同聚院 内容概要 (京都観光Navi:同聚院) 
臨済宗東福寺派に属し、東福寺塔頭(たっちゅう)の一つである。 東福寺の寺地一帯は、
平安時代中期・延長2年(924)頃に藤原忠平が法性寺(ほっしょうじ)を建立した所で、寛弘3年
(1006)には藤原道長が40才の賀にあたって五大明王を安置する五大堂を境内に造営した。
法性寺はその後も藤原氏が造営に力を入れたが、鎌倉時代初期には衰微し、
その故地に九條道家が東福寺を建立したのである。本寺は藤原道長が建立した五大堂の遺跡で、
五大明王のち中尊不動明王坐像が幾多の災害をこえて本寺にまつられている。
像は仏師定朝の父・康尚の作品で、像高265センチの巨大なもの。
忿怒(ふんぬ)相の中にも優美さをたたえた藤原美術の代表彫刻の一である(重要文化財)。
世に「じゅうまん不動(じゅうまんふどう)」と称され毎年2月2日「じゅうまん」の字を書いた屋守護が
施与される。「じゅうまん」は「土力」(土地の守護)又は「十万」(十万の眷属(けんぞく)を従える)
の2字を一字にした文字といわれ、火災除けをはじめ除災の霊験あらたかな不動として信仰が深い。
東山区本町15丁目(東福寺内)

京都紅葉
左から、醍醐寺、東福寺、大覚寺

京都に紅葉を見に来られるかたは大勢いますが、醍醐寺、東福寺、大覚寺のすべてに行く人は
あまり多くないでしょう。場所がバラバラですし、この3つの寺に行く必要性もありません。
しかし、この3つの寺には意外な共通点があるのです。

古来、日本の陰陽道では、北東の方向を「鬼門」と称して万事に忌むべき方角としていますが、
もともとの陰陽論としては、必ずしも忌むべき方角ではありません。
それより重要な方向は、天門と称される乾(いぬい)の方角です。つまり北西です。
(なぜ、乾が北西なのかはここでは考えないことにします)
乾も、怨霊、災いが出入りする方角であるとして、忌むべき方角とされていますが、
この天門を鎮めることが、個人、組織、都市や国家にとっても繁栄にかかわる重大事なのです。
京都という都市で考えてみますと、天門に当たる方向にあるのは隠岐です。
「清き水も淀めば腐る」と言われるように、流れをせき止めないことが重要であり、
隠岐からの「気」の流れを京都に留まらせないためには、流れの受け手が必要です。
そこで、「気」の流れをよくするために造られたのが、伊勢神宮なのではないでしょうか?
伊勢神宮は京都の気の流れを促進しているのです。
よって、現在の地図を見ると、隠岐と伊勢神宮を結ぶライン上に京都があることになります。
伊勢神宮を創建するときには、陰陽師的な人が場所を定めたのではないかと思われますが、
陰陽師には、隠岐から流れる気のラインが明確に見えていたと推察されます。
それを知ったうえで伊勢神宮を建てたとすれば、伊勢神宮の上に隠岐から流れる「気」のライン
があると考えられますが、「気」の発信源である隠岐は広いので、そのラインがどこにあるのかを
明確にすることができません。隠岐は島全体が「気」で満ちているので発信源が特定できません。

そこでこのラインを確定させるために、京都府亀岡市にある天照皇大神社に着目しました。
この神社が隠岐と伊勢神宮を結ぶライン上につくられたという証拠はないのですが、
これを仮説として検討してみます。天照皇大神社の北西にある、京都府南丹市の護国寺も
このライン上にあります。南東の端は、伊勢神宮の内宮(遷宮するので、その中間にセット)
にします。現在では、正確に2点間の最短ラインを決定することができます。
隠岐から伊勢までくらいでしたら、地図上の直線も、実際の直線(最短コース)と
それほど違わないのですが、敷地のどこをこのラインが通っているのかを確認するためには、
最短コースをラインとして表記する必要があり、大圏航路がほぼそのラインに一致します。
そして、この隠岐-伊勢神宮ラインを正確に調べてみますと、
ラインの真上にあるのが醍醐寺、東福寺、大覚寺です。
下の図を見ていただければ分かりますが、 隠岐-伊勢神宮ライン上のそばに、
醍醐寺、東福寺、大覚寺があるというのではありません。敷地のど真ん中にラインが走っています。
大覚寺は、空海が五大明王を安置する堂を建て、修法を行ったのが起源とされています。
また、醍醐寺は空海の孫弟子にあたる聖宝が開山したことがはじまりで、五大明王が安置されている
ことで知られています。五大明王についてはここでは詳しく触れませんが、密教に関係したもの
であり、大覚寺、醍醐寺は真言宗のお寺ですから、真言密教に関係したものであると考えられます。
密教は秘密の教えですから、その内容は明らかではありません。
しかし、五大明王の由来には、「五行」がなんらかの形で関係しているのではないでしょうか?
これに対して、東福寺は禅のお寺であり、五大明王とは無縁であるように思われますが、
上の引用にありますように、ここには東福寺が建てられる以前に法性寺というお寺があって、
ここに五大明王が安置されていたのです。
京都で五大明王と言えば東寺が有名ですが、後は、大覚寺、醍醐寺ぐらいで、
五大明王が安置されているお寺は非常に珍しい寺なのです。
上の引用で紹介しました、東福寺塔頭である同聚院には五大堂があるのですが、
不動明王以外は失われているので、祀られているのは不動明王だけです。
昔は、ここで示した隠岐-伊勢神宮ラインを確認することはできなかったのに、
このように五大明王のある寺がこのライン上にぴったりのっかっているのです。
これは、このラインを感じる人がいたからではないでしょうか?
そしてその人は、陰陽五行に詳しかったと思われます。

ちなみに、この隠岐-伊勢神宮ライン上には京都駅があります。
しかも、新幹線のホームにいたっては、ど真ん中を通っています。これは、たまたまなのでしょうか?

伊勢隠岐ライン

大覚東福醍醐寺
隠岐-伊勢神宮ラインの表示には「Googleマップで大圏航路を表示する」を使用しています。
図中のピンク色のラインが大圏航路です(地図の出典はgoole)


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舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:46歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

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