「仕事がどんなに辛くても3年耐えるべき」って実際どうなの? ブラック企業にいいように使われてはいけない! 
(4月10日 キャリコネニュース)
(前略)4月1日、ツイッターに寄せられたある投稿が拡散され、話題となっている。
”  「新社会人の皆さん 『どんなに辛くても3年は耐えろ』という言葉を鵜呑みにしないで下さい。 それはあくまで労働環境
がきちんとしている中で仕事内容が自分に合っているかを見定めるという意味であり、サビ残パワハラが横行している会社
で3年耐えても何の徳にもなりません」 ”
昨今、ブラック企業によって、まさに命を削られながら働く人材も少なくない。本来ならすぐに逃げ出すべきだけど、
そういう選択肢を選べなくなっている社会人も多い。足かせになっているのが「とりあえず3年は勤めるべき」という言葉に
なっているケース、結構少なくない。
「ホワイト3年ブラック3日」という反応も
この投稿をした人物は、恐らくサービス残業やパワハラに、煮え湯を飲まされた経験があるのかもしれない。ツイッターでは、
賛同の声も多数ある。
” 「まず3年も精神が持たないし、よしんば耐えたとして、若い頃の3年を無駄にするというのは取り返しがつかないレベルの失敗」
「正社員になったとき、『3年我慢』と叔父(大手居酒屋人事)に言われたけどサビ残パワハラで死に掛けたから10ヶ月で辞めた」
「ホワイト3年ブラック3日」 ” などなど、否定する声よりも、肯定する声の方が目立つこととなった。
日々過酷で意味のない残業や、上司からの叱責の矢面に立たされ続け、うつを発症する社会人も少なくない。
うつは心の風邪と言われるが、風邪なんて生易しい症状ではない。悪化すれば最終的に、自分で自分の人生を終わらせること
を考えるようになる。現にブラック企業に入社したばかりに「やりがい」や「夢」を押し付けられ、耐え切れずに自殺して
しまった人だっている。3年もブラック企業に勤務するなんて、無意味どころか健康を損ねるだけだ。
ブラック企業の見分け方不毛な努力の中で耐える3年ほど虚しいものはない
仕事を見つけて、そこで3年頑張るという考えは、
その全てが間違っているわけではない。たとえば
厳しいけど面倒見の良い上司がいる会社だったり、
無茶な残業のない会社だったりするなら、3年勤続
してもいいだろう。だけどそういう会社ばかりという
わけでもない。よく「努力は必ず報われる」だの
「誰かがあなたの背中を見て陰で評価している」
なんて言葉を耳にするが、こんな言葉を信じている
人は、ブラックにいいように利用されるだけだ。
ブラック企業は、出来る限り人材を薄給で使い潰そうと思っている。人知れずする努力ほど、ブラック企業にとって都合の良い
努力はない。人生は短いのだから、ろくな報酬がないのにノルマばかり多い企業など、3年もいてやる理由はない。

「一番大きな貧困は孤独」 世界で一番貧しい大統領 ホセ・ムヒカ氏の初来日講演 (4月7日 ログミー Logmi )
(前略)「できるのに仕事をしない」ということはあってはなりません。例えば、ほかの人の労力のもとに自分は働かずして
生きるということ。これはあってはなりません。それはおそらく団結心が不足しているということになりましょう。同じ種の
ほかの者に対しての団結というものがない、ということになります。
買い物とは、人生の一部の時間を払うこと
ただし、生きるということは、単純に仕事をするということだけではないのです。ほかの言い方をすれば、ほかにいろいろな
ことをする必要があります。なぜならば、あなたがもし何かを買う時、それは、あなたは何かをお金で買っているのでは
ないのです。あなたが買うということは、それはあなたの人生の一部の時間、そして、その時間をお金を稼ぐために
費やさなければならなかった人生の一部の時間で払っているのです。
そして、あなたは人生の時間というものをきちんと尊重しなければなりません。ですから、節度ということが重要なのです。
なぜならば、時間は必要だからです。重要だからです。人生を楽しむために、享受するために、自由な時間というのが
必要だからです。すなわち、そのあなたの存在。そしてまた、それはもう戻ってこないものなのです。例えば、また別の生
があるというふうに考えたとすれば、おそらくそれは心の慰めになるかもしれません。でも、この人生において、この生に
おいて、地獄と栄光があるとするならば、それは栄光のために、美しく生きるために戦うということが必要になるでしょう。
これは何を意味するのでしょうか? すなわち、浪費する、消費する、買うこと、買い物をするということ、例えば、それは
必要でしょうか? 誰もそういうことを放棄することはできません。この文明というものがもたらしたものがあります。ただし、
ここで問題があります。それはやはり「私たち自身にリミットをつける」ということです。それは時間を得るためです。
ムヒカ氏地上にあるもっとも重要なものは“愛”
みなさんの人生の時間、例えば、若い時には
愛のために多くの時間が必要でしょう。この愛
というのは地上にあるもっとも重要なものなの
です。人生の動力となるものです。もしも
パートナーがいるのであれば、もし子供が
いるのであれば、時間が必要です。子供に
向き合う、子供と一緒になる時間が必要です。
(後略)

 人生の時間を尊重するホセ・ムヒカ氏の言葉は一読に値します。
 世のなかには、自分の人生のすべてを注ぎ込めるような仕事に就いて
 いる人もいます。しかし、そのような人は少数派です。
 わたしたちの多くは、好きで仕事をしているわけではありません。
 生活するためのお金を得るために、時間をお金に換えているのです。
 となれば、少ない時間で効率よくお金を稼ぐことのできる仕事が
 いい職業だといえるでしょう。給料の額より、時給が重要です。
 バカみたいに働いて給料をたくさんもらっても、バカみたいに税金を
とられるのであればバカバカしいと思うかもしれません。ましてや、バカみたいに働いて、
少ししか給料をくれない仕事をするのは、確実にバカバカしいことです。その仕事が
楽しくてしかたがないとか、将来の自分に役立つように思われる場合は別ですが・・・
自分が必要とする量より自由時間が少ないと、人生の大切なものを失っているような気が
します。ただし、逆に時間が有り余っても、有効活用できないのなら意味がありません。
人によって必要とする自由時間は違います。自由時間を多く必要としない人ならハード
ワークにも耐えられるでしょうが、「お金より時間」と考える人にとっては、長時間労働を
課せられる仕事は無理です。体があまり強くない人間にとっては、「お金より命」です。
長時間労働を強制することと休暇が思うようにとれないことは日本企業の悪習です。
堅実経営であまり成長も期待できないが、確実に稼げるビジネスモデルを持っている
会社は、長時間労働が少ない傾向にあります。ただし、職場の雰囲気は保守的でしょう。
マスメディアのように人が憧れるような仕事とか、外食産業のように、競争が激しくて
利益を出せずに苦しんでいるような業界は、どこもハードワークでしょう。
かっこよくて、やりがいもあって給料が高いうえに、仕事が楽。それが無理なのは誰でも
お分かりでしょうが、やりがいもなく給料も安いのに、仕事がハードということなら・・・




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2016_04_13


社長は新入社員にどんなメッセージを発したか (4月4日 ニュースイッチ Newswitch)
(前略)豊田章男社長は「『よしやるぞ』という今日この日の気持ちを忘れずにルーキーとして”バッターボックス“に立ち思い切って
スイングしてほしい」と訓辞。「過去に通用してきた成功体験や理屈だけでは今後の持続的成長は望めない」とし、「若い皆さんの
今の感性や感覚を職場に吹き込み上司や先輩に刺激を与えてほしい」と呼びかけた。(中略)
パナソニックの新入社員は15年度比約60人増の669人。津賀一宏社長は「勇気を持って道を開き、社会の変化のスピードに
遅れることなく前に進み、新しい風を吹き込む存在になってほしい」と激励した。
野村HDはグループ全体で707人(前年比59人増)が入社。永井浩二グループ最高経営責任者(CEO)は「皆さんも
リーディングカンパニーに入ったと安心せず、自らの変革に挑戦してほしい」と激励。(中略)
日産自動車のカルロス・ゴーン社長は「今年最終年度になる中期計画の完遂に向けた取り組みを期待する」と話した。いつもは
横浜市の本社ホールで開催するところを普段一般開放しているイベントスペースで挙行。夕方報道陣に公開した高級スポーツカー
「GT―R」の新モデルを一足早く新入社員にお披露目し、車を身近に感じられる演出を施した。「思い出に残る入社式を」と
いうかけ声で若手社員が企画した今年の入社式は趣向を変えた。会場には、新入社員の手書きメッセージが書き込まれた
電気自動車(EV)「リーフ」を展示、ゴーン社長は「(メッセージに書いた)チャレンジ精神を貫いてほしい」とエールを送った。
昨年の社長就任以来、「チームホンダ」を合言葉にするホンダの八郷隆弘社長は入社式でもこの合言葉を強調。「チームホンダの
一員となった。ホンダの未来を切り開くのは皆さん自身だと銘記してほしい」と話した上で「”出る杭は打たれる“というが
”出ない杭“に未来はない。自ら”出る杭“になって挑戦することを期待する」と鼓舞した。(後略)

入社式のニュースを見ると、社長が「挑戦しろ」とか「チャレンジ精神を持て」と
よく言っています。しかし、「果敢にチャレンジしたい」と思う人よりも多くの人が
「とにかく辞めたい」という心境になるのではないかと思います。学生と新入社員の
最も大きな違いは、責任の大きさや人間関係の厳しさなんかではありません。
この生活が4年間続くのか、40年間続くのかの違いです。
「4年間我慢しろ」なら耐えられることでも、「40年間我慢しろ」と言われると・・・


世界一「チャレンジしない」日本の20代 (2015年12月1日 ニューズウィーク日本版)
(前略)もっと多くの国を含めた世界全体での日本の位置付けを見てみよう。<図2>は、右軸にクリエーティブ志向、縦軸に冒険
志向の肯定率をとった座標上に、59の国を配置したグラフだ(英仏は調査に回答せず)。日本は最も左下にある。
若者のクリエーティブ志向・冒険志向は世界で最低だ。諸外国の群れから大きく外れ、その低さは際立っている。先程比較した
アメリカはちょうど真ん中くらいで、それを上回る社会も結構ある。ナイジェリア、ガーナ、南アフリカ、フィリピンなどの発展
途上国だ。こうした社会では、若者のクリエーティブ志向や冒険志向が強くなるのだろうか。お隣の韓国は日本と近い位置にある
と思いきや、そうではない。この国では、冒険志向の若者の比率が高い。日本以上の超学歴社会で、一流企業に入るには英語力や
海外留学経験が必須だと言われている。国内の就職が厳しいので、活躍の場を国外に求める若者も多い。韓国の若者の冒険志向
(外向き志向)が反映されている。これに比べて日本の若者は、すっかり委縮している。社会的な統制が強いはずの旧共産圏以上だ。
上の図を経団連の幹部が目にしたら、複雑な思いを禁じ得ないだろう。もっと学生の創造力やチャレンジ精神を鍛えて欲しいと大学
に要請してくるかもしれない。しかし企業の側も、若者の扱いについて少し反省したほうがいい。クリエーティブな人材が欲しい
20代の冒険志向と言いながら、斬新なことを提案したり、商談でイニシアチブを
取ったりする若手を「生意気だ」と言って排除していないだろうか。
こういう面での年功序列はいまだに幅を利かせている。冒険志向の
低さは,失敗(道草)に寛容ではない日本社会の思想を反映している。
企業の採用は新卒至上主義で、それができなければ翌年から「既卒」
の枠に放り込まれて多大な不利益を被る。(新卒枠での)就職活動に
支障が出るからと、留学をためらう学生も少なくない。新卒一括採用と
いう、おそらくは日本固有の奇妙な慣行はいまだに是正されていない。
履歴書の空白期間をとがめるような社会では、若者の冒険志向は
高まらない。人間は年齢を重ねると柔軟な思考ができなくなる。
守るべき地位や財産を持つようになって、リスクを冒すことは控える
ようになる。クリエーティブな発想をして、冒険ができるのは若者の
特権で、それを抑えつけるのは大きな損失だ。これからの日本では、
少子高齢化で若者はますます希少になる。その人的資源の力を
十分に活用することなしに、日本がイノベーション社会に進化する
ことはできない。



意識高い系とは若者にチャレンジ精神がないのは、若者の資質や
日本の風土の問題というよりも、「一定のレベル
まで達した社会が停滞期に入ると自然とそうなる」
ということではないでしょうか。社会が成熟して
進歩が止まると、革新的なフィールドがほとんど
存在しなくなります。既存の分野では経験の差が
モノを言いますので、若者がちょっと努力した
くらいでは年配者に追いつけません。しかも、

意識高いだけ努力する割にはイイ目をすることもありません。
やる気がなくなるのは当然です。可能性がある
新しい分野には挑戦者が殺到しますので、
過当競争になります。どのような競争が行われ
ようとも、競争に勝てるのはごくごくわずかな人
たちですから、大部分の人は自分の実力がない
ことを思い知らされて「心が折れる」だけになり
ます。かくしてチャレンジすればするほどさらに

 やる気がなくなっていきます。なかには、自分の実力がないことを認識できて
 いないのではないかと思えるような人たち、いわゆる「意識高い系」の人
 たちもいます。「意識高い系」の人は、努力家です。でも、努力が報われる
 ような社会ではないです。今の日本は。さらにいうと、この社会状況が続く
 のなら、永遠に努力が報われないのではないかという懸念さえあります。
 成熟社会では、努力は人を裏切ることもあります。運、適性、タイミングを
 味方につけて、どこかに突破口を見つけることができなければ、死ぬまで
 報われない可能性大です。金銭をつぎこんでいると実害も生じます。現在の
社会状況では、「何事にもチャレンジしない」という選択も「あり」のような気がします。
かといって、「普通がいい」も問題ありです。100人の人間がいれば、異なる100の
個性がありますから、「普通でいること」は意外に難しいものです。
普通でいようとすることが耐えられない苦痛になる人も確実に存在します。
結局のところ、「なるようにしかならない」。「それもまた人生」ということでしょうか?





2016_04_07


日本人が職場に「不平不満」を抱える根本原因  職場への要求が世界標準とズレている
極めて特殊な「総合職」の発想 (3月8日 東洋経済オンライン)
そもそも、日本の会社員に覆いかぶさる「不幸感」は、日本独特の雇用制度に大いに関係がある。世界的に見ても稀有な
「終身雇用」や「年功序列」といった独特の慣行を守り続ける日本企業だが、もう一つ極めて特殊なのが、「総合職」の
発想である。普通、どの国の企業も、「営業」「経理」「IT」など「職種」を限定して、その道のプロフェッショナルを
雇用する形態が多い。日本の会社は大卒総合職として入社すると、どの職種に就くかは会社によって決められる。
職に就く「就職」ではなく、会社に就く「就社」と言われるゆえんだ。
つまり、日本では「多くの社員は自分で仕事が選べない。自ら望まない仕事においては、エンゲージメント(社員の
やる気やコミットメント、忠誠心)は削がれがちにならざるを得ない」とリクルートワークス研究所の豊田義博主幹
研究員は指摘する。こうした「たらい回し人事」は、前回ご紹介した、作家ダニエル・ピンクが働き手にエンゲージメント
を感じてもらう3条件として挙げた「自主性」「成長」「目的」の内の最初の二つを真っ向から阻害するものだ。
自らキャリアパスを構築し、専門性を究め、成長に結びつけていく、というのがグローバルのキャリアの考え方の主流。
多くの部署を経験することで人間的な成長に結びつくという考え方もあるが、やっと慣れたな、わかってきたかな、
と思ったら、次の部署へ異動の連続であれば、真の「プロフェッショナル」にはなかなか成長できない。
リクルートワークス研究所では、アジア7か国とアメリカの社員に対して、意識調査を行ったが、その中で豊田氏が
話を聞いた中国人社員は「自分の仕事の選択を会社にゆだねるリスクなど断じて受け入れらない」と言い切った
そうだ。明確なキャリアパスを示せない日本の国内企業のグローバル人材活用がなかなか進まない背景には
外国人プロフェッショナルのこうした意識もあるのだろう。(後略)

「総合職」というのは、「辞令一枚で何でもやります。地球上ならどこでも行きます」
ということですから、上司の命令は絶対です。企業戦士といわれますが、まさに軍隊に
入ったと思えば、違和感を覚えることもないでしょう。軍隊で、「僕はこの任務が嫌い
なのでやりません」ということが通用しないのと同様、「総合職」は会社に絶対的な
忠誠を誓っているということであり、理不尽な命令にも従わなければなりません。
厳しいノルマがあるのは当然です。そのかわり高い給料を支払いますよということです。
軍隊と違うところは、退職願いを出せば、一ヶ月後にはやめられるということです。
もう一つの特徴は、「総合職」は、会社の幹部候補生だということです。そう言うと
いい意味に聞こえるかもしれませんが、ある年齢になって、幹部候補生から脱落すると
「必要のない人」ということでもあります。その替わりに、激しい競争を勝ち抜けば、
高い地位を得られます。よって、仕事の責任やプレッシャーの大きさに心が折れてしまう
人には無理です。精神的におかしくなる前に、転職を考える必要があります。
精神に異常をきたしてしまったあとでは、転職もできなくなってしまいます。
「俺はそのような環境でもやっていける」というかたは、頑張ってくださいね。
(そのような環境とはあまりにも縁遠い世界にいるので、他人事でごめんさない)
「総合職」に、高いコミュニケーション能力と強靭な体力は必須です。
それに加えて最近、注目されているのが、ファシリテーション能力です。
コミュニケーション能力があるからといって、ファシリテーション能力があるとは
限りません。これまで説明しましたように、日本の企業は基本が軍隊式なので、
上司の命令が絶対であり、ファシリテーション能力など必要ありません。
よって、日本の組織では、いつでもどこでも「会議は眠たい」ものですが、
ファシリテーション能力を求められるような会社があったら、入ってみたいですね。


コミュ力

身につけたい「ファシリテーション」能力 (転職・求人DODA デューダ > 転職成功ガイド)
「日ごろ、何かと会議が多い」という人は多いのではないだろうか。しかし、限られた時間内で実り多い会議は少ない。
その原因は「ファシリテーション」能力不足の人間が会議を仕切っているからかもしれない。
他者を引き出し、物事を促進するのがファシリテーション
「ファシリテート」(facilitate)とは、「促進する」「物事を楽にする・容易にする」という意味の英単語で、その
名詞形が「ファシリテーション」(facilitation)である。特定非営利活動法人 日本ファシリテーション協会の定義
によれば、人々の活動が容易にできるよう支援し、うまくことが運ぶように舵取りするのがファシリテーションである。
具体的には、集団による問題解決、アイデア創造、合意形成、教育・学習、変革、自己表現・成長など、あらゆる
知識創造活動を支援し、促進していく働きを意味する。またその役割を担う人がファシリテーター(facilitator)である。
日本語では「協働促進者」または「共創支援者」と呼ぶ。ファシリテーターは、裏方で黒子のリーダーであり、会議など
でメンバーの参加を促進し、プロセスの舵取りをする役割を果たすものである。
昨今のビジネス現場では、自分一人で完結する仕事は少ない。たいていの場合、チームで知恵を出し合い、チームで
協力して目標を達成する。そのチームという場を、主体的、創造的なものにするために「ファシリテーション」は
大事な能力となる。ファシリテーションは、ある意味、リーダーシップ能力であり、コミュニケーション能力である。
組織で働くビジネスパーソンとしては、ぜひ身につけておきたい能力のひとつでもある。
さて、私たちの日ごろの職場では、何かと会議が多い。しかし、限られた時間内で実り多い会議は本当に少ないものだ。
その原因のひとつはとして、そのチーム内に優れたファシリテーション能力を持った「よきファシリテーター」がいない
ことが挙げられる。(後略)




2016_03_10


就活本格スタート 4割が既に「応募・選考」段階 (3月7日 NEWSALT ニュースソルト)
2017年春に卒業する大学生向けの企業説明会が1日に解禁となり、就職活動が本格スタートした。
求人情報誌のアイデム(東京都新宿区)が、民間企業への就職を希望している大学3年生、大学院1年生
の男女646人を対象に、就職活動の進捗状況を調査した。調査によると、2月1日時点で約4割の学生が
「応募・選考に進んでいる」と答えた。これは昨年と同程度の動き出しだという。
エントリーシートの提出や面接選考を受けた企業の数を聞くと、「0社」と答えた学生の割合が昨年よりも
増えている一方、「2社以上」と答えた学生の割合も高くなっており、就活の進捗が早い学生と遅い学生で
二極化している傾向が見られた。就職活動で感じる不安は「内定が取れないかもしれない」という答えが
最も多く、続いて「どのような準備・対策をすればいいか分からない」「自分の何を評価されるのかが
分からない」「交通費や就活グッズなどの費用がかかる」が挙がった。
資本金別平均給与大田区工場数

就活では「中小企業にも目を向けよう」なんて言う人もいますが、大企業に入れる
ものなら、大企業のほうがイイに決まってます。しかも大きければ大きいほうがイイ。
やっぱり寄らば大樹です。まず、中小企業は安定性に欠けます。いつ倒産するのか、
分かりません。国内の市場はこれからも縮小していきます。中小企業では、さらなる
淘汰が進むことは避けられません。優良な中小企業が存在することも確かですが、
就活生が「いい企業と悪い企業」を見分けられますか?業績があまりよくない会社
のほうが圧倒的に多いのです。また、中小企業では、オーナー一族が経営している
会社が多くあります。成果をあげても、結局のところ、得をするのは社長をはじめと
した創業者一族ということです。独立するつもりがないのなら、モチベーションを
あげることは容易ではありません。若いうちは、仕事を覚えることでやりがいを
感じるかもしれませんが、40歳を過ぎた頃になって、自分より若い、できの悪い
社長の息子が上司になって、現実に気づくようでは遅すぎるのです。
また、転職のときも、大企業→中小企業というのは可能ですが、中小企業→大企業と
いうのはほとんど聞いたことがありません。入れるものなら、とりあえずでも大企業
に入っとけということです。採用担当者には、正直な気持ちは言えませんけどね。
安定した中堅企業といえる会社も存在します。しかし、この場合、とても保守的で、
決まりきった仕事を言われたようにすることだけを求められることも多いのです。
何かにチャレンジするという雰囲気が社内にないと、何歳になっても同じことの
繰り返しになります。大企業の場合、どんなに官僚的で保守的な会社であっても、
新規事業に全くチャレンジしないということはありません。
では大企業ならどこでもいいかといえば、勿論、そんなことはありません。
就活では「自分にあった会社を探せ」と言われるかもしれませんが、やはり、
「いい会社」と「悪い会社」があることは間違いありません。業界内で、同業他社
との違いは何か、詳しく比較分析しておくことは、会社選択においても面接対策に
おいても重要です。特に、B to Bの会社は、超有名でも意外に知らないでしょ!
B to Bの会社のほうが価格競争に巻き込まれにくい環境にありますし、知られて
いないだけに採用されるチャンスが多いかもしれません。B to B。知ってますよね。
このような点から考えても、やはり大企業(一部上場の株式会社)のほうが有利です。
中小企業の場合、財務状態を知ることさえ難しいので。まさか、就活生が
帝国データバンクの会員になっていることはないでしょうから・・・(続く)


 自己分析などムダ。企業分析にこそカギがある (3月4日 現代ビジネス)
 結論から先に言う。企業への就職を考える大学生は、是非、『進め!! 東大ブラック企業探偵団』
 を読んでほしい。大学生にとって、現存する「就活本」としては、この本が断然のベストだ。以下、
 そう思う背景を説明する。筆者は、今年度まで6年間に亘って、獨協大学で週2コマ授業を担当
 していた。対象は、1年生から4年生までの学部生だ。教えていた内容は資産運用についてだが、
 学生には、授業2回に一度くらい、就職活動やビジネスパーソンとしての世渡りのコツなどを30分
 程度話すことにしていた。言うまでもないが、大多数の大学生にとって「就職」は最大の関心事で
 あり、心配事だ。学生達は、筆者の話を熱心に聞いてくれた。
 そもそも、自分が就職や転職で散々失敗し、世渡りも上手くないくせに、学生に教えを垂れるとは
 いい気なものだ、という読者諸賢のご批判は甘んじて受けよう。ごもっともであり、その通りだ。
 しかし、日本の大学とは、大半の教師が誰の干渉も受けずに、自分の好きな話をする場なのである。
サービス業としての大学教育の「品質管理」がどうあるべきかに関しては、別の機会に詳しく論じたいと思っているが、
筆者が主に「就活(=就職活動)」について、学生に語っていたのは、以下のような内容だ。「いいですか。企業の採用
担当者は、面接を受けに来た学生が、どんな性格で何に興味があるかなどという学生の自分話には興味などありません。
人材として、使えるか・使えないか、一緒に働きたいと思う人間か・否か。相手について興味があるのは、そこだけです。
部活やらサークル活動やら、イベントやら、ましてアルバイトなどで、どんな体験をしたかなどという話は、似たような話
をたくさん聞いてすっかり聞き飽きているのでウンザリしています。心理テストみたいな自分探しや、子供の作文みたい
な体験談を用意することは、全て無駄です。面接は、人生相談の場ではありません。どうせ、企業のことなど知りもしない
大学職員や、就活をビジネスにしている業者が、無意味な就職対策を考えているのでしょう。面接は、自分という商品を
売り込む営業の場であると同時に、相手の会社に関する情報を取る機会であり、いわば『商談』の場です。そしてこの
商談では、一言で言うなら相手に対する『敬意を伴った興味』を伝えることがポイントです。
それ以外の点は、相手が見るあなたの実力と人間性であって、これらは急には改善できません。
商談は、真剣なビジネスの場なのだから、相手について調べていて当然だし、調べた上で意見を持っていないと、相手
に対する敬意が伝わりません。相手を調べるには、上場企業の場合、企業のホームページの『IR』あるいは『株主・投資
家の皆様へ』などと書かれたページにある、有価証券報告書や決算短信を2年分くらい読み込んでみて下さい。
学生向けの採用関係のページには、企業にとって都合のいいことしか書いていませんが、IRのページでは、株主や投資
家にとって重要な情報は開示しなければなりません。会社の実態を知る上で重要な情報があるのは、断然こちらです。
なんなら、採用担当者と、その企業の株価や業績について議論してみるのもいいでしょう。ちなみに、学生に対して、
自社の株価の説明も出来ないようなボンクラを採用担当にあてがうような企業には行かない方がいい、という逆テストに
もなります。実際、採用担当者に「ボンクラ」は少なくないし、それでも学生は内定を取りたいわけだから、採用担当者
をその場でやり込めるまでは必要ないのだが、就職先の会社を選ぶ上でも、企業のせめて公開情報くらいは調べておく方
がいい。そうは言われても、企業や業界をどうやって分析して、評価したらいいのかが、分からない学生が(東大でも)
大半だろう。そして、教師にとっても、分析方法を説明するのは面倒である。『進め!! 東大ブラック企業探偵団』は、
この学生・教師双方にとって面倒な問題を解決してくれる便利な本なのだ。(後略)




