270530震源の深さ
<出典>自然の摂理から環境を考える (2013年7月15日)       ↑↑↑
   【地震と水】第4回 : 海洋プレートからの「脱水」が地震発生メカニズム解明の鍵!?

5月30日20時24分頃、小笠原諸島西方沖でM8.5の地震がありました。
阪神大震災の30倍以上のエネルギーを持った巨大地震ですが、
震源の深さが590kmの超深発地震でした(阪神大震災は深さ16km)。


270530震源と火山

震源地は2013年から噴火により領土拡大中の西之島近く。
西之島は現在でも活発な噴火活動中です。


20150402西ノ島
西之島噴火写真(撮影 阿部英二:東京大学地震研究所)
調査船で噴火後の西之島火山を初観測 (4月2日 ハフィントンポスト)

今回の地震が太平洋プレートのもぐりこみにより起きているとはいえ、
場所は、フィリピン海プレートの下です。
フィリピン海プレートへの影響を無視することはできません。
フィリピン海プレートのユーラシアプレートへのもぐりこみ地点である
口之永良部島で、29日午前9時59分、噴火がありました。


口永良部島噴火
大規模な噴火が発生し、上空高く噴煙を上げる口之永良部島=鹿児島県屋久島町永田沖で
2015年5月29日午前10時8分、高久至さん撮影 (毎日新聞のニュース・情報サイト)

フィリピン海プレートがユーラシア/北アメリカプレートの
境界へもぐりこむ地点にあたるのが箱根や富士山です。
箱根は25万年前、富士山のような大きな山だったのです。


箱根外輪山

 平安時代、東日本大震災の震源地の近くで起きた
 巨大地震(869年貞観地震)の6年前には、
 現在の富山県から新潟県にかけて地震が続き、
 5年前には富士山が噴火している。
 また、貞観地震9年後には関東地方でM7.4の地震、
 18年後にM8.0~8.5の南海大地震が起きている。
 同じことが起きるとは限らないが、
 地殻変動活動期に入っていることは間違いない。



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2015_05_31


市原悦子がNHK番組で差別語連発 有働アナ謝罪、視聴者からは擁護や評価の声 (5月23日 J-CASTニュース)
女優の市原悦子さん(79)が出演したNHKの番組で「かたわ」「毛唐」という言葉を口にし、アナウンサーが
後で謝罪する一幕があった。いずれも体が不自由な人や外国人に対する表現で、メディアなどでは使用が
避けられている。しかしネット上では市原さんの発言を非難する声はほとんどなく、
「前後の文脈上問題ない」「差別意識はない」と擁護する意見が多い。
「やまんば」への思い入れ語る場面で・・・
市原さんは2015年5月22日に放送された「あさイチ」にゲスト出演。「まんが日本昔話」のナレーションを
務めた思い出話に話題がおよび、「一歩一歩やっていくほかない」「風が吹いたらいい季節だなあと
感じるようになった」と同番組に教えられたことが多いと振り返った。続けて、一番好きな話は「やまんば」だとし、
“「私のやまんばの解釈は世の中から外れた人。たとえば『かたわ』になった人、人減らしで捨てられた人、
外国から来た『毛唐』でバケモノだと言われた人」
と発言。世間から疎外され、山に住んでいた人たちが「やまんばの原点」になったと思うと説明した。
また、やまんばのキャラクターが「魅力的で大好き」な理由について、
“「彼らは反骨精神と憎しみがあって他人への攻撃がすごい。そのかわり心を通じた人とはこよなく手を
つないでいく。その極端さが好き」と笑顔で語った。井ノ原快彦さんも
「虐げられているから愛情を欲しがるんですね」と応じ、スタジオは「日本昔話」トークで盛り上がった。
謝罪後、市原さんの表情がこわばった
しかし番組の終盤、有働由美子アナが、“「さきほどのコーナーで『かたわ』『毛唐』という発言がありました。
体の不自由な方、外国人の方を傷つける言い方でした。深くお詫びします」
と謝罪。するとツイッターなどネットには番組の対応を疑問視する意見が相次いだ。
“「『当時差別された人』の文脈で使ってるんでまったく問題ないと思う」
「昔話の解釈にちなみ、あえて使った表現だろう。綺麗な表現に置き換えたら、本質が伝わらない」
「番組は見たけれど、悪意が無い分さほど気にならなかった」など、
あくまで「表現の一手法」「悪意はない」とする意見が多かった。

言葉狩り

「障がい者」といえば、民主党。「子ども」手当もそうです。
表面だけぴかぴかに取り繕って、
国民の目を欺こうとする意図ありありです。これを偽善と言います。
障害者に向かって「かたわ」や「しんしょう」と言うのは、さすがに問題だが、
誰かを蔑視する意図がなければ、表現の自由が尊重されるべきでは。
放送禁止用語を用いなくても、ムハンマドを蔑視するほうが問題。
ムハンマドを蔑視するのは、誰かの心を傷つけようとする意図ありです。

言葉狩りはやめましょう。
某国民から、「小日本」と言われても気にすることはありません。
某国より日本が小さいのは間違っていません。
「大日本」と言われたほうが、嫌味っぽい。

P.S. 「毛唐」と書いて「けとう」と読むのか。「もうとう」かと思った。
※ 「もうとう」は「毛頭」でした。

小日本
「この世の偽善 人生の基本を忘れた日本人」の解説
日本人は長年「もの分かりのいい人」を演じてきた。弱者保護や被害者救済など一見、弱い者
の側に立つふりをし、政治家は票欲しさに「ばらまき」政策を行なっている。
その結果、わが国は過去最多の214万人を超える生活保護者を擁する「よい国」になった(2012年)。
しかし、彼らは本当に自立できない人たちなのか。いまの日本は本当に職がないのか。
そう問うことは禁じられている。ボランティアについても、人の世は、一ついいことをしようと思うと、
必ず不都合と苦悩が出てくる。人生にも「あれか、これか」という形の歯切れのいい選択はない。
メディアは社会や国家の批判はしても、本質的につきまとう人生の不都合や不自由を見せない。
これが「日本の偽善」である。
「権利」という言葉は、誰かのため、何かのために自分が我慢し、犠牲になることがある、という
想像力を失わせてしまう。一所懸命働いて税金を納める、まずそこから始めるべきではないか。



2015_05_29


米が主張撤回しなければ戦争も、中国国営紙が南シナ海問題で警告 (5月25日 ロイター)
中国共産党系メディアは25日、同国と周辺国が領有権で対立している南シナ海問題に関し、米国が中国に
人工島建設の停止を要求することをやめなければ、米国との「戦争は避けられない」とする論説を掲載した。
人民日報傘下の環球時報は論説で、人工島建設作業を「最も重要な結論(bottom line)」と位置付け、
中国は作業を完了させる決意である、と述べた。
米国は、南シナ海での中国の動きを警戒し偵察機を派遣。中国は前週、これに「強い不満」を表明した。
環球時報は、中国として米国と戦うことも考えて「注意深く準備」すべきと指摘。
「もし、中国が(建設)活動を停止すべきというのが米国の主張ならば、南シナ海での米中戦争は
避けられない」とし「対立の程度は、世間一般で『摩擦』と評価されるよりも深刻になる」と述べた。
中国国営メディアの論説は必ずしも政府の政策方針を示すものではないが、政府の意向を反映して
いるとみなされる場合もある。

