古代史の神話 日中韓・三国神話 > 天地開闢神話
「三五暦記」
天地は鶏子(卵殻の中身)のように渾沌としていた、そのなかで盤古は誕生した。一万八千年を経て、
天地が開けると、陽(あきら)かで清らかな部分は天となり、暗く濁れた部分は地となり、
盤古はその中間に在って、一日に九回変化した。天では神、地では聖となる。
天は日に一丈高くなり、地は日に一丈厚くなり、盤古は日に一丈背が伸びた。
このようにして一万八千年を経て、天は限りなく高く、地は限りなく深くなり、盤古は伸長を極めた。
後に及んで三皇が出る。一にして数え始め、三にして立ち、五にして成り、七にして盛んとなり、
九にして場所が定まる。それ故に、天と地は九万里(4万5千km)離れた。
「述異記」 
(九万里離れた)天と地を盤古は支え続け、再び過去の渾沌(天地未分化の状態)に戻らないようにした。
盤古が天地を開いて後、天と地の間に彼一人しかいなかった。天地は彼の情緒に応じて変化した。
盤古が歓喜すれば万里に雲なく、怒りを発すれば天は薄暗くなり、泣けば天から雨が降り、
地上で河川、湖沼、海洋となり、嘆けば大地は暴風が巻き起こり、目をまばたけば天空に雷光が現れ、
鼾をかけば空中に雷鳴が轟いた。
「道教神話」 
天地陰陽の気を受けて生まれた盤古真人は、自ら元始天王と称して、混沌のなかに浮遊していた。
やがて天地が分かれ、地の岩から水が流れ出た。原虫が発生し、やがて龍が生まれた。
その後、流水のなかから人間の姿をした太元玉女が生まれた。彼女は太元聖母と名乗り、
元始天王と気を通じて天皇を生んだ。次には扶桑大帝と東王公、さらに西王母を生んだ。
そして、天皇は地皇を生み、地皇は人皇を生んだ。(骨子のみ掲載)

神話と地球物理学神話と地球物理学
(2012/09/12)
寺田 寅彦

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ビッグバンと光の海
<出典>宇宙航空研究開発機構 JAXA 宇宙情報センター > ビッグバン


世界の神話はどの地域のものも似ていると言われますが、創世の物語にも共通点があります。
神話には大洪水がつきものですが、これは旧文明の崩壊と現文明のはじまりを示すものです。
記事32-6と32-7では、天地創造について触れましたが、宇宙のはじまりを示す記述には、
創造主が原初の混沌から世界を創り出したり、海や湖など水に関するものから万物が生まれたり、
龍(蛇)や巨人が登場したります。中国神話に登場する「盤古」(ばんこ)は宇宙開闢の創世神です。
記事20-4には、ヒンドゥー教における天地創造神話にでてくる「乳海攪拌」について書きましたが、
乳海を攪拌するのですから、「海」が登場します。このように、宇宙創世物語には共通点があります。
なかでも定番が天地開闢なのですが、現代宇宙論からすれば、昔の人は宇宙のことを何も知らなかったから、
身近な「天と地」から宇宙がはじまったぐらいの理解しか出来なかったと見なされていることでしょう。
易では、「天地間に陰陽を配置し、その生成作用により万物が生じた」としているのですが、
易に詳しい人でも、これが現実の宇宙創世と関連していると思っている人は少ないのではないでしょうか?

陰陽論的宇宙は空間が分割されることによりはじまり、陰陽が分離して四象が生まれます。
四象は「天の四象」と「地の四象」に分かれます(これが天地開闢です)。これで八卦の状態になります。
「天の四象」が光子であり、「地の四象」が空間の枠を構成している格子にあたります。
ここまでは前記事までのお話です。宇宙生成において、一体、いつ頃の話をしているのだと思われる
かもしれませんが、空間分割はインフレーション、陰陽の生まれた状態がビッグバンといった感じです。
上の図には「光の海」があり、その次に「原子核の結合」の場面が描かれていますが、
「光の海」は素粒子のスタートで、「原子核の結合」はゴールのようなものですから、その間が重要です。
「天の四象」は光の海であり、ここから様々な素粒子が生まれたはずです。
易では、八卦の後にくるのは八卦を上下に並べる卦(六十四卦)です。卦は、上から「天・人・地」と
並んでいますので、「天の四象」を一番上に、「地の四象」を一番下において、卦をつくってみます。
「天の四象」が陽で「地の四象」が陰なので、これを電極とする電池をイメージしてみます。
地から天に向けて「四象」が舞い上がっていくように、新しいものが創造されるものと考えます。
このエネルギーの上昇が「龍」と言われるものです。
陰からは陽が生まれ、陽からは陰が生まれるので、陰陽の配置は下の図のようになります。
この配置における内卦(下卦)は「坎(かん)」であり、自然物としては「水」に相当します。
また、外卦(上卦)は「離」であり、自然物としては「火」に相当します。全体(卦)としては、
六十四卦の最後の卦である「未済(びせい)」です。この卦には、物事が未完成であるという意味が
ありますが、宇宙論でいえば、未完成というより物事が「はじまったばかり」という意味合いになります。
上の引用文では、道教神話の「やがて天地が分かれ、地の岩から水が流れ出た。原虫が発生し、
やがて龍が生まれた。」が最もイメージに近いといえるでしょう。
不思議の国の「みなみ」に登場する寺社には、「水」と「龍」が頻繁にでてきます。
特に、三井寺や泉涌寺は、泉が湧いて龍が祀られているので、天地創造のイメージそのものです。

四象「火・地・木(風)・水」のなかで、「木」と「風」が陰陽の変化をつける役割を果たします。
一方、「地」のほうは、この段階では「金」と「土」に分離していない状態であると考えられます。
四象のなかにある「火」と「水」は、場所を反転させながら、「地」から「天」に上昇していきます。
ここで、「水」は重たく、「火」は軽いと考えてください。
つまり、火になるところで「四象の分解」がはじまり、四爻では、陰である「水」を失います。
続く五爻では、陰になりますので、陽である「火」を失います。
そして、上爻にある光子につながります。
(爻の順序は下から上であり、一番下の爻から「初・二・三・四・五・上」と名付けられている)
この四爻と五爻はセットになって、ひとつの粒子として振る舞うようになります。
記事35-8の図に書かれているように、これがグルーオンです。
天地からは、まずグルーオンが生まれたのです。
では、二爻と三爻のセットはどうなったのでしょう?多分、重なり合って消滅してしまったのでしょうねぇ。