2016_03_08


高学歴なのに出世が遅いのはなぜ?
悩み深きエリート社員が増える背景(下) 
(2月2日 ダイヤモンド・オンライン)
「学歴病」発生のベースにある企業自身が大学教育を信用しない矛盾
(前略)筆者が林氏と話していて感じたことは、実力主義と思われる会社(A氏の例)にも学歴主義と思われる会社
(B氏の例)にも、異なる形で「学歴病」が発生する土壌があることだ。前者は学歴重視ではないからこそ高学歴者が
不満を感じる可能性があり、後者は学歴重視だからこそ仕事の実績で差がつかないことに対して、社員が不満を
抱く可能性があるわけだ。そう考えると、むしろ学歴病の行き着くところは企業の問題よりも、大学のあり方になる
のだと思う。大学が(それ以前の高校までの教育を含め)、社会で通用する実践的な能力を育てる場に変わらない
限り、企業の人事体制も変わらないと思えるのだ。少なくとも、B氏のケースのような大企業では、内部から体制を
変えることは絶望的と言えるほどに難しい。林氏もこう指摘する。 「『学歴病』なんて言われることなく、その社員が
母校の名に恥じない実績を残し、活躍すると、『大学教育は素晴らしい!』『学歴は確かに意味がある!』と
認められるようになるのです。そういう人は確かにいますが、企業社会には少ないのではないでしょうか。
学歴病を治していくためには、大学教育を変えることが1つの解になるのではないかと、私は思います」(後略)

東大卒で年収220万円。高学歴プアの実態 (2015年9月9日 日刊SPA!)
東京大学の文科三類を卒業後、晴れて大手商社に入社した長谷巧さん(仮名)だが、入社早々自信を失った。
「自信満々で入社したものの、仕事が全然できなかったんです。同期と比べても覚えが悪かったし、いろいろ
融通が利かなくて。ハーバードとか海外の名門大学を出た人間も何人もいましたから、東大卒といっても特別では
なくて、“そこそこ勉強できたヤツ”という程度。自分の唯一の武器だった学歴は何の意味も持ちませんでした」
自分より学歴の低い同期も、問題に直面した時の対応力やメンタルの強さなどは、自分と比べ物にならなかった。
「総合的な人間力の差を感じました。特に関西の某名門私立のアメフト部出身の奴は凄かったです。みんなを
引き付ける魅力を持っていて。プロジェクトを引っ張るような人間は、ああいう男なんですね。“勉強はもちろん、
ほかの面でも自分を高めてきた奴ら”ばかりで、そりゃ勝てないよ、俺は勉強しかがんばったことないもん、
と思いました。周囲との差に負い目を感じて、3年で退社しました」
退社後、数か月の転職活動を経て長谷さんが入社したのはまたも商社。とはいえ、一社目のような総合商社では
なく、文具などの消耗品を扱う商社だ。(中略)長谷さんは現在日雇い派遣労働者だ。昨年、10年近く務めた
二社目の商社が倒産した。 「業績が悪化していたので早くほかへ移っておけば良かったのですが、頭ではわかって
いても面倒で。なんか、努力するスタミナが残ってないんです。大学受験と就活で使い果たしちゃった気がして。
今は日給1万円のバイトで年収は220万円ほど。独身なので生活は十分に成り立ちます。それゆえに、ますます
次の仕事を探す気力もわかないんです」
毎日ヘルメットを被り工事現場などで汗を流す長谷さん。国内最高学府卒の面影はどこにもない。

既知と未知の境界「東大向き」と「ハーバード向き」の7つの違い
(2013年1月21日 東洋経済オンライン)
東大との最大の違いは、模範解答がないこと
前回まで、東大と米国トップ大の入試の違い
を述べてきた。端的にまとめると、東大は先
を見通せる状態で、高い処理能力が問われ、
米国トップ大は先が読めない状態で、
不確実性に挑戦する能力が問われる。
また東大は、「教科書や参考書の中にある
誰が見ても正しい解答」を表現しないと合格
できないが、米国トップ大は、「自分の中に
ある自分らしさ」を表現しないと合格できない。
その象徴が、米国トップ大の必須課題
「Personal Essay」だ。このエッセイについて、
もう少し詳しく解説しよう。
米国トップ大の受験生の多くは、合格した
先輩がどんなエッセイを書いたのかを見たがる
傾向がある。しかし、海外トップ大進学塾
「ルートH」ではそれは意味がないものと考えて
いる。合格者のエッセイの傾向を把握した
ところでいいものが書けるわけではないし、
先輩の体験や価値観は自分自身のそれとは違う
ので参考にならないからだ。それでも合格者のエッセイを見せてしまうと、生徒たちはマネしようとするだろう。
その瞬間に、米国トップ大が知ろうとしているその生徒固有の〝らしさ〟が失われてしまう。
最終的な合否を決める重要なエッセイに対して模範解答がない。これが東大入試との最も大きな違いだ。

単純な話ですが、東大を出て自分の力だけで飯を食える人がどれだけいるでしょうか?
そういった面では、ラーメン屋のおやじのほうが立派であるとも言えますし、
小さな店を経営していて、サラリーマンより稼いでいる人は多くおられます。
東大を出て一流企業に就職したって、給料は他の人と同じですから。
東大を出るような人は、他の人より知識は多いでしょう。しかし、世のなかには、
知識だけではどうしようもないことも多く、その場での対応力が求められること
も少なくありません。それなのに、いわゆる秀才タイプの人は、知らない状態を
回避するために知識を増やしている側面があり、実社会では全く通用しないこと
も多いのではないでしょうか?
学校では、調べればどこかに書かれている既存の知識は与えてくれますが、
過去に前例のないことが起きたとき、どうすればよいかは教えてくれません。
教えるといっても、過去に前例のないことについて、知識を与えることはできません。
現場で起こったことに近い場面を再現して、再体験させてみるしかないでしょう。
「そのとき、自分はどう動くか?」ということです。正解はありません。

世界大学ランキングそもそも、最高学府を出た人が、社会に
求められる仕事を自ら創りだす意欲を
持っているかが疑問です。
アベノミクスがダメノミクスになるときが
近づいています。でも、経済以上に、
教育の劣化のほうが心配です。
イノベーションなくして、日本の未来なし。
「心意気は救世主、行動はこつこつ」で、
日本を牽引していってもらいたいものです。

「SGUトップ型軒並みランクダウン、THE世界大学ランキング2015…東大43位京大88位」
受験や進路・進学情報の教育ニュースは「リセマム」



2016_02_03


できる人ほど「情報収集」しない。「知識の正しい増やし方」は漱石に学べ!
知識は「総量」よりも「多様性」が肝心 (2015年10月10日 ダイヤモンド・オンライン)
頭の中の情報量というのは、創造的なアイデアの素材となるすべてのものである。知識量と言ってもいい
かもしれない。いくら知識があっても、それを引き出す力(発想率)がなければ意味がない。そこで僕は
「学ぶ」と「考える」を峻別して、これからは思考力のある人材に有利な時代がやってくると語ってきた。
そうは言っても、発想を広げるうえで知識が多いに越したことはないし、情報=アイデアの素材を
インプットするうえでも、工夫できることは2つある。
(1)頭の中の情報は量を増やすよりも、幅を広げる
(2)頭の中の情報を知識で終わらせず、知恵へと深める
今回論じるのは(1)についてだ。頭の中の情報の「絶対量」を増やすよりも「幅」を広げる、という話は少々
わかりづらいかもしれない(幅を広げれば当然、絶対量も増えるから)。ここで言いたいのは、絶対量を
増やすにしても、「偏り」をなくしたほうがいい(=多様性を増やしたほうがいい)ということである。
なぜ夏目漱石は「ウィンドウショッピング」を重んじたのか?
かつて文豪・夏目漱石のもとに地方出身の学生が訪ねてきたときのこと。学生が「私は小説家になりたい
のです」と語ると、漱石はこんな質問をぶつけたという。「君はウィンドウショッピングが好きかね?」
若者は大変真面目な学生だったので、次のように答えて、文学への情熱をアピールした。
「ウィンドウショッピングなんかしている時間があったら、私は書斎で本を読んでいます」
しかし、それを聞いた漱石は、「君は小説家に向かないからやめておきなさい」と諭したそうだ。
このエピソードはさまざまに解釈できると思うが、漱石がここで「ウィンドウショッピング」と語っているのが、
知識の「幅」を広げるということに通じていると僕は考えている。
頭の中の情報量を増やそうというとき、あなたはどんなことをするだろうか?
書店に行って本を買う人、インターネットを検索する人、セミナーなどに参加する人、いろいろいるだろう。
しかし、ここにも「バカの壁(無意識の思い込み)」が入り込んでいるはずだ。
つまり、あなたがその本を手にとったことにも、その人に話を聞きに行ったことにも、必ず何らかの前提が
ある。そうでなければ、「この情報が自分に役立つはずだ。学んでみよう」という判断ができないからである。
勉強することが悪いと言いたいわけではない。しかし、どれだけ自分で知見を広げているつもりでも、結局
のところ、それらの情報収集は、自分の経験・知識・常識の枠組みの中で行われるものでしかない。
つまり、情報の総量は増えていても、本当の意味で幅が広がっていないのである。
それに対して、ウィンドウショッピングというのは、ある意味、無目的の情報収集(正確には収集とは言えない
が)だと考えられなくもない。もちろん、自分の足で歩いているという意味では能動的な部分があるが、
ぼんやりとしながらフラフラと歩き回り、情報が向こうから勝手に飛び込んでくるのを待っている受動的な
状態である。これを僕は情報流入と呼んでいる。小説家のような高い創造性が要求される仕事をするためには、
アイデアの素材に多様性(幅)がなければならない。「ウィンドウショッピングが好きか?」と学生に尋ねた
漱石は、情報流入の習慣を学生が身につけているかどうかを確認していたのではないだろうか。(後略)

博士の実態を知らないかたは、博士というのは「博学の専門家」であると
思われているかもしれませんが、実際は「狭士」(きょうし?)ともいえる
状況で、分野によっては枝葉末節の専門家になっています。
確かに、非常に狭い分野を深く探っていかなければ競争には勝てません。
研究成果が、経済的ではなくても社会に貢献できるものであれば問題はないの
ですが、知識を増やせば社会的成果を得られるというものでもありません。
ひとつのディシプリン(学問固有の原理原則)しか持っていない専門家は、
それが他の領域でも通用するように錯覚してしまいがちであり、
非常に狭い見識しか持てない場合もあります。理系と文系のふたつの
ディシプリンを持つとか、物理と生物など、理系でも全く異なるディシプリン
を持つことが重要で、そうでないのなら、ディシプリンを全く持たず、
社会の一般常識を規範にしたほうがよいように思われます。


知識の危険性

新しいモノや知識を生み出すには新しい試みが必要で、
新しい試みを行うためには、新しいアイデアが必要になります。
専門家というのは自分の考えが正しいと主張する集団ですから、
自分と異なる意見を受け入れない傾向にあるのは当然です。
成果を出すために、様々な分野の専門家がよく話し合えばいいのではないか
と思われるかもしれませんが、連携し合えないのが「専門家」であり、
彼らを束ねることができる精神的支柱となる存在がいなければ、専門家は
社会にとって有用な存在にはならず、自分の趣味に走ってしまいます。


若き日のジョブズ
難しい単語はないのに、正確に理解するのが難しい英文です。
二文目のthatは前文の内容(みんなの思うようなfocus)を受けていて、(二文目の)itは(本来の)focus。
三文目のitは、二文目のthatと同じで、二文目のitを指しているのではない。
「みんな自分が定めたフォーカスが正しいと思ってるけど、それが全てじゃないんだよ。
他に100のいいアイディアがあるはずだ。盲目にならず視野を広くもとうぜ。」
~スティーブ・ジョブズが私たちに残してくれた12の名言。~ ※※※ 硝子乞食籠中記 ※※※



2016_02_01


就職に有利な理系! 院卒より学部卒が欲しい企業の言い分 (1月20日 ダイヤモンド・オンライン)
就職戦線で圧倒的に有利なのは理系の学生です。なぜなら文系は事務系にしか応募できませんが、理系は事務・
技術系の両方に応募できる上に、とくに製造業の技術系採用枠は文系の2~4倍と門戸が広いからです。
ただ、理系は大学院の修士卒でなければ就職が難しいと考えている学生や親が多くいます。しかし、それは大変な
誤解です。多くの企業は大学院卒よりもむしろ学部卒の学生に応募してほしいと期待しています。たとえばキヤノン
もそうです。同社の採用担当者は「修士卒の応募者が多いために結果的に合格者も多いのですが、社内では学部
卒が欲しいという声もあります。逆に修士に進むことで本人の志向が絞られてしまう。できるだけ学部卒の学生も
応募してほしい」と言います。
同様にソニーの担当者も「院卒、学部卒であっても担う仕事は一緒です。むしろ商品化していく技術分野ではより
若い人が向いている仕事もある」と言います。もちろん一部の特殊な研究部門では修士・博士課程も何人か必要です。
しかし大半の理系出身者は技術部門を経て、営業、管理系など様々な部門に異動するのが一般的です。むしろ
特定の分野に頭が凝り固まった修士卒より、純粋かつ柔軟な頭の持つ学部卒がほしいというのが本音なのです。
修士卒が就職に有利というのは幻想にすぎません。でもなぜ理系学生は大学院に進学しようとするのでしょうか。
別の大手電機メーカーの採用担当者は「大学に長くいてくれれば授業料も入りますし、経営的にも助かる。だから
進学を煽っているのではないか」と推測します。確かに大学の理系学部に入れば、6年間の授業料収入を前提に
中・長期の経営見通しを立てられるというメリットがあります。
私立大学の理系大学院の初年度の学費は80万~180万円。2年で200万円超もかかります。それに対して、修士卒
の初任給は学部卒に比べて平均で2万円高いだけです。学部卒より2歳年上なので、そう決めているだけで給与
体系はまったく一緒です。どっちが得か一目瞭然です。

記事57-5「 競争してはいけない」にも書きましたが、多くの人は
「競争は避けられない」と考える傾向があります。確かに、人と同じことを
していれば競争になります。競争を避けるには、「バカにされても平気」という
気持ちで、とにかく人と違うことをやってみるという気概が求められます。
理系の場合、マスターに進むのが当たり前という雰囲気がありますが、
多くの人にとっては、学卒で就職したほうが得です。わたしは学卒で就職
しましたが、やはり学卒のほうが得だと思います。なぜなら、会社でうまく
いかないとき、修士にいくという選択もできるからです。早く社会を知って
おくことが重要で、修士にいくときは分野を変えることもできます。
まして、ストレートで博士までいくなんて、いったい、その後どうする
つもりなのでしょうか?競争率が何倍になっても勝てるという自信がある
のなら、それでもいいのかもしれませんが、多くの人は負けます。


博士の所得

特に悲惨なのが、人文・社会系と生命科学です。
人文・社会系の場合、まず博士号をとるのが困難です。多くの場合、
いきなり「何をすればよいか」で困ってしまいます。挫折する人も多くいます。
博士号をとったとしても、非常勤講師くらいしか仕事がありません。大半の人が
年収300万以下です。何年かすれば、テニュア(終身雇用)になれるというもの
ではありません。永遠に非常勤講師で、ワークングプアから逃れられません。
生命科学の場合、人数が多いだけに、人文・社会系より悲惨だといえるでしょう。
なぜITではなくバイオを選ぶのか?ITは必要ないよという会社はほとんどあり
ません。一方、バイオが必要だという会社はごく僅かしかありません。ITなら、
起業して成功する可能性もありますが、バイオの場合、生き残れる可能性は
非常に低いのが現状です。ITなら、パソコンひとつで勝負することも不可能では
ありません。バイオの場合、ちょっと研究しようとしても多額の費用がかかります。
「スクラッチ開発の設計者がいなくて困っているんだ」「スクラッチの開発?」
「工学(理学・農学)博士なのに、そんなことも知らんのか・・・」てなことに。
24時間ピペットを握っていたとしても、社会の役に立つことはないでしょう。
「何をすれば競争しなくてすむのか」は、言い換えれば、「より少ない労力で、
より大きな社会貢献をするには、何をすればよいのか?」ということです。
当然ですが、一般解はありえません。もし一般解があるのなら、みんなが
そこに殺到して、すぐに「ダーウィンの海」と化してしまうでしょう。


研究職の将来




2016_01_30


科学技術・学術政策研究所(NISTEP)、「博士人材追跡調査」第1次報告書を公開
(2015年11月24日 カレントアウェアネス・ポータル | 国立国会図書館
科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は2015年11月4日付けで、2012年度に博士課程を修了した者を対象とする
「博士人材追跡調査」の第1次報告書を公開していました。同調査は博士課程在籍中の教育等の経験と、2014年
11月1日時点での雇用状況や満足度等を明らかにするものです。回答者数は5,000名を超えたとされています。
調査結果の要旨では、調査からわかった点として、以下等が挙げられています。
・博士課程修了時の博士号取得率は7割程度であったが、調査実施時点では8割を超えていた。
・現在の雇用先が大学等のアカデミアである場合、任期制雇用の割合は6割である。一方、雇用先が民間企業の
 場合は大半が大企業に正社員として雇用されており、所得水準も高い。
・外国人留学生の半分は母国に帰国している。
・日本人の博士課程修了者で海外に在住しているものは5%にとどまり、欧米でポスドクをしている場合が多い。
・アカデミアにおけるテニュア雇用に男女差はほとんどない。
NISTEPでは今後も継続的な追跡調査の実施を目指すとしています。
「博士人材追跡調査」第1次報告書-2012年度博士課程修了者コホート-[NISTEP REPORT No.165]の公表に
ついて(NISTEP、2015/11/4付け) http://www.nistep.go.jp/archives/23876
博士借入れの有無対象は平成24年度博士課程
修了者(博士号取得の有無に
関わらない)全員で平成26
年11月の状況を聞いている。
そのうち、回答してくれたの

博士借入金額は38%。アンケート調査で
はいいほうなのかもしれない
が、どのような境遇におかれ
ている人が答えたくないかを
考えてみてほしい。回答しな
かった人を探し出して、回答
をお願いすると、惨憺たる
結果が出るかもしれない。
回答者の半数は社会人の経験があるとのことなので、約半数がストレートで博士
課程に行った人で、27~30歳での修了が大半です。この記事では、課程学生の
お金のことだけ考えてみます。大卒の5年遅れで就職できたとしても、400万
(大企業)✕5=2千万円分の収入を損しています。学費が免除されたとしても、
親と同居していなければ生活費がかかります。社会人でさえ、親と同居していなけ
れば生活が苦しい状況。課程学生は稼いでいない(あっても、TAやRA程度)
うえに、生活費が社会人以上にかかります(企業では格安の社員寮に入れる)。
結局のところ、親が金持ちならいいが、親の収入が少なく、かつ同居できないと
なれば、生活に困らないはずがない!
家を建てて借金をした人は、一応、家・土地と現金を交換したことにはなるが、
博士課程で借金した人は資産ゼロで、現金だけが失われている。いや博士号は
資産だと主張する人もいるでしょうが、学卒なら就職することができた企業に
博士では入れないということなら、博士号は正の資産ではなく、負の資産です。
バランスシートの左に「博士号」という負の資産があって、右に負債があるのです
から、完全なる債務超過です。会社なら倒産しています。
年功序列が崩れた今、30歳でまとまった貯金がない人は、不労所得にありつける
可能性が低いので、一生、お金に苦労することになります。老後は年金で生きて
いくつもりですかねぇ。40年後ですよ!超楽観的思考ですね。
それも、博士修了後、厚生年金に加入できる仕事にありつければの話ですが・・・
国民年金だけだと、40年払って(20歳からですよ!)、月6.5万円なり!!
教育に金をかければかけるほど子供はダメになる(大前研一氏談)うえ、
当然ながら、教育に金をかければかけるほど親の家計は苦しくなります。
このご時世で、家計に余裕のある親御さんがどれだけおられるでしょうか?


