二度と生まれ変わらない死=「涅槃」 (4月11日 NHKテキストビュー
『涅槃経(ねはんぎょう)』はブッダの最後の旅の様子が語られた経典である。
「涅槃」という単語の意味について、花園大学教授の佐々木 閑(ささき・しずか)氏に伺った。
涅槃には大きく分けて「悟りを開くこと」と、「その悟りを開いた人が死ぬこと」という二つの意味がありますが、
『涅槃経』の涅槃は「死ぬ」方です。それは、悟りを開いた者だけが到達できる特別な「死」であり、
二度とこの世に生まれ変わることのない完全なる消滅を意味します。この涅槃という言葉を理解するには、
当時のインド人が共有していた「輪廻(りんね)」の考え方を知っておく必要があります。
輪廻とは、「あらゆる生き物は、死んでも死んでも、別のかたちに生まれ変わり続ける」という思想です。
「亡くなったお父さんが天国へ行って、私たちを永遠に見守ってくれている」といったキリスト教のような
生まれ変わりではありません。生まれ変わった先にもやはり寿命があり、その寿命がくればまた別のところへ
生まれ変わっていく、このサイクルが無限に続くというのが輪廻です。生まれ変わりの場所も決まっていて
「天の神々」「人」「畜生(動物)」「餓鬼(がき)」「地獄」という五つの世界で、私たちは生まれ変わり
死に変わりを延々と繰り返す、そういう世界観です(後の時代、「阿修羅(あしゅら)」が入って六つになりました)。
「永遠に再生を繰り返します」と聞けば、うれしいようにも思いますが、「生きることは苦しみである」と考える
仏教の立場から見れば、それは永遠に苦しみが続くということを意味します。
「生まれ変わっても苦しみしかない」のなら、二度と生まれ変わらないことが最上の安楽ということになります。
「もうこの先二度と生まれ変わらない」という確信を得た時、人は真の安楽に身をゆだねることができるのです。
そしてそのような状態に入ることを涅槃と言います。輪廻を止めて涅槃に入ることこそが、仏道修行者にとって
の究極の終着点であると考えられていたのです。では輪廻を止めるには具体的になにをしたらよいのか。
ブッダは次のように考えました。我々を輪廻させるのは業(ごう)のエネルギーである。
それを取り除かない限り輪廻は止まらない。では業のエネルギーを作り出す原因はなにか。
それは我々の心の中にある「悪い要素」、すなわち煩悩である。
煩悩が作用すると業エネルギーが生み出され、我々は自動的に輪廻してしまう。したがって我々が為すべきことは、
自力で煩悩を断ち切って、業エネルギーが作用しないようにすることだ。そのためには精神集中のトレーニングに
よって心の状態を正しく把握し、煩悩を一つずつ着実につぶさねばならない。それが修行の意義である。
もちろん現代人の多くは、輪廻を信じることなどできないでしょう。しかし輪廻とか業といった古代インド特有の
考えから離れて、「自己の努力によって煩悩を断ちきり、それによって真の安らぎを得る」という視点でみれば、
ブッダの教えは現代人を苦しみから救う貴重な道しるべになっているのです。
■『NHK100分de名著 ブッダ 最期のことば』より

涅槃仏

日本の仏教が、輪廻転生を受け入れているのかいないのか知りませんが、
輪廻転生肯定派の場合、仏教の目的は「輪廻を止めて涅槃に入る」ことですが、
輪廻転生否定派の場合、「苦しんでいる衆生を救済する」ことが目標
なのでしょうか?その場合、「輪廻を止めて涅槃に入る」という究極の目標は
放棄したということなのでしょうか?それとも、それは究極の目標ではあるが、
当面の目標ではないということなのでしょうか?
それとも、ブッダの輪廻転生の教えはなかったということにしたのでしょうか?
仏教の場合、輪廻転生をスルーしたくなる気持ちも分からないでもありません。
仏教の輪廻転生はかなりショッキングなものだからです。


仏教が説く輪廻はおそろしい (2012年6月3日 仏教の教えと瞑想~原始仏教の世界
六道輪廻はお釈迦さまが最初に言われた輪廻の様ですが、お釈迦さまが説かれる輪廻は、世間一般に信じられて
いるのとは違うところがあります。まず、生命は、何か目的を持って転生しているのではないということです。
これを聞いただけでもショックを受ける方もいらっしゃるかもしれません。ですが仏教では、このように説きます。
魂の成長をはかるため、とか、何か使命を帯びているため、というのは原則的にありません。
生命は、ただ「執着と無明の煩悩によって輪廻しているだけ」と喝破します。
はっきりいって夢も希望もありません。メルヘンちっくな話しは、お釈迦さまの輪廻転生にはほとんどありません。
もっとも輪廻の中にも、変易生死(へんにゃく-しょうじ)というのがあります。変易生死とは、悟りの門に入った
預流果以上の生命(聖者)が、悟りを得るために輪廻を続けることをいいます。変易生死は特殊なケースです。
一般的には分断生死(ぶんだん-しょうじ)といいます。ほぼすべての生命は執着や無明に基づいて、
オートに輪廻転生を繰り返しています。分断生死の輪廻がほとんどすべてです。
この部分を書いただけでも、読んだ方は、暗い気持ちになるのではないかと思います。すので、
この仏教的な輪廻の思想を生理的に拒絶する方が多くなります。また言及されない方もいらっしゃいます。
ですが仏教は、一面、まずこの真実を受け止めた上で、修行しましょうと説きます。
とはいいましても、輪廻の思想に耐えられない場合も出てくると思います。もしも不安や恐怖を感じる場合は、
スルーしてください。前にも書きましたが、自分で確かめられないことは鵜呑みしない、という姿勢です。
真実とは鋭い刃のようであり、時として人を恐怖と不安に叩き落とします。仏教で説く輪廻転生には、実に、
ブログでは書けないほどの恐ろしい話しもあります。書けば、ショックを受けてトラウマを抱える方も出てくる
と思います。ですので輪廻転生については慎重に書かざるをえなくなります。

大変不謹慎ではありますが、輪廻転生のイメージはこんな感じです。

ハムスターが夜中に回し車回しまくってうるさかったから回し車固定したら・・・
(5月26日 カナ速 - 2ちゃんねるまとめブログ)
ハムスター
3日で死んだ
なんで?…餌も水もちゃんとあげてたのに
運ど不足で死ぬことあるの?……  (後略)

ハムスターのほうがまだましかもしれません。
ハムスターは死ねば、回し車から逃れられますので・・・😓😓😓
生きている間に悟りをひらくことなく、輪廻転生から逃れたいかたは、
記事53-6で紹介しました「チベットの死者の書」をお読みください!!!


 本当のところ、輪廻転生は存在するのでしょうか?
 問題は、<わたし>とは何者かということです。
 <わたし>は脳によって生み出されているのか?
 それとも、<わたし>は、脳を経由してこの世に姿を
 現しているのか?そして、わたしの考える<わたし>は
 <わたし>のすべてなのか?
 現代の科学では、結論を出すのは難しそうです。


〈わたし〉はどこにあるのか: ガザニガ脳科学講義 (5月25日 文系の自然科学本の書棚>脳/医学)
分離脳研究で知られるガザニガが、脳科学の知見に基づき、意識、自由意志と責任、社会的行動などを論じたもの
著名な認知神経科学者ガザニガが行った二週間の連続講義をまとめたもの。
本書は、脳科学の発展を辿り、また著者らの分離脳研究を紹介しながら、脳の働きを見ていくことからはじめる。
ヒトの脳には、モジュールと呼ばれる「特定の仕事をする局所的かつ専門的な回路」がいくつも存在しており、
脳は並列分散処理をしているという。モジュールの構築は「脳の大きさ」と関係があるようだ。
著者は分離脳の研究をとおして、「意識的経験とは、専門の能力を持つ複数のモジュールから生じる感覚なのでは
ないか」と考える。「専門的な能力を発揮する領域が脳内で次々に見つかり、意識的経験がそうした領域と密接に
結びついていることが判明したことによって、意識は脳全体に分散しているのだという見解に到達した」という。
脳は無数のモジュールで構成されており、脳に「ボス」はいない。そうであるなら、なぜ私たちは統一のとれた
「わたし」を感じているのか。それは、左半球にある「インタープリター・モジュール」の働きによるというのが
著者の主張だ。「インタープリター(解釈装置)」というのは著者らの命名。
意識に関する本書の見解は、つぎのようにまとめられている。「現在の神経科学では、意識は総合的な単一の
プロセスではないというのが定説だ。意識には幅広く分散した専門的なシステムと、分裂したプロセスが
関わっており、そこから生成されたものをインタープリター・モジュールが大胆に統合しているのだ。
意識は創発特性なのである」と。「自由意志」をどう考えるか、というのも本書の大きなテーマ。
自由意志と責任の問題、私たちの社会的行動についても論じられている。




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2015_11_27


心が強い人が持つ「他人に反応しない」技術 (8月12日 東洋経済オンライン)
もう、ムダに反応するのはやめなさい
golden buddha statue
悩みを生む「ムダな反応」していませんか
ブッダの考え方の特色は、「肯定」も「否定」もしないこと。「なるべく良し悪しを判断しない」という発想に立ちます。
というのも、いいとか悪いとか、勝ち負けや優劣を作り出すのは、人間の「判断」だからです。判断によって
優越感をもつこともあれば、コンプレックスに悩むこともあります。「判断こそが悩みを生んでいる」と理解して、
「ならば、ムダな判断はしない」という「考え方」に立つのです。もうひとつの特色は、「何をめざすかは人それぞれ、
目的は個人が選んでいい」というオープンな立場に立つことです。「承認欲」だって否定する必要はありません。
仕事・勉強で認められることをめざすのもよし。「認められることに大して意味はない」と割り切って、
自分の道を進むもよし――この発想の自由さが、目覚めた人ブッダの特色です。
大切なのは、「悩み」が出てきたときなのです。(中略)
悩み・空しさから脱出しようと思えば、「もう、ムダな反応をしない!」と決心するしかありません。
どうやって? その方法を一部紹介しましょう。
ひとつは「心の状態を理解する」という心がけ――“瞑想タイム”のススメです。
まずは、デスクの前でも、電車の中でも、目を閉じて「心を見つめる」時間を作ります。そして、「怒り」を
感じているときは、胸のあたりを見つめて「怒りが湧いている、怒りがある」と、冷静に理解するようにします。
仕事で大きなミスをしてしまって、かなり動揺したときには、「動揺しているな、落ち込んでいるな」とありのままに
理解します。大事なのは、このとき「腹を立ててはいけない」とか「動揺してはいけない」と「否定」しないことです。
そのために、アタマの中で「怒りがある」「動揺している」と客観的に“言葉で”確かめるとよいでしょう。
こうして、「心の反応を理解する」にとどめて「それ以上に反応しない」ように心がけるのです。
最初は難しく感じるかもしれませんが、だんだんできるようになります。
もうひとつの方法は、「カラダの感覚を意識する」という方法です。たとえば、
・出勤途中の「歩いている足の裏の感覚」を意識します。右足、左足、右足……と歩きながら、足の裏を感じ取ります
・仕事の合間に目をつむって深呼吸をして「お腹のふくらみ・縮み」を意識します
(初めての人は手のひらをお腹に当てて「ふくらんでいる、縮んでいる」と意識するとよいでしょう)

 悩みは「消す」ことができる。そしてそれには「方法」がある
 --ブッダの「超合理的で、超シンプル」な教えを日常生活に活かすには?
 注目の“独立派”出家僧が原始仏教からひもとく“役に立つ仏教”。
【目次】
 第1章 反応する前に「まず、理解する」
 第2章 良し悪しを「判断」しない/
 第3章 マイナスの感情で「損しない」
 第4章 他人の目から「自由になる」/
 第5章 「正しく」競争する
 最終章 考える「基準」を持つ

イスラム原理主義というと過激派というイメージがつきまといますが、そうでない
人もいます。キリスト教にも原理主義者はいます、というより、もともと原理主義者
といえばキリスト教原理主義者のことです。どちらも共通しているのが、いい意味
では用いられていないことです。仏教の場合、原理主義者と呼ばれる人がいるのか
どうか知りませんが、イスラム教原理主義者・キリスト教原理主義者のような極端な
思想を持つ可能性はないのではないでしょうか?なぜなら、ブッダは、人によって
様々な話をしているので、「厳密にそれを守る」ことが難しいからです。
これこそ、本当の教えではないでしょうか?科学だって、つき詰めると何が真実
なのかよく分かりません。どうしても、「真実は何か」というならば、
「変わり続けることだけが変わらない真実だ」ということになってしまいそうです。
とはいえ、
「所詮、この世は苦しみの世界」
「究極の目標は、この苦しみの世界からの永遠の脱出」
こそが、仏教のエッセンスなのではないでしょうか???
こうしてみると、仏教原理主義的教義は意外に過激なのかもしれません!!!