グルーオン図0

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2014_12_18


訳者解題 政治理論における方法とアプローチの多様性 (松元雅和 島根大学専任講師)
~政治理論入門――方法とアプローチ デイヴィッド レオポルド、マーク スティアーズ 編著~
(前略)要約すると、本書が対象とする「政治理論」とは、何らかの政治的事柄に対して何らかの価値
判断を下すため、一貫性や整合性、規則性をもった知見を得ようとする体系的思考のことである。
さて、この目標を達するために、政治理論家にはどのような道具立てが手元にあるだろうか。
概念分析か、経験的証拠か、弁証法的思惟か、古典的テクストか、あるいはアーカイヴ資料か……
以降の各章では、政治理論分野の第一線にいる研究者が、自らその手の内を明かしてくれている。
引き続いては、本書の構成に従い、読解に際して有用と思われる情報も織り交ぜながら、
それらの概要を紹介していきたい。
第1章 分析的政治哲学(ダニエル・マクダーモット)
本章を通底するもっとも基本的な主張とは、政治哲学が科学(science)に類似した取り組みであると
いう点である(第1節)。どちらも、比較的確信のもてる複数の事柄から出発して、一貫性や整合性の
観点からそれらの規則性(パターン)を浮かび上がらせることで、比較的確信のもてない事柄に対して
答えを出そうとする。科学が物理的世界(=「である」の世界)を対象とするのに対して、政治哲学は
道徳的世界(=「べき」の世界)を対象としている(第2節)。物理的事実を対象とする科学理論が検証
(テスト)に付されるのと同様、道徳的事実を対象とする政治理論も検証に付されうる(第3節)。
確かに、検証によって道徳的論争に決着がつかないことは多いが、それは科学的論争も同様である
(第4節)。それゆえ、科学理論によって確かめられる(科学的)真理と、政治理論によって確かめられる
(道徳的)真理は、前者の方が確実性は高いものの、それも結局は程度問題であるといえる(第5節)。
科学理論の役割が真理の発見にある一方、政治理論の役割は合意の形成にあると考えられるかも
しれないが、著者はそれに反対する。科学者と同様、政治哲学者の役割はあくまでも真理の探求にある。
それゆえ「政治哲学を、政治的アリーナで展開されている闘争を単に洗練させ、その延長線にあるもの
として捉えるべきではない」(34頁)(第6節)。

政治理論入門―方法とアプローチ政治理論入門―方法とアプローチ
(2011/07)
デイヴィッド レオポルド、マーク スティアーズ 他

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投票率 NHK NEWS WEB


衆議院選挙は自公の圧勝で終わりましたが、投票率の低さは、アベノミクスが信任されていないことの証
のようにも感じられます。アベノミクスをやめてほしいという意見はかなり多いように思いますが、
アベノミクス以外に何があるのかと考えると、「他にないな」ということになるのではないでしょうか?
アベノミクスの最大の特徴は後戻りができないことにあり、
アベノミクスの失敗のあとにくるであろう政治的、経済的混乱が今から心配になってきます。
現状では、日銀が国債を大量購入する限り、金利の急上昇は起こらないと考えられますが、
いつ、円の信認が失われるかは誰にも分かりません。
気をつけるべきことは「陽極まりて陰」に転ずることです。
これから徐々に円安になっていくとは限りません(そうならない可能性のほうが高い)。
例えば、来年は100円まで円高が進み、再来年は何かのきっかけで止まらない円安局面に襲われる
という可能もあるのです。この急激なレートの変動が、国内産業を疲弊させてしまうのです。
このように、陰陽論においては、全体的な均衡が重要であり、陰陽のバランスが大切です。
短期間の陰または陽だけの動きに囚われると本質を見失うことになります。

こういうときこそ、どろどろした世界から少し距離を置いていて、イデオロギーを超えて大局的観点から
意見をしてくれる「賢者」がいてくれたらなぁと思いますが、いまいち頼りになる人がいません。
賢者といっても、何か特殊な能力を持っている人という意味ではなく、単なる合意形成に留まらない
「こうあるべき」論をしっかり主張してくれる人です。
自由、平等、公正、効用、徳など政治として欠くことのできない価値のバランスに配慮しながら、
国の政策の妥当性や正当性を示してほしいのです。アプローチも検証も、とても難しいでしょうが・・・

自然科学はいくら発展しても「である」の世界しか扱いません。
原子爆弾を使えば、多くの命を奪うことができることは計算で証明できるでしょうが、
自然科学は原子爆弾を悪とは言いません。
自然科学には、善悪はないのです。それに比べて、社会科学には、「べき」論があります。
社会科学も、自然科学の影響を受けて、「である」論が多いことは残念なことです。
「べき」論と「である」論は陰と陽であり、どちらも必要で、対立しつつも相互依存しているのですが、
現代は「である」の世界の解明に偏りすぎているように思います。「である」の世界にこだわりすぎる
ことが、逆に、合理性を欠いた思想への傾倒を人々(特に若者)に促すのです。
自然科学にはできない科学を発達させることは、今後、非常に重要になってくるように思います。

易では、宇宙の流れに合わせることは「善」であり、宇宙の流れに反することは「悪」です。
人間の振る舞いを宇宙の精神に合致させるべきだと主張しているのです。
「である」の世界観としては、易の宇宙生成論は欠陥があるように思われるかもしれませんが、
「べき」論のアプローチ法としては重要です。宇宙と人生は密接に結びついているのです。
空間分割が終わった宇宙は、「易に太極あり、これ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず。
八卦は吉凶を定め、吉凶は大業を生ず」に基づいた変化を起こします。
四象まではこれまでの説明と同じなのですが、八卦のところは様々な解釈ができるような気がします。
しかし、「五行思想」からみると、木・火・土・金・水の五つの元素は、天地間に循環流行して万物を
生じるものであるとされていますから、五つの元素が生まれる場である「天と地」が宇宙に創られて
いなければなりません。その場が、八卦ではないでしょうか?
「天」が動であり「地」は静とされますが、万物の生成には、「天」の能動的な動きだけでなく、
「地」の受動的な働きも必要なのです。物理的なイメージで捉えると、
八卦を構成する2つの「四象」のうち、「天で示された四象」が「光子」であり、
「地で示された四象」が「空間を構成する格子」であると考えられます。どちらも「こうし」です。
これが宇宙の嚆矢(こうし、物事のはじまり)です。
「天地開闢」の物語はここからはじまります。


