陰陽魚 “太極図”. ウィキペディア日本語版. 2014-05-31.(参照 2015-02-27).
この形(下の左図)をした太極図は、陰陽太極図、太陰大極図ともいい、太極のなかに陰陽が生じた様子
が描かれている。この図は古代中国において流行して道教のシンボルとなった。白黒の勾玉を
組み合わせたような意匠となっており、中国ではこれを魚の形に見立て、陰陽魚と呼んでいる。
黒色は陰を表し右側で下降する気を意味し、白色は陽を表し左側で上昇する気を意味する。
魚尾から魚頭に向かって領域が広がっていくのは、それぞれの気が生まれ、徐々に盛んになっていく様子を表し、
やがて陰は陽を飲み込もうとし、陽は陰を飲み込もうとする。陰が極まれば、陽に変じ、陽が極まれば陰に変ず。
陰の中央にある魚眼のような白色の点は陰中の陽を示し、いくら陰が強くなっても陰の中に陽があり、
後に陽に転じることを表す。陽の中央の点は同じように陽中の陰を示し、いくら陽が強くなっても
陽の中に陰があり、後に陰に転じる。太極図は、これを永遠に繰り返すことを表している。魚眼の位置は
下記で述べるように古来のものでは左右に置かれていたが、現在流行のものは上下に置かれることが多い。
これを陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ずることを表しているとするのは乾・坤を上下に配する先天図に
よる説明様式であり、陽中の陰、陰中の陽とするのは離・坎を上下に配する後天図による説明様式である。
これは次項の来知徳太極図の影響を受けていると考えられる。
この陰陽魚の太極図の作者は分かっていない。その起源となる図[1][2][3]について(図1は下の右図。
他の図は省略)について早くに言及したものに明初の趙撝謙『六書本義』がある。
しかし、そこでその名称は太極図ではなく、「天地自然之図」または「天地自然河図」であった。
これは三皇五帝の伏羲が天地自然に象って八卦を作ったという伝説や黄河から現れた龍馬の背にあった
河図にもとづいて八卦を作ったという伝説による。趙撝謙はこの図を蔡元定(朱熹の弟子)が蜀の隠者から
得て秘蔵していたもので、朱熹も見たことのなかったものだと述べている。
その後、章潢の『図書編』において「古太極図」の名で収録され、また趙仲全『道学正宗』ではこれに円内を
八等分する四線の入った図を「古太極図」として収めた(図は省略)。清代になると考証学が隆盛し、
胡渭は『易図明辨』を著して宋学の図書先天の学を攻撃し、これらの図は道教に由来して儒教のものではない
とする論を展開した。そして、「古太極図」は五代末の道士陳摶が伝えたという3つの易図の一つ「先天図」
であり、錬丹術の基本典籍『周易参同契』に由来するとした。
これによりこの図は「陳摶先天図」「先天太極図」などとも呼ばれるようになった。

陰陽魚

太極図といえば、多くの人が上の左図のような陰陽魚の形を思い浮かべると思いますが、
これを誰がどのような理由で作ったのかは明らかになっていないようです。後の時代になって、
様々な人がこのシンボルを取り上げるようになったみたいですが、元の意図は失われているように思います。
ここからは勝手な想像ですが、「はじめ」は、筒のようなものに2つの陰陽魚が書かれていたのでは
ないのでしょうか?この筒を陰陽筒と呼ぶことにします。
作りかたは簡単です。陰陽魚とそれを両軸反転させたものを横に並べ、これを紙に書きます(印刷します)。
2つの陰陽魚が前後の関係になるように、この紙を丸めて円筒をつくり、つっつけた部分を固定(糊づけ)
すれば出来上がりです。作るのは簡単ですが、これを平面に示すのは容易ではありません。
下の図は、陰陽筒を90°ずつ角度を変えて撮った写真を並べたものです。

陰陽筒

なぜこの形が必要であるかといえば、前々記事(40-7)で書いている「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」
を陰陽魚上で回転させるためです。なぜ、「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」を陰陽魚上で
回転させようとしているかといえば、2回転して元に戻るようにしたかったからです。
なぜ、2回転して元に戻るようにしたいかといえば、物質を構成する素粒子のスピンが1/2だからです。
陰陽論が万物生成を示しているというからには、どうすれば2回転で元に戻るのかを説明する必要があります。
陰陽魚を「はじめ」に考えた人が万物の生成についてどのような説明をしたのか分かりませんが、
当時の人には理解されなかったのでしょう。しかし、何を言っているのか分からないが、どうもこの人は真実を
語っていそうだということで、不完全な形で後世に伝えられたのかもしれません。想像に過ぎませんが・・・

「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」のうち、まずは両端にある「スペード、ハート」を考えます。
陰陽筒にある2つの陰陽魚の外周を「連結されたスペードとハート」
が回転できることを確認することにします。どこからスタートしてもよいのですが、
陰陽魚のなかにある陰の魚尾(陰の始まる地点)にハート、陽の魚尾にスペードを置きます
(陰陽筒にある陰の魚尾の始点は、ふたつの陰陽魚ともに同じ点です。陽の魚尾についても同じ)。
下の左図に示す陰陽筒では、ハートが右、スペードが左になります(図には魚尾の部分は見えていない)。
これを回転させるわけですが、下の左図では、はじめに手前の陰陽魚の周りを回り、後で、奥にある
陰陽魚の周りを回って2回転しています。反対側から見れば、逆に見えるのですが、
この陰陽筒を、はじめに手前の陰陽魚の周りを回転する方向から見ることに固定させた場合、
「連結されたスペードとハート」について、右への回転と左への回転は別のものとして区別されます。
つまり右回りと左回りがあるのです。
ここでは左に回してみます。下の右図は、はじめにスペードがある位置で筒を切って開いたもので、
(ですので、スペードは右端にあるともいえるし、左端にあるともいえる)、左の陰陽魚が筒の手前です。
図のように、一回転目として左の陰陽魚を回ったあとに、二回転目で右の陰陽魚を回ることが可能です。
このような回転のしかたをすれば、ずっと回り続けることができます。
そもそも、「スペード、ハート」だけなら陰陽魚はひとつでいいのですが、「ダイヤ、クラブ」を回転させる
ためには陰陽魚がふたつ必要になるのです(次記事に続く・・・)。


ハートとスペードの動き


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2015_02_28


宇宙ヤバイ 宇宙の不思議ニュースのまとめ (2011年8月18日更新 NAVERまとめ)
宇宙の摩訶不思議なニュースをまとめ。宇宙は本当にすごい。私たちが知っていることは
事実の数パーセントにも満たないのかもしれない。そんなロマンあるニュースをまとめてみる
・土星の輪に超巨大エイリアンマザーシップが存在 あまりに大きなエイリアンマザーシップ
・太陽観測で不思議な現象を記録 四角の不思議な物体
・火星で見つかった木々たち 火星の水が溶けてそこから木々が誕生
・火星に石柱状の謎の物体「モノリス」が出現 火星に謎のモノリス発見
・パノラマビジョンでみた火星の表面に、人影 人っぽい何かが写りこんだ火星の地上写真
・火星の地面に埋め込まれていたかような人工的な金属物質のパーツ
・火星の衛星 エロスの表面にあった複数の人工物
・火星で砂に埋もれる人骨発見か NASAが隠す火星の超古代文明バルカン
・月にある不思議なものたち 月面に存在するシャドーと言われる謎の塔
              月面にあるクリスタルタワーという謎の建造物

・オーロラの上にキティちゃん!
宇宙のキティちゃん1
少なくとも、最後のは冗談です(背景の写真はNASA)。
それ以外はわたしの関知するところではありません。



2015_02_26


「ポパー哲学」への手引 付録 頭の電気掃除機ポパー哲学 (ポパー哲学入門)
高坂邦彦 筐底拾遺 > ポパー哲学への手引 ― 科学的・合理的なものの見方・考え方 ― )
5、妥当な認識へのアプローチ 
1 真理であることの「実証」は不可能である

いま仮に、[白鳥は白い]という判断をした人がいるとします。[白鳥は白い] [白鳥というものは白い]
ということは、[すべての白鳥は白い]ということなのですが、この判断が正しいということを事実をもって
証明することができるでしょうか。[あの白鳥も、この白鳥も白い](これを特称肯定命題といいます)
ということから、「すべての白鳥は白い」、「白鳥というものは白い」(これを全称肯定命題といいます)と
いうことの真理性は保証できないわけです。
すべてのということは、文字どおりすべて、つまり、地球上に存在するすべての白鳥を調べてみた上で
なければ言えないことでして、そんなことは実際問題として実行不可能です。(中略)
つまり、自分の考えていることと、目の前の事実が一致したからといっても、それで自分の考えが
正しいということにはならないわけでして、厳密にいえば、[今まで、自分の知っている限りでの白鳥は
みな白かった]ということしかいえないわけです。オーストラリアには黒い白鳥がいるそうでして、そういう
事実が発見されれば、[白鳥は白い]という判断は正しくない、・・・真理ではないということになります。
このように、事実と合致しているから真理だと確信していたことでも、それと合致しない新しい事実の発見に
よって覆される可能性は原理的にあるのです。絶対的なものだと信じられていたニュートンの理論が、相対性
理論や、量子力学の出現によってその絶対性を失ったという事実は、この典型的な例だといってよいでしょう。
2 真理へのアプローチ(誤りの排除)
(前略)要するに、理論を事実とてらし合わせてみて一致したといっても、その理論が正しいということには
ならない。しかし、逆に、一致しないから間違いであるということは断定できる。肯定はできないが、
否定ならできるというわけです。ですから、実証とか検証による理論の正当化は厳密な意味では
不可能であり、誤りを発見し、排除することによって真理に近づくことしかできないとポパーはいうのです。
したがって、真理にアプローチしようというのなら、自分の理論と合う自分に都合のよい事例だけを並べると
いうことによってではなく、事実と合わない間違った考えを発見して捨てていく、間違いの部分を排除して
いくより他に方法はないということになります。間違いの部分をできるだけたくさん切り捨てたものが、
その分だけ他のものより真理に近いということになるわけです。ですから、ポパーの考え方では、
仮説を立ててその実証をするという方法ではなくて、立てた仮説の間違いの部分を事実にてらして
排除していくという方法がとられることになります。できるだけはやく誤りを犯し、それをできるだけはやく
発見し、誤りを排除していくことが、よりはやく真理に到達する道だということになります。