第4回 原始仏教の様相 (仏教へのいざない 東京大学仏教青年会)
仏教の広がり 苦行を止めたブッダは菩提樹の下で瞑想に入り、悟りを開いた。
 その直後に通りかかり、食べ物を布施したいと申し出た二人の商人が、
 仏教史上最初の在家信者とされる。そして、初説法(初転法輪)の際に、
 それを聞いて悟った五人の比丘が、仏教史上最初の出家修行者とされる。
 その後も、ブッダとその弟子たちの布教により信者数は増大し、徐々に
 組織化が進んで、サンガ(僧伽)と呼ばれる仏教僧団が成立した。
 出家修行者には、二百五十戒を受けた比丘(男性出家修行者)と
 三百四十八戒を受けた比丘尼(女性出家修行者)があり、別々の僧団を
 運営していたが、比丘尼僧団は常に比丘僧団の指導下に置かれていた。
 また、比丘のもとには沙弥、比丘尼のもとには沙弥尼、およびその
 一変形である式叉摩那という見習いがいた。一般に出家者といった場合
 には、この五種類のうちのいずれかを指す。一方、在家信者は男性が
 優婆塞、女性が優婆夷と呼ばれていた。彼らは仏・法・僧の三宝に帰依
 することによって在家信者として認められ、普通はその直後に五戒の受持
 を誓った。そして、出家修行者は説法を通じて在家信者を教え導き、
 在家信者は経済的な面で出家修行者をサポートするなどといったように、
 両者の間には相互依存の関係が成立していた。

原始仏教僧団は、ブッダの入滅後およそ百年にわたって統一を保っていたが、組織の拡大や時代の変遷に伴って、様々な
点で意見が分かれるようになった。なかでも、教団の規則をめぐって保守派の上座部と進歩派の大衆部の間に生じた対立
は非常に大きく、原始仏教僧団は大きく二つに分裂してしまった(根本分裂)。その後も、地域差や教義の差によって、
さらなる分裂(枝末分裂)を繰り返してゆき、二百年から三百年の間に、最終的には約二〇の部派に分かれた。
そして、各部派が様々な解釈を行い、相互に自らの正統性を主張する部派仏教の時代に入っていった。
相手に応じて教えを説く
原始仏教の根幹をなす重要な教えとしては、ブッダが菩提樹の下で悟ったとされる縁起の教えと、初説法で説いたとされる
四諦・八正道の教えを挙げることができる。縁起の教えは、人間の根本的な無知(無明)から老いや死という苦しみ(老死)
へと至る一二段階のプロセスを因果関係でもって明らかにした理論である。一方、四諦の教えは、1人生は苦しみに
満ちているという真理(苦諦)、2苦しみには原因があり、それは欲望であるという真理(集諦)、3苦しみの原因を取り
除けば、涅槃に到達するという真理(滅諦)、4涅槃に到達するための実践方法があるという真理(道諦)という四つから
成る。そのうちの道諦が、正しい見解(正見)、正しい考え方(正思)などの八つの正しい道から構成されており、八正道
と呼ばれている。以上のほかにも、応病与薬(病に応じて薬を与える)という言葉もあるように、原始仏典のなかの
ブッダは相手に応じて、時に優しく、時に厳しく、様々な教えを説いたため、原始仏教の教えは非常に多彩である。




2015_11_25


日本にも蔓延する「ポジティブ思考」という病 (9月9日 東洋経済オンライン)
ドイツにおいてはネガティブなことをいっさい言わずポジティブなことしか言わない人は、「自分の頭で考えることの
できない中身のない人」「知識や教養がないから批判のひとつもできない人」と思われることが、しばしばあります。
なお、ポジティブ発言が多く、かつ笑顔を絶やさない人に関しては「新興宗教の勧誘の人かしら」と周囲の人から
警戒されることもあります。ヨーロッパ人は米国人と比べるとネガティブ思考の人が多く、あまり「ポジティブ思考」
なるものを信用していない人も多いのですが、ドイツで育った私もまた「ポジティブ思考」に違和感を抱くひとりです。
「暗い話」で意気投合するドイツ人たち
確かに米国人はポジティブです。彼らと話していると、愚痴やネガティブな内容のことを聞かされることはまずない
ですし、口から出る言葉は前向きそのものです。あまりついていけていない私を察してか、ご丁寧に“Be positive!”
(「ポジティブにね!」)とか“Think positive!”(「ポジティブに考えよう!」)と言ってくださる方もいます。
ネガティブなことをいっさい口に出さないあの明るさには、きっと何か裏があるのではないか、と当初はよく勘ぐった
ものです。「心の中は本当のところ、どうなっているのだろう。何かどす黒いものが渦巻いているのではないか……」
などと、ひねくれた考え方をしたことも一度や二度ではありません。というのも、同じ人間であるにもかかわらず
ドイツ人は基本的にネガティブな情報を発信するのが好きな人たちです。初対面であっても、あいさつや自己紹介も
そこそこに「天気が悪すぎる、政治も悪すぎる、地球の環境汚染が心配だ、食品の安全も心配、仕事は大変だし、
ITによって世の中からはどんどん人間らしさが失われているし、そもそも……」とネガティブな話が延々と続くことが
珍しくありません。聞いている側もうなずきながら、自分のさらなるネガティブ体験を語ったり、ネガティブな会話の
中でお互い意気投合したりと、何気に楽しそうです。ところが来日後、日本人、ドイツ人、米国人が多くいる職場で
働くようになってから、じつはネガティブ思考やネガティブ発言をよしとしているのはドイツ人だけであるということ
を実感させられました。ドイツ人に「元気?」と聞けば「ちょっと猫の具合が悪くてね……」という返事が返ってくる
ことも少なくないのに、米国人にいたっては「元気?」と聞けば必ず「元気!」という答えが返ってきたものです。
そして日本人も基本ポジティブ思考です。たしかに米国人よりは愚痴の頻度が多い気がしないでもないですが、
そうはいっても日本の社会全体に「ポジティブ思考」が広く浸透している印象を受けます。(後略)

 成功すれば幸せになれるように思いますが、
 実際は、幸せな人間が成功するのだそうです。  
 ネガティブであるよりポジティブのほうがいいことは確かです。
 どんなに厳しい環境にあってもポジティブであり続けることで、
 新しい道を切り開いた偉人がおられることも間違いないでしょう。
 どんなことにも、ポジティブな面があるものです。
 ポイントは、気持ちの切り替えなのでしょう。


<内容>ハーバード大学で人気第1位の講師直伝。「自分は幸せだ」と思える人ほど、よい結果を生んでいる。
    最先端のポジティブ心理学が解き明かす「成功」と「幸福」の驚くべき関係。

しかし、生まれつきネガティブな人もいると思います(わたしもネガティブです)。
そのようなタイプの人は、ポジティブを目指さないほうが賢明だと思います。
生まれつきネガティブな人が最も危険なのは、ポジティブになり過ぎたときです。
ポジティブなときに厳しい現実に直面して、超ネガティブに落ち込みます。
ややネガティブなときはそれなりの覚悟があるので、何が起きても超ネガティブには
なりにくいものです。ネガティブな人間から見れば、幸福は「不幸の不在」です。
幸福になる方法は思いつきませんが、不幸にならない方法はある程度考えることが可能
です。科学だって評価できるのは、「確かさ」ではなく、「不確かさ」ですから・・・
第8章には「ラッセル幸福論」について書いていますが、ラッセルの言うように、
「自分自身に無関心になることを学んだ。注意を外界の事物に集中するようになった。」
を実践すれば、「不幸さ」は確実に減少するように思います(ゼロにはなりませんが)。
自分を認識することがなければ(つまり動物は)、不幸になりようがありません。
「自分」を考えないようにすることが難しいのなら、外部のものに集中することです。


銀河たち
Image credit: X-ray: NASA/CXC/MIT/M. McDonald et al.; Optical: NASA/STScI

Galaxy clusters are often described by superlatives. After all, they are huge conglomerations of galaxies, hot gas,
and dark matter and represent the largest structures in the Universe held together by gravity.
Galaxy clusters tend to be poor at producing new stars in their centers. They generally have one giant galaxy
in their middle that forms stars at a rate significantly slower than most galaxies – including our Milky Way.
The central galaxy contains a supermassive black hole roughly a thousand times more massive than the one
at the center of our galaxy. Without heating by outbursts from this black hole, the copious amounts of hot gas
found in the central galaxy should cool, allowing stars to form at a high clip. It is thought that the central black
hole acts as a thermostat, preventing rapid cooling of surrounding hot gas and impeding star formation.
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日本語で「銀河」というと、恒星や星間物質の集まりである銀河なのか、太陽系が属している銀河なのか、
文脈を読みとる必要があります。一方、英語の場合でもどちらもgalaxyですが、以下のように区別が可能です。
the Galaxy:わたしたちが存在する銀河(つまり、天の川銀河)
       上の文章では、our Milky Wayまたはour galaxyと表現されています。
(可算名詞)galaxy:(恒星や星間物質の集まりである)銀河
without:「…なしで」よりも、「 もし…がなかったら」と訳したほうがよい場合もあります
at a fast(good、rapidなど)clip:急速に
impede:邪魔する


2015_11_23


大きいほど幸福感?脳の部位 京大、世界初の相関解明 (11月20日 京都新聞)
幸福を強く感じる人ほど右脳の特定部位が大きいことを、京都大医学研究科の佐藤弥准教授らが突き止めた。
幸福感と脳の構造の相関を解明したのは初めて。英科学誌に20日発表した。心理学では幸福感の強さを
質問用紙で数値的に計測できるとされる。佐藤准教授らは、質問結果と磁気共鳴画像装置(MRI)で測定した
脳の各部位の体積で相関を調べた。10~30代の男女51人で実施。質問用紙を使い、幸福感について尋ねた。
質問への回答を数値化し、各人の脳の各部位の体積と比べた結果、幸福感が強い人ほど右脳の内側にある
「楔前部(けつぜんぶ)」が大きいと分かった。また、快・不快と人生の意味についても質問し、回答を数値化すると、
幸福感関連部位同様に楔前部(けつぜんぶ)の体積と相関していた。快・不快と人生の意味の
感じ方は幸福感と関わりがあるという心理学の知見を脳科学で裏付けた。
楔前部は左右の大脳半球にある。右側の体積だけ大きかった理由は、右脳が感情を
担うとする説と関連する可能性があるという。佐藤准教授は「幸せの意味は古代の
哲学者以来、考えられてきた。脳科学的な視点で幸福の一端を解明できた」と話す。



←幸福と関わると分かった大脳の楔前部(佐藤准教授提供)

とても興味深い研究ですが、物質と心の関係はやはり謎です。
科学としての限界は、「幸福」というものが概念として曖昧なことです。
脳が精神に影響を与え、精神が脳に影響を与えるのでしょうが、先天的なものもある?
気になるのは、幸福を感じやすい人は不幸も感じやすいのかです。幸福を強く感じる
が、不幸になるとどん底になるのでしたら、感情の起伏が激しいだけです。

国連が発表する調査に幸福度報告書というものがありますが、これは、国民1人あたり
の実質GDP(国内総生産)や健康寿命、社会的支援、人生選択の自由度などから
幸福度を割り出したもので、実際にその国民が幸福なのかどうかは分かりません。
人に直接聞いてみれば分かりそうなものですが、そうでもありません。
「幸福」という言葉の意味をどのように受けとるかは、人によって異なります。
日本語の「幸福」は、英語では、「happiness」や「well-being」と言うようですが、
「happiness」と「well-being」ではニュアンスが異なるのでしょうかねぇ?


世界各国の自殺率

幸福度を客観的に判断する方法はありませんが、関連するものに自殺率があります。
宗教との関係もあって、自殺率が低いからといって幸福度が高いとは限りませんが、
自殺率が高いところは、不幸度が高いのではないかと想像できます。
ただし、女に比べて男の自殺率が圧倒的に高いところは、アルコール中毒の影響かも。
アルコール依存症は、病死以外にも自殺によりこの世を去る人が多い病気だそうです。
いずれにせよ、韓国・北朝鮮は世界のなかでも別格の自殺率です。
とはいえ、日本は、他国のことを言っている状況ではありません。
2000年以降、うつ病を中心とする「心の病」に罹る人が増加し続けています。ただ、
これは新薬発売と関係があるとも言われており、幸福の評価は難しいものがあります。


うつ病患者数



2015_11_21


生きるために知っておきたい、人が死ぬ前に後悔する17のこと (4月18日 タビジン TABIZINE
「いつか死ぬのはわかっているけれど、それは遠い未来の話」
命あるものはいつか死ぬとわかっていても、それがいつなのかなんて誰にもわかりませんし、私たちの多くが
今を楽しく生きるために、自分自身や家族、友人の死についてできるだけ考えないよう、死から目を背けている
のではないでしょうか。どんなに望んでも決して避けられない死。ですが、「死への準備をするということは、
良い人生を送るということである」とトルストイが述べたように、自分の「死」について考えることは
自分の「生」を考えることでもあります。もうすぐ死ぬと悟った人たちが、何を後悔しているのか。
それを知ることは、私たちにより良い人生を送るための大きなヒントとなるのではないでしょうか。
・他人がどう思うか、気にしすぎなければよかった
・他人の期待に沿うための人生ではなく、自分が思い描く人生を歩めばよかった
・あんなに仕事ばかりしなければよかった
・もっと一瞬一瞬に集中して生きればよかった
・喧嘩別れしなければよかった
・もっと他人のために尽くせばよかった
・もっと家族と一緒の時間を過ごせばよかった
・友達との時間を大切にすればよかった
・もっと旅をすればよかった
・リスクを恐れずにいろいろ挑戦すればよかった
・もっと自分の情熱に従って生きるべきだった
・あれこれと心配し過ぎなければよかった
・もっと自分を幸せにしてあげればよかった
・周りの意見よりも、自分の心の声を信じるべきだった
・愛する人にもっとたくさん気持ちを伝えるべきだった
・もっと幸せを実感するべきだった
・もっと時間があれば・・・


