宇宙の生命素材物質の形成過程を解明:他の惑星系にも生命が存在する期待が高まる
国立天文台 野辺山 > NEWS > 2014年9月10日)
【概要】 国立天文台天文データセンターの大石雅寿センター長を中心とする研究チームは、生命に
必須なアミノ酸であるグリシンの前段階物質と考えられるメチルアミンを、国立天文台野辺山観測所
の45m大型電波望遠鏡によって複数の星形成領域において検出することに成功しました。
同チームは、これまでの研究成果も総合することにより、宇宙に豊富に存在する青酸を出発物質とし、
段階的に複雑化することを通じてグリシンが作られている可能性が高いことを世界で初めて観測的に
示しました。宇宙由来の生命素材物質は、惑星形成過程で彗星や隕石によって惑星に運搬され、
その後の複雑な化学進化を経て生命に至ったと考えられ、他の惑星系にも生命が存在する期待を
高める結果と考えられます。
【研究の背景と動機】 「生命はどうやって発生したのか」は人類の根源的問いの一つと言えます。
「私達は宇宙で孤独な存在なのか、あるいは、他惑星に仲間がいるのか?」
地球の生命は約35億年前に誕生し、地球環境の変化と共に進化してきました。生体内では多種多様な
化学反応が起きており、生命を理解するためには非常に広範な科学分野の密接な連携が必要となります。
そして、「宇宙における生命の起源・進化・分布・未来の研究」を目的とするアストロバイオロジーという
新しい学問分野が1990年代末に提案され、日本でも多くの研究者がアストロバイオロジーに参加する
ようになりました。最近では、「生命素材物質」(アミノ酸、糖、核酸塩基やそれらの前段階物質(前駆体)
などの有機分子)を宇宙から初期惑星環境に持ち込むことが生命の発生にとって重要ではないかとの
アイデアも出されています(下図を参照)。1995年の最初の発見以来、太陽系外惑星が1800個以上
(2014年8月現在)見つかり、その中には地球に似た惑星も見つかってきました。
このため、他の惑星にも生命が存在するかもしれないとの期待が高まっています。
実際、国立天文台も参加して建設・運用しているアルマ望遠鏡が解明を目指す重要な科学テーマの
一つに「宇宙のアミノ酸の発見」が挙げられ、また、今年度より建設が始まったTMT望遠鏡でも、
「宇宙生命の兆候(バイオマーカー)」が大きな研究テーマの一つとされています。
今日では、宇宙空間に希薄なガス雲(星間分子雲)が存在し、その中に分子(星間分子)が多数存在する
ことが明らかになっています。このような背景の下、1970年代の終わりから、最も簡単なアミノ酸である
グリシン (NH2CH2COOH) を星間分子雲で見つけようという複数の試みがありました。
しかし、いずれも成功に至っていませんでした。そこで私達の研究グループでは、グリシンそのもの
ではなく、その前段階物質であるメチルアミン (CH3NH2 ) やさらに前段階であるメチレンイミン
(CH2NH) に着目しました。メチルアミンと星間分子雲に豊富に存在する二酸化炭素 (CO2) が反応する
ことによりグリシンが生成するので、グリシンの前段階物質が豊富な天体にはグリシンも豊富にあると
期待されるためです。しかし、星間分子雲中のメチルアミンやメチレンイミンについては、1970年代に
発見されたものの、その後は誰もこれらの前段階物質に着目していませんでした。

宇宙と生命1

宇宙と生命2(上の図)星間分子雲中の物質が
収縮することにより星とその周囲に
惑星が誕生します。
生命発生に関する仮説として、
分子雲中に含まれていた生命
材料物質の一部は彗星や隕石に
よって運搬されて惑星に降り積もり、
さらに複雑な化学進化を経て
最初の生命に至ったという
考えが唱えられています。

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(2010/09/26)
青島文化教材社

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炭素、窒素、水素からできる簡単な化合物である青酸ガス(HCN)は宇宙に多く存在するようです。
最も宇宙に多く存在する水素が何らかの条件で反応すれば、CHNHが合成されるかも
しれません(Hが2つ増えている)。さらに水素と反応すれば、CHNHが合成されます。
これに、二酸化炭素を加えるとNHCHCOOHの出来上がりです。
このような反応が本当に起こるのかどうかは知りませんが、CHNOの数は合っています。
最終的にできた物質はグリシンと言われ、タンパク質を構成するアミノ酸のなかで最も単純な形を
した化合物です。記事27-8にはグリシンのサプリメントとしての効果を書いています。
出発物質の青酸ガスは猛毒ですが、宇宙空間で有機合成が行われて、
わたしたちの体を構成している物質ができたのかどうかは注目されるところです。
もうひとつ重要な点は、グリシンの前駆体は揮発性化合物なので、かつて小惑星の表面に
存在したとしてもどこかにいってしまうでしょうが、グリシンのように不揮発性物質になると
小惑星の表面にずっと留まっている可能性があることです。彗星のチリからはグリシンが
発見されていますので、小惑星表面に存在する可能性も高いのではないでしょうか?
有機物は種類が非常に多いため、探査機がその場で試料を分析するには限界があり、
地球に持ち帰ることは重要です。含まれる有機物は少量でしょうからある程度のサンプル量
が必要ですし、アミノ酸は熱に弱いので加熱されない状態を保たなければなりません。
はやぶさ2がよいサンプルを持って帰ってくれる
ことを期待します。
生物は有機物で構成されていますが、有機物を合成するためには、炭素、窒素、酸素、硫黄など
が必要です。それらは水素の核融合でつくられたものですから、まずは水素が必要です。
その水素は陽子と電子でできており、電子は素粒子(物質を構成する最小の単位)であると
考えられていますが、陽子は3つのクォークからできているとされています。
しかし、陽子は単に3つのクォークが集まってできているわけではなく、とても複雑な構造をして
いるようです。しかし、そのようなことを意識しなければ、単に電荷が+1でスピンが1/2の粒子
であり、普通には、内部構造など無視して、物質を構成する最小粒子と考えて特に問題ありません。

さて、前記事でダウンクォークをトランプで示しましたが、その次はアップクォークです。
記事34-2に書いているように、アップクォークは陰陽五行的には「火金木水」になります。
「木」は陰陽バランスでみると「+2」なので、ダイヤ「+」とします。
「金」も陰陽バランスでみると「+2」なので、クラブ「+」とします。
ダウンクォークと同様、陰陽バランス・向き(上下の2つ)・マークの種類(3つ)があります
(マークの種類は、クラブに向かい合うマークが何かということで3種類)。
反アップクォークは、ダイヤ「-」、クラブ「-」になります。

このように考えると、クォークにはもう一種類あるのではないかと
思えてきます(ここでは第一世代のみを考えています)。
それは、ダイヤ「+」でクラブ「-」、もしくはダイヤ「-」でクラブ「+」の場合です。
どちらが物質でどちらが反物質なのかよく分かりませんが、
ここでは、ダイヤ「-」でクラブ「+」のものをゼロクォーク
ダイヤ「+」でクラブ「-」のものを反ゼロクォークと呼ぶことにします。
これらは、アップクォーク、ダウンクォークと同様に、質量を持っているものと思われますが、
電荷はありません。もし、ゼロクォーク、反ゼロクォークがあるとしても、他のクォーク同様、
単独では存在できず、ハドロンの構成要素になっているでしょう。
ハドロンのなかでも、特に、陽子や中性子のようなバリオンを構成しているのではないでしょうか?


トランプ型クォーク



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2015_03_10


アンコールワット~乳海攪拌ってどんな物語?
PEACE IN TOUR ピースインツアー > アンコールワット~乳海攪拌ってどんな物語?)
ヒンドゥー教の世界観が現れた天地創世の物語
アンコール・ワットは、古代、インドからカンボジアに伝わったヒンドゥー教の宇宙観を表していると言われて
いますが、いったい、この大寺院のどこが、どのように、どんな形で表しているのでしょうか。
そのひとつの答えが、アンコール・ワットの第一回廊に描かれた乳海撹拌の浮き彫りにあります。
「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」に出てくる乳海撹拌の話のあらすじをご紹介しましょう。
太古、不老不死の霊薬アムリタをめぐり、神々とアスラ(悪鬼)が壮絶な戦いを繰り広げていたが、両者は
疲労困憊し、ヴィシュヌ神(世界の維持神)に助けを求めた。それを受けて、ヴィシュヌ神はこう言った。
「争いをやめ、互いに協力して大海をかき回すがよい。さすればアムリタが得られるであろう」
それを聞いた神々とアスラたちは、天空にそびえるマンダラ山を軸棒とし、亀の王クールマの背中で
軸棒を支え、それに大蛇を巻きつけて撹拌のための綱とした。
神々がその尻尾を、アスラたちがその頭をつかんで上下に揺さぶり始めると、すさまじい炎とともに
漆黒の煙が大蛇の口から立ち上り、そこから雷雲が生じて大雨を降らせ始めた。だが、
肝心のアムリタは出てこなかった。神々とアスラはさらに大海を撹拌し続けると、大海はやがて乳海となった。
しばらくして良質のバターであるギーが湧き出て、そこからヴィシュヌ神の妃ラクシュミー、ソーマ(神酒)、
太陽、月、宝石、家畜、白馬などが次々と現れ、ついにアムリタの入った白い壷を手にした
医の神ダンワタリが姿を現した。ここから、アムリタをめぐる争奪戦が始まった。
アスラたちは、なんとかしてアムリタと女神ラクシュミーを奪い去ろうとしたが、ラクシュミーに姿を変えた
ヴィシュヌ神が近づき、その美しい姿で欺くと、アスラたちはラクシュミー女神に化けたヴィシュヌ神に
アムリタを渡してしまった。
騙されたことに気づいたアスラたちは、神々を追いかけ始めたが、ヴィシュヌ神からアムリタを
受け取った神々は、分け合って飲み出した。そのなかに、神に化けたラーフというアスラがいた。
ラーフがアムリタで喉を潤そうとした瞬間のこと、太陽と月がそれを見破ってヴィシュヌ神に知らせると、
ヴィシュヌ神はラーフの首めがけて円盤を投げつけ、ラーフの首を切り落としてしまった。
すると、断末魔のような叫び声とともに、頭だけが不老不死となったラーフの首は天空へ舞い上がった。
このときから、ラーフの首と太陽・月との間には憎悪が生まれ、ラーフが太陽と月を飲み込む度に
日蝕と月蝕が生じるようになった。
一方、アムリタの争奪を繰り広げていた神々とアスラだが、ついにはヴィシュヌ神の力に圧倒されて
アスラたちは逃げ去り、アムリタは神々のものとなった。

アンコールワット乳海攪拌

インド神話―マハーバーラタの神々 (ちくま学芸文庫)インド神話―マハーバーラタの神々 (ちくま学芸文庫)
(2003/01)
上村 勝彦

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JPARCハドロン
<出典>J-PARCセンター 『「ハドロン」とは』

記事20-4でも乳海攪拌について触れていますが、ヒンドゥー教の天地創世物語では、
「神々とアスラ(悪鬼)が大海を撹拌し続けると大海はやがて乳海となった」とされています。
記事20-5で紹介しているように、日本版乳海攪拌である「国産み」では、イザナギとイザナミが
渾沌とした大地をかき混ぜてオノゴロ島をつくるのですが、かき混ぜることで、
均一の状態から不均一な状態、つまり塊状になったものをつくったと考えるならば、
古事記とヒンドゥー教の天地創世物語はそっくりです。
「乳海」とは何かということですが、それまでの海が乳海になった、つまり海が乳化したのだと考えれば、
海には溶けないが分散している「小さな塊状のもの」が生成されたということになります。
記事34-1にはクォークグルーオンプラズマについて書いていますが、この大海をクォークとグルーオンから
成るプラズマの海とするならば、「小さな塊状のもの」は「ハドロン(強い相互作用で結合した複合粒子)」
と考えることができます。これはビッグバン直後に起こったと考えられている宇宙の様子です。
そして、乳海は、クォークとグルーオンが閉じ込められた「ハドロン」が一部にできている状態とは
いえないでしょうか?「ハドロン」の濃度がさらに上がって「バター」ができたのでしょう。
そうなると、不老不死の霊薬「アムリタ」は「ハドロン」の一種である「陽子」でしょうか?
他の「ハドロン」はすぐに崩壊してしまう一方、「陽子」は崩壊しない(非常に長い時間をかけて崩壊する?)
ので「不老不死」なのです???当初、様々な「ハドロン」ができたとしても、最終的には陽子が多く
残るので、陽子の濃度が増加していき、世界は不老不死の霊薬であふれることになってしまいますが・・・
そして、「頭だけが不老不死となったラーフの首」、そして憎まれることになった太陽と月。
太陽は中心的存在なので「原子核」、月は地球の周りを回る存在なので、原子核の周りを回る「電子」と
いうことにしておきましょう。太陽と月で「原子」をつくったということにすると、
「頭だけが不老不死となったラーフの首」は何なのでしょうか?
原子のような宇宙を構成する中心的存在にはなれず、残骸のみを残すことになってしまった存在が
宇宙にはあるのかもしれません。
ちなみに、日食や月食が存在するのは、黄道(太陽の通り道)と白道(月の通り道)に2つの交点が
あるからですが、これら2点、ドラゴンヘッドとドラゴンテイルは、インドの占星術においては、
どちらも悪い意味で捉えられる点なのです。

さて、前記事では「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」のセットがひとつで、陰陽筒が3つある
事例を示しましたが、今回はその逆で、トランプのセットが3つで陰陽筒がひとつの事例です(下の図)。
正確には、陰陽筒はひとつではなく3つのカードセットに対応した3つの陰陽筒があるのですが、
陰陽筒が3つ重なり合っているので、ひとつに見えます。
これが世に言う(そんなこと言った人はいないと思いますが)、陰陽版ハドロンです。
陰陽版ハドロン(ここではバリオンというべきかもしれませんが)では、陰陽魚の外周を回るカードは、
ハドロンになっても外周を回り続けます(カードを交換する存在がなければ!)。
陰陽筒には2つの陰陽魚がありますので、表回転と裏回転の2つの回転をすると元の位置に戻りますが、
3つのカードセットは、互いに2/3周離れた間隔を保った状態で回転をしています。
一方、「陰」または「陽」を回るカードには条件があります。
「陰」を回るカードは「クラブ」に限定されるものとします(陰を回るカードをクラブであると決めます)。
「スペード、クラブ、ダイヤ、ハート」の順番に並ぶセットが陰陽筒の中央(真横に並ぶ状態)にきたとき、
他の2つのセットにあるクラブは、一方が上向き、一方が下向きになり、この2つのクラブは
存在しないものとみなせることとします。「陽」を回るカードは、「クラブ」以外になります。
「スペード、クラブ、ダイヤ、ハート」の順番に並ぶセットが陰陽筒の中央(真横に並ぶ状態)にきたとき、
陰陽筒の中央(真横に並ぶ状態)にあるセット以外の2つのセットにある「陽を回るカード」は、
どちらかがスペードで、もう一方はハートであり、互いの向きが、一方が上向きで他方が下向きであり、
この2つのカード(スペードとハート)は存在しないものとみなせることとします。そうすると、
ハドロンの「陰」にあるのはひとつの「クラブ」で、「陽」にあるのはひとつの「ダイヤ」になります。
それぞれのカードセットは回転しているのですが、見た目には、
「スペード、クラブ、ダイヤ、ハート」の順番に並ぶセットが常に、陰陽筒の中央(真横に並ぶ状態)
にあるかのように移動します。3つのセットが回転しているのに、陰陽筒の中央(真横に並ぶ状態)
にあるセットは動かないというのは「矛盾」なのですが、
それを可能にするのが、グルーオンです。(続く)


三位一体陰陽筒


2015_03_06


『中空構造日本の深層』から日本を考える(1):河合隼雄の卓見と誤謬 (2013年1月30日 Fugenのブログ
文化的な特徴を神話によって分析する手法がユング心理学では採用されています。
斯界の権威であった故河合隼雄は、西欧文化を「中心統合構造」、日本文化を「中空均衡構造」と
定義していて、極めて優れた論考をしています。
西欧文化の「中心統合構造」とは、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教のように、唯一絶対神を中心として
全体統合される文化です。(中略)
一方で、河合隼雄が日本文化を「中空均衡構造」とよぶのは日本神話の特徴を分析した結果、日本神話では、
偉大な神は3柱(トライアド)で、中心になる最も偉大な1柱の神は無為の神とされているからです。
例えば日本神話では、「天の岩戸」や「ヤマタノオロチ退治」など固有の神話をもつアマテラスとスサノヲの
良く知られている2神がいます。その他に、ツクヨミという、自分の神話を持たないもう一人の無為の偉大な神
がいて、アマテラスとスサノヲの対立を均衡させるというのが日本神話の基本構造で、そのため
「中空(無為の神を中心にして)均衡(他の2神の対立をバランスさせる)構造」だと河合隼雄は主張しています。
確かにこれが、日本神話の基本構造であることは明らかです。他の例をあげれば、
三神タカミムスビ・アメノミナカヌシ・カミムスビの中で一番中心で偉いはずのアメノミナカヌシは神話をもたない
無為の神ですし、また、天孫ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの間に生まれた三神は、海幸彦こと
ホデリノミコト(火照命)、ホスセリノミコト(火須勢理命)、山幸彦ことホオリノミコト(火遠命)なのですが、
海幸・山幸兄弟のことは伝承されているのに、中心にいて一番エライはずのホスセリの話は神話には
ほとんど語られていません。(中略)
河合隼雄が日本神話構造を、「偉大な神は3柱(トライアド)で、中心になる最も偉大な1柱の神は無為の神」と
明確にしたのは、まさしく卓見です。ただし、「中空(無為の神を中心にして)均衡(他の2神の対立をバランス
させる)構造」としたのは、原因と結果を取り違えた勘違いです。その証拠に、松岡正剛がいうように、
「中空構造論は本気で議論されてはいない。」のです。なぜなら、「神社の中心は空っぽ」だとかいってみても、
日本の社会現象なり、日本人の特質を論じる基盤にならないからです。
日本の文化構造とは、「中空均衡構造=無為の神を中心による均衡する」ではなくて、
「均衡導出構造=合意形成により落としどころを定める構造」だと、私は思います。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)
(1998/12/25)
河合 隼雄、村上 春樹 他

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古事記トライアッド


河合氏が主張されているように、日本神話に登場する偉大な神は3柱(トライアド)であり、中心になる
最も偉大な1柱の神は無為の神です。その代表例は、やはり、前記事でも紹介しました三貴子でしょう。
しかし、上の図に示している綿津見三神、住吉三神、宗像三女神では、三神は同格であるように思います。
このような三神は日本独特のものではなく、キリスト教の「三位一体」と共通したものなのではないでしょうか?
河合氏は日本と西洋の「文化の違い」を明らかにすることで、日本人の心を知ろうとしているのでしょう。
一方、この記事で目指しているのは、文化の違いを超えた共通点です。なぜなら、そこには、
人間に依存しない真実があるのではないかと考えられるからです。
古事記において最初に現れたとされる神は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、
高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かみむすひのかみ)であり、これらの神様をまとめて
造化三神と言いますが、確かに、ここでも、全ての中心となる神と思われる天之御中主神に関する記述は
ありません。しかし、この三神は別々の独立した存在なのでしょうか?
キリスト教徒でない多くの日本人にとって、「三位一体」は3つの別々のものを1セットにしているように思って
しまいますが、そうではありません。キリスト教における三位一体は、人間が充分に理解することが不可能で、
よって説明することも不可能な概念であるようです。少なくとも3つの神が存在するというのではなく、
3つの神格を持つひとりの神を説明しようとして用いられる概念であるとのことです。
日本の神話における「三神」も、単に「三柱を集めてひとまとまりにしたもの」ではないのかもしれません。
古代中国では「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。」と言われ、
易では、「易の書たるや広大悉く備わる。天道有り、人道有り、地道有り、三才を兼ねて之を両にす。
故に六なり。六とは它に非ず、三才の道なり」とされているように、「3」には特別な意味がありそうです。

さて、ここからは前記事の続きになります。「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」の「A」を「陰陽筒」上で
どのように回転させるかについては、後日、考えることにしますが、前記事の下の図で、上から3段目の
左右のトランプの配置は同一になっています(図では別物に見えますが、筒にすると同一です)。
前記事における陰陽筒での回転では、ひとつの配置は二回転のうちに1回しか現れてはいけないのです。
では、トランプにおけるひとつの配置が二回転のうちに3回現れるようにする(つまりはスピンが3/2)
には、どのようにすればいいのでしょうか?
それを実現するために、下の図では3つの陰陽筒においてそれぞれにトランプ(スペードとハートのみを
表記)を置いて、3つが連動して二回転させる方法を考えてみました。
これですと、2/3回転ごとに同じ配置が現れるので、二回転で3回同じ配置が現れることになります。
問題は、これはトランプが3セットあるのではないということです。
絵で示すとトランプが3セットあることになってしまいますが、実際は1つのトランプ(ここではスペードに
注目することにします)が3つに分割されていると考えてください。いや、分割されているという表現では、
ひとつの筒にあるスペードが1/3の大きさになっているような感じがしてしまいます。
そうではなくて、ひとつの筒だけみると完全な形のスペードがあるのです。いや、でもそうすると、
やはりスペードが3つあることになってしまいます。では、ひとつの筒には1/3の確率でスペードが存在
しているということにすればどうでしょうか。一応、説明としては可能であるような気がします。しかし、
1/3の確率で存在するとはどういう意味でしょうか?
最も短い時間の単位があって(それを1periodとする)、1periodはひとつの筒にスペードが存在していて、
その後の2periodは別の筒にスペードが存在しているということになるでしょうか?
そうなると、単に点滅しているような状態ということになり、それはそれでちょっと違うような気がします。
やはり、スペードがどこに存在しているかは決められないのであって、全体としてみれば1つのスペードが
確かに存在しているのです。こうなると、ひとつのスペードがわたしたちには3つに見えているだけのようにも
思えてきます。これは「三位一体」と似ているのです。
結論としては、スペードが3つあるように描かれてしまうのは、そうしないとわたしたち人間が理解できない
からであって、3つのスペードがあるわけではないのです。
わたしたちには世界の全体像を認識することは不可能であって、メタファーとして部分世界が積み重なって
いるような世界をイメージすることで理解することしかできないということで、納得することにしましょう。
古事記に登場する三神のなかでも、造化三神、綿津見三神、住吉三神、宗像三女神については、
「三位一体」と同様、3つの神格を持つひとりの神を説明しようとしているのかもしれません。


陰陽と三位一体


2015_03_04


現世に帰還・ケガレを祓う (日本神話・神社まとめ > 創世編 > page24) 
是を以ちて伊邪那岐大神詔りたまひけらく、「吾は伊那志許米志許米岐穢き国に到りて在り祁理。
故、吾は御身の禊為む。」とのりたまひて、竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原に坐して、禊ぎ祓ひたまひき。
(現代語訳)イザナギは言いました。
「わたしはなんて汚らわしいところに行っていたんだろう。身体を清める禊(ミソギ)をしよう」
それで、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に行って、禊(ミソギ)をしました。

住吉三神が産まれる 日本神話・神社まとめ > 創世編 > page27) 
次に其の禍を直さむと為て、成れる神の名は、神直毘神。次に大直毘神。次に伊豆能売神。
次に水の底に滌ぐ時に、成れる神の名は、底津綿津身神。次に底筒之男命。
中に滌ぐ時に、成れる神の名は、中津綿津身神。次に中筒之男命。
水の上に滌ぐ時に、成れる神の名は、上津綿津身神。次に上筒之男命。
此の三柱の綿津見神は、阿曇連等の祖神と以ち伊都久神なり。
故、阿曇連等は、其の綿津見神の子、宇都志日金拆命の子孫なり。
其の底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命の三柱の神は、墨江の三前の大神なり。

三貴神の誕生 日本神話・神社まとめ > 創世編 > page28) 
是に左の御目を洗ひたまふ時に、成れる神の名は、天照大御神。
次に右の御目を洗ひたまふ時に、成れる神の名は、月読命。
次に御鼻を洗ひたまふ時に、成れる神の名は、建速須佐之男命。
右の件の八十禍津日神以下、速須佐之男命以前の十四神は、御身を滌ぐに因りて生れる者なり。

イザナギの禊

古事記完全講義古事記完全講義
(2013/09/17)
竹田 恒泰

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記事20-5でも竹田氏の本を紹介しています。


天照大御神は、どうして中心的な神様なのでしょうか?
一般的に、黄泉の国から帰ってきたイザナギが黄泉の穢れを落としたときに最後に生んだ三柱の神、
天照大御神、月読命、建速須佐之男命を三貴子(神)といいます。イザナギ自身が、自らの生んだ神々の
なかで最も貴いとしたことからこのように呼ばれているのですが、これはどのような意味なのでしょうか?
ここからは推量ですが、それより前の神は、直接的にわたしたちに影響を与える存在ではないのでしょう。
三貴子以前の神がしたことは、わたしたちが理解できるようなものではないのです。
しかし、無理やり探るならば・・・いくつか理解できそうなことがあります。
わたしたちにとって重要な神が、イザナギという男神のみから生まれていることは、
わたしたちの存在する物質宇宙が陽の宇宙である
ことを意味しています(詳しくは、記事33-8をご覧ください)。
陰の宇宙は反物質宇宙であり、どこか遠くにあるのでしょうが、わたしたちには無縁な世界です。
太極図(陰陽魚)が示すように、「陽の宇宙」の中心には陰があります(陰の宇宙の中心には陽がある)。
古事記からの類推で言わせていただくならば、この陰点が「対称性の破れ」を生みだしています。
つまり、「陰の宇宙」も含めた宇宙全体でみれば、対称性は破れていません。
「陽の宇宙」の中心に存在する「陰点」は、天照大御神ということになるでしょうか?
太陽(当然ながら陽)で象徴される宇宙ですが、中心に存するのは女神(陰)なのです。

さて、この記事で主張したいのは、三貴子の直前に生まれた「底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命」に
ついてです。住吉大社(もしくは各地の住吉神社)で祀られているので、この三神は住吉三神と呼ばれます。
注目するべきは「筒」という言葉です。
単に「つつ」という言葉に「筒」という漢字を当てているだけで、神様と「筒」に関係はないという意見もある
でしょうが、ここでは、宇宙の根源にある「筒」を真面目に???考えてみます。
ひとつの考えかたは、超弦理論です。超弦理論では、素粒子は弦でできていると考えていますが、
弦の状態には、両端のある「開いた弦」と、両端がくっついて輪になった「閉じた弦」の2通りがあります。
開いた弦が動くとその軌跡は平たくて細長い面になりますが、閉じた弦が動いた軌跡は「筒」状になります。
「閉じた弦」は重力に関係していると考えられていますから、「筒」は重力を伝える媒体でしょうか?