南シナ海埋め立て

中国海軍の実力はどの程度? アメリカ軍や自衛隊と比較
東シナ海に展開する中国海軍の実力はどの程度なのか?
(2014年1月6日 ハフィントンポスト)
中国が2013年11月に、尖閣諸島上空を含む空域に、防空識別圏を設定したことで、この海域における
軍事的緊張が一気に高まっている。中国は同じ時期、中国初の空母である「遼寧」を、尖閣諸島付近
の海域を通過する形で南シナ海に派遣したが、同空母の動向を監視していた米海軍の巡洋艦
「カウペンス」に対して、中国側の艦艇が進路妨害を行うなど、その行動はエスカレートする一方だ。
防空識別圏を一方的に設定することは、偶発戦争の可能性高めることになるため、中国側にとっても
リスク要因となる。本来であれば、ある程度熟練した戦闘遂行能力を持っていなければこうした行動
に出ることは難しいわけだが、必ずしもそうとは限らないところが、中国の危険なところでもある。
中国軍(人民解放軍)の装備はほとんどが旧式であり、自衛隊や米軍とは比較にならないといわれてきた。
だが近年、中国軍はハイペースで技術革新を進めており、その差はかなり縮まっているといわれる。
だが、中国軍はほとんど情報公開をしないため、実際の戦闘能力がどの程度なのかは秘密のベールに
包まれたままだ。(中略)
だが中国側の艦艇の多くが最新鋭艦に入れ替わるのは時間の問題であることを考えると、圧倒的な
優位性を保持できる期間はそれほど長くないだろう。また海上自衛隊単体の能力ということになると、
ここからはさらに後退してしまう。圧倒的な実力差があるという認識はそろそろ捨てた方が良さそうだ。

中国中心地図
出典:東洋経済オンライン

 海洋進出したい中国にとって日本はとても邪魔な存在。
 日本が米軍に協力すれば、即座に日本を攻撃してくる
 可能性がある。人民解放軍は弱いかもしれないが、
 軍隊は主役ではない。日本にとって最も脅威となるのは、
 陸上発射型巡航ミサイル。日本全土を射程に
 おさめた巡航ミサイルを中国は何発持っているのか?
 勿論、日本も防衛していないわけではない。
 首都圏や自衛隊の基地はPAC-3で守れる。しかし、
全土は守り切れない。中国の標的は原子力施設になるだろう。
中国は、誤差数メートルの精度でミサイルを着弾させる能力を既に
持っていると考えるべきだ。日本には反撃手段がなく、米軍次第となる。
今のように、原子力発電所が動いていなければ、
標的にはならないかもしれないが・・・




2015_05_27


砂山から銅鐸7個発見…「国宝級の資料」評価も (5月20日 YOMIURI ONLINE)
弥生時代中期(紀元前2世紀頃)の銅鐸どうたく7個が、兵庫県南あわじ市(淡路島)で見つかり、
県教委と市教委が19日、発表した。
海岸近くの松帆(まつほ)地区から採取された砂の山から見つかり、「松帆銅鐸」と名付けられた。
出土数では、最多の島根県雲南市・加茂岩倉遺跡(39個)などに次ぐ4番目となり、
一度に大量に埋められた最古のケースとなる。
専門家は「初期の銅鐸祭祀さいしの解明につながる国宝級の資料」と評価している。
銅鐸は、高さ22~32センチ、底幅13~19センチで、絵画が描かれていない古い時期のもの。
うち1個は、上部の半円形の「鈕(ちゅう)」と呼ばれる部分の断面がひし形をした
「菱環鈕(りょうかんちゅう)式」で、全国でほかに11例しか確認されていない最古段階のものだ。
また、3個には銅鐸を鳴らすため内部につるす青銅製の棒「舌(ぜつ)」(長さ8~13センチ)が
付いていた。一度に見つかった舌の数としては最多。舌が付いたまま大量埋納された例はなく、
銅鐸を大量に埋める祭祀の最初の形態だった可能性がある。

発掘された銅鐸

銅鐸の謎 (古代の謎へ <銅鐸> - nifty
銅鐸に関して、「穀物豊穣に関わるのでは?」とした推測はみなさんされています。
自分もそう思っております。
しかしより具体的な使用目的が解かっていないのが現状です。
自分は「銅鐸水源祭祀説」というものを考えております。
加茂地名という偏った方向からいままで銅鐸を見てきましたが、
加茂地名から想像しているのは「水源」です。
大河ではなく、湧き水、井戸といったような水源です。
それもかなり水質のいいもの。
銅鐸出土地に多いミワ地名のミワは神酒といわれています。
酒作りにも水質のいい水は欠かせません。
加茂の地は山際まで入り込んだ平野と言われています。(未確認情報です)
その山から湧き出る水を大切なものと扱い、
その水を供給してくれる神山を崇拝する。
そしてその神山に雨を降らせる雲、
もっとも形として見えたであろう雷雲を呼ぶために
火を焚き、雲を作り、銅鐸を鳴らし、雷神を招く。
その地に埋め、水を導く。
今も雨乞山と呼ばれている山の麓より2例出土しているのが
その名残ではないか。
これが前期銅鐸・鳴らす銅鐸の祭祀と考えています。
これはほとんど蛇信仰の依り代として銅鐸を使ったという形になると思います。
銅鐸の開口の部分は蛇の口になるのです。蛇の舌もちゃんとあります。
その口より良質の水を出してもらうのです。

稲作には水が絶対に必要。かといって、
大きな川のそばで稲作をすれば、洪水で流されてしまう。
だから、川のないところのほうが稲作をしやすいのだが・・・
灌漑設備がないところで稲作をはじめて、
最も困る事態は雨が降らないことだ。
湧き水も枯れてしまえば、どうすることもできない。
日照りが続けば、雨乞いをするしかない。
雨を降らせることのできる存在は、龍神だ。


貴船神社の雨乞祭 (2012年3月5日 貴船神社 Facebook
【雨を司る龍神】
古来、雨を司るのは龍神の成せるわざである、との信仰がある。
雨を司るとは、雨を降らせたり止ませたり、それだけでなく、降った雨をしっかりと地中に蓄えさせて、
それを少しずつ適量を地表に湧き出させる、そういう働き全体を指すのである。
日常生活に欠かせないお水、なにげなく使っているお水の源を改めて想うとき、
その神霊の働きを知り、感じることができる。
その龍神こそ、貴船神社の御祭神、高龗神(たかおかみのかみ)と申し上げる。
降った雨を地中に蓄えさせるのは、大地にしっかりと根を張った樹木の役割で、樹木の生い茂る水源
の地こそ、水を司る神様が鎮まるのに最もふさわしい場所なのである。まさに貴船神社はそういう場所
に鎮座し、「貴船」の語源が「樹生嶺」または「木生嶺」とも「木生根」ともいわれるゆえんである。
貴船神社では、毎年3月9日に雨乞祭を執りおこなう。農耕作業の始まる時節を前に、今年一年適量
の雨を賜り、五穀が豊かに実りますようにと祈る祭典で、「雨乞」の名称ではあるが、晴雨の順調、
つまり天候の順調と適度なる水の恵みを祈るお祭である。

貴船神社雨乞祭

銅鐸を鳴らしながら、雨乞祭が行われたのだろう。
しかし、あるとき、銅鐸を祭器とする祭祀では祈りが通じなくなり、
卑弥呼による祈りが始まったのだ。
卑弥呼が祈れば、地下や池に眠る龍神が天に昇り、雨が降った。
人々は感激し、卑弥呼はカリスマになった。
それ以降、龍神を呼ぶのは巫女の役目となり、
銅鐸を祭器とする祭祀は行われなくなった。
(何も検証していません。当時は、蛇神信仰だったのかも。物語としてお読みください。)