 それぞれの人がそれぞれの人生において様々な思いを持って生きて
 こられたのだと思いますが、死後にすべきことは後悔ではない。
 なすべきは、いかに閻魔様に会わなくて済むかだ。「わたしは
 悪いことなど一切していなので大丈夫だ」と考えてはいけない。
 悪いことを全くしていない人など存在するだろうか?
 普通の人は、首を切られ、心臓を食われ、はらわたを引きだされ、
 脳みそをなめられ、血をすすられ、骨をしゃぶられる恐怖に
 耐えられない。それでも死ねない。死んでいるのだから。
それらは、自分の心がつくりだしたものであるが、それを極限の恐怖のなかで
気づける人はまずいない。結果、迷いの世界へ逃げこむことになる。
「チベットの死者の書」は、迷いの世界へ行かないようにする方法が
書かれている本なのですが、最もよい方法と思われるのは、
「眼が痛くてとても直視できないほど強烈な紺青色の光を見たら、
そちらに進むこと」を自分に言い聞かせておくこと、です。
blue giant

微弱な薄明りに喜びの想いが生じても、そちらに近づかないこと。
これを実践すれば、「チベットの死者の書」を読まずとも、閻魔様に出会わない。
しかし、青い光というのは、危険だと感じられて近づきがたいもののようです。
死んだら、「恐れ」こそが最大の障害になります。
「絶対に自分は青に溶けこむ」と思っておかなければなりません。
「強い青色の光があれば、そのなかを進め」です。
そして、毘盧遮那仏に自分を仏の世界に導いてくださいとお願いをする。
毘盧遮那仏って何だという人は、この写真を思い浮かべるべし。
奈良の大仏 奈良の大仏を思い出せない日本人は、
 そんなにいないでしょう。
 東大寺に大仏を見にいったときは、
 あらかじめ、導きのお願いを
 しておくとよいと思います。
 以上、「チベットの死者の書」に
 書かれていることが嘘だと
 思う人は、無視していただいて
 結構です。
 死と再生の星である冥王星は、
 わたしたちに語りかけます。
 「冥王星は、死後の世界を
 司る神であると・・・」
 

青は殺虫光線だった。虫たちで発見 (2014年12月16日 ハフィントンポスト日本版)
ノーベル物理学賞に輝いた青色発光ダイオード(LED)の普及が目覚しい。何と、その光を当てると虫たちが
死ぬことを、東北大学大学院農学研究科の堀雅敏(ほり まさとし)准教授らが初めて確かめた。
波長が短い紫外線は生物に有害であることが知られているが、可視光の中の青色光に、紫外線より強い
殺虫効果があったのだ。常識を覆す発見といえる。新しい害虫駆除技術につながるだけでなく、光の生体
への影響を研究するのに役立ちそうだ。(中略)
可視光のうち、400~500nmの青色光がヒトの目に傷害を与えることが最近、報告されている。
青色光の殺虫効果もやや似ている。その仕組みとして、研究グループは「種によって、光感受性物質で
吸収しやすい光の波長が異なり、その波長の光が虫の体内に吸収されて、活性酸素が生じ、細胞や組織
が傷害を受けて死亡する」との仮説を提唱している。
青色殺虫光線




2015_10_14


ギリシャ首相 至極当然のことではありますが、
 借りた金は返さなければなりません。
 これは、国も、企業も、個人も同じです。
 ただ、日本とギリシャでは多少、事情が異なります。
 日本の場合、札を刷るという方法がありますが、
ギリシャの場合はそれができません。使用している通貨がユーロですから・・・
国はさておき、個人の場合はこうなります。


実録!自宅マンション競売の悲痛な実態
住宅ローンを返せないと、どうなるのか
(6月21日 東洋経済ONLINE)
6月11日、長期金利(新発10年物国債の利回り)が一時0.545%まで上昇し、2014年9月以来の水準となった。
黒田日銀の金融緩和政策によって金利上昇への警戒感はしばらく後退していたが、足元で米国やドイツの長期
金利が大きく上昇したことなどを背景に、日本の金利環境は上振れが意識されやすい地合いが醸成されている。
長期金利の上昇は、個人向け住宅ローンの利上げにも直結する。住宅ローンは返済期間が長いという特性上、
わずかな金利上昇でもボディーブローのように家計を圧迫する。
不運にして、筆者の住むマンションの区分所有者が、住宅ローンの長期滞納により自室を強制売却(競売)
させられた。賃貸住宅なら契約を解除することで返済義務を逃れるが、分譲の場合はそうはいかない。
あらためて、住宅ローン呪縛を目の当たりにすることとなった。
離婚から"滞納の連鎖"が始まる (略)
抵当権の実行で強制的に自宅売却 (略)
家を失ってもローン返済はなくならない
しかし、非情にも住宅ローン呪縛はこれで終わらなかった。競売後も返済請求は消滅しなかった。
というのも、売却代金でローン残債が相殺できない場合、競売後も未払い分の住宅ローンを返済し
続けなければならないからだ。こうしたローンを「リコースローン」という。Aさんの場合も相殺できなかった
ため、アルバイトをしながら住宅ローンの未払い分を返済し続けなければならなかった。
米国では、マイホームを手放しさえすれば、たとえ売却価格がローン残債を下回る担保割れ状態に陥っても、
それ以上の責任を負わないのが一般的だ。「ノンリコースローン」といって、住宅ローンの利用者には
有限責任が課されるため、自宅の明け渡しと同時に、すべての権利・義務から解放される。
他方、日本は競売後も完済するまで住宅ローン呪縛から逃れられない。考えてみてほしい。無条件に
債権を放棄していたら、金融機関の経営が不安定になる。滞納者の債務免除を繰り返していたら、
返済秩序を歪める原因にもなりかねない。
長期返済となる住宅ローンでは、病気や事故、あるいは勤務先の破綻やリストラなど、本人の意思に反して
返済計画が狂うことは決して珍しくない。返済期間が20~30年ともなれば、何が起きても不思議ではない。
このことからわかるように、住宅ローン借入時には常に競売される可能性を意識・警戒する必要がある。
換言すれば、住宅ローンを組んでマイホームを手に入れる「責任」や「覚悟」に対する自覚が欠かせない。
いったん返済計画が狂い始めると、元の状態に戻すのは困難を極める。借りたものを返すのは当然のこと
なのだ。滞納の行き着く果ては競売であることを認識したうえで、住宅購入の決断をすべきである。

現状、中古の家など二束三文です(特に地方では更地のほうがまだましです)。
家を売ってもたいした現金にはなりません。競売ならなおさらです。
担保にとられた不動産の処分価格が融資金の弁済額に及ばなかった場合には、
他の財産や保証人から全ての債権が回収されることになります。
そもそも借金は、それを元手に利益を得るための手段です。2008年以前、
アメリカにおいてサブプライムローンを返せなくなった人たちの多くは、
住宅価格の値上がりを期待していたのです(そうならなかったのですが)。
でも、アメリカでは、マイホームを手放しさえすれば借金は残りません。

日本の場合、圧倒的に貸し手有利です。
それが不満ならば、借りなきゃいいんです(厳しい言いかたでゴメンなさい)。
最近では、返せなくなるのは住宅ローンだけではありません。

大学卒業後、奨学金を返せない人が増えています。

奨学金も借金

奨学金が返せないならば、救済措置を申請すべきです。
次の記事では、地獄について書こうと思っているのですが、
あの世の地獄なんて、実はたいしたことはありません。

この世の借金地獄に比べれば・・・

生き地獄
GOTRIP! 「絶景すぎる地獄の業火!まるでファンタジーな青い炎のマグマが流れる」



2015_06_30


ついに全米発売、「ゼロ・トゥ・ワン」の衝撃度
競争は負け犬がするものだ、独占せよ (2014年9月16日 東洋経済ONLINE)
 (前略)ティール氏は折りに触れて、世界を変えるようなイノベーションの大切さ
 を説く。われわれの文明や文化は、「テクノロジーの進化が加速することを
 前提に成り立っている」からだという。だが大半の人々は、画期的な
 イノベーションが「起これば素晴らしいが、起こらなくても大した問題ではない」
 程度の認識だと、同氏は警鐘を鳴らす。
  「たとえば、代替エネルギー。『これが世界で最も大切な問題だ』と考え、
 注力すれば実現するが、『放っておいても解決する問題』とみなせば、
 実現しない」(母校スタンフォード大学で行われたTEDxトークでの講演より)。
 また、ティール氏は、スタンフォード大学ロースクール卒業後、30歳でペイパル
 を創業するまで法律と金融の仕事に就いていた「回り道」の経験から、
 「新しいことを始めるのに待つ必要はない」(9月10日付フォーブス電子版、
9月29日号掲載)と説く。こうした持論の下、2011年には、20歳以下の大学生約20人に起業のための
奨学金を与える「20 Under 20(トウェンティー・アンダー・トウェンティー)」基金を発足させた。
「大学を中退すること」を条件とし、2年間で1人につき10万㌦(約1070万円)を支給する。
中退を強いることへの批判に対しては、「起業がうまくいかなければ大学に戻ればいいだけの話で、
さほどリスクはない」と、意に介さない。
これまで選ばれた奨学生の出身地は、シリコンバレーやニューヨーク、ソルトレイクシティといった
国内都市にとどまらない。ロンドンやシンガポール、トロント、ニューデリー、北京など、グローバルだ。
一方、「よりリスクが大きい」のは、卒業後、多額の学生ローンを返済するために不本意な仕事を
何年も続けることだと、ティール氏は言う(英誌エコノミスト主催のイベントでのビデオインタビュー)。
借金に縛られ、やりたいことをやれず、若者が「未来を奪われる」ことの方が、はるかに大きな問題だという。
不毛な競争で消耗するな
誰も知らない、誰も試していないことは何か。まだ解決されていない問題は何か。既存のサービスや
製品を後追いし、不毛な競争で消耗するより、10~20年先を見据えて計画を立て、世界を変える
イノベーションを興し、「ゼロから1」をつくり上げろ――。
カリスマ・ベンチャーキャピタリストの言葉は、はたして日本の起業家志望の若者たちの胸にどう響くだろうか。

電機各社の時価総額

イデオロギーとしての競争 ~ZERO to ONE ピーター・ティール~
クリエイティブな独占環境では、社会に役立つ新製品が開発され、クリエイターに持続的な利益がもたら
される。競争環境では、誰も得をせず、たいした差別化も生まれず、みんなが生き残りに苦しむことになる。
それなら、なぜ人は競争を健全だと思いこんでいるのだろう?それは、競争が単なる経済概念でもなければ、
市場において人や企業が対処すべきただのやっかいごとでもないからだ。何よりも、
競争とはイデオロギーなのだ。社会に浸透し、僕たちの思考を歪めているのが、まさにこのイデオロギーだ。
僕たちは競争を説き、その必要性を正当化し、その教義を実践する。その結果、自分自身が競争の中に
捕らわれてしまう―実際には、競争すればするほど得られるものは減っていくのに。
それはわかりきったことなのに、僕たちはそれを無視するように刷り込まれる。(中略)
社員は出世のためにライバルとの競争に執着するようになる。企業もまた、市場の競合他社に執着する。
そんな人間ドラマの常として、人は本質を見失い、ライバルばかりを気にするようになる。(中略)
負けるよりは勝った方がいいけれど、戦争自体に闘う価値がなければ、全員が負ける。

不毛な競争があるのではなく、競争はすべて不毛なのだ。
核戦争に勝つようなもの。
「青」を見て、競争なんか忘れよう!

青い空と海





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> 海・海岸の風景 > 水平線  「青い海と水平線」

青い宇宙を見て、ちっぽけなことは忘れよう!
青い宇宙
Beauty Your Desktop & 10wallpaper.com
blue galaxy-Space exploration secret wallpaper Wallpapers View

生物の青も美しい!心が落ち着く。
青い夜光虫
wondertrip > 幻想的な光景を生み出す爽やかなスカイブルー『三河湾の夜光虫』

青色のクラゲ
ナショナルジオグラフィック日本版サイト > 10億匹の青いクラゲが大量死、米国西海岸で
これはイマイチ癒されないな。


2015_05_13


五月病とは?症状と対策・予防法を大公開!あなたは大丈夫?>
どんな人がなりやすいの?
 (4月6日 WAVENEWS ウェーブニュース
五月病といっても、新入生や5月に限って起きる病気ではありません。こんな人は要注意です。
とにかく真面目。責任感がありすぎる /完璧主義で物事にこだわりがち
内向的で孤立しやすい /過保護に育てられた /急な変化に対応するのが得意でない
/自分に見合わないことをしている(リーダー向きじゃないのにリーダーをしている等)
こんな人がが五月病になりやすいそうです。たいていの場合は一過性の心身の不調で、
1~2ヶ月で自然と環境に慣れ、症状が良くなると言われています。
五月病への対策をする
(中略)最も効果があるのは、気分転換・リラックスすること。
忙しくてなかなか出来ないよ…と言う方は意識して息抜きをとることが必要です。
ちなみにある人はこんな対策をしているみたいですよ。
河川敷をゆっくり散歩すると気持ちいいですよね。
旅行の写真や、趣味に打ち込む時間があるといいかもしれません。
結構有効なのがこの方法。新しいアイテムを身に着けてみましょう。気分が上がりますよね。
美味しいものを食べると、気分もゆったりとしてきます。
他にもいろんな対策が出来ますよ。その幾つかをご紹介しましょう。
「○○せねば」という完璧主義になっていないかチェックしてみましょう。新しい仕事に新しい人間関係、
全部完璧にやる必要はないのです。春は評価が気になる時期ですが、見てくれる人は自分の長所を
見てくれて応援してくれます。少しぐらい失敗しても取り返せるんだという気持ちで臨みましょう。
新しい目標を見つけることも良いとされています。これまでと少し角度を変えて目標を持ってみましょう。
達成できた時の喜びが薬となって、五月病がだいぶましになっていきますよ。
一人で抱え込まないことも大切です。悩みを打ち明けられる人に自分の感情を吐き出しましょう。
家族や恋人や親友に頼って恥ずかしがらずに助けてもらうと近道ですよ。
そんな友達いないよ…と言う方は、日記を書いてみましょう。
誰しも人には言えない悩みを抱えているもの。そんな気持ちを誰にも見せない、自分だけの日記に
書いてみると、意外にも心が軽くなっていることに気付くかもしれませんよ。
食生活も見直してみるといいでしょう。五月病のけだるい感じは、脳内のセロトニンという物質が
不足しているために起こることがあります。セロトニンの生成を高めるためには、バナナ、乳製品、
卵黄、ナッツ類、大豆製品、赤味の魚を摂取することが有効です。

疲れを明日に残さないからだリセット疲れを明日に残さないからだリセット
(2014/12/27)
永井 峻

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五月病という正式な病気はありません。
五月病は新しい環境に適応できない障害だといえるでしょう。
4月になって今までと全く違う環境におかれることは、
現代の日本人にとっては避けられないことなのかもしれません。
しかし、歴史的に見れば、このようなことは最近のことです。
人間の体は社会的状況に応じて簡単には変化できません。
わたしたちが環境の大きな変化に適応できないのは、
当然のことといえるのではないでしょうか?
特に、住む場所が変わることはストレスになると思います。
ネコは、人になついているのではなく、場所になついています。
どこに行っても平気な人もいますが、ネコっぽい人もいるのです。
もし、ネコが宇宙に連れていかれたら、大きなストレスになるでしょう!

