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日本の科学研究が衰退しているのは国力が落ちているからだ

category: 新しい記事9  

日本の科学研究が衰退している「2つの理由」 いま大学の現場で起きていること (9月13日 isMedia イズメディア)
(前略)最近、日本発の科学論文の、世界における相対的な地位低下がよく指摘されている。2017年の『ネイチャー』誌の記事では、
ネイチャー・インデックスという高品質の自然科学系学術ジャーナルを対象としたデータベースに含まれている日本人の論文数が、
過去5年間で8.3%も減少したとされている。また、科学論文をより広く網羅するスコーパス・データベースに収録されている日本人
論文の割合も、2005年の7.4%から2015年には4.7%へと減少した。実際、大学という現場にいると、この10年に限らず、2004年
の国立大学法人化以降、研究環境は悪化の一途をたどっているというのが実感である。この期間に起こった変化の一つは、大学への
競争原理、つまり淘汰圧の導入である。以前の大学は、贅沢を言わなければ、大学から支給される研究費だけで、細々とではあっても
なんとか研究を続けることができた。しかし、大学の法人化以降、「選択と集中」の掛け声の下に改革が進み、それが難しくなって
いる。運営費交付金と呼ばれる国からの基本給のようなお金がどんどん減り、営業成績に準じたボーナスのような競争的資金と言われ
る予算が増えた。運営費交付金の大部分は、職員の給与やその他、大学運営に必須な部分に使われており、結局減らされたのは教員の
研究費である。その代わりに競争的資金による研究費を増やすことで、やる気のある研究者は、競争に勝ち抜いて自分でお金を稼ぎ
なさいというのが政府の思想である。雇用の形態も競争的になった。特に若い研究者を中心に雇用が任期付きになり、若手研究者は
社会的に不安定な身分となってしまった。成果を出し続けないと、任期が切れた際に次の職がない。そのプレッシャーの中で研究を
することで、より良い結果が早く出るようになるはずだ。研究者は、やりたいことをしているのだ。たとえば野球選手だったら、
結果が出なければ、一軍には残れず、野球を諦めるしかない。それと同じ競争だ――という訳だ。成果を出さないと研究者として
生き残れない。そんな「淘汰圧」である。
過度な「選択と集中」
大学に対する「ぬるま湯」「レジャーランド」といった批判はずいぶん昔からあり、大学教員の中には、一体、何をしているのだ? 
と、外から見た場合に、思えてしまう人たちがいるのも事実である。そこに競争原理を導入して、怠惰な研究者は淘汰する仕組みを
作るべし、というのは、ある意味、正論である。しかし、ではどうして、それを導入した日本の科学研究が衰退の方向に向かって
いるのだろうか?問題点はいくつかあると思うが、ここでは二つ指摘したい。一つには「選択と集中」に代表される「淘汰圧」が
行き過ぎているということである。「選択と集中」とは、元々、対象を一部に絞って、そこに集中的に投資をしていくという方針
なので、当然の結果、ということかも知れないが、使い切れないほどの予算を持つ研究者がいる一方、実質的に研究ができない
という層が生じている。一旦、何かの拍子に予算が切れると、研究ができなくなり、論文も書けなくなってしまう、するとさらに
予算が取れないという悪循環に入り込むことになる。これにより、以前は一定の生産性があった研究者層の活力が削がれるような
ことが起こっている。一方、「集中」している方は、えてして予算がダブついており、年度末に予算を使い切るのに苦労するという
景気の良い話もしばしば耳にする。その結果、結局はほとんど使われないことになる不急の機器を買ったり、あっちこっちの国際
会議に出かけたりと、何だか無駄遣いしているようにも見えるのだ。そしてそんな「格差」は、研究者としての実際の力量の差を
はるかに拡大した形で現れている。競争原理を導入すること自体に反対するつもりはないが、費用対効果を考えると、現状は明らか
に行き過ぎている。また、若手の研究者を中心に、優秀であっても安定したポストが得られないということがしばしば起きている。
研究は人間が行っており、そこで育つ人を大切にしない分野が発展などするはずはない。40歳を超えても、家族がいても、任期が
来れば職がなくなってしまうのだ。そんな業種に、若い優秀な人間が、行きたいと思うだろうか?(中略)
大学の在り方自体にも同じような問題が起きている。大学の外部評価のために、何年以内に世界大学ランキング何位を目指しますと
いった目標を作ったり、ランキングを上げるためにママゴトのような英語コースを作ったり、大学が「いかに他人から評価されるか」
ばかりを追いかける場所になろうとしている。日本の大学がイギリスで作られる大学ランキングで上位になることの、一体、何が
重要なのだ?昨今、毎年のように日本人のノーベル賞受賞のニュースが流れたが、それは世界に伍するだけの日本独自の研究が
あったことを明白に示している。日本の大学には、オリジナリティーを持った研究を育てる力が、少なくとも過去においてはあった
のだ。どうしてそのことにもっと自信を持てないのか?日本の大学における研究活力の衰退は、「研究」というものに無理解な行政
(文科省)が、大学の在り方や大学における研究に対して、「淘汰圧」を使って介入するようになってきたことが、恐らく最大の
原因である。大学改革を立案する文科省の高級官僚の多くは基本的に研究生活など経験したことのない文系の秀才達であり、机上の
論としては良くできていても、どこかズレたものばかりである。(後略)