しかしここで言いたいのは、その「筒」ではなく、前記事で説明しました「陰陽筒」です。
「スペード、ハート」だけでなく、「ダイヤ、クラブ」も含めたものを一体として、
「陰陽筒」を回転させてみます。もう一度、ゲーム?のルールを言いますと・・・
「スペード、ハート」は陰陽魚の外周を回ります(常に、この円の直径の両端になります)。
「クラブ」は陰陽魚の陰の周りを回り、「ダイヤ」は陰陽魚の陽の周りを回ります。
「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」は位置を変えることなく一体物として、ふたつの陰陽魚を回ります。
回りかたとしては、右回りと左回りがありますが、ここでは左回りを考えます
(上に陽のある右回り陰陽魚が手前にあり、この陰陽魚上をはじめに回すこととしています)。
このルールのもと、「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」の「A」を「陰陽筒」上で回転させます。
その一例を示しますと、下の図のようになります。一回転したとき、「クラブ」が逆さまを向いているので、
元の状態には戻りません。下に示している図は筒を開いたものですので、二回転目のために、
手前の陰陽魚上にあるとした「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」を奥にある陰陽魚上に転写しますと、
図中の右の一番上に示しているように、「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」の位置を移動できます。
そして、もう一回転する(図中の②)と、「クラブ」がさらに反転して元の状態に戻ります
(二回転目は右回りのように見えますが、筒に戻してみると、これは左回りです)。

しかし、この図の回りかたは「問題あり」です。それは・・・(次の記事に続く)

陰陽魚2回転1



2015_03_02


陰陽魚 “太極図”. ウィキペディア日本語版. 2014-05-31.(参照 2015-02-27).
この形(下の左図)をした太極図は、陰陽太極図、太陰大極図ともいい、太極のなかに陰陽が生じた様子
が描かれている。この図は古代中国において流行して道教のシンボルとなった。白黒の勾玉を
組み合わせたような意匠となっており、中国ではこれを魚の形に見立て、陰陽魚と呼んでいる。
黒色は陰を表し右側で下降する気を意味し、白色は陽を表し左側で上昇する気を意味する。
魚尾から魚頭に向かって領域が広がっていくのは、それぞれの気が生まれ、徐々に盛んになっていく様子を表し、
やがて陰は陽を飲み込もうとし、陽は陰を飲み込もうとする。陰が極まれば、陽に変じ、陽が極まれば陰に変ず。
陰の中央にある魚眼のような白色の点は陰中の陽を示し、いくら陰が強くなっても陰の中に陽があり、
後に陽に転じることを表す。陽の中央の点は同じように陽中の陰を示し、いくら陽が強くなっても
陽の中に陰があり、後に陰に転じる。太極図は、これを永遠に繰り返すことを表している。魚眼の位置は
下記で述べるように古来のものでは左右に置かれていたが、現在流行のものは上下に置かれることが多い。
これを陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ずることを表しているとするのは乾・坤を上下に配する先天図に
よる説明様式であり、陽中の陰、陰中の陽とするのは離・坎を上下に配する後天図による説明様式である。
これは次項の来知徳太極図の影響を受けていると考えられる。
この陰陽魚の太極図の作者は分かっていない。その起源となる図[1][2][3]について(図1は下の右図。
他の図は省略)について早くに言及したものに明初の趙撝謙『六書本義』がある。
しかし、そこでその名称は太極図ではなく、「天地自然之図」または「天地自然河図」であった。
これは三皇五帝の伏羲が天地自然に象って八卦を作ったという伝説や黄河から現れた龍馬の背にあった
河図にもとづいて八卦を作ったという伝説による。趙撝謙はこの図を蔡元定(朱熹の弟子)が蜀の隠者から
得て秘蔵していたもので、朱熹も見たことのなかったものだと述べている。
その後、章潢の『図書編』において「古太極図」の名で収録され、また趙仲全『道学正宗』ではこれに円内を
八等分する四線の入った図を「古太極図」として収めた(図は省略)。清代になると考証学が隆盛し、
胡渭は『易図明辨』を著して宋学の図書先天の学を攻撃し、これらの図は道教に由来して儒教のものではない
とする論を展開した。そして、「古太極図」は五代末の道士陳摶が伝えたという3つの易図の一つ「先天図」
であり、錬丹術の基本典籍『周易参同契』に由来するとした。
これによりこの図は「陳摶先天図」「先天太極図」などとも呼ばれるようになった。

陰陽魚

太極図といえば、多くの人が上の左図のような陰陽魚の形を思い浮かべると思いますが、
これを誰がどのような理由で作ったのかは明らかになっていないようです。後の時代になって、
様々な人がこのシンボルを取り上げるようになったみたいですが、元の意図は失われているように思います。
ここからは勝手な想像ですが、「はじめ」は、筒のようなものに2つの陰陽魚が書かれていたのでは
ないのでしょうか?この筒を陰陽筒と呼ぶことにします。
作りかたは簡単です。陰陽魚とそれを両軸反転させたものを横に並べ、これを紙に書きます(印刷します)。
2つの陰陽魚が前後の関係になるように、この紙を丸めて円筒をつくり、つっつけた部分を固定(糊づけ)
すれば出来上がりです。作るのは簡単ですが、これを平面に示すのは容易ではありません。
下の図は、陰陽筒を90°ずつ角度を変えて撮った写真を並べたものです。

陰陽筒

なぜこの形が必要であるかといえば、前々記事(40-7)で書いている「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」
を陰陽魚上で回転させるためです。なぜ、「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」を陰陽魚上で
回転させようとしているかといえば、2回転して元に戻るようにしたかったからです。
なぜ、2回転して元に戻るようにしたいかといえば、物質を構成する素粒子のスピンが1/2だからです。
陰陽論が万物生成を示しているというからには、どうすれば2回転で元に戻るのかを説明する必要があります。
陰陽魚を「はじめ」に考えた人が万物の生成についてどのような説明をしたのか分かりませんが、
当時の人には理解されなかったのでしょう。しかし、何を言っているのか分からないが、どうもこの人は真実を
語っていそうだということで、不完全な形で後世に伝えられたのかもしれません。想像に過ぎませんが・・・

「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」のうち、まずは両端にある「スペード、ハート」を考えます。
陰陽筒にある2つの陰陽魚の外周を「連結されたスペードとハート」
が回転できることを確認することにします。どこからスタートしてもよいのですが、
陰陽魚のなかにある陰の魚尾(陰の始まる地点)にハート、陽の魚尾にスペードを置きます
(陰陽筒にある陰の魚尾の始点は、ふたつの陰陽魚ともに同じ点です。陽の魚尾についても同じ)。
下の左図に示す陰陽筒では、ハートが右、スペードが左になります(図には魚尾の部分は見えていない)。
これを回転させるわけですが、下の左図では、はじめに手前の陰陽魚の周りを回り、後で、奥にある
陰陽魚の周りを回って2回転しています。反対側から見れば、逆に見えるのですが、
この陰陽筒を、はじめに手前の陰陽魚の周りを回転する方向から見ることに固定させた場合、
「連結されたスペードとハート」について、右への回転と左への回転は別のものとして区別されます。
つまり右回りと左回りがあるのです。
ここでは左に回してみます。下の右図は、はじめにスペードがある位置で筒を切って開いたもので、
(ですので、スペードは右端にあるともいえるし、左端にあるともいえる)、左の陰陽魚が筒の手前です。
図のように、一回転目として左の陰陽魚を回ったあとに、二回転目で右の陰陽魚を回ることが可能です。
このような回転のしかたをすれば、ずっと回り続けることができます。
そもそも、「スペード、ハート」だけなら陰陽魚はひとつでいいのですが、「ダイヤ、クラブ」を回転させる
ためには陰陽魚がふたつ必要になるのです(次記事に続く・・・)。


ハートとスペードの動き


2015_02_28


宇宙ヤバイ 宇宙の不思議ニュースのまとめ (2011年8月18日更新 NAVERまとめ)
宇宙の摩訶不思議なニュースをまとめ。宇宙は本当にすごい。私たちが知っていることは
事実の数パーセントにも満たないのかもしれない。そんなロマンあるニュースをまとめてみる
・土星の輪に超巨大エイリアンマザーシップが存在 あまりに大きなエイリアンマザーシップ
・太陽観測で不思議な現象を記録 四角の不思議な物体
・火星で見つかった木々たち 火星の水が溶けてそこから木々が誕生
・火星に石柱状の謎の物体「モノリス」が出現 火星に謎のモノリス発見
・パノラマビジョンでみた火星の表面に、人影 人っぽい何かが写りこんだ火星の地上写真
・火星の地面に埋め込まれていたかような人工的な金属物質のパーツ
・火星の衛星 エロスの表面にあった複数の人工物
・火星で砂に埋もれる人骨発見か NASAが隠す火星の超古代文明バルカン
・月にある不思議なものたち 月面に存在するシャドーと言われる謎の塔
              月面にあるクリスタルタワーという謎の建造物

・オーロラの上にキティちゃん!
宇宙のキティちゃん1
少なくとも、最後のは冗談です(背景の写真はNASA)。
それ以外はわたしの関知するところではありません。



2015_02_26


「ポパー哲学」への手引 付録 頭の電気掃除機ポパー哲学 (ポパー哲学入門)
高坂邦彦 筐底拾遺 > ポパー哲学への手引 ― 科学的・合理的なものの見方・考え方 ― )
5、妥当な認識へのアプローチ 
1 真理であることの「実証」は不可能である

いま仮に、[白鳥は白い]という判断をした人がいるとします。[白鳥は白い] [白鳥というものは白い]
ということは、[すべての白鳥は白い]ということなのですが、この判断が正しいということを事実をもって
証明することができるでしょうか。[あの白鳥も、この白鳥も白い](これを特称肯定命題といいます)
ということから、「すべての白鳥は白い」、「白鳥というものは白い」(これを全称肯定命題といいます)と
いうことの真理性は保証できないわけです。
すべてのということは、文字どおりすべて、つまり、地球上に存在するすべての白鳥を調べてみた上で
なければ言えないことでして、そんなことは実際問題として実行不可能です。(中略)
つまり、自分の考えていることと、目の前の事実が一致したからといっても、それで自分の考えが
正しいということにはならないわけでして、厳密にいえば、[今まで、自分の知っている限りでの白鳥は
みな白かった]ということしかいえないわけです。オーストラリアには黒い白鳥がいるそうでして、そういう
事実が発見されれば、[白鳥は白い]という判断は正しくない、・・・真理ではないということになります。
このように、事実と合致しているから真理だと確信していたことでも、それと合致しない新しい事実の発見に
よって覆される可能性は原理的にあるのです。絶対的なものだと信じられていたニュートンの理論が、相対性
理論や、量子力学の出現によってその絶対性を失ったという事実は、この典型的な例だといってよいでしょう。
2 真理へのアプローチ(誤りの排除)
(前略)要するに、理論を事実とてらし合わせてみて一致したといっても、その理論が正しいということには
ならない。しかし、逆に、一致しないから間違いであるということは断定できる。肯定はできないが、
否定ならできるというわけです。ですから、実証とか検証による理論の正当化は厳密な意味では
不可能であり、誤りを発見し、排除することによって真理に近づくことしかできないとポパーはいうのです。
したがって、真理にアプローチしようというのなら、自分の理論と合う自分に都合のよい事例だけを並べると
いうことによってではなく、事実と合わない間違った考えを発見して捨てていく、間違いの部分を排除して
いくより他に方法はないということになります。間違いの部分をできるだけたくさん切り捨てたものが、
その分だけ他のものより真理に近いということになるわけです。ですから、ポパーの考え方では、
仮説を立ててその実証をするという方法ではなくて、立てた仮説の間違いの部分を事実にてらして
排除していくという方法がとられることになります。できるだけはやく誤りを犯し、それをできるだけはやく
発見し、誤りを排除していくことが、よりはやく真理に到達する道だということになります。

推測と反駁-科学的知識の発展-〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)推測と反駁-科学的知識の発展-〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)
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カール・R.ポパー

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ブラックスワンについては記事21-8にも書きましたが、「定期的に発生する些細な事象」は
予想できても、「誰一人予想もしなかったインパクトのある事象」は予想できないわけです。
これは、サブプライムローンだけでなく、東日本大震災にも福島の原発事故にも当てはまっています。
つまり、ブラックスワンは人間活動だけでなく、自然災害や宇宙で起きる出来事にも当てはまるのです。
演繹法の場合、一度も起きたことのない事象に関する理論をつくることは不可能ではありませんが、
机上の空論だと言われるでしょう。一度も起きたことのない事象は確認のしようがありません。
一方、帰納法の場合は絶対に不可能です。帰納法は、「世界で起きる出来事は全くデタラメに生起する
わけではなく何らかの秩序があり、同じような条件のもとでは同じ現象がくりかえされるはずだ」という
証明不能な原理をもとに論証されているからです。
しかし、いくつ事例があっても理論の裏づけとしては不十分であるのに対し、理論が成り立たないことは
一瞬にして判明します。分かりやすい例が、「東北地方太平洋沖ではマグニチュード9クラスの地震は
起きない」といったものです。小保方さんのように、事実でないことを論文に書く人はいないでしょうが、
都合の悪いデータの除去は当然のように行われています。
事実上、仮説を検証するのに都合のよいデータだけを公表することが暗黙の了解になっているのです。
「正しい前提を正しいアプローチで正しく証明すれば正しい認識が得られるはずだ」という論理も、
ひとつの考えかたに過ぎません。最悪なのは、「正しい前提を正しいアプローチで正しく証明したが、
最終的な結論は間違っていた」というもので、科学者以外の多くの人にとっては、
「正しいとはいえない前提を、正しいとはいえないアプローチで、正しいとはいえない方法で証明した
結果、正しい結論が得られた」でもOKでなのです。

前記事の続きですが、ここで改めて、トランプと陰陽論の共通点を考えてみますと、
トランプのスート(マーク)は4種類であり、これは陰陽論の四象の状態に当てはまります。
四象のどれがトランプのどのマークに当てはまるのかはよく分かりませんが、下の図のように左から、
「スペード、ダイヤ、クラブ、ハート」の順に「A(エース)」を並べておき、一連のものと考えます。
これをすべて一回転させれば、当然のことながら、元の状態に戻ります。
ここで、両端にある「スペード、ハート」は太極図の外周(円)を一回転させる一方、
内側にある「ダイヤ、クラブ」は太極図の陰(もしくは陽)の周りを一回転させてみます。
そうすると「ダイヤ、クラブ」は反転するのですが、「ダイヤ」は反転しても元と同じ状態になる一方、
「クラブ」の状態は反転します。「スペード、ハート」も元に戻るので、「クラブ」だけが反転するのです。
もう一回転させると「クラブ」がさらに反転して、全体として元の状態に戻ります。
つまり、「A」では、元に戻るには二回転が必要です。
次に、同様のことを「2」で考えてみます。「2」の場合、すべてを半回転させれば元に戻ります。
また、両端にある「スペード、ハート」は太極図の外周(円)を一回転させる一方、
内側にある「ダイヤ、クラブ」は太極図の陰(もしくは陽)の周りを一回転させてみますと、
反転する「ダイヤ、クラブ」を含めて、すべてが元の状態に戻ります。
つまり、「2」で元に戻るには一回転でいいのです。
ここでは素粒子には結びつけず、ここまでにしておきます。
「3」以降どうなるかですが、トランプの図柄を眺めてもらえば分かります(絵のカードを除く)。
頭のなかだけで考えると、奇数と偶数で分けられるような感じがしますが、意外に複雑です
(「8」は配置のしかたがカードによって異なり、それによって結果が変わります)。

陰陽とトランプ1と2

しかし、前記事の最後にも書きましたが、陰または陽の周りを回ると進行方向が逆転してしまいます。
二周目に入るところで折り返すような動きをしないためには、太極図が2つ必要になります。
下の図では、陰の動きを示しています。太極図が2つあると、折り返すことなく回ることが可能になります。
ところが・・・陰の周りを回るようにすると陽の周りを回るようにはならず、
陽の周りを回るようにすると陰の周りを回るようにはできません。これでは、「ダイヤ、クラブ」を
同時に回せないことになってしまいます・・・

二陰陽


2015_02_24


トランプ  “トランプ”. ウィキペディア日本語版. 2015-02-13. (参照 2015-02-21).
トランプは、日本ではカードを使用した室内用の玩具を指すために用いられている用語で、もっぱら4種各13枚
の計52枚(+α)を1セットとするタイプのものを指して言うことが多い。「プレイング・カード」「西洋かるた」とも。
歴史 歴史について言うと、起源についてははっきりしておらず諸説あるが、中国など東方で発生したものが
イスラーム圏に、そしてヨーロッパに伝えられた、とするのが、ひとつの有力な説である
起源 起源は諸説あり、古くは古代エジプトに由来するとする説などが存在していたが、現在中国説が最も
有力であり、また、全て東方に発生したものが欧州に移入されたとする点では一致している。これら東方に発生
したものを西アジア方面から復員した十字軍やサラセン人などの手によって欧州に伝えられた可能性が高い。
古代エジプト起源説 1816年にイギリスのサミュエル・ウェラー・シンガーが自著「プレイングカードの歴史」
にて紹介した古代エジプトの神秘哲学がタロットというトランプに表象されていることから非常に古くから
エジプトにトランプがあったとする説。しかし近年の研究で、現存する最古のタロットカードよりも古いトランプ
の現物や記録が存在することなどから、タロットの方がプレイングカードから派生したと考えられ、この説に
関しては現在は否定的な意見が多く、最近ではタロットと古代エジプトの関係も否定されている。
インド起源説 チェスとともに6世紀ごろのインドで発祥したとする説。ジプシーが7世紀ごろにインドから欧州に
伝来したとされるが、信憑性は薄いとされている。
中国起源説 12世紀以前の中国に「葉子」というトランプの一種があったことから、これが欧州に伝わったと
する説。ただし古い時代の葉子がどのようなゲームであったかはわかっておらず、明代以降の紙牌と連続性
があるかどうかもわかっていない。
各地のカード 世界各地のカードは様々である。日本人が"常識"だと思っているのは実は常識ではない。
枚数 1デッキの枚数も20枚から108枚まであり、ヨーロッパでは32枚や36枚というものが多い。
ほとんどの日本人がトランプと言えば「52枚」が常識と思ってしまうのと同様に、イタリアでは40枚であることが
常識であり、ロシアでは36枚であることが常識である。
スート スートも地域によって異なる。
ラテンタイプ イタリア、スペイン及びラテンアメリカ諸国で使われているスートで、剣、カップ、貨幣、杖
(もしくは棍棒)よりなる。剣がスペード、カップがハート、貨幣がダイヤ、杖がクラブに対応する。
ヨーロッパにカードが現れた当初の形式を保っており、16世紀の日本に伝えられたカードもこの形式であった。
各スートはそれぞれ、騎士(剣)、僧職(聖杯)、農民(棍棒)、商人(貨幣)を表すとも言われる。
ただしこれに特別な根拠はなく、俗説のひとつと見た方がよい。プレイングカードをベースに、『トランプ』と
呼ばれる絵札を加えてタロットへと発展する際、小アルカナに付加された、いわゆるこじ付けの一つと思われる。
このため、「占いに使われるタロットカードの小アルカナに愚者(フール)の札を加えてトランプが発生した」と
いう説も間違いとされている。タロットはもともとは遊戯用のカードで、占いに転用されるようになったのは
18世紀になってからである。近年ではタロットの方が、ゲームをより複雑で面白くするためにトランプに絵札を
加えていったのではないか、とされており、逆にトランプからタロットが派生したと考えられている。

マリオトランプ
任天堂 マリオトランプ NAP-03 ネオン任天堂 マリオトランプ NAP-03 ネオン
(2010/07/23)
任天堂

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タロットカードとトランプを比較すると、単にゲームとして用いられるトランプより、
占いに用いられるタロットカードのほうが神秘的なので、タロットカードのほうが昔からあって
タロットカードからトランプができたと思われがちですが、実際はその逆のようです。
ただし、ジョーカーは、近年になってタロットカードの「愚者」がトランプに導入されたものでしょう。
共通点は、どちらも起源がはっきりしないということですが、どちらのカードもゲームに用いられ、
その遊びのなかの一つとして占いに使うこともあったのだろうと考えられています。
ゲームというと単なる遊びのように聞こえますので、ギャンブルといったほうが正確かもしれません。
博打と占いは、誰かが考案したようなものではなく、人類の歴史のはじまりとともにあるといえるので、
古代に盛んに用いられたものであったとしても、詳細を調べることは意外に難しいのです。
トランプだけをもとにしてタロットカードがつくられたのではないにしても、ある程度参考にした
ということでしたら、トランプがどのようにしてできたのか、当時何の目的に使っていたのか
知りたいところですが、トランプのほうは西洋を起源とするものではないようです。
有力な説によると中国ではじまったとのことですが、古代での実態が分かりません。
実は、タロットよりトランプのほうが神秘的なのです。
タロットカードとは異なり、トランプには上下の見分けのつかないものが存在します。
原初のスート(マーク)がどのようなものだったのか分かりませんが、A(エース)においては、
スペード、ハート、クラブは上下の見分けがつくのに対し、ダイヤには上下がありません。
一方、麻雀では、一萬(イーマン)、一索(イーソー)、東(トン)?は上下が区別できるのに対し、
一筒(イーピン)には上下がありません。ダイヤと筒子(ピンズ)は元が同じマークなのでしょう。

なぜトランプの上下にこだわっているかといえば、トランプと陰陽論には関連がありそうだからです。
陰陽論は宇宙の成り立ちを説明したものですが、トランプもその要素のひとつなのかもしれません。
ハートとダイヤのAを円周上で一周させてみると、ハート(スペード、クラブも同じ)では円を一回転
させないと元の状態に戻りません。一方、ダイヤでは、半周すれば元の状態に戻ります。
これを強引に?素粒子論に転用すると、ハートのAはスピン1であり、ダイヤのAはスピン2といえます。
となると、フェルミ粒子といわれているスピン1/2の粒子はどのように説明できるのでしょうか?
スピン1/2は2回転すると元の状態に戻ることを意味しているのですが、円の周りを回っている限り、
一回転して元の状態に戻らないようにはできません。
そこで登場するのが太極図です。この陰(陽でも同じ)の周囲を一周してみると・・・
ハート、スペード、クラブのAならば、太極図の陰の周囲を一周すると、元の位置に戻ったとき、
カードが反対を向くことになります。つまり、
太極図の陰(陽)を一周すると、反転するのです。
ただ図を見ていただくと分かりますが、平面上ですと、反転して、元の位置に戻って、
再び反転していますので、これはスピン3/2であるといえます。
スピンを1/2にするには、太極図は立体である必要があります。つまり、反転(太極図の中心)
したときに、太極図のある平面に対して垂直な方向に向きを変えておかなければなりません。

しかし重大な問題があります。
このままでは、スタート地点とゴール地点ができてしまい、回転し続けることができません。
そこで・・・次回に続くのでありました。


トランプと陰陽論



2015_02_22


水星 メルクリウスの覚醒  ~内なる惑星 トマス・ムーア~
水星の影響によって、字義的(リテラル)なものが想像界的(イマジナル)なものへと変化するとき、
魂が活気づく。字義主義とは、これまで見てきたように、魂の活動停止に等しい。
字義主義においては、魂は、意味を求めて深く掘り下げるためにすべての物事を二度見る、
という作業をする必要がないからである。(中略)
一般的に現代は水星的な洞察にとって不幸な時代である。決して終わりのない神秘に開かれること
によりも、結論や事実が求められている。例えば、学生たちは一面的な定義を好む。
学生たちは解答選択型の試験には大喜びするが、深く熟考することや想像することに直面させられると、
ほとんど全員一致で、そのような知識は個人的な意見にすぎないから価値がないと不平を言う。(中略)
水星は巧妙さと盗みを通して魂を目覚めさせ、「法律、習慣、環境、運命」に風穴を開ける。
水星の視点は様々に転回にし、様々な方向を向くが、それは合理的そして道徳的な制限には従わない。

火星 マルス  二〇世紀の記録は、しばしば火星的な騒乱の記録として読むことができる。
二〇世紀を記録したニュース映画やニュース放送は、私たちの目に様々な種類の軍需品や兵器の映像を
流し続ける。すでに述べたように、新聞は殺人の物語を伝える。ときには推理小説のように面白い話もある。
しかし多くの場合、それは我を失った激しい怒りとその後悔についての単純な物語でしかない。
また、二〇世紀の自叙伝や日誌の多くが、外側からは平穏に見えていた人生の内面で燃える激しい怒りを、
洗いざらい暴露するものであることは私たちを驚かせている。(中略)
最後になるが、プラトンの『ピレボス』への注解で、フィチーノは火星に論証するという役割を与えている
ことについて述べておこう。水星が定義し、土星が分析し、火星が分類すると彼は言う。私の知るところ、
彼はこれ以上の説明を加えていない。しかし、火星的なスピリットに関する一般的な文脈から言えば、
火星の役割は論理性にあると解釈することができるだろう。(本は記事19-8で紹介)

雲のかかった火星





『火星上空に巨大な謎の「雲」出現、研究』
インド宇宙研究機関提供(2014年9月30日撮影、資料写真)
(c)AFP=時事/AFPBB News


イスラム教に限らずキリスト教でもそうですが、原理主義は聖典(コーランや聖書)は文字どおりに
読まれ解釈されるべきであるという「字義主義(リテラリズム)」から出発しています。
何でも直訳せよということです。これに対抗するのがコンテクスト主義で、読み手が文脈を理解して
解釈を行うという考えかたです。意訳するということは人によって解釈が異なってきますし、
唯一の正解はありません。これは原理主義者には許容できないことなのです。
実は、科学においても似たようなことがあります。科学は真実を探求していますから、人によって
解釈が異なるような曖昧さは許容されていません。よって、論文重視の字義主義になります。
そして、多くの学問が真実とは因果関係を究明することだと考えているので、原因と結果に焦点を
当てるのです。つまり、科学では、わたしたちのいる世界は原因と結果がはっきり分かる世界であると
仮定しているのです。これは、一神教の宗教とある面似ているところがあって、
原因は必ずあると信じているのです。ただ、宗教ではすべての原因が絶対神や創造主なのです。
それに当たるのが科学では究極の理論ということになり、どちらもそれ自体は証明不能です。

下の問題にでてくるので、万有引力を考えてみますと、以下のようになります。
F=GMm/r2 (万有引力F、万有引力定数G、物体の質量M、m、物体間の距離r)
重要なことはこの法則が宇宙のどこでも成り立つとしていることです。本当のところ、どこでも成り立って
いるのか、これまでずっと成り立っていたのか、これからも成り立つのかは誰にも分かりません。
それどころか、多くの人が取り組んでいるにもかかわらず、なぜ成り立つのかが分かりません
(つまり、この法則は他のものから導出できないので、試験では記憶しておかないといけません)。
ちなみに地球上では、M、rは一定ですから、g=GM/r2とすれば、F=mgとなります。よって、
地上で重力加速度gを求めれば地球の質量が分かります(物体の中心に質量があるとみなすことができる)。
ついでに遠心力のほうも考えておきますと、こちらは、慣性の法則「物体に力がはたらかないとき、
運動していた物体はその速さで等速直線運動を続ける」が基本になります。
この法則からして、ヒッグス粒子を水飴に例えると誤解を生むような気がします。
等速で回転運動をしているということは、何らかの力を受けているということです。
この状態を物体と一緒に回転する回転座標系で見ると物体は止まって見えますが、そのとき向心力
と釣り合う力を遠心力といいます。真剣に考えるととてつもなく難しい議論であり、「回転するバケツの
なかの水は何に対して回転しているのか」となれば、いくら考えても解答があるように思えません。
そんなことは考えず、法則を記憶しておくだけにとどめておいたほうがよさそうです。つまり、
F=mω2r (遠心力F、物体の質量m、物体の角速度ω、回転中心からの物体の距離r)です。
このFは、向心力と釣り合っています。角速度ω(rad/秒)で1秒進めば、角度でω(rad)進みます。
つまり、距離にしてrω(m)進んでいますので、速度v=rωとなります。

話を元に戻します。物理学のように演繹的に論証した理論を実験で確証するというやり方は
とても優れた手法なのですが、これにも限界があります。
もし、限界がないのなら、生物学を物理学で置き換えることができるでしょう。
ここで突然、占星術的視点になりますが、今の時代、水星と火星の関係をもう一度見直したほうが
いいように思います。それにはもう一度、論証のベースとなる前提を考え直してみることです。

が、その前に・・・火星の直線的思考は過剰な期待を生み、(期待どおりの結果を得られる場合は
いいのですが)期待はずれに終わると失望が激しい怒りに変わることも少なくありません。
直線的思考は激しい怒りを生む力を有します。
さらに、「相手が悪いのだから、殺せばいい」という短絡化を誘発します。
怒りは人間を動かす強い力なのですが、集団になればさらに大きな力になります。
中東をそしてウクライナを見れば分かるように、現在でも、火星の力は衰えていません。
科学には憎しみの連鎖を止める力はありません。
増幅させることはできても。誰が正しくて、何が間違っているのか論証できますか?