水晶龍の巫女
ラバープレイマット FDRM-19 【絵師書下ろしリシーズ】水晶龍の巫女 【イラスト:萩原凛】



2015_05_25


2年後に実現する「人間の頭部移植」は、死生観をどう変えるのか (5月17日 現代ビジネス)
生きた人間の首を切り、その生首をドナーが提供した別の身体に移植する――。こう聞くと、多くの人は、
SFの世界でしかありえない奇想天外な話だと思うだろう。グロテスクだと顔をしかめる人もいるかもしれない。
ところが英紙「ガーディアン」は、この「頭部移植」とも「全身移植」とも言える過激な手術が、2年後にも実現
しそうだと報じている。プロジェクトを進めているのは、イタリア人脳神経外科医のセルジオ・カナヴェロ。
倫理上の問題を含めて、世界的に大きな反響を呼ぶことは必至だろう。
同紙によると、カナヴェロは今年6月、米国アナポリスで開かれる「米国脳神経外科学・整形外科学会議」
でプロジェクトを公表し、始動させるという。この手術法が確立できれば、筋肉や神経の病気で身体を
動かせなくなった患者や、複数の臓器をがんに冒された患者の命を救える、と彼は語る。
「社会がこんな手術は要らないと言うのなら、私は手術法を確立したいと思いません。しかし、欧米社会に
とって不要でも、他の社会で求められるかもしれません。どう計画を進めるのが正しいのか、今は頭を
悩ませています。月を目指して飛び立ったところで、誰も付いてきてくれなかったら困りますからね」
サルを使った頭部移植の実験は、1970年、米ケース・ウェスタン・リザーブ大学のロバート・ホワイト率いる
研究チームによって行われた前例があるという。サルの頭部を別のサルの身体に移植したのだ。
このサルは9日間生きたが、身体が頭部に対して拒絶反応を示し、身体を動かすことができなかった。
以来、頭部移植の研究は停滞していたが、昨年、中国の哈爾浜医科大学でマウスを使った実験が行われ、
研究が前進したとされている。
カナヴェロが提唱する方法は、最初に患者の頭部とドナーの身体を冷却し、手術中に細胞が死なない
ようにする。次にそれぞれの首を切り始め、まず主要な血管を小さなチューブで結ぶ。次に脊椎を鋭利な刃
で切り、損傷を最低限に抑えてから、患者の頭部とドナーの身体を結合させる。最後に筋肉と血管をつなぎ、
患者を数週間、昏睡状態に保って体が動かないようにする。
カナヴェロによれば、目が覚めた患者は、1年以内に声を発し、自分の顔を触ることもできるようになる。
理学療法を受ければ、歩くことも可能だとか。すでに彼のもとには、全身移植を希望する患者が集まっている。
こうして将来、臓器や筋肉が不治の病に冒されている人の健康な頭部を、脳が損傷している人の健康な胴体
に移植した"新しい肉体"が増えていったら――。人間の死生観や宗教観まで、根底から変わることになりそうだ。

頭部移植

アンパンマンなら頭を交換できるが、人間では体を交換することになるのか?
直観的には、自分の頭と体が分離され、他人と交換されたならば、
元の自分の頭があるほうを自分だと思うような気がする。
本当のところは、どうなのだろうか?
ただ、自分という意識が頭付近にあるとしても、
脳の特定箇所に、携帯電話のSIMカードのようなものがあるとは思えない。
自分がどう思うかなどどうでもよい問題で、
物理的に決定されているのではないかと考える人もいるでしょう。
しかし、そうだとも言い切れないのです。
自分がどう思うかが決定的に重要である可能性もあるのです。
では、「すべてのものが物理的に決定される」と信じているとしたら
どうなるでしょうか?
そう信じていればそうなる、ということです。その人にとっては・・・



神へ帰る_死後の世界
















2015_05_23


「光の粒子と波の二重性を初めて捉えた画像」は誤報。米学会指摘 (3月17日 ギズモード・ジャパン
先日話題になった「光の粒子と波の二重性を初めて同時に捉えた画像」に「それは違うぞ!」と米国物理学
協会が待ったをかけました。同協会ニュース通信「インサイド・サイエンス」のBen Steinディレクター曰く、
ここでわれわれが目にしている画像は光子(光の粒子)の集合体を捉えたものであり、あるものは粒子
として動き、またあるものは波動として動く、それを同時に撮っただけなんだそうな。
量子物理学(宇宙が複数あるっていう多元宇宙論、粒子が一度に2つの場所に存在する理論など、
常人の理解を超越する学問をやってる分野)では、宇宙のあらゆる物体は最も基礎的レベルにおいて
2つの性質を併せ持つと考えられています。光も環境に応じて粒子と波、いずれかの特徴を帯びます。
その片方を捉えた画像はあるんだけど、光子が一度に両方の特性を帯びるシーンを捉えた物理学者は
いませんでした。それで大いに話題になったんですが、別にひとつの光子(光の粒子)が粒子と波の
一人二役をやってるシーンではなかったのです。以下はSteinさんの説明。(中略)
光の二重性今回の実験では、電子をナノワイヤにぶつけた
ところ電子が一定量加速し、ワイヤから個々の
光子を吸収していることが示された。
それで光が波と粒子の両方の性質を同時に
帯びたというのだが、果たしてそうなのか?
実はこの光、そもそも別々の光子で成って
いたのである。1個1個の動きも別々だ。
研究班が観測したのは、ある光子は粒子として
動き、別の光子は波のように動く場面である。
その両方を同時に撮ったのは
今回の実験が初めて、ということだ。





神聖なる二分法

光は粒子なのか波動なのかという問題において、
粒子を観測する実験をすれば光が粒子であることを確認できるし、
波動を観測する実験をすれば光が波動であることを確認できる。
しかし、粒子と波動の両方の性質を同時に観測する実験はできない。
単に実験できないだけでなく、光はそのような実体を持っていない。
観測結果は対象物の性質の一部ではあるが、それはある視点から
見たときの結果であって、対象物の全体像ではない。
このような性質は相補性と呼ばれている。

万物創世の発想 色即是空、空即是色。
 陰陽論はまさに相補性を持つ。
 ある視点から見れば、宇宙は無。
 ある視点から見れば、宇宙は万物。
 しかしながら、
 どのような手法を用いたとしても、
 無であり同時に万物であることを
 人間は体験することができない。
 魂はひとつしかないが、
 わたしたちは個々に魂を持っている。
 このような矛盾を解決しようと
 してはいけない。
 そのような矛盾を抱えている
 のが宇宙なのだから・・・
 


2015_05_21

臨死体験

category: 魂の目的  

ユング「私は存在したものの、成就したものの束である」
(Yahoo!ジオシティーズ 『NOBORU’S HOME PAGE 精神世界 の旅 臨死体験・気功・瞑想』)
ユングも、その晩年に臨死体験をしている。彼の場合は、「宇宙との一体感」を語っているわけではないが、
自己への囚われや執着からの解放という点ではかなりはっきりとした自覚を持っている。
自伝『ユング自伝―思い出・夢・思想 』のなかで、69歳でのその体験をつぎのように語る。
(自伝は、全二巻に分かれており、この体験が語られるのは二巻目である。)
ユングの臨死体験


 このときユングが見た
 地球の姿の記述は、
 立花隆氏も指摘するように
 アポロが撮った地球の
 写真の姿と驚くほど
 ぴったりと合っている。
 しかもユングはこれを
 アポロ宇宙船よりも以前、
 それどころかガガーリン以前
 に書いているのである。
 さてユングは、しばらくその
 美しい地球を眺めたあと、
 自分の家ほどもある大きな
 隕石のような黒い石塊が
 宇宙空間をただよっている
 のを発見する。その石の
 中央には入口があり、
 その中はヒンドゥー教
 の礼拝堂になっていた。
 ユングは
 その中に入っていく。