首都圏私大生、1日当たりの生活費は897円--初の900円割れ、仕送り額最低 (2015年4月6日
私立大学新入生家計負担調査  マイナビニュース)
東京地区私立大学教職員組合連合は
このほど、「2014年度 私立大学新入生
の家計負担調査」の結果を発表した。
それによると、1カ月当たりの平均
仕送り額(6月以降)は前年度比500円減
の8万8,500円となり、10年連続で過去
最低を更新した。ピーク時の1994年度
(12万4,900円)と比べると3万6,400円
減少した。調査対象は、2014年度に
首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉、
茨城、栃木)にある14の私大・短大に
入学した新入生の保護者。
調査期間は2014年5月~7月、有効回答数は4,273件。家賃の平均は同700円増の6万1,600円。一方、平均仕送り額
から家賃を除いた1カ月当たりの生活費は2万6,900円と、前年度より1,200円減少した。1日当たりの生活費は同40円
減の897円と、初めて900円を割り込み過去最低を更新。ピーク時の1990年度(2,460円)と比べて4割以下に減少した。
入学費用を「借入れ」した家庭は同0.6ポイント増の17.6%。借入額の全体平均は同12万1,000円増の180万7,000円
と、過去最高を記録。住居別に見ると、自宅外通学者の借入額は自宅通学者より50万円多い207万2,000円となり、
前年度より14万9,000円増えて過去最高を更新した。また、受験から入学までの費用の負担感については、91.8%の
家庭で「重い」と感じていた。

「コップの水」を飲む人は、富裕層になれない (1月22日 プレジデントオンライン)
質素倹約で「種銭」をつくれるか? (前略)富裕層の多くは60代で、若い頃は貧乏でした。なぜ、お金持ちになれた
かといえば、質素倹約を貫いて地道に貯金した種銭をもとに運用をおこなって大きく資産を増加させてきたことが
最大の理由。その種銭が自らを飛躍させるのです。その意味では質素倹約を貫き通すことが富裕層への最短ルート
だと感じています。僕は60歳までずっと貯金してくださいなどとは言っていません。
種銭ができた段階では、運用の局面に移れます。そうなってくれば給与所得には手を付けずとも生きていける局面が
かならずやってきます。
事実、僕は脱サラをして最初に設立した不動産投資顧問会社から貰った給料は設立以来現在までの15年間、
1円も引き出してもいませんし、費消していません。4つの財布(事業収入、不動産収入、給与収入、配当収入)
のうち、税の業火に焼かれるのは前3つの財布です。そのうち一番経費が認められないのは給与収入です。
だから、給与収入は非常用の酸素ボンベぐらいに思って1円も使わない訳です。
富裕層が超富裕層になるのは実はそう難しくないのですが、それは種銭を運用する過程での個人の生活費などが
雑費に過ぎない「規模」になっているからです。そうなると資産は爆発的に増えていきます。しかし、ゼロから
富裕層になるためには、この質素倹約によって種銭を貯める時期を通り過ぎることが必要不可欠です。(中略)
最初に「コップの水」を溜めることだ 「お金はつかってこそ意味がある」という考えの方もおられるでしょう。
でも、コップの水が溜まるのを待ってから溢れた分をつかっても遅くないと思いますよ。
先日、男性消防士(43歳)の方が、マンション、駐車場などの不動産投資で家賃7000万円を得ていたとして
懲戒処分された事件がありましたが、種銭さえあればこんなことは軽~く可能です。
僕はお金をつかわないでくださいと言っているのではなく、最初にコップの水を溜めてくださいといっている
だけです。さて、富裕層になるために、必要なことを整理すると次の通りです。
【必要なこと】 (1)必要最低限の生活費以外の全可処分所得を運用にまわすこと
        (2)4つの財布(給与所得、事業所得、不動産所得、配当所得)を持つこと
        (3)あせらず時間をかけること
必要なことの(2)(3)は次回以降に解説しますが、注目してほしいのは(1)です。「必要最低限の生活費
以外の全可処分所得を運用にまわす」ことの重要性についてはさきほども述べましたが、改めて声を
大にして訴えたい。いくら強調しても強調しすぎることがないほど大切です。(後略)



2016_01_28


「大学に文系は要らない」は本当か?下村大臣通達に対する誤解を解く(上)
いったい何が起きているのか?国立大学への大臣通達に思わぬ波紋
 (8月17日 ダイヤモンド・オンライン)
こんにちは、鈴木寛です。下村文部科学大臣が6月8日に国立大学法人の学長などに発出した組織・業務見直し
の通知が、波紋を広げています。全10ページにわたる、多岐にわたる項目を含む通知文の一部に、「教員養成
系と人文社会学系の学部・大学院について、18歳人口の減少や人材需要等を踏まえた組織見直しを計画し、
社会的要請の高い分野へ積極的に取り組むこと」を求めた内容が含まれていたために、マスコミやそれを
読んだ一部の大学関係者に「人文・社会科学系のいわゆる『文系』の学部はもう要らないのか? 」
と、受け止められ、波紋を広げています。マスコミでも「大学を衰弱させる『文系廃止』通知の非」
(日本経済新聞社説7月29日)、「文系男への逆風」(産経新聞産経抄7月20日)といったトーンで、
報じられています。そもそもこの通知は、第三次中期目標・中期計画の策定にあたって、これまでのいくつか
ある規定路線を1つにまとめて、国立大学に対して確認的、事務的に通知する性格のもので、なにか新たな
政策方針を打ち出すものではありません。ですから、文部科学省としては、特段、記者会見なども行って
いませんし、省内で特別の会議を開いたわけでもなく、正直、予想外の報道ぶりと反響に、文部科学省内は
大変困惑しているというのが実情です。
こうした報道を受け、私も改めて担当者を呼びましたが、確かに、このような表現をすれば、粗探し、
揚げ足取り、曲解報道が常の一部のマスコミにまんまとハメられるのは当たり前、このようなマスコミの
対応にまで思いがいたらなかったことは、コミュニケーターとして、もっと勉強が必要だと注意しました。
その点は、率直に反省すべきだと思いますし、文部科学省の組織としてのコミュニケーションについての洞察、
文章チェック力も組織として見直すべきだと思います。

「文系は要らない」は言い過ぎですが、はやり、どのような言い訳をしても、
これは文系のリストラを意味しています。リストラは本来、再構築という
意味ですが、それには、廃止や縮小が含まれています。
今後、少子化により、大学間での競争が激しくなることが予想されるなか、
文部科学省は、人文社会科学系や教員養成系学部・大学院について、
「組織の廃止や社会的要請の高い分野に転換」するよう求めており、社会に
役立っているかを評価の基準にするのですから、リストラは避けられません。
お金は文科省が握っているわけですから、大学は逆らうことができません。
グローバル世界 改革はどのような組織でも
 必要なものですが、
 改革のつもりが改悪になる
 可能性も否定できません。
 よくない事例のひとつが、
 「グローバル人材の育成」
 です。


<出典> 産業-工業-製造業 フリーイラスト素材 (ただし、中央のエンブレムを除く)

グローバル人材が全く不必要だというつもりはありません。
しかし、それはごく一部のエリートに限られます。
外国で現地の企業に就職するつもりなら理解できます。
欧米の企業に就職し、パソコンを支給されて、「それでは仕事をしてください」
と言われるだけの世界で生きていけるなら、あなたはグローバル人材です。
「I speak English.」「So what?」・・・だからどうしたの世界です。
日本企業で新人としてはじめるのなら、「営業」の基本を勉強したほうがいい。



中途半端な「グローバル人材」はいらない (2014年1月20日 プレジデントオンライン)
言語の壁を超える「対人交渉力」
(前略)ビジネスには、世界中で共通する「普遍的な側面」もあります。「普遍的な側面」の何か1つについて強みを
持っている人は、ある意味「グローバル人材」に近いといえるかもしれません。そうであれば、(逆説的ですが)
そのような強みは日本国内でも培える、ということになります。たとえば10年近く前になりますが、
私はアメリカで、ある日本の大手メーカーからMBAに派遣されてきた人と知り合いになりました。
その人にとっては、生まれて初めての渡米体験でした。
アメリカは車社会ですから、何よりも先に車を手に入れる必要があります。しかしアメリカのディーラーは高い価格
をふっかけてくることもよくあるので、交渉は油断なりません。そこで私は英語が苦手な彼がディーラーに行くのに
付き添うことになりました。いざ現場に行くと、英語はそこそこしゃべれても「交渉下手」な私はまごつくだけ。
ところが、驚いたことに、彼は片言の英語を使ってディーラーの社員と自ら交渉をはじめたばかりか、粘りに粘って
結局は格安の値段で車を手に入れることに成功しました。現地人でさえ難しい交渉事を、アメリカに来て2日目の
人が成し遂げたのです。その人は派遣元の日本企業では国内営業が長かったそうです。おそらくその過程で、
「有利な条件を引き出せる優れた交渉能力」を身につけたのでしょう。彼の能力は、おそらく中東諸国でもアフリカ
でも、言葉や文化の壁を乗り越えて通用するはずです。私はこのとき、「対人交渉力」という世界どこでも重要な
能力を持つ彼のような人こそ、まさに「グローバル人材」だと思いました。

グローバル人材とは 引く手あまたの地域専門家という道
 逆に、ある特定の国や地域に詳しいスペシャリストを目指す
 のも1つの方向性でしょう。今の日本企業でいえば、ベトナム
 やミャンマー、インドといった新興国の事情を知り尽くしている
 人材です。また、欧州は日本企業の営業が苦戦しがちな地域
 ですから、そのうちどれか1カ国と太いパイプを持ち、文化や
 社会事情、ビジネス慣習までよく理解している人材は、
 おそらく引く手あまたでしょう。
 そうした人材の育成に力を入れているのがサムスンです。
同社には「地域専門家制度」があります。この制度は、業績優秀な若手を選抜して1年間海外へ派遣し、
徹底的に現地に溶け込ませ、その国の人間になりきらせることを目的としています。
対象国はアジア、欧米から中東、アフリカと世界各国に広がっています。サムスンでいう地域専門家の
ような人材を育てることも、日本企業が目指すべき1つの方向性といえるでしょう。このように考えると、
世間で流布している「グローバル人材」像というのは定義がはっきりせず、他方でその定義を深く考えて
いくと、これからのビジネスで真に望まれる人材は2つの方向性に絞られるのではないでしょうか。
第1に、「対人交渉力」のように世界中で普遍的に有用な強みの何か1つを身につけている人材です。
大事なことは、この力は国内のビジネス経験でも十分に培うことができるのであり、敢えて海外で修業する
必要はない、ということです。第2に、そうでなければある国・地域に徹底的に詳しいスペシャリストになる
ことです。いずれにせよ、「中途半端なグローバル人材化」が1番役にたたない、といえるのかもしれません。

ミャンマーの専門家になれば、絶対に役立ちます!
ただし、ミャンマーで生きる覚悟が必要です。Good luck!



2015_08_19


松本人志、安保法案反対のデモに苦言「完全に平和ボケですよね」 (8月9日 ハフィントンポスト日本版
松ちゃん

お笑いコンビ・ダウンタウンの松本人志が、8月9日放送のフジテレビ系「ワイドナショー」に出演し、日本の安全
保障政策について「このままでいいと思っているのであれば、完全に平和ボケですよね」と意見を述べ、
安全保障関連法案に反対する動きに対して苦言を呈した。
今回の放送では、安倍政権が成立に向けて参院で審議を進めている安保法案について反対する若者が
増えており、さらに高校生ら5000人が渋谷でデモをした話題を取り上げた。松本は高校生のデモについて
「ちょっとニュースに誘導されている感じはある」と述べ、次のように続けた。
「いま、安倍さんがやろうとしていることに対して『反対だ』って言うのって、意見じゃないじゃないですか。
単純に人の言ったことに反対しているだけであって、対案が全然見えてこない。
じゃあ、どうするのっていうのが。このままでいいわけないんですよ。もし本当にこのままでいいと思って
いるのであれば、完全に平和ボケですよね。世界情勢は確実に変わっているわけやから。
何か変えないといけない。なんかいまいち、だれもそれを言ってくれない」
松本はさらに、民主党などの野党が対案を出さないまま反対していることについて、
「いやあ、それはちょっとズルいと思うなぁ」と述べた。
松本は、以前にもこの番組で「日本が自立するための法案なら賛成」と発言するなど、安保法案に肯定的な
立場をとっている。ただし、安倍政権の法案の通し方については「やり方はムチャクチャですよ」と批判している。

松ちゃんの意見にコメントするつもりはありませんが、驚くべきは、
松ちゃんの発言の影響力です。「いいね!」の数を見れば、分かります。
民主主義の基本は、数です。マスコミのかたも、サイレント・マジョリティ
(積極的な発言行為をしないが大多数である勢力のこと)をもっと意識して
ほしいです。一流のお笑いのかたは、多くの人が持っている気持ちを
汲みとる能力に優れているように思います。
サイレント・マジョリティは、二流大学の二流教授の二流の理屈に基づく
二流の発言なんかに、騙されたりはしません。
日本国民は、それほどに知的レベルが高いのです。
マスコミのかた、デモを称賛するのはやめてください。
安倍政権は2度の国政選挙で信任を受けているのです。安倍政権にNO!
を言い渡すことができるのはデモのプラカードではなく、国民の一票です。
民主主義とはそういうものです。民主主義を否定しないでください・・・
日本が朝鮮民主主義人民共和国のような国でなくてよかった。



デモは好戦的
BLOGOS(ブロゴス)- 意見をつなぐ。日本が変わる。(ツイート数などは8月16日時点のもの)


松本人志の“庶民感覚”「ワイドナショー」人気のワケ (8月16日 スポニチ Sponichi Annex
ゴールデンタイムではない日曜の朝10時放送という時間帯ながら、ビートたけし(68)中居正広(42)
長渕剛(58)ら、そうそうたるメンバーがゲストとして登場し、レギュラーコメンテーターは松本人志(51)
という超豪華メンバーが出演するワイドショー番組「ワイドナショー」(フジテレビ)。芸能ゴシップから政治や
社会問題まで幅広い話題を、松本独自の切り口で追及したり、難しいニュースもユーモアあふれる発想で
分かりやすく解説したりと話題の番組だ。毎回、松本が言及した内容は、インターネットニュースで話題に
上るなど影響力のある番組となっている。
データニュース社(東京)が行っているテレビ視聴アンケート「テレビウォッチャー」(対象3000人)によると、
昨年7~8月と今年の同時期と比較して視聴者数は約42%増加、同時間帯トップの視聴者数を誇る人気
ワイドショー「サンデー・ジャポン」(TBS)へ迫る勢いとなっている。この人気の秘密は何だろうか。
「ワイドナショー」の今年1月からここまでの平均満足度は3・61(5段階評価)。高満足度の3・7に迫る数字で、
「サンデー・ジャポン」が3・21、平日の人気ワイドショー「ミヤネ屋」が3・29と、ワイドショー番組としては
かなり高い。回によっては満足度4以上を記録するなど、視聴者の番組への期待を感じる。
視聴者の回答を見ると「ニュースを芸人さんたちがコメントしているのは、距離が近いような感じがして、
見ていて好感が持てる」(36歳・女性)「コメンテーターの意見が正直ベースで良かったです」(44歳・女性)
「いつも本音で話すので面白いです」(62歳・女性)など、芸能人たちの普段聞くことができない本音が好評。
松本のほかに2~3人のコメントを一人一人しっかり拾い、深く掘り下げられるという点が好調の要因の一つ
と言えそうだ。 「松本さんの発言が一番一般庶民に近いと思う」(57歳・女性)という意見もあり、目線が同じ
という共感性が、視聴者をして番組をより近いものに感じ、日曜午前という比較的のんびりとした時間に
チャンネルを合わせるという行動に自然となっている。
それぞれが自由に意見を言い、独自の見解を持つことが恥ずかしくない時代になったが、その一方でどこかで
誰かと共感したいという願望がある。松本のような大きな発信力を持つ人物の意見と自分の考えは近いのか、
そうでないのか。なんとなく気になるのである。

多くのかたが、平和を維持するための様々な努力を積み重ねておられます。
本当の努力をされているかたは、大きな声を出したりしません。
松ちゃんはもともと天才的な能力を持っているのだ、とも思いますが、
自分はそうではないのだから、声なき声に耳を傾けられるよう、
意識的に努力しなければならないなと思いました。


真珠湾の長岡花火
終戦70年を記念し、真珠湾で打ち上げられた長岡花火の「白菊」=米ハワイ州ホノルルで2015年8月14日、
長岡市提供 (8月16日 毎日新聞 「終戦70年:真珠湾に鎮魂の長岡花火 ハワイで式典」)
写真のなかに入れた写真:Naval History and Heritage Command



2015_08_17


【三橋貴明】英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる (7月9日 三橋貴明の「新」日本経済新聞
(前略)自由、平等、そして民主主義の「基盤」となっているのは、何でしょうか。国民の言語です。国民の
言語が統一されていることで、人間は、「多数の選択肢に実際にアクセスし、その中から選ぶことができる」
という意味における自由を手に入れます。日本が、 「英語が公用語。日本語は現地語」
といった状況だと、我々日本国民の人生の選択肢は相当に狭まってしまうでしょう。
すでにして、「英語が分からなければ、ホンダで働けない」と、自由の制限が始まっているのです。
また、言語が統一されていれば、
「グローバル言語(かつてはラテン語。今は英語)を話す人と、現地語(あるいは土着語)で話す人」
といった格差が生じ、平等が破壊されることが防げます。そして、日常生活で使う言葉や語彙で「政治」を
話し合うことができて初めて、民主主義が成立するのです。
施先生が本書で例に出されていますが、ベルギーは1830年の建国以来、異なる言語を使う人々の間で連帯
意識をいかに醸成するか、苦労に苦労を重ねてきました。結局、言語が異なる国民同士の連帯意識を高める
ことは不可能に近く、現在は南部と北部の対立が先鋭化し、選挙のたびに国政が停滞する(政権が発足でき
ない)状況が続いています。(最近では、言語問題に輪をかける形で、移民問題を抱えているわけです)
母国語を捨てることは、自由や平等、そして健全な民主主義が存在する社会を諦めることなのです。
そもそも、「グローバルな言語(現在は英語)」が公用語的になっており、人々が日常的に話す言葉が
「土着語」「現地語」と呼ばれ、高等教育を母国語で実施できない国のことを「発展途上国」と呼ぶのです。
ビジネス界のみならず、我が国では小学校の英語教育の早期化や、大学教育の英語化が始まっています。
すなわち、自ら発展途上国化しようとしているわけで、これほど愚かな国は世界に類例を見ないのではないでしょうか。
人類の進歩というものがあるとしたら、それは施先生も書かれていますが、「翻訳と土着化」で進んできました。
欧州を近代化させたのは、間違いなくグローバル言語(ラテン語)で書かれた聖書の各国語への翻訳と土着化です。
聖書が英語やフランス語、ドイツ語に翻訳され、概念に基づき語彙が増えていき、各地の「国民」は母国語で
世界を、社会を、神を、人生を、哲学を、政治を、科学を、技術を考えられるようになったのです。
結果、欧州は近代化しました。日本の近代化は、それこそ「明治産業革命」時代の翻訳と土着化により
達成されました。外国語をそのまま使うのではなく、概念を理解し、日本語に翻訳する。
適切な言葉がないならば、作る(日本語は漢字で表現されるので、非常に便利です)。
科学、哲学、個人、経済、競争、時間といった言葉は、日本語に適切な訳語がないため、造語されました。
自由、観念、福祉、革命などは、従来の漢語に新たな意味が付加されました。
日本が先進国なのは、先人が「英語を公用語化する」(そういう話は何度もありました)という愚かな選択を
せず、「総てを母国語で」を貫いたおかげです。結果的に、恐ろしく柔軟性(これも幕末以降の造語ですが)に富み、
抽象表現が幅広く使える日本語により、世界に冠たる文明(これも造語)を築き上げることに成功したわけです。
確かに、日本人は英語が下手ですが、当たり前です。そもそも日常生活で英語を使う必要が全くなく、母国語で
素晴らしい文化(これも造語)を花開かせているのです。英語が巧くなるわけがありません。とはいえ、
何度か書いていますが、「日本語」以外でワンピースやコードギアスやシュタインズ・ゲートが生まれると
思いますか? 絶対に、無理です。
逆に、「現地住民」が英語を学ばなければならない国は、母国語のみでは生活できない発展途上国なので
ございます。この種の国の国民が、母国語のみで生きていけるようになったとき、初めて「先進国」になるのです。
というわけで、施先生がメルマガなどでも書いて下さったように、我が国は各国が、
「英語が下手でも普通に生きていける国」になるよう、支援するべきなのでございます。それにも関わらず、
我が国は自ら「英語を学ばなければ、生きていけない国」を目指しているわけで、このあまりにも愚かな動きに対し、
断固反対していかなければなりません。

 もし、多くの国民が英語をしゃべれるようになると知的になれる
 というならば、フィリピンは日本よりはるかに知的な国です。
 フィリピンには現地の言葉がありますので、フィリピン人自身
 は外国語として英語を学習しています。
 フィリピンでは映画館でもアメリカの映画が「字幕なし」で
 放映されているそうですから、多くの人が、
 英語がわかるということです。
 あなたは、フィリピン人が日本人より賢いと思いますか?
逆にいえば、なぜ日本人は英語が下手なのでしょうか?
理由は簡単です。日本人には英語が必要ないからです。
その理由は、同じように英語が話せる人が少ない北朝鮮とは異なります。
日本は積極的に外国の技術や文化を採りいれてきました。
しかし、外国のものをそのままの形で受け入れたのではありません。
先人が、日本人に合うように、日本人に利用しやすいように工夫してきたのです。
日本語の新しい言葉をつくることは、新しい概念を生み出すことにつながります。
日米安保の問題になると、「日本はアメリカの隷従国だ」という人が必ずいますが、
どんなにアメリカに隷従しても、日本の文化が失われることはありません。
なぜなら、日本人は日本語をしゃべるからです。
日本が目指すべき道は、「今後も英語を必要としない国」です。
グローバリゼーションに対抗するためには、国内でのイノベーションが必要です。
イノベーションは、勉強すれば起こせるというものではありません。
英語のように、慣れればできるようになるというものではないのです。
国内での成長が見込めないということなら、海外に目を向けざるを得なくなります。
「英語がしゃべれるようになれば・・・」という発想が生まれること自体が、
日本の国力が低下していることの証であるともいえます。
国民を「英語ができる人」にすることは、日本をフィリピン化することを意味します。

※誤解がないように言っておきますが、フィリピンのかたをバカにしようと思っているわけではありません。
フィリピンは美しい国です(正確には、美しい国のようです。行ったことがないので)。

フィリピンの美しい海
(左図)平蔵の・・・・メインはつたない写真で綴る旅日記です。
    「フィリピン・ゼブ゙島滞在記-20-(モアルボアルの海)」
(右図)フィリピン1泊30ドル以下の安宿情報 HOME
 


2015_07_12


脳のキレを取り戻す、ワーキングメモリーの鍛え方 7選
(1月14日 小さな組織の未来学 > 人を組み替える > 脳に学ぶ経営戦略)
最近、どうも脳のキレが悪くなったと感じることはないだろうか。
若い時なら、すぐに決断できたり、同時にいろいろなことができていたのに、どうも時間がかかってしまう。
そんな時は、脳の記憶の重要な機能であるワーキングメモリーの機能が低下しているのかもしれない。
何も努力しなければ、年齢とともに確実にワーキングメモリーの機能は低下していく。
脳のキレを保つには、ワーキングメモリーの機能を維持しておく必要があるのだ。
ワーキングメモリーとは
記憶には、今さっきというような短い時間の記憶である短期記憶と、昔のことを覚えている長期記憶が
あるが、ワーキングメモリーはそのどちらでもない。
ワーキングメモリーとは、何か目的を持って作業するときに使っている記憶であり、暗算でお金の計算をする
ときや、人と話をしているときにも使っている記憶機能である。また、創造性のある思考をするときにもワーキング
メモリーが使われる。ワーキングメモリーの機能がしっかりしていると、幅広く、創造性ある思考が可能になる。
機能が低下していると、狭い領域での思考になって、創造性ある思考ができなくなってしまう。
さらに、同時に物事を進めるときにもこれが重要で、年齢に伴って同時に物事が扱えず、一つずつでないと
進められないといった場合には、このワーキングメモリーの機能が低下しているということになる。
ワーキングメモリーは前頭前野にあり、これを鍛えることが可能だと最近では考えられている。
ワーキングメモリーを鍛える方法
1)新聞の短い記事を読んで、印象に残った単語を4つ挙げてみる。
文章を読解していく能力と、言葉の記憶という同時処理を行うことが脳を鍛える。
これは意外に難しいが、キーワードになる単語を列挙してみよう。
2)電車の中吊り広告を見て、そこに書かれている文章の単語を思い出してみる。
何気なく見ているだけでは脳を使ったことにならない。広告から目を離し、何が書いてあったか思い出し、
そこに書かれていた印象に残った言葉を挙げてみる。
3)人と話をするとき、相手の話を記憶するように聞いてみる。
やたらと意見を言わず、まずは相手の話に集中し、そこから何かを記憶する練習を心がける。
4)カラオケで新曲を覚えて、歌詞を見ないで歌えるようにする。
いつもの歌では、いつものように歌詞を見ながら歌ってしまう。それではワーキングメモリーの刺激に
ならないので、歌詞を覚える練習をする。
5)文章を読んだり、音楽を聴いたりするときにも、頭の中でイメージを作り出すようにする。
文章をただ読むだけでは記憶に残りにくいので、できるだけイメージを作り出すことで、
記憶しやすくすることが重要だ。
6)3つくらいの要素を記憶するようにする。
出来事すべてを記憶するのは難しい。要素がたくさんある分、記憶することは難しくなる。
3つの印象に残ることをまずは記憶してみよう。
7)楽しく記憶すること
ドーパミンが出ることで、さらに脳も元気になる。例えば、趣味の園芸の本を読みながら印象に残る
ことを記憶していく。楽しいと思うときが重要なのだ。

脳
Polygon Medical Animation


ワーキングメモリは目的志向なので、何か目標を達成しようとしたときに
働きます。現在の知覚情報と過去の記憶のなかから目標達成に必要な情報を
取り出して、それらを意識できる状態に置いているのがワーキングメモリです。
創造性のある思考にも関係しているのかもしれませんが、どちらかといえば、
オフィスワークを手際よくこなしているときの脳の状態のほうが近いでしょう。
ワーキングメモリをよく働かすためには、目的を明確にしておくことが大切。
しかしそれだけでは、マイライフに必要な何かが足りません。
無目的に脳を泳がすことも大切(ワーキングメモリを十分に使った後にです!)。
日本のビジネスマンはワーキングメモリを使うことには慣れているので、
目標達成能力には優れているでしょうが、ワーキングメモリが出来ないこと
については無能かも。ワーキングメモリでは出来ないこと・・・それは・・・
何を目標とするべきか」を知ることです。



ワーキングメモリ







長崎大学
教育学部
教育心理学教室
前原由喜夫研究室の記録

2015年3月1日
「実行機能という概念」

 内容(「BOOK」データベースより)
 IQが高いのに実績が上がらない人、低いのに成功する人がいる。
 その原因は、「ワーキングメモリ」。日々の仕事に優先順位をつけたり、
 とっさの場合に機転をきかせたり、まさに脳の司令塔ともいえる認知機能だ。
 この機能を強化すれば―仕事のスピードがあがる。記憶力が飛躍的にアップする。
 あらゆるスポーツの腕があがる。くわえて、ダイエットに成功できる、
 うつや認知症になりにくくなるなど、人生の質をあげることもできる。
 ワーキングメモリは30代をピークに衰えはじめ、さまざまな点で支障が出てくるが、
 幸い鍛えなおすことができる。ワーキングメモリ研究の第一人者が、
 最新の脳科学でメカニズムを解説するとともに、豊富なエクササイズを紹介し、
 最適な習慣・食生活・運動について提案する。



2015_06_12


教員養成系など学部廃止を要請 文科相、国立大に (6月8日 日本経済新聞web刊)
下村博文文部科学相は8日、全国の国立大学法人に対し、第3期中期目標・中期計画(2016~21年度)の
策定にあたって教員養成系や人文社会科学系の学部・大学院の廃止や転換に取り組むことなどを求める
通知を出した。通知では、各法人の強みや特色を明確に打ち出すよう求め、組織改革に積極的に取り組む
大学には予算を重点配分する枠組みも盛り込んだ。教員養成系と人文社会科学系については、18歳人口
の減少などを理由に、組織の廃止、社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう要請。司法
試験合格率が低迷する法科大学院についても、廃止や他の大学院との連合など「抜本的な見直し」を求めた。
(1)地域貢献(2)世界・全国的な教育研究(3)世界的な卓越教育研究――のいずれかの枠組みを選んで
機能強化を進める大学には、運営費交付金を重点配分するとした。
国立大学法人は6年ごとに中期目標・中期計画を掲げており、16年春からが3期目。
各法人は通知を踏まえて目標・計画を策定し、15年度中に文科相が認可する。