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小林 よしのり

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2015_02_18


水星(メルクリウス) ~内なる惑星 トマス・ムーア~
水星的な意識では、形態がすべてである。想像の中で物がとる形態はその意味をさらけ出す。
例えば、体験を描写するために使われる言葉(雄弁さや言い回し)、状況を見るイメージ(想像力)、
心に泡立つ二重の意味(巧みさ利発さ)、発見される隠れた意味(解釈)―これらはすべて水星的な意識
が、日常的で字義的な出来事を心理学的なリアリティへと変化させ、魂を目覚めさせるための手段である。
フィッチーノは、水星の性質を反映したイメージを見ることを望むのならば、多彩色の衣服を身にまとい
玉座に座る男性を想い描くべきだと勧めている。そうすると水星的なヴィジョンの様々な色彩を
見ることになるのだと。心理学的な理解の基本的な原則は、イメージの流れを見守り続け、
イメージがイメージを生み出すことを促す、という水星的なものである。
これにより、論理的で直線的な推論からではなく、そのようなプロセスから浮上する質感の豊かさの
中にあるヴィジョンの深みに導かれるのだ。(中略)
双子座の支配星である「水星(メルクリウス)において」、片方の目を事実にとどまらせながら、
もう片方の目で常にパースペクティヴを変化させることができる。水星を通して、人は二重性を犠牲にせずに、
二重のヴィジョンを見ることができるのである。水星の解釈には、最終的な解釈も、満足のいく結論もない。
常に新しい観点、この意識の多彩色の衣服の他の色、考慮するための他の角度があるだけなのだ。
終わりはなく、それゆえ常にさらなる見込みがある―より深い洞察、より深い意味、他の適用、
探索されていない連想、隠れたニュアンス、そして予期せぬ驚きがもたらされる。
もちろん、このパースペクティヴは真実や科学と対立することがある。
しかし、それも一つのオプションであり、この見方に熟練すれば驚くべき結果がもたらされることがある。
予期せぬ驚きと出会っていくという考え方は、私のものではなく、フィチーノのものだ。
より正確に言うと、これはフィチーノの卓越した生徒であったピコによって提案された考え方である。
ピコは、イメージや物語の解釈を通して、魂を驚かせることが大切であると信じていた。解釈とは主に古い
イメージの中に新たなイメージを発見することなので、水星がもたらす驚きは、新たなイメージや新たな
考え方であり、どうやって魂をかき混ぜたらよいかを知っているいたずらな神からの贈り物と言えるだろう。
(本は記事19-8で紹介)

火水金星

[生声CD&電子書籍版付き] マララ・ユスフザイ国連演説&インタビュー集[生声CD&電子書籍版付き] マララ・ユスフザイ国連演説&インタビュー集
(2014/03/15)
CNN English Express編

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勉強ってどうして「面白くない」のでしょうか?
現在、日本国内には多くの教師がいて、授業で生徒に興味を持たせようと日々努力されているのではないか
と思いますが、多くの生徒にとって授業はつまらないし、勉強は面白くありません。
一方、発展途上国では勉強することが貴重なことになっているので、学校に行くことがうれしいのです。
特に、イスラム圏では女性が勉強すること自体がサプライズであり、学び=喜びなのです。
しかし、他国の状況がどうであれ、勉強はやっぱり面白くありません。とにかく、眠たい!

勉強内容が人生において重要であるようにも思えませんし、授業がつまらなければ寝ておけばいいのですが、
実はこのことには、わたしたちが見失っている魂というものを発見するチャンスがあるのです。
なぜ勉強が面白くないかといえば、勉強には「魂に触れるもの」がないからなのです。
現代人にとって唯一の魂の経験はサプライズです。
驚き以外の感情は理性に汚染されてしまっているので、純粋な魂の経験になっていません。
ちなみにサプライズはショッキングとは違います(英語としても)。ショッキングには不快感が伴っています。
これを勘違いすると、イスラム国配信の写真を生徒に見せるような事態になります。
経済を動かすのもサプライズです。金融市場を動かす最も大きな力もサプライズです。
軍事でもサプライズが重要で、クリミア侵攻をみるとロシアは今でもそのことをよく理解しているようです。
予期できることならばサプライズではありませんから、少なくとも論理的に理解できるようなものでは
ありません。論理性を嘲り笑うのがサプライズです。ただ、これは先進国での話です。
イスラム社会で最重要な魂の経験は神に対する畏敬です。
神がいるかいないか、信じるか信じないかという問題ではなく、神を畏れ敬うことができるかどうかです。
自分も含めて多くの日本人には無理だと思います。同じ地球上にいるからといって、何でも分かりあえる
わけではありません。そして、「どちらかが優れている」というわけでもありません。

サプライズに必要な能力に「パースペクティブ」があります。
聞きなれない言葉ですが、perspective(上の引用では本のとおり パースペクティヴと表記)です。
この言葉が訳しにくいようで(だから上の引用文ではパースペクティヴとなっているのですが)、
日本語には適訳がない言葉なのでしょうし、日本人に欠けている概念なのかもしれません。
現時点から将来の成り行きを展望しているような感じなのですが、それだけでは何か足りません。
パースペクティブには、その人なりの世界観があってそれを反映した「視点」を含んでいるのです。
パースペクティブは学校で勉強することができません。逆に、学校の勉強など全くできなくても、
柔軟で壊れないパースペクティブを持っていれば、人生がどん詰まりになることはないでしょう。

実は、勉強好きで知識に頼りたがる人に、(自分なりの)パースペクティブに欠けた人が多いのです。
本当はその逆で、パースペクティブを見いだせていないから知識に頼るようになるのですが・・・
パースペクティブが硬直化して機能しなくなると、水星はその人によい影響をもたらさなくなります。
水星に無視され、金星に無視されると、火星の影響を強く受けるようになります。
つまり、日々の仕事に追われるということです。何事にも怒りを感じるようになるかもしれません。
身近な星である水星、金星、火星までは、ある程度の「努力」が可能ですが、
それを越えると、自分ではどうすることもできない状況に陥ります(逆に幸運もあるのですが)。
それでも、木星の影響を受けているなら問題ありません。つまりは、陽気さを失わないということです。
木星もスルーすることになれば、最後は土星のお世話になります。これが厄介なのです。
土星=メランコリーです。「気が滅入る」 「気持ちが沈む」 「落ち込む」 「気が晴れない」ということです。
現状を知りませんが、学校の先生は、土星のお世話になるパターンに陥りやすいと推察されます。
勉強で得た知識は土星には通用しません。

さて知識は無駄だといっておきながら、今後は物理に挑戦してみます。取り上げる題材は、宇宙です。
占星術でも、近づけようとする力(引力)と遠ざけようとする力(遠心力)のつり合いは重要ですが、
受験物理でも同様で、万有引力と遠心力の公式は頭に入れておく必要があります。
宇宙の力学はあまり出題されないと思いますが、それだけに無視してしまいがちになりますので、
さらっとでいいので復習しておくと、イザというときに役立ちます。

(問)図のように3つの天体が互いの万有引力を受けながら原点Oを中心に一定角速度ωで同一面上を円運動
している。天体1の質量をM,天体2,3の質量をmとする。その他に天体はないものとする。
以下、天体と一緒に回転している観測者の立場から考察し、図中の二つの直交する軸x,yは同じ角速度ωで
回転しているものとする。このように3つの天体が一定角速度で運動するには図の距離a,b,c間に
ある関係式が満足されていなければならない。万有引力定数をGとする。
以下の設問に答えよ。答に天体1と天体2の距離 長さLを用いてよい。
(a) 各々の天体間に働く万有引力と、それぞれの天体の遠心力の向きを図中に示し、それらの大きさを記入せよ。
(b) 各々の天体での力のつり合いの式をx軸方向とy軸方向に分解して書け。
(c) 回転の中心Oが3つの天体の重心になっていることを示せ。
(d) 3つの天体の位置が正三角形の頂点にあることを示せ。
(e) 角速度ωをG,M,m,aを用いて表せ。
東工大物理1(出典:2004年前期 東京工業大学 物理)



2015_02_16


厄年早見表:2015年(平成27年)2015年の厄年と方位除け入門
厄年とは読んで字のごとく災厄に遭いやすいとされる年齢です。厄年の風習は
平安時代の陰陽道にさかのぼるといわれていますが、はっきりした根拠などは不明です。
厄年と言えば、誰もがすぐに男性42歳の「男の大厄」と、女性33歳の「女の大厄」の事を
思い浮かべるのではないでしょうか?
しかし、厄年は「42(死に)」と「33(散々)」に通じるこのふたつの年齢だけでなく、
男性は25歳と61歳、女性は19歳と37歳も同じように厄年に当たっているのをご存知でしょうか?
また、厄年とはいっても、その1年だけ注意すればよいというものではなくて、厄年の前年に当たる「前厄」
と後の年に当たる「後厄」を合わせた3年間は充分に注意を払わなければならないといわれています。
根拠のない「厄年」ですが、アンケートによると「厄年は迷信だと思いますか?」と言う問いに、
約64%の人が「そう思はない」と厄年に肯定的な回答をしています。
また、厄年の人に対するアンケートでは、「あなたは厄年であることが気になりますか?」と言う問いに、
約59%の人が「気になる」と答えています。根拠のない「厄年」ではありますが、人生における節目の年と
捉えて自分の身体を注意深くチェックして、リフレッシュする良い機会かもしれません。
厄年早見表:2015年(平成27年)男性の厄年一覧
1992年(平成4年)生まれ24歳 前厄    1975年(昭和50年)生まれ41歳 前厄
1991年(平成3年)生まれ25歳 本厄    1974年(昭和49年)生まれ42歳 大厄
1990年(平成2年)生まれ26歳 後厄    1973年(昭和48年)生まれ43歳 後厄

1956年(昭和31年)生まれ60歳 前厄
1955年(昭和30年)生まれ61歳 本厄
1954年(昭和29年)生まれ62歳 後厄
厄年早見表:2015年(平成27年)女性の厄年一覧
1998年(平成10年)生まれ18歳 前厄   1984年(昭和59年)生まれ32歳 前厄
1997年(平成9年)生まれ19歳 本厄    1983年(昭和58年)生まれ33歳 大厄
1996年(平成8年)生まれ20歳 後厄    1982年(昭和57年)生まれ34歳 後厄

1980年(昭和55年)生まれ36歳 前厄   1956年(昭和31年)生まれ60歳 前厄
1979年(昭和54年)生まれ37歳 本厄   1955年(昭和30年)生まれ61歳 本厄
1978年(昭和53年)生まれ38歳 後厄   1954年(昭和29年)生まれ62歳 後厄
厄年は、数え年で考えます!
厄年は一般的には数え年にもとづきます。数え年は、満年齢に1歳たした年齢のことです。これは、
仏教の考えかたで、胎児が母親のお腹に宿った時を0歳とするため、生まれた時はすでに1歳となって
いるという考え方です。神社仏閣の厄年の案内では、立春(旧暦の節月における年始)に年をとるとする
ケースと新暦の1月1日(新暦の年始)に年をとるとするケースがあり神社仏閣により違っています。

海王星

科学的にみれば、厄年は根拠のないただの「迷信」ということになりますが、平安時代からある言い伝え
が現代まで生き残り、今でも多くの人が厄年にそれなりに意義を感じているのは不思議なことです。
例えば、病気をして長期の入院をしなければならなくなったとします。罹患率は調査されており、
厄年だからといって特別な傾向がないことは分かっています。しかし、病気になることがその人に
どのくらいのインパクトを与えるのかは、年齢によって大きく違うのではないでしょうか?
男性にとって、40歳代前半に病気をして仕事から長期離脱してしまうと、多くの場合は出世の道を
断たれてしまいます。しかも、40歳代では、30歳代のように再起するエネルギーが残っていません。
かと言って、50歳代のように自分を納得させることもできません。50歳代になると、多くの男性が
「まあこのままでいいや」と思いはじめ、キャリアアップを目指さなくなります。
男性にとって大厄(満41歳)は、災難を受け入れがたい年齢であるといえるのではないでしょうか?
また、女性にとって、30歳代前半は人生の転換点になりやすい傾向があります。20歳代で自由を
満喫している人でも、30歳になると将来を考えはじめます。なぜなら、40歳代になると、家族を持つこと
の意味が変わってくるからです。医療のテクノロジーは飛躍的に進化しましたが、(通常の)出産には
年齢制限があります。このようなことから考えると、女性にとって30歳代前半に起きる災難は、ライフプラン
全体を狂わせてしまう可能性が高くなるのです。女性の場合、30歳代に2つの厄年がありますが、30歳代
前半のトラブルが、そのまま30歳代後半にも影響を及ぼすということを意味しているのかもしれません。
60歳からは、男女ともに第二の人生といってよいでしょう。寿命が延びている現代において、その重要性は
増すばかりです。60歳以降の生活で毎日が楽しく過ごせるかどうかは、その人次第です。
この点については、男性のほうが大きな試練を持っているように思われます。第二の人生で「何をしたらいい
のか分からない」と訴える人は、女性より男性に多いからです。ですから、満59~61歳の女性の厄年は
あまり重要視されていませんし、考慮されないケースも多くあります。
厄年は、精神面では現代に適合しているのです。

占星術で、長期的精神性に影響を与えている星は海王星です。海王星は、物質的な意味をほとんど持って
いないため、理解しにくい星です。しかし、「やりがい」とか「生きがい」といった観点ではとても重要です。
このような深い精神性に関することは、現在の科学ではほぼ無解明です。科学技術の進んだ先進国ほど
自殺や鬱、精神疾患が多いことは、現代の科学に「欠けている」部分があることを暗示しています。
科学は、認識できればそれなりの対処ができるのですが、認識ができないものについてはほぼ無力です。
本人がいくら苦しんでいても、病気であることを把握することができなければ治療はできません。
精神性を意味する海王星は厄年と意外な関係にあります。
海王星の公転周期は約165年です。つまり、人の一生は海王星の一周より短いのです。
海王星の半周は約83年であり、今では、これは「最低でもここまでは生きよう」というラインになっています。
そして、4分の1周は41.3年であり、満41歳ということで男性の大厄と一致しています。
41歳になると、生まれたときの海王星とその時点での海王星はスクエアの関係になり、
精神面において、克服しなければならない障害があることを意味しています。弱気になりやすいのです。
逆に言えば、何か(何であるかは人によって異なる)を乗り越えることで新しい自分を創造できると
いうチャンスでもあるのです。厄年はピンチではなく、人生の要所といったほうがいいように思います。
海王星の5分の1周は、33.0年です。これは、女性の大厄にほぼ一致しています。
このとき、出生の海王星と今の海王星は72度の角度を持ちます。占星術では、このアスペクトを
キンタイルと言い、精神的に生き生きしている状態を意味します。つまり、女性の厄年は、
よい時期を意味していて、「調子に乗りすぎてはいけない」という意味合いがあるものと思われます。
今、調子がいいからといって将来のこともよく考えていないと、活力が衰えてきたときに苦労しますよと
いうことではないでしょうか?40歳になって焦るようなことになれば、男性と同様に、41歳にて厄を
迎えるという考えかたもできそうです。勿論、そこで大きく成長する女性もおられるとは思いますが、
男性よりさらに苦難な道になるかもしれません。
60歳になっておとずれる厄は、海王星とは無関係で、土星に関係しているのではないでしょうか?
一般に、サターンリターン(土星が一周する)と言われるものは29歳のときとされますが、土星の
公転周期は29.5年ですから、二周すると59歳です。ここからが土星の三周目になります。
次に土星が帰ってきた年(88歳)を迎えられることは、まさに「長寿のお祝い」なのです。

なお、海王星が発見されたのは1846年。当然のことながら、平安時代の陰陽師が海王星を知っていた
はずがありません。陰陽師が何を知っていたのか(感じていたのか?)分かりませんが、
当時から、占いには、西洋占星術とほぼ同じように、黄道十二宮を持つホロスコープのようなもの
を用いていたことは間違いありません。これは、六壬神課(りくじんしんか)と言われるものです。
陰陽師で有名な安倍晴明は、「占事略决」という六壬の解説書を書き著したとされています。



厄年と海王星


2015_01_05


日本の産業構造の変革――製造業が無くなるかもしれない
関西文明倶楽部 > 3-2.産業資本主義社会的製造業の終焉と次世代への萌芽)
日本の輸出産業は、無くなるかもしれません。内需産業だけを残して、自動車と電気は潰れるかもしれません。
グローバル化を進めるべき産業と、そうでない産業をきちんと見極めずにグローバル化を目指してはいけません。
グローバル化をして外貨を稼ぐ産業は、あと3年も持たないかもしれません。では、自動車産業や電気産業に
変わる何かを構築して、何とか3年で仕上げなくてはなりません。なぜかと言うと、電気産業の利益率は1%です。
それでは意味がありませんので、辞めた方がいいと思います。アメリカやドイツやヨーロッパの電機産業は、
テレビやオーディオを造ってはいません。そのような商品は中国等に任せています。
例えばアップルの様に、デザインはカリフォルニアでやっていますが、アセンブリは中国です。
アメリカの電機産業は今60%が医療産業です。その利益率は17%、つまり日本の17倍です。今年には
ドイツも医療産業が50%を超えました。つまり電機産業の殆どが医療産業なのです。フランスもそうです。
そして、有名な「ダ・ヴィンチ」というロボットで手術をするのですが、あれはすべて日本製で、デンソーの
ものです。デンソーの人間は、もう自動車産業から外れ、医療産業のチームに組み込まれ始めています。
世界の自動車の売上は今年で200兆円です。トヨタが連結決算で20兆円ほどです。ところが、今年医療産業は
200兆円を超えています。経産省の読みでは、世界のマーケットは2020年には500兆円になるそうです。
これは自動車の2.5倍です。既にこれの取り合いが始まっています。(後略)
デザインという枠組みを超えて――クリエイティブ産業構築へ
一方、村上隆がアートの企業化、産業化を提唱していますが、実際に、アートやアニメーションなど、
アニメーションの世界から出てきたコミックアートの世界が新たなビジネスとして芽生えつつあります。
ファッションは、もう既に先ほどお話しにあった様にビジネスとして成立していると思います。
英国は、デザインや音楽などと言わずにクリエイティブ産業と呼んでいます。その辺の際を全て取り払って
しまっていて、我々デザインを長いことやってきた人間からすると、それはデザインの様なものです。
そういったものが、大きなバリューを生み出す仕組みとして成り立ちつつあるのではないかと思います。
日本に限らず新興国と呼ばれているアジアや、元々ヨーロッパはそういうことに対してのバリューが解る
のです。世界レベルで、それらを上手く整理しなおしたら面白い流れが出来るのではないでしょうか。
現在、経産省や大阪府、大阪市などは、国内で様々な新しい産業を興さなければということで
次の産業を考えつつありますが、どうやらその基準が18世紀以降のインダストリーにイメージがあり、
次の時代の産業のイメージが無いと感じます。今、人の感性に関わるものが産業として成り立ちそうな
流れがあり、そこにはデザインやアート、そして音楽や吉本興業を含めてもよいと思うのですが、
国や官僚にはそのようなイメージが無いように思われます。(後略)

ポスト産業資本主義における差異を生み出すもの 「顔」を見せることが価値を生む時代へ(インタビュー) DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文ポスト産業資本主義における差異を生み出すもの 「顔」を見せることが価値を生む時代へ(インタビュー) DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文
(2014/12/29)
岩井 克人

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内容紹介 貨幣が生まれる以前の贈与交換が行われていた時代、交換は「顔」が見える行為であり、
人間関係と密接に結びついていた。しかし貨幣の登場で、交換の効率性や自由が高まるにつれて、
交換はモノやサービスを単に受け取るだけの無機的で他人とのつながりを意識しない行為へと変化した。
ポスト産業資本主義の現代、企業が小さな差異を見つけて利潤マージンを確保することが求められている。
贈与交換の時代にあった「顔」を見せることが、差異を生み出す戦略の一つとして再び注目されている。
顔を見せることによって得られる、信用や信頼が企業のプライシングにどのように影響を与えているのか、
経済学者の岩井克人氏に伺う。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------
記事30-4、5にて、惑星でなくなった冥王星が依然として占星術において重要であると書きましたが、
「個人よりは集団を通して影響力を発揮する星」である冥王星は、社会の流れを知るには欠かせない星です。
その冥王星は現在、山羊座にあります。(星はすべて左回りです)
山羊座は、個人的な占いにおいては社会生活に関する事柄を表しているのですが、
個人を超えた社会的な意味として山羊座を考えると、どのような星座といえるでしょうか?
冬至を過ぎた時点で、太陽は山羊座に入り、新年を山羊座で迎えます。山羊座は社会情勢の変化や時代
の潮流の転換点を意味しています。また、星が山羊座に入る地点は、射手座と山羊座の境界線であり、南中
(ホロスコープの頂点)と呼ばれる位置にあたり、ホロスコープ全体に大きな影響を与えるとされています。
前回(当時はまだ冥王星は発見されていなかった)、冥王星が山羊座に入ったのは1762年で
ちょうど産業革命がはじまった頃(はじまりの時期については諸説ある)に当たります。
そして今回、冥王星が山羊座に入ったのは2008年で、リーマンショックの年に当たります。

これは、資本主義の終焉を意味するのでしょうか?確かに資本主義は行き詰っているように感じられます。
問題は、資産のほうが労働より大きな利益を生むようになったことです。資産を持っているのは金持ちです
から、金持ちほど儲かることになります。金持ちはさらに金持ちになり、それがさらに金を生むということです。
それとともに、中産階級が没落します。
中産階級の消費が落ちると企業が儲からなくなり、さらに中産階級の生活が苦しくなります。
資本主義には、これを打破する方法がありません。アベノミクスのやり方ですと、格差はさらに拡大します。
ではデフレを放置しておけばどうなるかといいますと、物の価値が下がる=お金の価値が上がります。
つまり、今現在、お金を持っている人が得するばかりで、お金のない人にはチャンスがなくなります。
ではアベノミクスの最終結果はどうなるのでしょうか?円安と財政出動で、大企業は儲かるでしょう。
しかしこれは一部に限られますから、全体では実質賃金が上がらず、中産階級の消費が伸びません。
政府は何がなんでも景気をよくしようとしますから、どんどん財政出動を行います。財政出動は
した分だけ効果はあります。しかし、やめるとすぐに景気が悪化しますから、やめることができません。
最終的に起こることは、財政破綻です。
その後するべきこと3点セットは、「大増税、年金の大幅カット、公務員の人員削減と給与の大幅削減」。
これで景気は最悪の状態になり、税収が落ち込み、さらなる大増税が必要になります。
では、アベノミクスをやめればいいのか?そうでもありません。
成長を諦めて福祉を充実したりすれば、すぐに財政破綻してしまいます。

ではどうして、冥王星が一周するまで、欠陥だらけの資本主義は破綻しなかったのでしょうか。
それは、格差を縮めて、破壊とその後の成長を促す出来事が何度かあったからです。
悲しいかな、戦争が格差を縮めたのです。
今後、平和を維持しながら、格差を拡大させずに経済成長することは可能なのでしょうか?
戦後のようにですって!なるほど、朝鮮戦争による特需で日本を復興させるということですね!?


山羊座と冥王星


2015_01_03


天王星と冥王星のスクエア… どうして大騒ぎ? Vol.1 (2014年12月15日 Tarot.com Japan
占星術家たちは、現在進行中の大規模な天王星と冥王星とのスクエアに大騒ぎしています。
このスクエアは連続したもので、最後に起こるのは2015年です。劇的な変化を示す惑星である天王星と、
変容の惑星である冥王星がつくる7回のスクエアは、個人に対しても世界のスケールでも見ても、
大きな変革の時期を告げています。では、細かく見てみましょう。
天王星と冥王星のスクエアとは?
スクエアとは、2つの惑星がつくる90度のアスペクトです。そしてこのアスペクトは衝突を…あるいは、
もっと耳障り良く言えば、非常に求められていた変化が起こるチャンスをもたらします。
革新的な天王星が変容を象徴する冥王星と、それぞれ牡羊座と山羊座に入ってスクエアになる時、
まず現れる影響としては、古い考え方ややり方が一掃されて改革への環境が整います。
そして最終的に、生まれ変わり新しい生き方を始めるのです。
天王星が冥王星とスクエアになる日付け:
・2012年6月24日 ・2012年9月19日 ・2013年5月20日 ・2013年11月1日
・2014年4月21日 ・2014年12月15日 ・2015年3月16日

これまでに天王星が冥王星とスクエアになったことはある? (Vol.2より)
あります。直近の天王星と冥王星のスクエアは、1932年と1934年の間、そう、世界が大変動に直面した
時期と重なります。世界大恐慌、原子爆弾の発明、そしてアドルフ・ヒトラーの台頭などが例に挙げられます。
天王星と冥王星のスクエアを迎える準備は?
良い知らせは、この記事を読んだことで、あなたはすでに準備ができているということ!
この数年における成功の鍵は、自分の不安に向き合い、たゆまず前進することなのです。
悪い習慣を捨て去り、いつものパータンから脱して、来るべき変化を受け入れましょう。
全ての始まりは、ひとりひとりの個人です。
あなた自身が考え方や物の見方を変えれば、この世の中もまた、良い方へと変わるでしょう。

2015キティちゃん2015年になりました。
繰り返し言っていることですが、
占いは、未来がこうなるだろうと
予想するものではありません。
なぜなら、わたしたちには自由意思があり
「道」を選択することができるからです。
しかし、わたしたちは人生においても
「道」の上を歩きます。
いくら望んでも「道」がなければ、
望む方向に進むことはできません。
確率的にみて可能性の低い「道」は
注目されませんが、それでも
選択可能な「道」は存在しています。
悪路を知っておくことは有効です。
なぜなら、それを意識的に避けようとすることができるからです。


革新的発想で既存体制を打破する力を持つ天王星と強制的な変化を促す冥王星がスクエア(克服しなければ
ならない障害がある)している状況においてどのような事態が想定されるでしょうか。個人の運命は、
天災、戦争、経済活動といった個人の力では変えられない大きな出来事によって、大きく左右されます。
2014年の後半に逆行していた天王星が今は牡羊座にあって、突然で予想外の出来事を象徴しています。
突然で予想外の出来事には、噴火、地震だけでなく、エボラ出血熱など恐ろしい感染症も含まれます。
これらは被害に遭う個人にとっては災難でしかないのですが、人類にとっては異なる意味合いを持ちます。
硬直した世界に新しい力を与える存在として、無くてはならないものなのです。
新年早々、おめでたくない話で申し訳ありませんが、最悪の「道」を考えてみましょう。
2012年から続いた天王星と冥王星のスクエアは2015年で終わりを迎えます。
その前に天王星と冥王星のスクエアがあったのは、1932~1934年でした。1929年に世界大恐慌が
あり、1933年にヒトラー政権が誕生します。では、天王星と冥王星のスクエアがあった1934年以降、
世界はどうなったかといいますと、1939年に第二次世界大戦がはじまることになるのです。
今となっては、ドイツ国民がなぜヒトラーを称賛したのか不思議に思われるかもしれませんが、ドイツは
世界恐慌の影響をまともに受けて、困窮を極めた国民は藁にもすがる気持ちでヒトラーに期待したのです。
貧困を極め、餓死者が出る状況で、平和の大切さをどれだけ訴えることができるでしょうか?
「戦争では死にたくないけど、餓死ならいい」とは思わないですよねぇ、普通の人間は。
経済の破綻は、戦争への道の入口です。今年以降、世界が大混乱に陥る要因は何でしょうか?
そのひとつは、昨年誕生したイスラム国です。
イスラム国への支持がどんどん拡がれば、国際社会に対する大きな脅威になるでしょう。
しかし、このような見方は、イスラム国が悪で、既存の社会が善であるという前提にたっているから
そうなるのです(イスラム国を支援しようと思っているわけではありませんので、念のため)。
「抜けられない貧困よりはイスラム国」と思う人が増えないという保証はどこにもありません。
イスラム国が中東の石油を押さえると世界が変わります。
そんなこと国際社会が許すはずがないと思われるかもしれませんが、
アメリカが動かなければ、イスラム国を倒す実力など国際社会にはありません。
中東から石油が来なくても困らなくなってきたアメリカが、石油が来なくなると経済が困窮する日本の
ために行動するのか?いや、そうなったら、日本はイスラム国から石油を買うのでしょうか?
アメリカは本気で、イスラム国を壊滅させようとしているのでしょうか。これが疑問なのです。
成長を促しているといえば言い過ぎでしょうが、アメリカはイスラム国の成長を黙認してきたといえます。
万が一、イスラム国がイラクを制覇すれば、すぐにイランとの戦闘状態になるでしょう。
ホルムズ海峡が閉鎖されたとき、日本の杞憂が現実のものになります。
「中東から石油が来なくなってもいいや」くらいの気持ちでないと、平和主義は貫けないのです。
一方、戦争に参加しても、日本に世界を動かす力などないことも理解しておかなければなりません。