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カール・R.ポパー

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ブラックスワンについては記事21-8にも書きましたが、「定期的に発生する些細な事象」は
予想できても、「誰一人予想もしなかったインパクトのある事象」は予想できないわけです。
これは、サブプライムローンだけでなく、東日本大震災にも福島の原発事故にも当てはまっています。
つまり、ブラックスワンは人間活動だけでなく、自然災害や宇宙で起きる出来事にも当てはまるのです。
演繹法の場合、一度も起きたことのない事象に関する理論をつくることは不可能ではありませんが、
机上の空論だと言われるでしょう。一度も起きたことのない事象は確認のしようがありません。
一方、帰納法の場合は絶対に不可能です。帰納法は、「世界で起きる出来事は全くデタラメに生起する
わけではなく何らかの秩序があり、同じような条件のもとでは同じ現象がくりかえされるはずだ」という
証明不能な原理をもとに論証されているからです。
しかし、いくつ事例があっても理論の裏づけとしては不十分であるのに対し、理論が成り立たないことは
一瞬にして判明します。分かりやすい例が、「東北地方太平洋沖ではマグニチュード9クラスの地震は
起きない」といったものです。小保方さんのように、事実でないことを論文に書く人はいないでしょうが、
都合の悪いデータの除去は当然のように行われています。
事実上、仮説を検証するのに都合のよいデータだけを公表することが暗黙の了解になっているのです。
「正しい前提を正しいアプローチで正しく証明すれば正しい認識が得られるはずだ」という論理も、
ひとつの考えかたに過ぎません。最悪なのは、「正しい前提を正しいアプローチで正しく証明したが、
最終的な結論は間違っていた」というもので、科学者以外の多くの人にとっては、
「正しいとはいえない前提を、正しいとはいえないアプローチで、正しいとはいえない方法で証明した
結果、正しい結論が得られた」でもOKでなのです。

前記事の続きですが、ここで改めて、トランプと陰陽論の共通点を考えてみますと、
トランプのスート(マーク)は4種類であり、これは陰陽論の四象の状態に当てはまります。
四象のどれがトランプのどのマークに当てはまるのかはよく分かりませんが、下の図のように左から、
「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」の順に「A(エース)」を並べておき、一連のものと考えます。
これをすべて一回転させれば、当然のことながら、元の状態に戻ります。
ここで、両端にある「スペード、ハート」は太極図の外周(円)を一回転させる一方、
内側にある「ダイヤ、クラブ」は太極図の陰(もしくは陽)の周りを一回転させてみます。
そうすると「ダイヤ、クラブ」は反転するのですが、「ダイヤ」は反転しても元と同じ状態になる一方、
「クラブ」の状態は反転します。「スペード、ハート」も元に戻るので、「クラブ」だけが反転するのです。
もう一回転させると「クラブ」がさらに反転して、全体として元の状態に戻ります。
つまり、「A」では、元に戻るには二回転が必要です。
次に、同様のことを「2」で考えてみます。「2」の場合、すべてを半回転させれば元に戻ります。
また、両端にある「スペード、ハート」は太極図の外周(円)を一回転させる一方、
内側にある「ダイヤ、クラブ」は太極図の陰(もしくは陽)の周りを一回転させてみますと、
反転する「ダイヤ、クラブ」を含めて、すべてが元の状態に戻ります。
つまり、「2」で元に戻るには一回転でいいのです。
ここでは素粒子には結びつけず、ここまでにしておきます。
「3」以降どうなるかですが、トランプの図柄を眺めてもらえば分かります(絵のカードを除く)。
頭のなかだけで考えると、奇数と偶数で分けられるような感じがしますが、意外に複雑です
(「8」は配置のしかたがカードによって異なり、それによって結果が変わります)。

陰陽とトランプ1と2

しかし、前記事の最後にも書きましたが、陰または陽の周りを回ると進行方向が逆転してしまいます。
二周目に入るところで折り返すような動きをしないためには、太極図が2つ必要になります。
下の図では、陰の動きを示しています。太極図が2つあると、折り返すことなく回ることが可能になります。
ところが・・・陰の周りを回るようにすると陽の周りを回るようにはならず、
陽の周りを回るようにすると陰の周りを回るようにはできません。これでは、「ダイヤ、クラブ」を
同時に回せないことになってしまいます・・・

二陰陽


2015_02_24


トランプ  “トランプ”. ウィキペディア日本語版. 2015-02-13. (参照 2015-02-21).
トランプは、日本ではカードを使用した室内用の玩具を指すために用いられている用語で、もっぱら4種各13枚
の計52枚(+α)を1セットとするタイプのものを指して言うことが多い。「プレイング・カード」「西洋かるた」とも。
歴史 歴史について言うと、起源についてははっきりしておらず諸説あるが、中国など東方で発生したものが
イスラーム圏に、そしてヨーロッパに伝えられた、とするのが、ひとつの有力な説である
起源 起源は諸説あり、古くは古代エジプトに由来するとする説などが存在していたが、現在中国説が最も
有力であり、また、全て東方に発生したものが欧州に移入されたとする点では一致している。これら東方に発生
したものを西アジア方面から復員した十字軍やサラセン人などの手によって欧州に伝えられた可能性が高い。
古代エジプト起源説 1816年にイギリスのサミュエル・ウェラー・シンガーが自著「プレイングカードの歴史」
にて紹介した古代エジプトの神秘哲学がタロットというトランプに表象されていることから非常に古くから
エジプトにトランプがあったとする説。しかし近年の研究で、現存する最古のタロットカードよりも古いトランプ
の現物や記録が存在することなどから、タロットの方がプレイングカードから派生したと考えられ、この説に
関しては現在は否定的な意見が多く、最近ではタロットと古代エジプトの関係も否定されている。
インド起源説 チェスとともに6世紀ごろのインドで発祥したとする説。ジプシーが7世紀ごろにインドから欧州に
伝来したとされるが、信憑性は薄いとされている。
中国起源説 12世紀以前の中国に「葉子」というトランプの一種があったことから、これが欧州に伝わったと
する説。ただし古い時代の葉子がどのようなゲームであったかはわかっておらず、明代以降の紙牌と連続性
があるかどうかもわかっていない。
各地のカード 世界各地のカードは様々である。日本人が"常識"だと思っているのは実は常識ではない。
枚数 1デッキの枚数も20枚から108枚まであり、ヨーロッパでは32枚や36枚というものが多い。
ほとんどの日本人がトランプと言えば「52枚」が常識と思ってしまうのと同様に、イタリアでは40枚であることが
常識であり、ロシアでは36枚であることが常識である。
スート スートも地域によって異なる。
ラテンタイプ イタリア、スペイン及びラテンアメリカ諸国で使われているスートで、剣、カップ、貨幣、杖
(もしくは棍棒)よりなる。剣がスペード、カップがハート、貨幣がダイヤ、杖がクラブに対応する。
ヨーロッパにカードが現れた当初の形式を保っており、16世紀の日本に伝えられたカードもこの形式であった。
各スートはそれぞれ、騎士(剣)、僧職(聖杯)、農民(棍棒)、商人(貨幣)を表すとも言われる。
ただしこれに特別な根拠はなく、俗説のひとつと見た方がよい。プレイングカードをベースに、『トランプ』と
呼ばれる絵札を加えてタロットへと発展する際、小アルカナに付加された、いわゆるこじ付けの一つと思われる。
このため、「占いに使われるタロットカードの小アルカナに愚者(フール)の札を加えてトランプが発生した」と
いう説も間違いとされている。タロットはもともとは遊戯用のカードで、占いに転用されるようになったのは
18世紀になってからである。近年ではタロットの方が、ゲームをより複雑で面白くするためにトランプに絵札を
加えていったのではないか、とされており、逆にトランプからタロットが派生したと考えられている。

マリオトランプ
任天堂 マリオトランプ NAP-03 ネオン任天堂 マリオトランプ NAP-03 ネオン
(2010/07/23)
任天堂

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タロットカードとトランプを比較すると、単にゲームとして用いられるトランプより、
占いに用いられるタロットカードのほうが神秘的なので、タロットカードのほうが昔からあって
タロットカードからトランプができたと思われがちですが、実際はその逆のようです。
ただし、ジョーカーは、近年になってタロットカードの「愚者」がトランプに導入されたものでしょう。
共通点は、どちらも起源がはっきりしないということですが、どちらのカードもゲームに用いられ、
その遊びのなかの一つとして占いに使うこともあったのだろうと考えられています。
ゲームというと単なる遊びのように聞こえますので、ギャンブルといったほうが正確かもしれません。
博打と占いは、誰かが考案したようなものではなく、人類の歴史のはじまりとともにあるといえるので、
古代に盛んに用いられたものであったとしても、詳細を調べることは意外に難しいのです。
トランプだけをもとにしてタロットカードがつくられたのではないにしても、ある程度参考にした
ということでしたら、トランプがどのようにしてできたのか、当時何の目的に使っていたのか
知りたいところですが、トランプのほうは西洋を起源とするものではないようです。
有力な説によると中国ではじまったとのことですが、古代での実態が分かりません。
実は、タロットよりトランプのほうが神秘的なのです。
タロットカードとは異なり、トランプには上下の見分けのつかないものが存在します。
原初のスート(マーク)がどのようなものだったのか分かりませんが、A(エース)においては、
スペード、ハート、クラブは上下の見分けがつくのに対し、ダイヤには上下がありません。
一方、麻雀では、一萬(イーマン)、一索(イーソー)、東(トン)?は上下が区別できるのに対し、
一筒(イーピン)には上下がありません。ダイヤと筒子(ピンズ)は元が同じマークなのでしょう。

なぜトランプの上下にこだわっているかといえば、トランプと陰陽論には関連がありそうだからです。
陰陽論は宇宙の成り立ちを説明したものですが、トランプもその要素のひとつなのかもしれません。
ハートとダイヤのAを円周上で一周させてみると、ハート(スペード、クラブも同じ)では円を一回転
させないと元の状態に戻りません。一方、ダイヤでは、半周すれば元の状態に戻ります。
これを強引に?素粒子論に転用すると、ハートのAはスピン1であり、ダイヤのAはスピン2といえます。
となると、フェルミ粒子といわれているスピン1/2の粒子はどのように説明できるのでしょうか?
スピン1/2は2回転すると元の状態に戻ることを意味しているのですが、円の周りを回っている限り、
一回転して元の状態に戻らないようにはできません。
そこで登場するのが太極図です。この陰(陽でも同じ)の周囲を一周してみると・・・
ハート、スペード、クラブのAならば、太極図の陰の周囲を一周すると、元の位置に戻ったとき、
カードが反対を向くことになります。つまり、
太極図の陰(陽)を一周すると、反転するのです。
ただ図を見ていただくと分かりますが、平面上ですと、反転して、元の位置に戻って、
再び反転していますので、これはスピン3/2であるといえます。
スピンを1/2にするには、太極図は立体である必要があります。つまり、反転(太極図の中心)
したときに、太極図のある平面に対して垂直な方向に向きを変えておかなければなりません。