そもそも文学、哲学、考古学などに実業的な要請はほとんどないし、そのような
ことを目指してもいないだろう。現在のように不確実性の高い環境において、
社会ニーズの変動は非常に大きく、需給のバランスはすぐに崩れてしまう。
また、人文系にはあまりお金がかからない。工学部のなかにあるニーズ
の減少している学科を廃止したほうが、コスト削減にはよっぽど効果的。
ただ、大学の先生が主張すると、自分にとって都合が悪いから反対していると
思われるでしょうから、わたしのような部外者が言ってあげないといけない。
人文社会科学系学部の廃止における最大の問題は多様性がなくなること。
多様性が失われるとイノベーションが生まれにくくなるのです。


 イノベーションの常識を覆す考え方
 アメリカのスタートアップが如何にゼロからイチを生み出すかを説いている
 『ゼロ・トゥ・ワン――君はゼロから何を生み出せるか』(NHK出版)に対して、
 本書の主張は真逆にあります。これまでの常識や制約にとらわれずに
 新しいアイデアを考え、実現していうことを「Out of Box」(箱の外側で考える)
 という比喩で表現されることがありますが、著者らは「箱の縁」で考え、
 行動することこそがクリエイティビティの鍵だと言います。
 クリエイティビティは新たな方法で現実を結び付け組み合わせた時、既存の
 限界にまで踏み出した時に生まれるのだと。「ゼロからイチを生む」のではなく、
 「イチからアルファを生む」のがデンマーク流クリエイティビティなのです。
 
前記事の最後の図で示されているように、縦軸と横軸のどちらも必要。
存在するものを進化させるほうが、無から有を生み出すより、
圧倒的に成功確率が高いことは間違いない。ただし、
馬車はいくら進化させても自動車にはならないし、
自動車が生まれると馬車を進化させることは無意味になる。
『発想力の鍛え方』では、クリエイティビティとイノベーションという
言葉に明確な区分を設けていないとしている。
クリエイティビティというと"ひらめき"が大切なような気がするが・・・


The myth is that an owner-entrepreneur can depend on a flash of genius.
I have been working with owner-entrepreneurs for 40 years: the ones
who depend on the flash of genius also go out like one.
~ドラッカー名言集より~

つまり、「クリエイティビティ≠ひらめき」ということらしい。
創造的プロセスは日常的活動に組み込んだほうがよいということ。

ひらめきという神話:本当にクリエイティブな人は、ひらめきを待ったりしない
(2014年4月12日 ライフハッカー) 
(前略)クリエイティブな仕事のスケジュールを組むことは、ウェイトリフティングとよく似ています。
今日、自己ベストを叩きだせるかどうかは、ジムに行ってみないとわかりません。実際、平均を下回る日
もたくさんあるでしょう。やがて、そのように平均を下回る日々は、プロセスの一環に過ぎなかったことを
知ることになります。結局のところ、自己ベストを出すための唯一の手段は、その日その日の実績を
問わず、毎週月・水・金と、継続してジムに通うことなのです。
クリエイティブな仕事も、ジムでのトレーニングと同じです。最高の瞬間を意図的に選んだり、最高の
アイデアを思いついたときだけ作業をするわけにはいきません。自分の中に眠っている最高のアイデアを
引き出すには、とにかく量をこなすこと、繰り返し作業すること、そして、とにかく続けることしかないのです。
当然、平均以下の結果が目標になることはありえません。ただ、たまに訪れる平均以下の日々でも作品に
取り組むことを、自分の中で許容してほしいのです。
そんな作品だって、素晴らしい作品にたどり着くための対価なのですから。
デキの悪い作品なんて作りたくないという人もいるでしょう。自分の作品をあれこれ見返しながら
「これはまだ十分よくなっていない」という理由で、それを発表しないことは簡単です。
でも、その選択は、もっと悪い結果をもたらします。絶対的な納期を決めない限り、その作品への
取り組みを一切やめてしまうことも簡単だからです。習慣的に作品を作るためには、素晴らしい作品へ
の途中経過として、ジャンクを自分に許容することが必要なのです。(中略)
草間彌生 モチベーションやひらめきが降りてくるのを
 待つのはやめて、習慣を作るための
 スケジュールを組みましょう。
 それが、プロとアマチュアの違いです。
 プロとは、スケジュールを定めて
 それを厳守する人たち。
 アマチュアとは、ひらめきやモチベーションを
 待つ人たちなのです。


たけだ美術 Takeda Art Co. 「草間彌生KUSAMA Dots and Nets」
---------------------
flash of genius :天才的なひらめき,owner-entrepreneur :オーナー事業家
the ones=owner-entrepreneurs だが、最後のoneは、a flash。 like a flash :あっという間に



2015_06_10


なぜ黒でなく、赤でもなく、「青」なのか? (4月15日 東洋経済ONLINE)
――「青ペン書きなぐり勉強法」を実践した高校生たちが、ハーバード、東大、京大、早慶など、難関大学
への現役合格を達成したというお話を伺いました。なぜ、黒や赤ではなく「青」が効くのでしょうか?
「青ペン書きなぐり勉強法」には、2つの技があります。
ひとつは「青ペン記憶術」、もうひとつは「書きなぐりノート術」です。
青ペン記憶術は、ノートに覚えたいことを書きまくるというシンプルな手法で、「記憶力が飛躍的に向上する」
効果があります。「記憶」に、青という色が、なぜ大きくかかわるのか。 
記憶力向上に結び付く青ペンの効果として言われているのが「鎮静効果」と「印象効果」です。
 「鎮静効果」とは言い換えれば、リラックスできるということ。
 行動生理学の観点から、青には興奮した気持ちを鎮め、落ち着かせる効果がある
 と言われています。青い文字を書き連ねることで、リラックスした状態で、
 勉強に集中することができるのです。
 一方、よく採点や添削で使われる「赤」は、「興奮」の色。闘牛士の商売道具です。
 強調したい箇所をマークするには有効ですが、リラックスには逆効果。あるOBが、
 「赤で書き連ねると、呪われたみたいな気分になる」と表現していました(笑)。
 もうひとつの青の特長「印象効果」とは、記憶に残りやすい、という意味です。
 なぜ記憶に残りやすいのか。私たち日本人が普段使う筆記具は、鉛筆もペンも、
 ほとんど「黒」がメインです。
 つまり、普段見慣れていないからこそ、覚えやすいという効果があるようなのです。
ちなみに、日本には「墨の文化」があるので、ノートをとるときは「黒が基本」ですが、欧米では違います。
ヨーロッパでは、契約書にサインをするときも、子供たちが勉強するときも、万年筆のインクも全部「青が
基本」。青は「ユニバーサルカラー」とも言えるかもしれません。実際、卒塾生や知り合いのビジネス
パーソンたちも、外資系に勤務している人は、青ペンと方眼ノートを定番で使っている人が多いと感じます。

青い街灯
ハリースポッター 「青い街灯 in 美浜 」

犯罪防止や自殺防止に効果がある?とされる青色の光。
ただ、導入初期には「珍しい」という効果もあるでしょうから、
青色ばかり使えば、「印象効果」は薄れていくような気がします。
しかし、「冷涼感」があることは間違いありません。
お化けがでてきそうな感じもします。


5月14日気温

昨日の全国の気温(午後2時)。青いと寒そうな感じがします。
低温側を赤色で表記したら、ものすごく変な感じがするでしょう。
それにしても、ものすごい温度差です。


シリウス連星
シリウスAとシリウスB(NASA による想像図)
左の大きな星がシリウスA、右の青い星がシリウスB

ただし、青色が冷たいのは感覚的なものです。
表面温度がシリウスAの9900Kに対して、シリウスBは25200K。
シリウスBは、白色矮星というより青色矮星ですね。
赤いということは低温、青いということは高温だ
ということになります。
(Kはケルビン。温度の単位で、273.15を引くと℃になります。)



2015_05_15


突然ですが・・・AとBは同じ色でしょうか?違う色でしょうか?答えは最後。
色の見え方元絵 現実は、自分とは切り離されたところに存在し、
 自分の知らない事実を知ることが
 「学習」であると、多くの人が信じています。
 色は本当に存在しているのでしょうか?
 それとも、人間が感じることによって、
 生まれているものなのでしょうか?
 どちらが正解なのか知りませんが、
 それほど簡単な問題でないことは確かです。
 
 
なぜゲーテの研究は注目されなかった (キヤノン > 技術のご紹介 > サイエンスラボ > サイエンスラボ
・キッズ > 光のなぞ > 有名な文学者ゲーテは色の研究もする科学者だったって、ほんと?)
 ゲーテ(1749-1832)は、植物のこと、動物と骨のこと、天気のこと、そして光と色
 のことなどの研究にとても熱心に取り組み、新しい考え方を発見しました。
 考えはざん新で、たとえば、植物の研究では、50年くらい後に発表された
 ダーウィンの「進化論」のような考え方が出てきます。
 けれど当時、ゲーテは科学者として認められませんでした。その原因は、
 ゲーテが実験でわかるデータより、人間が受け取る「感覚」にこだわりすぎたからです。
 光と色を研究して書いた『色彩論(しきさいろん)』で、ゲーテは、ニュートン (1643
 -1727)のように光線の道すじや角度のデータで色を理解することに反発をしています。
 人の目が色を見るときどんなふうに見えてどんなふうに感じるのか、
 人間の体験を中心に観察するのが大事だと考えたのです。
 そのころはニュートンの光の研究から100年ほどがたち、ニュートンの考え方が
認められて研究が進んでいました。「目が色を感じるのは目の細ぼうが赤・緑・青を感じるから」
というトーマス・ヤング(1773-1829)の「光の三原色論」が登場したころです。ゲーテのニュートン
批判にまちがいがあった(※)こともあり、ゲーテの考えはまったく受け入れられませんでした。(※は省略)
いまゲーテの『色彩論(しきさいろん)』は、こころの動きを研究する「心理学」の考え方に近くて、
「色彩(しきさい)心理学」「知覚心理学」という研究分野の先がけだと考えられるようになってきています。

【ゲーテが行った色の残像テスト】  ~テストのやり方~
1. 上の図(本記事では下図の左)の色円の中央の点をじっと20秒ほど見つめる
2. 下の図(本記事では下図の右)の点に目をうつすと、下に色の円が見えるようになる
下に見えた色の円は、黄色部分がむらさき色に、赤色部分が緑色に、と、対角線上の色が反対になって見える。
この現象は「有色残像」といい、有色残像では色が反対色(補色)になって見える。
ゲーテは「補色」の言葉を知らなかったが、残像で補色が見えることに注目していた。
残像テスト

わたしには、赤色しか残像がはっきり見えませんが、
確かに、反対側(右側)が赤色であるように感じられます。
さて、はじめの問題の答えは、「AとBは同じ色」です。
これは、「色の不思議」なのでしょうか?
それとも、わたしたちの色の感じ方が不思議なのでしょうか?

色の見え方
Spotlight > おもしろ・ネタ
AとBは同じ色?『○○をすれば同じ色に変化する不思議な画像』がTwitterで話題に!


2015_05_09


MIT石井裕教授が提言。「ICT敗戦国」日本を生きるクリエーターに必要な2つのこと
~EVERNOTE DAYS 2014レポ 
(2014年7月14日 エンジニアtype
「情報がフローズンだった時代が終わり、いまや流水となりました。水が蒸発し、雲になって雨になり、
やがて川になるように、情報も循環していく。そうしたエコシステムの上流を抑えたのが
Googleであり、Amazonであり、Appleです。
日本は残念ながらICT敗戦国となりました。それはパラダイムシフト、これから何の勝負になるかが
見えていなかったからです。かつては素晴らしいデバイスを作っていましたが、もうデバイスの時代では
ありません。大事なのはエコシステム、アーキテクチャを考える力。この戦略です」(中略)
MITでの20年間の研究の歴史を振り返る石井氏の講演は、「ICT敗戦国」たる日本が巻き返すための
示唆に富んだ内容だった。
そのキーワードは2つ。「ビジョンドリブン(=理念駆動)」と「アウフヘーベン(=止揚)」だ。
「ビジョンドリブン」~先に来るのはテクノロジーでもニーズでもない
アーキテクチャを考える時に何が大事になるかといえば、それは理念=ビジョンを持つこと。
僕の研究は「理念駆動」です。世界は加速している。テクノロジーは1年で廃れる。
アプリケーション(=ニーズ)は置き換えられる。しかし本当の強いビジョンは100年を越えて生き続ける。
そして僕らがいなくなった未来を照らしてくれる。(中略)
アイデアが先か、技術が先か――。取材をしていると、こうした議論を耳にする機会がよくある。
アイデアでも技術でもない。石井氏の答えは、明確だ。
「2200年には僕もみなさんも今とは違う場所(=死後の世界)にいる。でも、その時代にも生きている
人々がいます。僕が毎日自分に問い続けるのは、自分がクリエーターであるならば、彼らに何を残すのか、
何を思い出されたいのか。僕の答えはビジョンです。人生、命は有限ですが、未来は終わらない。
技術やニーズはあっという間に陳腐化してしまいますが、ビジョンは永遠に生き続けます。
遠い未来の人々が、僕の見た夢を思い出してくれます。理念を通じて」

ビジョンドリブン

プロフェッショナル 仕事の流儀 石井 裕  <br />コンピュータ研究者 出過ぎた杭は誰にも打てないプロフェッショナル 仕事の流儀 石井 裕  コンピュータ研究者 
出過ぎた杭は誰にも打てない

(2013/10/16)
不明

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最近では国家や組織でもビジョンを持つことの重要性が叫ばれるようになってきました。
経営に関してもビジョンが重要視されるようになってきました。有名なのはソフトバンクです。
ただ、孫さんのようなカリスマ経営者のいない企業(ほとんどの企業が該当する)で、
ビジョンを社員のルーチンワークにまで落とし込むことは容易ではありません。
企業でも国家でも同じですが、ビジョンがないと、短期的な結果を目指してしまいます。
そして、過去の成功をまねようとします。過去の栄光にすがってしまうのです。
個人にとっても、ビジョンはとても重要です。
ビジョンがなければ、短期的なつらさに耐えられなくなります。当然のことです。
なぜ、ビジョンが重要になってきたかといえば、将来の不確実性が高まっているからです。
IT社会は、膨大な情報を生み出します。様々な情報から、将来の予測も可能です。
ところが、予測どおりに進む推進力よりも、予想外の変化を生み出す力のほうが強いのです。
分かりやすい例で言ってしまえば、一人の人間が考案したアイデアがあっという間に
世界を席巻してしまう可能性があるのです。その速度があまりにも早いのです。

わたしたちは、これまでも、「何を」「どのように」すればよいかについては、ずっと考えてきました。
そして、いわゆる賢い人々は「どのようにすればうまくやれるか」を理解しています。
つまり、自分と他者を差別化する能力や価値を知っているということです。しかし、
「なぜ」自分はそれをやらなくてはいけないのかを理解している個人や組織は非常に少ないのです。
勿論、企業は持続的な利益をあげるために、そして、そこで働く従業員は生活していくための収入を
得るために活動しています。しかし、それは究極の目標なのでしょうか?・・・そこで、
重要になるのが「So What?」と「Why so?」です。
So What?とは、「それで?」とか、「それがどうしたというのか?」という意味です。
言外に、「そんなことはどうでもいいことなのではないか!」という意味が含まれています。
ビジョンは、今年度の目標ではないのです。究極の行き先を聞いているのです。
Why so?は「なぜ、そうなのですか?」という意味です。
個人の場合は、自分のビジョンに自分が本当に納得しているのか問いただす必要があります。
自分自身に対してうまく説明できない場合は、ビジョンそのものに問題があるのかもしれません。
組織の場合は、組織の構成員にビジョンを共有してもらうための説明が必要になります。
社員が違和感を覚えるようなビジョンは、経営者が言っているだけの「絵にかいた餅」になります。

最後に、占星術と関連づけますと・・・
「わたしは将来どうなるのでしょうか?」を教えてくれるのが占星術だと思っておられるかたが多い
(一般的にはそういうものなのですが)のではないかと思いますが、根源的には・・・
あなたのビジョンが占星術のスタートです。
そのとき重要になるのが、究極の到達点である「山頂」が見えているかということです。
だから、目標ではなく、視覚という意味も持つ「ビジョン」のほうが適切なのです。
「あなたの目標は何ですか?」と聞かれれば答えられる人でも、
「あなたのビジョンは何ですか?」と聞かれると答えに窮するかもしれません。
あなたがどの山の山頂を目指せばよいかを、占星術が(というより、誰も)決めることはできません。


sowhatとwhyso



2015_04_27


第3回 the は常識を表す
(東京大学 大学院理学系研究科・理学部 > 理学部ニュース > 科学英語を考える)
the を名詞の前に付けると,読者は具体的にどのものが指されているかを知っているという前提になる。
言い換えれば,どれが指されているか読者が分からないときに,the を使うべきではない。
そのため,英文を書くときには,読者の知識を常に考慮しなければならない。
前回で説明したように,読者の知識は,その読者が以前から知っていること,または同じ文章の前に
書いてあること,文章に付いている図,表,写真などから由来することが多い。
しかし,その他に,誰でも知っている常識,または常識ですぐ推測できることも「読者の知識」だから,
その場合も the を付けなければならない。
例えば,論文で実験を説明するときに,次のような文章はよくある。
A marble was put into the solution. Ten minutes later, bubbles were observed on the surface of the marble.
ビー玉は溶液に入れられた。10分後,ビー玉の表面に泡が認められていた。
最後のところで, on the surface of the marble に the marble (marble = ビー玉)となっているのは,
前の文脈からどのビー玉が指されているのか読者に分かるからだ。溶液に入れられたビー玉そのものなのだ。
では,なぜ surface (表面)の前にも the があるのか。 surface は前の文に出ていないし,図や写真にも
見られないのではないか。理由は,文で読まなくても絵で見なくても,読者はどんなビー玉にも一つだけ
の表面があると分かるからだ。我々は「ビー玉」というものを子供のころから知っていて,常識でその表面
の数を知っているのだ。厳密には the surface of the marble は,「ビー玉の唯一の表面」とも言える。
この場合, the surface は「常識で知っている表面」, a surface は「常識で知っているはずがない表面」
の意味になる。もし,ビー玉のかわりにサイコロなど,複数の表面のあるものが実験で使われていたら,
on a surface of the die などで, a surface となる(die = サイコロ)。
対象のものの特質が読者に知られていないときには, the の意味は少し変わる。
その場合, the は読者に「あなたはそのものを知っているだろう」ではなく「そのものは一つしかないよ」
と言っていることになる。(中略)
冒頭で述べたように,英文を書くときに,常に読者が何を知っているか,何を知らないかを考えなければ
ならない。そうしないと, the などの冠詞の使用が間違ってしまって,せっかく伝えたい情報が通じなくなる。

太陽が別の恒星だったら
<出典> Izismile.com » Random » Interesting »
What Our Sunset Would Look Like If the Sun Was Replaced with Other Stars (11 pics)

太陽が特定の星を示していることは誰にも明らかですし、
かつ、世界に一つしかないので、the sunですが、
「太陽=本日昇ってくる非常に明るい恒星」という定義で、
上の写真のような恒星が日替わりで現れるのなら、
a sun もありかも?(現実にはあり得ないことですが・・・)
I will be back before a sun goes down.

世界に一つしかないものに theがつくだけでなく、
「そのようなものは一つしかないよ」と示すときにも theをつけるようです。
逆に、「そのようなものは一つに限らないよ」ということなら、a です。
Chemically, water is a compound of hydrogen and oxygen.
水素と酸素からできている化合物に水以外の何があるのかと考えると・・・
ありました。過酸化水素はH2O2です。そういうこと?
やっぱり、冠詞は分かりにくいぞ!

話は変わりますが、「ストップ ザ 薬物」というのでしたら、
「ストップ ザ ドラッグ」のほうがいいと思います。
ザをつけるのなら、その後の言葉はカタカナ外来語にすべきです!
「ストップ ザ 消費税増税」は
ストップ ザ コンサンプションタックスインクリーズ???
「消費税増税阻止」でいいじゃないか!


増補 日本語が亡びるとき: 英語の世紀の中で (ちくま文庫)増補 日本語が亡びるとき: 英語の世紀の中で (ちくま文庫)
(2015/04/08)
水村 美苗

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2015_04_23


中国でかつてほど重要でなくなりつつある英語 
(2013年11月8日 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)
【上海】マリーナ・ワンさんは杭州にある英国企業に勤務していた時は毎日英語を使っていた。
ただふるさとの湖北省にある中国の銀行に勤めるためその会社を辞めた途端に英語の利用は
実質的に皆無となった。大学では英語を専攻したが、ワンさんにとって、英語を話したくてたまらない
ということではないという。「新しい仕事がかなりの経済的安定をもたらしてくれ、両親の近くに
住むこともできる」とし「主に中国の顧客と話をするため、英語は必要ない」と述べた。
ワンさんの話は英語教育に長年力を入れてきた中国で起きている議論の一例だ。
専門家は中国人が英語を習う理由と方法に再考を促す可能性があると指摘する。(中略)
中国経済が成熟し、国内で消費者階級が生まれ、その階級に仕える国内企業が増えるにつれ、
ワンさんのような中国人の多くは新しい雇用機会に英語は必要でないとみている。
一方で、学校で英語教育の重要性を過度に強調することが、若年層に中国語の技能の衰え
につながると主張する声もある。香港の教育コンサルタントで中国における英語について最近本を
出版したデビッド・グラッドル氏は「中国の英語に関連する状況が変わる寸前にあるようだ」と述べた。
「これまで英語の主なけん引役は国家試験に合格する必要性だったが、今後はそれも後退する
かもしれない。ただ英語を用いたコミュニケーション能力の必要性は高まる可能性がある」と述べた。
今年に入り、北京理工大学を含む中国の主要大学のグループが、エンジニアリングなどの一部の
分野の独立した入学試験について英語を試験科目から外した。
北京市の教育機関は10月、大学入試の「全国大学統一入試(高考)」など重要な国家試験の英語の
スコアに与えられる重要度を下げる提案を発表した。
山東省や江蘇省など別の省もこうした変更を加えることを検討している。
中国教育省の元広報担当者ワン・シューミン氏は、小さな子供への英語教育を打ち切るよう求め、
その時間を中国語の学習にあてるべきだと述べた。

中国だって成熟してくれば、英語が要らなくなります。
ましてや、日本のような超成熟国では、
母国語で完結できる社会のしくみが出来上がっているのです。
日本人でも中国人でも、母国語をもっと勉強せよ!です。
しかし、英語にあって日本語にない概念は勉強になります。
でも、カタカナにしてしまえばいいのです!
人生に役立ちそうなカタカナ英語(≠和製英語)を2つ。


ひとつ目はグリット(grit)です。格子・格子状のものを意味するグリッド(grid)とは違います。
グリットといえば、砂のことをこのように呼ぶことがありますが、違う意味もあります。
『グリットとは、長期的なゴールに対する熱心さと根気強さのこと。スタミナを持っていることですし、
その週だけでなく、その月だけでなく、毎日毎日何年も、未来へと向かっていく力のことです。
描いている未来を、現実のものとする力のことなのです。グリットとは、人生を短距離ではなくて
マラソンのようにして走って生きることなのです。』
 ~TABI LABO
生まれつきの才能や、IQは一切関係ない。成功者に共通する「グリット」という能力とは?~

グリット。これはいい言葉です。「何があっても折れない気概」
というより、「グリット」と言うほうが印象に残ります。
Do you have the grit to create lasting success?
といった具合に使うようです。

自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと (Sanctuary books)自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと (Sanctuary books)
(2012/07/12)
四角大輔

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四角大輔/Daisuke Yosumi アーティストインキュベーター|執筆家
オルタナティブな生き方を求め、ニュージーランドの湖で水と食料を自給する森の生活者。
大自然(NZ)と都市空間(TOKYO)を往来し、独自のクリエイティブ&オーガニック論を発信。

~TABI LABO 【Vol.1】【Vol.2】【Vol.3】【Vol.4】
自由であり続けるために、20代で捨てるべき「50のこと」-四角大輔-~

ふたつ目の単語は、オルタナティブ(alternative)。
一般的にはオルタナティブ・プラン=代替案のように、「替わりの」という意味があります。
しかし、オルタナティブ・ミュージックといえば、ちょっと意味合いが異なります。
現在の商業的な音楽や流行音楽とは一線を画し、時代の流れに捕われない普遍的なものを
追い求める精神や、前衛的でアンダーグラウンドな精神を持つ音楽のことです。つまり、
オルタナティブには、既存のものにとって替わる「型にはまらないもの」という意味合いがあります。
フリーダムとリバティは日本語ではどちらも「自由」ですが、フリーダム=リバティではありません。
きっと、このような概念に対する意識が日本人には乏しいのでしょう。これと同じで、
日本人には、既存のものにとって替わる斬新なものを生み出そうとする意識があまりなさそうです。

「むかしから主流となっている既成のものの代替」というより、
「オルタナティブ」のほうが心に残りやすいのではないでしょうか。
Do you live an alternative lifestyle?
といったように使われるみたいです。



2015_04_03


勉強革命!「音読」と「なぜ」と「納得」が勉強力とビジネス力をアップさせる勉強革命!「音読」と「なぜ」と「納得」が勉強力とビジネス力をアップさせる
(2010/06/10)
上田 渉