天王星冥王星のスクエア


2015_01_01


「日本は英語化している」は本当か?――日本人の1割も英語を必要としていない
寺沢拓敬 / 言語社会学 (8月21日 SYNODOS -シノドス-)
「ニーズの低さ」を黙殺する現代 
現代に目を戻してみよう。たしかに、戦後初期に比べれば、現代の英語使用ニーズは飛躍的に上昇した。
しかしながら、それはあくまで、戦後初期と比べればの話である。これまで見てきたように、
現代においても、英語を日常的に使用している人の割合はごくわずかであり、潜在的なニーズを持った人
(たとえば、限定的ながら過去1年間に英語を使ったと答えた人)を含めても、過半数にすらはるかに
及ばない。このように、英語使用をめぐる社会状況は、戦後初期と現代のあいだに、根本的な差はない。
しかしながら、認識レベルでは正反対である。なぜなら、前述したとおり、近年の文科省は「国家総動員」
的な英語使用観に偏っているからである。英語使用のニーズの上昇はせいぜい数%から1割程度で
あるにもかかわらず、「社会全体で見れば英語使用のニーズはまだ限定的である」という現実を、
まるで忘却してしまったかのような認識の大転換である。
対比的に述べるならば、「低い必要性を真剣に受けとめていた戦後」と、「多少増えたとはいえ、
依然必要性が低いにもかかわらず、そうした社会状況を『黙殺』しつつある現代」と整理できるだろう。
もちろん、今後ますます英語教育が重要になっていくのは間違いない。
学校英語教育やビジネスの英語化も、いままで以上に発展が求められるだろう。しかしながら、
現代の英語使用ニーズの低さは、無視してもよいほどには「改善」していないこともまた事実である。
「みんなに英語が必要」などという空想的な社会像をいたずらに描くのではなく、日本社会の実態を
きちんと見据えて、地に足の着いた教育政策・英語教育論・経営戦略を練っていかなければならない。
そのヒントのためにも、たとえば政策立案者や教育研究者、経営者は、社会統計と歴史をきちんと直視
しなければならない。

英会話不要論 (文春新書)英会話不要論 (文春新書)
(2014/10/20)
行方 昭夫

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内容紹介
日本人は英語は読めても話せない。それは日本の英語教育に問題があるのではないか――長年
指摘されてきたこの問題を解決すべく、文部科学省は2011年以降、小学校5年から英語を必須科目とし、
さらに20年までに、小学校3年から英語教育を導入する方針を打ち出した。そんな風潮に対し、
英語教育の第一人者が本書で、「英語が話せなくて何が悪い」と異議を唱える。
「帰国子女は英語がペラペラでうらやましいか?」「小学校で英語を教えるとどうなるか」
「『読み書きはできるけど話せない聞けない』は本当か?」「センター試験にリスニングが導入された
成果は?」などをテーマに、日本人が長く馴染んできた文法・読解中心の英語教育が、いかに外国語の
習得に効果的であったかを具体的に指摘していく。
内容(「BOOK」データベースより)
「『読み書き』はできるが話せない」から脱却すべく、英語文法の授業が消え、小学校5、6年に
必修化された英語授業を、3年生に引き下げる動きもある。こうした文科省の方針がいかに逆効果で
あるかを、英語教育の第一人者が具体的な事例をもとに指摘する。

英語使用率

なぜ日本人は英語がうまくならないか?
簡単なことです。必要ないからです。英語がしゃべれなくて困ったことがありますか?
確かに、英語を聞く能力がもう少しあったらなと思ったことがある人は多いでしょうが、
では、英語ができなくてそれほど困っているかといえば、そうでもないでしょう。個人的には、
英語が全く分からなくても、NFLを見るのに支障はありません(いよいよプレイオフです!)。
使わないのですから、英語がうまくなるはずがないわけです(うまくなろうとも思っていない)。
「背後からの不正なブロック」がIllegal Block from the Backであろうと
Illegal Block in the Back(←こちらが正しい)であろうとどうでもいいことです。
「そんなことではダメだ。グローバル社会で生きていくためには、英語力をつけて海外に積極的に
でていかなければならない」という意見に反対するつもりはありませんが、海外に行くつもりのない
(行ったこともない)人間に、英語を勉強しろといってもそりゃ無理ってものでしょう。
「日本が最高だから」というつもりもありません。日本しか知らないのですから、最高も最低もない
のです。アメリカ人だって、海外に行ったことのある人はきっと半数以下でしょう。
アメリカ人が海外に行く必要がないのと同じように、多くの日本人にとっては海外に行く必要が
ないのです。外需依存度の高い韓国のような国では状況が異なります。
もし、国民の多くが英語をしゃべれるようになると国際競争力がつくというのなら、
インドやフィリピンといった英語の話せる人が多い国は先進国になっているはずです。
TOEFLスコアで比較すると、北朝鮮のほうが上だそうですから、
日本より北朝鮮のほうが国際交流の進んだ国ということでしょうか?
わたしが主張したいのは、すべての国民が英語(特に英会話)をそれほど
熱心に勉強する必要はないということす。(引用文の主張とほぼ同意見です)
文科省がするべきことは、学生全体の英会話力を上げようとする政策ではなく、
英語の好きな人がもっと勉強できるようにサポートする制度を拡充させることです。
国語や算数は皆が学ばなければならない基礎科目ですが、それ以外は、学生の自由に任せたほうが
いいと思います。自分が学びたいと思うことを勉強できる環境が大切です。
体制翼賛会的に、英語ができる国民をつくる必要はありません。また、英語は単なるツールであること
を忘れてはいけません。英語がしゃべれるだけでは、大きな付加価値を生み出すことはないでしょう。
語学力を活かして何がしたいのか?そちらのほうが重要だと思います。英語がしゃべることができれば
どうにかなるだろうくらいの気持ちでしたら、どうにもならない可能性もあります。
英語を勉強するより、その戦略性の低さをどうにかするほうが先決ではないでしょうか?
当たって砕けろという言葉がありますが、この言葉が有効なのは、人まねでないことに限られます。
猫も杓子も英語を勉強しているのですから、英語がしゃべれるだけではあまり意味がないでしょう。
小さい子供をお持ちのお父さん、お母さん・・・
子供を英会話教室に通わせる余裕があるのでしたら、絵本を読んできかせてあげてください。
子供に必要なのは、知識ではなく知的好奇心を持たせることではないでしょうか?
「なぜ」ではじまる疑問を持たない人は、
小さい子供の頃に親が何を勉強させても、結局は無駄になってしまうでしょう。

海外には興味なしですが、宇宙には興味がある人って結構いるのではないでしょうか?
前記事の続きで、色のあるグルーオンは、クォークの色を変える能力を持っています。
陰陽論と易から検討しますと、色のあるグルーオンは2つが対となって発生し、左右に分かれて
別の(反)クォークと衝突するものと思われます。下の図には、中間子を想定して、
クォークと反クォークがグルーオンにより色を変える様子を示しました。同時発生したグルーオンの
一方がクォークに、もう一方が反クォークに衝突して消滅するためには、クォークと反クォークは
異なる色を持っている必要があります。というより、クォークと反クォークが同じ色を持っている
としても、グルーオンとの衝突で別の色になってしまいます。例えば、緑色の反ダウンクォークと
アップクォークがあるとします。反ダウンクォークとグルーオン⑥(グルーオンの数字は
前述のものと同じ)が衝突すると同時に、アップクォークとグルーオン⑧が衝突します。
緑色の反ダウンクォークとグルーオン⑥が重なり合って、反ダウンクォークは青色になります。
一方、緑色のアップクォークとグルーオン⑧は重ね合わせることができないので、
アップクォークは緑色のままです。その結果、反ダウンクォークとアップクォークは違う色になります。
結局のところ、色のあるグルーオン2つが対となって発生し、左右に分かれて別の(反)クォークと
衝突するメカニズムですと、反ダウンクォークとアップクォークは必ず別の色になるということです。
では、陽子や中性子ではどうなのか・・・いつか・・・

グルーオン図6


2014_12_28


年収90万円ダウンで、マイホームを手放した40代サラリーマンの事情 (12月22日 Yahoo!ニュース)
「景気回復、この道しかない」――。解散総選挙で安倍自民党が掲げた景気浮揚策は日本に「格差」という
負の側面をもたらしている。実際に、「不測の事態」が少しでも起これば、貧困の波に飲み込まれる者が後を
絶たないのだ。ここでは、平均的な年収があるにもかかわらずローン破たんに陥ったケースを紹介しよう。
◆年収90万円ダウンが住宅ローン返済の負担に。マイホームを処分!
●岡野行雄さん(仮名・45歳)電子部品メーカー 年収510万円
[家計簿]家賃5万円 水道光熱費1.5万円 通信費1.5万円 食費4.5万円 養育費20万円  雑費4.5万円
マイホーム購入の際、多くの人が利用する住宅ローン。だが、払いきれずにローン破綻してしまう40代が
急増している。「もし手放すのがあと1年遅かったら、ローン破綻で家は競売にかけられていたと思います」
そう振り返る岡野行雄さん(仮名)は、’99年に4300万円のマンションを都内に購入。そのときに組んだのが
35年3000万円の住宅ローンだった。
「私の収入なら十分払える金額でした。でも、’07年のリーマン・ショックで状況が一変。当時600万円だった
年収がたった2年で510万円まで下がったんです。月給はほとんど減らなかったため、月々の住宅ローン
7万2000円を払うことは可能でしたが、夏冬のボーナスは60万→15万円となり、ボーナス時の支払い
20万円が苦しく、不足分を貯金から回さなければならなくなりました」 しかも、
岡野さんには2人の子供がいる。長男を私立小学校に通わせていたため、貯金はリーマン・ショック直後の
ピーク時でも300万円程度。90万円の年収ダウン分を補填するにはあまりに少なく、’12年に貯金は底尽きた。
「マイホームに執着するあまり、希望的観測を込めて『そのうち元の収入に戻るはず』と思うようにしていました。
また、友人や同僚を招いてホームパーティもよく開いていて、周囲から『住宅ローンが払えずに家を処分した』
と見られたくなかった。でも、結果的にそのチンケなプライドのせいでマイホームを手放すことになって
しまいましたけどね」2500万円で家が売れたことで住宅ローンを完済。さらに500万円が手元に残り、
長男を私立中学に進学させることができたが、都内から埼玉県某所にある家賃5万円の賃貸マンションに
引っ越すハメに。通勤時間はそれまでの30分から80分になってしまった。
「満員電車に長時間揺られるのが嫌で都内に家を買ったんですけどね。この一件以来、みんな憐れむように
私に接してくるし、詳しい事情を知らない子供は『前の家のほうがよかった』と文句ばかり言ってくる。
私だってこんな家には住みたくないのに……」 ローンを終えても、地獄の日々に終わりは見えない。
12/22発売の週刊SPA!に掲載されている10ページの大特集『世代別[貧困と格差]ルポ』では、上記の
ような「リアル貧困物語」を世代別に取り上げ、貧困の元凶も世代別に徹底検証。明日は我が身なこの貧困と
格差問題を多角的に分析し、貧困の波に飲み込まれない処世術にも言及している。誰にでも等しく押し寄せる
貧困の波を読めれば、この格差社会も必ず乗りこなせるのだ! <取材・文・撮影/週刊SPA!編集部>

世界「比較貧困学」入門 (PHP新書)世界「比較貧困学」入門 (PHP新書)
(2014/04/16)
石井 光太

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内容(「BOOK」データベースより)
世界の最底辺を取材してきた著者は、途上国の貧困を「絶対貧困」、先進国の貧困を「相対貧困」と定義し、
住居、労働、結婚、食事といった生活の隅々で両者の実態を比較する。日本全体で約2000万人、
6人に1人が相対貧困であるという事実。世界とくらべて、日本の貧困にはどのような特徴があるのか。
スラムに住む子どもたちが笑顔で生き、かたや充実した社会保障に守られながら希望をもてない人たち
がいる。豊かさの真実を知るための必読書。

低所得者支援


25日の債券市場で長期金利(新発10年物国債利回り)が0.301%まで低下し、過去最低の利回りを
約1年8ヶ月ぶりに更新しました。既にかなり低くなっている住宅ローンの変動金利がどの程度低下する
のか分かりませんが、当面、金利上昇の可能性は低いといえる状態になっています。
記事3-9で住宅ローンの怖さについて触れましたが、もう少し詳しく考えてみます。
借金をすれば、返せなくなるというリスクを背負います。そのとき重要になるのが、返済期間です。
無理のない範囲でできるだけ早く返済しようとしたとして、10年で完済できる計画を立てられるケースと、
30年たたないと完済できないケースでは、リスクが全く異なります。10年でしたら、まあその期間くらい
ならどうにかなるだろうと考える気持ちも理解できますが、30年となると、その間に、金利が急上昇する
可能性もありますし、年収が激減する可能性もあるでしょう。次に考えるべきなのは、自分の実力です。
自分の勤めている会社が倒産した時、年収600万の人が、再就職してどのくらいの年収を
とれるでしょうか?もし、再就職して年収が増える見込みがあるなら、かなりの実力です。
しかし、現実にはそのような人は非常に少ないものと思われます。絶対倒産しない会社なんてありません。
学校の先生や公務員だから安心ということはありません。夕張市のように、地方自治体は破綻する可能性
が常にあります。国の場合は、ギリシャと同じようになるとすると、多くの官公庁職員が解雇されることに
なるでしょう。10年ですと、国が破綻する可能性はほとんどないと思います。しかし、
30年ならば、何が起こっても不思議ではありません。
次に、借金が返せなくなったとき、自宅がいくらで売れるかです。上の引用に示した例では、都内の
マンションなのでそれなりの価格がつくでしょう。これが、田舎の一戸建てになると事情は全く異なります。
田舎では、一戸建てより土地だけのほうが高値で売れることもあります。
売れ残りの中古の一戸建てがたくさんある現状で、果たして売れるのかという不安もあります。
しかし、これは今のような景気が続くという条件です。急激に景気が悪化して、倒産が相次ぐ状態に
なれば、都内のマンションでも二束三文になってしまうかもしれません。
奥さんの収入も重要です。いざとなったとき、奥さんの収入で住宅ローンが返せるならば、
大きなリスクヘッジになります。ただし、そのような状況で、夫がどのような立場に追いやられるかを
考えなければなりません。きっと、「針のむしろ」でしょう!
あと重要なのが、親の資産です。いざというとき、親にどうにかしてもらえるかどうかは、リスクヘッジ
としてはとても重要です。日ごろから良好な関係を保っているかということも大切ですが、
自分に資産がなければ、親もどうすることもできないでしょう。
さらに言わせてもらいますと、家は老朽化していきます。一戸建てなら、10年も経てば修繕費が
かかりますし、マンションなら建て替えのときがいつか来ます。

これからは淘汰の時代。会社も労働者も淘汰されます。
そして、貧困層になったとき、国は助けてくれません。大変失礼な言いかたで申し訳ないのですが、
借金する人って、よほど楽観的な人なのか、よほど自分に自信があるのか、
それとも、よほど日本の置かれた状況を知らない人なんだろうなと思ってしまいます。
借金というものは、その資金で借金以上の利益が生めるときに利用するものではないでしょうか?
金融機関にいたことがある人間として言わせてもらうと、金が返せないって、かなり不幸です。
親のしたことが自分にもできると思ったら大間違いです。

またまた、ここで全く話題を変えまして、「電磁気力」と「強い力」の違いを陰陽論で考えてみます。
強い力は、クォークを結びつけて陽子や中性子などつくり、またそれらから原子核をつくる力です。
強い力を媒介する粒子はグルーオンであるとされています。
電磁気力の場合を考えてみますと、電荷は、陰陽のペア(「火」と「水」)にとり囲まれています。
この陰陽は、電荷に近いほど大きく、遠ざかるほど小さいものになっていきます。
正電荷と負電荷がある場合、2つの電荷が近いと、2つの電荷間にある大きな陰陽ペアが消滅
しようとするため、大きな引力が働きます。陰陽ペアが消滅するというのは、2つの電荷間の
空間が消滅し、距離が縮まることを意味しており、その場合、引力が働きます。
2つの電荷が遠いと、2つの電荷間にある小さな陰陽ペアが消滅しようとし、引力は小さくなります。
同じ電荷同士がある場合、陰陽ペアが生まれようとするため、空間が膨張するような力が働きます。
つまり、誰でもご存知のように、電磁気力には引力も斥力もあるのです。
一方、強い力は、クォーク(反クォーク)がグルーオンと反応し、グルーオンを消滅させることで、
クォーク間にあるグルーオン場を小さくしようとする力として働きます。
グルーオン場は、色の違うクォーク(反クォーク)間で生まれます。このグルーオン場では
グルーオンが次々と発生しますので、この場は、グルーオン生成場といってもよいでしょう。
2つのクォークが近いと、クォーク間にあるグルーオン生成場は小さくなっているので、
グルーオンの生まれる量が少なくなります。このため、引力があまり働きません。
一方、2つのクォークが遠いと、クォーク間にあるグルーオン生成場が大きくなるため、
多くのグルーオンが発生し、2つのクォーク間に並びます。
クォークは、次々とグルーオンを消滅させ続けることになりますので、
グルーオン生成場を縮めようとする力、つまりは、大きな引力を生み出します。
この引力は電磁気力より大きな力であり、2つのクォークは一定の距離以上は離れることができません。
結果としてみると、電磁気力は遠くなると力が弱まり、強い力は遠くなると力が強まります。
強い力が働くには、2つのクォーク(反クォーク)が別の色を持っている必要がありますが、
その理由につきましては、次回にて・・・


電磁気力と強い力



2014_12_26


Vol.890 OPECの減産見送りとシェール・オイルを巡る今後
(12月1日 日興アセットマネジメント > 日興AMファンドアカデミー > 楽読 )
中東などの主要な産油国12ヵ国が加盟するOPEC(石油輸出国機構)は11月27日の総会で、
原油の生産目標を現行の日量3,000万バレルに据え置くことを決定しました。
実際の生産量は既に同目標を上回っているものの、生産枠厳守の方針すら示されないなど、
OPECが減産を見送ったことから原油相場は下げ足を速め、先物価格(1バレル当たり)は28日に
北海ブレントで70米ドル台、WTIで66米ドル台となりました。
新興国や欧州などでの需要減の一方で、主に米国でのシェール・オイルの生産増加に伴なう
供給増もあり、世界的に原油価格が低迷していることから、多くの産油国が財政的に厳しい状況に
置かれているとみられています。それにもかかわらず、今回、OPECが減産を見送った背景には、
例え減産をして、目先、原油価格を回復させても、それに伴なって米国のシェール・オイルなど、非OPEC
の原油生産の増加が続けばシェアを奪われることになり、結局、原油収入が減るとの危機感があります。
つまり、今回の決定は、将来の販売量やシェアの確保に向け、目先の価格下落には目をつぶり、
競合するシェール・オイルなどの生産増加を抑えることを狙ったものとみられています。
このため、原油価格が今後、50米ドル程度に低下するとの見方もあります。ただし、
原油価格のそうした厳しい低下にある程度耐えられるのは、外貨準備が潤沢なサウジアラビアなど、
一部の産油国に限られるとみられ、どこかの時点で減産に向けた動きが強まる可能性も考えられます。
また、原油の価格低下には需要拡大を促す面もあることを考え合せると、価格が長く低位にとどまる
可能性は高くないとみられます。なお、シェール・オイルについては、油井によって生産コストにかなり
ばらつきがあるほか、これまでに投じた資金の回収が重視されることなどから、原油価格が一段と
低下する場合でも、設備投資や生産ペースが抑えられることはあっても、増産という方向性の修正に
まで至るかは定かでありません。一方、一部で2年前の半分以下に時間短縮となった事例もあるように、
掘削などの効率化や、生産コスト削減に向けた努力に拍車がかかったり、M&A(合併・買収)が加速
するなどして、体力強化が進むことも考えられます。

原油価格の推移

シェール革命 繁栄する企業、消える産業シェール革命 繁栄する企業、消える産業
(2014/01/10)
財部 誠一

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内容紹介 シェール革命は世界の勢力地図を大きく塗り替えることになる。
これまで21世紀は「新興国の世紀」という認識が常識だったが、最近では「米国の世紀」という見方
が支配的になりつつある。世界のマネー、人、モノが再び米国に集まってくるという、
誰も想像できなかった時代の幕開けとなる。その最大の理由が米国で進行しているシェール革命だ。
地下2000~3000メートルにあるシェール層に膨大な天然ガスと原油が眠っており、その採掘が拡大し、
今や米国はエネルギー産出国として生まれ変わりつつある。
2020年には米国の原油産出量はサウジアラビアを凌ぐだろうと言われているのだ。
当然、天然ガスなど米国はカタールなどから大量に輸入する予定だったのが、それを中止した。
もはや、エネルギーの輸入国ではなくなったのである。中東に頼っていた石油や天然ガスは
自国で賄えるという状況に変化したのである。しかも、価格が安い。日本に輸入される天然ガスの
価格は100万BTUで18ドル程度。それに対して米国は4ドルにすぎないのだ。だから、
それを原料としている化学メーカーは米国に生産基地を相次いで建設に取り掛かっている。大型の
エチレンセンターが2015年ごろから相次いで稼働する予定だ。日本の化学メーカーも日本での生産を
停止して、米国に進出する事案が増加している。つまり、日本での化学産業は空洞化する危険性がある。
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アメリカで起きたエネルギー革命は、当初(今でも?)、シェールガス革命と言われました。
このガスというのはメタンガスのことで、シェール層という岩石のなかから取り出すこと以外は、
これまでの天然ガスと同じです。ただ、硬い岩盤のなかから取り出す分、コストが余計にかかります。
今までも存在することは分かっていたのですが、コストが合わなかったのです。
ところが、水平掘削、水圧破砕などの技術進歩により、採掘コストを大幅に削減することに成功し、
2006年頃から、アメリカではシェールガスの生産量が増加してきました。しかし、
これにより天然ガスの国内価格が低下したため、採算割れするところも出てくるようになりました。
そこで、最近は、シェール層にあるオイル(石油)を取り出すことのほうが盛んになってきました。
実は、シェールガス・シェールオイルは在来型天然ガス、在来型石油とは異なり、世界各国に
膨大な資源量が眠っているのです(残念ながら、日本にはほとんどない)。
採掘における環境問題も無視できないのですが、価格さえあえば、掘るところはいくらでもあります。
シェールガス・シェールオイルの埋蔵量は、二酸化炭素の排出量が増加することを意味しています。
地球温暖化の問題において「不都合な真実」です。
よく考えてみてください!地球が生まれたとき、大気はほとんど二酸化炭素だったのです。
現在、増加したといっても、大気中の二酸化炭素の濃度は400ppm(0.04%)なのです。
炭素はどこにいったかということです。地上のバイオマス量では全く足りません。
点在していれば採掘しにくいという問題はありますが、その気になればまだまだ見つかるでしょう。
コストが合わないと分かっているので、深い地中や海底などを探さないだけです。
二酸化炭素を消費したのは、植物です。恐るべき植物パワーです。エネルギー源は日光です。
ほとんどの植物にとって、今の二酸化炭素濃度は薄すぎるのです。

今回、減産を見送ったサウジアラビアは、中東のライバルであるイランの勢力拡大を抑え、またイランが
支援するシリアのアサド政権を背後から支援しているロシアをも同時に叩くという戦略をとっています。
この背景には、アメリカが、イラン、シリア、イスラム国に対して、断固とした態度をとらないことへの
不満のあらわれがあるとは言えないでしょうか?
報道では、アメリカのプレゼンスの低下という言い方をしていますが、中東から石油が来なくなっても
困らなくなったアメリカが、どうして中東でのプレゼンスを保つ必要があるでしょうか?
アメリカ国民は、そもそも建国以来、海外のことに関わりたがらない気持ちを持っているのです。もし、
日本が真珠湾を奇襲しなければ、アメリカ政府は、開戦への賛同を国民から得られなかったでしょう。
自国を防衛できる軍事力を持ち、国民が消費する以上の農産物とエネルギーを生産する(可能な)
アメリカと、そのすべてを持っていない日本では、天と地ほどの差があります。
サウジアラビアは、アメリカに手を引かれると困るのです。石油価格が低ければ、アメリカは、
コストのかかるシェールオイルより、中東の石油を買うでしょう。中東の石油に依存していれば、
アメリカが中東から完全撤退することはないと、サウジアラビアは考えているのかもしれません。
日本も事情は同じです。日本を自衛隊だけで守ろうと思ったら、いくらお金がかかるか分かりません。
「自分たちはやられない」という気持ちを持っていると、あっという間に陥落してしまいます。
第二次世界大戦前、チャーチルから指摘を受けたにもかかわらず、フランスはドイツを刺激するのを
恐れて、軍事力を増強しませんでした。当時、フランスは、
「まさかドイツ軍が攻めてくることはない」と思っていたのです。
今日、中国が攻めてくれば、戦わなければならないのですよ!
日本に米軍の基地がある現状において、日本への宣戦布告はアメリカとの戦争を意味しますから、
中国が日本に攻めてくることは現実的ではないと考えるのは、まともな考えかただと思います。
つまり、米軍がいる限り、日本の平和は保たれるということです。
別に、現政権を支援しようとしているのではありません。普通に考えればそうだと言っているのです。
平和を望んでいるからこそ、そのように言っているのです。
日本から米軍がいなくなれば、中国政府は、軍の暴走を抑えることができなくなるでしょう。
中国政府が平和を望んでいるとしてもです。

さて、前記事で、グルーオンのカラーの話をしましたが、仮想的なカラーのことより、
本質的な問題である、グルーオンがもたらす「強い力」についての説明を避けることができません。
何事においても、本質的な問題を無視してはいけません。
しかし、これがなかなか厄介でありまして、下の図では、パイ中間子(Π+)を想定して、
グルーオンがクォークの色を変える様子を示しました。⑥と⑧の表記は、前記事と同じです。
パイ中間子(Π+)は、アップクォークと反ダウンクォークからなるハドロンです。
下の図では、クォークとグルーオンが衝突して、色の異なるクォークができる様子を示しています。
図に示した2つの反応では、2つのクォークを一団と見なせば、トータルの色は変化せず、
2つのグルーオンはなくなります。前記事を見てもらうと分かりますが、この2つのグルーオンは、
同時に(グルーオン⑤と⑦から)生成したものです。(続く)