前記事で書いた「キトラ古墳は当時の死生観を示しているものではない」
という言葉の意味は、「キトラ古墳の壁画は、当時の人が知っていた

"現実の"死後の世界を示したものではないか」ということです。
現在のわたしたちにとって、死後の世界を体験して語ることが
できるとするならば、臨死体験しかありません。
しかし、たとえ臨死体験が幻想でないとしても、
それは死後の世界そのものではなく、入口の表札に過ぎないのです。


 スイスの分析心理学者カール・グスタフ・ユングの名前はわが国でもよく知られて
 いる。彼はフロイトと共に初期の精神分析の発展に力をつくしたが、後にフロイト
 と訣別し、独自の分析心理学を確立した。彼の説はヨーロッパでつよい影響力
 をもち、その専門領域を超えて、ひろく宗教・芸術・文学などの分野にまで影響
 を及ぼしている。本書はユングの自伝である。彼の仕事と生活はいかにして形成
 されたか。そのユニークな洞察力と多くの理論がいかなる経験的背景をもつのか。
 読者は本書にのべられているユングの夢やヴィジョン(幻像)の凄まじさに、
 驚嘆せずにはいないだろう。ユングにとって内的世界は、外界と同じく「客観的な」
 一つの世界なのである。それは事象の生起している世界なのである。内界の
 奥深く旅して、ユングが遂に見出した「自己」について語ろうとするとき、それは
 神話として語るほかには、手段を見出すことができない。この本は、そうした意味で、
近代における内部世界への旅を記したオデュッセイアーであるということができる。今日の時代精神が、
外向的な面に強調点をおいているときに、このような自伝を発表することの意味について、ユングは
迷ったに違いない。その上、彼は自分のことについて語るのを極端に嫌った人である。しかし本文にも
記されているような経過をたどって、ユングの内界からの強い要請は、81歳の老人に自らペンをもって
記述するほどの力を与えたのである。そして、これはユングの遺志によって彼の死後、1962年に発行
されたのであった。全2巻 (みすず書房 「ユング自伝1」の解説)
 II巻は「研究」「塔」「旅」「幻像」「死後の生命」「晩年の思想」の6章と付録の
 5篇とから成る。各章ともにユングの内面世界の雰囲気や、心というものが
 深遠な現実であったひとつの体験の思い出が生き生きと多彩に伝えられている。
 その最も重要な著作の生成過程を概観する「研究」の章で彼は次のように語る。
 「私の仕事についてここに述べた展望は、ここに語りつつあるすべてのことと同じく
 ひとつの即興詩である。それは一瞬の間に生れたものだ。私の仕事を知っている人
 はこれから益されるところがあろうし、また私の考えを調べる必要性を感じさせられる
 人もあろう。私の生涯は私の為したことであり、私の学問的研究である。両者は互い
 に分離することのできないものだ。研究は私の内的発展の表現である……」と。
 1923年にユングはボーリンゲンの水辺に念願の円型家屋を構えた。これは1955年に
 完成された形になるが、ここでの内的体験の記録が「塔」であり、時間・空間を超えた
ヴィジョンの世界が展開される。「晩年の思想」においては、長年の間にユングの心中に徐々に形成されて
いった人と神話の意味についての内省が語られる。付録には、訣別前後当時のフロイトからユングへの
手紙などのほか、本書で初めて公表される「死者への七つの語らい」が収められる。
これは1913年から1917年の間にユングの内面に形成される印象を伝えたもので、後年の彼の思想の
研究に貴重な書となるものである。全2巻 (みすず書房 「ユング自伝2」の解説)



2015_05_19


〝村外初〟 東京国立博物館「キトラ古墳壁画」展 実物前に1300年の時を超え
(2014年5月8日 産経ニュース)
奈良県明日香村にある「キトラ古墳」の石室から取り外した壁画の一部が見られる特別展「キトラ古墳壁画」
が東京・上野公園の東京国立博物館本館で開かれている。劣化が進んでいるため古墳から取り外して修理し、
地元で公開する計画が進められているが、遠く離れた東京での展示は異例中の異例。
小さな古墳壁画が、私たちにいろいろなことをささやいてくる。(篠原知存)
壁画は、切り取られた板のような状態でケースに収まっている。写真などで知ってはいても、
やはり実物を眺めるのは違う。眼前の絵は生々しく、誰かが筆を走らせたことが実体感を持って伝わる。
1300年という時間に隔てられていることも信じられなくなっていく。会場には、石室に描かれた
四神(しじん)のうち「朱雀(すざく)」「白虎(びゃっこ)」「玄武(げんぶ)」、続いて十二支の
「子(ね)」「丑(うし)」。ほかに石室からの出土品や、高松塚古墳壁画の模写なども出展されている。
 キトラ古墳は7世紀末から8世紀の築造。飛鳥時代と重なり、古墳としては終末期の
 ものになる。石室の幅と高さは1メートル強、奥行きが2・4メートル。
 というと、棺(ひつぎ)ひとつを収めるのがやっとの大きさ。
 壁画は座ったり寝転んだりしながら描いた? 出入りはどうやって…と
 思ったら「朱雀」の描かれた南壁だけは、外で描いてフタみたいにはめたとか。
 そう聞くと「朱雀」の筆致は、のびのびしているようにも。
 「築造は、周囲にお寺などもたくさん建っている時代なんですが、不思議と
 古墳からは仏教のにおいがしない。当時の人々が、死というものにどう対していた
 か、いろいろ考えさせられますね」解説してくれた文化庁古墳壁画室の建石徹さん
 (45)は、そう話す。四神や十二支はもともと中国の文化だが、サイズの小ささ、
 丁寧な仕上げなどは「直輸入ではなく、日本風になっている」とも。海外の古墳では
被葬者の姿を描いたり名前を記したりするのが一般的だが、日本の古墳は被葬者が示されないのが特徴だという。
キトラも被葬者は未確定。壁画を前に、当時の人々の死生観をあれこれ想像するのは、じつに楽しい。

キトラ古墳に描かれた四神は、四元素の象徴です。
死に直面したとき見る世界とは、どのような世界なのでしょうか?
ダライ・ラマの講演によりますと・・・
(青で書かれたノートにしてみました)

ダライラマ講演1

ダライラマ講演2

















京都精華大学
ダライ・ラマ14世講演会
京都精華大学
創立45周年記念事業
11.24講演録 (2013)


キトラ古墳は当時の死生観を示しているものではなく、
死者が死後の世界を見ることができるように、
死者を応援しているのではないでしょうか?