陰陽分極宇宙


2014_12_16


中村修二氏が語る、青色LED開発前に学んだ2つの重要なこと(10月8日 日経テクロジーonline)
営業活動で顧客の意見に耳を傾け、クレーム処理まで対応した10年
(前略)私が着手した時には、既に多くの大手メーカーが青色LEDの開発を精力的に進めていた。
後発で遅れを取り戻すために私が選んだのは、大手が採用していない材料を使うという戦略だった。
当時、大本命と目されていた材料はセレン化亜鉛である。それを避け、一部の大学などしか手掛けて
いなかった窒化ガリウムを選んだ。セレン化亜鉛の方が成功率は高いだろうし、多くの論文があるので
追随も楽。それは分かっていた。けれど、それをやってもしょせんは大手の後追いである。
もし開発に成功しても、ビジネスでまた負ける。
技術開発は、計算通りにはいかないから面白い。むしろ、ギャンブル的な要素が強いのだ。
ギャンブルは、大負けすることもあるが、大もうけすることもある。研究開発も似たようなものだと痛感
している。誰も手掛けていない開発テーマを選ぶことは、ハイリスクではあるが、ハイリターンなのである。
ほかの研究者と同じことをやっていては、大損しない代わりに、大当たりもしない。
(中略)結局、自分を信じて、自分の考えに従って研究や開発、仕事に取り組むべきということだろう。
そうすれば、おのずとオリジナルの開発テーマを選ぶことになる。青色LEDの研究を始めるに当たっては、
意図的に論文や特許をあまり読まないようにした。それによって、独創的なアイデアが生まれ、
多くの特許を出願できた。それまでは、全く逆で多くの論文や特許を読んだ。
すると、無意識のうちにどうしてもそれをまねしてしまう。人のまねでは、オリジナルな研究はできない。
自分だけのオリジナルが、研究開発では最も重要な財産なのだ。
ただ、優れた技術はそのまま売れる製品には直結しない。製品とは顧客が必要とするものだからだ。
優れた技術とは、単に技術あるいはサイエンスを追求しているだけである。それでは売れない。
私もそうだったように、研究者はどうしても理論に走りたがる傾向がある。しかし、企業は理論では
メシが食えない。技術、あるいは製品を売り上げ、利益を上げることが最も大事なのだ。

ノーベル賞
<出典>毎日新聞のニュース・情報サイト:ノーベル賞授賞式を終え、物理学賞のメダルを手に記念
写真に納まる(左から)赤崎勇・名城大終身教授、天野浩・名古屋大教授、中村修二・米カリフォルニア大
サンタバーバラ校教授=スウェーデン・ストックホルムで2014年12月10日午後5時51分(代表撮影)

中村修二の反骨教育論: 21世紀を生き抜く子に育てる (小学館新書)中村修二の反骨教育論: 21世紀を生き抜く子に育てる (小学館新書)
(2014/12/01)
中村 修二

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日本では、成功した人が現れると、必ずと言っていいほど、「あの人が成功したのは他人より努力
したからだ。」という意見が出ます。勿論、普通の人より努力していることは間違いないでしょう。
苦労なくして成功した人などいません。問題は、同じような成功を目指したライバルより努力して
いたか、いや、ライバルより努力したことが成功の原因になったかということです。
そのように考えると、やはり、「運がよかった」という要素も無視できません。
「運も実力のうち」ですから、ギャンブル的に技術開発に成功したとしても、成功した人の偉業が
減じられるものではありません。個人の場合、「当たるも八卦当たらぬも八卦」は仕方がないような
感じもしますが、組織としては、運に頼ってばかりもいられません。
個人のひらめきや天才的能力に依存しなくても運営を可能にするのが組織の役割であるとはいうものの、
中村氏のような異才を排除するのが日本企業のシステムになっているのは残念なことです。

では、なぜ日本がこれまでうまくいっていたかというと、それはある面、運がよかったからです。
しかし、これから起こるであろう日本の困難は、運任せで解決できるようには思えません。
最大の問題点は、トップの能力不足です。
とにかく、日本ではトップが責任をとりません。何かが起こると、トップは責任のがれに終始します。
スティーブ・ジョブズがいかに技術に精通していたかを考えると、日本の経営者がどこまで技術を
理解しているのかは甚だ疑問です。どの技術やサービスが重要であるかを見極めることが大切であり、
それが分からないようでは経営者失格です。
日本のエレクトロニクス企業ではなく、アメリカ企業であるクアルコムが、スマートフォンの核心的技術
であるデジタル通信、MPU(マイクロプロセッサ)を制しているのです。皆が横並びで無用な競争に
明け暮れ、キーテクノロジーはアメリカ任せでは、グローバル競争に勝てるはずがありません。
まあ、経営者の問題はその企業のなかのことですから、その企業にいない人間には関係ないと
いえばそれまでですが、国の問題は国民としてほっておくわけにはいきません。
それにしても、どうして、日本には優秀なリーダーが現れないのでしょうか?
現リーダーが替わるともっと悪くなりそうだという日本の現状が、絶望感をさらに深めます。
個人としては、そのなかでうまく振る舞う必要があります。
今までは「いかに組織に従順であるか」ということが大切でしたが、これからは、「国や組織の動きを
未来にわたって察知して、臨機応変に振る舞う」ことが必要になるのではないでしょうか?

スケールアップしまして宇宙の話をしますと、宇宙の場合、リーダーの資質には問題がありません。
宇宙について、人間が理解できても理解できなくても、完璧な状態で存在しています。
個人が組織とどのようにかかわっていけばよいかが難しい問題になっている現在は、
易経に見習って、宇宙の精神を学ぶべきときなのかもしれません。
ここで、ひとつ重要なことがあります。それは、「何が現実か」を判断することは難しいということです。
空間全体の大きさが変わらなくても、空間がどんどん分割されていくことはわたしたちにとっては、
宇宙が膨張しているのと同じことになります。
自らを取り巻く環境を客観的にみるのは難しいのです。


空間分割宇宙


2014_12_14


易の思想  ~易経(上) 高田真治・後藤基巳訳~
生成と発展 (2)繋辞伝を中心として観たもの
(前略)天地が相交わって万物生成の作用をなすについては繋辞下伝に「天地絪縕(いんうん)して、万物
化醇(かじゅん)す」とあり、天地陰陽の二気が相絪縕交密して万物の発生醇化することをいっている。
かくして天地陰陽の気が相交わって万物を生成することを指して、一陰一陽の道というのである。
その作用の至妙にして測るべからざるものを指して、繋辞上伝には、「陰陽測られざる、これを神と謂う」
というのである。また同じく繋辞上伝には、「形而上なるものこれを道と謂い、形而下なるもの之を器と謂う」
とあって、形器に現れるものと、形器に現れないものすなわち無形なるものに分かっているが、
陰陽を二気として考えれば、形器に現れるものすなわち有形なもののように考えられるが、現象としての陰陽
ではなくて、現象を起すところの原動力たる陰陽として考える時は、それは単なる科学的分析が行ない得る
物質ではなくて、剛的なものと柔的なものとの抽象的形而上的なものとして考えられなければならない。
要するにこのような陰陽二気の妙用が、万物の生成と発展との根原となり、その作用と応用とが、
宇宙と人生との各般にわたって説明されているのが、易の思想である。
宇宙と人生 (2)性命、道徳、窮理、知命、神明、占巫
宇宙精神を体して自彊不息の努力と修養を勉めることが、易の思想における道徳に対する理想である。
繋辞上伝には「一陰一陽これを道と謂う。これを継ぐものは善なり、これを成すものは性なり」といっている。
陰陽の変化循環が無窮の作用をして宇宙の生成と発展と調和と統整とを為しているのであるが、
この宇宙精神に合するものが、すなわち善であるのである。
道徳的にあるいは仁となし義となし礼となし智となすものは、決して人間の約束に依って仮りに
制約されたものではなくて、実に善なるものは、宇宙精神に合体するものでなければならないのである。
仁者はこれを見てこれを仁といい、知者はこれを見てこれを知というが、これは生成と発展の宇宙精神を
道徳的に活用した場合の呼称である。継ぐとは子が父の志を継ぎ父の業を承けるというようなものであって、
人間が人間の親であるところの宇宙の精神を継承することをいうのである。
しかして人間には先天的にこのように宇宙の精神を認識し、これを継承して道徳的修養をして、さらに
これを事業に施す能力がその本性の中に具在しているのである。(記事35-3で本の紹介をしています)