グルーオン図5



2014_12_24


ゆるい就職:若者が正社員で働くのは「負け」 慶大助教が提案
◇「人生、仕事のためじゃない」…使い捨ての懸念も (9月24日 毎日新聞のニュース・情報サイト)
慶応大特任助教、若新雄純(わかしんゆうじゅん)さんが提案する「ゆるい就職」が話題だ。
若者に「週休4日で15万円」の仕事を紹介する人材派遣サービスという。若者の正社員志向や安定志向
が高まっていると言われる今、「ゆるい就職」が若者を引きつけるのはなぜなのか。【小国綾子】
「今どき、若い世代が正社員で働くのって『負け』だと思うんです」。正社員で長時間労働に苦しむシステム
エンジニアの男性(23)が発言すると、会場に集まった約60人の若者から賛意のどよめきが起こった。
次々に発言が出る。「週休2日じゃ自分の好きなことなど何もできない。それで退職しました」
「残業続きで生きるために働くのか、働くために生きるのか分からない」「会社説明会に行っても
金もうけ以外に働く目標が見えない。意味があるのか」「起業をしたい。週5日、会社に合わせて
働く気はない」。そのたび若者たちは深くうなずく。
これ、「ゆるい就職」に関心を持つ若者たちが18日、東京都内で「週4日の休みをどう使うか」などを
話し合ったワークショップの一場面だ。「ゆるい就職」は人材紹介会社「ビースタイル」(本社・
東京都新宿区)の事業。週休4日、つまり週3日働いて月収15万円の仕事を紹介するという。
派遣など非正規雇用。15万円は額面。手取りでは12万〜13万円か。週3日勤務は社会保険の適用外だ。
企画した若新さんは「週5日勤務を『人生すべてを仕事に支配される働き方』『仕事のために人生が
あるわけじゃない』と感じる若者が増えています。大多数は違和感を抑え、安定にしがみつくが、
そこから一歩を踏み出そうとする若者がここに集まった」と説明する。
「ゆるい就職」のうたい文句は「週5日勤務の『あたりまえ』がバカらしい」。ウェブサイトには
「正規雇用など安定した就職を希望している方は間違っても応募しないでください」の注意書きも。
それでも9月上旬の説明会には、定員の4倍、360人が応募した。
(中略)東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス推進部長の宮原淳二さんは
「主婦や高齢者、セカンドキャリアを考え始める55歳くらいの人にはこの選択肢は面白い」と評価しつつ
「新卒などこれからキャリアを積む20代には、雑多な仕事をこなし実力をつける『雑巾掛け』が重要だ。
それをはしょると30、40代の仕事に響く。また『週休4日』の仕事は転職時の職歴として評価されない
可能性が高い。『週休4日』を短絡的に捉えず、自身のキャリアを見据えた選択が必要だろう」と助言する。
ビースタイルの「ゆるい就職」プロジェクトリーダー、宇佐美啓さん(30)は「若者全員にこの働き方を
押しつけるわけではない。選択肢を増やしたいだけ。安定を得る代わり単身赴任も長時間労働も受け入れ、
家族を養うのが当然だった50、60代男性と今の若者とは見える光景が違う。ワーク・ライフ・バランスを
大事にし、仕事以外にも充実感を得たいのが僕ら、そしてより若い世代」と説明する。

働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)
(2009/05)
駒崎 弘樹

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内容紹介 残業・休日出勤して、人生を会社に捧げる時代は過ぎ去った。長時間働いても、生産性が
高くなければ意味がない。誰よりも「働きマン」だった著者がどのように変わったか、そして仕事と共に
家庭や社会にも貢献する新しいタイプの日本人像を示す。衰えゆく日本を変えるには、何よりも私たち
の「働き方」を変えることが、最も早道だ。なぜか? その答えは本書の中にある。
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------
記事28-5には「ポストモダン革命は既に始まっている 時代の潮目が変わった!」を紹介していますが、
これからどんな社会が待っているかなんて誰にも分かりません。20年後、今では予想もつかない社会
になっているかもしれませんし、20年経っても、日本社会に大きな変化は起きていないかもしれません。
しかし、どちらにしても既存の国内産業の多くは衰退の一途をたどっているでしょう。
IT化がさらに進んでいくことは避けらないので、サービス業においてもさらなる効率化が進むでしょう。
今日来た人でもできるようなシステムの普及が進んで、多くの仕事がスキルを必要としなくなるのです。
一方で、具体的な職業名は挙げませんが、ストレスの溜まる対人関係を扱う仕事の比重が高まります。
どちらの仕事も、苦労に見合うような収入を期待できないものがほとんどです。
大企業に入れば・・・、仕事に直結する資格をとれば・・・と誰でも考えることですが、これが疑問なのです。
これからも日本では、「寄らば大樹」と思われた大木が倒壊する姿を何度も見ることになるでしょう。
産業構造は相場のように短いスパンで変化するものではありませんが、投資などに全く興味のない人が
株の話をしはじめる時期は、もう株をはじめるのには不適切な時期になったということであり、
「大衆は常に間違っている」といえるのです。つまり、「みんなと同じ」ではダメなのです。
ちなみに、易では時代の変化を読むことが重要です。今までと同じように社会が変化するのであれば、
陰陽の原理原則など知る必要はなく、両親や学校の先生が言うことをよく聞いておけばいいのです。
これからの時代、大局観と時を待つ忍耐力が必要です。

グルーオン図3

大局観を磨くためには全体を理解することが必要です。常識の枠外を把握することが大切なのです。
前記事の続きで、陰陽論的グルーオンが「色」を持つには、上の図にあるルール5が必要です。
上下の陰陽バランスが同じ2つのグルーオンは、衝突時に、上下を入れ替えるのです。
元の2つのグルーオンにおいて、上下の陰陽バランスが同じならば、新しくできるグルーオンにおいても
上下の陰陽バランスが同じになるので、前記事のルール2(トータルの電荷は0)は守られます。
上下を入れ替えたグルーオン(②、④、⑥、⑧)は、上下が重なりあっても消滅しない形になっており、
元のグルーオンより安定であると考えられます。
この新しくできたグルーオンは、「色」を持ちます。
グルーオンの表記法として、「地」の向かいにあるほうを先に書くことにします。
例えば、グルーオン①では、「地」の向かいにあるのは、上が「風」で下が「木」ですから、
「風水-木火」となります。ルール4にあるように、「木火-風水」と書いても同じ意味になります。
これでグルーオンは8種類だと言いたかったのですが、色のあるグルーオンは4種類しかありません。
3色のクォークのうちの1つが別の2つの色のクォークになるのには、6通りのパターンがありますから、
色のあるグルーオンがあと2種類足りないのです。

実は、「卦」のなかにできるグルーオンには、前記事のもの以外に2つのパターンがあります。
それが、下の図に示したEとFなのですが、Eでできたグルーオンの上下を入れ替えるとFになりますので、
どちらからも同じグルーオン「火水-水火」(⑨)になります。このグルーオンは無色です。
パターンE、Fでは、グルーオンの上下層の陰陽はどちらも0になります。グルーオンの位置は、地より天
に近いことから、天の力(陽)が下にある2つの爻に及ぶと考えて、どちらの爻も陽とすることにします。
そうすると、外(上)卦は「乾(ケン)」になります。「乾(ケン)」は「天」を意味します。
天の力により「天」が生まれたのです。(六十四)卦としては、「天水訟(てんすいしょ う)」です。
これは争いごとが多いことを意味しています。「木」と「風」が消えて、「陰」と「陽」が衝突するのです。
グルーオン「火水-水火」は、その他のグルーオンとは陰陽バランスが異なり、上下層のどちらも
電荷が0であるのが特徴で、他のグルーオンとは、ルール5のような上下の入れ替えができません。
ところが、グルーオン「火水-水火」同士は、上下層を反転させた状態で衝突することが可能なのです。
これにより、グルーオン「火水-火水」(⑩)と「水火-水火」(⑪)が生まれます。
この2つのグルーオンは色を持っており、これでクォークの色を変える6つのグルーオンがそろいました。
ただ、色の表記のしかたが、通常の量子色力学とは異なっていますので、それは次の記事にて・・・

グルーオン図4


2014_12_22


STAP、夢のまま終幕 理研「一つもできなかった」(12月19日 朝日新聞デジタル)
「科学の常識を覆した」と称賛された成果が淡く夢と消えた。理化学研究所は19日開いた記者会見で、
STAP細胞は確認できなかったと結論づけた。4月に「STAP細胞はあります」と涙ながらに訴えた
小保方晴子氏は、理研を去ることが明らかになった。
「まず、最初に結論を申し上げさせて頂きます。STAP現象は再現することができませんでした。
来年3月までの予定だったが、検証実験を終了することとしました」
冒頭、実験総括責任者の相沢慎一特任顧問が実験の打ち切りを告げ、会見は始まった。
東京都内の会場には約200人の報道陣が詰めかけ、用意した席はほぼ満席状態だった。
相沢氏は小保方氏が7月から始めた検証実験について、スライド画像で説明。小保方氏は論文にある
手法で、STAP細胞のような細胞を作製。別のマウスの受精卵に1615個の細胞の塊を移植し、
細胞が混ざり合った「キメラマウス」が出来るかを、別の研究者が確認した。
キメラマウスができれば、STAP細胞が存在する有力な証拠となる。だが、相沢氏は
「キメラは作ることができなかった」と説明した。次いで、独自に検証実験を進めてきた丹羽仁史チーム
リーダーが説明。同様にキメラマウスができるかを確認したが、
「244個の細胞塊を入れても、一つもできなかった」と話した。相沢特任顧問は「これ以上の検討は、
検証実験の範疇(はんちゅう)を超えるものと考える」と話し、検証実験を終了することにしたと説明した。
2時間以上にわたる会見を終え、退席しかけた相沢氏は立ち止まり「モニター監視や、立ち会いを置いた
小保方さんの検証実験は、科学のやり方でない。そういう実験をしてしまったことに、
検証実験の責任者としておわび申し上げるとともに、深く責任を感じている」と謝罪した。

嘘と絶望の生命科学 (文春新書 986)嘘と絶望の生命科学 (文春新書 986)
(2014/07/18)
榎木 英介

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内容紹介
小保方さんなんてかわいいほうですよ」 世紀の大発見のはずが一転、論文不正やねつ造の報道に
とってかわられ、世間を驚かせたSTAP細胞をめぐる騒動。しかし、バイオの研究者たちの実感はというと、
「もっと真っ黒な人たちがいる」というものだった。 iPS細胞の発見にはじまり、再生医療や難病の治療、
食糧危機や絶滅した生物の復活まで様々な応用可能性が期待され、成長産業の柱として多くの予算を
投入されるバイオ。しかし、生命現象の未知の可能性と崇高な目的が謳われるその裏で、バイオ研究を
取り巻く環境は過酷さを増している。若手研究者たちの奴隷のような労働実態、未熟で自己流の研究者
が多数生み出される大学院の実態、絶対の存在である大学教授、続発する研究不正……。
STAP細胞騒動の背景には何があったのか。一連の騒動によってあぶりだされた知られざるバイオ研究
の虚構の実態を、かつて生命研究の一端に身を置いた科学ジャーナリスト賞受賞の病理医が、あらゆる
角度から徹底検証。バイオの未来を取り戻すための提言を多数盛り込んだ決定版の1冊です。

グルーオン図1

小保方さんに問題があったことは言うまでもないことですが、小保方さんだけがやっていることとも
思えません。「バイオって、これまで騒がれてきた割には、産業への波及効果ないなぁ」と感じて
おられるかたも多いのではないでしょうか?
これだけバイオの研究が盛んなのに、これだけ成人病の治療薬や予防薬が渇望されているのに、
バイオの研究が結実して魅力的な新薬が生まれたという話はあまり聞きません。
全然、実状を知らないのでなんとも言えないのですが、
バイオ研究として何をすべきかを研究する必要があるのではないでしょうか?
どの研究でもそうなのかもしれませんが、研究者をサポートする人材を育てることが大切です。
人身御供(ひとみごくう)的手法はやめるべきです。

ちなみに、本記事は、小保方さんの研究とは異なり、科学ではありませんので・・・あしからず・・・
物語と思ってもらって結構です。ただ、フィクションだからデタラメでよいというものでもありません。
なぜなら、自分で勝手にルールを決めたとしても、ルールを決めるとそれに従う必要がでてくるからです。
易や陰陽五行論が宇宙生成の真実を語っているとしても、昔の宇宙創世記にグルーオンは登場しません。
神が定めた天地創造のルールを探りつつ、陰陽論的グルーオンが何種類あるのか検討してみます。
まず、ルール1、2、3、4をつくってみました(上の図)。
グルーオンは、「地」の向かいと隣に何があるかで決まります。「地」の右隣りと左隣りは、
ひっくり返せば同じ図形になるので、「空」(何もない部分)を上に書くか、下に書くかは表記上の問題です。
一方、「地」の向かいと隣は、入れ替えることができません。
次に、グルーオンは二層構造になっていて、一方の層では、陰か陽になっていることが多いのですが、
トータルの陰陽バランスは0です。そうしないと、電荷が0でなくなってしまいます。
また、上層の「地」と下層の「地」は上下に並んでいます。「空」も同様です。
つまり、上層と下層は常に同じ方向にしか回転できないのです。スピンが0にはならないことになります。
最後に、グルーオンの上層と下層は、入れ替えることができるものとします。
「卦」のなかでは上下の違いがあるのですが、グルーオンとして取り出すと、
上から見ることと下から見ることを判別することはできません。
これで、もう一度、「卦」のなかにできるグルーオンのパターンを探ってみました(下の図)。
グルーオンのところで何が抜けるかによって、その爻の陰陽が変化します。
パターンBとDでは、A・Cとは陰陽が逆転して、外(上)卦は、「巽(そん)」になります。
「巽(そん)」は「風」を意味します。(六十四)卦としては、「風水渙(ふうすいかん)」です。

さて、このグルーオンを記事36-1でしたように、クォークの色を変換させてみよう
とすると、4つのグルーオン全部、クォークの色を変換させることができません。
つまり、これでは、グルーオンに色荷がないことになってしまうのです。
全部のグルーオンが無職ではまずいでしょ。
無職ではなく、無色でした!いや、白色というべきなのかもしれません。
これはいけません。現実と合わないということは、まだルールがあるということです・・・(続く)


グルーオン図2


2014_12_20


古代史の神話 日中韓・三国神話 > 天地開闢神話
「三五暦記」
天地は鶏子(卵殻の中身)のように渾沌としていた、そのなかで盤古は誕生した。一万八千年を経て、
天地が開けると、陽(あきら)かで清らかな部分は天となり、暗く濁れた部分は地となり、
盤古はその中間に在って、一日に九回変化した。天では神、地では聖となる。
天は日に一丈高くなり、地は日に一丈厚くなり、盤古は日に一丈背が伸びた。
このようにして一万八千年を経て、天は限りなく高く、地は限りなく深くなり、盤古は伸長を極めた。
後に及んで三皇が出る。一にして数え始め、三にして立ち、五にして成り、七にして盛んとなり、
九にして場所が定まる。それ故に、天と地は九万里(4万5千km)離れた。
「述異記」 
(九万里離れた)天と地を盤古は支え続け、再び過去の渾沌(天地未分化の状態)に戻らないようにした。
盤古が天地を開いて後、天と地の間に彼一人しかいなかった。天地は彼の情緒に応じて変化した。
盤古が歓喜すれば万里に雲なく、怒りを発すれば天は薄暗くなり、泣けば天から雨が降り、
地上で河川、湖沼、海洋となり、嘆けば大地は暴風が巻き起こり、目をまばたけば天空に雷光が現れ、
鼾をかけば空中に雷鳴が轟いた。
「道教神話」 
天地陰陽の気を受けて生まれた盤古真人は、自ら元始天王と称して、混沌のなかに浮遊していた。
やがて天地が分かれ、地の岩から水が流れ出た。原虫が発生し、やがて龍が生まれた。
その後、流水のなかから人間の姿をした太元玉女が生まれた。彼女は太元聖母と名乗り、
元始天王と気を通じて天皇を生んだ。次には扶桑大帝と東王公、さらに西王母を生んだ。
そして、天皇は地皇を生み、地皇は人皇を生んだ。(骨子のみ掲載)

神話と地球物理学神話と地球物理学
(2012/09/12)
寺田 寅彦

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ビッグバンと光の海
<出典>宇宙航空研究開発機構 JAXA 宇宙情報センター > ビッグバン


世界の神話はどの地域のものも似ていると言われますが、創世の物語にも共通点があります。
神話には大洪水がつきものですが、これは旧文明の崩壊と現文明のはじまりを示すものです。
記事32-6と32-7では、天地創造について触れましたが、宇宙のはじまりを示す記述には、
創造主が原初の混沌から世界を創り出したり、海や湖など水に関するものから万物が生まれたり、
龍(蛇)や巨人が登場したります。中国神話に登場する「盤古」(ばんこ)は宇宙開闢の創世神です。
記事20-4には、ヒンドゥー教における天地創造神話にでてくる「乳海攪拌」について書きましたが、
乳海を攪拌するのですから、「海」が登場します。このように、宇宙創世物語には共通点があります。
なかでも定番が天地開闢なのですが、現代宇宙論からすれば、昔の人は宇宙のことを何も知らなかったから、
身近な「天と地」から宇宙がはじまったぐらいの理解しか出来なかったと見なされていることでしょう。
易では、「天地間に陰陽を配置し、その生成作用により万物が生じた」としているのですが、
易に詳しい人でも、これが現実の宇宙創世と関連していると思っている人は少ないのではないでしょうか?

陰陽論的宇宙は空間が分割されることによりはじまり、陰陽が分離して四象が生まれます。
四象は「天の四象」と「地の四象」に分かれます(これが天地開闢です)。これで八卦の状態になります。
「天の四象」が光子であり、「地の四象」が空間の枠を構成している格子にあたります。
ここまでは前記事までのお話です。宇宙生成において、一体、いつ頃の話をしているのだと思われる
かもしれませんが、空間分割はインフレーション、陰陽の生まれた状態がビッグバンといった感じです。
上の図には「光の海」があり、その次に「原子核の結合」の場面が描かれていますが、
「光の海」は素粒子のスタートで、「原子核の結合」はゴールのようなものですから、その間が重要です。
「天の四象」は光の海であり、ここから様々な素粒子が生まれたはずです。
易では、八卦の後にくるのは八卦を上下に並べる卦(六十四卦)です。卦は、上から「天・人・地」と
並んでいますので、「天の四象」を一番上に、「地の四象」を一番下において、卦をつくってみます。
「天の四象」が陽で「地の四象」が陰なので、これを電極とする電池をイメージしてみます。
地から天に向けて「四象」が舞い上がっていくように、新しいものが創造されるものと考えます。
このエネルギーの上昇が「龍」と言われるものです。
陰からは陽が生まれ、陽からは陰が生まれるので、陰陽の配置は下の図のようになります。
この配置における内卦(下卦)は「坎(かん)」であり、自然物としては「水」に相当します。
また、外卦(上卦)は「離」であり、自然物としては「火」に相当します。全体(卦)としては、
六十四卦の最後の卦である「未済(びせい)」です。この卦には、物事が未完成であるという意味が
ありますが、宇宙論でいえば、未完成というより物事が「はじまったばかり」という意味合いになります。
上の引用文では、道教神話の「やがて天地が分かれ、地の岩から水が流れ出た。原虫が発生し、
やがて龍が生まれた。」が最もイメージに近いといえるでしょう。
不思議の国の「みなみ」に登場する寺社には、「水」と「龍」が頻繁にでてきます。
特に、三井寺や泉涌寺は、泉が湧いて龍が祀られているので、天地創造のイメージそのものです。

四象「火・地・木(風)・水」のなかで、「木」と「風」が陰陽の変化をつける役割を果たします。
一方、「地」のほうは、この段階では「金」と「土」に分離していない状態であると考えられます。
四象のなかにある「火」と「水」は、場所を反転させながら、「地」から「天」に上昇していきます。
ここで、「水」は重たく、「火」は軽いと考えてください。
つまり、火になるところで「四象の分解」がはじまり、四爻では、陰である「水」を失います。
続く五爻では、陰になりますので、陽である「火」を失います。
そして、上爻にある光子につながります。
(爻の順序は下から上であり、一番下の爻から「初・二・三・四・五・上」と名付けられている)
この四爻と五爻はセットになって、ひとつの粒子として振る舞うようになります。
記事35-8の図に書かれているように、これがグルーオンです。
天地からは、まずグルーオンが生まれたのです。
では、二爻と三爻のセットはどうなったのでしょう?多分、重なり合って消滅してしまったのでしょうねぇ。


グルーオン図0

2014_12_18


訳者解題 政治理論における方法とアプローチの多様性 (松元雅和 島根大学専任講師)
~政治理論入門――方法とアプローチ デイヴィッド レオポルド、マーク スティアーズ 編著~
(前略)要約すると、本書が対象とする「政治理論」とは、何らかの政治的事柄に対して何らかの価値
判断を下すため、一貫性や整合性、規則性をもった知見を得ようとする体系的思考のことである。
さて、この目標を達するために、政治理論家にはどのような道具立てが手元にあるだろうか。
概念分析か、経験的証拠か、弁証法的思惟か、古典的テクストか、あるいはアーカイヴ資料か……
以降の各章では、政治理論分野の第一線にいる研究者が、自らその手の内を明かしてくれている。
引き続いては、本書の構成に従い、読解に際して有用と思われる情報も織り交ぜながら、
それらの概要を紹介していきたい。
第1章 分析的政治哲学(ダニエル・マクダーモット)
本章を通底するもっとも基本的な主張とは、政治哲学が科学(science)に類似した取り組みであると
いう点である(第1節)。どちらも、比較的確信のもてる複数の事柄から出発して、一貫性や整合性の
観点からそれらの規則性(パターン)を浮かび上がらせることで、比較的確信のもてない事柄に対して
答えを出そうとする。科学が物理的世界(=「である」の世界)を対象とするのに対して、政治哲学は
道徳的世界(=「べき」の世界)を対象としている(第2節)。物理的事実を対象とする科学理論が検証
(テスト)に付されるのと同様、道徳的事実を対象とする政治理論も検証に付されうる(第3節)。
確かに、検証によって道徳的論争に決着がつかないことは多いが、それは科学的論争も同様である
(第4節)。それゆえ、科学理論によって確かめられる(科学的)真理と、政治理論によって確かめられる
(道徳的)真理は、前者の方が確実性は高いものの、それも結局は程度問題であるといえる(第5節)。
科学理論の役割が真理の発見にある一方、政治理論の役割は合意の形成にあると考えられるかも
しれないが、著者はそれに反対する。科学者と同様、政治哲学者の役割はあくまでも真理の探求にある。
それゆえ「政治哲学を、政治的アリーナで展開されている闘争を単に洗練させ、その延長線にあるもの
として捉えるべきではない」(34頁)(第6節)。

政治理論入門―方法とアプローチ政治理論入門―方法とアプローチ
(2011/07)
デイヴィッド レオポルド、マーク スティアーズ 他

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投票率 NHK NEWS WEB


衆議院選挙は自公の圧勝で終わりましたが、投票率の低さは、アベノミクスが信任されていないことの証
のようにも感じられます。アベノミクスをやめてほしいという意見はかなり多いように思いますが、
アベノミクス以外に何があるのかと考えると、「他にないな」ということになるのではないでしょうか?
アベノミクスの最大の特徴は後戻りができないことにあり、
アベノミクスの失敗のあとにくるであろう政治的、経済的混乱が今から心配になってきます。
現状では、日銀が国債を大量購入する限り、金利の急上昇は起こらないと考えられますが、
いつ、円の信認が失われるかは誰にも分かりません。
気をつけるべきことは「陽極まりて陰」に転ずることです。
これから徐々に円安になっていくとは限りません(そうならない可能性のほうが高い)。
例えば、来年は100円まで円高が進み、再来年は何かのきっかけで止まらない円安局面に襲われる
という可能もあるのです。この急激なレートの変動が、国内産業を疲弊させてしまうのです。
このように、陰陽論においては、全体的な均衡が重要であり、陰陽のバランスが大切です。
短期間の陰または陽だけの動きに囚われると本質を見失うことになります。

こういうときこそ、どろどろした世界から少し距離を置いていて、イデオロギーを超えて大局的観点から
意見をしてくれる「賢者」がいてくれたらなぁと思いますが、いまいち頼りになる人がいません。
賢者といっても、何か特殊な能力を持っている人という意味ではなく、単なる合意形成に留まらない
「こうあるべき」論をしっかり主張してくれる人です。
自由、平等、公正、効用、徳など政治として欠くことのできない価値のバランスに配慮しながら、
国の政策の妥当性や正当性を示してほしいのです。アプローチも検証も、とても難しいでしょうが・・・

自然科学はいくら発展しても「である」の世界しか扱いません。
原子爆弾を使えば、多くの命を奪うことができることは計算で証明できるでしょうが、
自然科学は原子爆弾を悪とは言いません。
自然科学には、善悪はないのです。それに比べて、社会科学には、「べき」論があります。
社会科学も、自然科学の影響を受けて、「である」論が多いことは残念なことです。
「べき」論と「である」論は陰と陽であり、どちらも必要で、対立しつつも相互依存しているのですが、
現代は「である」の世界の解明に偏りすぎているように思います。「である」の世界にこだわりすぎる
ことが、逆に、合理性を欠いた思想への傾倒を人々(特に若者)に促すのです。
自然科学にはできない科学を発達させることは、今後、非常に重要になってくるように思います。

易では、宇宙の流れに合わせることは「善」であり、宇宙の流れに反することは「悪」です。
人間の振る舞いを宇宙の精神に合致させるべきだと主張しているのです。
「である」の世界観としては、易の宇宙生成論は欠陥があるように思われるかもしれませんが、
「べき」論のアプローチ法としては重要です。宇宙と人生は密接に結びついているのです。
空間分割が終わった宇宙は、「易に太極あり、これ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず。
八卦は吉凶を定め、吉凶は大業を生ず」に基づいた変化を起こします。
四象まではこれまでの説明と同じなのですが、八卦のところは様々な解釈ができるような気がします。
しかし、「五行思想」からみると、木・火・土・金・水の五つの元素は、天地間に循環流行して万物を
生じるものであるとされていますから、五つの元素が生まれる場である「天と地」が宇宙に創られて
いなければなりません。その場が、八卦ではないでしょうか?
「天」が動であり「地」は静とされますが、万物の生成には、「天」の能動的な動きだけでなく、
「地」の受動的な働きも必要なのです。物理的なイメージで捉えると、
八卦を構成する2つの「四象」のうち、「天で示された四象」が「光子」であり、
「地で示された四象」が「空間を構成する格子」であると考えられます。どちらも「こうし」です。
これが宇宙の嚆矢(こうし、物事のはじまり)です。
「天地開闢」の物語はここからはじまります。