しかし重大な問題があります。
このままでは、スタート地点とゴール地点ができてしまい、回転し続けることができません。
そこで・・・次回に続くのでありました。


トランプと陰陽論



2015_02_22


ロジカルシンキングをする時に用いられる「ゼロベース思考」の強みと弱み
ゼロベース思考とは?  (2014年4月14日 U-NOTE
ゼロベース思考とは、ある物事について考えるときに既成概念や常識といった先入観を取り払って
フラットな状態から思考を開始する方法です。一般的な思考では、常に常識や既成概念、
先入観といったものが先に立ってしまいます。それらが有効になる場合もありますが、往々にして自由な
発想を阻害してしまい、論理的な思考の妨げになってしまいます。ゼロベース思考とは、余計な要素に
左右されないフラットな思考のための技術であり、公平・公正な思考をするために最適の技術です。
ゼロベース思考のメリット
ゼロベース思考を用いる最大のメリットは、物事をありのままに捉え、本質的な問題を発見することが
できる点です。過去の経験や常識をもとに思考を行う場合、その経験が今では役に立たないものに
なってしまっている可能性もありますし、常識そのものが誤ったものである可能性もあります。
ロジカルシンキングの基礎である論理的思考とは、事実を積み重ねていくことで結論を導き出す技術。
思考に採用した事実の中に間違ったものや誤解が存在する場合、その結論は誤ったものになって
しまいます。しかし、ゼロベース思考を用いることで思考の出発点における誤りを排除し、
余計な要素や情報に左右されない正確な論理を構成していくことができるのです。
ゼロベース思考を用いることで、どのような場合でも常に一定の条件でロジカルシンキングを行うことが
可能になります。前提条件を整えることで本質的な問題を捉えることが可能になり、
どのような状況にも当てはまる客観的で公平な結論を導き出すことができるでしょう。
ゼロベース思考の欠点
ゼロベース思考とは、前提条件に左右されない結論を導き出すための技術です。その結論は一般的な
事象に当てはまるものですが、前提条件が重要な意味を持つ場面においては、ゼロベース思考は
役に立ちません。国が異なれば文化も風習も異なるのは当然のことであり、動かしがたい事実です。
特定の問題を国際的なケースで考える場合、国よる前提条件の違いを排除してゼロベース思考を
実践したとしても、その結論はどの国にも当てはまらない無意味なものになってしまいます。
ゼロベース思考は本質的な問題を捉えるのに適した技術ですが、現実には前提条件を無視して
行動することは不可能です。ゼロベース思考はあくまでも論理的思考のための技術であり、
結論を現実に応用するためには、改めて前提となる要素を再検討する必要があるでしょう。


0ベース思考---どんな難問もシンプルに解決できる0ベース思考---どんな難問もシンプルに解決できる
(2015/02/14)
スティーヴン・レヴィット、スティーヴン・ダブナー 他

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ゼロベースとはいっても、思考においてすべてをゼロにすることはできないので、何をゼロベースで
見直すかが大切なことになります。結局のところ、試行錯誤でやってみるしかないのですが、
ベースとする現行の前提条件が正しいもしくは都合のよいものなのでしたら、見直す必要はありません。
見直さないといけないのは、何かおかしな方向へ進んでしまったものについてです。わたしの提案は、
因果関係にとらわれない発想です。
科学だけでなく占星術でもそうですが、人間がかかわっていることで、簡単な因果関係で説明できることなど
それほど多くはありません。わたしたちが住んでいる世界は、相互に関連する複数の要因が合わさって
全体としてなんらかの性質を持つ世界であり、個々の要因からはその性質を明らかにできないのです。
現在の科学は、単純系にて説明できる事象を探しすぎていると感じられるのです。
たとえ因果関係で説明できる事象を見つけたとしても、「それが分かって何かいいことある?」
と聞きたくなるようなことで溢れています。占星術の場合は、「そんなこと、本当にいえる?」です。

科学においては、最近いい傾向がでてきています。それは、ビッグデータです。
ビッグデータが従来の科学と根本的に異なっているのは、はじめに因果関係を想定していないことです。
勿論、こうなるかもしれないなという思いはあるでしょうが、それによってバイアスをかけてしまうと事実が
歪められてしまいます。また、結果を安易に因果関係として結論づけようとしないところも新しい傾向です。
データにより得られるのは、確率で示される相関関係です。
因果関係と相関関係は違います。
相関関係があるからといって、安易に因果関係に関連づけるべきではありません。

それ以外にも、因果関係にこだわない考えかたが存在します。それが「陰陽論」です。
陰陽論は0ベースというより”ゼロサム・循環”思考です。
世界を動かしている大きな要素は、因果関係よりむしろ循環です。これまで陰陽論についていくつか
記事を書いてきましたが、陰陽的視点からみれば「鶏が先か卵が先か」を議論しても意味がありません。
それは見方によって変わるものであり、どの視点に立って物事をみるかや、どのような主張をしたいのか
によって変化してしまいます。陰陽的には、この世の出来事は循環しているだけです。
因果関係があるように見える事象の多くも実は大きな循環の一部なのです(周期が長い)。
真に因果関係に属するものが全くないのかといえばそうでもないでしょうが、安易に因果関係を求めないことで、
真の因果関係が明らかになる可能性もあります。これは、最終的には宗教の世界のお話なのかもしれません。
陰陽論は0思考だといいましたが、単に「無」というわけではなく、ひとつ重要なファクターがあります。
それは、右回りなのか、左回りなのかということです(善循環・悪循環というものもありますが・・・)。
ゼロサムでも、スピンは存在するのです。
ゼロサムゲームである宇宙も、ゼロからスタートしたのでしょう。


デブリ円盤
『ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた美しきブルー「デブリ円盤」
私たちの太陽系でも同じ光景が繰り広げられていたかもと研究者』 2014年11月14日 ロケットニュース24

前記事からの物理の問題の続きです。
例えば、天体2(3も同じ)に働く遠心力をx軸成分とy軸成分に分けることを考えてみると、
下の図のように各成分のベクトルを実際に書いてみて、もとのベクトルの大きさを三角形の斜辺の長さで
割って、各成分の辺の長さをかけると、各成分の大きさが求められます。
同様にして、万有引力と遠心力のつり合いをx軸成分とy軸成分に分解して示すと、①~③の式になります。
物体にはたらく重力の合力の作用点を重心といいます。天体の場合、重力ではないのですが、
地球上にこのようなおもりが、地面と平行な面上にあると考えることにします。
物体を重心で支えれば力がつりあうだけでなく、回転しないのは当然なのですが、
これでは答えにはならないので、重心の位置をGとすると、下の図の④の式が成り立ちます。
この問題のy軸成分においては、④より、Gy=(Mb-2mc)/(M+2m)となります。
②、③より、Mb=2mc・・・⑤ですので、Gy=0です。Gx=0は自明なので、GはOと一致します。
問題(d)はどのようにすれば解けるのか悩んでしまいますが、①の式から導けると考えるしかありません。
⑤より、M=2mc/b、②より、ω2=2G(b+c)m/bL3、これらを①に代入し、
両辺をGmで割った後、両辺にある2ac/bL3を消去すると、2a/L3=1/4a2となります。
よって、L=2a。確かに、これは正三角形です。
これを①に代入すれば、ω2a=GM/8a2+Gm/4a2。これを計算すれば、問題(e)が求められます。

なお、問題と答え合わせは以下のサイトを参考にしております。
CHALLENGE from the VOID-数学・物理の大学- りるらる > 物理入試問題の研究 > 東工大2004年

東工大解答2


2015_02_20


水星 メルクリウスの覚醒  ~内なる惑星 トマス・ムーア~
水星の影響によって、字義的(リテラル)なものが想像界的(イマジナル)なものへと変化するとき、
魂が活気づく。字義主義とは、これまで見てきたように、魂の活動停止に等しい。
字義主義においては、魂は、意味を求めて深く掘り下げるためにすべての物事を二度見る、
という作業をする必要がないからである。(中略)
一般的に現代は水星的な洞察にとって不幸な時代である。決して終わりのない神秘に開かれること
によりも、結論や事実が求められている。例えば、学生たちは一面的な定義を好む。
学生たちは解答選択型の試験には大喜びするが、深く熟考することや想像することに直面させられると、
ほとんど全員一致で、そのような知識は個人的な意見にすぎないから価値がないと不平を言う。(中略)
水星は巧妙さと盗みを通して魂を目覚めさせ、「法律、習慣、環境、運命」に風穴を開ける。
水星の視点は様々に転回にし、様々な方向を向くが、それは合理的そして道徳的な制限には従わない。

火星 マルス  二〇世紀の記録は、しばしば火星的な騒乱の記録として読むことができる。
二〇世紀を記録したニュース映画やニュース放送は、私たちの目に様々な種類の軍需品や兵器の映像を
流し続ける。すでに述べたように、新聞は殺人の物語を伝える。ときには推理小説のように面白い話もある。
しかし多くの場合、それは我を失った激しい怒りとその後悔についての単純な物語でしかない。
また、二〇世紀の自叙伝や日誌の多くが、外側からは平穏に見えていた人生の内面で燃える激しい怒りを、
洗いざらい暴露するものであることは私たちを驚かせている。(中略)
最後になるが、プラトンの『ピレボス』への注解で、フィチーノは火星に論証するという役割を与えている
ことについて述べておこう。水星が定義し、土星が分析し、火星が分類すると彼は言う。私の知るところ、
彼はこれ以上の説明を加えていない。しかし、火星的なスピリットに関する一般的な文脈から言えば、
火星の役割は論理性にあると解釈することができるだろう。(本は記事19-8で紹介)