スペースキャット
出典:究極の暇つぶし面白動画ヒマツベ
    http://hima-tube.com/wp-content/uploads/2014/02/00559.jpg


2015_04_29


コミュニケーションの認知科学2 共感 (岩波書店 シリーズ・講座・全集 岩波講座)
2 共感とは何か 2-1 共感の捉え方
共感とは,他者の感情状態を共有する精神機能であるが,この精神機能をどのような要素に分解して
捉えるべきかということから考えたい.まず,
(1)他者の感情状態を理解するという機能と,(2)その状態を共有する,あるいはその状態に同期する
という機能に分けられる.心理学などの分野においては,これに対応する概念として,
認知的共感(cognitive empathy)と情動的共感(emotional empathy)に区別する捉え方が広がっている.
前者は「他者の心の状態を頭の中で推論し,理解する」,いわばクールな機能を意味するのに対し,
後者は「他者の心の状態を頭の中で推論するだけでなく,身体反応も伴って理解する」,いわばホットな
機能を意味する.両者ともに共感と呼ばれる精神機能ではあるものの,質的にはかなり異なる.
前者の「認知的共感」は,比較的意図的なプロセスを含んでおり,スイッチにたとえれば,オンオフの
切り替えがある程度可能である.たとえば,善人が何の罪もないのに何らかの罰を受けているような
シーンを見せられると,それは不適切であると判断し,いやな気持ちや悲しい気持ちを感じたり,
場合によっては,憤りの気持ちなどを感じるかもしれない.これはスイッチがオンの状態である.
一方,倫理的に不適切な行為をしたような他者が罰を受けているようなシーンを見ると,
罪を受けるのは当然であると考え,共感のスイッチを意図的にオフにすることもできる.
認知的共感は,情報処理の方向性としては,基本的にはトップダウン型の処理であると考えられる.
これに対し,後者の「情動的共感」のほうは,スイッチをオフにすることは困難である.情動的な共感が
生じる背景としては,まずその場の状況に接した時点で自動的に身体が反応してしまい,同時に
他者の心の状態を考え,その結果として共感が認識される.
情動的共感は,情報処理の方向性としては,基本的にはボトムアップ型の処理であると考えられる.
このように考えると,共感のプロセスにおいて,他者の心的状態の推論は必要な要素であり,それを
引き起こす手がかりとして,身体の反応を前提とする場合が「情動的共感」,身体の反応を前提としない場合
が「認知的共感」ということになる.この区別は,共感を示す主体の状態を認識する上で重要な区分である.

共感 (岩波講座 コミュニケーションの認知科学 第2巻)共感 (岩波講座 コミュニケーションの認知科学 第2巻)
(2014/09/27)
梅田 聡、 他

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上の本では、コミュニケーションというテーマのなかで共感を扱っているのでこのような分類になる
のでしょうが、他者の心的状態の推論と共感を結びつけないほうがいいように思います。
心理学では同情と共感は同じようなものとして理解されているのだと思いますが、
本来?の共感はもっとトランスパーソナル的なものではないしょうか?

生きていくことの意味―トランスパーソナル心理学・9つのヒント (PHP新書)生きていくことの意味―トランスパーソナル心理学・9つのヒント (PHP新書)
(2000/01)
諸富 祥彦

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共感

             
  <出典> らばQ
      『異性に対する魅力、男性は共感できて、
       女性はできないことが判明』


共感は自分の努力で変えることができるようなものではなくて、もともとあるものです。
事実認識などが変われば、それに対する共感も変化しますが、基本的に共感は感じられるものです。
魂が地下ネットワークでつながりあっている感じです。
下の図にあるような竹の地下茎をイメージしてもらうとよいかもしれません。
魂のつながりを感じることのできるものが共感です。
したがって、魂の特性が近い(似ている)人に対して共感を持つことになります。
物理的に近くにいるからといって、魂が地下ネットワークでつながり合っているとは限りません。
実の親や兄弟とウマが合わないという人は意外に多いのではないと思いますが、
魂の近さと遺伝子とは何の関係もありませんので、親だから気が合うというものではありません。
なかには、魂の特性の似ている人が、周囲にほとんどいないことも考えられます。
その場合、自分を理解してくれる人が誰もいないと感じて、大きな孤独感を持つことになります。
魂の観点から見れば、孤独感は個人の特性ではなく、周囲の魂との親和性で決定されるのです。
利己的な性格にも同様の面があります。周りに敵がいると思えば自己防衛に走るのは当然のことで、
それを周囲の人は「あの人は利己的だ」と言うのです。
逆に、相性の合う人が周りに多くいれば、他人に協力的になるのは当たり前です。
価値観の合わない連中に対して協調的であれというのは、無理な話なのです。
周囲の人と価値観が合わなければ、「あの人は独善的だ」と言われるようになるでしょう。
魂には周囲の環境との関係性を示す配置のようなものがあって、それが占星術に関係しています。
魂の適合性は、周囲の人との親和性だけでありません。時代によっても変わります。
一般的な意味で、良い時代、悪い時代というものもあるのですが、その人の気質がその時代と
親和性を持っているかいないかという側面もあるのです。とはいうものの、
少ないチャンスをものにする人がいる一方、チャンスに恵まれているのにもかかわらず、
何もせずに一生を終えてしまう人がいるように、個人の特性も無視できません。したがって・・・
占星術が正確に魂の外部環境を示していたとしても、その人がどういう人生を歩むのかは分かりません。
環境が恵まれすぎていたがゆえに、それに甘んじて人生を狂わせてしまう人も多いのではないでしょうか?

竹の地下茎
<出典> 竹虎 虎竹の切り方
竹の地下茎は複雑に入り組み、ひとつの地下茎から何本もの竹が生えています。
だから隣り合っている竹だからといって、同じ地下茎でつながっているとは限りません。



2015_04_17


「英語脳」を目指すのは遠回り。日本語で考えた方が英語はうまくなる!
「英語脳」なんて無理!  (2014年3月5日 Diamond Online)
(前略)日本で、日本語を使って生活しているなかで英語をマスターしようという人が、
英語脳の獲得にこだわると、かえって英語力アップの妨げになります。なぜなら、
英語で英語を理解し、英語で考えるということはたいへん高度なことで、何年も何年も英語を
使い続けた末に、「いつかその境地にたどり着けたらいいな」というような、夢のレベルだからです。
少なくとも、すき間時間に英語を聞き、週1回スクールに通い、毎日1時間、英語の勉強をする
くらいで到達できる次元ではありません。
大きな目標を掲げて頑張るのはいいと思いますが、ほとんど到達不可能な目標を目指して
苦労するのは、効率がよいとは言えません。
ホントに英語で考えられる?
(前略)わたしたちは言葉を使って考えます。考える力というのは、言葉の制約を受けます。
語彙力や運用力が十分な言葉でないと、しっかり考えることができません。
わたしたちにとって、最も語彙力が豊富で、かつ論理的な思考ができる言語は、日本語です。
それを使わないということは、自ら思考上のハンデを背負いこむことになります。
たとえば仕事などで、ネイティブと英語で交渉しなければならないとき、わたしたちは“話す”と
いう点において、すでにハンデを背負っています。おまけに「日本語で考える」という点も放棄
してしまったら、ハンデはさらに大きいものになってしまいます。

英語は日本語で学べ! ---留学なしで話せるようになった私の“現実的な“学習法 style=英語は日本語で学べ! ---留学なしで話せるようになった私の“現実的な“学習法
(2014/02/28)
多田 佳明

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本ブログでは、英語の勉強より日本語を学習したほうがよいと
言ってきましたが、実は、英語を知ることが日本語の勉強になる
という側面があります。以下の文章を読んでみてください。


ハートの知恵とは、何ですか?OSHO > 瞑想 > Questions About Meditation)
常識は、知識の断片を運んでいる。それは、慈悲深い人びとやハートの人びとが、知識ではなく
ある種の知恵を、教えることのできないある種の洞察や直感を持っているのを知っている。
彼らは物事を見ることができるし、感じることができる。彼らは、マインドには理解できない物事
に対し、繊細だ。だから人びとは、ハートが知恵を持つ可能性があると考えはじめる。
しかし人びとは、ハートがあなたの空っぽさであることを知らない。そして、あなたの空っぽさから、
知的には推し量れないものごとを見ることができる明晰さや明白さが起こる。これが、知恵だ。
それを完全にするために、「空っぽのハートの知恵」と、言われなければならない。
心臓は、生理学者が知っているように、ただ血液をポンプで送り出すシステムだ。
しかし、あなたの心臓の鼓動からは、どんな知恵も起こる可能性はない。あなたは今までに、
知恵が心臓の鼓動から起こるのを感じたことがあるか? 医者があなたの心臓の鼓動を聴診器で
チェックしている間、何らかの知恵を聞いたことがあるだろうか?
この心臓は、私たちがハートの空っぽさについて話すときに意味しているものではない。
実際私たちは、マインドの中身を投げ捨てることについて話している。
そのとき、ノーマインドそれ自体が、あなたのハートになる。それは生理学上のものではない。
それは、あなたのノーマインド――先入観のない、知識のない、中身のないマインドだ。
ただ純粋さ、単純な沈黙、そして、ノーマインドを空っぽのハートと呼ぶことができる。
それはただ表現の問題だけだ。あなたが何を選びたいにせよ、選ぶことができる
――空っぽのハートの知恵、あるいはノーマインドの知恵――それらは等しい。
あなたが深い瞑想にあるとき、未知なるすばらしい穏やかさと、新しいゲストである注意深さを感じる。
まもなく、この注意深さが主人になる。それが主人になる日、注意深さはあなたの内側に24時間とどまる。
そして、この注意深さからあなたがすることは何であれ、内側に知恵を含んでいる。
あなたが何をしようとも、明晰さと、純粋さと、自発性と、優美さを示している。

Joy 喜び (海外文学)Joy 喜び (海外文学)
(2013/10/01)
OSHO

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joyとdelight、これはどちらも喜びですが、joyのほうがdelight より大きくて深い喜びを意味するようです。
さて、ハート(heart)とマインド(mind)はどちらも「心」と訳して問題ないこともあると思いますが、
上の引用文で、どちらも「心」と訳してしまうと全く意味が分からなくなってしまいます。
oshoは、様々な場面で「マインドを捨ててハートで生きろ」と言っています。
「心を捨てて心で生きろ」では、禅問答です。
日本語の「心」は意味が広すぎるのです。
ハートは情緒的、感情的なもので、マインドは思考を含む精神的なものなのですが、日本人は、
これらを区別する意識が希薄なのではないでしょうか?(欧米人がどう考えるのか知りませんが)
oshoの言葉では、ハートとマインドは明確に区別されていますが、これがちゃんと理解できるかといえば、
そうでもありません(oshoの言いたいことが飲み込めていないという面もかなりあるのですが・・・)。
「心」のなかのハートとマインドの境界は曖昧であって、明確に区分するのは難しいように感じられます。
この章では共感と反感について書いていますが、共感と反感は「心」ではなく
「魂」の領域に属している
ように思われます。
魂を英語にすると、ソウル(soul)とスピリット(spirit)という2つの言葉があり、この違いも難しいです。
しかし、一番難しいのは、「魂とはなんぞやら」ということでしょう。
これについては、実は日本語のほうが理解しやすいのです。
モノと分離させて考えることができないものが心です。
体と心は関係性を持っていてかつ対になる概念であるとするならば、心身と霊魂も関係性を持っていて
かつ対になる概念であるといえるのではないでしょうか?やはり・・・難しいです・・・


ハート星雲
天体写真の世界 > 宇宙写真ギャラリー > カシオペア座のハート星雲



2015_04_15


幸せがずっと続く12の行動習慣幸せがずっと続く12の行動習慣
(2012/02/16)
ソニア・リュボミアスキー

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内容紹介
◇「結婚後、幸福に感じる期間は約2年!?」世界15カ国で翻訳されたベストセラー
 人はいくつになっても、自分が思ったときに変われる!