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内容紹介 中高一貫教育の進学校に進むものの偏差値30の落ちこぼれ高校生が、
「日本の教育を変えるために政治家になろう!」と東大を目指す。
とはいえ、過去問の問題文の意味すら理解できない。
そんな著者が試行錯誤の末にたどり着いた勉強法は、「音読」と「なぜ」と「納得」の追求。
読んでも、書いても覚えられないから、音読して聴きながら勉強したら頭に入ってきた! 
まずは「現代文」から始まり、どんな文章も100回音読すればわかる、と
英語、数学ほか他の教科についても同じ方法をとりながら成績を上げていく。
また、幼いころからの「なぜ?」の答えを突き詰める探究心と自分で「納得」したこと以外は
やらない姿勢も、その勝因だった。そして見事、東大に合格。
その後も、「声に出す音読→頭の中で声に出す音読→速音読」とテクニックには磨きがかかり、
大学生活、学生起業、新しいビジネスの立ち上げ……とつながっていく。
本書は、著者の半生をたどりながら、著者が自ら開発&体得した「音読=耳から学ぶ」勉強法を
中心に、学生~ビジネスパーソンに「革命的]ともいえる勉強についての方法を説く。
単に勉強のテクニックのみならず、将来のビジネスをも左右する勉強の仕方について紹介する
画期的な勉強本。
●第1章:落ちこぼれ中高時代の勉強革命
●第2章:偏差値30からの勉強革命
●第3章:学生・社会人の勉強革命
●第4章:自ら行動を起こす勉強革命
●第5章:ビジネスのための勉強革命

思考力を磨く方法
言葉の出典:ザ・チェンジ 『継続は力なり・思考力を磨いて人生を変える9つの方法』


何にでも基礎というものがあります。
基礎ができていないと、何をやっても失敗ということになりかねません。
勉強の基礎は「読み・書き」です。国語力です。
基礎力を高めるには、「何度もいつまでも繰り返す」ことです。
永遠に回りつづける覚悟が必要です。惑星のように!
プロになったからランニングはいらないというスポーツ選手はいません。

そのうえで・・・
基礎ができていればそれでよいということではありません。
「たかが基礎、されど基礎」と言いますが、基礎で終わってはいけません。
基礎は、応用されなければ実用的には役に立たないものです。
「人に読んできかせる」つもりで勉強してください。
「書いたものを発信する」こともモチベーションを高めます。

さらには・・・
それだけでは足りないはずです。全然。
なぜなら、これだけでは他人より秀でているところがないからです。
その後は、誰にでも共通なノウハウはありません。
つまり、どうすればよいかを自分で思考し続ける必要があります。
その人なりの嗜好志向(心が向かう方向)により、
独自の指向性を持たなければなりません。
何かをするという決断は、「その他をしないという選択」をしたということ
を意味します。これは、大学の学部選びでも、就職活動でも同じです。
あとは、試行(トライ&エラー)しかありません。

※占星術でも同じですが、上の図でも、「地球」には言葉を書きこんでいません。
 「地球」は自分で実行して決めていく場だからです。(ただし占星術には「月」があります)



2015_03_28


将来の学力は10歳までの「読書量」で決まる!将来の学力は10歳までの「読書量」で決まる!
(2014/12/16)
松永 暢史

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内容紹介
東大生の多くが幼少期、絵本の読み聞かせをたくさんしてもらっていた――。読解力は学力の
基盤であり、それを培うのが読書。地頭が作られる10歳くらいまでに、どれだけの本を読んだか。
読んでもらったか。幼少期の読書体験がその後の学力に大きく影響を及ぼす。
効果的な読み聞かせの方法、どういう本が良いのか、どうしたら子どもが本好きになるのか。
また、本を読むことがどれだけ国語力ひいては学力全体を伸ばすことになるのか…。
「受験のプロ」として、読書の大切さをおりにふれ力説する著者が、具体的に解説します。
〈読むだけで頭が良くなる〉厳選本145冊も紹介!
出版社からのコメント
(前略)誰よりもたくさん本を読んでいる!
これが私のアイデンティティの核(コア)を作り、成長する過程での自信の源になり、
大げさに言えば、人生を切り開く糧となったのです。もちろん「知識」だけでは不完全なことが
後々露呈しますが、とりあえず幼い自分の自信のひとつになったということです。
拙いながら、国語能力開発において、私自身の実体験から得たことを多くの人に伝えること
──これが、本書を著す最大の目的でした。
振り返れば、けっこう長い年月、教育コンサルタント、個人教授として、多くの子どもに接する
仕事をしてきました。打てば響くような賢い子どもよりも、「勉強が苦手」「やっているけど
ぜんぜん伸びない」というお子さんの相談を受けることが仕事の中心になりますが、
実は教える側としては、その方がやりがいを感じます。
そうした子どもたちからこそ、逆に教師が得るものが大きいことも痛感しました。
そんな中、出会った子どもたちに、勉強のやり方と同じくらい、情熱を持って伝えてきたのが
「読書」、そして声に出して本を読む「音読」の楽しさです。
私は、子どもの学力を上げることと読書の習慣は、切っても切り離せないものだと考えています。
しかし、多くの方がこの両者に密接な関係があると薄々気づきながらも、これまで本当の関係性を
漠然としか理解していなかったのではないかと感じます。
「勉強ができる子だから、本を読む」そう思っていませんか? 実はそうではなくて、これは逆で、
「本を読んで理解することができるから、勉強ができる」のです。(本書 はじめに)

いないいないばあ (松谷みよ子あかちゃんの本)いないいないばあ (松谷みよ子あかちゃんの本)
(1967/04/15)
松谷 みよ子

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英語は要らない!とすれば、
子供の学力向上、大人のスキルアップには何が必要なのでしょうか?
それは、「日本語で考える力」です。
日本語の勉強には、読書が一番です。
知識を得るだけなら、早く読めばいいのですが、
感情や情緒を育みながら、
自分なりに思考を組み立てながら、
創造的に個性的に心を動かす力を身につけるのでしたら、
「ゆっくりと味わいながら」読む必要があります。
速度を落として読むことだけでなく、
誰かに音読してもらうことや
自分で声に出して読むことも有効です。
また、心に響くような文章や特に気に入った文章を
何度も何度も繰り返し読むのもよいでしょう。
良い文章は、何度読んでも「おもむき」がありますし、
読むたびに「感じ方」が変わるものです。




2015_03_24


高3の英語力、中卒級=「書く、話す」に課題―文科省
(時事通信 3月17日配信 Yahoo! JAPANニュース)
文部科学省は17日、高校3年生を対象に英語の「読む、聞く、書く、話す」の4技能の学力を
調べた英語力調査の結果(速報値)を公表した。「読む、聞く」の平均的学力は英検3級
(中学卒業程度)相当、「書く、話す」はさらに低く、書くは過半数が正解率1割以下だった。
国の教育振興基本計画の目標(高卒時英検2~準2級程度)とは大きな差があり、
英語嫌いの生徒も多かった。
調査は国公立高校の約1割の480校を抽出し、3年生約7万人を対象に実施。
4技能それぞれを試験し、国際標準規格「CEFR」の基準で、学力が中学レベル
(A1=英検3~5級程度)から海外大学留学に必要なレベル(B2=同準1級程度)の
どの段階に相当するかを調べた。
試験結果では、「読む」の平均点は129.4点(満点320点)で72.7%がA1評価。「聞く」は
120.3点(同)でA1が75.9%。B2評価は0.2~0.3%だった。
「書く」でB2評価はわずか5人。英語の音声を英文要約する不慣れな出題形式も影響して
点が伸びず、140点満点中15点以下が約55%に上り、0点も約3割いた。「話す」は
各校1クラス程度の抽出実施で、A1が87.2%を占めた。
アンケート調査では、英語を嫌いな生徒が58.4%。海外留学やビジネスに必要なレベルの
習得を目指す割合も約14%にとどまった。 


日本語の科学が世界を変える (筑摩選書)日本語の科学が世界を変える (筑摩選書)
(2015/01/13)
松尾 義之

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<内容紹介>
世界をリードする日本の科学・技術。その卓抜した成果の背景には、「日本語による科学的思考」
がある!江戸から明治期、西欧から入る外国語の知を翻訳して取り込み、母国語の知識体系に
位置づけなおしてきた歴史に遡り、また多くの科学者たちの証言を手がかりにして、この命題に迫る。
そして、本来質の高い日本の科学が直面している問題に対峙、さらなる発展への道を提起する。
ユニークな視点から解く、新しい「科学論」。
<目次>
第1章 西欧文明を母国語で取り込んだ日本/第2章 日本人の科学は言葉から/
第3章 日本語への翻訳は永遠に続く/第4章 英国文化とネイチャー誌/第5章 日本語は非論理的か?/
第6章 日本語の感覚は、世界的発見を導く/第7章 非キリスト教文化や東洋というメリット/
第8章 西澤潤一博士と東北大学/第9章 ノーベル・アシスト賞/第10章 だから日本語の科学はおもしろい


このブログのなかでは何回も書いていることですが、わたしたち日本人の多くにとって英語は
必要なものでしょうか?英語が好きな人に英語を勉強するなと言っているのではありません。
わたしにとっては、
外国に行きたくない!=英語なんぞどうでもいい!
ということです。
リスニング=英語が分からないというより言葉に聞こえない
リーディング=時間の無駄。日本語なら同じ時間で100倍読める。
       しかも疲労度は10分の1以下。
ライティング=必要ならば英語ができる人または翻訳者に任せる
スピーキング=もしも外国人に会うことがあるなら身振り手振り

英語をいくら勉強しても、英語ができるようにしか
ならないんですよ
(当たり前のことですが)。
それでもネイティブのレベルに達することはないでしょう。だって、使うことがないんだから。
それよりも、もっと日本語を大切にしましょう。
面白そうな本をどんどん読んでみましょう(当然、日本語)。
日本語で自分の提案をプレゼンできるように頑張りましょう。
日本語でよい報告書が書けるように頑張りましょう。


どうして教育熱心な親は子供に英語を勉強させようとするのでしょう。
英語では、絶対に「脱・One of them」にならないことが分からないのでしょうか?
子供を、「勝者なき競争社会」にさらすことを目標にしているのでしょうか。
親の学習能力のほうが心配になります。

わたしが高校生の時、英語の先生は外国人が来たら逃げていました。
それはどうかと・・・


「日本人と英語」の社会学 −−なぜ英語教育論は誤解だらけなのか「日本人と英語」の社会学 −−なぜ英語教育論は誤解だらけなのか
(2015/01/17)
寺沢 拓敬

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まえがき
「日本人は英語下手」「これからの社会人に英語は不可欠」「英語ができれば収入が増える」
「日本人女性は英語が大好き」。このような主張を一度は耳にしたことがあると思う。
本書は、こうした通説・俗説の多くが実は大いなる誤解に過ぎないことを統計データの分析に
よって明らかにする予定である。
これがそのまま本書の副題である「なぜ英語教育論は誤解だらけなのか」に対する答えである。
つまり、英語教育のあり方が間違って論じられるのは、日本社会における英語の実態が正しく
理解されていないためだというのが本書の答えである。
具体的にどのように間違っているかは本書の各章で確認して頂きたい。
もちろん一方的に「そんな認識は間違いだ!」と叫ぶだけでは、独り善がりな主張に過ぎず、
読者も呆れてしまうだろう。
そこで本書では、誤解かどうかを判断する拠り所として、社会統計データを利用する。
これにより客観的な基準に基づいて日本社会における英語の実態が検討できる。
ついでに言うと、本書で用いるデータのほとんどが研究者向けに一般公開されているもの
なので、「他者による追試が可能」という意味の「客観性」も兼ね備えている。


2015_03_22


年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学(安田洋祐氏による解説)
<浮かぶ都市>の高卒者は、<沈む都市>の大卒者より給料が高い――。
気鋭の経済学者が実証した、「ものづくり」大国にとっての不都合な真実!
「いい仕事」はどこにあるのか? なぜ「いい仕事」は特定のエリアに集中するのか?
アメリカでは、シアトル、オースティンといった都市で労働人口増加、投資増加、
雇用増加の好循環が生まれている一方、かつて製造業で隆盛を極めたデトロイトなどの
都市は過去20年以上にわたり人口流出、失業率の上昇に悩まされている。
両者の格差はそのまま平均賃金格差に反映されており、
成長する都市の高卒者の給料は衰退する都市の大卒者の給料よりも高い。
沈む都市周辺にいる限り、スキルアップの努力は大部分が無駄になる。
なぜ特定のエリアに雇用が集中して平均賃金が上がるのか。
本書ではこれを「イノベーション産業の乗数効果」で説明している。
イノベーション系の仕事1件に対し、地元のサービス業の雇用が5件増えるというのだ。
この乗数効果は製造業の2倍。ゆえに富める都市はさらに富み、沈める都市はどんどん沈む。
日本人の働き方、ものづくり重視の産業政策、雇用政策にも一石を投じるであろう一冊。
■イノベーション産業は製造業の3倍のサービス業の雇用を生む
■ご近所さんの教育レベルがあなたの給料を決める
■本当に優秀な人材はそこそこ優秀な人材の100倍優れている
■<沈む都市>は死亡率・離婚率ともに<浮かぶ都市>より高い
「驚くべきことに、ハイテク産業と製造業では、地域の雇用に与える影響が三倍以上も違うのだ。
他にも、アウトソーシングは従来型の製造業のほとんどで雇用を消失させる一方、
イノベーション産業では逆に雇用を生み出す場合が多いことも明らかにされる。
これらの意外な事実は、我々が抱きがちな「イノベーション産業は雇用を生み出せない」
という先入観をガラっと変えるものと言えるだろう」

年収は「住むところ」で決まる ─ 雇用とイノベーションの都市経済学年収は「住むところ」で決まる ─ 雇用とイノベーションの都市経済学
(2014/04/23)
エンリコ モレッティ

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イノベーションには3つのパターンがあると思います。
ひとつは、天才によるものです。しかし、天才はそれほど存在するものでもありませんし、
天才の出現をじっと待っているわけにもいきません。
それと対照的なのが計画されたイノベーションで、これは、従来技術の延長線上にある
インクリメンタル(漸進的)イノベーションに限られます。漸進的でもイノベーションであり、
軽視すべきではないのですが、人々の生活を変えるようなイノベーションは計画のしようがありません。
残ったイノベーションのパターンが、セレンディピティによるイノベーションです。
セレンディピティは「偶然のひらめき」とも理解されますが、正確に言えば、何かの意図をもって行動
しているときに、意図したものとは別の価値あるものを見つける能力を指しています。
ですので、セレンディピティは単なる「偶然」とはいえませんが、計画することは不可能です。
そこで重要になるのが、「多様性」です。
下の図(左)において、縦軸は「イノベーション(特許)に金銭的な価値があったかどうか」を表し、
横軸は「参加メンバーの多様性」を表しています。
多様性とは専門領域の違いのことで、メンバー間の多様性が低ければ平凡な結果となります。
平均だけを見ると、多様性がないほうがいいと言えますが、イノベーションは確実に起こるものではなく、
確率は低くてもイノベーションを起こすことが大切ですから、分野の多様性がセレンディピティによる
イノベーションの源泉になっているといえるでしょう。

そこで、イノベーションが起こる場所はどこかという観点から、都会と田舎を比較してみると、
田舎は決定的に「多様性」が足りません。
地方では多様性がないため、何か新しいことを生み出そうとして同業者が集まります。
同業者の交流ほど、イノベーションを生まないものはありません。
具体的業界名を挙げるのはやめておきますが、これはわたしの実感です。
多くの場合、同業者の集会?を行うのは、どうにもならない斜陽産業の企業群です。

国の考える「産業集積活性化」や「産業クラスター」では、イノベーションは起きません。
有効でないことに気づいたからなのか知りませんが、最近は「地域エコシステム」
という言葉を用いるようになってきました。エコシステムとは生態系のことですから、
多様性の重要性を意識しているようにも思われますが、具体的政策があるのでしょうか?
きっと名前を変えただけで、今までと同じように補助金を配るのでしょう。
異業種交流を促進することはひとつの手法なのですが、この場合でも、多様性が足りません。
特に、田舎では、ビジネスとビジネスをつなげることをビジネスにしている人が少ないのです。
そもそも、はじめに書きましたように、イノベーションにはセレンディピティが重要ですので、
霞が関にいる頭のよいお役人が、鉛筆をねぶって成果が生まれるようなものではありません。

地域それぞれの特徴を活かして・・・という言葉をよく聞きますが、これも無理です。
地域内に多様性がないのに、どうしたら、それぞれの地域がユニークになるでしょうか?
現実は、どこかで何かが成功したら、全地方が右にならえです。ですから、
全国のご当地キャラクターが人気を競う「ゆるキャラグランプリ」が開催できるようになるのです。
「知」を生み出すのは、「東京」の仕事です。
その後のことは、その後に考えるしかありません。

イノベーションのパターン
 <左図の出典>
 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー
 『異なる知性とのコラボレーションと
           デザイン思考について』


2014_09_13


世界で勝負するには何が必要か? (8月2日 BLOGOS:Ayako Mie)
私の経歴を知る人は、私をグローバル人材の一例だという。確かに、私は高校時代をロサンゼルス
で過ごし、日本の大学を卒業後、民放で働いていた時にはワシントンDCに派遣された。
UC Berkeleyのジャーナリズム大学院卒業後は、ワシントンポストやジャパンタイムズなど日米の
新聞社で記者として働いている。だが、私の経験や能力は私が憧れるグローバルではない。
米国で生活し、米国企業で働く事は可能だろうが、米国のジャーナリズム業界で、
ネイティブスピーカーを相手に「彼らの土俵」で勝ち続ける事は非常に難しいからだ。
日本人には英語コンプレックスがあり、高い英語能力=優秀と勘違いする節さえある。
だが、それは全くの間違いだ。要は中身なのだ。
私の職業で言えば、確かに英語を母国語とする外国人をうならせる英文を書く能力は
必須条件だ。しかしもっと重要なのは、いかに日本のシステムを理解し、それを外国人のために
噛み砕いて表現する知識と技術だ。英語がネイティブ級の帰国子女やインターナショナルスクール
出身というだけでは、できる芸当ではない。
建設的議論をする技術や、自らの社会文化的背景を反映したアイデンティティ、さらに他者に
負けない確固たる知識と技術を持つ事がグローバル能力のはずなのだが、日本のグローバル議論は
いつまでたっても、英語力の向上に終始する。語学力という点でしかこの問題を捉えられていない事こそ、
日本がいつまでたっても「日本版グローバル化」の域から抜け出す事ができない大きな理由だろう。

グローバリズムと英語教育 (8月3日 BLOGOS:内田樹)
知的イノベーションというのは、こう言ってよければ、そこにあるものをそれまでと違う文脈に
置き直して、それまで誰も気づかなかった相に照明を当てることである。
だが、そのような自由が許されるのは母語運用領域においてだけなのである。
知的イノベーションは母語によってしか担われない。成長したのちに学んだ英語によっては
「すでに英語話者が知っている概念」を表現することはできるが、「まだ英語話者が知らない概念」
を語ることはできない。語ってもいいが、誰も理解してくれない。母語ならそれができる。
母語話者の誰もがそれまで知らなかった概念や思念や感覚であっても、母語なら口にした瞬間に
「それ、わかる」と目を輝かせる人が出てくる。記号が湧出してくる「土壌」を母語話者たちは
共有しているからである。その非分節的な「土壌」から生起するものは潜在的には母語話者全員
に共有されている。だから、「わかる」。それがイノベーションを励起するのである。

絵文字  conquer:席巻する


このブログのなかでは、日本人は英語を勉強しなくていいと主張してきたわけですが、
グローバル社会で活躍していこうという人には、英語は勿論、必要です。
また、そのような人材を育成していくことは必要ですし、国としても支援していくべきでしょう。
しかし、主体性より協調性を重視する社会に慣れている日本人にとって、何でもできる自由は
あるけれど、結果を曖昧なままにすることは許されず、個人として成果をしっかり出して
いかなければならない世界に飛びこんで成功できる人がどれだけいるでしょうか?
自由はある面、冷酷なのです。
欧米人は、何人であれ、偉業を成し遂げた人へ惜しみない賞賛を送りますので、
世界で活躍する日本人がクローズアップされると、わたしたちも誇りに思うのですが、
その裏で、日の目を見ない多くの人がいることも事実です。日本の場合、組織のなかに埋没
していれば「そこそこやっていける」ので、組織のなかで生きていこうとするのが普通です。
組織に従事している人間にとっては、「そこにいること」が仕事の一部になります。
なかにはそれがすべてという人もいますが、そういう人が一定割合いるのが日本の組織です。
記事30-9のように、アリやハチの7割はボーッとしており、約1割は一生働かないとのことですが、
日本の組織にも似た傾向があります。いくらなんでも、従業員の1割が全然働かないなんてことは
ないでしょうが、「働かないやつ」は一定割合いるものなのです。
効率性ばかり優先すると組織が長く存続できない、というのも不思議な感じがしますが、組織には
「働かないやつ」も必要だということを知っておくことは、精神衛生上、良いことかもしれません。
つまり、日本においては、実質的な成果を上げることより、組織の論理に従うことが大切であり、
これまでそれなりにうまく機能してきたのです。
しかし、「寄らば大樹の陰」的発想も限界にきています。
なぜなら、組織変革ができないからです。今までどおりではいけない事態になると、日本の組織は
うまく機能しなくなります。簡単にいえば、みんなで一生懸命、間違った方向に進み続けるのです。
たとえそれが、死の行進であるとしても・・・撤退ができないのです。
テレビはもうダメだから、これ以上、設備投資しないでくれと現場が進言したとしても?
多様性からイノベーションを生み出すことが求められる時代になっても、画一性が重視されます。
日本の組織では、今でも、上層部の指示に従わずに行動して成功したとしても処罰されますので、
ダメだと分かっていても、トップの命令に従って失敗したほうがいいのです。

経営層ではない組織人であれば、やはり組織に従うしかなく、組織に反抗するようなことは
できないので、組織の変革をしようなどと思わないほうが得策だと思います。
はじめから、面従腹背でいればいいのです。
そのうえで、これからの日本においては、「個人の主体性」が求められると思います。
そのツールとして、日本語は重要です。日本国籍を持っている人が日本人なのではなく、
日本に住んでいる人が日本人なのでもなく、日本語を母国語とする人が日本人なのです。
協調性ばかりでもないが、主体性ばかりでもない。感情論だけでもなく、理論的なだけでもない。
すべてに手を抜くわけではないが、すべてを忠実に行うわけでもない。
物事に白黒をつけない日本語の曖昧さをイノベーションに変えて、
日本人の新しい生きかたを見つける必要があるでしょう。日本の組織が硬直的であるのに対して、
日本人は本来、創造的な民族なのです。

これからの時代は、欧米的な発想に慣れておくことも必要だと思います。
すべてが日本人に適用できるものでもありませんが、ベストセラーになっている
スティーブン・コヴィー著『7つの習慣』は教科書的存在といえるでしょう。


7つの習慣-成功には原則があった!7つの習慣-成功には原則があった!
(1996/12)
スティーブン・R. コヴィー

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2014_09_09


朝日新聞が逆に入れた「システム1」のスイッチ (8月19日 池田信夫blog)
朝日の慰安婦報道と原発報道がよく似ているのは偶然ではない。どちらも大きな失敗の経験
――丸山眞男のいう悔恨――から出発しているからだ。戦争に負けたとき、朝日は自分の罪が
追及されるのを恐れて絶対平和主義に転向し、3・11のあと原発推進派だった責任の追及を
恐れて「原発ゼロ」に舵を切った。その論理は単純である。
•戦争が起ったのは軍隊があったからだ→軍隊をなくそう
•原発事故が起ったのは原発があったからだ→原発をなくそう
こういう短絡的な話はわかりやすく、大きな悲劇のあとでは日本人の心情倫理にアピールした。
これが「戦後リベラル」の原点だったが、丸山も反省したように、悔恨にもとづく心情倫理は、
結果的には何も具体的な政策を生み出さなかった。(中略)
政治学の世界でpacifismというのは、「一方的な無抵抗主義」という蔑称である。
それは吉田茂にとっては軍国主義のイメージをぬぐい去るための一時的な方便であり、
丸山にとっては知識人の悔恨の表明にすぎなかった。
しかしこの心情倫理が、日本人の心に根を張った。それはカーネマンの言葉でいえば、日本人に
広く共有されるシステム1のスイッチを入れたのだ。宗教的に決まる倫理基準をもたず、「キヨキココロ
かキタナキココロか」を基準にして行動を評価する日本人にとって、軍隊を捨てて「人を殺さない」
という動機は無条件にいいことだった。それによって自分が殺されるという結果は考えない。