雲のかかった火星





『火星上空に巨大な謎の「雲」出現、研究』
インド宇宙研究機関提供(2014年9月30日撮影、資料写真)
(c)AFP=時事/AFPBB News


イスラム教に限らずキリスト教でもそうですが、原理主義は聖典(コーランや聖書)は文字どおりに
読まれ解釈されるべきであるという「字義主義(リテラリズム)」から出発しています。
何でも直訳せよということです。これに対抗するのがコンテクスト主義で、読み手が文脈を理解して
解釈を行うという考えかたです。意訳するということは人によって解釈が異なってきますし、
唯一の正解はありません。これは原理主義者には許容できないことなのです。
実は、科学においても似たようなことがあります。科学は真実を探求していますから、人によって
解釈が異なるような曖昧さは許容されていません。よって、論文重視の字義主義になります。
そして、多くの学問が真実とは因果関係を究明することだと考えているので、原因と結果に焦点を
当てるのです。つまり、科学では、わたしたちのいる世界は原因と結果がはっきり分かる世界であると
仮定しているのです。これは、一神教の宗教とある面似ているところがあって、
原因は必ずあると信じているのです。ただ、宗教ではすべての原因が絶対神や創造主なのです。
それに当たるのが科学では究極の理論ということになり、どちらもそれ自体は証明不能です。

下の問題にでてくるので、万有引力を考えてみますと、以下のようになります。
F=GMm/r2 (万有引力F、万有引力定数G、物体の質量M、m、物体間の距離r)
重要なことはこの法則が宇宙のどこでも成り立つとしていることです。本当のところ、どこでも成り立って
いるのか、これまでずっと成り立っていたのか、これからも成り立つのかは誰にも分かりません。
それどころか、多くの人が取り組んでいるにもかかわらず、なぜ成り立つのかが分かりません
(つまり、この法則は他のものから導出できないので、試験では記憶しておかないといけません)。
ちなみに地球上では、M、rは一定ですから、g=GM/r2とすれば、F=mgとなります。よって、
地上で重力加速度gを求めれば地球の質量が分かります(物体の中心に質量があるとみなすことができる)。
ついでに遠心力のほうも考えておきますと、こちらは、慣性の法則「物体に力がはたらかないとき、
運動していた物体はその速さで等速直線運動を続ける」が基本になります。
この法則からして、ヒッグス粒子を水飴に例えると誤解を生むような気がします。
等速で回転運動をしているということは、何らかの力を受けているということです。
この状態を物体と一緒に回転する回転座標系で見ると物体は止まって見えますが、そのとき向心力
と釣り合う力を遠心力といいます。真剣に考えるととてつもなく難しい議論であり、「回転するバケツの
なかの水は何に対して回転しているのか」となれば、いくら考えても解答があるように思えません。
そんなことは考えず、法則を記憶しておくだけにとどめておいたほうがよさそうです。つまり、
F=mω2r (遠心力F、物体の質量m、物体の角速度ω、回転中心からの物体の距離r)です。
このFは、向心力と釣り合っています。角速度ω(rad/秒)で1秒進めば、角度でω(rad)進みます。
つまり、距離にしてrω(m)進んでいますので、速度v=rωとなります。

話を元に戻します。物理学のように演繹的に論証した理論を実験で確証するというやり方は
とても優れた手法なのですが、これにも限界があります。
もし、限界がないのなら、生物学を物理学で置き換えることができるでしょう。
ここで突然、占星術的視点になりますが、今の時代、水星と火星の関係をもう一度見直したほうが
いいように思います。それにはもう一度、論証のベースとなる前提を考え直してみることです。

が、その前に・・・火星の直線的思考は過剰な期待を生み、(期待どおりの結果を得られる場合は
いいのですが)期待はずれに終わると失望が激しい怒りに変わることも少なくありません。
直線的思考は激しい怒りを生む力を有します。
さらに、「相手が悪いのだから、殺せばいい」という短絡化を誘発します。
怒りは人間を動かす強い力なのですが、集団になればさらに大きな力になります。
中東をそしてウクライナを見れば分かるように、現在でも、火星の力は衰えていません。
科学には憎しみの連鎖を止める力はありません。
増幅させることはできても。誰が正しくて、何が間違っているのか論証できますか?

ゴーマニズム宣言SPECIAL 新戦争論1ゴーマニズム宣言SPECIAL 新戦争論1
(2015/01/28)
小林 よしのり

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東工大解答1



2015_02_18


水星(メルクリウス) ~内なる惑星 トマス・ムーア~
水星的な意識では、形態がすべてである。想像の中で物がとる形態はその意味をさらけ出す。
例えば、体験を描写するために使われる言葉(雄弁さや言い回し)、状況を見るイメージ(想像力)、
心に泡立つ二重の意味(巧みさ利発さ)、発見される隠れた意味(解釈)―これらはすべて水星的な意識
が、日常的で字義的な出来事を心理学的なリアリティへと変化させ、魂を目覚めさせるための手段である。
フィッチーノは、水星の性質を反映したイメージを見ることを望むのならば、多彩色の衣服を身にまとい
玉座に座る男性を想い描くべきだと勧めている。そうすると水星的なヴィジョンの様々な色彩を
見ることになるのだと。心理学的な理解の基本的な原則は、イメージの流れを見守り続け、
イメージがイメージを生み出すことを促す、という水星的なものである。
これにより、論理的で直線的な推論からではなく、そのようなプロセスから浮上する質感の豊かさの
中にあるヴィジョンの深みに導かれるのだ。(中略)
双子座の支配星である「水星(メルクリウス)において」、片方の目を事実にとどまらせながら、
もう片方の目で常にパースペクティヴを変化させることができる。水星を通して、人は二重性を犠牲にせずに、
二重のヴィジョンを見ることができるのである。水星の解釈には、最終的な解釈も、満足のいく結論もない。
常に新しい観点、この意識の多彩色の衣服の他の色、考慮するための他の角度があるだけなのだ。
終わりはなく、それゆえ常にさらなる見込みがある―より深い洞察、より深い意味、他の適用、
探索されていない連想、隠れたニュアンス、そして予期せぬ驚きがもたらされる。
もちろん、このパースペクティヴは真実や科学と対立することがある。
しかし、それも一つのオプションであり、この見方に熟練すれば驚くべき結果がもたらされることがある。
予期せぬ驚きと出会っていくという考え方は、私のものではなく、フィチーノのものだ。
より正確に言うと、これはフィチーノの卓越した生徒であったピコによって提案された考え方である。
ピコは、イメージや物語の解釈を通して、魂を驚かせることが大切であると信じていた。解釈とは主に古い
イメージの中に新たなイメージを発見することなので、水星がもたらす驚きは、新たなイメージや新たな
考え方であり、どうやって魂をかき混ぜたらよいかを知っているいたずらな神からの贈り物と言えるだろう。
(本は記事19-8で紹介)

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勉強ってどうして「面白くない」のでしょうか?
現在、日本国内には多くの教師がいて、授業で生徒に興味を持たせようと日々努力されているのではないか
と思いますが、多くの生徒にとって授業はつまらないし、勉強は面白くありません。
一方、発展途上国では勉強することが貴重なことになっているので、学校に行くことがうれしいのです。
特に、イスラム圏では女性が勉強すること自体がサプライズであり、学び=喜びなのです。
しかし、他国の状況がどうであれ、勉強はやっぱり面白くありません。とにかく、眠たい!

勉強内容が人生において重要であるようにも思えませんし、授業がつまらなければ寝ておけばいいのですが、
実はこのことには、わたしたちが見失っている魂というものを発見するチャンスがあるのです。
なぜ勉強が面白くないかといえば、勉強には「魂に触れるもの」がないからなのです。
現代人にとって唯一の魂の経験はサプライズです。
驚き以外の感情は理性に汚染されてしまっているので、純粋な魂の経験になっていません。
ちなみにサプライズはショッキングとは違います(英語としても)。ショッキングには不快感が伴っています。
これを勘違いすると、イスラム国配信の写真を生徒に見せるような事態になります。
経済を動かすのもサプライズです。金融市場を動かす最も大きな力もサプライズです。
軍事でもサプライズが重要で、クリミア侵攻をみるとロシアは今でもそのことをよく理解しているようです。
予期できることならばサプライズではありませんから、少なくとも論理的に理解できるようなものでは
ありません。論理性を嘲り笑うのがサプライズです。ただ、これは先進国での話です。
イスラム社会で最重要な魂の経験は神に対する畏敬です。
神がいるかいないか、信じるか信じないかという問題ではなく、神を畏れ敬うことができるかどうかです。
自分も含めて多くの日本人には無理だと思います。同じ地球上にいるからといって、何でも分かりあえる
わけではありません。そして、「どちらかが優れている」というわけでもありません。

サプライズに必要な能力に「パースペクティブ」があります。
聞きなれない言葉ですが、perspective(上の引用では本のとおり パースペクティヴと表記)です。
この言葉が訳しにくいようで(だから上の引用文ではパースペクティヴとなっているのですが)、
日本語には適訳がない言葉なのでしょうし、日本人に欠けている概念なのかもしれません。
現時点から将来の成り行きを展望しているような感じなのですが、それだけでは何か足りません。
パースペクティブには、その人なりの世界観があってそれを反映した「視点」を含んでいるのです。
パースペクティブは学校で勉強することができません。逆に、学校の勉強など全くできなくても、
柔軟で壊れないパースペクティブを持っていれば、人生がどん詰まりになることはないでしょう。

実は、勉強好きで知識に頼りたがる人に、(自分なりの)パースペクティブに欠けた人が多いのです。
本当はその逆で、パースペクティブを見いだせていないから知識に頼るようになるのですが・・・
パースペクティブが硬直化して機能しなくなると、水星はその人によい影響をもたらさなくなります。
水星に無視され、金星に無視されると、火星の影響を強く受けるようになります。
つまり、日々の仕事に追われるということです。何事にも怒りを感じるようになるかもしれません。
身近な星である水星、金星、火星までは、ある程度の「努力」が可能ですが、
それを越えると、自分ではどうすることもできない状況に陥ります(逆に幸運もあるのですが)。
それでも、木星の影響を受けているなら問題ありません。つまりは、陽気さを失わないということです。
木星もスルーすることになれば、最後は土星のお世話になります。これが厄介なのです。
土星=メランコリーです。「気が滅入る」 「気持ちが沈む」 「落ち込む」 「気が晴れない」ということです。
現状を知りませんが、学校の先生は、土星のお世話になるパターンに陥りやすいと推察されます。
勉強で得た知識は土星には通用しません。

さて知識は無駄だといっておきながら、今後は物理に挑戦してみます。取り上げる題材は、宇宙です。
占星術でも、近づけようとする力(引力)と遠ざけようとする力(遠心力)のつり合いは重要ですが、
受験物理でも同様で、万有引力と遠心力の公式は頭に入れておく必要があります。
宇宙の力学はあまり出題されないと思いますが、それだけに無視してしまいがちになりますので、
さらっとでいいので復習しておくと、イザというときに役立ちます。