キトラ古墳 キトラの世界


2015_05_17


なぜ黒でなく、赤でもなく、「青」なのか? (4月15日 東洋経済ONLINE)
――「青ペン書きなぐり勉強法」を実践した高校生たちが、ハーバード、東大、京大、早慶など、難関大学
への現役合格を達成したというお話を伺いました。なぜ、黒や赤ではなく「青」が効くのでしょうか?
「青ペン書きなぐり勉強法」には、2つの技があります。
ひとつは「青ペン記憶術」、もうひとつは「書きなぐりノート術」です。
青ペン記憶術は、ノートに覚えたいことを書きまくるというシンプルな手法で、「記憶力が飛躍的に向上する」
効果があります。「記憶」に、青という色が、なぜ大きくかかわるのか。 
記憶力向上に結び付く青ペンの効果として言われているのが「鎮静効果」と「印象効果」です。
 「鎮静効果」とは言い換えれば、リラックスできるということ。
 行動生理学の観点から、青には興奮した気持ちを鎮め、落ち着かせる効果がある
 と言われています。青い文字を書き連ねることで、リラックスした状態で、
 勉強に集中することができるのです。
 一方、よく採点や添削で使われる「赤」は、「興奮」の色。闘牛士の商売道具です。
 強調したい箇所をマークするには有効ですが、リラックスには逆効果。あるOBが、
 「赤で書き連ねると、呪われたみたいな気分になる」と表現していました(笑)。
 もうひとつの青の特長「印象効果」とは、記憶に残りやすい、という意味です。
 なぜ記憶に残りやすいのか。私たち日本人が普段使う筆記具は、鉛筆もペンも、
 ほとんど「黒」がメインです。
 つまり、普段見慣れていないからこそ、覚えやすいという効果があるようなのです。
ちなみに、日本には「墨の文化」があるので、ノートをとるときは「黒が基本」ですが、欧米では違います。
ヨーロッパでは、契約書にサインをするときも、子供たちが勉強するときも、万年筆のインクも全部「青が
基本」。青は「ユニバーサルカラー」とも言えるかもしれません。実際、卒塾生や知り合いのビジネス
パーソンたちも、外資系に勤務している人は、青ペンと方眼ノートを定番で使っている人が多いと感じます。

青い街灯
ハリースポッター 「青い街灯 in 美浜 」

犯罪防止や自殺防止に効果がある?とされる青色の光。
ただ、導入初期には「珍しい」という効果もあるでしょうから、
青色ばかり使えば、「印象効果」は薄れていくような気がします。
しかし、「冷涼感」があることは間違いありません。
お化けがでてきそうな感じもします。


5月14日気温

昨日の全国の気温(午後2時)。青いと寒そうな感じがします。
低温側を赤色で表記したら、ものすごく変な感じがするでしょう。
それにしても、ものすごい温度差です。


シリウス連星
シリウスAとシリウスB(NASA による想像図)
左の大きな星がシリウスA、右の青い星がシリウスB

ただし、青色が冷たいのは感覚的なものです。
表面温度がシリウスAの9900Kに対して、シリウスBは25200K。
シリウスBは、白色矮星というより青色矮星ですね。
赤いということは低温、青いということは高温だ
ということになります。
(Kはケルビン。温度の単位で、273.15を引くと℃になります。)



2015_05_15


ついに全米発売、「ゼロ・トゥ・ワン」の衝撃度
競争は負け犬がするものだ、独占せよ (2014年9月16日 東洋経済ONLINE)
 (前略)ティール氏は折りに触れて、世界を変えるようなイノベーションの大切さ
 を説く。われわれの文明や文化は、「テクノロジーの進化が加速することを
 前提に成り立っている」からだという。だが大半の人々は、画期的な
 イノベーションが「起これば素晴らしいが、起こらなくても大した問題ではない」
 程度の認識だと、同氏は警鐘を鳴らす。
  「たとえば、代替エネルギー。『これが世界で最も大切な問題だ』と考え、
 注力すれば実現するが、『放っておいても解決する問題』とみなせば、
 実現しない」(母校スタンフォード大学で行われたTEDxトークでの講演より)。
 また、ティール氏は、スタンフォード大学ロースクール卒業後、30歳でペイパル
 を創業するまで法律と金融の仕事に就いていた「回り道」の経験から、
 「新しいことを始めるのに待つ必要はない」(9月10日付フォーブス電子版、
9月29日号掲載)と説く。こうした持論の下、2011年には、20歳以下の大学生約20人に起業のための
奨学金を与える「20 Under 20(トウェンティー・アンダー・トウェンティー)」基金を発足させた。
「大学を中退すること」を条件とし、2年間で1人につき10万㌦(約1070万円)を支給する。
中退を強いることへの批判に対しては、「起業がうまくいかなければ大学に戻ればいいだけの話で、
さほどリスクはない」と、意に介さない。
これまで選ばれた奨学生の出身地は、シリコンバレーやニューヨーク、ソルトレイクシティといった
国内都市にとどまらない。ロンドンやシンガポール、トロント、ニューデリー、北京など、グローバルだ。
一方、「よりリスクが大きい」のは、卒業後、多額の学生ローンを返済するために不本意な仕事を
何年も続けることだと、ティール氏は言う(英誌エコノミスト主催のイベントでのビデオインタビュー)。
借金に縛られ、やりたいことをやれず、若者が「未来を奪われる」ことの方が、はるかに大きな問題だという。
不毛な競争で消耗するな
誰も知らない、誰も試していないことは何か。まだ解決されていない問題は何か。既存のサービスや
製品を後追いし、不毛な競争で消耗するより、10~20年先を見据えて計画を立て、世界を変える
イノベーションを興し、「ゼロから1」をつくり上げろ――。
カリスマ・ベンチャーキャピタリストの言葉は、はたして日本の起業家志望の若者たちの胸にどう響くだろうか。

電機各社の時価総額

イデオロギーとしての競争 ~ZERO to ONE ピーター・ティール~
クリエイティブな独占環境では、社会に役立つ新製品が開発され、クリエイターに持続的な利益がもたら
される。競争環境では、誰も得をせず、たいした差別化も生まれず、みんなが生き残りに苦しむことになる。
それなら、なぜ人は競争を健全だと思いこんでいるのだろう?それは、競争が単なる経済概念でもなければ、
市場において人や企業が対処すべきただのやっかいごとでもないからだ。何よりも、
競争とはイデオロギーなのだ。社会に浸透し、僕たちの思考を歪めているのが、まさにこのイデオロギーだ。
僕たちは競争を説き、その必要性を正当化し、その教義を実践する。その結果、自分自身が競争の中に
捕らわれてしまう―実際には、競争すればするほど得られるものは減っていくのに。
それはわかりきったことなのに、僕たちはそれを無視するように刷り込まれる。(中略)
社員は出世のためにライバルとの競争に執着するようになる。企業もまた、市場の競合他社に執着する。
そんな人間ドラマの常として、人は本質を見失い、ライバルばかりを気にするようになる。(中略)
負けるよりは勝った方がいいけれど、戦争自体に闘う価値がなければ、全員が負ける。

不毛な競争があるのではなく、競争はすべて不毛なのだ。
核戦争に勝つようなもの。
「青」を見て、競争なんか忘れよう!