二つの思考システム
ダニエル・カーネマン著「Thinking, Fast and Slow」を紹介した「池田信夫blog」より 


直感的思考というと何か素晴らしいものを生み出しそうな印象を受けますが、実のところ、
そういうことはまれにしか起こりません。それどころか、とてもエラーが多いのです。
直感的思考を支えているのは、潜在意識に収納されている複雑な自動化プロセスであり、
わたしたちが直接、感知できるものではありません。例えば、わたしたちは、不確実な出来事
に対する可能性の見積りでは、直感的思考によるミスをし続けています。
そうでなければ、本当は逃げないといけないときには適切に逃げることができるはずで、
津波や土砂災害など、逃げていれば助かる災害に遭わずにすんだことでしょう。このような
感性については、ネズミなどの動物のほうが人間より優れているのではないかと思われます。
なぜ人間がミスを犯すかといえば、感性には記憶の慣性が働くものだからです。
今まで起きなかったことは、これからも起きない
ような気がするのです。実際、この考えかたは多くの場合、当たります。
たとえ避難しろと言われて避難したとしても、99回は空振りに終わるでしょう。
どうせ、今回も大したことはないだろうと思うわけです。そして、100回目かどうかは
知りませんが、あるとき突然、本当に避難しなければならない事態に遭遇するのです。
まだ他にも、人であるがゆえに、ミスを犯しやすい理由があります。
潜在意識は、わたしたちが過剰なストレスにさらされないような仕組みを構築しています。
それが「自分には起きないだろう」というものです。
これは幸せなことでもあります。人が死ぬニュースを聞くたびに、自分に起きることのように感じると
大きなストレスになります。潜在意識は、わたしたちを無意味に苦しめないようにできているのです。
たとえ、死が目前に迫っていたとしても・・・逆に、賭け事などでは、当たらない確率のほうが高くても、
「自分だけは当たる」ような気がするものなのです。冷静に確率を計算していても、
「自分だけは当たる」ような気がするものなのです。とてもお目出たいことです。
まだ、直感的思考のエラーの原因が潜在意識のなかにあります。それは、
「みんながしているから大丈夫だろう」というものです。
あなたがひとりだけ、崖の下に住んでいると考えてください。あなたはとても慎重になって、
大雨が降れば、崖の様子を観察すると思います。しかし、時がたち、崖の下に大勢の人が
住むようになったと考えてください。きっと、警戒感が薄らいでしまうことでしょう。
危険度は同じなのに。
過去の記事で、住宅ローンの恐ろしさについて触れましたが、もし、国債の信用が急降下して
金利が急上昇すれば(例えば、金利が8%になる)、変動金利で住宅ローンを借りている人の多くが、
住宅を失うことになるのではないでしょうか?(親が資産を持っていれば、大丈夫ですが)
では、固定金利なら大丈夫でしょうか?国債の信用が急降下したときには国の財政は破綻している
ので、年金や公務員給与、公共事業関連の仕事などによる収入は期待できません。
そのような収入で借金を返している人は、固定金利でもアウトでしょう。
ちなみに個人的には、今の日本の現状では、デフォルトは起きないと思っていますが、
わたしの思ってもみないことは常に起こっています。
例えば、8月の天気。8月になっても太平洋高気圧が強くならないことは過去にもありましたが、
西日本の上空には高気圧がありました。7月の終わりの天気図を見て、誰がこの状況を
予測できたでしょうか?わたしは今でも、8月がこのような気圧配置になったことが信じられません。
最近、太平洋高気圧が今年のように西に張り出さなかったことなどありませんでしたから・・・

改めて、『戦争が起ったのは軍隊があったからだ→軍隊をなくそう』について考えてみると、
次のような考えかたもできるのではないでしょうか?
『日本は戦争をしかけた→次は、日本が戦争をしかけられる立場に
なるかもしれない→国土は守っておかないといけない』

誰が守るのかということですが、米軍がいなくなるとどうなるでしょうか?
『日本だけで中国の軍事力に対抗する→膨大な防衛費がかかる→さらなる増税が必要になる
→国民生活が窮乏する』
国民生活への寄与という面では、防衛費は無駄な出費です。社会保障費だけでも国の財政は
パンクしそうなのですから、防衛費の増大を避けるためにも米軍は必要です。
勿論、異なる考えをお持ちのかたもおられると思います。
どのような考えにせよ、本当に起こることは、きっと、
誰も予期していなかったことになるでしょう。


明日戦争がはじまる明日戦争がはじまる
(2014/07/28)
宮尾 節子

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2014_08_28


アナロジー 既知から得られる未知への知見ジャパンインキュベーション > 市場創造戦略)
アナロジーとは、未知の物事・深く知らない物事を既知の物事に当てはめて推論する思考方法です。
似たような概念として、メタファーがあります。この二つの概念の定義は論者によって異なることがあります
が、究極的には二つの概念に正確な境界線を引くことは不可能という認知科学の知見があります。
一方、厳密な境界線は引けなくとも、大方の違いがあるとすれば、一般的にメタファーは対象同士の
“直接的な類似性”に注目するのに対し、アナロジーは対象間の“構造的な類比”に注目すると言われて
います。メタファーは未知の物事を推論するのに用いられるというよりは、既知の物事をより精緻に
表現するための修辞的な側面が強いと言えます。どちらも「AをBに見立てる」という構図は同じです。
このとき、未知の対象であるAを「ターゲット領域」(あるいは単にターゲット)、既知の対象であるBを
「ベース領域」(もしくは「ソース領域」あるいは単にベース/ソース)と呼びます。(中略)
ところで、概念の精緻化ではなく、何か有益な知見の“発見”といった場合は、どちらかというと物事の
“直接的な類似性”よりも“構造的な類比”によってもたらされます。
ここから以下ではアナロジーの説明を行います。
繰り返しますが、アナロジーとは、未知の対象である「ターゲット領域」を既知の対象である「ベース領域」
の知見によって推論する思考です。たとえば、未知の海外市場について、よく知っている国内市場の知見
から推論することや、原子と分子の関係性について、太陽と惑星の関係性から推論することを指します。
市場における国内と海外の類比は比較的近いカテゴリー同士の類比ですが、原子・分子と太陽・惑星
の類比に関してはカテゴリー間の異質性が高い類比と言えそうです。ターゲット領域とベース領域の
対象のカテゴリー間の異質性が高ければ高いほど、飛躍的なアイデアに結びつきやすくなります。
アナロジーのプロセス
アナロジーのプロセスは、以下のように進められます。
1.ターゲット領域における課題の認識
2.観点(目的・目標)の設定
3.観点に基づく構造の抽象化
4.ベース領域の選定
5.構造のマッピング
6.ターゲット領域における未知の部分の解決

アナロジー手法


中世ヨーロッパでは、占星術と天文学は同じカテゴリーに属していました。しかし、ニュートン以降、
状況は一変します。ニュートンは、万有引力を発見し、天体の運動がすべて物理学的な記述によって
説明可能であることを証明しました。占星術の前提は崩れ、存在理由を否定されるようになりました。
ただ、ニュートンは神の存在を信じていたのです。そして神の存在の証を世のなかに見つけだそうと
情熱を燃やした結果、天体の運動にシンプルな原理を見つけたのです。
「世のなかの現象は原理によって支配されている」
これが、サイエンスの基本ではないでしょうか。
アインシュタインは、「いろいろな事実を挙げ連ね、それらを場合に応じて説明していたのでは
何も理解できない。大切なのは、さまざまな事象を統一的に扱う特有の原理を見出すことだ」
といったそうですが、実は、そのような考えかたが、「神」と「サイエンス」をつなげているのです。
なぜなら、理論を組み立てるには、それを支える原理が必要であり、突き詰めれば、
根本の原理は理論的に説明できないことになり、その先は「神」の領域としか言えません。
アインシュタインに言わせれば、「科学を真剣に追究している者は誰であっても、宇宙の法則
のなかに神の霊が顕在していることを確信するに至るのです。神の霊は人間の霊を
はるかに凌いでおり、神の霊を前に人間は自らの力のささやかなることを知り、
謙虚にならざるを得ないのです」ということになります。
ただ、現実問題として、神が何を定めたのかはわたしたちには分かりませんから、
根本の原理は「仮説」とするしかありません。それが、サイエンスというものです。

ところが、世のなかには、理論的でなくてもサイエンスとして認められている?ものがあります。
それが帰納法と呼ばれるもので、個別的・特殊的な事例から一般的・普遍的な規則・法則を
見出そうとする方法のことです。しかし、この手法には根本的な問題があります。
帰納法においては、「全ての物事は、他に事情がない限り、いままでどおり進んでいく」という原理
(斉一性原理)は正しいという大前提に立っているのですが、これが怪しい原理なのです。
社会現象としては、確率論や従来からの知識や経験からでは予測できない極端な現象(事象)が
発生し、その事象が人々に多大な影響を与えること(いわゆるブラックスワン)のほうが、
斉一性原理よりまともな法則であるともいえ、リーマンショックは典型的事例になりました。
帰納的推論には「大間違い」が含まれているのです。
帰納的推論自体はなんら問題ないのですが、帰納法で仮説を検証することはできません。
帰納法による検証はサイエンスに含めるべきではない
と思います。ただし、帰納法は仮説を作り出すには有効です。
わたしたちは、神が何を定めたのかを理論的に導きだすことはできないのですから・・・

帰納法と占星術の関係をいいますと、占星術を帰納法的に考えるべきでありません。
具体的にいうならば、アンケート調査をして、牡羊座生まれの人の性格を調べることは無意味です。
占星術は、本来、「当てる」ことを目的にしたものではないのです(詳細は次の記事で・・・)。
占星術を実証的研究の対象にしてはいけないのです。
では、占星術は、どのように位置づけられるのでしょう。
占星術がエセ科学だという人もいますが、そもそも占星術はアートであり、サイエンスではありません。
ただし、前記事に示しましたように、アートと考えられていたものが、
将来的には、サイエンスになる可能性はあります。それは、占星術についても同様です。
今のサイエンスが、サイエンスに含まれる領域のすべてを知り尽くしているわけではありません。
これからもサイエンスは発展し続けるでしょう。逆にいえば、サイエンスは未完成であり続けるのです。
占星術は、今のサイエンスでは未知の領域を扱っているので、
今のサイエンスから占星術を眺めるならば、占星術はエセ科学になります。
とはいっても、占星術はサイエンスと切り離して考えることはできません。
なぜなら、占星術は、星の相対的位置や見かけの運動と、人間の運命になんらかの関係がある
と主張しており、その前提となる星の位置は科学的に正確である必要があるからです。

では、占星術は、何に基づいていると考えることができるでしょうか?
それはアナロジーです。
アナロジーは理論的説明とはいえないので、サイエンスではありませんが、
科学的な思考法として有効であり、科学的発見にも大いに貢献していると思われます。
ビジネスや危機管理など、実社会においても、とても役立つ手法なのです。


アナロジー思考アナロジー思考
(2013/05/02)
細谷 功

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2014_08_16


ブレインストーミングを再考する: 1度きりのグループセッションには効果なし?
(2013年10月25日 lifehacker)
今から数カ月前、ある友人に、新しいウェブサイトの名前を一緒に考えてくれと頼まれました。
かんたんにサイトについて説明したあとで、夕飯でも食べながら何か考えてくれないかというのです。
アイデアは多い方がいいので、私の友だちも呼んでたくさんの案を出し、その中からベストなものを
選ぼうとのことでした。「ooomf」の創業者としての経験から、
このような1回限りのブレインストーミングで出したアイデアは、決して効果的ではありません。
これまで会ったクリエイティブな人たちの多くも、ベストなコンセプトが自ら姿を現すまで、
ひとりでアイデアを熟成させるのが良いと口をそろえて言っています。たとえそれがサイト名のような
シンプルなものであったとしても。そこで私は、その友人に同じことをすすめました。
時間をかけて自分のコンセプトを吟味してから、人の意見に耳を傾けるべきだと。
この時の経験から、私たちがパーフェクトなアイデアの必要性に迫られたとき、
なぜ集団によるブレインストーミングを選びがちなのか、ずっと気になっていました。(中略)
インキュベーション(孵化)期間:忘れられがちなステップ
多くの場合、ブレインストーミングは、1つの答えに到達することを目的としています。
すなわち、パーフェクトなアイデアが出なかったブレインストーミングは、失敗とみなされるのです。
ところが、創造力を高める最適なプロセスは1つの集団からは生まれないという研究結果もあるのです。
創造的思考に関する理論家、グラハム・ワラス氏は1926年、創造的な思考プロセスに関する最初の
モデルを提唱しました。創造的なプロセスは、迅速に移り変わる環境に素早く対応できるような進化の
過程から生まれるというモデルです。ワラス氏は、創造的な思考プロセスを、次の4段階に分けました。
準備期:ひとりで課題に集中し、その特徴を捉える
孵化期:課題が潜在意識に刻まれるが、外見には何の変化も現れない
啓示期:アイデアが前意識から自覚できる意識に移動する
検証期:アイデアが意識下で評価・拡大・実行される

ここで問題になるのが、1回のグループミーティングでは、これらのプロセスをひととおり経験することが
できないこと。孵化期は、数日から数週間の期間が必要な場合もあります。
世界中のクリエイティブな人の多くがこれを実証しており、様々な代替案との紆余曲折を経ないかぎり
最良の解決策にはたどり着けないと述べています。
孵化期は、ひらめきがいつ訪れるかはもちろん、少しでも前進しているかどうかすらわからないため、
ストレスが高まることがあります。大手企業やスタートアップによるアイデア創造を支援している
サリー・ホグスヘッド氏は、孵化期を、苦痛へとつづく疑念の期間と例えています。
それでも、この孵化期こそ、創造的思考における重要なプロセスなのです。
アルバート・アインシュタインは言いました。「生産性とは、ムダにした時間の残留物である」と。
創造的思考のプロセスに固執しすぎると、素晴らしいアイデアの芽を摘んでしまうこともあります。

発想の流れ1
1.POSSIBILITY:可能性
2.DOUBT:疑念
3.AGONY:苦悶
4.EPIPHANY:ひらめき
5.FINESSE:手腕









ブレインストーミングとは、参加者全員でたくさんのアイデアを出しあい、案をまとめたり、新しい発想
を生み出したりする手法です。手法としては非常に単純ですが、「できるだけ多くの意見を出す」
「出された意見について批判をしない」「意見は自由奔放であるほどよい」という原則のもと、
複数の意見を結びつけたり共通点を見つけたりして、意外な発見につなげようとする試みのことです。
会社などの研修では、グループ討議と称して、このような手法がよく用いられるのですが、
個人的には、ブレインストーミングが好きになれません。

世のなかには、意図的に次々と素晴らしいアイデアを考案できるタイプの人もおられると思いますが、
ほとんどの人は、出せと言われて良いアイデアが出せることは少ないでしょう。
みんなで集まってアイデアを出しあって、村上春樹を超える小説を書こうと計画してみてください。
小説の着想部分だけでもグループでブレインストーミングしてみれば分かると思いますが、きっと
「つまらない」小説になるでしょう。何人集まろうとも、村上春樹を超える小説はできません。
アイデアの着想は個人が行うものだからです。
ただし、アイデアに対する他人の意見を聞くことは、有意義でしょう。
村上春樹氏はそうでもないでしょうが、著名な小説家でも、自分の着想に対して、
自分が思っていなかった読者の反応を聞くことで、次の着想が浮かぶこともあるでしょう。
小説であれ、ビジネスであれ、社会事業であれ、他人に共感してもらう必要があるわけですから、
自分のアイデアに対する他人の真摯な意見は重要です(単なる批判は無視すればいいのですが)。
科学技術の場合は、科学的誤りのないことが大切です。ベストな方法は他人に判断してもらうこと
であり、まずは上司や専門家に確認してもらうべきです。「○○○○○○はあるんですぅ」では、
科学ではなく、選挙前にする政治家の公約のようになってしまいます。

ブレインストーミングを「アイデア創出のトレーニング」として行うことにはある程度の効果が
期待できるかもしれませんが、実現可能なアイデアを本当に生みだそうというのでしたら、
議論によりインスピレーションを誘発するという手法は現実的ではありません。
「それでは皆さん、アイデアを出してください」では、多くの人はいいアイデアを出すことができません。
ポンポンとアイデアを出せる人がいるならば、はじめからその人に任せておけばいいのです。
また、ブレインストーミングで出した結論を本当に実施しようとするならば、ほとんどが失敗に
終わるでしょう。実施するにあたって、障害が明らかになったときの対処法が現実には重要です。
常に、やめる、あきらめるという選択肢を用意しておかなければなりません。
うまくいかないアイデアに、いつまでもこだわり続けることが次のアイデアを阻む最大の要因
なのではないでしょうか。アイデアはひとつ出せばいいというものではありません。
これでもかこれでもかと言わんばかりに次々とアイデアを出しても、すべてボツになるかもしれません。
ひとつの結論に執着しすぎないことが、
アイデア実現の原点なのではないでしょうか?

とにかく、わたしたちが学びたいは、実現できる良いアイデアを生み出すにはどうすればよいか
ということであり、ブレインストーミングのように、はじめに「みなさん、アイデアを出してください」
ではじまり、「いい結論がでました。お疲れ様でした」で終わるのでは困るのです。


発想の流れ2

諦める力~勝てないのは努力が足りないからじゃない諦める力~勝てないのは努力が足りないからじゃない
(2013/06/06)
為末 大

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2014_08_12


GMで評価された理由は「日本語」にあった? (『100年の価値をデザインする』 奥山清行 著)
僕が入社した頃のGMは、デザイン部に1500人もの人がいて、そのうちデザイナーは150人、
モデラーやエンジニアが400~500人いた。(中略)僕はそこにいた3年間、ずっと1位だった。
(中略)その頃を振り返ってなぜ1位が取れたかを考えてみると、最終的には僕が日本人で
あったということに行き着くのだ。日本人は相手の気持ちや周囲の状況にものすごく敏感で、
時には過剰なほど相手が何を考えているのか気にする。世界中どこを探しても、こんなに周囲の
ことに敏感な人種は他にない。そのことが、仕事で好成績を収める原動力になったと思う。
そして、日本語を使った表現と思考能力だ。日本語は情報を伝える機能よりも、自分の今の感情、ポジション
などを表現する機能に優れている。つまり、ファジーな全体の中での自分のポジションやフィーリング、
感情を伝える機能が高いということだ。逆に、情報を伝える機能は他の言語に比べて劣っている。
英語やイタリア語はそれが優れているので、少ない言葉で短時間に議論がしやすい。
小学生には英語より交渉術を教えるべき
これは提案なのだが、小学校で英語を教えるのはやめにして、「議論」のクラスを作ってほしい。
中学校から6年教えても英語が話せるようにならないのだから、小学校から教えたところで
なんとかなるはずがない。しかも、ちゃんとした外国語の教え方を教わっていない先生が教えるから、
教わるほうがすぐに嫌いになってしまう。昔は中学で初めて英語を教わったものだが、小学校で英語が
嫌いになった子どもたちが中学に上がってくるので、今までよりもさらに英語教育が難しくなっていると聞く。
そんなことなら、議論や交渉のテクニックを教えたほうがずっと役に立つ。

100年の価値をデザインする: 「本物のクリエイティブ力」をどう磨くか (PHPビジネス新書)100年の価値をデザインする: 「本物のクリエイティブ力」をどう磨くか (PHPビジネス新書)
(2013/08/16)
奥山清行

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これまでも英語についてはいろいろ書いてきましたが、海外で活躍されたかたの主張は、
説得力があります。最も説得力のないのが、海外で生活したことがなく国内で英語を教えていて、
英語の必要性を説く人です。「英語がしゃべれる」ことは特に、知的でもありません。
もしそうならば、世界中、知的な人だらけということになりますが、そうなっているとは思えません。
ただ、いくら「英語は必要ない」といっても、学校では英語を勉強する必要があります。
英語で点数がとれないと、大学受験では絶対不利。
学生にとって受験英語は避けては通れません。英語が大嫌いな人であっても。
どうして、受験では英語を重視するのでしょう。理由はよく知りませんが、
英語のほうが論理的にものを考えやすく、基礎的思考能力が高まるという意見もあります。
例えば、研究者の場合、英文のほうが論文を書きやすいという人が結構いますが、
それは日本語が正確に情報を伝えるのに適した言語ではないということに原因があると思います。
また、世界と勝負する必要がある人にとっては、確かに英語が必要になってくるでしょう。
しかし、英語で書こうと日本語で書こうと、つまらない論文がつまらないことには変わりがなく、
英文を書くのに、無駄な労力を使うだけです。本業のほうで成果を上げないことにはどうにもなりません。
また、本当に素晴らしい内容の論文を書いたとするならば、誰かに翻訳してもらえばいいのです。
英語を勉強してれば、翻訳してもらうお金がかからないという利点は確かにあります。
メジャリーグで成功している日本人選手のように、日本で成功し海外に進出するならば理解できますし、
日本人ならば、誰もが「頑張れ」と応援したくなるでしょう。しかし、日本でうまくいかないから海外に行こう
というタイプの人は、ほとんどの場合、海外でも失敗し、労力とお金の無駄遣いに終わります。
日本でダメなら海外でもダメなのは、当然です。

これからの時代は、英語を勉強するより、日本語をもっと勉強したほうがいいと思います。
学校では、自分の意見を表明し、他人に納得してもらうための文章を書く機会はあまり多くないですが、
仕事では、要点をまとめて的確に、かつ素早く文章を書かなければならないことが多くなります。
社会人になって苦労するのが、他人に分かりやすい文章を書くことであり、これがなかなか
簡単なことではありません。文章の書きかたは、新人より先輩のほうが、ずっと優れているはずです。
何をどのような順序で書いたらいいのかは、試行錯誤で覚えるしかなく、量をこなすしかありません。
日本語でちゃんと文章を組み立てられない人が、いくら英語を勉強しても、よい英文が書けるとは
思えません。英語を勉強する時間があるのなら、日本語の文章を多く読むほうが役にたつでしょう。

論理的に組み立てるにはやや難のある日本語ですが、アイデアやイメージを膨らますのには優れています。
日本語は、表現法が多彩で心に訴えかけるのに優れた言語であり、漠然としたなかに美しさがあるのです。
日本語では主語を省略することが多いのですが、「主語を明確にしない」ことは、日本語の特徴であり、
主観と客観を混在させた世界を生み出すことにより、日本独特の素晴らしい文化を生み出してきたのです。
省略のしかたも日本語独特のものがあり、日本昔話は、「今は昔」ではじまるものなのです。

ただし、「交通事故で死んだ」「遺憾である」といった表現が、責任の所在を不明確にしていて、
日本人の「責任感の無さ」につながっています。また、霞ヶ関文学に代表されるように、
「人を騙す」ことに悪用されています。分野によっては、英語を使用したほうがいいのかもしれません。
直ちに健康に被害が出るものではないはやめてほしいです。
悪いところはちゃんと直して、”日本の良さ”で世界と勝負していきたいものです。
←←←”主語なし”でごめんなさい

妖怪名
画像:Wallpaperlist /文字:怪異・妖怪画像データベース|国際日本文化研究センター


2014_08_08


コロンビアに惨敗。だが日本の方向性は間違っていない 浅田真樹●取材・文 (6月25日 web Sportiva) 
昨年あたりから迷走を始めたチームは、かつてのような安定したポゼッションを失っていた。
それを取り戻せないままに新戦力を加え、最後は大久保嘉人をサプライズ招集。
ある意味で偶発的な化学変化にかける一か八かの勝負に戦略は傾いていた。
それは実際、ピッチ上の戦い方にも表れている。
前線の選手が自らのポジションを忘れ、それぞれが勝手に動き回る。そんな様子は3試合を通じて
見えていたものだ。これではボールを支配し、主導権を握ることなどできるはずもなかった。
やはり、チームづくりの過程において問題を抱えたまま、大会に臨んでしまった印象は拭えない。
ただし、今大会の結果が出た現在、一番怖いのはポゼッションサッカー志向自体が否定されてしまうことだ。
すなわち、日本にポゼッションで圧倒することなどそもそも無理だった、といった類の話である。
確かに今大会で日本は惨敗を喫した。大会に臨むアプローチには問題があっただろう。
それでもポゼッションを志向すること自体、日本が進むべき方向性としては間違っていない。
そこは今大会の失敗と結び付けて考えるべきではないと思っている。

孫子の言葉

(以下、文字が大きくなっているところは、孫子の言葉を借用しています)
今回、日本が戦った3試合に共通して、わたしが相手チームに感じることは、
日本をよく研究しているなということです。本田や香川がいかに優秀な選手であるとはいえ、
メッシやネイマールのように、「あいつに任せておけば大丈夫」というほどの実力はありません。
戦いは、勝利を読み取るのに、一般の人々にも分かる程度ではダメ
ですから、格上の相手と戦う場合、本田や香川が大活躍して勝利するという戦略はあり得ません。
また、攻撃的サッカーを目指すことはいいのですが、その大前提として、
戦いが上手な者は、まず自陣をしっかり守って負けない態勢を整えた
うえで、弱点をあらわして敵が自滅するような態勢になるのを待つ

ものですから、攻める方法が相手によって変わるのは当然のことです。相手の弱点をつくのが
攻撃の基本です。そのうえで、「自分たちのサッカー」をしなければなりません。
ポゼッションサッカーを目指すことも悪いことではありません。
高温多湿で消耗戦になりそうな場合や、1点差のリードのままで試合の残り時間が
少なくなってきた場合など、時と場合によっては、最善の戦略になるでしょう。しかし、
勝利する者の戦いかたは、満々とたたえた水を千仞の谷に一気に
落とすように、相手に守る態勢を与えない。それが戦う基本姿勢である

ということですから、ここぞというときの速攻も忘れてはいけません。ポゼッションサッカー
といっても、負けていて試合の残り時間が少なくなれば、前線に放り込むしかありません。
セカンドボールを拾って攻撃するサッカーをしないで、全員が前掛かりになるようでは、
カウンターをくらってしまします。シュートでポストの枠を外してくれるような相手ではありません。
まず、相手のほうが強いと思って作戦を立てておく必要があります。
そうしないと、「俺たちのサッカー」ができないために、試合中に焦りが生まれます。そのうえで、
およそ戦いは、堂々と相手と対峙した上で、奇策により勝つもの
でありますから、カウンター攻撃を常に頭に入れておく必要があります。
カウンター攻撃を相手に悟られないためにも、スペースに飛び出す選手を固定してはいけません。
結局のところ、
軍には決まった勢いというのはなく、決まった形というのもないのです。
(前記事の図は、孫子の考えをもとにアレンジしたものです。
孫子が五行陰陽説の影響を受けていたことは間違いないでしょう。)

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2014_06_29


自分たちのサッカーを目指す国はない ( 2014年6月25日 nikkansports.com)
<W杯:日本1-4コロンビア>◇1次リーグC組◇24日◇クイアバ
スポーツ評論家の玉木正之さんのコメント。
 「日本社会の豊かさが、ひ弱なサッカーとして表れたW杯だった。世界に『自分たちのサッカー』
を目指す国はない。勝つことこそが目的で、勝った結果が自分たちのサッカーだ。
豊かな日本の選手たちは勝利を渇望せず、学んだことを実現しようとした。
監督の采配により、ギリシャ戦で戦術を普段と違うパワープレーに変更した際、戸惑いを見せたことにも
それが表れた。4年後を目指し、選手には『勝利への意志』を感じさせる強い言葉を使ってほしい。
メディアも選手の発言を肯定するだけでなく、もっとプレッシャーをかける報道をすべきだ」。

最低賃金比較

まず一言。日本社会の豊かさって何なのでしょうか?
「モノ」で溢れているという意味では、日本は豊かであるといえるかもしれませんが、
すべての人が文化的生活をおくれるという意味では豊かではありません。
日本の状況とサッカー日本代表を重ね合わせて考えるならば、問題なのは、
「自分たちは、素晴らしいんだ」と言い聞かせている
ところではないでしょうか?お互いが慰めあっているような状況です。
「自分たちのサッカー」以前の問題として、「自分たちの技術力」を考える必要があります。
自分たちの技術は、状況の悪いピッチでも通用するものでしょうか?
自分たちの技術は、相手が死にもの狂いで戦ってきても通用するようなものでしょうか?
これは、日本の企業にも当てはまるように思います。
例えば、粗悪な原材料や部品でそこそこのものを作る能力に関して、他国に勝てているでしょうか?
ライバル企業が、赤字覚悟で安値販売してきても、競争力を失わないでしょうか?