幸せな人を観察して、研究して、科学的に証明した、「幸福度の高め方」。
全米で注目の心理学者が20年以上にわたって、研究の大半を捧げた「幸福を構成する
3つの要因」をもとに、「最も幸福な人の考え方や行動パターン」を紹介します。
考え方の具体例は…
・かなりの時間を家族や友人とすごし、その人間関係を大切にして楽しんでいる
・誰に対しても感謝を表わすのが苦にならない
・同僚や通りすがりの人にまっ先に支援の手を差し伸べる場合が多い
・未来を考えるときは、いつも楽天的である
・人生の喜びを満喫し、現在を生きようとしている
・毎週、または毎日のように身体を動かすことを習慣としている
・生涯にわたる目標や夢に、全力を傾けている   などが挙げられます。

幸せがずっと続く12の行動習慣
言葉は「幸せがずっと続く12の行動習慣」より

わたしの考える「幸福」とは、
何かをきっかけに「不幸」に陥る状況ではない状態です。
そうでないと「不安」がどこかにあるはずで、
「不安」があると、良いことがあっても「幸福」にはなりきれません。
失うリスク付きの幸福って、あやういものです。

幸せかどうかはその人に聞いてみないと分かりません。
いや、聞いてみても、本当のところはよく分かりません。
でも、一番幸せそうに見えるのは、健康な長寿者です。
若いうちは、「生きていること=幸せ」にはなれないのですが、
80歳を越えると、「何もしなくても幸せ」になれる可能があります。
しかし、そのためには健康でなければなりません。
病気にならないことだけでなく、
「足」と「頭」がしっかりしていることが重要です。
若いうちは、永続的な幸福を追い求めること自体に無理があり、
求めれば求めるほど欲求不満になる可能性大です。
それならばいっそのこと、現在の幸せは考えずに、
健康長寿を目指すことが、幸福への確実な道なのではないでしょうか?
「終わりよければすべてよし」です。



脳を鍛えるには運動しかない!―最新科学でわかった脳細胞の増やし方脳を鍛えるには運動しかない!―最新科学でわかった脳細胞の増やし方
(2009/03)
ジョン J. レイティ、エリック ヘイガーマン 他

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2015_03_26


第六章 動物の進化と死後の生命 (古代霊は語る シルバー・バーチの霊訓より ~近藤千雄訳編~)
問「犬の次に進化している動物は何ですか。猫ですか猿ですか」
シルバー・バーチ「猫です」
問「なぜ猿ではないのでしょう。人間と非常によく似ていると思うのですが」
シルバー・バーチ「前にも述べましたが、進化というのは一本道ではありません。
かならず優等生と劣等生がいます。人間はたしかに猿から進化しましたが、その猿を犬が抜き去った
のです。その大きな理由は人間が犬を可愛がったからです」
問「犬が人間の次に進化しているから可愛がるのだと思っていましたが・・・」
シルバー・バーチ「それもそうですが、同時に人間の側の好き嫌いもあります。それからこの問題には
もう一つの側面があるのですが、ちょっと説明できません。長い長い進化の道程において、
猿はいわば足をすべらせて後退し、残忍にはならなかったのですが、ケンカっぽく、そして怠けっぽく
なって歩みを止めてしまい、結局類魂全体の進化が遅れたのです。
それと同時に、というより、ほぼその時期に相前後して、犬の種属が進化してきました。
猿より類魂全体の団結心が強く、無欲性に富んでいたからです。しかしどうも説明が困難です。
もっともっと複雑なのです。」(中略)
問「動物の生体解剖は動機が正しければ許されますか」
シルバー・バーチ「許されません。残酷な行為がどうして正当化されますか。
苦痛を与え、悶え苦しませて、何が正義ですか。それは私どもの教えとまったく相容れません。
無抵抗の動物を実験台にすることは間違いです」
(中略)自然界の生物は全てが複雑にからみ合っており、人間の責任は、人間同士を越えて、
草原の動物や空の小鳥にまで及んでいます。
抵抗するすべを知らない、か弱い存在に苦痛を与えることは是非とも阻止しなくてはいけません。
装飾品にするために動物を殺すことは神は許しません。あらゆる残虐行為、とりわけ無意味な殺生は
絶対にやめなければなりません。物言わぬ存在の権利を守る仕事に携わる者は、常にそうした人間
としての道徳的原理をうったえながら戦わなくてはなりません。
小鳥や動物に対して平気で残酷なことをする者は、人間に対しても平気で残酷なことをするものです。

古代霊は語る―シルバー・バーチの霊訓より古代霊は語る―シルバー・バーチの霊訓より
(2005/02)
近藤 千雄

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霊に関することを3つ
1.霊に出会う確率より詐欺師に出会う確率のほうがずっと高い
2.霊に出会う確率より霊に出会ったと勘違いする確率のほうがずっと高い
3.もし本当に霊に出会ったとして、その霊がよい霊である確率より
  悪い霊である確率のほうがずっと高い
現実世界から逃げたい気持ちが少しでもあると、
ほぼ確実に、詐欺師か、幻影か、悪い霊に出会うでしょう。
自分だけが得をしたい気持ちが少しでもあると、
確実に、詐欺師か、幻影か、悪い霊に出会うでしょう。

今いる霊能者と称する人が語る内容より、
古代人がどんな霊を見ていたかのほうが
よっぽど興味深いと思いますが・・・


岩波 アメリカ大陸古代文明事典岩波 アメリカ大陸古代文明事典
(2005/05/11)
関 雄二、青山 和夫 他

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中米古代遺跡
<出典>ナショナルジオグラフィック日本版サイト
『謎の古代文明の遺跡を中米で複数発見、マヤとは別
独占記事:ホンジュラスに伝わるスペイン征服時代からの伝説の文明か』 
(3月5日)
ホンジュラスの密林へ分け入った探検隊が、失われた文明の遺跡を発見したという驚くべき報告を
携えて戻ってきた。この地域には昔から「猿神王国」あるいは「シウダー・ブランカ(白い街)」
という古代文明にまつわる伝説が存在し、その遺跡がどこかに眠っているといわれてきた。
探検隊はその場所を確かめるために、人里離れた未開のジャングルへと足を踏み入れた。(中略)
考古学者たちは今では、伝説に語られているような「シウダー・ブランカ」は1つではないだろうと
考えている。それどころか、モスキティアにはそのような「失われた街々」が数多く眠っており、
これらをすべて合わせると、街などとは比べ物にならないはるかに重要な意味を持つ歴史的遺産
「失われた文明」が姿を現すのではないかという。


2015_03_16


働かないアリは長生き 琉大・辻教授ら研究チーム発見 (2013年9月18日 琉球新報)
琉球大学農学部の辻和希(本名・辻瑞樹)教授と日本学術振興会の土畑重人特別研究員の
研究チームはこのほど、働きアリよりも、働きアリの労働にただ乗りする、働かないアリの生存率の方
が高いことを突き止めた。個々が社会の目標より自分の目標を優先してしまうことで社会をつくること
ができなくなるという、人間社会でもみられる「公共財ジレンマ」の実例を、人間と微生物以外で
初めて発見した。研究成果は「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」(オンライン版)に掲載される。
辻教授は「この研究成果は人間がなぜ助け合うのかを理解するのにも役立つ」と強調した。
「公共財ジレンマ」とは、協力して社会をつくれば最終的な利益が大きいにもかかわらず、
他者よりも大きな利益を得るために、他者の働きにただ乗りするという事態が起こり、
社会をつくることができないことを指す。
研究チームがアミメアリを使い実験したところ、労働せずに産卵ばかり行うアリが交じっている
ことを発見し、それらは働きアリとは遺伝的に異なる系統に属することを確認した。
働かないアリは、働きアリによる助け合いの利益にただ乗りしている。
研究によると、働きアリは働かないアリの分まで巣の外に出て労働するため「過労死」し、
生存率が下がる。働かないアリは働きアリよりも多く子どもを産むが、その子どもは親と
同様に働かない。だが、働かないアリのみの社会では、子孫を残すことはできないという。
自由競争の下では相手からの助けにただ乗りし利益を得た方が得であるにもかかわらず、
助け合いの社会が発生することについて辻教授は、自然科学と社会科学の両分野で重要な
テーマと指摘。「アリ社会において助け合いがなぜ生じるかを理解することが、
ヒト社会の助け合いをより深く理解することにつながる」と研究の意義を強調した。

“無為”によってすべてが為される (OSHO TAO 永遠の大河 3)
道(TAO)を学ぶ者は  日に日に失っていくことを目ざす
生全体も非功利的なものだ それには何の目的もない
それはどこに向かっているのでもない それはただただここにあるだけだ
どこへ向かっているわけでもない それに到達すべき目標はない
何の目的地もないのだ それはひとつの宇宙的な遊びだ
ヒンドゥー教徒たちがリーラ(leela)と呼ぶもの ひとつの戯れ――
子供たちは前途に何の目標もなく遊んでいる 遊ぶことそれ自体が目標なのだ
彼らはそれを楽しんでいる その中に歓喜している
幸せなら それで終わりなのだ(中略)
私が言っているのは あなたがしない人になるという意味にほかならない
ものごとが起こり始める
あなたがするんじゃない ただ起こるのだ
そのやり手、操縦者はいなくなる(中略)
あなたはすべてがひとりでに進んでいることに気づく
<全体>が働いている 部分が働く必要はない
部分は参加すればいいだけだ
部分はトラブルや衝突を起こさないようにすればいいだけだ
<全体>に味方すればいいだけなのだ

タオ
<出典> flickriver

Oshoの言っていることは強烈です。一言で言ってしまえば、
「あなたが余計なことをしなければ、あなたに起きることは完璧なものになるだろう」ということです。
『TAO 永遠の大河』については、記事28-3で紹介しています。
無茶苦茶なことを言っているようですが、意外と合理的なのです。記事27-5のコンストラクタル法則
に従えば、わたしたちにできることは宇宙の流れの邪魔をしないことしかないといえるでしょう。
そして、その結果得られる最終的な宇宙は、単に熱的に死んだ宇宙なのです。
「何のために?」と質問しても意味はありません。そうなのだからそうなのです。

世のなかには、意欲的でない人(陰)と意欲的な人(陽)がいます。
「自分から進んで何かをする」ことは悪いことではないと思いますし、
そのような人は、人から何を言われても気にせず積極的に行動するでしょう。
問題は、「自分から進んで何かをする」気が起きない人です。
そのような人は、悩むものです。特に、若いときは。
わたしの体験から言わせていただくと・・・無理に何かをしないほうがいいと思います。
無理な積極性は自滅を招きます。最低限のことだけしていればいいのです。
「やる気のなさ」は神様からの贈り物です。
そう信じていればいいのです。多くの場合、ホロスコープ上にもそれが表れています。
ただし、「やる気のない」人は他人と戦ってはいけません。なぜなら、勝てないからです。
何事にも積極的に取り組める人と戦っても勝てるはずがありません。
自分は社会の役に立っていないなんて思う必要は全くありません。
社会の人が何を言おうと、気にする必要はありません。言わせておけばいいのです。
人間に限らず、アリでもハチでも、本気になっているのは全体の2割です。
一部の人しか真剣に働かないのは自然の摂理です。

間違っても、「自己啓発」の本に書かれた言葉に騙されてはいけません。
多くの「自己啓発」の本は、何事にも意欲的に取り組める人によって書かれたものです。
意欲的な人と意欲的でない人は、隣にいても同じ世界に住んでいません。
逆に、頑張り屋さんはoshoの本など読まないほうがいいでしょう(実際、読まないでしょうが)。
ただ、若いうちは意欲的だったけど、ある程度の年齢で「燃え尽きる」人もいます。
この場合、周りの人に迷惑をかけることもあるので、本人も苦しむことになるかもしれません。
その点、ずっと「やる気がない」人は心配いりません。はじめから、期待されていませんから。
周囲の人から過大に期待されないように仕向けておくことは、意外に重要です。

ではなぜ神様は、一部の人しか働かないように社会を構築したのでしょうか?
それは、社会の激変に対して迅速に対応するためです。
社会が大きく変化したとき、真剣に働くメンツが変わります。
どんな知識や技術、経験を持っていても、今までと全く違う社会になったとき、
人は無意識的無能(わかっていないことをわかっていない)に陥ります。
これまでの社会で成功をもたらした知的習慣が人々の無意識に深く刻み込まれていて、
全く新しい世界では、そのことが失敗につながるのです。
一方、新しい社会になると、それまで社会で役に立っていなかった人間が持っている
潜在能力が突然、開花します。砂漠に雨が降った時のように・・・
ほとんど雨の降らない土地は死んでいるわけではありません。
雨が降ると一斉に草が生え、花をつけるのです。種はチャンスをじっと待っているのです。
産業化社会は既に綻びが見えはじめています。
ポスト産業化社会がどんな社会になるのか、予想できませんし想像もつきませんが、
新しい時代には、今まで必要とされていなかった能力が求められることになります。
やる気の起きない人は、今の時代に、自分の活躍する場がないだけなのです。
意欲のない人は素晴らしい「種」を目指しましょう。
今の環境で無理に発芽してはいけません。発芽すれば、枯れてしまう可能性があります。

働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)
(2010/12/31)
長谷川 英祐

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女王バチのために黙々と働く働きバチや、列を成して大きな荷物を運ぶアリたちに
共感を覚えた経験は誰にもあるはず。しかし実際に観察すると、アリもハチもその
7割はボーッとしており、約1割は一生働かないことがわかってきた。
また、働かないアリがいるからこそ、組織が存続していけるというのである!
これらを「発見」した著者による本書は、アリやハチなどの集団社会の研究から
動物行動学と進化生物学の最新知見を紹介。人間が思わず身につまされてしまう
エピソードを中心に、楽しみながら最新生物学がわかる科学読み物である。
生命の不思議に感動すると共に、読後には社会・会社・家族などへの考え方が
少しだけ変わる、ラクになる。