青い空と海





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> 海・海岸の風景 > 水平線  「青い海と水平線」

青い宇宙を見て、ちっぽけなことは忘れよう!
青い宇宙
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blue galaxy-Space exploration secret wallpaper Wallpapers View

生物の青も美しい!心が落ち着く。
青い夜光虫
wondertrip > 幻想的な光景を生み出す爽やかなスカイブルー『三河湾の夜光虫』

青色のクラゲ
ナショナルジオグラフィック日本版サイト > 10億匹の青いクラゲが大量死、米国西海岸で
これはイマイチ癒されないな。


2015_05_13


読書の4つの大事さについて語ってみる (2014年10月8日 もりべや
1.違う考えに触れる大切さ
本は著者の考えが詰まっており、読者にわかりやすいように書かれている。
それを読むだけで、「ああ、こういう考えや見方があるのか」と新しい世界、新しい考えが生まれる。
それが解決策にならなくても、知ることで今の問題や悩み、葛藤を違った角度や離れた場所から
見ることができる。これが大切な読書の意義だと思う。
2.道が切り開ける
他人の考えを知ることで、新しいものが見つかる可能性がある。
知らない世界を知ることだったり、仕事について新しいアイディアをもらったり。
多くの成功者が読書のおかげで、成功している事実も見逃せない。成功するには勤勉さが大事。
その一歩が読書だと思う。ちなみに、成功は金銭的な成功に限定したものじゃない。
家庭生活、人間関係、健康などたくさんある。
3.生産的なことに没頭する大切さ
仕事以外に没頭できるものがあれば、仕事もほどほどにして、そちらもしたいとなる。
それがゲームだと、悪いとはいえないけど、生産的でないので周りの目は冷ややかになる。
これが読書であれば、割に歓迎される。
そうして、読書をしていくと不思議なほどに頭が澄んできて、洗練される気がする。
4.情熱がよみがえる
世の中にブームがあるように、個人内にも波があります。あれだけ熱心にのめり込んでいた
ものが、色褪せる。そういう時は無理せずに続けずに距離を置くことも大事。
同じように気持ちが前向かなくなることもある。読書をすると、不思議に気持ちが蘇る。

読書猫
はてなフォトライフ > ティアの落書き > イラスト >f:id:tia_xx:20091114141357p:image

By focusing on accountability, people take a bigger view of themselves.
That’s not vanity, not pride, but it is self-respect and self-confidence.
It’s something that, once gained, can’t be taken away from a person.
It’s outside of me but also inside of me.
(訳は記事の最後)

 本には色々なタイプのものがあるでしょうが、買って読むのなら、難しいことは書かれて
 いないけれど奥が深い内容の書かれた本がいいでしょう。一度読んだだけで理解できる内容
 というのは、既に自分がある程度分かっていることなのです。自分の思ってもみないことを
 知るためには、二度、三度と読んでみて、新たな「気づき」や「発見」をすることが大切です。
 著者が日本人でない場合、英語と日本語の両方を読むことは、著者の言葉をかみしめる
 という観点から、意味があります(日本語がないと、自分の解釈が正しいかが分からない)。
 奥の深い内容は、翻訳者もどう訳せばよいか悩むのではないでしょうか?
 読書をしながら、人生論、マネジメント、英語を同時に学ぶのは効率的だと思いませんか?
 この点からすると、ドラッカーの文章はとても役に立ちます。
 ドラッカーの文章はなんとなくなら分かるのですが、真意をつかむのはとても難しいです。

責任といえば、accountabilityとresponsibilityの2つがあります。日本語で「アカウンタビリティ」は説明責任
という意味で使われていますが、accountabilityは、外部に対して負っている責任というニュアンスがあるように
思います。ドラッカーの意図を汲んで考えると、果たすべき貢献に関する結果責任という感じでしょうか?
ドラッカーは「肩書や地位がいかに高くとも、権限に焦点をあわせる者は、自らが単に誰かの部下であること
を告白しているに過ぎない。これに対し、いかに若い新入りであろうと、貢献に焦点をあわせ成果に責任を
もつ者は、もっとも厳格な意味においてトップマネジメントの一員である」と言っています。
日本の大企業の(生え抜き)社長は自分の権限には焦点を合わせているくせに、accountabilityを軽視する
傾向がないでしょうか?例えば、原発事故が起きたときの東京電力の社長・・・
自分にaccountabilityがあるという自覚が完全に欠如しています。会社を変えなくていいのならよいのですが、
痛みを伴う改革を断行しなければならない状況におかれたとき、会社がそこそこ利益を出している状況で、
生え抜き社長に改革ができるでしょうか?きっと、前任の社長を否定するような経営判断はできないでしょう。
一般的にいえば、創業者や跡取り社長のほうが、accountabilityを自覚しているような感じがします。
bigも意外に難しいように思います。ここでは、自分自身を以前よりbigな視点で見るようになるということです。
日本語で「ビッグになる」というと「大物になる」という意味ですが、bigにもそういう意味があります。
ですので、その次の文章で前文を受けて(that is)、bigに関する説明をしています。
しかし、その次の文章は、it isになっています。さらにその次の文章も、it isになっています。これは、
「前文を受けてthat、それは・・・となる。そして、その次の文章では、thatではなくitを用いる。
つまり、第1文→ 第2文では前文をthatで受ける→ 第3文以降は it で受ける」ということです。
このような形をした文章を直訳することは可能ですが、読みやすい日本語には訳しにくいと思います。

外なる成長、内なる成長 ~ドラッカー名言集 P.F.ドラッカー~
責任に焦点を合わせるとき、人は自らについてより大きな見方をするようになる。
うぬぼれやプライドではない。誇りと自信である。一度身につけてしまえば失うことのない何かである。
目指すべきは、外なる成長であり、内なる成長である。


2015_05_11


突然ですが・・・AとBは同じ色でしょうか?違う色でしょうか?答えは最後。
色の見え方元絵 現実は、自分とは切り離されたところに存在し、
 自分の知らない事実を知ることが
 「学習」であると、多くの人が信じています。
 色は本当に存在しているのでしょうか?
 それとも、人間が感じることによって、
 生まれているものなのでしょうか?
 どちらが正解なのか知りませんが、
 それほど簡単な問題でないことは確かです。
 
 
なぜゲーテの研究は注目されなかった (キヤノン > 技術のご紹介 > サイエンスラボ > サイエンスラボ
・キッズ > 光のなぞ > 有名な文学者ゲーテは色の研究もする科学者だったって、ほんと?)
 ゲーテ(1749-1832)は、植物のこと、動物と骨のこと、天気のこと、そして光と色
 のことなどの研究にとても熱心に取り組み、新しい考え方を発見しました。
 考えはざん新で、たとえば、植物の研究では、50年くらい後に発表された
 ダーウィンの「進化論」のような考え方が出てきます。
 けれど当時、ゲーテは科学者として認められませんでした。その原因は、
 ゲーテが実験でわかるデータより、人間が受け取る「感覚」にこだわりすぎたからです。
 光と色を研究して書いた『色彩論(しきさいろん)』で、ゲーテは、ニュートン (1643
 -1727)のように光線の道すじや角度のデータで色を理解することに反発をしています。
 人の目が色を見るときどんなふうに見えてどんなふうに感じるのか、
 人間の体験を中心に観察するのが大事だと考えたのです。
 そのころはニュートンの光の研究から100年ほどがたち、ニュートンの考え方が
認められて研究が進んでいました。「目が色を感じるのは目の細ぼうが赤・緑・青を感じるから」
というトーマス・ヤング(1773-1829)の「光の三原色論」が登場したころです。ゲーテのニュートン
批判にまちがいがあった(※)こともあり、ゲーテの考えはまったく受け入れられませんでした。(※は省略)
いまゲーテの『色彩論(しきさいろん)』は、こころの動きを研究する「心理学」の考え方に近くて、
「色彩(しきさい)心理学」「知覚心理学」という研究分野の先がけだと考えられるようになってきています。

【ゲーテが行った色の残像テスト】  ~テストのやり方~
1. 上の図(本記事では下図の左)の色円の中央の点をじっと20秒ほど見つめる
2. 下の図(本記事では下図の右)の点に目をうつすと、下に色の円が見えるようになる
下に見えた色の円は、黄色部分がむらさき色に、赤色部分が緑色に、と、対角線上の色が反対になって見える。
この現象は「有色残像」といい、有色残像では色が反対色(補色)になって見える。
ゲーテは「補色」の言葉を知らなかったが、残像で補色が見えることに注目していた。
残像テスト

わたしには、赤色しか残像がはっきり見えませんが、
確かに、反対側(右側)が赤色であるように感じられます。
さて、はじめの問題の答えは、「AとBは同じ色」です。
これは、「色の不思議」なのでしょうか?
それとも、わたしたちの色の感じ方が不思議なのでしょうか?