(問)図のように3つの天体が互いの万有引力を受けながら原点Oを中心に一定角速度ωで同一面上を円運動
している。天体1の質量をM,天体2,3の質量をmとする。その他に天体はないものとする。
以下、天体と一緒に回転している観測者の立場から考察し、図中の二つの直交する軸x,yは同じ角速度ωで
回転しているものとする。このように3つの天体が一定角速度で運動するには図の距離a,b,c間に
ある関係式が満足されていなければならない。万有引力定数をGとする。
以下の設問に答えよ。答に天体1と天体2の距離 長さLを用いてよい。
(a) 各々の天体間に働く万有引力と、それぞれの天体の遠心力の向きを図中に示し、それらの大きさを記入せよ。
(b) 各々の天体での力のつり合いの式をx軸方向とy軸方向に分解して書け。
(c) 回転の中心Oが3つの天体の重心になっていることを示せ。
(d) 3つの天体の位置が正三角形の頂点にあることを示せ。
(e) 角速度ωをG,M,m,aを用いて表せ。
東工大物理1(出典:2004年前期 東京工業大学 物理)



2015_02_16


世界の経営学は、日本の産業政策に貢献し得るか 入山 章栄 (早稲田大学ビジネススクール 准教授)
(2013年11月29日 独立行政法人経済産業研究所 BBLセミナーNo.862 )
経営学の分野では国際標準化が急速に進んでいます。それは日本を除いた世界の国々で起こっており、
各国が同じ学会に参加し、同じ経営理論の基盤のもとで、同じ分析手法を使い、同じ学術誌に論文を
投稿しているわけです。そして、世界中のビジネススクールで多国籍化が急速に進んでいますが、
そこに参加している日本人はほとんどいません。(中略)
経営戦略論のトップの学術誌であるStrategic Management Journalに、2011年に掲載された実証研究は
57本あり、そのうち統計分析を用いた研究が52本であったのに対し、日本では主流のケーススタディ
(事例分析)を用いた研究は5本しかなかったということを表しています。
要するに、統計分析が9割以上を占めるわけです。(中略)
今、日本を除く世界の経営学では、「経営の真理」を解き明かすための知の競争が進んでいます。
そして統計手法を重視し、何とかして経営学を科学にしようとしているわけです。
科学とは、いうまでもなく「真理の探究」です。しかし厄介なのは、経営学のみならず経済学や政治学と
いった社会科学の対象は、人間あるいは人間の組織だということです。
理論と実証のせめぎあい・帰納より演繹・人間や組織を理論化できるか?
従来、日本で普及している経営学とは、いわゆる成功企業をいくつか抽出し、ケーススタディから含意を導く
という帰納的アプローチです。それも大事なことですが、世界のマジョリティは現在、そうではありません。
欧米の国際標準となっている経営学の大部分は演繹的アプローチであり、まず理論を立て、
統計的な手法によって経営の真理法則をみつけようとしているのです。

いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1) (モーニング KC)いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1) (モーニング KC)
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いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(2) (モーニング KC)いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(2) (モーニング KC)
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竜田 一人

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個人的な話ですが、わたしは、マイナスイオンにはマイナスの印象しか持っていません。
マイナスイオンは健康にいいと主張する人に文句をつけたことがあるのですが・・・
「マイナスイオンは健康にいいと言われますけど、マイナスイオンって何ですか。」
「あなたは、そのようなことも知らないのか?」
「はい、意味がわかりません。塩化物イオンのようなもののことですか?」
「塩化物イオンってなんだ。訳の分からないことを言うな!」
塩化物イオンは知らないが、マイナスイオンは知っている。こちらの頭がおかしくなってきそうです。
ということで、エセ科学がすっかり嫌いになってしまったのですが、科学ならよいというのも疑問です。
科学とは一体何なのでしょうか?これが意外に難しいのですが、一言で言ってしまうと、
論理的体系を持っているものだといえるでしょう。しかし、この論理なるものが怪しいこともあるのです。
その良い例が、ケーススタディから帰納的に一般法則を導き出そうとする手法です。
福島の原発事故が起こる前、東京電力は超優良企業でした。当時の東京電力を対象にしてケーススタディ
による事例研究をしたとすれば、東京電力が経営上優れている点を調査・評価し、その結果、東京電力の
経営手法がいかに優れているかを明らかにしたという研究結果を得ることができるでしょう。
そして、今となっては、東京電力の経営がいかにひどいものであったかを証明できる事象を集め、
だから原発事故は起こったのだと結論を出すことも可能なのです。これが科学なのです。
ケーススタディでは恣意的な結論を得ることが簡単にできてしまいます。公表バイアスが除去できません。
帰納法だけに従うと、福島の原発事故が起こる前、日本の原子力発電においてチェルノブイリのような事故
につながる可能性のある事例はないことから、「日本において同レベルの原子力発電の事故は起きない」と
いう結果を出すことが可能です。これが間違っていることは、事実が証明しています。
帰納法はとんでもない過ちを犯すことがあります。
統計的な結果というのはそれだけでは危ういものです。宝くじを買った人1000人を調査した結果、1等を
当てた人はいなかったので、宝くじで1等は当たらないことが分かったという結論を出してしまいそうです。
1等が当たる確率は非常に低いがゼロではないことを知っているので、この結論が間違っていることが分かる
のですが、すべてを調査することができず確率が全く推定できない事象でしたら、すぐに騙されてしまいます。
科学的に福島の原発事故は想定できなかったのか、都合が悪いから全電源喪失について無視したのか
知りませんが、どちらにしても地元の人や廃炉の作業をしている人の苦労が減るわけではありません。

エセ科学を科学的に追及することも大事なことなのかもしれませんが、科学の限界を明らかにして
いくことも、科学として、科学者としての重要な使命なのではないでしょうか?
例えば、「低線量被曝でがんが増えるという科学的根拠はない」というものがあります。
これは、「科学的根拠はない」から「低線量被曝」は大丈夫だとの主張にも使えますし、
「低線量被曝でがんが増えないという科学的根拠もない」のだから、「低線量被曝」を避けるべきだ
という主張にも使えるのです。しかし、これまでの原子力に関する科学の流れをみると、
今まで知られていなかった科学的事実が明らかになると、原子力の危険性がより増加する方向です。
昔の原子力発電所が低コストだったのは
怖いもの知らずだったから
という、とても科学的ではない理由によるものなのです。
科学的に調べれば調べるほど新たなリスクが認識されて、とるべき対策がどんどん増えていって、
原子力のコストはどんどん上がっていくという事態になっています。
今や、原子力が低コストであるという科学的根拠は消滅してしまったと思います。
今後も、原子力発電所に関する新たなリスクが認識される可能性は誰にも否定できません。
将来、わたしたちが原子力発電所の盲点を知るときが、若狭湾に面した原子力発電所がテロリストに
襲われて琵琶湖にセシウムがまき散らされることになったときでないことを祈るばかりです。
テロリスト対策も重要ですが、今まで起きたことのない事象に関する対策には限界があります。
あとはもう祈るだけです。科学も最後は、神頼みでしょうか?



2015_02_14


STAP問題、小保方氏が懲戒解雇相当のワケ
理化学研究所・懲戒委員会が判断 (2月10日 東洋経済ONLINE)
細胞のすり替えという大胆で単純な不正
STAPはなかった。昨年1月の論文発表から1年あまり、科学界を揺るがした不正論文事件は、
細胞のすり替えという、あまりにも大胆で単純、だからこそ科学者の世界ではあり得ないと
考えられていた不正によるものだった。それを行ったとみられるのは「未熟な科学者」などではない。
「科学者とはいえない人」だったのである。
それを見抜けずに後押しまでした有能な科学者たちを責める声もある。しかし、相互の信用をベース
に成り立っている科学の世界で、共同研究者をどこまで疑うのか、あるいは信じるのか。とくに
さまざまな分野のエキスパートが共同で実験し1本の論文を書き上げる生命科学の分野では、疑い
始めればきりがなくなってしまう。相互信頼のベースとなる博士号の存在意義すら揺るがしかねない。
度重なる見逃しと信用の連鎖、異例の事件
もしほんとうに責任を追及するのであれば、不正な研究を見逃した理研や博士号を授与してしまった
早稲田大学(現在は1年内に再提出という猶予付きの取り消し)ばかりでなく、国費の浪費という観点
からは、博士課程1年目の時点で3年間の学術振興費を与えた日本学術振興会の選定担当者にまで
遡って責任追及すべきだろう。今回の信用の連鎖はその時点から始まったと見ることもできるからだ。
博士号取得後定職に就けない人が多い、いわゆるポスドク問題という背景もあり、科学研究の不正は
少なくないという。しかし、今回のように不正見逃しの連鎖が続いた事例はある意味で特殊であり、
今後も同じようなケースが続出するとは考えにくい。CDBで小保方氏と同時期に研究室主宰者に
取り立てられた優秀な若手もいる。システムが間違っていたという論も単純に過ぎるだろう。
CDBが、センター長が、理研トップが、と誰かに責任を被せてしまうのはたやすいが、
それでは真の解決は難しい。国費である研究費の出資者である国民に対する義務として、
科学者ひとりひとりが襟を正し、自覚を持つことしか、解決の道はない。

捏造の科学者 STAP細胞事件捏造の科学者 STAP細胞事件
(2015/01/07)
須田 桃子

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一連のSTAP問題では様々な人が様々な意見を主張されていますが、わたしが感じることは、
国民が科学者を信頼しすぎているということです。
福島の原発事故でも同じような意見を持っていたのですが、STAP問題ではさらにそのように感じます。
小保方さんが何を考えていたのかは知りませんが、これまでもずっと「嘘」をつき続けて
問題なくやってこれたので、その延長線上でSTAP細胞ができたと発表したのではないでしょうか?
虚偽の論文を書いても、多くの場合、問題は発覚しません。
STAP論文とは違って多くの論文は注目されることなく終わりますから、「嘘」はバレません。
再現ができない論文などそれこそ山のようにありますが、執筆者が「コツ」のようなものを
隠していることもある程度は認められているわけですから、どれが虚偽なのかは分かりません。
スポーツ選手が尊敬できるのは、「実力」であることが疑いようのない事実であるからであり、
科学者の場合、中村教授や山中教授のように、その技術が他の人に利用できるものであることが
確認されないと、「実績」は海のものとも山のものともさっぱり分かりません。
論文は基本的に査読者次第ですから、それだけで信用できるようなものではないのです。
査読者はボランティアみたいなものですし、人間誰だって「仲間うち」には甘くなるものです。
逆に言えば、後から間違っていることが分かっても、それが虚偽だともいえないのです。