陰陽分極宇宙


2014_12_16


中村修二氏が語る、青色LED開発前に学んだ2つの重要なこと(10月8日 日経テクロジーonline)
営業活動で顧客の意見に耳を傾け、クレーム処理まで対応した10年
(前略)私が着手した時には、既に多くの大手メーカーが青色LEDの開発を精力的に進めていた。
後発で遅れを取り戻すために私が選んだのは、大手が採用していない材料を使うという戦略だった。
当時、大本命と目されていた材料はセレン化亜鉛である。それを避け、一部の大学などしか手掛けて
いなかった窒化ガリウムを選んだ。セレン化亜鉛の方が成功率は高いだろうし、多くの論文があるので
追随も楽。それは分かっていた。けれど、それをやってもしょせんは大手の後追いである。
もし開発に成功しても、ビジネスでまた負ける。
技術開発は、計算通りにはいかないから面白い。むしろ、ギャンブル的な要素が強いのだ。
ギャンブルは、大負けすることもあるが、大もうけすることもある。研究開発も似たようなものだと痛感
している。誰も手掛けていない開発テーマを選ぶことは、ハイリスクではあるが、ハイリターンなのである。
ほかの研究者と同じことをやっていては、大損しない代わりに、大当たりもしない。
(中略)結局、自分を信じて、自分の考えに従って研究や開発、仕事に取り組むべきということだろう。
そうすれば、おのずとオリジナルの開発テーマを選ぶことになる。青色LEDの研究を始めるに当たっては、
意図的に論文や特許をあまり読まないようにした。それによって、独創的なアイデアが生まれ、
多くの特許を出願できた。それまでは、全く逆で多くの論文や特許を読んだ。
すると、無意識のうちにどうしてもそれをまねしてしまう。人のまねでは、オリジナルな研究はできない。
自分だけのオリジナルが、研究開発では最も重要な財産なのだ。
ただ、優れた技術はそのまま売れる製品には直結しない。製品とは顧客が必要とするものだからだ。
優れた技術とは、単に技術あるいはサイエンスを追求しているだけである。それでは売れない。
私もそうだったように、研究者はどうしても理論に走りたがる傾向がある。しかし、企業は理論では
メシが食えない。技術、あるいは製品を売り上げ、利益を上げることが最も大事なのだ。

ノーベル賞
<出典>毎日新聞のニュース・情報サイト:ノーベル賞授賞式を終え、物理学賞のメダルを手に記念
写真に納まる(左から)赤崎勇・名城大終身教授、天野浩・名古屋大教授、中村修二・米カリフォルニア大
サンタバーバラ校教授=スウェーデン・ストックホルムで2014年12月10日午後5時51分(代表撮影)

中村修二の反骨教育論: 21世紀を生き抜く子に育てる (小学館新書)中村修二の反骨教育論: 21世紀を生き抜く子に育てる (小学館新書)
(2014/12/01)
中村 修二

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日本では、成功した人が現れると、必ずと言っていいほど、「あの人が成功したのは他人より努力
したからだ。」という意見が出ます。勿論、普通の人より努力していることは間違いないでしょう。
苦労なくして成功した人などいません。問題は、同じような成功を目指したライバルより努力して
いたか、いや、ライバルより努力したことが成功の原因になったかということです。
そのように考えると、やはり、「運がよかった」という要素も無視できません。
「運も実力のうち」ですから、ギャンブル的に技術開発に成功したとしても、成功した人の偉業が
減じられるものではありません。個人の場合、「当たるも八卦当たらぬも八卦」は仕方がないような
感じもしますが、組織としては、運に頼ってばかりもいられません。
個人のひらめきや天才的能力に依存しなくても運営を可能にするのが組織の役割であるとはいうものの、
中村氏のような異才を排除するのが日本企業のシステムになっているのは残念なことです。

では、なぜ日本がこれまでうまくいっていたかというと、それはある面、運がよかったからです。
しかし、これから起こるであろう日本の困難は、運任せで解決できるようには思えません。
最大の問題点は、トップの能力不足です。
とにかく、日本ではトップが責任をとりません。何かが起こると、トップは責任のがれに終始します。
スティーブ・ジョブズがいかに技術に精通していたかを考えると、日本の経営者がどこまで技術を
理解しているのかは甚だ疑問です。どの技術やサービスが重要であるかを見極めることが大切であり、
それが分からないようでは経営者失格です。
日本のエレクトロニクス企業ではなく、アメリカ企業であるクアルコムが、スマートフォンの核心的技術
であるデジタル通信、MPU(マイクロプロセッサ)を制しているのです。皆が横並びで無用な競争に
明け暮れ、キーテクノロジーはアメリカ任せでは、グローバル競争に勝てるはずがありません。
まあ、経営者の問題はその企業のなかのことですから、その企業にいない人間には関係ないと
いえばそれまでですが、国の問題は国民としてほっておくわけにはいきません。
それにしても、どうして、日本には優秀なリーダーが現れないのでしょうか?
現リーダーが替わるともっと悪くなりそうだという日本の現状が、絶望感をさらに深めます。
個人としては、そのなかでうまく振る舞う必要があります。
今までは「いかに組織に従順であるか」ということが大切でしたが、これからは、「国や組織の動きを
未来にわたって察知して、臨機応変に振る舞う」ことが必要になるのではないでしょうか?

スケールアップしまして宇宙の話をしますと、宇宙の場合、リーダーの資質には問題がありません。
宇宙について、人間が理解できても理解できなくても、完璧な状態で存在しています。
個人が組織とどのようにかかわっていけばよいかが難しい問題になっている現在は、
易経に見習って、宇宙の精神を学ぶべきときなのかもしれません。
ここで、ひとつ重要なことがあります。それは、「何が現実か」を判断することは難しいということです。
空間全体の大きさが変わらなくても、空間がどんどん分割されていくことはわたしたちにとっては、
宇宙が膨張しているのと同じことになります。
自らを取り巻く環境を客観的にみるのは難しいのです。


空間分割宇宙


2014_12_14


易の思想  ~易経(上) 高田真治・後藤基巳訳~
生成と発展 (2)繋辞伝を中心として観たもの
(前略)天地が相交わって万物生成の作用をなすについては繋辞下伝に「天地絪縕(いんうん)して、万物
化醇(かじゅん)す」とあり、天地陰陽の二気が相絪縕交密して万物の発生醇化することをいっている。
かくして天地陰陽の気が相交わって万物を生成することを指して、一陰一陽の道というのである。
その作用の至妙にして測るべからざるものを指して、繋辞上伝には、「陰陽測られざる、これを神と謂う」
というのである。また同じく繋辞上伝には、「形而上なるものこれを道と謂い、形而下なるもの之を器と謂う」
とあって、形器に現れるものと、形器に現れないものすなわち無形なるものに分かっているが、
陰陽を二気として考えれば、形器に現れるものすなわち有形なもののように考えられるが、現象としての陰陽
ではなくて、現象を起すところの原動力たる陰陽として考える時は、それは単なる科学的分析が行ない得る
物質ではなくて、剛的なものと柔的なものとの抽象的形而上的なものとして考えられなければならない。
要するにこのような陰陽二気の妙用が、万物の生成と発展との根原となり、その作用と応用とが、
宇宙と人生との各般にわたって説明されているのが、易の思想である。
宇宙と人生 (2)性命、道徳、窮理、知命、神明、占巫
宇宙精神を体して自彊不息の努力と修養を勉めることが、易の思想における道徳に対する理想である。
繋辞上伝には「一陰一陽これを道と謂う。これを継ぐものは善なり、これを成すものは性なり」といっている。
陰陽の変化循環が無窮の作用をして宇宙の生成と発展と調和と統整とを為しているのであるが、
この宇宙精神に合するものが、すなわち善であるのである。
道徳的にあるいは仁となし義となし礼となし智となすものは、決して人間の約束に依って仮りに
制約されたものではなくて、実に善なるものは、宇宙精神に合体するものでなければならないのである。
仁者はこれを見てこれを仁といい、知者はこれを見てこれを知というが、これは生成と発展の宇宙精神を
道徳的に活用した場合の呼称である。継ぐとは子が父の志を継ぎ父の業を承けるというようなものであって、
人間が人間の親であるところの宇宙の精神を継承することをいうのである。
しかして人間には先天的にこのように宇宙の精神を認識し、これを継承して道徳的修養をして、さらに
これを事業に施す能力がその本性の中に具在しているのである。(記事35-3で本の紹介をしています)

易―中国古典選〈10〉 (朝日選書)易―中国古典選〈10〉 (朝日選書)
(1997/02)
本田 済

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陰陽論が難しくなる原因のひとつに、形而上的なものであるために、陰陽そのものが計測不能である
という点があります。形而上とは、感覚や経験を超えた真に実在する世界であり、
現象を起こすところの原動力が存在する世界です。
真に実在する世界という言いかたですと、精密な計測機器があれば測定できそうな感じがするので、
この世界を「イデアの世界」と呼ぶことにします。
この「イデアの世界」は架空の世界ではなく、実体を持っています。
その実体を説明するのに分かりやすい例が、「重力」です。
易の基本に「天と地」がありますが、その間で起こる出来事は「重力」の影響を受けます。
わたしたちが地球の地面に立っていられるのは、重力のおかげなのです。

下の図では、重力がどのようなものなのかを示しています。イデア空間において、
エネルギーの大きな空間は大きな体積を持っています(図は誇張して書かれています)。
真空の空間もエネルギーは0ではないので、一定の体積を持っています。
繰り返しますが、これはイデア空間のことですから、直接、測定することはできませんし、
わたしたちがイデア空間を感じることもありません。
イデア空間は体積が一定であり、大きくなったり小さくなったりはしません。
高エネルギー空間が存在すると、他の空間は無理やり押しのけられた状態になります。
この状態は不自然な状態であり、元の(均等に空間が区切られた)状態に戻ろうとします。
高エネルギー空間に近い場所では、元の位置と現在の位置が大きく異なっています。
高エネルギー空間により無理やり押しのけられた場所にいるとき、
元いた場所に戻ろうとする力が重力です。
わたしたちがイデア空間を感じことはありませんので、図で示す「元の状態」が現実の世界です。
しかし、イデア空間によって発生した原因は、現実の「力」になります。
「イデアの世界」自体は直接、体験ができない世界なのに、「力」はわたしたちの現実になるのです。

太陽は大きな質量を持っていますので、高エネルギー空間を形成しています。
実際に、太陽の周囲では光が曲げられるので、イデアの世界を観測することができます。
しかし、普通に考えれば、質量の大きなもののそばでは光が曲がるという事実があるに過ぎません。
光が曲がるのではなく空間が歪んでいるのだという説明は、相対性理論があるからできることで、
測定結果だけから導き出せるものではないのです。
同じように、イデアの世界を理解するためには、感覚的なことや経験的なことだけでは無理です。
イデアの世界とわたしたちの人生を結びつけるためには、
易を理解する必要がありそうです。


重力のしくみ


2014_12_12


四つの原理 (源泉 知を創造するリーダーシップ ジョセフ・ジャウォースキー)
[1] 宇宙にはひらかれた、出現する性質がある。
一連のシンプルな構成要素が、新しい性質を持った新しい統一体として、自己組織化という、より高い
レベルで突然ふたたび現れることがある。そうした出現する性質について原因も理由も見つけることは
できないが、何度も経験するうちに、宇宙が無限の可能性を提供してくれることがわかるようになる。
[2] 宇宙は、分割されていない全体性の世界である。
物質世界も意識も両方ともが、分割されていない同じ全体の部分なのだ。

存在の全体 ―一つの物であれ、考えであれ、出来事であれ― は、空間と時間それぞれの断片の中に
包まれている。そのため、宇宙にあるあらゆるものは、人間の意思やあり方を含め、ほかのあらゆるもの
に影響を及ぼす。なぜなら、あらゆるものは同じ完全なる全体の部分だからである。
[3] 宇宙には、無限の可能性を持つ創造的な源泉(ソース)がある。
この源泉と結びつくと、新たな現実 ―発見、創造、再生、変革― が出現する。私たちと源泉は、
宇宙が徐々に明らかになる中でパートナーになるのである。
[4] 自己実現と愛(すなわち宇宙で最も強力なエネルギー)への規律ある道を歩む
という選択をすることによって、人間は源泉の無限の可能性を引き出せるようになる。

その道では、数千年にわたって育まれてきた、いにしえの考えや、瞑想の実践や、豊かな自然の営み
に直接触れることから、さまざまな教えを受けることになる。


源泉――知を創造するリーダーシップ源泉――知を創造するリーダーシップ
(2013/02/22)
ジョセフ ジャウォースキー、Joseph Jaworski 他

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記事4-7に紹介しています「出現する未来」とこの「源泉」のどちらもU理論を扱っていますが、
「源泉」のほうがU理論を深く理解しようとしており、内容も奥深いものになっていて難解です。
難解な理由のひとつが、「源泉(ソース)」は定義できないものだとしていることです。
つまり、上の引用の[3]について言うと、 「宇宙には、無限の可能性を持つ創造的な?がある。」
と言っているに等しく、そこから新たな現実が出現するというのです。
「源泉(ソース)」が確認できないものである以上、「はいそうですね」とは言えません。
かと言って、ないことも確認できないわけですから、「それは存在しない」とも言えません。
このような話をするといかがわしい宗教のような気がしてきますが、そうではないのです。

この本にはボームの考えかたがよく登場しますが、ボームの専門である量子力学は不思議な世界です。
サイコロの目のうち1~6がでる確率はそれぞれ1/6ですが、サイコロを1回だけ振れば、どれか
ひとつの目しかでません。サイコロの場合はサイコロという物があるので何も不思議がないのですが、
素粒子の世界ではサイコロは実在せず、サイコロの目の出る可能性が確率的に存在しているのです。
確認するには人間が測定しなければなりませんが、測定すればサイコロの目はひとつしかでません。
後のサイコロの目がでる確率はどうなってしまったのでしょう。
人間が観測を行った瞬間に確率の世界が消え、サイコロの目がひとつになってしまうのでしょうか?
ということは、人間が、確率の世界を確定の世界に変換しているということになります。
それとも、他の目がでる世界も実は存在するのですが、観測した瞬間に、特定のサイコロの目がでた
世界しか認識できなくなるのでしょうか?つまり、人間の意識というものは世界のすべて状態を
認識しているわけではなく、ひとつの世界だけを認識しているのでしょうか。
確率がなくなる瞬間とはどんな状態なのでしょうか?
どちらにしても、宇宙で現実に起こっている現象は現象そのものとして完全に人間によって観測すること
ができるものではなく、人間の意識とその現象との相互作用でしかないと考えるしかありません。
人間の意識が現象の一部分しか把握していないと
すれば、定義不能な「全体」があるはずです。

「源泉(ソース)」をこのようなものと考えれば、単なる妄想とは思えません。

さて、陰陽論において、動かない「四象」である真空と止まらない「四象」である光の関係を考えると、
測定結果が全体をとらえていない様子がよく理解できます。
その原因となるのが、すべてのものが存在している空間を「真空」とするわたしたちの認識です。
これを、色即是空と言います。
仏教語では、「色」はこの世のすべての事物や現象。「空」は固定的な実体がなく空無であること。
陰陽論では、すべてのものが重なり合うと0になります。何かが欠けていれば0にはなりません。
何かがあるから電磁波は伝わるわけで、空間がなければ光は進むことができません。
真空には、ヒッグス場に対応する、「火・水」の反転する場所がありますが、この場所で、
光は四象の「火・水」を反転させることができるため、ヒッグス場の影響を受けません。
つまり、質量は0であり、エネルギーは「木(風)・地」の、つまり電磁波によるものがすべてです。

止まらない「四象」である光が進んでいる様子は、わたしたちにはどのように観測されるでしょうか?
光は真空の「火・水」を打ち消すように進んでいきますので、光の「火・水」の部分は「空」になります。
つまり、光が真空中を進んでいるとき、光には粒子性はなく、単なる電磁波であるようにしか
観測されないのです。ところが、光が何かにぶつかると、突如、粒子性が発揮されます。
真空を去った瞬間、「空」として何も観測されない部分は、「火・水」になるからです。
これを、空即是色と言います。

ちなみに般若心経の続きは、「受想行識亦復如」です。
物事を思ったり、感慨を受けたり、何かを意図したり、認識したりすることも
実体のないもの=空なのです。
観測結果が当てにならないのも当然のことなのかもしれません。


光の二重性


2014_12_10


土水火風空(クウ)、五大(六大)要素ほのめき.net /日高見 弾のホームページ > 土水火風空)
五つの諸力と、五大(六大)要素
映画「フィフス・エレメント」でも取り上げられた、第五要素とは一体何であるのだろうか。
第五要素、それは空(クウ)の諸力であり、無源にもつながっていき、自己の魂(ミタマ)に対応している。
古代より人類は、表現世界を構成する根源的なものが何であるのか、様々に探究し、考察してきました。
特に神的な哲学の領域、宗教、神秘主義といった領域で。
古代インド哲学の五大、六大。地(土)水火風空(クウ)の五大と、六大の識。
古代ギリシャ哲学では、地(土)水火風の四大と第五番目の要素として「ト・アペイロン
(無限定なるもの、無限なるもの)」を捉えていました。古代中国の陰陽説と、五行説の木火土金水。
こちらも本来はインドやギリシャの五大と対応させることが出来たと思われます。
古代メソポタミア、中近東の文明でも五大に相当する哲学があったはずです。古代バビロニアで
代表される占星術には、土水火風の四大に十二星座を四分類する考え方が知られています。
こうしてざっと見てくると、人類の古代文明の地には、共通して五大や六大(あるいは四大)
といった形で、表現世界を構成する根源的な何ものかを探究していたし、その考え方が進化した
現代人の世界にも引き継がれていて、五大や六大の本当の意味とは何であるのか、
明らかにされるのが待たれていたように思います。佐田靖治氏が、神界コースで宇宙浄化宇宙変革
の仕組みを押し進めていった結果、この五大、六大とは何であったのかが明らかになっていきました。
大宇宙に対して、人体を小宇宙と見る考え方は古代からあるわけですが、この宇宙には
表現世界を構成する諸力(しょりょく)という、一種のエネルギーが存在しています。
大きく二十五種あると言われる諸力ですが、細分化するともっと膨大に別れるともされています。
その代表的な諸力が、土水火風空(クウ)の五種の諸力です。
そして、人体を構成し、宇宙を構成する基本的な要素としての五大要素、六大要素でもあります。
五大要素というのは、ミタマ(魂)要素、意識要素、体(たい)要素、エネルギー要素、素材要素の
五大です。これに第六要素(六大要素)として生殖器要素を別立てにする考え方がありますが、
この説明はなかなか大変になりますので、ここでは省略しますけれども。
そしてこの五大要素と五つの諸力は、それぞれ対応しています。
 空(クウ)の諸力 = ミタマ(魂)要素、風の諸力 = 意識要素
 火の諸力 = 体(たい)要素、水の諸力 = エネルギー要素、土の諸力 = 素材要素
(中略) 表現世界の構成を、五大(六大)要素で考えるか、そこから第五要素の空(クウ)が
欠落した四大で考えるかでは、大変大きな違いがあって、そこには宇宙創造段階での
不具合の問題があり、簡単に説明することが出来ません。
ですが、五大要素(第五要素)である空(クウ)を欠落させてしまうのは、宇宙レベルでミタマ要素
が食い潰され、ミタマ要素に対応する二つの神界が潰されていたことと関係があって、
ただ単なる人間界での思想哲学の不備とだけ言うわけにはいきませんが。
(中略)第五要素(五大要素)とは、空(クウ)の諸力であり、ミタマ要素であること。人生道、
求道でミタマ(魂)を磨いていくことが、神界コースの人生道、求道の基本であること、
そこから新たな人間の可能性が開かれていくことを考えてみると。
五大要素(六大要素)と五つの諸力の問題は、百人いれば百通りの解き方が出来るし、
さまざまな取り組み方が出来る問題であり、課題なのであろうと思われます。

空海は,すごい 超訳 弘法大師のことば空海は,すごい 超訳 弘法大師のことば
(2014/02/13)
苫米地 英人

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日本では、空海が「六大」すなわち「地大」「水大」「火大」「風大」「空大」「識大」という、
六つの根源的なものが宇宙の万物を構成しており、仏も人間も本質的な違いはないと説いたことで
知られています。しかしこれは、「六大」の考えを仏の世界に広めたことが新しいことだったわけで、
「六大」という考えかたそのものは、古代インドに既にあったのです。
「六大」、「五大」、「四大」という考えかたは世界各地にあるので、どれも似ているように思えますが、
古代インド、古代ギリシャで言われている「地水火風空」の五大と
古代中国の陰陽五行論で言われている「火水木金土」は根本的に異なります。
陰陽五行論では、「四象」のひとつである「地」が「金」と「土」に分離していることを示していて、
5つの要素の関係は並列の関係にあります。一方、「地水火風空」の「空」は全く違います。
「空」は、「地水火風」をすべて含んでいて、かつさらにそれらより大きな概念なのです。
一言でいうと、「空」は空間を構成する真空のことです。真空は何もないところと思われてきましたが、
何もないというより、すべてがあるから0になっている「場」と考えたほうがよいように思います。

これまでこのブログでは、「四象」を「火地木水」と呼んできましたが、陰になったときは「風」であり、
陽になったときは「木」になる部分は、電場として+-が変換している状態では、「(±)木」と呼ぶことも
「(±)風」と呼ぶことも可能であり、上の引用にある「地水火風空」は、「空」+「陰陽論でいう四象」
を表現していると考えられます。ここでは、「土」は「地」と同じ意味に用いられているようです。
この考えをもとにすると、記事35-7で示している、外宮にあるとした「火土風水」も、
単に「四象」の状態を意味しているのかもしれません。

実は、「空」も実体は「四象」と同じです。
電磁波として光速で移動する「四象」が光であり、止まっている「四象」が空間を構成しています。
空間を構成している「四象」は周期(波が1回振動するのに要する時間)が無限大だと思われます。
v = λ/Tですので、波の速度は0ということになります。つまり、この「四象」は移動しません。
それ自身が移動している「四象」(光子)も、単に、隣に波を伝えているだけという見方もできます。
では、空間を構成している「四象」は、どのように配置されているのでしょうか?
動的な場(風-地)は集まりたがる性質を持っているので、「四象」は、風の破片同士、地の破片同士で
並び合う配置になります。これには1つのパターンしかないので、空間における「風-地」の模様は1つに
決定されます。一方、静的な場(火-水)は、火(+)同士、水(-)同士が反発し合うので、
火と水が交互に並ぶ配置になるのです。そうすると、図で示したように、2つのパターンが現れます。
2つのパターンといっても反転させれば同じなのですが・・・
個別の「四象」(粒子)は回転できるが、
空間を構成する「四象」は回転できない。

2つのパターンが交互に現れるのが、最も効率的でない(ポテンシャルエネルギーが高い=不安定)
ので、どちらかのパターンだけにするのが最も安定なのです。しかし、そのとき、対称性は失われます。
宇宙のはじめはエネルギー状態が高いので、パターンは固定されていなかったでしょうが、
宇宙が冷えてくるとは1つのパターンが主流になる(どちらかのパターンが主流になっているのですが、
区別する名前をつけるのが難しい)のですが、完全にワンパターンにはなりません。
どちらかのパターンのみになろうとするものの、どちらも同じ確率で発生するものであるため、
中途半端な状態になってしまいます。それが今の宇宙の真空状態です。パチンコ玉を左右対称に
なるように打ったとしても、ひとつのパチンコ玉にとっては、右にいくか左にいくかのどちらかです。
宇宙がたくさんあれば、さまざまな斑模様の真空ができているでしょう(確認することができない)。
宇宙は冷える過程にあるので、物質が冷えるときの例のほうが適切かもしれません。
ポリマーが冷えて溶融状態から結晶状態に変わるときも、冷える速度が大きいと、分子鎖が
最適な配列をする時間的余裕がありません。そうなると、秩序のない状態(非晶)が多く現れます。

宇宙の冷却過程において、真空に斑模様ができることによってヒッグス場が生まれました。
その斑模様の程度は、エネルギーを与えて場から粒子を取り出すと、質量130GeV程度の
ヒッグス粒子であったということです(一般的な説明では、ヒッグス場が原点で0ではない
位置エネルギーを持っているので、非対称なエネルギー最低状態に落ちたということだけです)。
ヒッグス粒子は陽子の約130倍という質量の大きな粒子であり、検出には大きなエネルギーが必要
なので、大きな施設がいるのです。
真空は0だと言いましたが、結局のところ、真空は完全には0になっていません。
わたしたちの宇宙の冷える速度はかなり速いものであったと言えるのかもしれません。


土水火風空


2014_12_06


はしがき ~量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」 岸根卓郎著~
(前略) このようにして量子論は、私たちに、「<人間の心>こそが<宇宙を創造>するから、
<人間の心>なくしては<宇宙の姿>(宇宙の存在)も<宇宙の声>(宇宙の真理)も解明しえない」
ことを「科学的」に立証した。そればかりか、量子論はまた、「宇宙も人間と同様に<心>を持っていて、
<この世のあらゆる事象>は、そのような<宇宙の心>と<人間の心>の<調和>(相互作用)に
よって成り立っている」ことをも「科学的」に立証した(コペンハーゲン解釈)。
しかも、そのことを傍証しているのが、驚くべきことに、2000年も前の「東洋の神秘思想」にいう、
「天人合一の思想」(宇宙の心と人間の心は一体である)であり、同じく「西洋の理論思想」
(ライプニッツによる)にいう、「大宇宙と小宇宙の自動調和」(大宇宙の神の心と小宇宙の人間の心は
自動的に調和している)であるといえよう。さらに、「量子論」は、「<宇宙は心>を持っていて、
<人間の心>を読み取って、その<願いを実現>してくれる(叶えてくれる)」ことをも科学的に立証した
(コペンハーゲン解釈)。それこそが「量子論」を象徴する、もう一つの有名な比喩の、「祈りは願いを
実現する」である。加えて重要なことは、「量子論」は、「<見えない心の世界のあの世>は存在し、
しかもその<見えない心の世界のあの世>と<見える物の世界のこの世>はつながっていて、
しかも<相補関係>にある」ことをも「科学的」に立証した。いいかえれば、「量子論」は、
「<見えない心の世界のあの世>と<見える物の世界のこの世>はつながっていて、
<物心一元論の世界である>」ことをも「科学的」に立証した(ベルの定理とアスペの実験)。
以上を総じて、本書で究明すべき「究極の課題」は、「第一に、人間にとって、もっとも知りたいが
もっともわからないため、これまで<物心二元論>の観点から、<科学研究の対象外>として
無視されてきた<心の世界のあの世の解明>と、第二に、同じ理由で、これまでは
<科学研究の対象外>として無視されてきた、心の世界のあの世と物の世界のこの世の相補性の
解明>について、それぞれ<量子論の見地から科学>しなければならない」ということである。

量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」
(2014/02/13)
岸根 卓郎

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スピンの回転

クォークのカラー

上の引用について意見を言わせていただくなら、「心」という概念はそれこそ宇宙より大きく、
人によって様々な解釈が可能なため、「心」という言葉を使うと理解が難しくなるように思います。
oshoの言葉はこれまでも引用してきましたし、また引用しようかと思っているのですが、
oshoは、「マインドを捨ててハートを開きなさい」といった趣旨の主張をしています。
「マインドは考えることで、ハートは感じることだ」というような単純なものではありません。
感じかたには思考が強く影響していますし、考えかたにはその人の感性が大きく影響している
からです。「心」は複雑すぎるのです。ハドロンのように(また強引なフリでした)!