2014_09_01


妻に聞く!ズバリ、夫のニオイは何のニオイ?
DIME編集部(4月30日 Yahoo! JAPAN ニュースBUSINESS)
■嫌いだから臭うのか?臭うから嫌いなのか?
夫のニオイ、もっと本人にケアしてほしいか?という問いには、夫への愛情度が
低い女性ほどケアを強く希望していることがわかった。夫のニオイが気になった時の
伝え方について聞いたところ、夫を愛している女性ほど“自分から伝える”傾向に。
愛情が無い人ほど「やんわり伝える」という相手を配慮した対応は激減、
反対に「言えない(我慢している)」「諦めた」といった割合は高くなっている。
■家庭円満度は平均66点。30代後半~40代前半が要注意期
前記の夫への愛情度を示すデータと比例するように、30代後半~40代前半の女性において
家庭の円満度が急落。調査データから読み取れる部分では、この年代になると
女性の夫への愛情が激減、心の距離に比例して物理的な距離も遠退き
夫のことに手を掛けなくなる傾向にあることがわかった。

夫のニオイ

ここでは、夫婦の問題に立ち入るのではなく(夫婦の問題は、お二人でお考えください)、
心理の複雑性と科学の限界について考えてみたいと思います。
わたしたちの心の働きのなかで、感覚と感情は別のものであるように思われています。
しかし、本当にそうでしょうか?
上の記事にある「嗅覚」と「好き嫌いの感情」はよい例です。
多くの人にとって、嫌いな人のニオイは、「嫌なニオイ」になるのではないでしょうか?
そして、「嫌なニオイ」のする人を嫌いになるのではないでしょうか?
悪臭防止法という法律がありますが、科学的に「悪臭」を定義することが困難なので、
法律的にも「悪臭」を定義することが困難であり、曖昧さが残ってしまいます。
悪臭を計測する装置を開発すればいいと思われるかもしれませんが、このような場合、
科学というものは役に立ちません。
多くの人が「悪臭」だと主張しても、悪いニオイではないと言う人もいますし、
多くの人がいいニオイだと言っても、「悪臭」だと主張する人もいるものなのです。
ほとんどの人が悪臭だと感じる物質を悪臭物質として指定しているのですが、
悪臭物質として指定されていない物質にも、嫌なニオイのするものが多数存在します。
下の図にありますように、脳のなかで、嗅覚と感情に関係する部位はとても近いので、
お互いが関連しあっているのも当然なのかもしれませんが、
聴覚、視覚、味覚、触覚なども感情と複雑な連携が行われています。
一般的に、頭頂葉が身体の様々な部位からの感覚情報を統合して、判断していると
いわれていますが、科学的にはあまり解明されていません。
しかし、これは当然なのです。感覚はまだしも、判断とは何かがよく分かりません。
そもそも、感覚と感情はつながっているのです。
心理学者でもなければ、分けて考える必要もありません。

では、感情と思考は完全に分離できるでしょうか?
客観的思考の場合、感情とは関係ないと思われるかもしれませんが、全くそうではありません。
客観的思考は個人的感情とは無縁かもしれませんが、集団的感情には大きく依存しています。
記事8-1にも書いていますが、感覚・感情・思考・意志のリアリティーをつかむことは、
わたしたちにはできないので、感覚・感情・思考・意志が統合されたバーチャル世界を
想定したほうがいいのです。そして、そのなかに、自意識というものが存在しています。
自意識とは何か?も難しい問題なのですが、これを脳の機能として考えても意味はありません。
なぜなら、自意識はバーチャルな存在であり、リアリティーさがないのです。
バーチャルな存在は、自意識に限りません。他にもたくさんあります。
愛や幸福には実態はあるが実体はないのです。
そして困ったことに、あなたが科学者や哲学者でもなければ、
バーチャル(社会的現実を含む)のほうが、
自然界のリアリティーより重要です。

貧乏な哲学者より、直観の優れた金持ちのほうがいいでしょう。
不幸な科学者より、幸せな無学者のほうがいいでしょう。
そんなことないですって!!!では、科学者や哲学者になればいいのです。

ここでいう科学は、物理、化学、生物などの自然科学のことです。
記事2-2で、英語は要らないと言いましたので、
これで、英語、物理、化学、生物は要らないということになりますね???

脳の機能

2014_05_05


男性が結婚相手に求めるもの【最新レポート】LAURIER(ローリエ)
2014年2月20日 07時00分 (2014年2月21日 11時37分 更新)
恋愛難・結婚難が叫ばれる昨今ですが、今の男性たちはどんな女性とつきあいたい・
結婚したいと思っているのでしょうか?それはずばり「明るくて元気でタフな女性」。
いつも明るく笑っていて楽しそうな、心がしなやかにゆるんでいる女性こそが、まさにこの時代に
人気があります。なにかと不安なこの世の中では、みな心をぎゅっと固めて警戒し、
背中を小さく丸めています。とくに若い男性たちは、冒険を恐れ、すべてのことに様子見の状態。
ひところ流行った「草食系男子」とは、単に「恋愛に後ろ向きになった」ということではなく、
人生全般に関して、より賢くなったということ。むしろ当然の結果なのです。
とくに恋愛や結婚に対しては、堅実そのものです。危険な香りのする女性や、
か弱くて守ってあげたいような女性、精神的に不安定な女性は面倒だからノーサンキュー。
疲れない子、一緒にいるとなにか御利益(メリット)のありそうな子なら、まあつきあってもいいかな、
というのが彼らの本音。困った話ですが、これが現実です。(Excite エキサイト)

前記事の宇宙とは大きく異なり、とても身近な話になります。
結婚は、記事3-9の住宅ローンの例で示したような合成の誤謬(ごびゅう)のよい例です。
問題解決にあたり、個々人にとってよい行動も、全員が同じことをすると悪い結果を生みます。
世間は、「このような不確実な世のなかで、結婚なんかして大丈夫か?君は、将来にわたって
家族を養っていけるのか?金銭の自由を失い、時間の自由を失い、他の異性と出会う自由
を失い、将来への不安を増やしてまでも結婚するのか!」とは絶対に言いません。
皆が結婚しないで、子供を産まず、少子化が進むと経済が破綻するからです。しかし、
「将来不安→結婚しない→子供を産まない→
税金を払ってくれる人がいない→社会保障や
年金が減る→将来不安」
という悪循環は誰にも止めることができません。
しかも、結婚しないことはエゴとは言い切れません。なぜなら、この時代、
「もし食えなくなって、自分がのたれ死ぬことはしかたがないが、家族を巻き添え
にはできない」という意見もそれなりの説得力を持つようになってきたからです。
今や、男性にとって、家族を持つというのは一種の贅沢行為であり、
自分の「おまんま」の心配をしている人間が、
家族を持とうなどと思うこと自体、
無理があります
(←絶対、反対意見があると思いますが)。
日本はとても便利な社会なので、お金さえあれば、それほど不自由をすることは
ありません(ただし、健康であるという前提条件は満たしておく必要があります)。
しかし、逆に言えば、お金がない人にとってはとてもつらい社会であるともいえるのです。
若い人にとっては、これからの時代、守りにはいって守りきれるほど甘くはないでしょう。
しかし、結婚すると、「守りにはいる→思い切ったことができない→いい結果がでない
→守りにはいる」という悪循環に陥る危険性があります。
このような話をすると、「家族がいるから頑張れる」と言う人が必ずいます。
その人にとっては本当にそうなのかもしれませんが、逆風のなかを進むことができるのは、
風速がある範囲におさまっている場合に限られます。
これからの時代、頑張れば乗り切れる程度の逆風である保証はどこにもありません。
20年後には、「お前結婚しているのか」「それが何か?」「チャレンジャーだな」
という会話が当たり前になる世のなかになるでしょう。

日本経済が急速に悪化し、生活苦に陥った既婚者がこのように質問するとします。
「なぜ、わたしの人生はこのように厳しいのでしょうか?」
答え:「それは、あなたがそのような道を選択したからです」
このような場合、占星術の無力さを痛感することになります。
過去、その人が自分の意思で行った
選択については、占星術は役立ちません。

未来についても、占星術より、経済学のほうが確実なこともあります。
日本経済が将来どうなるかは、それほど知識がなくても、十分に予測可能ですから。


男は一生、好きなことをやれ!: 世間を気にして、自分を小さくするな (単行本)男は一生、好きなことをやれ!: 世間を気にして、自分を小さくするな (単行本)
(2014/03/14)
里中 李生

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2014_03_21


世界でダントツ最下位!
日本企業の社員のやる気はなぜこんなに低いのか?

「従業員エンゲージメント」とは「組織の成功に貢献しようとするモチベーションの高さ、
そして組織の目標を達成するための重要なタスク遂行のために自分で努力しようと
する意思の大きさ」ということで、要するに「仕事に対するやる気」である。
この「従業員エンゲージメント指数」、世界最高はインドで77%。以下、デンマーク67%、
メキシコ63%と続く。他の主要国では、アメリカが59%で5位。中国57%、ブラジル55%、
ロシア48%など。イギリス、ドイツ、フランスなどのヨーロッパ先進国も40%台後半で弱い。
韓国は40%でブービー賞。日本が31%でダントツの最下位である。
というわけで、日本の社員のやる気は世界最低という次第である。
実は僕自身も90年代後半くらいから、日本企業の社員のやる気、仕事へのモチベーション
がどんどん下がってきたと実感していた。しかし、世界最低と言えるほどに低いという
事実は衝撃的だった。 (1月15日 DIAMOND Online)

海外のサラリーマンがどのような意識で働いているのかは知りませんが、
わたしのイメージでいうと、日本の会社員は、仕事嫌いではないが積極的に何かをして
やろうという気持ちがないように感じられます。なぜそうなるかと言いますと、
仕事自体がつまらないことに加えて、頑張ってもいいことがないからです。
下手に頑張ると、人から足をひっぱられてひどい目にあうことにもなりかねません。
仕事嫌いではないというのも、他にすることがないという消極的な理由だと思います。
組織に所属している人間が使命感に燃えるためには、「組織全体が持っている使命」、
つまり、この組織が社会に必要な根源的理由を受け入れる必要があります。
しかし、社員が惚れ込む社会的使命を持つ会社
って、日本にどのくらいあるのでしょうか。
組織そのものが腐っている場合、組織の底辺にいる人間にはどうすることもできません
(ここでは、組織に所属して働くという前提で話をします)。
給料がもらえるのだからここにいよう、と思うのも無理からぬことです。同業でしたら、
日本の会社はどこも似たようなものですから、転職すればいいというものでもありません。
わたしとしては為す術なしでありまして、いい方法があったら教えてほしいくらいです。
ただ、「組織そのものの使命」には納得できなくても、独自の社会的使命感を持つことで、
熱意を持って仕事をすることができる可能性はあります。
例えば、人を育てるということ。
これは、会社にとっても、社会にとっても共通の使命です。そのような価値観に共感できるなら、
価値観→使命感→習慣というサイクルが回る可能性はあるでしょう。
しかし、組織で働く人間にとって、役割は組織から与えられることが基本なのです。
そして、仕事に関してのみいうならば、組織とともに自己実現と自己成長があるのです。
組織で働く人間にとって、「無私」な気持ちで働くことが
理想の姿なのです。

でも、今の日本の多くの組織においては、無理だ!とわたしは思います。
次の章は、組織など忘れて、全く別の視点の話にします。


ミッション 元スターバックスCEOが教える働く理由ミッション 元スターバックスCEOが教える働く理由
(2012/10/08)
岩田 松雄

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2013_11_05


豆腐店、続々廃業「365日働いても利益ない」
豆腐業者が倒産や廃業に追い込まれるケースが増えている。
大豆価格の高騰に加え、スーパーから値下げを求められるなどして経営が悪化し、
豆腐業者はこの10年間に全国で約5000軒が廃業。
今年8月に破産申請をした都内の業者は「365日丸々働いても利益が出なかった」
と苦しい日々を打ち明けた。 (11月2日 YOMIURI ONLINE)

「おいしい豆腐をつくって、みんなに喜んでもらうのがわたしの使命だ」、
すばらしい考えだと思います。
しかし、それが持続可能であるかは、社会状況によります。
まともに働いて利益がでない、どころか損失がでる、
しかもそれが一時的なものでなく構造的なものであるならば、
残念ながら、社会から必要とされていないということになります。
つまり、いくら使命感を持ったとしても、社会的使命そのものがないのです。
レッドオーシャン(血で血を洗うような激しい価格競争が行われている既存市場)において、
常識的なやりかたでは、確実にダメになってしまいます。
「スーパーでは絶対に売っていないおいしい豆腐をつくって、みんなに喜んでもらうのが
わたしの使命だ」としても、厳しいでしょうが、可能性はあるかもしれません。
前記事に書いた「3かんサイクル」は、常識的発想でいくと、
同じようなことをする人との激しい競争になることが多いのです。
「競争に勝ち抜いて、栄光をつかむ」という価値観を持っているなら、それでいいのですが、
独自の「3かんサイクル」に磨きをかけたほうが、合理的なように思います。
常識的に考えると、常識的に考えて得られた
発想はうまくいかないものなのです。