易―中国古典選〈10〉 (朝日選書)易―中国古典選〈10〉 (朝日選書)
(1997/02)
本田 済

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陰陽論が難しくなる原因のひとつに、形而上的なものであるために、陰陽そのものが計測不能である
という点があります。形而上とは、感覚や経験を超えた真に実在する世界であり、
現象を起こすところの原動力が存在する世界です。
真に実在する世界という言いかたですと、精密な計測機器があれば測定できそうな感じがするので、
この世界を「イデアの世界」と呼ぶことにします。
この「イデアの世界」は架空の世界ではなく、実体を持っています。
その実体を説明するのに分かりやすい例が、「重力」です。
易の基本に「天と地」がありますが、その間で起こる出来事は「重力」の影響を受けます。
わたしたちが地球の地面に立っていられるのは、重力のおかげなのです。

下の図では、重力がどのようなものなのかを示しています。イデア空間において、
エネルギーの大きな空間は大きな体積を持っています(図は誇張して書かれています)。
真空の空間もエネルギーは0ではないので、一定の体積を持っています。
繰り返しますが、これはイデア空間のことですから、直接、測定することはできませんし、
わたしたちがイデア空間を感じることもありません。
イデア空間は体積が一定であり、大きくなったり小さくなったりはしません。
高エネルギー空間が存在すると、他の空間は無理やり押しのけられた状態になります。
この状態は不自然な状態であり、元の(均等に空間が区切られた)状態に戻ろうとします。
高エネルギー空間に近い場所では、元の位置と現在の位置が大きく異なっています。
高エネルギー空間により無理やり押しのけられた場所にいるとき、
元いた場所に戻ろうとする力が重力です。
わたしたちがイデア空間を感じことはありませんので、図で示す「元の状態」が現実の世界です。
しかし、イデア空間によって発生した原因は、現実の「力」になります。
「イデアの世界」自体は直接、体験ができない世界なのに、「力」はわたしたちの現実になるのです。

太陽は大きな質量を持っていますので、高エネルギー空間を形成しています。
実際に、太陽の周囲では光が曲げられるので、イデアの世界を観測することができます。
しかし、普通に考えれば、質量の大きなもののそばでは光が曲がるという事実があるに過ぎません。
光が曲がるのではなく空間が歪んでいるのだという説明は、相対性理論があるからできることで、
測定結果だけから導き出せるものではないのです。
同じように、イデアの世界を理解するためには、感覚的なことや経験的なことだけでは無理です。
イデアの世界とわたしたちの人生を結びつけるためには、
易を理解する必要がありそうです。


重力のしくみ


2014_12_12


四つの原理 (源泉 知を創造するリーダーシップ ジョセフ・ジャウォースキー)
[1] 宇宙にはひらかれた、出現する性質がある。
一連のシンプルな構成要素が、新しい性質を持った新しい統一体として、自己組織化という、より高い
レベルで突然ふたたび現れることがある。そうした出現する性質について原因も理由も見つけることは
できないが、何度も経験するうちに、宇宙が無限の可能性を提供してくれることがわかるようになる。
[2] 宇宙は、分割されていない全体性の世界である。
物質世界も意識も両方ともが、分割されていない同じ全体の部分なのだ。

存在の全体 ―一つの物であれ、考えであれ、出来事であれ― は、空間と時間それぞれの断片の中に
包まれている。そのため、宇宙にあるあらゆるものは、人間の意思やあり方を含め、ほかのあらゆるもの
に影響を及ぼす。なぜなら、あらゆるものは同じ完全なる全体の部分だからである。
[3] 宇宙には、無限の可能性を持つ創造的な源泉(ソース)がある。
この源泉と結びつくと、新たな現実 ―発見、創造、再生、変革― が出現する。私たちと源泉は、
宇宙が徐々に明らかになる中でパートナーになるのである。
[4] 自己実現と愛(すなわち宇宙で最も強力なエネルギー)への規律ある道を歩む
という選択をすることによって、人間は源泉の無限の可能性を引き出せるようになる。

その道では、数千年にわたって育まれてきた、いにしえの考えや、瞑想の実践や、豊かな自然の営み
に直接触れることから、さまざまな教えを受けることになる。


源泉――知を創造するリーダーシップ源泉――知を創造するリーダーシップ
(2013/02/22)
ジョセフ ジャウォースキー、Joseph Jaworski 他

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記事4-7に紹介しています「出現する未来」とこの「源泉」のどちらもU理論を扱っていますが、
「源泉」のほうがU理論を深く理解しようとしており、内容も奥深いものになっていて難解です。
難解な理由のひとつが、「源泉(ソース)」は定義できないものだとしていることです。
つまり、上の引用の[3]について言うと、 「宇宙には、無限の可能性を持つ創造的な?がある。」
と言っているに等しく、そこから新たな現実が出現するというのです。
「源泉(ソース)」が確認できないものである以上、「はいそうですね」とは言えません。
かと言って、ないことも確認できないわけですから、「それは存在しない」とも言えません。
このような話をするといかがわしい宗教のような気がしてきますが、そうではないのです。

この本にはボームの考えかたがよく登場しますが、ボームの専門である量子力学は不思議な世界です。
サイコロの目のうち1~6がでる確率はそれぞれ1/6ですが、サイコロを1回だけ振れば、どれか
ひとつの目しかでません。サイコロの場合はサイコロという物があるので何も不思議がないのですが、
素粒子の世界ではサイコロは実在せず、サイコロの目の出る可能性が確率的に存在しているのです。
確認するには人間が測定しなければなりませんが、測定すればサイコロの目はひとつしかでません。
後のサイコロの目がでる確率はどうなってしまったのでしょう。
人間が観測を行った瞬間に確率の世界が消え、サイコロの目がひとつになってしまうのでしょうか?
ということは、人間が、確率の世界を確定の世界に変換しているということになります。
それとも、他の目がでる世界も実は存在するのですが、観測した瞬間に、特定のサイコロの目がでた
世界しか認識できなくなるのでしょうか?つまり、人間の意識というものは世界のすべて状態を
認識しているわけではなく、ひとつの世界だけを認識しているのでしょうか。
確率がなくなる瞬間とはどんな状態なのでしょうか?
どちらにしても、宇宙で現実に起こっている現象は現象そのものとして完全に人間によって観測すること
ができるものではなく、人間の意識とその現象との相互作用でしかないと考えるしかありません。
人間の意識が現象の一部分しか把握していないと
すれば、定義不能な「全体」があるはずです。