話を前々回のグルーオンに戻します。その前に、電子について考えてみますと、記事33-6に
書いていますが、電子は「地風水」の3つの破片からできていますので配置の問題は生じません。
「水」の右に「風」があろうと「地」があろうと、ひっくり返せば同じになります。
しかし、「地」についてはトランスかシスかで区別されることになります(同じく記事33-6)が、
実は、「地風水」(電子)が一回転すると、
「地」のシス・トランスは反転するのです。

ですので、一回転しただけでは「地」が反転してしまうため、二回転しないと元に戻りません。
このように「地」の特性が難解であるため、グルーオンも難解になります。
光子の「地」は磁場を意味していますので、「地」は磁気に関する何かであると思われます。

また、グルーオンを考えるうえで避けて通れないのが、「色」の問題です。
記事33-5に、「火地風水には3つのタイプがある」として、「色」の問題について話しましたが、
クォークは4つの破片でできていますので、位置関係で3つの区別可能な配置が存在します。
グルーオンとの関係を考えると、「地」(アップクォークでは「金」)の向かいに何があるかで
区別するのがよいのではないかと考え、色分けをしてみました。
ダウンクォークで説明しますと、「地」の向かいに「水」があるときを「青」とします。
このとき「火」と「風」の位置は問題にはなりません。ひっくり返せばいいのです。
「地」のシス・トランスは区別することができますが、電子と同様、一回転させると反転します。
「地」の向かいに「火」があるときを「赤」、「地」の向かいに「風」があるときを「緑」とします。
アップクォークでも同様であり、例えば、「金」の向かいに「木」があるときが「緑」です。

さてここで、前々記事に登場させたグルーオンとクォークを反応させてみます。
下に示した図に表記されているグルーオンの場合ですと、ダウンクォークの場合は上から、
アップクォークの場合は下から接近してきた場合に、色の変化が起こります。
ここに登場するグルーオンの名前ですが、下の図の左側にあるグルーオンを例にとると、
このグルーオンを「木火+水風」と名付けることにします。「地」の向かいにあるほうの
名前を先に出すように決めておきます。つまり、「木火」では、「地」の向かいに「木」があり、
「火木」では、「地」の向かいに「火」があるという意味です。
上部で「木」と「火」を選ぶと、下部では、それと対消滅できる「風」と「水」が選択されます。
下部も「地」の向かいにあるほうの名前を先に出すように決めておきますと、
上部が「木火」の場合、「木火+水風」か「木火+風水」になります。
よって、下の図の左側のグルーオンは「木火+水風」になります。
上部と下部は反転させても同じですので、「水風+木火」でもいいのですが、
「木」があれば「木」のほうを先に呼ぶことにします。
前々記事の下の図の一番左のグルーオンは「木火+風水」ですが、この場合、
クォークと反応させてもクォークの色は変わらないので、本記事では省略します。

本記事の下に示した図のうち、一番左にある反応を考えてみます。
ダウンクォーク(緑)の「地」とグルーオンの「地」が重なり合うと同時に、ダウンクォークの
「風」と「水」がそれぞれ、グルーオン上部の「木」と「火」と衝突して消滅します。残ったダウン
クォークの「火」がグルーオン下部の「水」と「風」と結合し、再びダウンクォークが生成します。
この結果、「木火+水風」グルーオンは消滅し、
緑のダウンクォークは青になります。

アップクォークの場合は、「木火+水風」グルーオンの場合ですと、下部から、
アップクォーク(赤)の「金」がグルーオン下部の「地」と重なり合うことで、緑色になります。

これだけですと、グルーオンは消滅してばかりのような感じがしますが、グルーオンは
グルーオン自身の「地」の変換が関係する(磁場による?)グルーオン場を形成しており、
このグルーオン場の安定のために、グルーオンは次々と自然発生します。
ですので、クォークは次から次へとグルーオンと反応し続け、色を変え続けるのです。
これだけでは、まだまだ説明が足りないようですが、今日のところはこのへんで。
クォークとグルーオンの関係は、人間の心なみに複雑なようです。


色の変換

2014_12_02


同聚院 内容概要 (京都観光Navi:同聚院) 
臨済宗東福寺派に属し、東福寺塔頭(たっちゅう)の一つである。 東福寺の寺地一帯は、
平安時代中期・延長2年(924)頃に藤原忠平が法性寺(ほっしょうじ)を建立した所で、寛弘3年
(1006)には藤原道長が40才の賀にあたって五大明王を安置する五大堂を境内に造営した。
法性寺はその後も藤原氏が造営に力を入れたが、鎌倉時代初期には衰微し、
その故地に九條道家が東福寺を建立したのである。本寺は藤原道長が建立した五大堂の遺跡で、
五大明王のち中尊不動明王坐像が幾多の災害をこえて本寺にまつられている。
像は仏師定朝の父・康尚の作品で、像高265センチの巨大なもの。
忿怒(ふんぬ)相の中にも優美さをたたえた藤原美術の代表彫刻の一である(重要文化財)。
世に「じゅうまん不動(じゅうまんふどう)」と称され毎年2月2日「じゅうまん」の字を書いた屋守護が
施与される。「じゅうまん」は「土力」(土地の守護)又は「十万」(十万の眷属(けんぞく)を従える)
の2字を一字にした文字といわれ、火災除けをはじめ除災の霊験あらたかな不動として信仰が深い。
東山区本町15丁目(東福寺内)

京都紅葉
左から、醍醐寺、東福寺、大覚寺

京都に紅葉を見に来られるかたは大勢いますが、醍醐寺、東福寺、大覚寺のすべてに行く人は
あまり多くないでしょう。場所がバラバラですし、この3つの寺に行く必要性もありません。
しかし、この3つの寺には意外な共通点があるのです。

古来、日本の陰陽道では、北東の方向を「鬼門」と称して万事に忌むべき方角としていますが、
もともとの陰陽論としては、必ずしも忌むべき方角ではありません。
それより重要な方向は、天門と称される乾(いぬい)の方角です。つまり北西です。
(なぜ、乾が北西なのかはここでは考えないことにします)
乾も、怨霊、災いが出入りする方角であるとして、忌むべき方角とされていますが、
この天門を鎮めることが、個人、組織、都市や国家にとっても繁栄にかかわる重大事なのです。
京都という都市で考えてみますと、天門に当たる方向にあるのは隠岐です。
「清き水も淀めば腐る」と言われるように、流れをせき止めないことが重要であり、
隠岐からの「気」の流れを京都に留まらせないためには、流れの受け手が必要です。
そこで、「気」の流れをよくするために造られたのが、伊勢神宮なのではないでしょうか?
伊勢神宮は京都の気の流れを促進しているのです。
よって、現在の地図を見ると、隠岐と伊勢神宮を結ぶライン上に京都があることになります。
伊勢神宮を創建するときには、陰陽師的な人が場所を定めたのではないかと思われますが、
陰陽師には、隠岐から流れる気のラインが明確に見えていたと推察されます。
それを知ったうえで伊勢神宮を建てたとすれば、伊勢神宮の上に隠岐から流れる「気」のライン
があると考えられますが、「気」の発信源である隠岐は広いので、そのラインがどこにあるのかを
明確にすることができません。隠岐は島全体が「気」で満ちているので発信源が特定できません。

そこでこのラインを確定させるために、京都府亀岡市にある天照皇大神社に着目しました。
この神社が隠岐と伊勢神宮を結ぶライン上につくられたという証拠はないのですが、
これを仮説として検討してみます。天照皇大神社の北西にある、京都府南丹市の護国寺も
このライン上にあります。南東の端は、伊勢神宮の内宮(遷宮するので、その中間にセット)
にします。現在では、正確に2点間の最短ラインを決定することができます。
隠岐から伊勢までくらいでしたら、地図上の直線も、実際の直線(最短コース)と
それほど違わないのですが、敷地のどこをこのラインが通っているのかを確認するためには、
最短コースをラインとして表記する必要があり、大圏航路がほぼそのラインに一致します。
そして、この隠岐-伊勢神宮ラインを正確に調べてみますと、
ラインの真上にあるのが醍醐寺、東福寺、大覚寺です。
下の図を見ていただければ分かりますが、 隠岐-伊勢神宮ライン上のそばに、
醍醐寺、東福寺、大覚寺があるというのではありません。敷地のど真ん中にラインが走っています。
大覚寺は、空海が五大明王を安置する堂を建て、修法を行ったのが起源とされています。
また、醍醐寺は空海の孫弟子にあたる聖宝が開山したことがはじまりで、五大明王が安置されている
ことで知られています。五大明王についてはここでは詳しく触れませんが、密教に関係したもの
であり、大覚寺、醍醐寺は真言宗のお寺ですから、真言密教に関係したものであると考えられます。
密教は秘密の教えですから、その内容は明らかではありません。
しかし、五大明王の由来には、「五行」がなんらかの形で関係しているのではないでしょうか?
これに対して、東福寺は禅のお寺であり、五大明王とは無縁であるように思われますが、
上の引用にありますように、ここには東福寺が建てられる以前に法性寺というお寺があって、
ここに五大明王が安置されていたのです。
京都で五大明王と言えば東寺が有名ですが、後は、大覚寺、醍醐寺ぐらいで、
五大明王が安置されているお寺は非常に珍しい寺なのです。
上の引用で紹介しました、東福寺塔頭である同聚院には五大堂があるのですが、
不動明王以外は失われているので、祀られているのは不動明王だけです。
昔は、ここで示した隠岐-伊勢神宮ラインを確認することはできなかったのに、
このように五大明王のある寺がこのライン上にぴったりのっかっているのです。
これは、このラインを感じる人がいたからではないでしょうか?
そしてその人は、陰陽五行に詳しかったと思われます。

ちなみに、この隠岐-伊勢神宮ライン上には京都駅があります。
しかも、新幹線のホームにいたっては、ど真ん中を通っています。これは、たまたまなのでしょうか?

伊勢隠岐ライン

大覚東福醍醐寺
隠岐-伊勢神宮ラインの表示には「Googleマップで大圏航路を表示する」を使用しています。
図中のピンク色のラインが大圏航路です(地図の出典はgoole)


2014_11_30


素〝粒子〟という虚構 素粒子の実態が語られないわけ
~素粒子論はなぜわかりにくいのか 吉田伸夫著~
科学はいつも順調に発展しているわけではない。打開策が見つけられないまま、
いろいろな仮説を試すトライアル・アンド・エラーの時期が長く続いたり、
誤った仮説の袋小路に入り込んで、学界全体が停滞したりすることもある。
場の量子論も、1929年に最初の枠組みが作られた時点ですぐに受け容れられたわけではない。
以上にわたる紆余曲折の末、ようやく定説としての地位を確立したという経緯がある。
場の量子論が受け容れられなかった大きな理由は、この理論を使ってどのような物理現象が起きるか
を調べようとしても、計算の途中で積分が無限大になってしまい、答えが得られなかったためである。
積分が無限大になるのは、きわめて狭い範囲で瞬間的にエネルギーをやりとりする相互作用が
存在するからである。積分が無限大になるのは、きわめて狭い範囲で瞬間的にエネルギーを
やりとりする相互作用が存在するからである。空間と一体化した場は、電磁場・電子場・クォーク場・
グルーオン場・ヒッグス場など何種類もあり、多数の場が同じ地点に重なって存在して相互に影響を
及ぼしあう。こうした複数の場が狭い範囲で瞬間的に行う相互作用の効果を計算しようとしても、
有限な値が得られないのである。この計算不能という問題は、1940年代の繰り込み理論、
1960年代のゲージ対称性とその破れの理論によって克服されるが、そこに至るまでの間、
場の量子論を使ったのではまともな計算ができなかった。このため、場の量子論は使い物にならない
ダメ理論だと見なす物理学者も少なくなかった。
場の量子論によって何らかの計算ができるのは、場同士の入り組んだ相互作用を無視したときである。
ところが、場の相互作用を無視すると、素粒子が粒子ではなく場の振動状態だという特徴は、
ほとんど表に現れない。その結果、現実に場の量子論が応用される範囲では、
素粒子は粒子として扱うことができ、場の概念は必要とされないという皮肉な状況が生じた。

素粒子論はなぜわかりにくいのか (知の扉)素粒子論はなぜわかりにくいのか (知の扉)
(2013/12/05)
吉田 伸夫

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研究ではよくあることですが、何かひとつの要因についてどれだけ詳細な議論をしても、
他の要因の影響を無視できない場合、現実と全く乖離してしまうことは珍しくありません。
異なる構成要因に関する多数の相互作用が存在する系については、細分化された学問体系では
カバーできません。人間や社会が関係する分野では特にそうなのではないかと思います。
特定分野については専門家に聞けば教えてくれますので、聞いたり調べたりすることが可能
ですが、その分野を越えることについては無視してしまうことになります。
わたしたちが本当に磨かなければならない能力は、
要素と要素の「つなぎ」を知るということにありますが、
それを教えてくれる人は非常に少ないように思います。「つなぎ」を理解すれば、そのうえで、
特に焦点を当てるべきであると判断される部分について、詳細に検討すればよいのです。
厳密な論証が可能である物理学においてでさえ、場同士の入り組んだ相互作用を考慮することは
容易ではないようです。もし、どんなに入り組んだ要因でも、解きほぐして検討することができるの
でしたら、生物についても物理的に説明できるはずです。
要因が複雑に絡み合った領域における相互作用を
知ることは、今後の大きな課題になるでしょう。

  <図の出典>ウィキペディア "gluon"
    ↓             さて、素粒子においても、「つなぎ」は重要です。
グルーオンの生成ですので、グルーオンの実態解明の研究は盛んです。
(ちょっと話の変えかたが強引だったでしょうか)。
物理学的には、素粒子をわたしたちが考えるような
「粒」と考えるといろいろな不都合を起こすようですが、
陰陽論では、何もないところから「陰陽」が生まれたり、
「陰」と「陽」が衝突して消滅したりしてもOKですので、
素粒子の生成・消滅については不思議ではありません。
ただ、クォーク、電子、ニュートリノなどフェルミ粒子と言われる素粒子とは異なり、ゲージ粒子と
言われる光子、ウィークボソン、ヒッグス粒子については、単に「四象五行」の形で説明するには
ちょっと無理があります。ここで説明するグルーオンもその仲間です。陰陽五行的に考えた場合、
これらの粒子について共通しているのは、2層構造をしているということです。
光子では波動の部分と、粒子の部分。ウィークボソン、ヒッグス粒子については内側と外側、
そして、このグルーオンについては上と下の層で構成されています。
2つの部分が別々に回転することが可能で、スピンが1/2である粒子が2つ重なりあって、
スピンが-1、0、1になっていると考えることができます。
下の図に、考えられるグルーオンの形を示してみました(まだパターンがある)。
「地」の部分は、光子と同様で、陰と陽が高速に変換していると考えてください。
つまり、「地」の部分は時間平均的には0とみなすことが可能で、「地」を無視して考えれば、
ひとつの層については、四象の破片のうち2つの破片がくっついた形をしています。
この2つの破片には、「地」の向かい側と「地」の隣側の2つの場所があり、
それぞれは区別して考える必要があります。二層の上下については、反転可能です。
二層を合わせると4つの破片でできていますが、ひとつの層は2つの破片でできているので、
真空における抵抗はない(つまり質量は0)とみなすことができます(グルーオンの質量はない)。
ひとつの層には電荷がありますが、二層を合計すると電荷は0です(グルーオンの電荷はない)。
質量が0、電荷が0ですから、エネルギー状態によってどこにでもグルーオンが生まれます。
「地」の振動がある環境はグルーオン場になります。
まだ考えなければならないことがたくさんありますが、それについては次回以降、折に触れて・・・


グルーオンの例


2014_11_28


外宮の謎 外宮の創建 ~伊勢神宮の謎 稲田智宏著~
伊勢神宮を参拝するときは、まずはじめに外宮を詣で、次に内宮を詣でるしきたりになっている。
神宮といえば天照大神とその大神が祀られる内宮ばかりを意識し、外宮に参らない人も多いようだが、
わずか五キロほどしか離れてなくバスも巡回しているので、なるべく古来の考えに則して外宮内宮の順
でお参りしてもらいたいものだ。そして参拝すると、どうしてもひとつの疑問が湧いてくる。
なぜ内宮と外宮という大規模なふたつのお宮があって、そのふたつを神宮として崇めているのか。
内宮が尊ばれているのはわかる。皇室の祖先神で最高至貴の神とされる天照大神を、
三種の神器の八咫鏡を御神体として古くから祀っているからだ。
では外宮はどのような神がどのような由来で祀られているのだろう。
真偽はともかく、内宮の創建は『日本書記』に垂仁天皇の時代のことと伝えられる。
『古事記』にも、創建については記述はないとはいえ、倭姫命をはじめとする斎宮が奉仕していた
ことは語られている。ところが外宮に関しては、記紀に明確な記述はない。(中略)
ただ、豊受大神を伊勢に祀る理由は語られているとはいえ、ほとんど何も語っていないに等しい。
二柱の相殿神が内宮鎮座の当初から祀られていたのかどうかは不明としても、食事の神を
呼び寄せる理由としてはなんとも不可解で、まあ神がそのように要求したのならそうなのだろうと
理解するしかない。(中略)そして前の託宣に続き、天照大神は次のようにも託宣している。
「祭祀を行うときは、豊受神宮を先にして、その後で私の宮に仕えなさい」。
つまり神宮における祭は内宮よりも外宮を先に行うように、と天照大神が指示したということで、
現在でも恒例の祭祀は外宮が先に行われている。これを外宮先祭といい、
外宮から先に参拝するというしきたりもこのことに由来しており、また外宮が地元の神ゆえに
外来の内宮に先んじて祭祀がなされるのだとも指摘されている。(中略)
内宮と外宮はその名称ばかりでなく、対義的に造形されているところもあって、内宮の参道は
左回りで外宮は右回りに進む。正殿の屋根の両端に交差して突き出ている千木は、
内宮ではその先端が水平に切られ(内削ぎ)、外宮では垂直に切られている(外削ぎ)。
また内宮では扉は内開きで、外宮では外開きとなっている。
さらに内宮の参道は右側を歩いて外宮では左側を歩く決まりだが、これは内宮では五十鈴川の
御手洗場が右側に位置していることにもよっている。

伊勢神宮の謎伊勢神宮の謎
(2013/06/25)
稲田 智宏

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伊勢神宮に参拝したことのある人のなかでも、内宮にしか行ったことがない人が結構多いのでは
ないかと思われますが、本来は、外宮に参ってから、内宮に行くのが正しい参拝法のようです。
バスツアーなどで直接、内宮に行かれる場合は外宮に立ち寄るのは簡単ではありませんが、
電車の場合、伊勢市駅(JRと近鉄共用)で降りれば、歩いて外宮に行くことができます。
外宮参拝後、外宮を出たところにある停留所からバスに乗れば、内宮に行くことができます。
伊勢神宮が不思議なのは、内宮と外宮をあわせてひとつの神社としているところです。
内宮と外宮は5キロ離れていますので、同じ神社という感じはしません。
本宮と奥宮ということでしたら理解もできますが、それでしたら外宮のほうが本宮になり、
内宮・外宮ともに同じ神様を祀るべきでしょう。外宮が単なる食事の神様ということなら、
外宮を内宮の別宮にすればいいようにも思うのですが、そうでもないようです。

内宮、外宮と言うのはなぜなのでしょうか?ここでは外宮について、陰陽五行的に考えてみます。
伊勢市駅から歩きますと表参道のほうを通って正宮に行くことになりますが、外宮の別宮である
月夜見宮のほうから歩きますと、北御門口側にある火除橋を通り、忌火屋殿の前を通って、
正宮へ向かいます。「忌火(いみび)」とは、「清浄な火」ということで、御火鑽具(みひきりぐ)を用いて
清浄な火をきり出し、この火を使ってお供えものを調理します。その横に正宮があって、
豊受大神が食事の世話をする神であり、食事の支度には火が欠かせないことから、
正宮(北側)は「火」と考えるべきでしょう。外宮の境内にある別宮は、多賀宮、風宮、土宮です。
そのなかで、多賀宮は第一の別宮であり、豊受大神の荒御魂(あらみたま)を祀っています。
荒御魂とは、神様の荒々しい面を示しており、天災や病疫など神の祟りとして恐れられるような意味合い
を持っています。ただ、新しい事象や物体を生み出すエネルギーを内包している魂ともされます。
一方、その逆が和御魂(にぎみたま)であり、恵みをもたらしてくれたり、人々を助けてくれたりという、
神のご加護的な側面を意味しています。多賀宮が豊受大神の荒御魂なのですから、
正宮は豊受大神の和御魂を祀っているということでしょう。ですから、正宮と多賀宮は陰陽の関係
にあると考えれば、正宮の「火」に対して、多賀宮は「水」ということになります。
多賀宮は外宮の神社のなかで最も南側にありますが、南側には下御井神社もあります。
下御井神社は上御井神社に何かがあったときに水を汲んで正宮にお供えする神社です。
この点から考えても、下御井神社も含めて、多賀宮のある南側は「水」を意味していると考えられます。
荒御魂が「水」に属していることは、日本にとって宿命的なことなのかもしれません。
津波、洪水(による土石流)など水の力は、人間の力を越えています。実際のところ、
日本では「火」(噴火)も恐怖であり、「地」(地震)も、「風」(突風)も恐怖なのですが・・・
東側にあるのが、風宮です。祭神は風をつかさどる神である、級長津彦命、級長戸辺命です。
農業に関係の深い、風と雨の順調を祈る宮です。つまり、東側は、「風」です。
風宮の向かい、つまり西側にあるのが土宮であることから、西側は「土」ということになります。
この他、外宮には四至神(みやのめぐりのかみ)という神様がいて(内宮にもいます)、外宮の四隅、
東西南北を守っているとされています。四至神は宮廻り神で外宮の神域の周囲を守る神なのですが、
本来の意味は誰にも分からなくなっているものと思われます。
どうして、東西南北を守る必要があるのでしょうか?これは、陰陽五行的には重要な意味があり、
「四象」の形状を創りだしている神様なのではないでしょうか?
ですから、四至神はパワースポットなんかではありません
(逆に、さらに煽っている感じもしないでもありませんが・・・)。

さて、この結果、どうなるかと言いますと、外宮が意味しているものは、
下の図(右)に示したような四象(五行)の配置になります。
これは「火土風水」(-4)であり、記事34-2にある「火金木水」(+4)で示される
アップクォークの反粒子になっていますので、反アップクォークです。
つまり、外宮には反アップクォークが隠されています。
なぜ、外宮のなかに反アップクォークが創りだされているのか?
対生成で、世のなかにアップクォークを供給しているとでも言いたいのでしょうか?
なんだか、より謎が深まったような感じがしてきました。そんなちょっと考えたくらいで、
伊勢神宮の秘密が解き明かされるなんてことはありません(言い訳)。


外宮の秘密
  ↑(イラストマップの一部)
<図の出典> 伊勢神宮 > 神宮の歩き方 > 豊受大神宮(外宮)イラストマップ


2014_11_26


解説 易の成立 ~易経(上) 高田真治・後藤基巳訳~
原始民族が呪術を以って神意を測度(そくたく)したことは、各国の原始民族に通有した現象
であるといってよい。ことに東北アジアを中心として行われたシャーマン的呪術は、ひとりアジアで
行われたのみならず世界各地に同型のものを見出し得るのであるが、これが古代において
巫または巫覡(ふげき)として行われたことは、現存の文献によって明知せられるところである。
この巫の原始的状態がシャーマニズムに属するものであったと思う。卜占も呪術の種類に属して考え
られるべきものである。このシャーマン的呪術と易との関係に易の成立を暗示するものがありはせぬか。
白鳥清氏の説に拠ると、左伝や史記等に記されている豢竜(けんりょう)氏とか御竜氏とかまたは
畜竜(ちくりょう)氏などというものは、雨神竜を御する巫祝、天の精霊を御する雨師、天意を民衆に
伝達通告し天の霊声を聞知し得るシャーマンであると考えられている。
同氏はまた竜の本体を推究して、竜はそのはじめは天上天空に棲息して雨をつかさどる想像された
精霊すなわち雨神が、時代を経過するに従って雨乞い儀式に使用された動物を模写し、ついに後世
絵画彫刻に見るような竜態が構成されたのであって、豢竜氏・御竜氏・畜竜氏などという巫祝は、
単に天空の雨神竜を左右するシャーマンの意味でつけられた名称であるのみでなく、他方において
雨神竜と相通ずる能力を持つと信ぜられた爬虫類(カッコ内省略)を実際に畜養していた巫祝である
としている。この説は易の成立にすこぶる興味のある示唆を与えるものである。
司馬貞補史記三皇本紀には、伏羲(易の創始者)のことを記して「蛇身人首にして聖徳あり」、
「竜瑞有り、号して竜師と曰(い)う」といっている。「蛇身」といい「竜瑞」といい「竜師」という
のは、明らかに雨竜神と関係があることを思わせるものであって、これらの一見荒唐無稽のように見える
伝説の中にもなにものかの確実な伝統が流れ来ていることを思わせるものがあるのである。
さきの文によると伏羲は太古における雨神竜を御するシャーマンであったことが想像されるであろう。
(記事35-3に本の紹介をしている)

シャーマンズボディ―心身の健康・人間関係・コミュニティを変容させる新しいシャーマニズムシャーマンズボディ―心身の健康・人間関係・コミュニティを変容させる新しいシャーマニズム
(2001/08)
アーノルド ミンデル

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シャーマンとは、神仏・精霊などの超自然的存在と直接接触・交流・交信する人のことであり、
古代日本ではシャーマンとしての巫女の存在が知られています。最も有名な人は「卑弥呼」でしょう。
今でいう霊能者のようなものでしょうが、現在では、霊能者=ペテン師と思ってほぼ間違いないでしょう。
もし本物のシャーマンがいたとしたら、人間と神様の間に、無限ともいえる階層を感じるでしょう。
わたしたちの悲しいところは、わたしたちが何を知らないかを知っていないことであり、
知らないものは存在しないものとして考えてしまいます。しかし、個人的意見を言わせてもらうと、
知らないものは「無限に存在する」と仮定したほうが、
真実に近づけるように感じます(真実に到達することは永遠にできないのでしょうが)。
そのように考えれば、人間と神様の間にある無限の階層を感じることができるかもしれません。
霊能者のなかには何らかの存在とコミュニケーションがとれる人がいるのではないかと
思われますが、そのほとんどが、神様と遠ざかる方向にアクセスしているものと思われます。
一言でいうと、気が狂っているか、自分の欲望を何かに投影しているのです。
天国と地獄が本当にあると思ってください。「あなたは天国に行きたいですか?」と聞かれれば
「天国に行きたい」とほとんどの人が答えるでしょう。
龍女である、不思議の国の「みなみ」ちゃんがこれに答えてくれるとするならば・・・

「ほとんどの人にとって、地獄に行ったほうが絶対いいと思うわ。
天国は楽しくないでしょう。天国には欲望を満たすものが何もないのよ。
欲求不満になって天国を抜け出すでしょう。地獄にはあなたがたの欲望に
合った様々な領域があるので、自分に合ったところを選べるわ。」

・・・なんてね。
もしそうなら、はじめから地獄に行ったほうが賢明かもしれません?自分に合った地獄に??
ただこれは宗教的には大問題です。悪いことをしたら、苦しみの世界である地獄に行かされると
いうことではなく、死後は自分のレベルに応じた地獄で楽しみましょうということでしたら、
「生きている間に悪いことをしたら地獄でひどい目に遭うから、悪いことをしてはいけない」
という脅しがなくなってしまいます。これでは、地獄が地獄の役目を果たしません。

さて、前記事の続きで、ニュートリノの世代について考えてみたいと思います。
(本記事の下の図だけなく、前記事の下の図もあわせてご覧ください)
クォーク、電子、ニュートリノのすべてにおいて、世代は3つあります。
第一世代は、四象(五行)のみの状態です。これまでの記事を見ていただくと分かると思いますが、
光子(粒子としてみたとき)<ニュートリノ<電子<アップクォーク<ダウンクォークの順に、
面積が大きくなっており、これがそのまま質量の順番になります。
第二、三世代ではそれぞれ、四象(五行)にZボソンが一つ、二つ付加した形になります。
Zボソン(Wボソンも同様)はコアを持った球で、大きな体積を持ちます。
よって、Zボソンは、平面構造の四象(五行)よりも、はるかに大きな質量を持ちます。
Zボソンが付加した第二、三世代のクォーク、電子は、Zボソンと同等かそれ以上の大きさを
持ちそうなものですが、クォーク、電子が電荷を持っているために、Zボソンは四象(五行)に
ひきつけられて、体積が小さくなります。ですから、第二、三世代のクォーク、電子は、
Zボソンほどの質量を持ちません(ただし、トップクォークを除きます)。
クォーク、レプトンに付加するZボソンは、内側が電子で、外側が陽電子という構造をしており、
四象(五行)が負の電荷を持っているとき、Zボソンの外側の陽電子が四象(五行)に大きく
引き付けられます。四象(五行)の電荷が正ですと、Zボソンの内側にある電子は四象(五行)に
引き付けられるのですが、陽電子のほうはそれほど引き付けられません。ですから、
第二、三世代のクォークでは、第一世代とは異なり、負の電荷を持ったストレンジクォーク、
ボトムクォークのほうが、同世代で比較すると質量の小さなほうのクォークになります。
電子の場合は、ダウンクォークよりさらに、Zボソンの外側の陽電子が四象(五行)に大きく
引き付けられることになるため、クォークほど大きな質量を持たないと考えられます。
正の電荷を持った第三世代のクォークであるトップクォークは、Zボソンの外側の陽電子が
かなり大きく広がるため、Zボソン単体の質量を越えることになります。