科学者が正直者であろうと嘘つきであろうと、それ自体はどうでもいいことなのですが、
科学の研究には多くの国費(=国民の税金)が投じられていることから、国民の目が必要になるのです。
総じていえば、多くの研究が税金の無駄遣いになっています。
ここで誤解してもらいたくないのですが、すべての研究が実用的な成果を目的としているわけではない
ので、実用的な成果が得られない研究はすべて無駄であると言っているのではありません。
しかし、巨額の予算がつくものは、国による投資であると考えるべきです。
公共事業が無駄だという批判があります。確かに無駄なものもありますしチェックは必要なのですが、
一応、モノはできています。また、無駄な公共事業に対する国民の目も厳しくなっています。
例えば、日本共産党は大型公共事業に反対していますが、大型科学振興費に反対という主張は
聞いたことがありません。科学振興費に対する国民の目は甘いのです。
日本の財政に余裕のあるときでしたら、悠長なこともいっておれるかもしれませんが、
多くの国民が「生活が苦しくなっている」と感じている時代に、一部の科学者が主張する
「幅広い基礎研究が日本の科学技術を支えている」などというお題目に騙されてはいけません。
なぜ、このお題目がダメかといいますと、このような言いかたをしている限り、
いくらでも無駄遣いが生まれ、いくらでも無駄遣いが許容されるからです。

科学者に対して厳しいことを言い過ぎだという意見もあるでしょうが、実は、科学者よりも、
政治家や行政の責任のほうが大きいのです。最大の問題は、成果をあげるのは科学者で、
行政は「金配り」をすればよいという姿勢に終始していることです。
はじめになすべきことは、国がビジョンを持ち、日本として取組むドメインを明確にし、
そのうえで戦略上必要となる科学技術についての予算を定め、国が科学者に要請すべきです。
ミッションは科学者が決めることではなく、予算を出すほうが決めなければなりません。
科学者は研究しているだけです。科学技術戦略のマネジメントをしているわけではありません。
日本には優秀な専門家は数多くいるのですが、全体を統括できる人があまりいません。実は、一人一人の
研究成果がないのではなく、「研究と研究のつながり」が悪いのです。
一般に研究者は人づき合いが得意ではありません(人づき合いの得意でない人が研究者になって
いるというほうが正確でしょうか?)ので、他人目線で物事を考えることができるような幅広い視点など
持っていません。逆に、自分の専門分野に集中できる人が優秀な研究者であるともいえるでしょう。
また、多くの学問領域では、仮説を立ててそれを固有の手法で検証して結論を導くというディシプリンを
持っており、そのディシプリンを超えることは科学者の仕事ではないのです
(勿論、小保方さんは科学の原則を踏みはずしています)。
さらにいうなら、自然科学におけるディシプリンには規範性(こうあるべきだという価値)は含まれません。
極端な例でいえば、「人殺しにしか使えない技術」でも、科学的進歩のひとつになるということです。
単なる予算申請や管理ではなく、科学者をマネジメントする人材やシステムを構築していかなければ、
これからも科学者の能力、自覚と良心に頼るしかないということになります。

さて、前記事の問題の続きですが、この計算だけでも独立した問題になるように思います。
受験勉強から離れて25年たった人間が、θ・sinθの積分のしかたなど覚えているはずもありませんが、
理系の受験生のかたは解きかたを知っておく必要があります。水色の枠に囲まれた法則などを使えと
いわれても積分できないようでしたら、積分の意味をもう一度再確認してみてください。
これで、最終的な解答まで計算できるでしょう。

東大数学3

東大数学4

問題と答え合わせは以下のサイトを参考にしております。
難関大学への数学 > 微分積分(図形) > 2007-12-14 四角錐と円柱、求積の基本




2015_02_12


ピケティ理論、日本は例外? 所得格差が縮小傾向 (2月9日 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)
パリ経済学校教授のトマ・ピケティ氏は先月下旬に来日し、持てるものと持たざるものの格差が無慈悲
にも拡大しているというメッセージを、講演会場に詰めかけた聴衆やテレビの視聴者へ発信した。
だが、最近の調査は、日本が同氏の著名な主張を証明するどころか、例外となる可能性を示唆している。
日本では1990年代初頭から、所得不平等度(上位1%層の所得が全所得に占める割合で測る)が着実に
上昇しているが、ピケティ氏ら研究者が30カ国を対象にまとめた「世界最高所得データベース」によると、
近年は頭打ち、さらには低下しているもようだ。(中略)
前述の世界最高所得データベースは賃金の格差を測定するもので、富の格差は対象外だ。
富(株式や不動産などの保有資産)の格差を計測することは、所得よりも難しい。ピケティ氏は先日都内で
行った講演で、日本の全ての富、つまり資本の価値は国民所得のおよそ6倍で、米国の4倍を上回り、
富裕国有数の高倍率だと指摘した。同氏はこれが日本の経済的不平等を拡大させる可能性があると示唆した。
その理由として、資本収益率は経済成長率を上回る傾向があること、日本のように人口が減少すると
(富を相続する人の数が減り)相続人1人の引き継ぐ財産が従来より大きくなる確率が高いことを挙げた。
もっとも、日本の富が他国よりも均等に分配されている兆しもある。都内に拠点を置くアーカス・リサーチの
アナリスト、ピーター・タスカ氏は日本経済新聞への寄稿で、国際基準で見れば(日本の)富の不平等度は低い
と指摘。日本の上位10%が保有する富は、調査対象の48カ国の中で2番目に低かったとする研究もあると述べた。
さらに、10億ドル以上の資産を持つ人の数は、日本全体よりもトルコの首都アンカラの方が多いと結論付けた
研究もあるとした。
現在の日本が抱える大きな問題は、安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」の下で経済的不平等が
広がっていることだ。入手可能なデータは安倍政権がスタートした12年末までの分しかない。
安倍政権下で株価が倍増する一方、物価上昇や消費増税の影響を除いた実質賃金が減少したことからみると、
格差は再び拡大しているのかもしれない。


経済格差データ
<右図>ピケティ氏の定理で読み解く日本の格差の“元凶”と安倍政権が進むべき道(1月16日 ZAKZAK)

トマ・ピケティの新・資本論トマ・ピケティの新・資本論
(2015/01/23)
トマ・ピケティ

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『問題を見つけることはそれを解くよりもっと本質である』
とはアインシュタインの言葉ですが、経済の場合、何が問題かを知ることはとても難しいのです。
受験の場合は問題を解くことが難しいのであって、問題には必ず正解があります。
受験勉強に限らず実社会でも、追いつくことや真似ることが重視されていた時代には、問題を早く正確に
解くことがとても重要だったのです。しかし、今は「何を解けばよいのか」がよく分かりません。
「何を解けばよいのか」を考える場合、こうすればよいという確立された方法は存在しないので、
試行錯誤を繰り返すことになるのです。問題を解く場合、努力すればそれなりの結果を得ることができる
のですが、「何を解けばよいのか」では「あ、これではなかった」となり、スタートに戻ってしまいます。
勿論、そのような経験が蓄積されて「何を解けばよいのか」を知ることができるようになるのでしょうが、
短期間の結果だけを見ると、何も成果のない状態が長く続くことになります。
問題探索で「そこそこの結果」を得ることは難しいのです。
一般に優秀と言われている人は与えられた問題を解くことはうまいのですが、「解くべき問題が何か」
を知ることについて優秀であるとは限りません。そのような課題は、テストにはでてきませんから・・・

さて、はじめのピケティ氏の話に戻りますと、現在の日本で問題なのは、賃金の格差ではなく、
世代間の格差なのではないでしょうか?いやそうではなく、同世代間における、
親の恩恵を受けることのできる人と親の恩恵を受けることのできない人の差なのかもしれません。
親の恩恵を受けることのできる人と親の恩恵を受けることのできない人の差を埋めるには、
親の恩恵を受けることのできない人が、親の恩恵を受けることのできる人より多くの賃金を
手に入れることが必要ですが、今の日本では容易なことではありません。
日本の場合は、低い賃金に甘んじる可能性はありますが、逆に、高い賃金をとる人は多くありません。
勉強して医学部に入り、さらに勉強して医者になり、30歳近くで、人の倍働いて人の倍の給料を得る。
税金は人の3倍くらいは払うことになるでしょう。お医者様、ご苦労様です。
そのように考えると、賃金格差がないことのほうが問題であるようにも思えてきます。
いやそうではなく、経済成長率の低さこそが問題の根源なのかもしれません。
富を持っている人がそこそこの資本利益率によりそこそこ富むのに対し、給与所得を増やすことはできないので、
富を持っていない人が追いつくチャンスは少ないといえるかもしれません。ぱっと思いつくことを言ってしまい
ましたが、日本国内で庶民の暮らしを良くしていくのに、「何が問題なのか」「何を解決すればよいのか」
「何を課題として設定すればよいのか」「何に向かって進めばよいのか」、よく分からないのです。
ただ、わたしの直観で言わせてもらうならば、個人の防衛手段はただひとつ、
マイナスの富(借金)を持たないことです。

さてさて、前記事の問題の続きです。積分の問題ではじめに考えるべきことは、どこで切って
その切り口の面積を求めるかですが、丸太のような形でしたら輪切りにするのが普通です。
この問題の場合、z軸と垂直な平面で切るのが最もオーソドックスな方法ではないでしょうか?
z軸と垂直な平面で切ったときの断面を示したものが下の図です。問題の条件を満たす部分の断面は
下の図で示すSの8倍ありますので、ΔV=8S×Δz (Vが求めたい体積)となります。通常は、
ここでSをzの関数で表記することで体積が求められるのですが、この問題ではそうはいきません。
面積Sを求めるには、四角錐表面と円x+y=1の交点のうちの一点(前記事で示した点Q)
の座標を定める必要があります。この点Qをzの関数で表記すればいいのですが、実際にやってみると
非常に複雑になってしまいます。ここでピンとくることが肝要です。
点Qは円の上を移動しますので、x軸となす角θを導入することで簡単な座標設定が可能になります。
下の図で示す(S+So)は三角形、Soは扇形の面積ですから、Sをθ(ラジアン)で表記することができます。
これで準備完了で、定積分を求める式にすれば、・・・8Sdzになります。ここで、前記事に書いたzとθの
関係式より、dzをdθに変換します。すると、・・・24S・sinθdθになります。
このとき、積分する範囲をθの範囲に変えることを忘れないようにしなければなりません。
さあ、後は積分を計算するだけ・・・いやいや、これがやっかい。これは・・・さらに次回です。