「源泉(ソース)」をこのようなものと考えれば、単なる妄想とは思えません。

さて、陰陽論において、動かない「四象」である真空と止まらない「四象」である光の関係を考えると、
測定結果が全体をとらえていない様子がよく理解できます。
その原因となるのが、すべてのものが存在している空間を「真空」とするわたしたちの認識です。
これを、色即是空と言います。
仏教語では、「色」はこの世のすべての事物や現象。「空」は固定的な実体がなく空無であること。
陰陽論では、すべてのものが重なり合うと0になります。何かが欠けていれば0にはなりません。
何かがあるから電磁波は伝わるわけで、空間がなければ光は進むことができません。
真空には、ヒッグス場に対応する、「火・水」の反転する場所がありますが、この場所で、
光は四象の「火・水」を反転させることができるため、ヒッグス場の影響を受けません。
つまり、質量は0であり、エネルギーは「木(風)・地」の、つまり電磁波によるものがすべてです。

止まらない「四象」である光が進んでいる様子は、わたしたちにはどのように観測されるでしょうか?
光は真空の「火・水」を打ち消すように進んでいきますので、光の「火・水」の部分は「空」になります。
つまり、光が真空中を進んでいるとき、光には粒子性はなく、単なる電磁波であるようにしか
観測されないのです。ところが、光が何かにぶつかると、突如、粒子性が発揮されます。
真空を去った瞬間、「空」として何も観測されない部分は、「火・水」になるからです。
これを、空即是色と言います。

ちなみに般若心経の続きは、「受想行識亦復如」です。
物事を思ったり、感慨を受けたり、何かを意図したり、認識したりすることも
実体のないもの=空なのです。
観測結果が当てにならないのも当然のことなのかもしれません。


光の二重性


2014_12_10


自らの死体を見た者に祝福あれ (OSHO TAO 永遠の大河 3)
(前略)あなたは生と直面するために何度も何度もそれ(答え)を準備する
ところが、くり返し、くり返し それは失敗に終わってしまう
そのわけは どんな既製品の答えも役になど立たないからだ
生は一貫していない 生というのはまったく頼りにならないのだ
(中略)けっして既製品の答えを持って生の中へはいってゆかないこと
さもなければ あなたは絶対の生に出会えないだろう
あなたは用意をし、準備をととのえるために時間を無駄にし
これから今度は生を取り逃がした後になってまた時間を無駄にする
(中略) あなたは何かを用意し 実際には何か別のことをやり
おまけに、自分としては何かほかにやりようがあったと後悔する
そうやって時間が無駄になってしまう そしてその間にも生はそこを流れていく
それなのにあなたはガラクタを集めてばかりいるのだ
(中略)だから目的地(ゴール)のことなど気にしなくていい
最初の一歩は、同時に最後の一歩なのだ 始まりが終わりなのだ
この瞬間がすべてなのだ 千里の旅も一歩から始まる
目的地(ゴール)のことは心配しなくていい ただ、最初の一歩を踏み出すことを楽しみ
その中に歓喜しなさい そうすれば 二歩目は一歩目から自然にでてくるだろう
そして、三歩目がその後に続く あなたがそれに心配する必要はない
明日は明日にまかせるがいい 明日のことを思うなかれ
楽しみなさい! この一歩はビューティフルだ
そうやって手段そのものが目的と化すほどにそれを楽しむがいい
このことが理解されねばならない
さもなければ あなたはいつも取り逃がしてばかりいるだろう
というのも、あなたは旅に疲れ果て
きっと目的地(ゴール)のことを夢に見るだろうから―
しかし、どうして くたびれた旅がよろこびに満ちた目的地(ゴール)につながるだろう?
(本の紹介は記事28-3に記載)

成功したければ目標は立てるな―「世界一の教え」富と強運をつかむ36のセオリー成功したければ目標は立てるな―「世界一の教え」富と強運をつかむ36のセオリー
(2009/06)
後藤 勇人

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成功したければ、自分を変えるな! ―すべてが自然にうまくいくディクシャの秘法成功したければ、自分を変えるな! ―すべてが自然にうまくいくディクシャの秘法
(2010/06/15)
寺田 和子

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自己啓発本を読む人はノウハウを求めたがるものです。人生を変えたい、変えるための何かが
ほしいと思った場合、ついついすぐ効果のある応急処置的な方法を探したい誘惑にかられます。
そして自己啓発本によくあるのが、目標を立てて、それを実現するために努力するということです。
しかし、oshoの本を読んでできることといえば、「答えを用意しておかない」ことぐらいです。
毎日が楽しいと思っている人は、自己啓発本など読みません。
今がダメなら、バラ色の未来を思い描かざるを得ないわけですが、
oshoは「今を楽しみなさい」と言っているわけですから、スタートがゴールになっているのです。
また、自己啓発本には、読むことでやる気のでるようなことが書かれていますが、
oshoの本をいくら読んでもやる気はでません。「自己を高める」ことを目指す本の多くには、
「身につけた知識を行動に移さなければ、人生に変化は何ら起きない、さあ行動だ。」
と書かれていますが、oshoが主張しているのは「無為」ですから、
できることといえば、無駄な行動を起こさないようにすることぐらいでしょうか?
「人生を変えたい!どうすればいいですか?」と聞かれれば、
oshoは「では、変えなさい」と、一言だけ答えるような気がします。
「それをやりたいのです。」 「ではしなさい。」
「それをやりたくないのです。」 「ではやめなさい。」
「人生を無駄にしたくないのです。」 「ではそうしなさい。」

わたしたちにとって最大の問題は、
人生を無駄にしているという実感が持てないこと。
なぜなら、周囲にも同じような人ばかりだから。
ある人は、自分が気づけないものは存在しないものとして無視してしまいます。
そうすれば気づける可能性は非常に小さくなってしまいます。
また、ある人は、自分が気づけないものを存在するものとして信じてしまいます。
信じてしまうと、それがあるのは当然とみなすようになってしまいますので、
知らないものに気づくというチャンスを捨てているということになります。
神様は、人間に神への信仰を要求してはいません。
神様を信じていても、幸せになれるとは限らないでしょう。しかし、
神様に気づいている人は今を楽しめるでしょう。

人生に定められた道があれば、何かに「気づく」必要はなくなってしまいます。
人生に定められた道がないことは、「神の恩恵」なのかもしれません。
今、自分が一歩も前進できていないことを憂う必要はありません。
はじめの一歩は最後の一歩になるのですから・・・