では、ニュートリノの場合はどうか?
ニュートリノには電荷がないので、Zボソンが付加しても、Zボソンが四象(五行)に引き付けられる
ことがないため、第二、三世代のニュートリノはZボソンかそれ以上の質量を持ちそうなものです。
いや、逆に、ニュートリノにZボソンが付加する力がないようにも思われます。
しかし、実際にはそうはなっていません。その理由は、ニュートリノとZボソンが反応するからです。
つまり、ミューニュートリノ、タウニュートリノは安定的に存在できる状態ではないということです。
例えば、ミューニュートリノの分解について考えてみます。ニュートリノがクォークや電子と違うのは、
ニュートリノがZボソンと反応することです。ZボソンはWボソンとWボソンの複合体に分解する
状態を持っており、四象(五行)のニュートリノがZボソン内に入ると、Wボソンの外側にある
反電子ニュートリノと対消滅し、続いて、Wボソンの内側にある電子がWボソンの外側にある
陽電子と対消滅し、電子ニュートリノが残ります。電子ニュートリノも安定的な状態ではなく、
逆の反応も同様に起こり、電子ニュートリノがWボソンとWボソンの複合体を生み出して、
その複合体から四象(五行)のニュートリノが生まれて、ミューニュートリノになります。
同様の機構で、タウニュートリノも生まれます。しかし、四象(五行)のニュートリノに付加
できるのは、ニュートリノの上部と下部の二ケ所ですから、ニュートリノも三世代までに限られます。
説明しましたように、ニュートリノだけは三世代が平衡状態
にあり、どの状態も安定的ではありません。

ニュートリノのエネルギー状態に応じて、世代の存在比は変化するものとも思われます。
ヒッグス場においては、場からできるだけ抵抗を受けないように、ニュートリノの状態は
最適化されますので、ニュートリノの質量は常にほぼ0であるといえるでしょう。


ニュートリノ三世代


2014_11_24


※三才 (Yahoo!ジオシティーズ 元亨利貞by乾陽子 > 陰陽 > 3.四象・八卦)
三才とは天地人のことで、陰と陽と中です。天地の間で常に万物が循環するというのが
三才の理で、一陰一陽は各々偏った存在ですが、中がその陰陽を備えることによって和します。
「天の時、地の利、人の和」といいますが、人が和すときは天地も和して万物が育ち、
全てがうまくいくということです。
宇宙の万物を象徴した天地人三才は、生け花、茶の湯、書道などの日本の伝統文化にも深く
根づいていますが、易は、この天地人三才の道を陰陽の変化をもってあらわしたものともいえます。
繋辞伝には、「易の書たるや広大悉く備わる。天道有り、人道有り、地道有り、三才を兼ねて
之を両にす。故に六なり。六とは它に非ず、三才の道なり」といわれています。
小成の一卦が三爻で構成されるのもこのことによるものです。
また、六爻を以てあらわす大成の卦も、やはりこの三才思想にのっとったものです。
三才






<図の出典>
正課 課文分享 > 易經(第一講)


古代中国では、孫子が、「天の時と地の利を得て戦えば、常に勝利する」と言い、
孟子が、「天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず。」と言ったそうです。
どんなにタイミングが良くても、良い環境には勝てない。 また、どんなに良い環境でも、
人心が一つになっていることには勝てないということを、孟子は主張しているのでしょう。
孟子の主張することも、分からなくもないのですが、孫子の主張のほうが現実的です。
「天の時」と「地の利」があれば、勝ち戦になる可能性はぐっと高まります。
勝ち戦になれば、個人のモチベーションも上がりますし、団結力も高まります。
その逆が、今の野党です。敗戦濃厚では、人の和は期待できません。離合集散は必定です。
与党になる気がないと、「分厚い中間層を再生させる」などとできもしないことを平気で言えます。

三才思想で大切なことは、天道、人道、地道のどれも無視できないということです。
どれかひとつだけを強調してはいけません。
「頑張れば、できないことはない」という言い方をする人がいますが、本当にそうでしょうか?
世のなかは、頑張ってもできないことだらけといってもいいのではないでしょうか?
日本の社会は、努力を強調しすぎているように思います。
例えば、スポーツ選手が大活躍すると、その人は必ず「努力家」と賞されます。
「頑張らなければ成功できない」と「頑張れば成功できる」を混同してはいけません。
「錦織選手以上の努力をすれば、僕も世界で通用するテニスプレイヤーになれるかな?」
多分、無理だと思います。あまりにも確率が低すぎます。

かといって、「天の時と地の利」にすべてを賭ける姿勢も考えものです。
西洋の占星術がデタラメな理由として、「同じ誕生日の人の人生が同じではない」
という人がいますが、占いの基本として、それは当たり前です。
占いは、「天の時と地の利」には言及しますが、「その人の努力」については関知しません。
一体、占いに何を期待しているのでしょうか?
自分でできることはやった。後は、「天の時と地の利」が我にあらんことを願うのが正常な考えで、
「何もしてないけど、何か良いことは起きないかな」と聞かれれば、答えは簡単です。
「占い以前の問題として、それはないでしょう。」
占わなくても、答えは出ています。「人並みの努力なら、人並みの結果です。」

易において八卦は三つの爻で示されますが、これは、宇宙というものは、3つの異なるものが
合わさってひとつの実体を創っていることを示しています。これは、易の根幹です。
そして、(六十四)卦は、内卦と外卦という2つの八卦で構成されていますが、
これも二つの爻をセットにして、3つの異なるものが合わさってひとつの実体を創っています。
さて、素粒子についても、同様のことが言えるのではないでしょうか?
宇宙において、3つの異なるものが合わさってひとつの実体を創ることが可能であることは、
クォークやレプトンの世代が3つであることに示されています!??
一番下の図に、具体的な素粒子の三世代構造を予測してみました。この予想には、
体積が大きいものほど質量が大きいという特徴があります。
素粒子の質量これだけ言っておいて、クォークに第四世代が
見つかったりすると・・・困ったことになります。
本当に三世代までしかないことを祈るのみです。
詳しい説明の前に、当然疑問に思われる
でしょうから、先に言っておきますと、
「たとえクォークと電子がそうなのだとしても、
 ニュートリノだけははどうして、
 すべての世代で質量がほぼ0なの?」
ごもっともです。
それも含めて次回に・・・

←<図の出典>キッズサイエンティスト >
       やさしい物理教育 > 素粒子の世界
        > ヒッグス粒子と質量


クォーク三世代

2014_11_22


易経 “易経”.ウィキペディア日本語版. 2014-08-24. (参照 2014-11-17).
『易経』(えききょう、正字体:易經、拼音: Yì Jīng)とは、古代中国の占筮(細い竹を使用する占い)
の書である。符号を用いて状態の変遷、変化の予測を体系化した古典。中心思想は、陰陽二つの
元素の対立と統合により、森羅万象の変化法則を説く。著者は伏羲とされている。
中国では『黄帝内經』・『山海經』と合わせて「上古三大奇書」とも呼ぶ。
(以下一部抜粋)
概要>三易の一つであり、太古よりの占いの知恵を体系・組織化し、深遠な宇宙観にまで
昇華させている。今日行われる易占法の原典であるが、古代における占いは現代にしばしば見られる
軽さとは大いに趣きを異にし、共同体の存亡に関わる極めて重要かつ真剣な課題の解決法であり、
占師は政治の舞台で命がけの責任を背負わされることもあった。
書名>なぜ『易』という名なのか、古来から様々な説が唱えられてきた。ただし、「易」という語が
もっぱら「変化」を意味し、また占いというもの自体が過去・現在・未来へと変化流転していくものを
捉えようとするものであることから、何らかの点で ”変化” と関連すると考える人が多い。
有名なものに「易」という字が蜥蜴に由来するという ”蜥蜴説” があり、蜥蜴が肌の色を
変化させることに由来するという。また、「易」の字が「日」と「月」から構成されるとする
”日月説” があり、太陽と太陰(月)で陰陽を代表させているとする説もあり、
太陽や月、星の運行から運命を読みとる占星術に由来すると考える人もいる。
『易経』の構成
現行『易経』は、本体部分とも言うべき(1)「経」(狭義の「易経」。「上経」と「下経」に分かれる)と、
これを注釈・解説する10部の(2)「伝」(「易伝」または「十翼(じゅうよく)」ともいう)からなる。
(1)「経」には、六十四卦のそれぞれについて、図像である卦画像と、卦の全体的な意味について
記述する卦辞と、さらに卦を構成している6本の爻位(こうい)の意味を説明する384の爻辞
(乾・坤にのみある「用九」「用六」を加えて数えるときは386)とが、整理され箇条書きに収められ、
上経(30卦を収録)・下経(34卦を収録)の2巻に分かれる。
「経」における六十四卦の並び方がどのように決定されたのかは現代では不明である。

六十四卦配列
←<出典> 易教ネット
(図の詳細は出典元を
 ご覧ください。
 上の”易経ネット”を
 クリック。)



卦の対称性

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易経〈下〉 (岩波文庫 青 201-2)易経〈下〉 (岩波文庫 青 201-2)
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どうして、『易経』において、卦を上の図(左)のように並べたのでしょうか?
順序に関する規則性について唯一分かることは、上下に並べると線対称になる卦が隣り合っていること
です。しかし、それ以外は卦をランダムに並べたとは思われません。必ず何か法則があるはずです。
『易経』の分編は上経が30卦、下経が34卦であり、上経と下経の卦の数は一致していないの
ですが、上下に並べると線対称になる2卦を1卦と数えるならば、実は18卦で同数になっています。
つまり、上経には、上下に並べると線対称になる卦が12組あり、内卦と外卦が線対称になって
いる(=線対称になる相手がそれ自身)卦が6つあります。一方、下経には、上下に並べると線対称に
なる卦が16組あり、内卦と外卦が線対称になっている卦は2つだけです。
上下に並べると線対称になる卦を1組とすることで同数であるとすることより、なぜ、内卦と外卦が
線対称になっている卦を上経に6つ、下経に2つと、異なる数にしたのかのほうが気になります。
さらに、内卦と外卦が線対称になっている卦(8つ)のなかでも、卦を構成する内卦のみにおいても
(外卦のみにおいても)線対称になる卦(乾為天、坤為地、坎為水、離為火の4つ)は、
すべて上経に含まれています。例をあげると、上の図(右)に示しました坎為水(29)です。
内卦と外卦が線対称の関係になっているうえに、内卦のみにおいても(外卦のみにおいても)
上下の線対称になっています。ちなみに、「坎為水」は四大難卦のひとつで、
「もっとも困難・重病を覚悟しなければならない卦」です。

少なくともいえることは、上経と下経は対称になっていないことです。
卦は同じ数の陰と陽で構成されているのですから、六十四卦を上経と下経に対称的に
分けることは可能です。どう考えても意図的に上経と下経を非対称にしたのです。
真意は分かりませんが、宇宙が陰陽から生み出されていても、
わたしたちが存在する空間は非対称な世界である
ということを示しているのではないでしょうか?

さて、卦により想定されるウィークボソン、ヒッグス粒子においては様々な対称性が存在します。
Wボソン、Wボソン、Zボソンにはそれぞれ、8つのパターンが考えられます。
下の図には、Wボソンの8パターンを示しています。(Hはヒッグス粒子)
この8パターンがすべて同じ数だけ存在すれば対称性があるということになりますが、
右巻きWボソンが存在するという話は聞きません。Wボゾンは、フェルミオンの左巻きのスピンを
持っている部分(あるいは反フェルミオンの右巻きのスピンの部分)にしか反応しません。
もし右巻きWボソンが存在するとすれば、非常に質量の大きな(=不安定な)粒子なのでしょう。
卦により想定されるウィークボソンには、粒子の配置:内側↔外側、
内側の回転:右↔左、外側の回転:右↔左という3つの対称性があり得ますが、
3つの対称性はすべて失われているものと思われます。
その原因となるのがヒッグス粒子でしょう。ヒッグス粒子にはスピンがないのに、
卦により想定されるヒッグス粒子には2パターンが存在します(下の図に記載しています)。
しかしながら、実際の宇宙には、この2パターンのどちらかしか存在しないのではないでしょうか?
陰陽はどこまでいっても対称的なのに、
現在の現実の空間は非対称な世界なのです。

特に、真空の対称性は大きく損なわれていることが予想されます。

ただし、陰陽による対称世界が失われたということではありません!
わたしたちのいる世界が、たまたま「陰」であれば周辺環境は陰だらけですし、
たまたま「陽」であれば周辺環境は陽だらけになります。
人間には、すべてのものを把握する能力が与えられてはいないことを忘れてはなりません。


WZH対称性



2014_11_18


断易奥義 トップページ > 基礎入門1 > 卦(か)
卦(か)
下記の図にある ─ と -- の棒を爻(こう)と呼び、陰と陽を表している。
また、6つが重なって構成されているものを大成卦(たいせいか)と呼び、
それぞれにある①②③を内卦(ないか)、④⑤⑥を外卦(がいか)と呼ぶ。
さらに、①=初爻 ②=二爻 ③=三爻 ④=四爻 ⑤=五爻 ⑥=上爻と呼ぶ。
周易という占いでは、爻辞(こうじ)卦辞(かじ)と言って、それぞれの爻や卦のひとつひとつ
に意味がつけられているのだが、断易では、ほとんど用いることはない。(図は省略)
八卦(はっか、はっけ)
八卦とは、自然界の現象を八つの象に分類したもので、爻を三つ組み合わせた三爻
で構成されている。以下の図が八卦である。
断易では、それぞれの八卦を2つ組み合わせた64卦(ろくじゅうしか)を見て占う。
八卦×八通りの組み合わせ=64パターンに分けられることから64卦と呼ぶ。(図は省略)
八純卦(はちじゅんか)
断易では、八純卦(はちじゅんか)というものが基本となる。
その八純卦を首卦(くびか)とも呼ぶ。下記の図は8種類の首卦である。
内卦①②③と外卦④⑤⑥の爻が、全く一緒になっているのが首卦の特徴でもあり、
同じ八卦が2つ組み合わさったものとも言える。
その1つのまとまりを宮(きゅう)と呼び、全体で八宮が存在する。
赤字で表示された「父、金、母、土、・・・」は、それぞれの宮が持つ属性である。

八純卦

易には断易という占いかたがありますが、その基本として八純卦というものがあります。
八純卦は同じ八卦が2つ組み合わさったものであり、断易ではこれを基本としています。
他の卦は、八純卦の一部の爻を変えたもの(変えかたにより、一世卦、二世卦、三世卦、
四世卦、五世卦、遊魂卦、帰魂卦に分類される)として占います。
どうして、内卦と外卦に同じ八卦を置いたものを基本としているのでしょう。そもそも、
卦は宇宙の万物創世の様子を示したものであり、単なる占いのアイテムではありません。
前記事で、卦は内側と外側に分かれている様子を示していると説明しましたが、
卦を代表する素粒子はヒッグス粒子です。
そして、ヒッグス粒子が何でできているかは、八純卦に示されています。
前記事の引用にありますように、易経は、占いにより何かを知るというよりも、
人生で起こるあらゆる問題の解決法を示しているという側面があります。
そして、その解決法は、宇宙の生成を体系化することで示されているのです。
宇宙と人生がどのようにつながっているかと言いますと、
宇宙のなかを進むうえで障害になるもの=
人生を歩んでいくうえで障害になるもの
です。
そのなかで、宇宙において最も象徴的存在がヒッグス粒子なのです
(勿論、昔の賢者は、それをヒッグス粒子として認識してはいないでしょうが)。
そして、易のなかでヒッグス粒子を表現しているのが、八純卦です。
八純卦では、内側と外側に同じものをおいて、そのなかにすべての状態を含んでいます。
八卦が示すすべての状態を含有しているのは、「速度を落とした光子」であり、
卦の構造である内側と外側に、光子が閉じ込められているものと考えられます。
光子は光速で直進するものとされていますが、内卦と外卦という構造は光子を安定的に
閉じ込めることができるようです。空間が閉じられているという考えかたも可能で、内卦と
外卦という構造内では、単独で存在する光子とは全く異なる状態になっているのでしょう。
卦内では光子の存在が不明確になり、光子は回転せず、内卦と外卦が回転します。
ヒッグス粒子では内卦と外卦は逆回転しており、全体で見れば回転していません。
特別なことがない限り、卦の構造に2つの光子が入っている状態は安定的であり、
卦が崩壊したり、卦のなかに他の素粒子が侵入することはありません。
光子と同様に安定的に存在していますが、光子と異なり速度0となって空間に留まり、
全体として場をつくりだします。光子は卦による場を全く抵抗なくすり抜けることが
できますが、八卦で示されるクォークやレプトンはある程度の抵抗を受けます。
高エネルギーを与えるなど何らかの方法を行えば、卦の構造を壊すことができ、
ヒッグス粒子は2つの光子になるものと考えられます。そのとき、
2つの光子が対消滅してしまえば、何らかの粒子と反粒子が生成するでしょう。また、
卦の構造が壊れなかった場合、卦の構造を持つウィークボソンへの崩壊が考えられます。

もう一度、宇宙生成の流れを考えると、易ではこうなります。
太極 →両儀 →四象 →八卦 →八純卦   →六十四卦(八純卦以外の卦)は、
 ? → ? →光子 →粒子★→ヒッグス粒子→その他の粒子、となります
(粒子★は、第一世代のクォークやレプトンです)。
つまり、第一世代のクォークやレプトンが質量なく光速でとんでいたときがあった
ということになります。卦という構造が生まれ光子からヒッグス粒子ができたことで、
クォークやレプトンなどは急速に速度を落としたということになるのでしょう。
余分な話になりますが、四象である光子は、「火+水」と「木+地」に分かれて
回転しているのですが、完全に分離しているわけではないので、
「火+水」と「地+風」は同じ方向に回っています(つまり、2回転)。一方、
八卦(第一世代のクォークやレプトン)は一枚の板のようなものなので、1回転です。
八純卦(ヒッグス粒子)では、内卦と外卦が逆回転になるという決まりがありそうです。
内卦と外卦の回転には、それぞれ右、左回転もしくは左、右回転の2パターンありますが、
どちらの場合でも、八純卦全体で見ると回転していないことになります。

現代人は賢いとわたしたちは思っていますが、
本当にそうでしょうか?現代に伝わっていない部分を含めれば、
「易の示す宇宙」は現代物理を越えているのかもしれません。


八純卦とヒッグス粒子


2014_11_16


第一章 易経とは人生の変化を教える書
(超訳・易経 角川SSC新書 自分らしく生きるためのヒント 竹村 亞希子)
六十四の卦(か)に記された人生
(前略)私がこれからお話ししていく易経とは、人生で起こるあらゆる問題の解決法(これを易経では
「中(ちゅう)する」といいます)が、あの手この手を使って書いてある書物のことで、
占って得た卦だけを読むというものではありません。
誤解を恐れず言うならば、易経は「陰」と「陽」で「中する」ということを伝えるために書かれた書物で、
この重要な三点について、六十四種類の卦と三百八十四の小話を使って、
手を変え品を変え私たちに伝えようとしているものなのです。
人間には、苦しみ、悲しみ、勢いがある、どうにもならない閉塞、楽しみ、安らぎなど、
いろいろな時がめぐってきます。一口に苦しみといっても、金銭問題で苦しい、人間関係で苦しい、
望みがかなわず苦しいなど、さまざまな苦しみがあるでしょう。
易経ではそういったさまざまな状況を一つの「時」=卦(か)として、六十四の物語にして書いてあります。
それぞれの卦(か)にはさらに六つの小話があり、全部読むと起承転結の物語のようになっています。
どの卦(か)に書いてあることも、自分に関係のない話は一つもありません。
誰もが経験したことのある、あるいはこれから経験するであろうことばかりです。
ですから、どこの卦から読んでも必ず、あなたやあなたの周りに起こっている問題や状況に
合致する話が書いてあり、そして、「なにをすればうまくいく」「なにをすればうまくいかない」という
具体的な対処法(「中(ちゅう)する」こと)、つまり人生のなかの出処進退の方法が書かれています。
これを読み取っていくことで、自分らしく生きるためのヒントを見つけてほしいのです。(中略)
易経は、「実践哲学の書」ともいわれているように、運命を打開するための哲学が書かれています
から、書かれている対処法を実際にやってみることに意義があります。
まさに、「禍(わざわい)転じて福となす」となるための対処の智慧(ちえ)が満載の書なのです。

超訳・易経 自分らしく生きるためのヒント 角川SSC新書超訳・易経 自分らしく生きるためのヒント 角川SSC新書
(2012/10/12)
竹村 亞希子

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卦の構成

陰陽論では、陽が極まれば陰となり、陰が極まれば陽となると諭しているのですが、
人生がうまくいっているときには、何をしてもいつまでも、成功し続けるように思うものです。
程度の差こそあれ、うまくいっている人は内心、「俺はすごいんだ」と思ってしまうものですが、
それを周囲の人に公言したり態度で示したりすると、いざというとき誰も助けてくれなくなります。
逆に、何をやってもうまくいかないときは、永遠にうまくいくときは来ないように感じられます。
とにかく、やる気が起きません。やることすべてが無意味であるように思えます。しかし、
このときの過ごしかたが大切なんだと、左遷を経験した社長が語るというのは、よくある話です。
陰陽論では陰と陽は同じ大きさなので、わたしたちは同じ長さの期間、陰と陽を体験しても
良さそうなものですが、そう思っていると、長い「陰」の期間が耐えられなくなるかもしれません。
なぜなら、わたしたちは、楽しいときは短く感じ、つらいときは長く感じるものだからです。
また、「このつらいときが過ぎれば、明るい未来が来るんだ」と思って我慢ばかりしていても、
明るい未来は永遠にやってこないかもしれません。そうではなく、
「陰」のなかに喜びや楽しみを見つけることが大切なのです。
病気になって見える風景は、ばりばり働いているビジネスマンが見る風景と同じではありません。
スピードを落として見えるものに気づかなければ、いつまでも「陰」のなかでもがき続ける可能性も
あります。車が脱輪したときには、脱出する際にエンジンの回転数を上げてはいけないのです。

さて、当たるも八卦、当たらぬも八卦ということで書いた「万物創世に関する八卦の陰陽論」
(前々記事)ですが・・・『「四象」はさらに陰陽に分割されて、「八卦」になるのです。
この陰陽分割は、宇宙の生成においては「内と外」の分割であると考えられます。』
という部分については、ちょっと違うような気がしてきました。

八卦を考える前にスタートに戻って考えてみると、万物の根源である「太極」の本質は「無極」
(何もない)であり、この「太極」から「陰陽」が生まれることで、宇宙がはじまります。
般若心経のような言い方になりますが、はじめに「無極」があったのです。
その「無極」はこれすなわち「太極」であり、その「太極」には「意図的な」動きが生まれ、
陰と陽に分離した「両儀」という状態になります。「太極」の動きは両儀のままでは留まらず、
さらに、陰から陽が生まれ、陽から陰が生まれることで、「四象」という状態が生まれます。
「四象」は安定であり、これは物理的には光子であり、これが「光の世界」を生み出します。
一瞬にして、一つであった「四象」は爆発的に数を増やし、最小単位(本当の最小単位は「四象」を
構成するメッシュ)の「四象」で満たされる1cm程度の大きさがある火の球になります。
このあたりが、インフレーションとかビッグバンと呼ばれるあたりです。
この火の玉は急激に膨張するとともにエネルギー密度が低下し、「四象」の「(±)木」と「地」の部分に
おいて陰陽の高速変換ができなくなり、陰と陽のどちらかに固定化されてしまうものが生まれます。
このとき、「(±)木」は横分割され、「地」は縦分割されます(「四象」というピラミッドの中心を
周辺から眺めた場合における縦と横)。というより、横分割、縦分割されるものを、
それぞれ「(±)木」、「地」と呼びます。「(±)木」、「地」の陰陽は固定化されて、
それぞれ、「木」または「風」、「金」または「土」になります。
ただし、「(±)木」のほうは「木」または「風」のどちらか一方の状態に変化するのですが、
「地」のほうは陰陽が固定化されることで、「金」と「土」という分離可能な二つの状態になります。
ですから、四象は五行という考えに発展したのです。
また、「金」と「土」は位置を反対にすることができるので、「地」には4つの状態が生まれます。
記事29-3の九星を見ていただくと分かりますが、9つのなかに、「火」「水」は一つしかないのに、
「木」「金」は二つ、「土」は三つ(中央の「土」を除けば「土」も二つ)あります。
九星では、なぜ、「火」「水」は一つしかないのに、「木」「金」は二つで、「土」は三つあるのか?
これは、九星が八卦をもとにしてつくられたからではないでしょうか?
物理的な観点ですと、光の波動性を示す「(±)木」と「地」が陰と陽のどちらかに固定化される
ことにより、八卦の状態を生み出します。四象は四つの要素がつながっていますが、
八卦の要素は、一つ一つがバラバラに分離可能です。
ただし、「金」と「土」における二つの状態は、他の要素と結びついていなければ同一物になります。
実際、八卦の一つ一つの要素はバラバラになって存在しています。それらは物理的な意味を
持っていますが、ニュートリノよりさらに小さいものなので、物理的に検出不能です。
実は、宇宙の真空は八卦の一つ一つが大量に存在している状態であり、それが真空エネルギーに
なっています。八卦が3つか4つ集まっているものが、クォークや電子、ニュートリノなどの素粒子です。

宇宙の生成において、「内と外」の分割が生まれるのは、八卦の後です。八卦は3つの爻(こう)で示され
ますが、これを二つ重ねて一つの「卦」(か)を呼ばれるものをつくり、これが易占いに用いられます。
2つの八卦のうち、下にある八卦を内卦、上にある八卦を外卦といいます。
内卦は必ず下にあり、外卦は必ず上にあるのですから、それぞれ、下卦、上卦と呼ばれるほうが普通だと
思いますが、これにわざわざ、内、外という概念を持ち出しているのには理由があります。
卦において、陰陽が「内と外」へ分離することを意味しています。
また、卦は8×8の64種類あるのですが、これも内卦、外卦の重要な特徴を示しています。
つまり、単なる上下ならばひっくり返して同じものは区別できず、同一物とみなすことができるはずですが、
「内と外」ならば、上下をひっくり返しても、元のものと区別できるということになります。
卦が物理的にどのような意味を持つかは、次の記事で考えます。


卦


2014_11_14


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書籍の紹介

龍女「みなみ」からあなたへの
不思議なメッセージ集
新感覚のファンタジー!!

書籍表紙

不思議の国の「みなみ」
 宇宙へつながる秘密基地

「みなみ」 今月のメッセージ

未来は確定していませんよ。
過去が確定していないのと
同じように。

プロフィール

舞尾 空

Author:舞尾 空
・性別:男
・年齢:47歳
・職業:サラリーマン
・血液型:O型

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