ただし、いざ、非常識な発想で行動すると、常識的にするよりももっと失敗します。
何でも非常識に行動したらいいと言っているのではありません。
自分の独自の価値観に基づいた結果、自然と常識的でなくなるのです。
失敗する勇気と、あきらめず続けるねばり強さ、そして、
自分の価値観・使命感・習慣を見つめ続けることが必要です。
借り物の価値観から出発すると、「3かんサイクル」は役に立ちません。


96%の人がやっていない 稼ぐ人の常識破りの仕事術96%の人がやっていない 稼ぐ人の常識破りの仕事術
(2013/08/30)
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2013_11_04


多様化する日本の若者たち 画一的で保守的な価値観に閉じこもる中高年
学生にとってのキャリアの選択肢が何倍にも増えるにつれて、学生間の格差が広がり、
選択肢の多さの分だけいろんな学生がいる状態になっています。
超保守的な学生から、上海やベトナムでインターンする学生、ベンチャーを興す学生もいれば、
はたまた日本の高校からハーバードに合格し博士号を取って帰ってくる人まで。
学生間の意識の高低、スキル・語学力や行動力の有無によって、信じられないほどの
バラつきが広がっているように思います。もはや「日本の大学生」といったバブル世代が
思い浮かべる典型的な学生は存在しなくなっているのでは、というのが私の実感値です。
(8月8日 J-CASTニュース)

わたしが社会にでてから20年たちましたが、この間で見ても、
価値観の多様化はかなり進んだように思います。
価値観が画一化されていれば、みんなが同じことをするので、悩むことも少なくてすみます。
しかし、人それぞれが様々な価値観を持つと、こうすればいいという規範もなくなるので、
自分が何をしたらいいのかわからず、精神状態が不安定になる人も増えるでしょう。
意識の高い人とそうでもない人、やりたいことの見つかった人と何をすればよいか
見当のつかない人など、学生の時点で大きな格差ができてしまうのです。
自分が学生のときのことを考えてみると、何をしてもうまくいかず、投げやりな気持ちになる
ことが多かったように思います。今、学生だと、引きこもりになっているかもしれません。
「自分のやりたいことをやれ」と本には書いてあったりしますが、これが難しい。
何事も一長一短で、決めがたいのです。でもそれは、当然です。
人によってやりたいモノが異なるというのは、何事にもそれなりにいいところ、悪いところが
があるからです。いいことばかりであるモノがあれば、全員がそれを目指すでしょう。
価値観が多様化すると、今の自分はこれでいいのかという不安を感じるので、本能的に人は、
自分の理解できない価値観を拒絶します。特に、年をとるとその傾向が強まります。
そして、意識的に、無意識的に、自分の価値観で他人を縛ろうとします。ゆえに、若い人ほど、
自分が受容できない価値観を年長者から押しつけられることで、苦しめられることになります。

今は、情報が氾濫しているので、自分が全く体験していない価値観も簡単に知ることができます。
知ることで、自分の価値観がぐらぐら揺れて、さらに悩むことになります。
さらに今は、若くして、「価値観をしっかり持つこと」が求められます。
大学卒業後、2、3年考えてから就職しようとすると、職探しはとても不利になります。
30歳までフラフラしていたら、正社員の道は厳しいでしょう。
皮肉なことに、大企業の新人採用システムは、多様化していません。
いや、むしろ、昔より硬直化したかもしれません。そもそも、採用人数が減っています。
生きづらい社会だなと思うのはわたしだけ?
しかし、これは不可逆なプロセスです。
わたしたちは価値観の多様化という禁断の果実
をすでに食べてしまったのです。

この価値観多様化社会に、一筋の光を見出していくしかないのです。


 布引貯水池にて撮影

2013_11_01


幸福感、最も高いのは「90代女性」
阪大が「老年学」研究会、よりよい年の取り方解明へ

研究会の健康長寿研究によると、過去1カ月間に「気分がいい」「とても幸せだ」など
肯定的感情を感じたかという質問に5段階で答えてもらったところ、70代が7・4点▽
80代8・2点▽90代8・8点-と90代が最も幸福感を示す値が高かった。
性別で見ると女性の方がいずれの年代でも、0・2~1点男性を上回っていた。
 一方、「悲しい」「くよくよする」など否定的感情を感じた割合は年齢が進むにつれ低下し、
70代3・2点▽80代2・7点▽90代2・3点。
男性の方がいらつきなどを覚えやすい傾向が出たという。 (5月13日 MSN)

人生は9年周期です。(第11章『フィボナッチ数と人生の周期』)。
例えば、誕生数が3の人の場合、生まれたときが9年周期の3年目になります。
1周りして、再び、9年周期の3年目になるのは、9歳の時です。
10周り目で90歳になりますが、90歳代で幸福をつかむことが人生の目標なら、
新しい人生観を構築する必要があります。
人生の本当のサバイバルレースは6周り目(54歳)から、はじまります。
このあたりから、ストレスをため過ぎた人や、不摂生を重ねた人の死亡リスクが高まります。
7周り目(63歳)になると、多くの人で、自分の自由時間が増えます。
今まで、仕事が忙しいから自由時間がないと言っていた人も、言い訳ができなくなります。
サンデー毎日の自由時間を、自分が楽しむために使える人が有能な人です。
8周り目(72歳)になると、何らかの病気になる人が多くなります。
病気になったとしても、再び健康を取り戻せるかどうかが、その人の実力です。
9周りすると81歳になります。日本人の平均寿命は女性が86歳、男性が80歳なので、
日本人なら、9周りあたりで平均的な人生の長さになります。
でも、生きていればいいというものではありません。
毎日の精進により、頭と体の健康を保っておかないと、本当の幸せはゲットできません。
10周りすると90歳、11周りすると99歳、12周りすると108歳。
12周りを一区切りであるとするならば、108歳で天寿全うとなります。
もし、毎年、煩悩を1つずつ克服していければ、108歳ですべての煩悩を捨て、
悟りの境地に達することができるということなのです!?

90歳を過ぎれば伴侶はいないと考えておくべきです。独りの時間を楽しむことも重要ですが、
人との時間を楽しめる環境があるかどうかも重要です。
「ぎんさん娘4姉妹」のように、仲のいい姉妹がいて、毎日、楽しく「だべってる」のが理想です。
家族に姉妹がいる人(男性でも妹や姉がいる)の方が幸せな人生を過ごしているという研究
結果からもわかるように、姉妹がいないと家庭全体がギスギスした関係になりやすいのです。
「ぎんさん息子4兄弟」が毎日、仲良く・・・というのは考えられません(そもそも、90歳以上の
男兄弟4人が生きているのが珍しいことです)。やはり、女性が有利なようです。


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(2013/02/04)
主婦の友社

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2013_10_23


「ラッセル幸福論 第一部 不幸の原因」 第五章「疲れ」より
私たちのすることは、私たちが当然考えているほど重要なものではない。
成功も失敗も、結局、あまり大したことではない。大きな悲しみだって乗り越えることができる。
これで一生涯、幸福に終止符を打つにちがいないと思われるような悩みごとでも、
時がたつにつれて薄らいで、ついには、その痛切さを思い出すことさえほとんどできなくなる。
しかし、こうした自己中心的な考えのほかにも、おのれの自我など決して世界の大きな部分
ではない、という事実がある。
自己を超越するものに思考と希望を集中できる人は、人生の普通の悩みごとの中に、
こちこちのエゴイストには望むべくもない、ある種の安らぎを見いだすことができるのである。
(中略)ノイローゼが近づいた徴候の一つは、自分の仕事はおそろしく重要であって、
休暇をとったりすれば、ありとあらゆる惨事を招くことになる、と思いこむことである。
私が医者なら、自分の仕事は重要だと思っているすべての患者に休暇を指示するだろう。
仕事によって生じたように思われるノイローゼは、実は、私が親しく知っている
どの場合においても、何か情緒的な心配ごとによって生じたもので、
患者は、仕事をすることでそれからのがれようとしていたのだ。
患者が仕事をやめるのをいやがるのは、もしやめれば、彼の不幸
―それがどんなものであれ―について考えることから気をそらしてくれるものが、
もう何もなくなってしまうからだ。

OECD加盟諸国の時間当たり労働生産性(2010年/34カ国比較)を見ると、
日本は19位で、平均値を下回っています。
厳しい言いかたをしてしまうと、日本ではやらなくていい仕事をし過ぎていて、
本当にやらないといけない仕事は十分にできていない結果です。
特に、40歳を過ぎた人の仕事内容に問題があるように思います。
20代の人にできる仕事は、20代の人に任せたほうがいいでしょう。
自分はたいした仕事をしていないと気づくことは、たいしたことです。
それに気づいていないようでは、たいした仕事ができる可能性もありません。
たとえ、わたしが、たいした仕事をしたとしても、
わたしがいなくなったからといって、世界は特に困りません。
わたしは、世界を必要としていますが、
世界は、わたしを必要とはしていません。

企業にとって、必要な人材と、不要な人材というのは存在しますが、
絶対にいてもらわないといけない人はいません。創業者であっても。
社会にとって、貢献度の高い企業と、そうでもない企業というものは存在しますが、
絶対になくてはならない企業というものは存在しません。
電力がないと困りますが、別に、東京電力にお願いしないといけないということはありません。
「驕れる者久しからず」
人間は地球を必要としていますが、
地球は人間を必要とはしていません。いや、逆に迷惑しているかもしれません。

でも、別の真実もあります。
世界のこと、社会のこと、会社のことは、他人に任せたほうがいいかもしれないが、
自分の健康は、他人に任せることはできない。

「疲れない!」生活習慣 食事・運動・ライフスタイル 今日からできる30の基本メソッド「疲れない!」生活習慣 食事・運動・ライフスタイル 今日からできる30の基本メソッド
(2013/09/19)
山口徹、大西桃子 他

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2013_09_29


「ラッセル幸福論 第一部 不幸の原因」 第五章「疲れ」より
疲れは大部分、心配からきている。そして、心配は、よりよい人生観を持ち、精神的な
訓練をもう少しやることで避けることができる。
たいていの男女は、思考をコントロールする能力にひどく欠けている。
これはどういうことかと言えば、ある心配ごとについて何も打つべき手がない場合にも、
そのことをあれこれ考えるのをやめることができない、ということだ。(中略)
きちんとした精神は、ある事柄を四六時中、不十分に考えるのではなくて、
考えるべきときに十分に考えるのである。
困難な、あるいはやっかいな結論を出さなければならないときには、すべてのデータが
集まり次第、その問題をよくよく考え抜いた上、決断を下すのがよい。
決断した以上は、何か新しい事実が出てきた場合を除いて、修正してはならない。
優柔不断くらい心身を疲れさせるものはないし、これほど不毛なものはない。

なぜ、わたしがいつも疲れているのかを説明してくれるために書かれたような説明です。
考える必要のないときや、考えてもしかたないときには考えこんでしまうのに、
本当に考えなければならないときには、十分に考えることができないのです。
これは考える価値はないなとか、これは考えても無駄だなとか、
状況を理解できているにもかかわらず、思考が止まりません。
逆に、プレッシャーのかかるような場面で考えなければならないようなとき、
思考より感情(主に、焦り)のほうが先に動作して、うまく思考できません。
そして、あのときはこうするべきだったなどと、後悔してもしかたのない事態になってから、
くよくよと考えてしまうのです。
一般に賢いといわれているような人でも、かなり多くの人が、このような状況に陥っている
ものと思われ、質の悪い思考によって疲労を倍加させているのです。
しかし、思考を無理にコントロールしようとしてもうまくいきません。それより、
「思考」と「意志・感覚・感情」の連携状態をよく観察することが有効であるように思います。
「感情を動かすべきときに思考を働かせるな」
「考えるべきときには感情を動かすな」
です。
バーチャル世界に「はさみ(もちろん、バーチャルの)」を持ちこんで、
「思考」と「感情」を結んでいる糸を切断する
ようなイメージを持つとよいかもしれません。
純粋な(否定的感情を持ち込まない)思考は、適度な肉体的疲労と同様に、
快眠をもたらすはずなのです。
疲労をため込む人は、毎日が不完全燃焼状態なのでしょう。
くよくよ考えずに、よくよく考えるようにしましょう。

心配事の9割は起こらない: 減らす、手放す、忘れる「禅の教え」 (単行本)心配事の9割は起こらない: 減らす、手放す、忘れる「禅の教え」 (単行本)
(2013/08/22)
枡野 俊明

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2013_09_28


「ラッセル幸福論 第一部 不幸の原因」 第四章「退屈と興奮」より
・多少とも単調な生活に耐える能力は、幼年時代に獲得されるべきものである。
 この点で、現代の親たちは大いに責任がある。彼らは子供たちに、ショーだの、
 おいしい食物だのといった消極的な娯楽をたくさん与えすぎている。
 そして、毎日毎日同じような日を持つことが子供にとってどんなに大切であるかを、
 真に理解していない。もちろん、やや特別の機会はこの限りではない。
 幼年時代の喜びは、主として、子供が多少の努力と創意工夫によって、自分の環境
 から引き出すようなものでなければならない。
・現代の都市に住む人びとが悩んでいる特別な退屈は、彼らが<大地>の生から
 切り離されていることと密接に結びついている。

刺激的な生きかたというと、ちょっといい感じがしますが、
刺激がないと耐えられない精神構造というのは、不幸の源泉になりうるでしょう。
より強い刺激がないと生きられないというのでしたら、中毒症状です。
特に、子供のとき、自分の努力なしに刺激を与えられ過ぎられると、
大人になって、退屈で単調な人生に耐えられなくなるのかもしれません。
日常生活というのは退屈なものです。
そう考えると、子供の教育では、甘やかしてはいけないということより、
子供に刺激を与えすぎてはいけないということのほうが大切なのではないでしょうか。
特に、子供のときに自然と触れ合っていない人は、大人になっても、
自然に触れて楽しむということができなくなってしまいます。
これは都会の人間に限ったことではありません。
最近は、田舎にこそ、歩くことさえほとんどせず(田舎の人のほうが歩いていません)、
自然とリズムを合わせられない人が増えているのではないでしょうか?