竹林


2014_12_08


土水火風空(クウ)、五大(六大)要素ほのめき.net /日高見 弾のホームページ > 土水火風空)
五つの諸力と、五大(六大)要素
映画「フィフス・エレメント」でも取り上げられた、第五要素とは一体何であるのだろうか。
第五要素、それは空(クウ)の諸力であり、無源にもつながっていき、自己の魂(ミタマ)に対応している。
古代より人類は、表現世界を構成する根源的なものが何であるのか、様々に探究し、考察してきました。
特に神的な哲学の領域、宗教、神秘主義といった領域で。
古代インド哲学の五大、六大。地(土)水火風空(クウ)の五大と、六大の識。
古代ギリシャ哲学では、地(土)水火風の四大と第五番目の要素として「ト・アペイロン
(無限定なるもの、無限なるもの)」を捉えていました。古代中国の陰陽説と、五行説の木火土金水。
こちらも本来はインドやギリシャの五大と対応させることが出来たと思われます。
古代メソポタミア、中近東の文明でも五大に相当する哲学があったはずです。古代バビロニアで
代表される占星術には、土水火風の四大に十二星座を四分類する考え方が知られています。
こうしてざっと見てくると、人類の古代文明の地には、共通して五大や六大(あるいは四大)
といった形で、表現世界を構成する根源的な何ものかを探究していたし、その考え方が進化した
現代人の世界にも引き継がれていて、五大や六大の本当の意味とは何であるのか、
明らかにされるのが待たれていたように思います。佐田靖治氏が、神界コースで宇宙浄化宇宙変革
の仕組みを押し進めていった結果、この五大、六大とは何であったのかが明らかになっていきました。
大宇宙に対して、人体を小宇宙と見る考え方は古代からあるわけですが、この宇宙には
表現世界を構成する諸力(しょりょく)という、一種のエネルギーが存在しています。
大きく二十五種あると言われる諸力ですが、細分化するともっと膨大に別れるともされています。
その代表的な諸力が、土水火風空(クウ)の五種の諸力です。
そして、人体を構成し、宇宙を構成する基本的な要素としての五大要素、六大要素でもあります。
五大要素というのは、ミタマ(魂)要素、意識要素、体(たい)要素、エネルギー要素、素材要素の
五大です。これに第六要素(六大要素)として生殖器要素を別立てにする考え方がありますが、
この説明はなかなか大変になりますので、ここでは省略しますけれども。
そしてこの五大要素と五つの諸力は、それぞれ対応しています。
 空(クウ)の諸力 = ミタマ(魂)要素、風の諸力 = 意識要素
 火の諸力 = 体(たい)要素、水の諸力 = エネルギー要素、土の諸力 = 素材要素
(中略) 表現世界の構成を、五大(六大)要素で考えるか、そこから第五要素の空(クウ)が
欠落した四大で考えるかでは、大変大きな違いがあって、そこには宇宙創造段階での
不具合の問題があり、簡単に説明することが出来ません。
ですが、五大要素(第五要素)である空(クウ)を欠落させてしまうのは、宇宙レベルでミタマ要素
が食い潰され、ミタマ要素に対応する二つの神界が潰されていたことと関係があって、
ただ単なる人間界での思想哲学の不備とだけ言うわけにはいきませんが。
(中略)第五要素(五大要素)とは、空(クウ)の諸力であり、ミタマ要素であること。人生道、
求道でミタマ(魂)を磨いていくことが、神界コースの人生道、求道の基本であること、
そこから新たな人間の可能性が開かれていくことを考えてみると。
五大要素(六大要素)と五つの諸力の問題は、百人いれば百通りの解き方が出来るし、
さまざまな取り組み方が出来る問題であり、課題なのであろうと思われます。

空海は,すごい 超訳 弘法大師のことば空海は,すごい 超訳 弘法大師のことば
(2014/02/13)
苫米地 英人

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日本では、空海が「六大」すなわち「地大」「水大」「火大」「風大」「空大」「識大」という、
六つの根源的なものが宇宙の万物を構成しており、仏も人間も本質的な違いはないと説いたことで
知られています。しかしこれは、「六大」の考えを仏の世界に広めたことが新しいことだったわけで、
「六大」という考えかたそのものは、古代インドに既にあったのです。
「六大」、「五大」、「四大」という考えかたは世界各地にあるので、どれも似ているように思えますが、
古代インド、古代ギリシャで言われている「地水火風空」の五大と
古代中国の陰陽五行論で言われている「火水木金土」は根本的に異なります。
陰陽五行論では、「四象」のひとつである「地」が「金」と「土」に分離していることを示していて、
5つの要素の関係は並列の関係にあります。一方、「地水火風空」の「空」は全く違います。
「空」は、「地水火風」をすべて含んでいて、かつさらにそれらより大きな概念なのです。
一言でいうと、「空」は空間を構成する真空のことです。真空は何もないところと思われてきましたが、
何もないというより、すべてがあるから0になっている「場」と考えたほうがよいように思います。

これまでこのブログでは、「四象」を「火地木水」と呼んできましたが、陰になったときは「風」であり、
陽になったときは「木」になる部分は、電場として+-が変換している状態では、「(±)木」と呼ぶことも
「(±)風」と呼ぶことも可能であり、上の引用にある「地水火風空」は、「空」+「陰陽論でいう四象」
を表現していると考えられます。ここでは、「土」は「地」と同じ意味に用いられているようです。
この考えをもとにすると、記事35-7で示している、外宮にあるとした「火土風水」も、
単に「四象」の状態を意味しているのかもしれません。

実は、「空」も実体は「四象」と同じです。
電磁波として光速で移動する「四象」が光であり、止まっている「四象」が空間を構成しています。
空間を構成している「四象」は周期(波が1回振動するのに要する時間)が無限大だと思われます。
v = λ/Tですので、波の速度は0ということになります。つまり、この「四象」は移動しません。
それ自身が移動している「四象」(光子)も、単に、隣に波を伝えているだけという見方もできます。
では、空間を構成している「四象」は、どのように配置されているのでしょうか?
動的な場(風-地)は集まりたがる性質を持っているので、「四象」は、風の破片同士、地の破片同士で
並び合う配置になります。これには1つのパターンしかないので、空間における「風-地」の模様は1つに
決定されます。一方、静的な場(火-水)は、火(+)同士、水(-)同士が反発し合うので、
火と水が交互に並ぶ配置になるのです。そうすると、図で示したように、2つのパターンが現れます。
2つのパターンといっても反転させれば同じなのですが・・・
個別の「四象」(粒子)は回転できるが、
空間を構成する「四象」は回転できない。

2つのパターンが交互に現れるのが、最も効率的でない(ポテンシャルエネルギーが高い=不安定)
ので、どちらかのパターンだけにするのが最も安定なのです。しかし、そのとき、対称性は失われます。
宇宙のはじめはエネルギー状態が高いので、パターンは固定されていなかったでしょうが、
宇宙が冷えてくるとは1つのパターンが主流になる(どちらかのパターンが主流になっているのですが、
区別する名前をつけるのが難しい)のですが、完全にワンパターンにはなりません。
どちらかのパターンのみになろうとするものの、どちらも同じ確率で発生するものであるため、
中途半端な状態になってしまいます。それが今の宇宙の真空状態です。パチンコ玉を左右対称に
なるように打ったとしても、ひとつのパチンコ玉にとっては、右にいくか左にいくかのどちらかです。
宇宙がたくさんあれば、さまざまな斑模様の真空ができているでしょう(確認することができない)。
宇宙は冷える過程にあるので、物質が冷えるときの例のほうが適切かもしれません。
ポリマーが冷えて溶融状態から結晶状態に変わるときも、冷える速度が大きいと、分子鎖が
最適な配列をする時間的余裕がありません。そうなると、秩序のない状態(非晶)が多く現れます。