色の見え方
Spotlight > おもしろ・ネタ
AとBは同じ色?『○○をすれば同じ色に変化する不思議な画像』がTwitterで話題に!


2015_05_09


「人々は箱舟を造るノアを嘲笑していた。洪水になる前、
ノアが箱舟に入るその日まで、人々はノアの言葉に耳を貸さず、
普段どおりの生活をおくっていた。そして、本当に洪水が
襲って来て一人残らずさらうまで何も気がつかなかった。」
ロサンゼルス地震で高速道路が崩壊したとき、専門家は「日本では
このようなことは起きない」と言った。その1年後、阪神大震災。
スマトラ島沖でマグニチュード9.1の地震が起きたとき(2004年)、
専門家は「日本近海ではマグニチュード9クラスの大地震は起きない」
と言った。その6年3ヶ月後、東日本大震災。
チェルノブイリ原子力発電所事故が起きたとき、
専門家は「日本ではこのような事故は絶対に起きない」と言った。
その25年後、福島第一原子力発電所事故。

福島第一原発

 Japan’s Disastrous “Safety Myth”: Ignoring the Lessons of Minor
 Nuclear Incidents
([2015.04.30] nippon.com
 Fukushima Disaster Could Have Been Prevented
 What exactly were the lessons of 1995?
 The first thing to note is that until then both the Japanese government
  and people had relied on the myth of absolute safety and had never
 considered coming face-to-face with a worst-case scenario.
 This became obvious in each and every one of the crises.
 Naturally, alarm bells were sounded in various quarters,
 but government offices in particular had established systems and
 proceeded generally based on the assumptions of the safety myth.
 It was taboo, at least internally, to call these assumptions into question.
 Although the successive crises of 1995 flatly contradicted the safety myth, there were
 no later moves to construct a crisis management system allowing for the possibility of risk.
 A number of sectors continued to shelter under the umbrella of the safety myth,
 refusing to face up to reality.The biggest offender was the nuclear industry.
 If it had learned from past accidents, freed itself from the myth of absolute safety,
 and taken reasonable countermeasures, the crisis at Fukushima Daiichi Nuclear Power
 Station, caused by the 2011 tsunami, might not have taken place. And that is not all.
 It was the nuclear industry’s continued stubborn insistence on the safety myth that
 triggered the extreme reaction in public opinion against nuclear power after the accident.

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」は、わたしたちがずっと繰り返してきた
ことなのでしょうか?人間は学習できない生き物なのかもしれません。
ところで学習といえば、nippon.comには、日本語と英語の両方で
掲載されている記事もあって便利。上の記事は日本語では以下のとおり。


「安全神話」は国を滅ぼす——霧の中に隠し続けた原子力のリスク
「神話」を捨てていれば福島第一の惨事はなかった(4月14日 nippon.com
そもそも95年の教訓とは何だったのか。一言でいえば、それまで日本は政府も社会も「安全神話」
に頼り切っていて、最悪の事態に直面することなど想定していなかった。そのことを「ABCD」すべて
の局面で思い知らされたことだった。もちろん、警鐘は様々な形で鳴らされていたが、特に役所では
「安全神話」を前提にシステムが組み上げられて物事が動いており、「神話」を否定することは
少なくとも内部では許されない行為だった。
95年に次々と起きた事態は、「神話」を否定するものばかりであった。
しかしその後、神話を前提としない危機管理体制が組み上げられたかというと、そうではなかった。
「神話」の陰に隠れて、現実を見ようとしていない分野があちらこちらに残り続けたのである。
その最たるものが、Aの危機の分野、つまり原子力の分野だった。過去の事故の教訓から、
「絶対安全」という前提から抜け出し、合理的な対策をとっていれば、2011年の東日本大震災
における福島第一原子力発電所の事故は起きなかった。それだけではない。
それまであまりにかたくなに「絶対安全」が唱えられ続けた反動で、事故後、世論は極端な原発
拒否へ振れてしまった。皮肉なことだが、原子力安全神話がこの20年で一番変わることになった。
※「ABCD」危機:「ABC(Atomic Biological Chemical)危機」+「D(Disaster)」


2015_05_07


ジョブズ名言2人間もコンピューターも学習が大切。
本当の学習は覚えることではありません。
自分が何をすべきかを決定することです。
決定したものについては、
ちょっとやそっとのことでは揺るがない
強さを持っていなければなりません。
過酷な環境においても絶対に崩れない
頑健性が必要なのです。
そのためには膨大なパワーを要します。
人にとってもコンピューターにとっても。
天才とは・・・
次の英文を和訳せよ。(解説は後半)
Genius is one who can take pains and keep at one thing and not,
as is generally thought, one who dashes off work.

これを、グーグルの翻訳にかけるとこうなります。
「天才は、痛みを取ると、一般的に考えられているように、一つのこと
ではなく、維持することができます1、仕事を離れてダッシュです。」
申し訳ありませんが、全くもって意味が分かりません。


なぜいままで人工知能が実現しなかったのか
~人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの 松尾 豊~
(前略)機械学習では、何を特徴量とするかは人間が決めないといけなかったということである。
人間がうまく特徴量を設計すれば機械学習はうまく働き、そうでなければうまく動かない。これらの
問題は、結局、同じひとつのことを指している。いままで人工知能が実現しなかったのは、「世界から
どの特徴に注目して情報を取り出すべきか」に関して、人間の手を借りなければならなかったからだ。
つまり、コンピューターが与えられたデータから注目すべき特徴を見つけ、その特徴の程度を表す
「特徴量」を得ることができれば、機械学習における「特徴量設計」の問題はクリアできる。
  ディープラーニングが新時代を切り開く
(前略)ディープラーニングは、データをともに、コンピューターが自ら特徴量を
 つくり出す。人間が特徴量を設計するのではなく、コンピューターが自ら
 高次の特徴量を獲得し、それをもとに画像を分類できるようになる。
 ディープラーニングによって、これまで人間が介在しなければならなかった
 領域に、ついに人工知能が一歩踏み込んだのだ。(中略)
 ディープラーニングに代表される「特徴表現学習」は、黎明期の革新的な
 発見・発明に匹敵するような大発明だ。特徴表現をコンピューターが
 自らつくり出すことは、それくらい大きな飛躍なのである。(中略)
 とはいえ、ディープラーニングによって人工知能が実現するというのは
 短絡的すぎるし、いまのディープラーニングは足りないところだらけだ。

今回も、恐るべし「and」。特に2つ目の「and」は、挿入句付きの難所に
なっています。下の図のように描かれていれば、理解できるのですが・・・

英文構造2
英語 構文の見破り術 その1」を元にして図を作成

(直訳)天才は、苦労して一つの事を続けていける人であり、一般的に
考えられているような、一気に仕事を仕上げる人ではありません。




2015_05_05


次の英文を和訳せよ。(解説は後半)
This disbelief is quite understandable and results from a very common
but mistaken conception of what mathematics really is.

これを、グーグルの翻訳にかけるとこうなります。
「この不信感は非常に理解しやすいとの非常に共通だが誤解概念から
生じます 何数学は本当にあります。」
今、何かとディープラーニングが話題になっていますが、
本当にコンピューターは学習できるようになるのでしょうか?
ぜひ、実用的な英語翻訳の実現を!できるだけ早く!