また、サッカーの現状と日本の風習に関する共通点で気になるのが、
成功体験に縛られて、楽観論がひろがることです。
過去にうまくいったことが、今回うまくいくかは、やってみないと分かりません。
問題は、うまくいかないとき、どうするか?です。修正能力がどれだけあるかで、真価が問われます。
うまくいかないときこそ、リーダーシップが必要ですし、ミスのない状況判断が求められます。
世界が急速に変化しているとき、日本の企業が、どのくらいそれに対応できているのか、
変化への対応能力についても疑問があります。今回のW杯について言いますと、
「自分たちのサッカー」ができなかったこと自体は、大きな問題ではないように思います。
「自分たちのサッカー」ができることのほうが少ないでしょう。
大切なのは、「自分たちのサッカー」ができないときに
「何ができるか?」
ではないでしょうか。
うまくいかないときこそ戦術が必要で、それまで考えてきた戦術のなかで、
状況に応じてベストなものをベストなタイミングで選ばなければなりません。


陰陽五行と戦術

2014_06_27


なぜ日本人の9割は英語を勉強する必要がないのか? (2013年3月13日 ビジネスサプリ)
「コミュニケーションの手段でしかない英語を、緊急の用途もなく多くの時間とコストをかけて
(日本で)身につけても時間のムダ(そもそも身に付かない)」というものです。
“語学に「備え」は通用しない”のであり、「いつか必要なときのために」英語を勉強するよりも、
もっと身につけるべきスキルや教養がある、ということです。
こうした主張の中で私が一番興味深かったのは、「なぜ日本人は日本語という高度な語学を
習得しておきながら、わざわざ英語を身につけようとするのか」という点です。
世界には、英語を習得しなければ(母国語では)「学問ができない国」や、英語を勉強しなければ
食い扶持を得られないという「経済的な理由がある国」、そもそも英語圏の国に植民地化されて
いた歴史的な背景から「英語を習得しやすい国」など、様々な境遇の国があると言います。
この点、日本では、「英語を身につけなければ国が存続しない」、「学問ができない」という
わけではありません。また、鎖国状態が長く、植民地化されたこともない日本は、そもそも英語を
身につけるのに苦労する民族であるとも言います。
日本は、明治時代の開国する前から外国語と付き合い、時の学者たちが、外国語で書かれた
学術書を日本語に翻訳していたからこそ、高度な学問を「日本語で」学ぶことができると言うのです。
つまり、英語を習得しなければ学問ができなかったところ、先人の功績によって「母国語で」高度な
学問をできるようになった稀少な国であるということです。
この点は日本人として誇りに思っても良いのではないでしょうか。私の知らなかった視点で、
非常に興味深く感じました。このように、ほとんどの人は使う機会も場所もほとんどない。
それなのになんでそんなに必死になって英語を勉強するのでしょうか。

英会話は時間のムダ! 大人の英語は「読み書き勉強法」でうまくいく英会話は時間のムダ! 大人の英語は「読み書き勉強法」でうまくいく
(2014/06/09)
和田秀樹

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わたしも同意見なので特にコメントすることもないのですが、英語の文章が読めると、
賢くもないのに、賢くなったような気になれることもあります。
それに、本人の言葉を直接知るという意味で、英語を読みたくなることもちょっとだけあります。
そこで・・・
スタンフォード大学卒業式でのスティーブ・ジョブズのスピーチを少し見てみましょう。
I learned about serif and san serif typefaces, about varying the amount of space between
different letter combinations, about what makes great typography great.
It was beautiful, historical, artistically subtle in a way that science can't capture, and I found it fascinating.
None of this had even a hope of any practical application in my life.
But ten years later, when we were designing the first Macintosh computer, it all came back to me.
And we designed it all into the Mac. It was the first computer with beautiful typography.[...].
Of course it was impossible to connect the dots looking forward when I was in college.
But it was very, very clear looking backwards ten years later.
辞書を片手に訳すと時間がかかりすぎるので、まずはグーグルの翻訳です。
「私は、素晴らしいフォントを実現するためにかについて、異なる文字の組み合わせの間の
スペースの量を変化させることについては、セリフやサンセリフ書体を学びました。
それはその科学はキャプチャできない方法で、芸術的に微妙な、歴史的、きれいだった、
と私はそれが魅力的な発見した。
これのどれも私の人生の中で任意の実用的なアプリケーションの思ってもみませんでした。
我々は最初のマッキントッシュコンピュータを設計していたときには10年後、それはすべて私に戻ってきた。
そして、我々は、Macにすべてを設計しました。
それは美しいタイポグラフィを持つ最初のコンピュータだった。(中略)
もちろんそれは私が大学にいたとき、先を見て点と点をつなぐことはできなかった。
しかし、それは非常に、非常に明確な10年後に逆方向に見ていた。」
意味がさっぱり分からないと思いますが、これだけ訳してくれただけでも時間の短縮になります。
英語は不得意ですが、この変な訳の意味を理解することは、わたしの得意とするところです。
訳語を見ながら、分からない言葉を調べます。セリフ?serif: 活字の M などの上下端の細いひげ飾り
typeface:書体、typography:印刷の体裁、subtle:とらえがたい、dot:点 などでしょうか。
さて、一文目、この訳の全体構成がおかしくなっているのは、learn about~, about~, about~を
「~について、~について、~について学ぶ」と訳していないからでしょう。それと、makeは要注意です。
この文では、「make ~ 補語(C)」になっていて、「~をCにする」でしょう。
「what+動詞(V)」は「Vするもの」と訳せばよさそうです。
二文目の「subtle in a way that science can't capture」という表現はいいですね。
「科学が捕捉できないという点で微妙な・・・」。つまり、ジョブズに学ぶならば、
わたしたちが追究すべきは、科学を突きつめていく
ことではなく、科学では捕捉できないけど、
人の心に訴えかけてくる何かではないでしょうか?

(訳すことから脱線していますが、占星術もつまりはそういうことです)
「find ~ 補語(C)」は「~がCであると分かる、気づく」と訳すべきでしょう。
三文目は、ofがポイントで、この場合、「~という」と訳せばよいofで、
「have a hope of ~」は「~という希望を持つ」とすれば意味が分かるようになります。
最後の2文は、ingが難しいです。「looking forward」が「将来を見越して・・・」で、翻訳の
とおりですが、最後の文の「looking backwards」は、「振り返ってみると・・・」となります。
このタイプのingは、場合によって様々な意味になります。
原文を読んだほうが、雰囲気が感じられていいのかもしれませんが、そんなことより、
「今は分からなくても、点と点はつながるんだ」
という思いを強くすることのほうが大切でしょう!(第1章もご覧ください)
日本の場合、素晴らしい文章は、誰かが日本語に訳してくれますから・・・
それにしても、意味は分からなくても、英語のほうがカッコいいことはありますね。


English星座

2014_06_25


引き算をポジティブに行う重要性 (3月30日 Fashionsnap.com The Posts
どこかを削れば、どこかが尖る。それは、営みの本質ではないでしょうか。
足すと、量が増えて安心しますが、重要なのは、量よりもメリハリです。
メリハリとはすなわち、あるべき姿、最も個性を発揮する姿に他なりません。
量を重視しがちな経済や、マーケティングの営みにおいて、または、街づくりや組織作り、
デザインやクリエイティブにおいても、引き算の重要性と、その本質は同じではないでしょうか。
逆に、足し算を行っても、どこかを尖らせることができます。しかし、資源、コストが有限である限り
において、足し算では、発信者、受信者、ステークホルダーにとって限界があるように思います。
例えばクリエイティブにおいて、10色の認識と、3色の認識とでは、その色を判断する者にとって、
認知コストが異なってくるわけです。
例えば、マーケティングにおいて、3つの施策に励むよりも、1つの施策に励むことで、
個性とコストパフォーマンスが発揮されます。
引き算を意図して行うということは、減る、無くなるという感覚において困難ですが、
本来は意図して行うべきポジティブな行動であるように感じます。(元記事: Fashionjournal)

人気ブログのポイント
     出典:ACラボ「はてブ上位20記事に共通!アクセス倍増のブログタイトル10法則」

どんなに面白い話や役に立つ情報を書いていても、文章が長すぎては、
多くの人が、肝心なところを読む前に、次の場所をクリックしてしまいます。
その点では、上の図のような手法を用いて、短い文章で読者をひきつける必要があるでしょう。
それに、当然のことながら、短い文章のほうが書く時間が短くてすみます。
特に、文章を書き慣れていない人は、長い文章を書こうと思う必要など全くありませんし、
文章を書くのが得意な人は、いかに短い文章で説明できるかを考えたほうがよいと思います。
現代は、情報過多の世のなかですから、
如何に余計なものをなくしてシンプルにできるか
は、ブログだけなくアートにおいても、経営や組織運営においても重要になっています。
日本人は、組織になってしまうと、撤退戦略がとても不得意なのですが、
個人としては、盆栽や俳句のように、シンプルな美しさを楽しむ感性を持っているのです。

このブログでは陰陽論についていくつか書いていますが、
陰陽論は、「陽陰」ではなく「陰陽」であり、陰陽五行説では、太極が陰陽に分離し、
陰の中で特に冷たい部分が北に移動して水行を生じ・・・で、はじまります。
前記事では組み合わせること(足し算)について書きましたが、
引き算のほうを先に考えるべきでしょう。
特に、何を自分の得意分野にしようかと迷っている人にはそのほうがいいのです。
いきなり、他人より優れたものができるはずはありません。
まずは、他人の作品を拝借して、「引き算」を行うのです。
適切に「引き算」を行うと、元の作品とは印象の異なる別の作品になるものです。
それを繰り返していけば、自分で「足し算」したくなるものが自然と現れてくるでしょう。
「引き算」を極めて、自然発生的な「足し算」を行う。
これこそ何かをはじめるときの鉄則となる、陰陽論的?出発法といえるでしょう。

引き算をすれば(写真の上下左右をカットしただけですが)、注目点が定まって、
画像の印象が変わります(言葉を足し算してしまいました)。

天城峠

2014_06_09


少しでも読まれるブログを書きたい場合、下の項目に注意するとよいそうです。
確かに、全く注目されないブログでは意味がありません。
少しでも多くの人に読んでもらえるように工夫すべきでしょう。
そのために、他人が読みやすいブログであることが重要であることは間違いありません。
しかし、わたしの場合ですと、それ以前の問題として・・・
書くネタがなくならないかのほうが心配です。

ブログの書き方
出典:読まれるブログの作り方「7つの書き方ルール」 マーズデザイン

まずは、「初心に帰れ」ということで、自分のブログのはじめ(第一章)を読んでみると、
スティーブ・ジョブズの言葉に感銘して、文章を書いてみようと思ったのでありました。
そこで、ブログのネタ切れ防止法を、ジョブズの言葉から探してみることにします
(以下の大文字は、ジョブズの言葉です)。
創造性とは、ものごとを結びつけることにすぎない。
創造性というと、全く新しいアイデアを思いつかないといけないように感じられますが、
実際はそうではありません。ジョブズでもそうなのですから、
自分が天才であると思っていない人なら、全くの新規を目指すべきではないのです。
しかし、ものごとを結びつけるといっても、誰でも容易に思いつく組み合わせではいけません。
例えば、ジョブズとイノベーションという組み合わせでは、だいだい予想がつきます。
ジョブズとブッダなら、意外性があり、面白そうです(本当にそのような組み合わせが
可能であるかは知りませんが、ジョブズと禅という組み合わせですと、ちょっとありきたりで、
検索するとかなり多くのサイトがヒットします)。
では意外なものを単に組み合わせればよいかというと、そうでもなく、
組み合わせたことで、そこに何か新しい発見とか、面白さがなければなりません。
「ジョブズの言葉からブログのネタ切れ防止法を探る」という試みのどこに新しい価値が
あるのかと言われると、返答に困ってしまいますが・・・

ブログを書くあなたに、ジョブズの思いをお伝えするならば、
自分の居場所は自分でつくるんだ。
誰のためでもない、自分のためにつくったんだ。

そして、ジョブズはブロガーのあなたに問います。
やりたいのは本当にこんなことか?
永遠の何かをつくり出したのか?

うーん、このようなことを言われたら、余計にネタ切れを起こしそうな気がします。
とりあえずわたしにできるのは、組み合わせを変えてみることぐらいでしょうか?


2014_06_07


大前研一のガラポン2000!! 異才が語る日本の教育の行方
失敗するかどうかを恐れているような人は、人生そのものが失敗である。
だって、人の人生を生きているわけだから。
自分の生きたい人生を生きるということが重要。自分の人生は何かということが分からずに、
親の言う人生、先生が言う人生、文部省の決めた人生、会社の言う人生を生きていったときには、
自分は何のために生きていると言えるのか?
最近の人生をみてると、40以上っておつり。一生懸命やってきた人が40で挫折するわけ。
会社に入ってそこそこいったけど、先が見えちゃったと。後20年会社にいるとなると、
これは耐えられない長さ。こうなったとき、人生40年余ってしまう。
だから、なんでそんなに急ぐのかが僕にはわからない。とにかく人生って、無茶苦茶余る。
今のやり方で人生を生きていたら、40まできたら本当に余る。(大前研一氏の主張を要約したもの)

日本の教育 YouTube 「日本の教育 2/2」

大前研一氏や安藤忠雄氏の言葉を聞けば、なるほどなと思うこともありますが、
そうは言っても、多くの人はこの境域に達することなどできません。
達人は、普通の人とは何が違うのでしょうか?単に、「才能」の差なのでしょうか?
実は、独自の世界観を持っている人は、潜在意識の「暗い層」を通り抜けた人なのです。
わたしたちは誰でも、潜在意識に「ネガティブ」なものを持っています。
大前氏は、「失敗するかどうかを恐れているような人は、その人生そのものが失敗である」
と言っていますが、大部分の人は、他人の評価に気にするレベルにあって、
潜在意識を知ることなく一生を終えます。
潜在意識を知らない人は、「自分が何のために生きているのか」が分かりません
(完全に、自分のことを棚に上げて書いています)。
「家族のために生きている」といったこととは、全く別次元の話です。
なぜ、わたしたちが、潜在意識を知ることがないかというと、
本能的に「ネガティブ」なものから目をそらそうとするからです。
相当の覚悟を持って潜在意識を見つめなければ、ショックから立ち直れなくなります。
しかし、なかには、無意識的に潜在意識の「ネガティブ」な影響を強く受ける人がいます。
そのようなタイプの人は、「うつ病」になりやすいタイプの人です
(医学的にそのようなことが認められているわけではありません)。
「うつ病」は、新しい世界との境界線に立っている状態ともいえるのですが、
「うつ病」の治療は、もともといた凡人の世界に引き戻そうとするものばかりです。
「うつ病」が治療で治ったというのは、人並みに鈍感になったということ。
潜在意識の影響を受けることなく日常生活をおくることは、ある面、「幸せ」なのです。

ここで突然、占星術の話に戻りますが、下の図にある第三層、第四層の領域には、
土星の強い力が働きます。(占星術に興味のない人は無視してください)
占いも、今日の運勢といったレベルだとちょっとした「楽しみ」なのですが、
このような話になりますと、とてもシリアスなものになってしまいます。

地層モデル
<出典> 組織進化プロセスコンサルティング オーセンティックワークス株式会社
2014_04_18


教育界にまんえんする「正解主義」を超えて「情報編集力」のある子どもを育てる
―『Journalism』4月号から―藤原和博(教育改革実践家、元東京都杉並区立和田中学校長)
(4月11日 WEBRONZA)
成長社会から成熟社会へ時代が変わる潮目
しかし、1998年あたりから始まった成熟社会では違う。社会の多様化が進み、
システムが複雑になり、変化のスピードも速い。高齢化とグローバル化が世界を縦横に
拡張することが、これを加速する。もはや正解は一つではないから、
次に述べる「情報編集力」のほうが大事な時代に突入した。いま企業が求めるのは、
四択問題の出題で、正解を一つ選べば良いと信じるような人材ではないだろう。
四つの選択肢を自ら設定し、自分で仮説を立てたうえでまず手始めにどれかをやってみて、
試行錯誤のなかで納得できる解=「納得解」を探すことができる人材こそが求められる。
自分の知識、技術、経験に他者の知恵や技術もつなげて思考しながら、「修正主義」で
判断し行動できる人間。こうした思考力・判断力・表現力のある人物のことを「情報編集力」
のある人と呼ぼうと思う。以上述べた成長社会と成熟社会に必要な力の変化については、
(図1)をご覧いただきたい。いま、左から右に時代が変わる潮目にあるわけだ。
だからいかに日本の教育界に蔓延する「正解主義」を超えていくかを論じることは、
日本の子どもたちに「情報編集力」をどうつけていくかと同義になるだろう。
            ↓図をクリックすれば拡大されます
成熟社会のゆくえ

前記事で、英語を勉強しない学生には、個性を磨く勉強を義務づけたらどうかと提案しましたが、
逆にいうと、海外で仕事をするのなら、「成熟社会」の教育を受ける必要はないともいえるのです。
中国であれ、東南アジアであれ、海外の多くの地域はまだまだ成長社会ですので、
語学を勉強して海外で仕事をすることを厭わない人にとっては、まだまだ、これまでの「成長社会」
のやり方が通用します。「成熟社会」流の教育など邪魔になるかもしれません。
一方、完全に「成熟社会」に突入してしまった日本国内で生きていこうとする人間にとっては、
これまでの「成長社会」のやりかたを変えていかなければなりません。
簡単に言うと、「成長社会」では言われたとおりにやるとうまくいくのですが、
「成熟社会」では、言われたとおりにやってもうまくいかないのです。日本は既に、
誰にも正解が分からない社会になりました。
当然、教育のやり方を根本的に変えていかなければならないのですが、
「成長社会」の教育を受けた先生には、正解のない問題を考える能力などありません。
頭を使う場所が違うといった感じです(実際、脳の活性化する場所が違うと思います)。
何をすればいいか分からない途方にくれる社会であるといえますが、
何かに縛られないワクワクする社会であるともいえるのです。このような社会で大切なことを
ひとつ挙げるとするならば、本ブログの冒頭部分(第一章)の繰り返しになりますが、
潜在意識が点と点とをつなげてくれる
ということです。意識的な理解だけでは限界があります。未来は誰にも分かりません。
どんなに暗い状況にあったとしても、明るい未来をいきいきと想像できることが、「能力」です。

「成長社会」から「成熟社会」への移行の問題は、教育だけにとどまりません。
「教育」と「労働」はつながっていますから、別問題として考えることはできないでしょう。
想像してみてください。地球より、もっと進化した星を。
進化した星には、地球上では当たり前の「過重労働」と「全くの無職」は存在しません。
想像できることは、不可能ではない。
ただし、学校の先生にそのような話をすると、叱られるかもしれません。
「あなたは間違っています。そのような星は存在しません」と。

やはり、勉強がよくできた学校の先生より、ジョブズの言葉を信じるべきでしょう。
「あらかじめ先を見通して、点と点をつなぐことはできない。できるのは、後から
 振り返ってつなぐことだけだ。だから、わたしたちは、今やっていることが将来
 何らかの形でつながっていくと信じるしかない。」


〈働く〉は、これから――成熟社会の労働を考える〈働く〉は、これから――成熟社会の労働を考える
(2014/02/26)
猪木 武徳

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2014_04_16


阪大も京大も講義は「日本語から英語へ」の時代に突入…“英語化”
既に死活問題、躊躇の時代は終わった 
(3月22日 msn west)
大阪大学の吹田キャンパス。人間科学部の山本ベバリーアン教授は、英語でジェンダー論の
講義を行う。「西洋諸国に比べ日本では特異なほど専業主婦の人気が高い。なぜか。
グループで話してください」(中略)すべてを英語で行う秋田市の公立単科大、国際教養大学
の先駆的な取り組みは知られているが、伝統ある総合大学でも英語講義の導入が進んでいる。
文部科学省は東京大、慶応大、同志社大など全国13大学を国際化拠点校として援助。
とくに力を入れるのが英語だけで学位取得できるコースの充実だ。
平成21年から大学院で123コース、学部でも33コースが開設された。(中略)
京都大学は昨年、5年以内に一般教養科目の半分以上を英語で行う方針を打ち出した。
東京大学も英語による講義や留学生割合の大幅増加を目標に掲げる。
 「高度な内容を英語で理解できるのか」といった批判はあるが、
一流大学を中心に躊(ちゅう)躇(ちょ)の時代は過ぎつつある。
キャンパスの言語は近い将来、大きく塗り替わる可能性が高い。

英語意識調査

英語を勉強したい人は勉強すればいいし、その機会を与えてあげることは必要だと思いますが、
教養にある英語の授業以上の英語の勉強をしたくない人には、その自由があっていいと思います。
その替わり、英語を勉強しない学生には、個性を磨く勉強を義務づけたらどうでしょうか?
グローバル競争を戦いたい人は、積極的に英語を勉強して世界に羽ばたいてもらえばいいの
ですが、グローバル競争を回避したい人には、
国内で生き残る独自戦略が必要になってくるでしょう。
これからの時代、芸術に限らず何をするにしても「自分のアート」を持つ必要があります。
特に、学生時代は、何からでも「アート」生み出す訓練をしておくことが有効であると思います。
「いいアート」より、「アートを創り続ける習慣」。
そこで、下の図に示したような、「主体的学習サイクル」を考えてみました。
「学習=知識の習得」では、「やる気」が起きませんし、主体性を発揮できません。
スポーツ、絵画や音楽、演劇などをメインにしている人は別として、多くの人は
知識を得ることが勉強です。しかし、知識は覚えるものではなく、使って役立てるものです。
知識を「自分の情報」に変換する訓練は、とても重要なことだと思います。
どのようなタイプのアートを創作するかは自由。フィクションでもノンフィクションでも構いません。
情報の創作に重要なのは、「楽しむ」こと。
何をすれば自分が楽しいかということを知ることは、とても重要なことです。
知識の習得では、イヤイヤでも頭に詰め込むことはできますが、
創作でいいアイデアを出すためには、楽しんで試行錯誤するということがとても大事です。
情報を作成したら、次はそれを発信することです。人に知られることがないと、多くの人は
「やる気」がなくなってしまいます。「人に良く思われたい」という気持ちは学習意欲を高めます。
重要なのは「他人の目で見て、いいものになっているか」を考えてみる習慣を持つことです。
そうすれば、足りない知識を習得する必要がでてくるでしょう。
「いい」の意味はいろいろあります。そこにも独自性があっていいのです。
幅広く大衆に「いい」こともあるでしょうし、特定の誰かに「いい」ということもあります。
はじめは、きっとうまくいかないことばかりでしょう。
しかし、このサイクルを継続的に回すことができれば、大きな力になると思います。
内容にもよりますが、就職活動にも有利に働くのではないでしょうか。英語より。