東大数学2


2015_02_10


xyz座標空間に5点A(1,1,0)、B(-1,1,0)、C(-1,-1,0)、D(1,-1,0)、P(0,0,3)
をとる。四角錐PABCDのx+y≧1をみたす部分の面積を求めよ。

(出典:1998年度、前期、東京大学、理系)

「あかつき」、金星の周回軌道投入に再挑戦 JAXA (2月6日 朝日新聞デジタル)
2010年に金星の周回軌道投入に失敗した探査機「あかつき」について、宇宙航空研究開発機構
(JAXA)は6日、今年12月7日に再び金星の周回軌道に投入すると発表した。現在は金星の内側で
太陽の周りを回っている。故障した主エンジンの代わりに姿勢制御用のエンジンを噴射。
当初計画より大回りする軌道への投入を試みる。
あかつきは金星の大気を観測し、地球との気候の違いがなぜ生じるのかなどを調べるため、
10年5月に打ち上げられた。だが、主エンジンのトラブルで周回軌道投入に失敗。
次に金星に近づく機会を待っていた。残りの燃料との関係から、今回が最後の機会という。
今回は姿勢制御用のエンジン4基でブレーキをかけ、周回軌道に入れる。主エンジンに比べて力が
2割程度にとどまるため、大回りの軌道になるという。軌道の設定や観測計画ができたため発表した。

NASA探査機、冥王星を撮影 衛星カロンも (2月6日 朝日新聞デジタル)
米航空宇宙局(NASA)は4日、無人探査機「ニューホライズンズ」が1月下旬に撮影した冥王星の写真を
公開した。冥王星から約2億キロ離れた地点からの撮影で、冥王星の衛星カロンの姿も写っている。
ニューホライズンズは、2006年1月に冥王星などを目指して打ち上げられ、これまでに約48億キロ以上
の距離を航行してきた。今後近づくにつれ、より精細な画像を撮影できるようになる。本格的な観測は今春
以降になる見通しで、今年7月14日に冥王星に最接近する。探査機による調査は初めてとなる。
冥王星は1930年に発見。太陽系9番目の惑星とされてきたが、06年に国際天文学連合の定義の
見直しで「準惑星」になった。

あかつきと冥王星
<左> 金星探査機「あかつき」のイメージ図(池下章裕提供)
<右> 無人探査機ニューホライズンズが撮影した冥王星(下)と衛星カロン(左上)=NASAなど提供

宇宙に挑むJAXAの仕事術宇宙に挑むJAXAの仕事術
(2014/03/15)
宇宙航空研究開発機構

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記事19-5や19-7にも書いていますが、自転速度が非常に遅い(しかも逆行)金星は
自分から動くという意思はなく、環境を受動的に受け入れるという意味合いを持っています。
そして、その受け入れる環境とは恩恵といえる喜びに満ちたものであり、恋愛の象徴です。
一般的に占星術のなかでもっとも注目されるのは「恋占い」ですから、その意味でも金星は重要です。
金星は厚い雲に覆われていて地上に日光がほとんど届きません。これは自我、理性の中心である太陽
の影響を受けることなく、柔軟性や協調性はあるものの、あいまいで優柔不断であることを暗示しています。
現代では、「努力して自分で何かをなし遂げる」ことばかりに着目する傾向にありますが、
「愛される力」も「自分の努力」と同じくらい大切であるといえるでしょう。そこで重要なのが「気づき」です。
「気づき」は、努力ではありません。
もし気づきのために努力するなら、金星の恩恵を受けることはできません。
気づきのために努力をしているのならば、日常生活や仕事で努力しているのと同じことで
火星の影響下にあることになります。もし気づきのために努力するなら、気づきではありません。
何もせずにただただリラックス、すると、自然に気づきが起こりはじめる・・・
思考からではなく、自分自身の内側から湧きあがる。自分では何もしていないのに・・・「見える」
しかし現実には、受動的に気づくことは困難です。
努力する、つまり「何かをすること」が効果的でないだけでなく、「考えること」も役に立ちません。
「どうやったら気づけるのか?」と質問したくなりますが、それは既に考えているということです。
考えていることは、何か努力していることになります。思考は、行為よりもさらにコントロール不能です。
「考えてはいけない」と思うこと自体も思考であり、わたしたちは意識的に無思考にはなれません。
かくして、現代人にとって、金星の恩恵に浴することは容易ではなくなっているのです。

冬の寒さのなか、サクラのつぼみを見てみましょう。何も考えずに・・・
時がくれば、咲くのです。
サクラは努力して咲くのではありません。

「気づき」を目的にしてはいけません。目的にしてしまうと努力したくなるし、感情が動いてしまうからです。
「気づき」を目的にしてしまえば、目的が達成されていないことで焦りはじめるようになります。
では、無視すればよいのか?それはそれでダメなのです。無意識だと「気づき」は失われてしまいます。
「意識はしているが、あせらない」
知恵や恩恵がやってくると信じて、ココロを開放しておくといった感じでしょうか?
そしてそのココロの隙間から、喜びに満ちた金星の恩恵が突然やってくるのです。
知恵者と言われている人は、金星の恩恵を受けている人であるといえるでしょう。
知的には推し量れないものごとを見ることができる明晰さや明白さが知恵なのです。
いくら知識を得ても、知恵を得られるものではありません。知識は逆に、先入観を生んでしまいます。
「先入観を捨てて注意深くあれ」といったところでしょうか?

さて、受験についていうならば「覚えるより、慣れろ」です。いくら勉強しても知恵者にはなれませんが・・・
冒頭の問題で重要なのは「視覚で捉えてピンとくる」です。問題の解説は次回にて・・・

東大数学1



2015_02_08


若者はなぜイスラム国を目指すのか…池内恵氏インタビュー (2月4日 YOMIURI ONLINE)
自由から逃走する若者たち
(前略)さらにいえば、これは移民に限らないことだが、近代自由主義の中で生きる人間に固有の問題が現れて
いるのだと思う。どういうことかというと、西欧社会では「自分が何をなすべきか」は自由意思に任されている。
逆に言えば絶対に正しい答えというものはなく、自ら判断しなければならない。そのような自由は時として
重荷になってしまう。ところが、何か権威あるものに従うことにすれば、自分で決めなくても良い。
自ら判断する自由を捨ててナチスドイツの台頭を許した人々の心理を分析した社会心理学者、
エーリヒ・フロムの言葉でいえば、彼らは「自由からの逃走」を図ろうとする。
ましてやイスラム教の「神の啓示」は、なすべきことを全部教えてくれる。
先進諸国からイスラム国を目指す若者が出ているのは、このような理由があるからではないだろうか。
日本でも昨年秋、北大を休学中の若者がイスラム国への参加を企てるという事件があったが、
ここでも同様な心理が働いていたような気がする。かつてオウム真理教に集まった人たちもそうだったと
思うが、先進自由諸国では、このようにして「自由からの逃走」に走ってしまう人がある程度出るのは
どうしても避けがたい。そこは冷静に受けとめるべきではないか、という気がしている。
誤解に満ちた日本での議論
ただ、ちょっと気がかりなのは、日本では、「イスラム国の伸長は欧米の側に原因がある」といった
議論がしばしば見受けられることだ。例えば、一部メディアでは、西欧・米国への移民からイスラム国への
参加者が出るのは「彼らが差別されたり貧困に苦しめられたりしているため」といった解説もなされている
ようだが、これは事実誤認だ。ヨーロッパからイスラム国入りした人々について調べてみると、
その多くは欧米社会でそれなりの学歴を得た、比較的生活水準の高い層から出ている。
動機としては、差別や貧困よりも、先に述べた「自由からの逃走」が圧倒的に強い。
「中東混迷の原因は、第1次大戦中の1916年に英仏露が結んだサイクス・ピコ協定にある」といった
議論もしばしば耳にする。サイクス・ピコ協定とは、中東を支配していたオスマン帝国の領域を分割して
自らの勢力圏に組み込むために英仏露が結んだ秘密協定で、その時に恣意的に引かれた境界線が
今の中東諸国の国境の一つの起源になった。
これは欧米に非があるという主張の根拠としてしばしば用いられてきた。イスラム国もこの論理を踏襲している。
しかし今サイクス・ピコ協定を否定してしまえば、極端な話、「オスマン帝国の版図を復活させろ」ということ
になり、トルコ以外の誰も認めないだろうし、中東全域に戦乱が起きてしまう。これはあまりにも無責任な議論だ。
確かに「反欧米」という議論は日本などでも一般に受け入れられやすいのだが、中東の混乱の根本原因は、
圧政や抑圧、社会に充満する不正義の感覚といった、イスラム社会が自ら解消しなければならない問題だ。
欧米悪玉論はそうした実情を覆い隠してしまう。


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今回のようなショッキングな出来事があったとき、「誰かが悪い」という意見がよく登場します。
「イスラム国が悪い」・・・正しいです。しかし、残念ながら、警察が逮捕してくれることはなさそうです。
次に予想されるのが、危険地域に入った被害者を責めるというものです。
「自己責任」という言葉は、そのような言いかたをされるとなかなか反論しにくいだけに恐ろしい言葉です。
「自己責任」という言葉を使う人は、何があっても「それは自己責任だ」という発想に陥ってしまうでしょう。
母子家庭・・・自己責任、ワーキングプア・・・自己責任、精神疾患・・・自己責任。
これは議論が正しいのか間違っているのかという問題ではなく、発言者の人間性の問題です。
どのような人にも表現の自由がありますから思ったことを言えばいいのですが、「自己責任」という言葉は、
「他人を責めることで自分を慰めている」と考えると納得できます。
ただし、金融取引は別です。「お前の言うことを信じて株を買ったら損をした。どうにかしろ!」
と言われれば、「それは自己責任です」と答えるしかありません。
住宅ローンについてはこれまで何度か書いてきましたが、これは「自己責任」です。