機械翻訳の難しさ ~人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの 松尾 豊~
機械翻訳は、人工知能が始まって以来、数十年にわたって研究されているが、困難な課題のひとつである。
1990年代からの「統計的自然言語処理」によって、性能は大きく向上した。グーグル翻訳などは
すばらしい技術ではあるが、それでも、翻訳の精度はまだ実用に耐えるものではない。
コンピューターが勝手に翻訳してくれるようになれば、日本人も英語の勉強にこんなに苦労しなくても
すむのだが、機械翻訳というのは、非常に難易度が高い技術である。
何がそれほど難しいのだろうか。たとえば、こんな例文を考えてみよう。
「He saw a woman in the garden with a telescope.」
(逐語訳をすると「彼 見た 女性 庭の中で 望遠鏡で」となる)
たいていの人は、これを「彼は望遠鏡で、庭にいる女性を見た」と訳す。
 読者の方もおそらくはそう読んだのではないかと思う。
 ところが、実は、この解釈は文法的には一意に定まらないのである。
 庭にいるのは彼なのか、それとも女性なのか。
 望遠鏡を持っているのは彼なのか、女性なのか。
 実際、グーグル翻訳では、「彼は望遠鏡で庭で女性を見た」と訳される。(中略)
 単純な1つの文を訳すだけでも、一般常識がなければうまく訳せない。
 ここに機械翻訳の難しさがある。一般常識をコンピューターが扱うためには、
 人間が持っている書ききれないくらい膨大な知識を扱う必要があり、
 きわめて困難である。コンピューターが知識を獲得することの難しさを、
 人工知能の分野では「知識獲得のボトルネック」という。


恐るべし「and」「but」。何と何を結ぶかは文法的には確定できない。
下の図のように描かれていれば、理解できるのですが・・・
英文構造1
英語 構文の見破り術 その1」を元にして図を作成

(直訳)この不信は全く理解できるものであり、数学が実際のところ
何であるかという、とても一般的であるが誤った概念に起因する。



2015_05_03


ジョブズ名言

(前略)人々がより効率よく仕事ができるための箱(コンピューター)を作る会社ではない。もちろん、
そこにはものすごく長けているが、それだけではない。Appleの芯となっている価値は、自分が世界を
変えられると、本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えていけると信じているところにあるんだ。
我々にはそういう人たちと一緒に働く機会が与えられている。あなた方のような素晴らしいソフトウェア
デベロッパーと働く機会があるし、そういう人たちは大きさに関わらずみんなそう信じてきたんだ。そして
我々は、この小さな世界で、世界を良い方向へと変えることができるんだと本気で信じている。そして、
世界を変えることができるんだと信じてしまうほどクレイジーな人たちこそが、世界を変えると信じている。
だからブランド名だけで売れる時代が終わった今、我々がすることは、この価値観に立ち戻ることだ。
色々なことが変わってきたし、市場は10年前とはまったく違う場所になった。製品も普及の仕方も
生産方法も、全てがまったく違う。でも価値というもの、芯にある価値観というものは変わってはいけない。
Appleがコアバリューに信じていたものを、どうやって伝えることができるのかを考えた。
そこで思いついたものは、これまでに世界を変えた人々に敬意を示すことだ。その中には現存の人も、
亡くなった人も含まれている。(中略)
世界を本気で変えられると信じている人たちこそが、世界を変えていくことができる。 ~TABI LABO
「私たちは何のために働くのか?」復帰直後のジョブズが、社員に送ったメッセージが深い・・・~



心理占星術における太陽の定義:欲求充足のための燃料
自己実現の為の燃料・エネルギー (2012年12月11日 新里ひろきの心理占星術
従来の心理占星術においては「自我(エゴ)」もしくは「自我の男性面」として定義される事が多い
太陽ですが、ティル流占星術では太陽を「欲求充足のために使う燃料・エネルギー」として定義します。
牡羊座の太陽を持つ人は牡羊座の燃料を使って活動し、牡牛座の太陽であれば、
牡牛座のエネルギーを用いて欲求充足を果たしている、という風に考えます。
「燃料」「エネルギー」という定義から、太陽について以下の二つの考えが生まれます:
1)活力(やる気、充足感)を得る為に必要な経験
2)欲求充足に用いるエネルギー
この二つの考えを、地水火風の4つのエレメントに応用して考えてみます。
火の星座(牡羊・獅子・射手)の太陽
我の強いエネルギー。人から認められる、尊敬・尊重される、勝利・達成する、リスクを冒す、
冒険心を刺激する、大胆に自己表現する、等といった体験が活力につながります。
自己主張、リーダーシップ、行動力、独立精神等のエネルギーを使用して欲求充足をめざします。
地の星座(山羊・牡牛・乙女)の太陽
現実的なエネルギー。目に見える何か(例:地位、財産、ビジネス、作品、団体など)を実現する、
築き上げる、永続させる。責任ある立場につく。技術を高めてマスターする。価値あるものを
手に入れる、又は作り上げる、等の体験が活力を生みます。冷静な観察力、目標と野心、地道な努力、
細心の配慮、組織的能力、責任感といったエネルギーを使用して欲求充足をめざします。
風の星座(天秤・水瓶・双子)の太陽
社交的で理知的なエネルギー。人と仲良くなる、好かれる、人気者になる。新しい事を学ぶ、教える。
状況を分析する。大局的な視点を持つ。集団に属する、社会に影響を与える。人から感謝される事を
する、等の体験が活力につながります。コミュニケーション能力、社交性、人脈、知識、知性、分析力、
革新性といったエネルギーを使用して欲求充足をめざします。
水の星座(蟹・蠍・魚)の太陽
情感的で神秘的なエネルギー。何かを愛情込めて育てる。自己の内面を分かち合う。深い感情を味わう。
夢や幻想に触れる。信頼する。人を赦す。安心して無防備な自分を見せられる人を見つける、等の体験
が活力につながります。他者への共感と理解、愛情、直感、想像力、信念(信仰)、感受性といった
エネルギーを使用して欲求充足をめざします。
あなたのホロスコープにおける太陽
出生図における太陽は、あなたが「活きている」と感じるために必要なエネルギーを表しています。
心理占星術においては、太陽星座に加えて、太陽の位置するハウスや、太陽と角度(アスペクト)を
とっている天体の影響も考慮します。
「私の燃料って何なのだろう」「どうすればエネルギー回復できるのだろう」といった視点から、
ご自分の「太陽」をもう一度ご覧になってみては如何でしょうか。


わたしたちは何者なのか?そして何者ではないのか?
何のために働くのか?そして、何のために働くのではないのか?
簡単に答えられることではありません。
ひとつ言えることは、心にも燃料が必要だということ。
物理的に生きていくために、水と食料が必要であるように・・・
太陽は、物理的にも精神的にも巨大なエネルギーの塊。
太陽エネルギーの恩恵は、火・地・風・水によって異なっている。
一般的な占星術では、星座ごとに火→地→風→水となっているけど、
本来は、火→地→風→水でホロスコープを一回転するもの。
わたしたちには、火・地・風・水、すべてのエレメントが必要。
でも、どのエレメントのエネルギーをより必要とするかは、
人によって大きく異なっているのです・・・
魚座生まれのジョブズは、「水」ではなく、「火の人」でしょう!




四大元素ホロスコープ



2015_05_01


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書籍の紹介

龍女「みなみ」からあなたへの
不思議なメッセージ集
新感覚のファンタジー!!

書籍表紙

不思議の国の「みなみ」
 宇宙へつながる秘密基地

「みなみ」 今月のメッセージ

対馬(津島)と神津島
を結ぶライン上に、
沖ノ島があるの。

プロフィール

舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:46歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

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