主体的学習サイクル

2014_04_13


自信過剰 わかったつもり ~ファスト&スロー(上) ダニエル・カーネマン~
私たちは自分の周りのさまざまな出来事を解明しようと絶えず試みており、そこから必然的に
講釈の誤りが生まれる。私たちが納得できる説明やストーリーは、とにかく単純である。
抽象的でなく具体的である。偶然よりも才能や愚かさや意志で説明したがる。
そして起こらなかった無数の事象よりも、たまたま起きた衝撃的な事象に注意を向ける。
最近起きた目立つ出来事は、因果関係をでっちあげる後講釈の題材になりやすい。

あなたはどうしても、手持ちの限られた情報を過大評価し、ほかに知っておくべきことはないと
考えてしまう。そして手元の情報だけで考えうる最善のストーリーを組み立て、
それが心地よい筋書きであれば、すっかり信じ込む。
逆説的に聞こえるが、知っていることが少なく、パズルにはめ込むピースが少ないときほど、
つじつまの合ったストーリーをこしらえやすい。世界は必ず筋道が通っているという心楽しい信念
は、磐石の土台に支えられている。その土台とは、自分の無知を棚に上げることにかけて
私たちはほとんど無知の能力を備えている、という事実である。

人間の脳の一般的な限界として、過去における自分の理解の状態や過去に持っていた自分の意見
を正確に再構築できないことが挙げられる。新たな世界観をたとえ部分的にせよ採用したとたん、
その直前まで自分がどう考えていたのか、もはやほとんど思い出せなくなってしまうのである。

後知恵バイアスは、意志決定者の評価に致命的な影響を与える。評価をする側は、
決定にいたるまでのプロセスが適切だったかどうかではなく、結果がよかったか悪かったかで
決定の質を判断することになるからだ。(中略) このような「結果バイアス(outcome bias)」が
入り込むと、意思決定を適切に評価すること、すなわち決定を下した時点でそれは妥当だった
のか、という視点から評価することはほとんど不可能になってしまう。
-----------
意思決定論の決定版。今回は、ここまでが引用になってしまいました。
それほど、この本は秀逸なのです。
きっと、これまで紹介した本のなかで、一番いい本なのではないでしょうか?
著者はダニエル・カーネマン。心理学者なのですが、2002年にはノーベル経済学賞を受賞。
前の記事では、論理について批判的に書きましたが、
論理的なものには、この本のように素晴らしいのものもあるのです。
「結果バイアス」にだまされないようにしましょう。
「振り込め詐欺」は騙されてたことにいつかは気づくものですが、
「結果バイアス」で歪められた話は、騙されていることに気づきにくいものです。
一応、断っておきますが、わたしの書いているものは、「結果バイアス」など無関係です。
なぜなら、そもそも物語ですから。今後とも、フィクションとしてお楽しみください。


ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?
(2012/11/22)
ダニエル・カーネマン

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ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?
(2012/11/22)
ダニエル・カーネマン

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2014_02_15


見えないもの ~ドラッカー入門 上田 惇生~
ドラッカーは、明確な因果関係を提示しうるものに疑念をもってきた。
実際、明確な因果で結ばれるものなど初等数学や初等物理の世界にしかない。
この世のものの多くは、明示的な知識や情報よりも暗黙知に属する。論理の連鎖による思考が
西洋世界の特徴のものであれば、暗黙知を重視する点では、ドラッカーは日本的な思考をもつ。
ドラッカーが説く「未知なるものの体系化」も、見えないものを見ると同時に、
いま見えるものを全体の中で位置づけ、意味づけしようとする試みである。

わたしたちの世界は因果関係のみで構築されているのではありません。
因果関係の切れた部分が、科学的な謎として残ることになります。
神、生と死、時間、意識、生きる意味、愛、美・・・
論理的アプローチはとても有用なものである一方、限界もまた存在するのです。
「未知なるものの体系化」は、論理的アプローチではありません。
しかし、科学的なアプローチでないとは言い切れません。検証前の予想はとても大切です。
論理的でない予想が後から検証され、真実となるのが科学であるといっていいかもしれません。
占星学など似非科学だと思うかもしれませんが、そう決めつけてしまえば、
占星学に関する科学的なアプローチをすべて拒否してしまうことになります。
ただし、論理的に説明することは不可能であり、別のアプローチ法が必要です。
ドラッカーの言っている「未知なるものの体系化」は、占星学を科学に近づける手法になりえます。
「未知なるものの体系化」は科学に新しい扉を開く可能性を秘めています。
わたしたちに必要なのは、イノベーションを科学することや、
科学技術を用いてイノベーションを起こすことより、
科学自体をイノベーションにより変えることかもしれません。
新しい科学は、人と原子力の付き合いかた、人と遺伝子操作の付き合いかたなどに、
新しい知見をもたらしてくれるかもしれません。


ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めてドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて
(2006/09/23)
上田 惇生

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ゲームに1日8時間、無断欠勤も 「ネット・スマホ依存」の大人たち
中学・高校生のネット・スマホ依存は社会問題化しているが、いまや大人も蝕(むしば)
んでいる。依存の対象となるコンテンツはさまざまだが、学生や社会人の独身男性で
目立つのが、「オンラインゲーム依存」だ。(中略)
「イケメンでもなく社交性もないぼくが、現実社会で恋愛や出世を望んでも痛い目を見るだけ。
ゲームの世界では女性ゲーマーからモテるんです。仲間からも尊敬されていますし……
もう、それでいいんです」ネット・スマホ依存に陥る大人には、Aさんのように現実社会に
何らかの不満を抱いている人も少なくないようだ。(中略)
「ネット・スマホ依存に陥る人に多いのは、現実世界で得ることが難しい充足感や癒やしを
ネットの世界で手に入れようと願うことです。
積極性に乏しく、他者との親和性が低いのも特徴です」
(東京大学大学院情報学環の橋元良明教授) (10月28日 dot.)

依存症というと、これまでアルコール依存、薬物依存やギャンブル依存が社会問題になって
きましたが、今では、ネット依存が最も話題になるでしょうか。
ただ、ネット依存は他の依存症とは様子が異なるように思います。オンラインゲームのなかに
あるバーチャルな社会で活躍するのも、立派な?活動なのではないでしょうか。
仕事や学業に支障がないのなら、全く問題ないように思うのですが・・・
ただ、オンラインゲーム依存も、現実逃避の一種であることは間違いないでしょう。
現実逃避というとあまり良くないことのように聞こえますが、要は程度の問題で、
リフレッシュや息抜きと呼ばれるものも、現実逃避の一種と言えなくもありません。
ただし、現実逃避したいという気持ちがあると、何をしても自己啓発にはならないでしょう。
「自分探し」という言葉がありますが、本当の意味で「自分探し」をしている人がどれだけいるで
しょうか。正直なところ、「逃げ場探し」をしている人もかなりいるのではないかと思います。
現実逃避と同じく、「逃げ場探し」も悪いことではないでしょう。
現実に向き合えないときには、一時退避するのが適切な場合もあります。
メッセージノートに書くとしたら、「自分で解決できない問題は、
時間に解決してもらう」
といった感じでしょうか。でも、
「現実逃避と自分探しは両立できない」
とも書いておいたほうがいいでしょう。
現実逃避の人は物事を解決していく意欲や能力が不足している、という意見をお持ちのかたも
いるでしょうが、わたしはそうは思いません。現実逃避の人は、価値観が揺らいでいるのです。
あなたは武将で、今、関ヶ原にいると想像してください。あなたは、東軍につくべきか
西軍につくべきか、決めかねています。西軍の使者が来ると、西軍として戦う気持ちになります。
東軍の使者が来ると、東軍として戦う気持ちになります。これでは、あなたにいくら行動力が
あっても、動きようがありません。これは、意欲や能力の問題ではないのです。
現実逃避の原因は価値観が定まらないことです。
このような精神状態の人が「自分探し」をした場合、多様な価値観に触れることにより
さらに道に迷うことになり、自分を完全に見失う可能性があります。
価値観が拡散気味のわたしが言うのもどうかとは思いますが、
「一流の人」の揺るがない心構えや価値観を学んではいかがでしょうか?

一流の人に学ぶ自分の磨き方一流の人に学ぶ自分の磨き方
(2012/03/23)
スティーブ・シーボルド

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2013_10_31


頭の悪い人ほど自己評価が高いのはなぜか
なぜ自分を過大評価し、「俺様」状態と化すのか。その心理を読み解くと……まず、
パフォーマンスがいまひとつという厳しい現実は動かせないから本人は内心面白くありません。
そしてそんな不振が続けば滅入ってしまい、果ては自我崩壊に陥る可能性もある。
それを防ぐためには自分が秀でた点を探し出しては、ことさら自画自賛したり虚勢を
張ったりして、自尊心を上げ底するしかありません。
もしくは、自分を正当化するため、周囲をこき下ろすしかない。 (3月1日 PRESIDENT Online)

世のなかには、このように自己正当化のうまい幸せなかたもおられるようです。
「あなたの自信はどこから来ているのですか」と聞きたくなるような人、確かにいます。
社会情勢が厳しくなると、今の生活に満足している人が増えるのも納得できます。
今の生活に満足している・・・実は、「今の生活は満足できるレベルであると自分を
納得させている」というのがホンネなのです。
自己正当化が本当にうまい人になると、自分のホンネが何かもわからなくなります。
自己正当化を起こしやすい質問については、正確なアンケート結果を得ることはできません。
北朝鮮でアンケートをとってみれば、よくわかるでしょう(できるわけない!)。
わたしたちは、自己フィルターをかけたバーチャルの世界に住んでいるので、
客観的事実と主観的願望はいとも簡単に混同されてしまいます。
では、自分はどうかと・・・
「自分が正しくて、相手が間違っているんだ」と思うこと・・・ありますねぇ。
誰でも、自らの傷口に塩を塗りたくはありません Y(>_<、)Y
But unfortunately,「知らぬが仏」なのかもしれませんが・・・
自慰的セルフマインドコントロールは
自己成長の最大の敵なのです。

自慰的セルフマインドコントロールの呪縛を断ち切れば、
自分の理想と現実の間に存在する大きなギャップから目をそらすことができなくなります。
本当の意味で自己啓発しようと思うと、そうでなくても落ち込んでいる心を、
さらに落ち込ませることになりかねません。
しかし、メッセージノートには、このように書かざるを得ません。
「自己正当化せずに自分を客観的に見よ!」
人生って、どうしてこうなのでしょうかねぇ。
あまり楽しくはならないと思われますけど、タメにはなる本を紹介しておきます。

自分の小さな「箱」から脱出する方法自分の小さな「箱」から脱出する方法
(2006/10/19)
アービンジャー インスティチュート、金森 重樹 他

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2013_10_30


ストレッチとレバレッジ 不整合が生み出す競争力 
~ハメルら著「コア・コンピタンス経営」(3)
(10月1日 日経Bizアカデミー)
企業は未来に向けた戦略設計図を持つ必要があります。
戦略設計図が企業を未来での成功に導く道筋となるからです。しかし、それだけでは不十分です。
未来に向けて組織を前に動かすためにはガソリンが必要となります。
そのガソリンは社員の情熱と知的エネルギーです。社員の情熱と知的エネルギーを
引き出すためには、夢に満ちた戦略方針という目標が必要となります。
今の経営資源と目標の間に存在するギャップが社員を駆り立てるからです。
そして社員のストレッチが新しい能力をライバルより速く築き上げることに寄与します。
それゆえ現在の経営資源・能力と目標の間に意図的な不整合をつくりだすことは、
経営幹部の重要な仕事になるのです。
これまで主流だった戦略論は市場や業界から考え、市場や業界における
成功の鍵と現在の経営資源との整合性をどうつくり出すかに重きを置いていました。
ハメルらは、現在と未来との不整合に着目します。不整合がストレッチを生み、
それが自社の強みである新たなコア・コンピタンスをつくると説いたのです。

学習というと、何かを覚えることだと思っている人がいますが、大人の学習では、
単に知識を習得することよりも、自分にとって新しい発見をすることが重要でしょう。
そして、他の人とは違う意見を表明することが大切です。そうでないと、
学習意欲がわかないと思います。そうは言っても、オリジナリティにこだわりすぎて、
何もないところから自分の意見を出そうとしても、いいアイデアはでてきません
(何もないところから、独自の世界を創りだせる人は、相当、クリエイティブな人です)。
そこで、人の意見を参考にします。一番、簡単な方法は、
前記事を見ていただければわかりますが、相反する情報を集めてきて組み合わせることです。
前記事の引用文章(上)と引用図(下)は矛盾しているように思える情報になっています。
このような情報を集めてくると、誰でも自分の意見が表明できます。
いろいろな意見があって当然で、わたしの意見に対する反論もあるでしょう。
認知症は、単なる脳細胞の老化ではなく、脳内のなんらかの疾患によるものなので、
脳細胞が老化しなくても認知症になり得ると・・・。
「学習」がすべてだということはないでしょうが、「自発的学習」は効果的だと思います。
どんな分野でもギャップを見つけると、自発的に何かを調べてみようという気持ちになれます。
ただし、ギャップが大きすぎると、どこから手をつけていいのかがわからなくなります。
一見すると橋を渡せないようなところに関連性を見つけられる人が偉人なのですが、
普通の人がそれをすると挫けます。一見して、ギャップと分かるもののほうがいいのです。
ところで、ギャップを埋めてどうするのかと思われるかもしれませんが、
ギャップ埋めは、それ自体が結構楽しいし、
やる気がわくのです。

わたしたちは、ギャップを埋めたくなる習性を本能的に持っているのかもしれません。
株式市場などの相場でも、窓(ギャップ)埋めというのは誰でも知っている法則ですし、
上の引用文のように、現実と目標のギャップが、社員の情熱の源泉になるかもしれません。
顧客と既存メーカーの意識ギャップは、ビジネスチャンスになる可能性があります。
社会的なギャップに注目するのも、おもしろそうです。例えば、貧富ギャップ。
アメリカでは、既にどうしようもないくらいに貧富ギャップが広がっていますが、
日本でも、アベノミクスは所得格差を強めることにならざるを得ません。
ポスト恐竜(グローバル企業)時代の動きは
まだ弱々しく、暗中模索状態です。


(株)貧困大国アメリカ (岩波新書)(株)貧困大国アメリカ (岩波新書)
(2013/06/28)
堤 未果

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2013_10_29


脳は老化しない!?:研究結果
これは、パヴィア大学とトリノ大学のイタリア人グループが「PNAS」で発表した驚くべき結果だ。
研究者たちは、マウスの胚から神経前駆細胞を採取して、これを平均寿命が約2倍のラットの
胚の神経システムに移植した。このときニューロンは、新しい長命の宿主の死まで、
完璧に生きていた。このことが意味するのは何だろうか? 
寿命がより長くなっても、必ずしも脳が退化するわけではないということだ。(中略)
どうすればニューロンを長生きさせられるだろうか? 
「例えば、運動をすることです。運動が脳内のプロテイン、BDNF(Brain-Derived
Neurotrophic Factor:脳由来神経栄養因子)のレヴェルを増加させることは証明されています。
これは、新しいニューロンの形成を促進します」と、マッテオーリは説明する。
「そして、細胞を損傷させるフリーラジカルを防ぐために、抗酸化物質やオメガ3脂肪酸の豊富な
食事をすることです。さらに重要なのは、歳をとっても頭脳を鍛えることです。というのも、
学習は脳の柔軟さを保ち、シナプスの形成を促進するからです」。 (10月9日 WIRED.jp)

年をとると、脳が老化するのは当たり前のように思われていますが、
「運動」、「食事」、「学習」の3つをちゃんとすれば、
そのようなことは全くありません。しかし、現状はどうでしょうか?
下の図に示したように、日本経済とは異なり、年齢とともに右肩あがりなのです。
85歳以上の女性ですと、認知症有病率はなんと30%!これは深刻な社会問題です。
認知症は、他の病気よりもはるかに社会的損失が大きいという特徴があるからです。
以前にも書きましたが、本当に勉強するべきなのは子供ではなく大人であり、
特に65歳以上では、認知症の予防という意味でも重要です。
しかし、「運動」、「食事」、「学習」以前の問題があります。
日本の法律というか、世界的にそうなのでしょうが、20歳未満という規制はあっても
65歳以上という規制はありません。未成年の喫煙がいいこととは思いませんが、
どう考えても、65歳以上の喫煙のほうが健康によくないでしょう。
「青少年期に喫煙を開始すると、成人後に喫煙を開始した場合に比べて、
がんや虚血性心疾患などの危険性がより高くなります。」と、厚生労働省は言っていますが、
そのようなことをいうのならば、65歳以上の喫煙の影響と比較してみてください。
老人の喫煙を法律で禁止したほうがいい!
「食事」については、このブログでサプリメントに関して、いつか書こうと思っています。
「若いものはもっと勉強せなあかん」と言っているお年寄りの話を聞いたことがありますが、
わたしは言いたい、「勉強しないといけないのは、あなたのほうです」と。
「年をとったから、ぼける」のではなく、
「頭を使わないから、ぼける」のです。

これからの日本は、若者がお年寄りを大切にするだけではなく、
お年寄りが若者を大切にしなければなりません。
根本的にパラダイムを転換しないと、日本がもたないのです。

アルツハイマー
新潟大学脳研究所附属生命科学リソースセンター
バイオリソース生命部門(アルツハイマー病について)
のwebページより転載
2013_10_28


コロンブスは「陸が見えるかい?」と問い続けた
彼は、何かがありそうな方向に船を動かしました。
毎日地平線を眺めては「陸が見えるかい?」と自分に問いかけたそうです。
何も結果を得られない日々が何日も続きました。
しかしある朝、起きてみると遠くに海岸線が見えたのです。
そして、彼はそれに向かって一直線に船を進めました。
得意分野を見つけるということは、このように未踏の海で陸を見つけるようなものです。
長距離を旅し、常に陸を探そうとしてみてください。それを見つけたときは、
まっすぐにそれに向かって進み、海図を描いてみてください。 (4月21日 lifehacker)

学校の勉強では、努力すればすぐに知識が得られますし、試験でもそれなりの点数が
とれるでしょう。社会に入っても、事務的なことなどは、やった分だけ結果が得られます。
しかし、他人が全くしていないことを自分ではじめようとすると、
通常の事務能力とは全く別の能力が必要になります。
どんなにいいアイデアに思えても、やってみると全然うまくいかないことばかりです。
学校のテストでいうならば、勉強しても勉強しても、常に0点をとり続けるようなものです。
これは、学校で優秀な成績をとることと、社会で活躍することの違いなのかもしれません。
10年間、成果0でも、それをやり続けることができるでしょうか?
普通に考えれば、挫けてしまいます。
「ハングリーであれ、愚かであれ。」ではなく、
「ずっとハングリーであり続けろ。ずっと愚かであり続けろ。」なのです。
この「ずっと」というのは、ずっとやっていれば、いつか成功するという意味ではありません。
「ずっと」失敗し続けたあげく、最終的に
失敗で終わる可能性も十分にある
ということです。
このように考えると、自分のやっていることが失敗し続けたときにどうなるかは、
あらかじめ予測しておく必要があります。
豊富な自己資金があるもしくは、親が金持ちである、または、資金を提供し続けてくれる
パトロンのような投資家でもいるというならば話は別ですが、
費用があまりにもかかりすぎれば、金銭的に続けることができなくなります。
出費を抑える方法を考えておくということは、とても大切なことです。
つまり、成功戦略は描けなくても、失敗戦略はしっかり考えておく必要があります。
失敗したときに、それで終わりでは、
成功の可能性はありません。

失敗し続けることができるということは、トライし続けられる気力を持っているというだけでなく、
失敗戦略をしっかり持っているということの証でもあるのです。
そもそも、いいアイデアが浮かばないという人は、
はじめは他人のアイデアを拝借すればいいでしょう。

ひらめきスイッチ大全 (Sanctuary books)ひらめきスイッチ大全 (Sanctuary books)
(2013/09/12)
サンクチュアリ出版

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2013_10_26


「シュタイナーの具体的教育法」
シュタイナー教育の特徴
●子どもは周囲の大人を模倣して育つ
幼児期の子どもは、目の前で起こっていることをすべて受け入れ、模倣し、吸収していく。
大人は、常に子どもに見られているという意識を持って、生活しなければならない。
●静かで安心できる環境が子どもの心を育てる
大きな音を立てたり、大声で叫んだりすると、子どもは興奮し、心が安らがない。
子どもが安心できるよう、静かな環境を作る。
●規則正しい生活のリズム
1年、1ヶ月、1週間、1日の生活のリズムが子どもの成長に大きく影響する。
毎日の生活のリズムを繰り返す中で、子どもの心は安定し、集中力が高まり、
落ち着いて集団行動ができるようになる。
シュタイナー教育でしてはいけないこと
■テレビは見せない
■早期教育はさせない
■絵本を読まない (2009年4月22日 All About )

誕生数が人の運命に影響するとはいうものの、それは人生のバックボーンとして、
わたしたちが気づかない心の奥底で活動しているものなのです。
誕生数が示す運命は、人生に何度かやってくる大きな転機においては、
重要な役割を果たすのですが、
いつ、わたしたちがその運命に出くわすのかという情報は含まれていません。
きっと、わたしたちの準備が整ったときなのでしょう。
誕生数が海底に流れる大きな流れとするならば、海面に近くでわたしたちに大きな
影響を及ぼしているのは、年をとるという逆らうことのできない流れであり、
出だし(子供時代)でおかしな方向へ行ってしまわないことが重要です。
特に、乳幼児の頃は、自分の意志で方向性を決めることができないので、
教育はとても大切なのです。特に、物心がつきはじめる頃の幼児教育は、
生涯にわたる人間形成の基礎を築くためにとても重要な時期です。
幼児は生活や遊びをとおして、情緒的、知的な社会性を身につけていきます。
この時期に習得した習慣は潜在意識として深く根をはるため、
これを大人になって変えようとすれば大きな困難が待ち受けています。
幼児のときの潜在意識が大きな人生の障害となり、
誕生数が持つ課題に取組むことなく、人生が終わることもあるのです。
記事11-1の図を見ていただければわかりますが、人間のバーチャルな世界は、
意志、感覚、思考、感情で構成されています。幼児において最も重要なことは、
外部の強制的な刺激で、意志、感覚、
思考、感情を使う習慣をつけないことです。

外部の強制的な刺激にさらされると自発性が疎外されて、感性が鈍ります。
刺激を求めるばかりの人生になり、生命の根源とリンクできなくなります。
人生の目的を一言でいってしまうと、「ありきたり」のなかに
「喜び」を見出すことなのですから。



あなたと宇宙とあなたの使命~潜在意識は知っている~あなたと宇宙とあなたの使命~潜在意識は知っている~
(2012/03/20)
浅見 帆帆子

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2013_10_25


文章を書くのは不得意だという人は結構多いようです。
実のところ、わたしもあまり得意ではありません。
文章の書き方は、著名な文筆家に聞けばいいと思われるかもしれませんが、
そのような人が凡人の立場に立って話してくれるとは限りません。
東大出の先生のアドバイスは無視したほうがいいこともありうるのです。
わたしの場合、書こう書こうと思ってもなかなか書けません。そこで・・・
「書こうとしないで、点と点をつなごうとする」
ようにしています。
「1-5 メッセージノートの冒頭部分」に書いたように、
潜在意識が点と点とをつなげてくれる作戦です。
このブログの場合、両端固定の三点方式です。
はじめの点は、新聞記事など、公知の事実を引用します。
終わりの点は、はじめの点に関連しそうな写真を選びます。
自分で撮った写真がベストなのですが、それですとネタが尽きてしまいますので、
アフィリエイトを利用して、適当な画像を探します。
中間の点では、はじめの点と終わりの点を結べそうな視点を決めます。
視点は一点にしておかないと、何がいいたいのかわからない文章になってしまいます。
後は、自分の体験を思い出しながら、それらをつなげるように書くわけです。
以下の例ですと、文章が書けそうな気がしませんか?

-------------------------------------------------------------------
(はじめの点)
調査では毎回、「直面している不安や悩み(複数回答)」を聞いていますね。
それによるとトップは一貫して「自分の健康」で、「親の健康」「自然災害」
「配偶者・子供の健康」「税金、社会保険料の増加」「社会保障制度の破たん」
などが上位を占めています。
「不安」の中でも、「老後の不安」を挙げる人がどの年代でも増えているのが今回の
特徴ですね。特に「老後が非常に心配である」という回答比率が、前回2009年の
30%から2012年は39%に増え、特に30代から50代ではすべて40%を超えています。
(8月23日 日経ビジネスONLINE リアル「日本人消費者」は、15年でこんなに
変わった生活者1万人調査で見える「誰が、なぜ、何にカネを使っているか」)

(中間の点)
何か視点を決めておく。食事、運動、闘病生活、ビジネス、経済状況、家族など。

(終わりの点)
塩分3% 究極の減塩南高梅梅干し1kg [訳あり]塩分3% 究極の減塩南高梅梅干し1kg [訳あり]

食探七福神

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2013_09_13


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書籍の紹介

龍女「みなみ」からあなたへの
不思議なメッセージ集
新感覚のファンタジー!!

書籍表紙

不思議の国の「みなみ」
 宇宙へつながる秘密基地

「みなみ」 今月のメッセージ

神津島の天上山は、
神が集う島のなかでも、
特に神の集まるところ。

プロフィール

舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:46歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

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