陰陽の力


国立大学から文系学部が消える!安倍首相と文科省の文化破壊的“大学改革”
(10月1日 LITERA/リテラ)
大学進学率が50%を超え、真理の探究にとりくむ象牙の塔という大学のイメージはすでに過去のものと
なった。今や大学は、そのあたりの民間企業も真っ青な、徹底した経済の論理による支配が強まっている。
しかし、まさかここまで、と関係者を震撼させたのが、最近、文部科学省が国立大学に示した方針だ。
この問題を伝えた数少ない報道である『東京新聞』9月2日付朝刊の「国立大から文系消える?
文科省が改革案を通達」と題された記事ではこう紹介されている。(中略)文科省の露骨な指示によって、
すでに国立大学での教員養成系、文系の廃止は着実にすすめられているのだ。福井県でも、県下で
たった2つしかない人文社会科学系のひとつである福井大学地域科学課程の廃止が決定し地元に波紋を
広げていると福井新聞が8月6日に伝えているところからも、事態が相当進展していることは間違いない。
「国立大学」は2004年に設置形態が変更され、国立大学法人という独立行政法人となった。
文科省のHPなどには、大学の自主性を高め柔軟な教育研究をすすめるためと謳われているが、
国からの運営費に頼らざるを得ない財政構造になっていることから、
結局、国すなわち時の政府の方針に逆らうことができないのが実際だ。
こうした、大学に市場原理が導入されカネをうまない学問を切り捨てていく流れが、
いっそう加速しているのには、もちろんあの男の登場が背景にある。
あの男、安倍首相は5月6日のOECD閣僚理事会基調演説でこう語っている。
「だからこそ、私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、
もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています。」
安倍にとって「学術研究を深める」ことなどまったく無意味で、社会のニーズにあった職業に就けるための教育
こそが必要だと考えられている。ほとんど大学教育そのもの否定である。大学の専門学校化といってもいい。
象徴的にいえば、文学部の存在意義など見い出しようのない教育観、学問観である。

憲法の「空語」を充たすために憲法の「空語」を充たすために
(2014/08/09)
内田 樹

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安倍さんの方針の多くは市場原理に基づいているので、大学も例外ではないということでしょう。
知識全般にいえることですが、いや知識に限らないことかもしれませんが、
今すぐに役立つことは、すぐに役に立たなくなるものです。
「市場は常に間違っている」というジョージ・ソロスの言葉があるくらいですから、
市場原理が万能であるという発想で政策を行うと、人間軽視になることは間違いありません。
市場はあるとき突然に潮目が変わって、今まで起きたこととちょうど逆のことが起きたりするものですが、
市場原理に合わせて教育や人材育成をすると、社会の動向に振り回され過ぎて知識の蓄積ができなくなり、
何でもマニュアルやノウハウに頼るような薄っぺらい人材ばかりを輩出してしまうのではないでしょうか?
法学部のように実学を扱っている学部では、希望者が減れば縮小していくしかないでしょうが、
文学部の場合、市場原理に合わせること自体がそもそも無理です。
哲学などその最たるもので、「お金を儲けるための哲学」って、哲学ではないでしょう。
しかし、大学が今までどおりでよいとも思えません。例えば、経営学の場合、経営者が意思決定において
経営学を用いたという話をあまり聞きません。「意味のある知識とは何か」をよく考えていただかないと、
それこそ無意味です。文系はだめだけど、理系は問題ないということでもありません。
現在、多くの企業ではITエンジニアを求めていますが、募集しても人材が集まりません。
このような状況はさらに強まっていますが、現在の大学はこれに十分にこたえているとはいえません。
一方、オーバードクターが大勢いる学科も存在して、工学部内の学科を常に見直していく必要があります。

当然ながら、安倍さんのこのようなやり方に反対する人も多くいます。
ところが、安倍さんより、安倍さんの批判をしている人の言動のほうが心配になってくることがあります。
安倍さんの批判をしている人の多くが、批判するだけで建設的なこと言ってくれないのです。
批判だけでしたらわたしでもできます!
「日本には経済成長は必要ない」といった極論を言われると、アベノミクスのほうがましに思えてきます。
アベノミクスの問題点は「目先のお金に目が眩んで、将来の持続的な利益を失うことになるのではないか」
ということであり、お金のことは考えなくてよいということではありません。「陰」と「陽」にはバランスが
必要なのですが、市場原理主義という「陰」に対抗する「陽」となるべき核がありません。
「市場原理主義はダメだ。みんなが平等に収入を得ることができる社会をつくります」と言われると、
「何をしても給料が同じということでしたら、仕事は適当にしておきます」ということになります。

陰陽の対立は万物の原理です。
陰と陽は隣合うことを好み、逆に、陰と陰、陽と陽は隣合うことを避けようとします。
正または負の点電荷があるとき、その周辺には、光子のもとになる「火水」がつくられます
(陰陽五行的光子については、記事33-4をご覧ください)。
正と負の点電荷が両方あるとすると、下の図のように「火水」が配置されます。
正と負の点電荷の中間点では必ず陰と陽が隣合うことになりますが、隣合った陰と陽は重なり合って
消滅しようとします。実際に隣合った陰と陽が重なり合うと、2つの「火水」が1つになります。
「火水」が消滅すると「火水」全体の再配置が起こって、再び、陰と陽は隣合うことになります。
このような状態では、常に陰陽を消滅させようとする力=「引力」が働きます。
正同士または陰同士の点電荷があるとき、点電荷の中間点では必ず陽同士または陰同士が隣合う
ことになりますが、隣合った陽同士または陰同士の間隙に、新たな陰陽が生成しようとします。
実際に点電荷の中間点に陰陽が生まれると、瞬時に一対(二つ)の「火水」が生成します。
「火水」が生成すると「火水」全体の再配置が起こって、再び中間点の間隙に陰陽が生まれようとします。
このような状態では、常に陰陽を生成させようとする力=「斥力」が働きます。

このように考えると、「市場は常に間違っている」というソロスの言葉には、「奥深さ」を感じます。
「間違っている」市場には「間違いを正そうとする力」が働きます。
しかし、間違いを正そうとしても、間違いが完全に正されるわけではなく、間違いを正そうとする
ことで、市場はさらなる大きな間違いをしてしまうこともあり、市場には常に間違いが残ります。
ゆえに、市場には、常に間違いを正そうとする力が働きます。
市場に変動がある限り、常に間違いを正そうとする力=市場の活力が常に生まれているのです。


陰陽五行的引力と斥力
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書籍の紹介

龍女「みなみ」からあなたへの
不思議なメッセージ集
新感覚のファンタジー!!

書籍表紙

不思議の国の「みなみ」
 宇宙へつながる秘密基地

「みなみ」 今月のメッセージ

中央構造線は、
わたしたち赤龍の国と
日本海にいる黒龍の国との
境界線といえるでしょう。

プロフィール

舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:46歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

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