「自分の意志」と「自然の意志」で動く人がいたとしたら、
「自然の意志」で動く人のほうが幸せではないでしょうか。
少なくとも、「自然の意志」で動く人が自意識過剰になることはないでしょう。
「意志」は本来、「自然」の力を背景にして発揮させるべきものなのかもしれません。
このような話は、ともすると、現実離れした精神論に陥りがちですが、
客観的根拠に基づいた知見が社会に求められているように思います。
わたしたちが理解していないことは、まだまだ多く存在するのです。
自然の営みは、わたしたちの理解を超えた存在なのです。


 くじゅう山麓にて撮影

2013_09_27


人間が変わる方法は3つしかない。
「1つは時間配分を変える。」「二番目は住む場所を変える。」
「三番目はつきあう人を変える。」この3つの要素でしか、人間は変わらない。
最も無意味なのは、「決意を新たにする」ことだ。 (大前研一著 時間とムダの科学)

まずは「自分」をよく観察することです。
よく「自分」を観察すれば、どこかに短所があれば、どこかに長所のあることがわかります。
「意志」の力に自信があるという人はそれほど多くはないと思います。
注意しなければならないことは、「自分」の意味するところです。記事8-3にあるような、
「どっぷり自己に没頭している不幸な人びと」的な「自分」の観察ではなく、
記事8-1の「神様の創ったバーチャル世界」にある「意志・感覚・感情・思考」
という仕組みからなる「自分」を客観的によく観察するということです。
自己観察は「意志・感覚・感情・思考」とは別物です。
このバーチャルの仕組みは3才の子供でも未熟ながら備わっていますが、
自己観察は小さな子供にはできません。
冷静に「意志・感覚・感情・思考」からなる「自分」をよく観察するしかありません。
自己観察すれば気づくでしょうが、「意志・感覚・感情・思考」は、互いに影響しあっています。
「感覚・感情」がネガティブといっている行動を、「意志」が行うことは非常に困難なことです。
これを繰り返せば、普通の人なら「意志力」を使い切ってしまいます。
一方、習慣として行っているようなことは、「感覚・感情・思考」の抵抗にあいません。
さらには、「感覚・感情・思考」の支援を受けられる
ような「意志」の使い方もある
のです。
大前氏が指摘しているように、外部環境を変えて、「感覚・感情・思考」を活性化するというのも
有効な方法であり、うまくいけば、「意志」を酷使することなく、何かにチャレンジすることができます。
それよりも確実なのは、具体的で高い目標を持ち、その目標を達成するためのプロセスを
楽しむことができるようなプランをしっかり立てることです。そのようなプランができれば、
「意志」が「感覚・感情・思考」に後押しされるため、「意志力」を酷使することはありません。
あとは目標に向かって着実に、行動を積み重ねていくことです。
そうしないと、「感覚・感情・思考」は「意志」を後押しし続けてはくれません。

やってのける ~意志力を使わずに自分を動かす~やってのける ~意志力を使わずに自分を動かす~
(2013/09/20)
ハイディ・グラント・ハルバーソン

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2013_09_26


「意志の力」が減っていく理由 (2012年10月10日 WIRED.jp)
・意志力は有限な資源なので、無理に手を広げすぎてはならない。
 決心は、たくさんではなくてひとつにすべきだ。
・「自制が最もよくできている人は、一日中自制を使ってはいない。自制心を節約できるように
 生活を構築している」。そういう生活によって、本当に必要なとき(たとえばジムに行くと
 いったとき)に自制心が十分存在するよう蓄えているのだ。

「意志の使い過ぎに注意しましょう。」というのはあまり聞いたことがありません。
なぜなら、この競争社会では、意志力を酷使しなければ成功できないからです。
一般に、優秀で成功した人(特に、実業界の人)は、意志力という筋力が並外れて強い人が多く、
そのような人は、普通の人とは比較にならないとんでもない努力をしています。
そのような人は、「他の人も、わたしと同じように努力すれば成功できる」と思っているので、
普通の人に、「もっと努力しろ。やればできる。夢はなかう」と説きます。
凡人は偉い人の話をありがたく聞くわけですが、全くマネができません。
「夢を持ち、その夢を実現させるために、ひたすら努力しろ」と言われても、
わたしにとっては、月曜日の朝を乗りきるだけで精一杯なのです。

強靭な意志力を持ったカリスマ経営者がいる会社は成功するでしょう。
しかし、もともと意志力が強くない従業員には耐えがたい苦しみとなるでしょう。
耐えられない人はやめていくでしょうから、社員も意志筋ムキムキマンの人ばかりになります。
このような会社が競争に勝ち残っていくわけです。
実際、このような会社は、質のいい製品を低価格で提供する、素晴らしい会社なのです。
全身が意志の筋肉体質でできているような人と、意志筋が並かそれ以下の人では、
レベルが違い過ぎて、はじめから勝負になるはずもありません。
一般人がボルトに100メートル走を挑むようなものです。
それそれでいいのですが、問題は、筋肉なら見た目でわかるのに、
意志筋は見た目では全くわからないことです。
そのため、意志筋が生まれつき並以下なのに、その自覚がないために、
「どうして自分はこんなにダメなんだろう」と落ち込んでいる人が多いのです。
これは、本人の努力の問題ではなく、生まれ持った筋力の問題なのだと認識できれば、
無理な競争をすることもなくなり、気も軽くなるでしょう。
ただし、弱いからといって全く鍛えなければ、意志力は
さらに弱くなってしまう
ことも理解しておかなければなりません。


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(2013/04/22)
ロイ・バウマイスター、ジョン・ティアニー 他

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2013_09_25


「ラッセル幸福論 第一部 不幸の原因」 第三章「競争」より
・私が主張したいのは、成功は幸福の一つの要素でしかないので、成功を得るために他の
 要素がすべて犠牲にされたとすれば、あまりにも高い対価を支払ったということになる、
 ということである。この災いの根源は、実業界一般に広まっている人生観にある。
・人生の主要目的として競争をかかげるのは、あまりにも冷酷で、あまりにも執拗で、
 あまりにも肩ひじをはった、ひたむきな意志を要する生きざまなので、生活の基盤としては、
 せいぜい一、二世代ぐらいしか続くものではない。その期間を過ぎれば、それは神経衰弱や、
 種々の逃避現象を生み出し、快楽の追求を仕事と同じくらい緊張した困難なものにするに
 ちがいない(なぜなら、リラックスすることが不可能になっているからだ)。

「スタンフォードの自分を変える教室」では、意志力を筋肉に例えていて、とてもわかりやすい。
激しい競争社会においては、意志力を酷使する人と意志力をほとんど使わない人に二極分化
されてしまうように思います。
競争に勝つためには、組織としても、個人としても、無理をしなければなりません。
肉体的にも、精神的にも疲弊した状態での意志力が求められます。
敵は次から次へと現れて、競争が終わることがないので、意志力を使い果たしてしまいます。
「意志・感覚・感情・思考」がバランスを失い、すべてがネガティブな方向へ向かいます。
この状態は、「燃え尽き症候群」と呼ばれています。
これは、意志の単独過剰使用の結果なのです。
「感覚・感情・思考」に反して、「意志」を酷使することには限界があります。
一方、負け組に入ってしまうと、勝ち目のない競争に参加しようとは思いません。
その場合、意志力を全く使わないので、意志力筋は弱くなってしまいます。
意志力が弱くなりすぎると、「意志」が「感情」や「思考」をコントロールできなくなります。
「意志・感覚・感情・思考」がバランスを失い、社会に適応できなくなってしまいます。

今の社会では、意志力筋を適度に鍛えて、強化することが容易ではないのです。
一般的な社会認識としては、「格差問題」がクローズアップされていますが、
勝ち組?である過労続きのビジネスマンが幸福であるとは到底、思えません。
「意志」にとっては、「疲労感」は天敵です。
「意志」を支える最も重要な「感情」は、「希望」です。
希望が持てない仕事においても、「意志」は枯渇しやすいのです。
「みんなが頑張らなければならないけれど、
異常に頑張らなくてもいい社会」
は構築できないのでしょうか。
そうでなければ、これからも、「ニート」と「過労による自殺者」が生まれ続けるでしょう。

スタンフォードの自分を変える教室スタンフォードの自分を変える教室
(2013/04/26)
ケリー・マクゴニガル

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2013_09_23


「ラッセル幸福論 第一部 不幸の原因」
 第一章「何が人びとを不幸にするか」より
・私は生をエンジョイしている。(中略)
 大部分は、自分自身にだんだんとらわれなくなったことによる。
・次第に私は、自分自身と自分の欠点に無関心になることを学んだ。
 だんだん注意を外界の事物に集中するようになった。
・どっぷり自己に没頭している不幸な人びとにとっては、
 外的な訓練こそ幸福に至る唯一の道なのだ。
・自尊心を身につけるには、客観的な興味に刺激された活動を
 立派にやり遂げるよりほかに道はない。

これは、前提条件として、「極端な外的不幸の原因のない人」の話です。
「自分」ばかりに意識が向く人は、記事「8-1の図 神様の創ったバーチャル世界」における
「心理的リアル」からの入力ばかりになります。
「バーチャル世界」ではバランスが重要です。
「心理的リアル」からの入力ばかりだと、バーチャル世界の全体バランスが崩れて、
「意志・感覚・感情・思考」のうち、「感情」が「意志・感覚・思考」より優位になります。
なぜかというと、「心理的リアル」からの入力の入口は、「感情」しかないからです。
ここで、通常は、「意志+思考」が「感情」にブレーキをかけます。
しかし、あまりにも「感情」優位が続くと、「意志+思考」が消耗してしまいます。
何かをきっかけに、「感情」が、「意志・感覚・思考」を支配するようになります。
「感情」の異常暴走です。
「意志・感覚・思考」のコントロールがきかなくなると、「不快感」ばかりが生まれます。
自分ではどうすることもできないと感じられる「嫌悪感」に襲われます。
そして、悪感情に「自分」がつぶされてしまうような「感覚」を生じます。
そして、さらに「自分」を意識するようになります。
「他人責め」とともに「自分責め」が起きて、自尊心が持てません。
「快楽」は、一時的に「不快感」をブロックしますが、
「意志・感覚・思考」の力をさらに弱めることになるので、
「感情」の倍返しが待っています。

「自分に向き合う」というのはいいことのように聞こえますが、
それは、「感情」が暴走していないときに限ります。
「感情」を暴走させないためには、「嫌悪感」を生じないような「心理的リアル」以外から
の入力もしくは、「休養」が必要です。
「肉体的リアル」からの入力・・・運動をする
「物理的リアル」からの入力・・・興味のあるものに没頭する
「社会的リアル」からの入力・・・気のあう友達と話をする
といった感じでしょうか。何気ない幸福が本当の幸福なんでしょうねぇ。

ラッセル幸福論 (岩波文庫)ラッセル幸福論 (岩波文庫)
(1991/03/18)
B. ラッセル

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2013_09_23


10日の閣議で報告された2013年版厚生労働白書における若者意識調査の結果。
「日本の未来は明るいか」に対して、「そうは思わない」「どちらかといえば、
そうは思わない」と回答した人は、合わせて45.1%と半数近く。
若者の結婚願望は決して低くないものの、実際には、「結婚離れ」とも言える現象が
広がっていると指摘。
年収が300万円未満の男性では、既婚率が10%に満たない。
今の生活に対し「満足」と答えたのは、全体の約63%。満足の最大の理由は、
「家族、恋人、友人などがいる」「趣味がある」など、精神的な充実を挙げた人が
約83%を占め、「経済的に豊か」(約6%)を大きく上回ったが、
異性の友人も交際相手もいないと答えた人が未婚男性の約6割、未婚女性の約5割。

「プア充 —高収入は、要らない—」の書評を見ますと、
バブル時代以前にはなかった思想を垣間見ることができます。
プア充は「貧乏でも充実した暮らし」のことを言うのだそうです。
経済的な豊かさでないのなら、精神的に充実した暮らしということなのでしょう。

物質的な豊かさというのは、実はわかりやすくて単純なものです。
一方、精神的豊かさは、実に奥深い世界なのです。
都心の豪邸に住んでいれば、物質的に豊かな暮らしであるということはできます。
家族と話しながら夕食を楽しむというのは、精神的豊かさのひとつでしょう。
でも、家族と話しながら夕食をとることが、その人にとっての精神的豊かさかどうか、
他人にはわかりません。
充実感というと、少し意味合いが違います。
充実感は、主に、努力した結果が満足できるものであったときに得られるものですが、
満足できる結果には、物質的なものもあれば精神的なものもあります。
努力自体や努力して達成した内容そのものに満足できるのならば、
これは、間違いなく精神的充実といえるでしょう。

ただ、物質的豊かさを敬遠する必要はないと思います。
お金がなければ、一点豪華主義という手もあります。

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2013_09_12


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書籍の紹介

龍女「みなみ」からあなたへの
不思議なメッセージ集
新感覚のファンタジー!!

書籍表紙

不思議の国の「みなみ」
 宇宙へつながる秘密基地

「みなみ」 今月のメッセージ

不思議の国では、
時間は動かないんです。

プロフィール

舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:46歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

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