますが、執筆者が「コツ」のようなものを
隠していることもある程度は認められているわけですから、どれが虚偽なのかは分かりません。
スポーツ選手が尊敬できるのは、「実力」であることが疑いようのない事実であるからであり、
科学者の場合、中村教授や山中教授のように、その技術が他の人に利用できるものであることが
確認されないと、「実績」は海のものとも山のものともさっぱり分かりません。
論文は基本的に査読者次第ですから、それだけで信用できるようなものではないのです。
査読者はボランティアみたいなものですし、人間誰だって「仲間うち」には甘くなるものです。
逆に言えば、後から間違っていることが分かっても、それが虚偽だともいえないのです。

科学者が正直者であろうと嘘つきであろうと、それ自体はどうでもいいことなのですが、
科学の研究には多くの国費(=国民の税金)が投じられていることから、国民の目が必要になるのです。
総じていえば、多くの研究が税金の無駄遣いになっています。
ここで誤解してもらいたくないのですが、すべての研究が実用的な成果を目的としているわけではない
ので、実用的な成果が得られない研究はすべて無駄であると言っているのではありません。
しかし、巨額の予算がつくものは、国による投資であると考えるべきです。
公共事業が無駄だという批判があります。確かに無駄なものもありますしチェックは必要なのですが、
一応、モノはできています。また、無駄な公共事業に対する国民の目も厳しくなっています。
例えば、日本共産党は大型公共事業に反対していますが、大型科学振興費に反対という主張は
聞いたことがありません。科学振興費に対する国民の目は甘いのです。
日本の財政に余裕のあるときでしたら、悠長なこともいっておれるかもしれませんが、
多くの国民が「生活が苦しくなっている」と感じている時代に、一部の科学者が主張する
「幅広い基礎研究が日本の科学技術を支えている」などというお題目に騙されてはいけません。
なぜ、このお題目がダメかといいますと、このような言いかたをしている限り、
いくらでも無駄遣いが生まれ、いくらでも無駄遣いが許容されるからです。

科学者に対して厳しいことを言い過ぎだという意見もあるでしょうが、実は、科学者よりも、
政治家や行政の責任のほうが大きいのです。最大の問題は、成果をあげるのは科学者で、
行政は「金配り」をすればよいという姿勢に終始していることです。
はじめになすべきことは、国がビジョンを持ち、日本として取組むドメインを明確にし、
そのうえで戦略上必要となる科学技術についての予算を定め、国が科学者に要請すべきです。
ミッションは科学者が決めることではなく、予算を出すほうが決めなければなりません。
科学者は研究しているだけです。科学技術戦略のマネジメントをしているわけではありません。
日本には優秀な専門家は数多くいるのですが、全体を統括できる人があまりいません。実は、一人一人の
研究成果がないのではなく、「研究と研究のつながり」が悪いのです。
一般に研究者は人づき合いが得意ではありません(人づき合いの得意でない人が研究者になって
いるというほうが正確でしょうか?)ので、他人目線で物事を考えることができるような幅広い視点など
持っていません。逆に、自分の専門分野に集中できる人が優秀な研究者であるともいえるでしょう。
また、多くの学問領域では、仮説を立ててそれを固有の手法で検証して結論を導くというディシプリンを
持っており、そのディシプリンを超えることは科学者の仕事ではないのです
(勿論、小保方さんは科学の原則を踏みはずしています)。
さらにいうなら、自然科学におけるディシプリンには規範性(こうあるべきだという価値)は含まれません。
極端な例でいえば、「人殺しにしか使えない技術」でも、科学的進歩のひとつになるということです。
単なる予算申請や管理ではなく、科学者をマネジメントする人材やシステムを構築していかなければ、
これからも科学者の能力、自覚と良心に頼るしかないということになります。

さて、前記事の問題の続きですが、この計算だけでも独立した問題になるように思います。
受験勉強から離れて25年たった人間が、θ・sinθの積分のしかたなど覚えているはずもありませんが、
理系の受験生のかたは解きかたを知っておく必要があります。水色の枠に囲まれた法則などを使えと
いわれても積分できないようでしたら、積分の意味をもう一度再確認してみてください。
これで、最終的な解答まで計算できるでしょう。

東大数学3

東大数学4

問題と答え合わせは以下のサイトを参考にしております。
難関大学への数学 > 微分積分(図形) > 2007-12-14 四角錐と円柱、求積の基本



スポンサーサイト

2015_02_12


10  « 2017_11 »  12

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

書籍の紹介

龍女「みなみ」からあなたへの
不思議なメッセージ集
新感覚のファンタジー!!

書籍表紙

不思議の国の「みなみ」
 宇宙へつながる秘密基地

「みなみ」 今月のメッセージ

あなたがたは苦痛になると
物理時間より体験時間が長くなる。
これは錯覚ではなくて、本当に
体験時間が長くなっているんです。

プロフィール

舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:47歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

検索フォーム

QRコード

QR

最新コメント




page
top