宇宙の冷却過程において、真空に斑模様ができることによってヒッグス場が生まれました。
その斑模様の程度は、エネルギーを与えて場から粒子を取り出すと、質量130GeV程度の
ヒッグス粒子であったということです(一般的な説明では、ヒッグス場が原点で0ではない
位置エネルギーを持っているので、非対称なエネルギー最低状態に落ちたということだけです)。
ヒッグス粒子は陽子の約130倍という質量の大きな粒子であり、検出には大きなエネルギーが必要
なので、大きな施設がいるのです。
真空は0だと言いましたが、結局のところ、真空は完全には0になっていません。
わたしたちの宇宙の冷える速度はかなり速いものであったと言えるのかもしれません。


土水火風空


2014_12_06


中谷彰宏の名言 (地球の名言 > 中谷彰宏の名言第1~7集)
・完成したものは滅びるのみです。完成の途上にあって完成を目指すものは、永遠に滅びないのです
・面白いから一生懸命やるのではない。一生懸命やるから、面白いのだ。
・アメリカの刑務所に行くと、前科何犯という人が将来の夢を語る。
 私たちは夢から降りるのが早すぎるんじゃないか。
・25メートル泳げるようになれば、何キロでも泳げるようになります。
・海では溺れるよりも、体温が下がることで死んでいく。絶望が体温を奪い、希望が体温を上げる。
・人生の長さは寿命で決まるのではありません。何年死ななかったかではなく、
 何年好きなことをして生きたかなのです。いくら長く生きても、好きなこともしないで、
 ガマンして生きたら、生きたことにならないのです。
・あの人だからできたんだと言った時点で、「失敗者協会」に自ら入会している。
・器用な人は発明家にはなれません。そんな便利なものをわざわざ発明しなくても、
 生活に困らないからです。頭が悪くて内向的で不器用な人が、世の中を進化させるのです。
・人生もデートも、自分の力で口説いてはいけません。相手の力で口説くのです。
・「コースをはずれたら地獄だよ」と学校で教わった。本当は、コースの中が地獄なのに。
・どっちが勝つかわからない。ただし、見物客が勝つことだけはない。
・上司に理解されるようになったら、あなたが時代遅れになった証拠。
・すべてのことを合理的に、計算でピッタリ合うようにやっていたら、その人はそこで止まってしまうんです。

人生は成功するようにできている (PHP文庫)人生は成功するようにできている (PHP文庫)
(1999/04)
中谷 彰宏

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ヒッグス粒子の場
ILCの物理 > 質量の起源は?(ヒッグスの海)


陰陽論で言えば、中谷氏の発想は「太陽」、すべてポジティブです。
確かに、「人生は成功するようにできている」と思うほうが、「人生は成功するようにできていない」と
思うより成功確率は高くなるような感じもしますが、中谷氏の本を読んで本当に成功した人がどれくらい
いるのでしょうか?本を読んだときだけ気分を高揚させてもあまり意味はありません。
それどころか、無理に自己暗示をかけて「人生は成功するようにできている」と思い込んでいると、
現実の厳しさを痛感させられる事態が起きて、「陽転じて太陰となる」ような気がして心配です。
そのように考えると、あまり気分を高揚させることなく、「当たるも八卦当たらぬも八卦」
くらいの気軽な心構えで、何かにチャレンジしていたほうがいいように思います。とは言うものの、
中谷氏の言葉には、「いいこと言うなぁ」と感心させられるものがたくさんあります。
本記事で紹介している本には、「自分が閉じ込められている牢獄の格子は実は、がら空きだ」
という言葉がありますが、これに付け加えるならば、
「その牢獄は実は、自分がつくりだしたものだった。」
自分で牢獄をつくりだし、その牢獄を他人や社会のせいにし続けている人は、
どんな時代でもどんな社会でも同じことをし続けるでしょう。
自分が閉じ込められている牢獄をつくりだしているのが自分であることに気づくまでは・・・
そのことに気づくと、簡単に牢獄から脱出できるのかもしれません。

さてさて、クォークがハドロン(例えば、陽子や中性子)内に閉じ込められている理由として、
クォーク間に「強い力」が働いていて、その力はグルーオンを交換することで生じるとされています。
この強い力には、重力や電磁気力にはない特徴があります。
重力や電磁気力の到達距離が無限大なのに対して、強い力の到達距離は10-15mしかないのです。
強い力なのに!弱い力も到達距離は短いのですが、弱い力を媒介するウィークボソンの質量が
非常に大きいことがその理由とされています。しかし、強い力を伝えるグルーオンの質量は0です。
ならば、同じく質量0の(電磁気力を媒介する)光子と同じように、力の到達距離は無限大になっても
いいのではないでしょうか?また、強い力には、電磁気力のような斥力はないのでしょうか?
重力と電磁気力の強さは物質間の距離の2乗に反比例しますが、強い力は距離が離れる程その力は
強くなるのです。このため、ハドロン内のクォークは離れることが出来ないのだそうです。
本当に「強い力」は実在しているのでしょうか?
陰陽論からすれば、力には電磁気力しかないように思えます。(弱い力は電磁気力の仲間)
もうひとつあるとするならば、何かがそこを専有すると、他のものを侵入させない力です。
わたしたちが壁や塀をすり抜けたりできないのと同じです。
ハドロン内ではクォーク同士が引き合っているのではなく、クォークが外に出ることができないような
環境があるだけなのではないでしょうか?その環境はグルーオンでできているのですが、
そのグルーオンにその環境をつくらせているのはクォーク自身なのです。
複数のクォークが自分たちの周囲に自分たちがいるのに適した環境をつくりだしてしまったために、
ヒッグスの海にでることができなくなったと考えればいいのではないでしょうか。
イメージでいうならば、海のなかに存在する気泡を構成する窒素や酸素の分子といった感じです。

ただ、ヒッグスの海が現実の海と違うのは、現実の海では速度を持つと抵抗を受けるのに対し、
ヒッグスの海では、質量を持っていても速度を変えなければ抵抗を受けないことです。
ただし、抵抗を受けないためには等速でも曲がってはいけません。
(続く)