話を戻しまして、イスラム国ができたことは欧米の責任であると言う人がいます。
これもつまらない議論です。多くの国際問題は、「アメリカは悪い」といえば、話を終わらすことが可能です。
アメリカは世界のどこにも強い影響を及ぼしています。そのなかには、正の影響をあれば、負のものも
ありますから、悪いものばかり意図的に集めれば、「アメリカが悪い論」はすぐに成立します。
「アメリカが悪い」という結論を出してしまうと、そこで議論が終わります。
「総理大臣が悪い」という意見も似ています。
社会に全く貢献していない人でも、優越感を持って、「安倍が悪い」と言います。
総理大臣も人間ですから、いいところもあれば、悪いところもあるでしょう。
「少なくとも、安倍さんはあなたよりは頑張っていると思いますけど・・・」ってことです。
勿論、権力に対するチェックを怠ってはなりませんが、一定の敬意は持つべきでしょう。
政権がしていることより、何があっても、「自己責任だ」「アメリカが悪い」「総理大臣が悪い」と
言っておけばOKであるような思想体質のほうが、日本にとって深刻な問題です。
善悪論をしている限り、問題の本質は見えません。

その点、世界じゅうの若者がイスラム国を目指す理由として、「自由からの逃走」を挙げている、
上の引用文は傾聴に値します。「自由」はとても大事なことですが、
「自由だから幸せか」というとそうでもないのです。
個人が自由であるということは、みんなと同じことをしていても安心できないこと意味をしています。
バブル崩壊後の日本社会ではこの傾向が強まっています。孤独で不安な社会なのです。

イスラム社会がどんな社会であるのかを知らないので、想像でしかありませんが、
イスラム社会に限らずアジアやアフリカの多くの諸国では、宗教や部族という権威による絆によって、
教会や階級や生まれ故郷と強く結ばれているのではないでしょうか?連帯感は安心感を生み出します。
一言で言うと、「人に言われたように生きていけばいい」のです。
「お前って、本当に無能で、役に立たない人間だな!」と言われることのない社会に憧れを持つ気持ちは、
多かれ少なかれ誰でも持っているのではないでしょうか?
残念ながら、わたしたちは不自由な社会に戻ることはできません。これは運命的なものであるといえます。
自由は試練であると思っていたほうが、困難に立ち向かう勇気がわいてくるように思います。


自由からの逃走
<出典> 誠 Biz.ID > 藤沢烈の3秒で読めるブックレビュー:『自由からの逃走』


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2015_02_06


心理占星術における天王星:過去の束縛からの解放
(2013年3月30日 Hiroki Niizato Astrology > 占星術ノート > 天体について 天王星)
秩序と慣習を現す土星とは対照的に、天王星は変革とルール破りの可能性を示す天体です。
出生図やトランジットにおける天王星の強調は、型破りの構想、そして他人の目を気にせず行動できる
自我の強さにつながります。出生図において強調されると本当に規則違反につながる事もある天王星。
しかしこれは強力な天王星を持つ人の良心の欠落を示すわけではなく、既存の道徳観念に縛られない
視野を現すと考えるべきでしょう。本記事では出生図とトランジット、ソーラーアークにおける天王星が
示唆する可能性について触れてみます。
天王星のアスペクト
天王星が7ハウスに位置、または7ハウス支配星とアスペクトを持つ場合、
革新的な思想家や、既存のルールを破る個性的な人達との関係を示しています。
過去の束縛から逃れるために、そういった人達による影響が必要になると考える事もできますね。(中略)
天王星と冥王星のアスペクトは悪習を正す強い欲求となって現れる事があります。
悪意や負の感情に満ちた状況から逃れる必要性、さらに他人をそうした状況から解放する助けとなる欲求
も現している可能性があります。
天王星の配置と運行:過去の束縛から抜け出る好機
土星の現す秩序と習慣は、時として現状維持の姿勢につながります。
長年の習慣通りに行動を続けていると、考え方や行動パターンも固くなりがちですね。
秩序は「安心」をもたらすと同時に、望ましくない状況の持続にもつながります。
出生図における天王星の配置や、トランジット・ソーラーアークにおける天王星の動きは、私たちが
こうした古いパターンから抜け出し、自己変革するチャンスを示してくれているのかもしれません。

天王星の衛星と輪



ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した天王星の
輪と衛星です。
6分の間隔をおいて3回撮影された写真を
合成しているため、各衛星はそれぞれ3つ
の点で示されています。
衛星は非常に速いスピードで動いています。
(写真:NASA/STScI)

<出典>
天球図でさぐる地球と天体の動き
> 太陽系図鑑
> 天王星
> 天王星の衛星


人間によって発見されようとされまいと天王星は現在の位置にあったわけですが、
占星術では、惑星は発見されることによって万人に影響を及ぼす存在になったと考えます。
ただ天王星の場合、肉眼で見えるか見えないかくらいの明るさなので、発見される以前にも、
その存在を感じとっていた(惑星とは考えていなかったでしょうが)人がいたものと思われます。
そのような感受性の高い人が社会に変革をもたらしたのかもしれません。
しかし、天王星が発見されて以来、変革を象徴する星として世間に知られることになり、
社会のあり様や科学技術の変化のスピードは飛躍的に高まりました。

天王星が発見された1781年、アメリカ独立戦争において、ヨークタウンでの戦いに敗れたイギリス軍は
新大陸での戦闘能力をほぼ失い、アメリカ合衆国という新国家の誕生が決定的になりました。
それ以来アメリカは拡大を続け、アメリカ抜きには世界を考えることができなくなるほどの大国になり、
現在のような一極と呼ばれる地位を占めることになりました。近年では、
アメリカの影響力の弱体化が指摘されていますが、今でも世界の中心であることには変わりありません。
アメリカの強みは、過去のしがらみがないことです。
建国以来の改革を厭わない精神は今でも変わっておらず、近代への変化を全否定するイスラム国とは対照的です。
イスラム国の掲げるキリスト教対イスラム教やスンニ派対シーア派といった主張は単なる宣伝文句に過ぎず、
イスラム国の最終目標は国民全員にカリフ(預言者の後継者)への全面的な帰依を要求する封建国家の樹立
であり、民主主義国家とも民族主義国家とも王国とも共産主義国家とも相容れるものではありません。
そのうえ、イスラム社会のなかでも、イスラム国の指導者バグダーディーをカリフとして認める動きはなく、
イスラム社会を含めた世界じゅうの国家や平和に暮らしたいと考える民衆の敵といえるでしょう。
一方、アメリカの精神は天王星の影響を強く受けて、良い言いかたをすればフロンティア精神旺盛といえますが、
これまでの価値観を守りたい人たちにとっては破壊者として認識されることになります。

天王星の特徴は何と言っても、自転軸が黄道面に対して大きな傾きを持っていることです。
地球も自転軸が傾いていますが、これは占星術において非常に重要な事実です。
占星術は春分点を起点としています(いつの春分点を起点とするべきかはここでは考えない)ので、
自転軸が傾いていないと春分点がなくなってしまいます。それだけなく、四季がなくなるので、
春夏秋冬という概念そのものがなくなってしまいます。自転軸の傾きは、季節を変える原動力です。
しかし、天王星の自転軸は黄道面に対して98°も傾いている
ので、四季ができるのではなく、昼と夜が自転に関係なくおとずれることになります。
天王星の公転周期は約84年ですから、42年間昼が続き、その後の42年間夜が続くということです。
惑星が自転することにより昼と夜が現れるのは至極当たり前なことですが、
天王星は斬新なアイデア?により、自転で昼と夜が入れ替わるという常識を壊しています。
また、天王星の輪と衛星も、天王星の赤道と同じ面上で天王星の周囲を運動しています。
理由としては、天王星ができた直後、惑星を構成する星間ガスや微惑星が凝縮し衛星になる前に、
他の天体との大規模な衝突が天王星にあったからと考えられています。天王星の自転軸が傾いたあとで
輪と衛星が完成したことで、それらも母天体の自転軸に合わせて「横倒し公転」になったのでしょう。

天王星には27個の衛星と13本の環が発見されていますが、この天王星ファミリーが一団となって、
回転軸に変化を起こしているという事実は、わたしたちが集団として持つ価値観の変革を意味しています。
当然ながら、変革に抵抗する人や組織が現れます。
集団的な価値観、つまりイデオロギーの対立は、しばしば戦争を引き起こしてきました。
天王星は変革という意味だけでなく、それによって起こる衝突という副作用も含んでいるのです。
かくして、天王星は世界に不安定をもたらす凶星なのです。

また、天王星は約7年間同じ星座にとどまっていますので、世代の価値観といった観点も持っています。
現在の日本が抱えている世代間格差は、天王星の影響が及んでいる事象だといえるでしょう。
天王星のもたらす変化は、昨日北風が吹いたけど今日は南風だといった意味での変化ではありません。
エポックメイキングな変革を引き起こす大きな力なのです。その変革は良い変化とは限りません。
天王星による変革がわたしたち(特に、わたしたち全員)にとって都合のいいこと、つまり恩恵である
という甘い期待は持たないほうがいいでしょう。


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「伝統破りの星」(天王星)と「破壊と創造の星」(冥王星)がスクエア(克服しなければならない障害と困難)
している2015年。1月20日に、天王星とドラゴンテイルがコンジャンクション(合)しました。
諸行無常 是生滅法
恐怖の支配は長続きしない
最後は自由が勝つ

ドラゴンテイルと天王星

「真理を理解するには、精神はまず組織化された社会や宗教の枠組みから
自分を自由にしなければならない。
私たちの大多数は、これに言葉の上では同意する。
しかし、私たちはその枠組みを捨て去らない。
自分を自由にすることによって、自分の日常生活の中に途方もない混乱を
つくり出してしまうのではないかと恐れるためである。
理解は正しい行動と、その理解を言葉にしたいという衝動を生み出す。
ある真理は、たぶんあなた方はご存じだろうが、
あなたがたんにそれを繰り返すときはもはや真理ではなくなってしまう。それは
あなたが自力でそれが真理であることを発見したときのみ、真理なのである。
プロパガンダは他者の真理のたんなる繰り返しに過ぎない。
あなた自身がその真理を発見したとき、
それはプロパガンダであることをやめるのだ。」

~自由と反逆 ――クリシュナムルティ・トーク集 J・クリシュナムルティ~

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2015_02_02


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書籍の紹介

龍女「みなみ」からあなたへの
不思議なメッセージ集
新感覚のファンタジー!!

書籍表紙

不思議の国の「みなみ」
 宇宙へつながる秘密基地

「みなみ」 今月のメッセージ

不思議の国では、
時間は動かないんです。

プロフィール

舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:46歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

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