日本の科学技術の競争力は低下したと思うか日本の科学技術 「競争力低下」8割 若手研究者調査
ニッポンの革新力 (5月5日 日経電子版)
日本の研究現場が活力を失いつつある。日本経済新聞が連載企画「ニッポンの
革新力」の一環で20~40代の研究者141人を対象に実施したアンケートで、
8割が「日本の科学技術の競争力が低下した」と回答した。不安定な雇用や
予算の制約で短期的な成果を求められることを疑問視する声が目立った。
世界をリードする業績は若手時代に生まれるケースが多く、イノベーションの
土台が揺らいでいる現実が浮かび上がった。研究開発で先行する米国やそれ
を激しく追い上げる中国の存在感が高まるなか、アンケートでは若手研究者の
強い危機感が明らかになった。日本の科学技術の競争力について、「低下した
と思う」(38.3%)と「どちらかというと低下したと思う」(39.7%)を合わ
せると約8割が地盤沈下が進んでいるとの認識を示した。若手の意識はデータ
でも裏付けられている。日本の科学技術論文がピークを迎えたのは2000年代
前半。この時点で独創性が高いとされる質の高い論文数は米英独に次ぐ4番手
につけていたが、直近のデータがある13~15年は中仏に抜かれて9番手まで
2030年に日本が科学技術立国でためには落ちている。研究者にとって40代までにどれだけ独創的な成果を挙げられるか
どうかが重要になる。文部科学省によると、戦後に科学技術分野でノーベル賞
を受賞した研究者のうち、半数以上が40歳までの業績が受賞につながった。
00年以降に受賞ラッシュとなった日本人研究者も例外ではない。総務省によると、
16年度の科学技術研究費は18兆4326億円で前年度に比べて2.7%減った。米中
に次ぐ世界で3位の水準だが、金額は2年連続で減少している。国の予算の制約
もあり、研究開発費は当面大きな伸びは見込めない。世界と競い合うべき若手の
危機感は日本のイノベーション力の衰えを映し出している。

平成30年度当初予算における科学技術関係予算

まず押さえておかなければならないのは、科学技術に関する日本の国際的な地位が下落するの
は避けられないということです。長期的に国力が落ちているのですから、科学技術についても、
それ相応のものになっていくのは仕方のないことです。国民の税金を科学技術の振興にばかり、
つぎ込むわけにはいきません。特に、国民に見返りのない研究については、厳しく査定される
ことになるでしょう。過去の栄光にすがるというマインドセットを改めていく必要があります。
日本の仕組みはどれも右肩上がりを前提にしているので、現状のような縮小社会になったとき、
様々なところに歪が生じます。日本の組織は衰退期に入っても、前年比○○%増といった目標
を立てます。「毎年、未達」なんてことになれば、目標を立てる意味がありません。とはいえ、
前年比○○%減という目標を立てるようでは、はじめから士気が上がりません。
国の政策においてもまず長期目標を立てます。はっきり言ってこの時点で、もうダメなのです。
短期的なものならPDCAサイクルを回すこともできますが、これを長期目標に応用してはいけ
ないのです(この点については次回)。長期的な目標を立ててしまうと、その目標を達成する
ことが自己目的化していまい、「目標を達成したけど、だから何?」ということになる可能性
が大きいのです。それよりも、「持続可能性」を追求すべきでしょう。「持続可能性」は現状
維持ということではなく、持続的な発展性という意味です。「成長」と何が違うかといえば、
成長には規模と数量の拡大が必須なのです。研究ならば、研究費を増やし、論文数を増やそう
とすることです。この場合、目標は単一で不変、明確です。一方、「発展」は、盛んになり
栄えること、高い段階に進むことです。この場合、一言で表現できるような具体的な目標、
つまり数値目標はありません。国の場合ですと、国民の多数が納得できるビジョンを打ち出す
必要があります。そのときに大切なのは多様性を失わないようにすることです。日本の組織は
縦割りなっているので、それを無理に変えようとはせず、それを活かした手法を考えたほうが
いいでしょう。つまり、研究開発支援事業を政治主導や文科省主導にするのではなく、各省庁
がそれぞれのコンセプトに基づいて研究開発事業を行ったほうがいいのです(運営費交付金
を除く)。ただそれだけですと、同じような事業があったり、国がするべき事業であるのか
疑問に思われるものも出てくるでしょうから、それを内閣府で調整したらよいでしょう。
いずれにしても、科学技術における日本の地位低下は避けられません。しかし、文科省と経産
省以外の省庁は、そんなことに気にしないでしょう。それでいいんです。
今の日本には、もっと幅広い視点に立った政策が必要なのですから・・・




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不思議なメッセージ集
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書籍表紙

不思議の国の「みなみ」
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「みなみ」 今月のメッセージ

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あなたがた自身。

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舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:48歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

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