ハドロン内部


2014_12_04


はしがき ~量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」 岸根卓郎著~
(前略) このようにして量子論は、私たちに、「<人間の心>こそが<宇宙を創造>するから、
<人間の心>なくしては<宇宙の姿>(宇宙の存在)も<宇宙の声>(宇宙の真理)も解明しえない」
ことを「科学的」に立証した。そればかりか、量子論はまた、「宇宙も人間と同様に<心>を持っていて、
<この世のあらゆる事象>は、そのような<宇宙の心>と<人間の心>の<調和>(相互作用)に
よって成り立っている」ことをも「科学的」に立証した(コペンハーゲン解釈)。
しかも、そのことを傍証しているのが、驚くべきことに、2000年も前の「東洋の神秘思想」にいう、
「天人合一の思想」(宇宙の心と人間の心は一体である)であり、同じく「西洋の理論思想」
(ライプニッツによる)にいう、「大宇宙と小宇宙の自動調和」(大宇宙の神の心と小宇宙の人間の心は
自動的に調和している)であるといえよう。さらに、「量子論」は、「<宇宙は心>を持っていて、
<人間の心>を読み取って、その<願いを実現>してくれる(叶えてくれる)」ことをも科学的に立証した
(コペンハーゲン解釈)。それこそが「量子論」を象徴する、もう一つの有名な比喩の、「祈りは願いを
実現する」である。加えて重要なことは、「量子論」は、「<見えない心の世界のあの世>は存在し、
しかもその<見えない心の世界のあの世>と<見える物の世界のこの世>はつながっていて、
しかも<相補関係>にある」ことをも「科学的」に立証した。いいかえれば、「量子論」は、
「<見えない心の世界のあの世>と<見える物の世界のこの世>はつながっていて、
<物心一元論の世界である>」ことをも「科学的」に立証した(ベルの定理とアスペの実験)。
以上を総じて、本書で究明すべき「究極の課題」は、「第一に、人間にとって、もっとも知りたいが
もっともわからないため、これまで<物心二元論>の観点から、<科学研究の対象外>として
無視されてきた<心の世界のあの世の解明>と、第二に、同じ理由で、これまでは
<科学研究の対象外>として無視されてきた、心の世界のあの世と物の世界のこの世の相補性の
解明>について、それぞれ<量子論の見地から科学>しなければならない」ということである。

量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」
(2014/02/13)
岸根 卓郎

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スピンの回転

クォークのカラー

上の引用について意見を言わせていただくなら、「心」という概念はそれこそ宇宙より大きく、
人によって様々な解釈が可能なため、「心」という言葉を使うと理解が難しくなるように思います。
oshoの言葉はこれまでも引用してきましたし、また引用しようかと思っているのですが、
oshoは、「マインドを捨ててハートを開きなさい」といった趣旨の主張をしています。
「マインドは考えることで、ハートは感じることだ」というような単純なものではありません。
感じかたには思考が強く影響していますし、考えかたにはその人の感性が大きく影響している
からです。「心」は複雑すぎるのです。ハドロンのように(また強引なフリでした)!

話を前々回のグルーオンに戻します。その前に、電子について考えてみますと、記事33-6に
書いていますが、電子は「地風水」の3つの破片からできていますので配置の問題は生じません。
「水」の右に「風」があろうと「地」があろうと、ひっくり返せば同じになります。
しかし、「地」についてはトランスかシスかで区別されることになります(同じく記事33-6)が、
実は、「地風水」(電子)が一回転すると、
「地」のシス・トランスは反転するのです。

ですので、一回転しただけでは「地」が反転してしまうため、二回転しないと元に戻りません。
このように「地」の特性が難解であるため、グルーオンも難解になります。
光子の「地」は磁場を意味していますので、「地」は磁気に関する何かであると思われます。

また、グルーオンを考えるうえで避けて通れないのが、「色」の問題です。
記事33-5に、「火地風水には3つのタイプがある」として、「色」の問題について話しましたが、
クォークは4つの破片でできていますので、位置関係で3つの区別可能な配置が存在します。
グルーオンとの関係を考えると、「地」(アップクォークでは「金」)の向かいに何があるかで
区別するのがよいのではないかと考え、色分けをしてみました。
ダウンクォークで説明しますと、「地」の向かいに「水」があるときを「青」とします。
このとき「火」と「風」の位置は問題にはなりません。ひっくり返せばいいのです。
「地」のシス・トランスは区別することができますが、電子と同様、一回転させると反転します。
「地」の向かいに「火」があるときを「赤」、「地」の向かいに「風」があるときを「緑」とします。
アップクォークでも同様であり、例えば、「金」の向かいに「木」があるときが「緑」です。

さてここで、前々記事に登場させたグルーオンとクォークを反応させてみます。
下に示した図に表記されているグルーオンの場合ですと、ダウンクォークの場合は上から、
アップクォークの場合は下から接近してきた場合に、色の変化が起こります。
ここに登場するグルーオンの名前ですが、下の図の左側にあるグルーオンを例にとると、
このグルーオンを「木火+水風」と名付けることにします。「地」の向かいにあるほうの
名前を先に出すように決めておきます。つまり、「木火」では、「地」の向かいに「木」があり、
「火木」では、「地」の向かいに「火」があるという意味です。
上部で「木」と「火」を選ぶと、下部では、それと対消滅できる「風」と「水」が選択されます。
下部も「地」の向かいにあるほうの名前を先に出すように決めておきますと、
上部が「木火」の場合、「木火+水風」か「木火+風水」になります。
よって、下の図の左側のグルーオンは「木火+水風」になります。
上部と下部は反転させても同じですので、「水風+木火」でもいいのですが、
「木」があれば「木」のほうを先に呼ぶことにします。
前々記事の下の図の一番左のグルーオンは「木火+風水」ですが、この場合、
クォークと反応させてもクォークの色は変わらないので、本記事では省略します。

本記事の下に示した図のうち、一番左にある反応を考えてみます。
ダウンクォーク(緑)の「地」とグルーオンの「地」が重なり合うと同時に、ダウンクォークの
「風」と「水」がそれぞれ、グルーオン上部の「木」と「火」と衝突して消滅します。残ったダウン
クォークの「火」がグルーオン下部の「水」と「風」と結合し、再びダウンクォークが生成します。
この結果、「木火+水風」グルーオンは消滅し、
緑のダウンクォークは青になります。

アップクォークの場合は、「木火+水風」グルーオンの場合ですと、下部から、
アップクォーク(赤)の「金」がグルーオン下部の「地」と重なり合うことで、緑色になります。

これだけですと、グルーオンは消滅してばかりのような感じがしますが、グルーオンは
グルーオン自身の「地」の変換が関係する(磁場による?)グルーオン場を形成しており、
このグルーオン場の安定のために、グルーオンは次々と自然発生します。
ですので、クォークは次から次へとグルーオンと反応し続け、色を変え続けるのです。
これだけでは、まだまだ説明が足りないようですが、今日のところはこのへんで。
クォークとグルーオンの関係は、人間の心なみに複雑なようです。


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書籍の紹介

龍女「みなみ」からあなたへの
不思議なメッセージ集
新感覚のファンタジー!!

書籍表紙

不思議の国の「みなみ」
 宇宙へつながる秘密基地

「みなみ」 今月のメッセージ

対馬(津島)と神津島
を結ぶライン上に、
沖ノ島があるの。

プロフィール

舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:46歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

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